堅守の貴公子 Ⅲ
堅守の貴公子 Ⅲ
アルベルトが、静かに息を吐いた。
視線は、ヒュドラとサハギンの群れを行き来している。
「⋯⋯数が、多すぎるな⋯⋯」
低く呟く声。
それは、この状況に反して、異様に落ち着いていた。
シャルロットが焦った様子で、アルベルトの肩を掴む。
「何してるの!?早くサハギンを倒しに行かなきゃ!」
しかし、アルベルトは小さく首を振った。
「いや、俺はヒュドラのもとへ向かう。ユーリとシャルロットは、サハギンの殲滅を頼む!」
「何言ってるのよ!死にたいの!?」
シャルロットが叫ぶ。
「アルベルトじゃ神獣は倒せない!神獣はユーリに任せて、私たちで魔獣を──」
「違う!」
即座に否定された。
「戦況を見てみろ!」
アルベルトの声が、鋭くなる。
「優先すべきは──被害を減らすこと、だ!」
はっきりと、言い切る。
「サハギンは、逃げる人達の行く手を塞いでいる。対処しなければ、確実に被害が拡大する!」
視線を街へ向ける。
逃げ惑う人々。
迫るサハギン。
「俺とシャルロットで、あの数は捌ききれない!」
悔しさを滲ませながらも、現実を口にする。
「でも──彼は違う!」
ユーリへと視線を向ける。
「その速さなら、街中の魔獣を一気に減らせる」
そして──ヒュドラへと視線を戻す。
「その間は、俺がヒュドラを引きつける!」
一歩、前へ。
その覚悟に、迷いはなかった。
「俺は、この街を守りたい!」
そして──深く、頭を下げる。
「だから頼む⋯⋯力を貸してくれ!!」
シャルロットは、唇を噛んだ。
さっきまで、自分は──
神獣を倒すことしか見ていなかった。
だが違う。
(守るべきは⋯⋯街と人)
「⋯⋯分かった」
シャルロットが、強く頷く。
「魔獣は、私たちがやる」
ユーリが、横目でシャルロットを見る。
「いいんだな?」
確認するような問い。
シャルロットは、迷わず答えた。
「うん⋯⋯!」
「⋯⋯分かった」
刹那──ユーリの姿が、消えた。
一瞬で、サハギンの群れの中へ。
「さすがだな⋯⋯!」
アルベルトが思わず漏らす。
だがすぐに、ヒュドラへと向き直る。
「じゃあ⋯⋯俺も始めるとするか!」
アルベルトは、一人で神獣へと踏み込んだ。
◆◆◆◆◆
水路沿いの通り。
サハギンが、三体。
いや──背後から、さらに二体。
「はぁっ!」
シャルロットが踏み込む。
レイピアを突き出す。
だが──
一瞬、遅い。
剣先に魔力が乗るより先に、サハギンが動く。
ギィン!!
剣先が鱗に当たり、弾かれる。
「っ⋯⋯!」
体勢が、崩れる。
そこへ、横からもう一体。
振り下ろされる三叉矛。
「しまっ──」
避けきれない──
──ザンッ!!
サハギンの身体が、斜めに裂けた。
血飛沫が、宙を舞う。
背後に立つのは──ユーリ。
ユーリは無言のまま──消えた。
次の瞬間には、もう別の個体を斬っている。
──動きが、見えない。
サハギンが次々と倒れていく。
「⋯⋯っ」
シャルロットは、歯を食いしばった。
(⋯⋯分かってる)
原因は、明確だった。
魔力を『纏うまでの時間』。
そのわずかな遅れが、致命的な隙になる。
分かっているのに──出来ない。
再び構える。
だが、その動きは、わずかに硬い。
背後から気配。
「くっ⋯⋯」
シャルロットが振り向く間もなく。
──ザンッ!!
