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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第4話
11/13

堅守の貴公子 Ⅱ

堅守の貴公子 Ⅱ

 アルベルトに案内され、ミレー湿地帯の湧水池へと繋がる川沿いを、上流に向かって歩いていく。

 湿地帯特有の重たい空気は徐々に薄れ、代わりに澄んだ水の匂いが鼻をくすぐった。

 川幅は次第に広がり、流れも穏やかなものから、力強さを帯びたものへと変わっていく。

 

 ──ザァ⋯⋯

 水音が、心地よく響く。

 道はやがて整備され、踏み固められた街道へと変わっていった。

 人の往来も増えていく。

 商人の一団。

 荷車を引く農夫。

 旅装の旅人。

 彼らの視線が、一瞬だけ三人に向く。

 黒衣の剣士。

 騎士服の少女。

 そして、貴族然とした青年。

 だがすぐに、興味を失ったように流れていく。

 

「見えてきたよ」

 

 アルベルトが指を差した。

 その先の視界が、開ける。

 

 そこに広がっていたのは── 

 水路が張り巡らされた、大きな街。 

 石造りの建物が並び、幾本もの橋が水路を跨ぐ。

 行き交う人々。

 水面に揺れる小舟。

 反射する夕陽の光。

 

 水の街──リバーグレイス。

 

「⋯⋯すごい」

 

 シャルロットから思わず、声が漏れた。

 グラン村とは、明らかに違う。

 規模も、人の数も、空気そのものが違う。

 

「ここが、この辺りで一番大きな街だよ」

 

 アルベルトが少し誇らしげに言う。

 領地の者としての、自負が滲んでいた。

 

「水運が盛んでね。交易の拠点なんだ。だから色んな人が集まる」

 

 さらりと説明を加える。

 

(⋯⋯ちゃんと、領主の息子なんだ)

 

 シャルロットは内心で苦笑した。

 あの軽い調子からは想像しづらいが、確かにこの街の一端を担う存在なのだろう。

 

 ひとまず三人は宿を取り、荷を置いた。

 石造りのしっかりとした宿で、グラン村のそれよりも数段整っている。

 

「じゃあ、食事に行こうか!」

 

 アルベルトが軽快に言う。

 

「ここは俺が奢るからさ!」

 

「え、いいの!?」

 

「もちろん。命を助けてもらった礼だよ」

 

 満面の笑み。

 打算のない、まっすぐな言葉だった。 

 シャルロットは、ちらりとユーリを見る。

 

「⋯⋯案内してくれ」

 

 短い一言。

 断らないことに、少しだけ安堵する。


  

 案内された食事処は、川沿いに建つ店だった。

 大きな窓からは、水面が広がっている。

 夕陽が差し込み、店内を橙色に染めていた。


「遠慮はいらない。好きなだけ頼んでくれ」

 

 アルベルトが気軽にメニューを差し出す。

 

「ほんとにいいの?」 

「もちろん」

 

 さらりとした言い方。

 だが、そこに打算はない。

 

 メニューに視線を落とす。

 並ぶのは、見慣れない料理ばかりだ。

 川魚の塩焼き。

 白身魚のソテー。

 貝と海老のカルパッチョ。

 

「⋯⋯どれも美味しそうで、逆に選べない」

 

 思わず呟く。

 

「なら、適当に頼んでみようか」

 

 アルベルトが手際よく注文を済ませる。

 

「この店、外れはないから安心していい」

 

 どこか慣れた様子だった。

 

 やがて、料理が運ばれてくる。 

 湯気と共に立ち上る香り。

 焼けた皮の香ばしさと、淡い塩気。

 鼻をくすぐるそれだけで、空腹が刺激される。

 

「⋯⋯すごい」

 

 思わず、声が漏れた。 

 皿の上に並ぶ料理はどれも鮮やかで、見た目にも美しい。

 川魚はこんがりと焼き上げられ、皮はパリッと弾け、

ナイフを入れれば白い身から湯気が立ちのぼる。 

 

「いただきます!」

 

 一口食べ、言葉を失う。 

 ──柔らかい。

 そして、旨い。 

 口の中でほろりと崩れ、じんわりと味が広がっていく。

 

「おいしい⋯⋯!」

 

 自然と笑みがこぼれる。

 

「だろ?」

 

 アルベルトが嬉しそうに笑う。

 

「この辺りの魚は水がいいからな。味が違うんだ」

 

 さらっと言うが、その言葉には確かな実感があった。 

 向かいでは、ユーリが無言で食事を続けている。

 相変わらず表情は変わらないが、手は止まらない。

 

(⋯⋯ちゃんと食べてるってことは、美味しいんだよね)

 

 そう思いながら、シャルロットも次の料理に手を伸ばす。

 

 少しして、ふと手が止まる。 

 頭の中に、先程の戦闘が浮かぶ。

 

「ねえ、アルベルト」

 

「ん?」

 

「さっきの戦いなんだけど」

 

 自然と、声が真剣になる。

 

「防御魔術⋯!すごかった」

 

 率直な感想を伝える。

 

「一瞬だけでも、あの攻撃を止めてた」

 

 アルベルトは、少しだけ肩をすくめる。

 

「まあ、それが取り柄だからね」

 

 軽く言うが、あれが簡単なことではないのは明白だった。

 

「⋯⋯魔力特性か」

 

 不意に、ぽつりと、ユーリが呟く。

 

「あ、ああ⋯⋯そうだ。知ってたのか、さすがだな」

 

 アルベルトが驚きつつも頷く。

 

「魔力、特性⋯⋯?」

 

 シャルロットは、聞き慣れない言葉に目を瞬かせた。

 

「人が生まれながらに持つ、『魔力の個性』だ」 

「個性⋯⋯?」 

「似た系統はあっても、同じものは二つと存在しない。そして──誰もが持っている」


 淡々とした説明だが、端的で分かりやすい。

 

「えっと⋯⋯じゃあ、私にも?」

 

 ユーリは、短く頷く。

 

「だが──鍛えて得るものじゃない。必要なのは──気づくこと、だ」 

「気づく⋯⋯」

 

 シャルロットは、その言葉を反芻し、理解した。 

 実にシンプルで、途方もなく難しい。 

 どれだけ才能があっても、気づけなければ意味がない。

 逆に、気づきさえすれば──

 

(戦況が、大きく変わる⋯⋯!)

  

 アルベルトの戦闘が、それを証明していた。

 

「アルベルトは、どんな魔力特性なの?」

 

 視線を向ける。 

 アルベルトは、少しだけ胸を張って答えた。

 

「俺の魔力特性は──『結界』だ」 

「結界⋯⋯?」 

「魔力を放出すると、それ自体が防壁になるんだ」

  

 なるほど、と腑に落ちる。 

 あの高い防御力。

 魔術展開の速さ。

『魔力特性』が、底上げしているのだ。

  

(⋯⋯すごい)

 

 素直にそう思った。 

 同時に──

 

(まだまだ、私の知らない事が⋯⋯多い)

  

 少しだけ、アルベルトに嫉妬を覚えてしまった。 


  

 気を取り直して、食事を再開する。

 その時──店の外から、ざわめきが流れ込んできた。 

 人々の声。

 慌ただしい足音。

 

 そして── 

 遠くから響く、低い振動音。

 

 ──ドォン⋯⋯

 

 一拍遅れて、空気と大地が揺れた。

 カタカタ、とグラスが震える。

 水面に置かれた皿のスープが、小さく波打った。 

 店内のざわめきが、ぴたりと止まる。 


「⋯⋯今の、何だ?」

 

 誰かが呟く。 

 次の瞬間── 

 

「きゃああああああっ!!」

「に、逃げろぉ!!」


 遠くから、悲鳴が響いた。

 ただ事ではない。 

 外の通りが、一気に騒がしくなる。 

 シャルロットは反射的に立ち上がった。

 

「ま、まさか⋯⋯」


 嫌な予感がする。

 シャルロットは、ユーリとアルベルトに目配せし、席を立つ。

 

 店を出た三人は、外の異様な空気を感じ取った。


「うわぁぁ!!」 

「どけっ!!」

「化け物だぁー!!」

 

 肩をぶつけながら、人々が同じ方向から逃げてくる。 

 ユーリが、人の流れに逆らうように立ち、ゆっくりと視線を上げる。

 

「⋯⋯いたぞ」 

 

 その呟きに、シャルロットとアルベルトも、同時に顔を上げた。 

 建物と建物の隙間。 

 その奥に、ぬらりと動く影。 

 ──巨大な蛇の首。 

 鱗に覆われ、建物よりも高く伸びたそれが、ゆっくりと持ち上がる。

  

 ──もう一本。

 さらに、もう一本。 

 複数の首が、別々の意思を持つかのように(うごめ)いている。

 

「な⋯⋯なに⋯⋯あれ⋯⋯?」

 

 シャルロットが思わず息を呑む。 

 

 ──ズドォンッ!!

 

 奥の建物が崩れ落ちた。

 その隙間から、全体像が垣間見える。

 

 巨大な胴体に、(うね)る八つの首。 

 神獣──ヒュドラ。


「早く倒さないと、街が⋯⋯!!」


 シャルロットがヒュドラのもとへ駆けだそうとしたその時──


 バシャーン!!

 

 すぐ近くの水路が、大きく跳ねる。  

 そして──湿った音を鳴らしながら、地上へと這い上がる。 


 人の形をしているが、明らかに人ではない。 

 鱗に覆われた皮膚。

 突き出た顎。

 鋭い歯が並ぶ口。

 そして、手に持つ三叉矛

 魔獣──サハギン。

 

「うわああああっ!!」

 

 通りの住民が悲鳴をあげる。 

 それも一か所ではなく、様々な場所から。

 

 バシャッ!

 ドボンッ!

 ヒタ、ヒタ⋯⋯

 

 水路という水路から、次々と這い上がってくる。

 

「なに⋯⋯この数⋯⋯?」

 

 シャルロットが息を呑む。

 逃げる街の人達の退路を塞ぐかのように、サハギンの群れが街中に溢れる。


 神獣が街を破壊し、魔獣が人を襲う。

 二方面からの襲撃。

 ──状況は、最悪だった。

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