また一体、ユーリが斬り伏せる。
サハギンの群れが、一旦引いた。
水路の向こう。
まだ無数に蠢いている音が聞こえるが、距離は取れた。
束の間の小休憩をとる。
シャルロットは、膝に手をついた。
「はぁっ⋯⋯はぁ⋯⋯」
呼吸が荒い。
だが、それ以上に。
(悔しいっ⋯⋯)
視線を落とす。
自分の手に。
握られたレイピアに。
さっき、何度も──間に合わなかった。
ユーリがいなければ、確実にやられていた。
「⋯⋯情けない」
小さく、呟く。
その時──
「修行の進捗は?」
「⋯⋯え?」
戦闘中でも変わらない、いつもの声音。
シャルロットは、息を整えながら答える。
「⋯⋯理屈は理解してるつもり」
シャルロットは続ける。
「今までは、手に集めた魔力を剣に流していた。だけど⋯⋯それじゃあ、間に合わない。1秒以内だなんて、とても無理」
視線を上げ、ユーリを真っ直ぐに見つめる。
そして──一度きりの質問権を行使する。
「魔力を、そこにおく方法を教えて」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「魔力を、剣に置く方法を⋯⋯」
ユーリが、静かに口を開く。
「初心に帰れ」
ユーリの答えは、それだけだった。
それ以上何も言わない。
すでに視線は、次のサハギンへ向いている。
「⋯⋯先に、行く」
それだけ残して、再び戦場へ踏み込んだ。
残されたシャルロットは、考える。
(⋯⋯初心に、帰れ?)
その言葉が、頭の中で反響する。
(初心って⋯⋯魔力と魔術の⋯⋯基礎のこと?)
騎士学校で学んだ事を思い出す。
確か⋯⋯
魔力は──精神力。
魔術は──イメージ。
どんなに強力な魔術でも、精神力──思い次第で強くも弱くもなる。
どんなに高い魔力を持っていても、イメージが固まっていなければ、魔術は発動しない。
行き詰まったときは、この基礎を思い出してみて下さい。
「イメージ⋯⋯」
立ち止まるシャルロットのもとへ、サハギンが、迫る。
シャルロットは、静かに目を閉じ、思考を巡らせる。
(そうか⋯⋯イメージ⋯⋯!)
『流す』のではない。
『そこにある』と決める。
剣に──最初から魔力があると。
そう、イメージする。
「ギィィッ!!」
突き出される三叉矛。
シャルロットが目を開く。
矛先を紙一重でかわし、剣にイメージを乗せて、振るう──。
──ザンッ!!
サハギンの身体が、真っ二つに裂けた。
──手応えが、違う。
「今の⋯⋯」
剣に、最初から魔力が宿っている。
(できた⋯⋯できたっ!!)
シャルロットの瞳が、わずかに潤む。
だが、今は感傷に浸っている暇はない。
シャルロットは、深く息を吐く。
今の、魔力を置く感覚を忘れないように。
そのイメージが、揺らがないように。
集中力を高め、神経を剣に注ぐ。
正面に、サハギンが三匹。
迎え撃つため、サハギンの群れへ──踏み込む。
突き出す三叉矛が、シャルロットの胸元に、迫る。
(──遅い)
サハギンの突きが、まるでスローモーションの様に見える。
難なくかわし、サハギンを斬り裂く。
──まずは、一匹。
シャルロットは、その感覚に身を委ね、残りの二匹を討伐する。
「ギギィィィ!!」
不意に、背後からもう一匹。
気配に気づけず、集中力が途切れる。
一瞬の反応が遅れる──
──ずるっ⋯⋯
目の前で、サハギンの身体が崩れる。
シャルロットは目を見開いた。
霧散したサハギンの背後には、ユーリが立っていた。
「ユーリ⋯⋯」
シャルロットは、小さく息を吐いた。
ユーリはシャルロットの剣を一瞥し、小さく笑った。
「⋯⋯及第点だな」
「だけど⋯⋯最後、油断した。ユーリ、ありがとう」
ユーリは何も答えない。
そして、神獣のいる方角へと視線を向けた。
遠くから、ヒュドラの咆哮と、戦闘音が風に乗って飛んでくる。
「⋯⋯アルベルト、大丈夫かな?」
「そう思うなら、さっさとサハギンを全滅させるぞ」
「⋯⋯うん!」
シャルロットは力強く頷く。
街中に蔓延るサハギンを全て討伐するため、駆け出した。
◆◆◆◆◆
一方その頃──
「ぐっ⋯⋯!」
アルベルトは、ヒュドラと対峙していた。
全長8m程はある、蛇の化け物。
首が八つに分かれ、その頭それぞれが意思を持っているため、動きが不均一で非常に読みにくい。
何より──
「ウォルス!」
アルベルトが防御魔術を展開する。
同時に、ヒュドラが吐き出した毒液を防ぐ。
パキィーン!!
簡単に防壁が砕け散った。
「くそっ⋯⋯!」
アルベルトの防御結界が、一秒と持たない。
とにかく、防壁を張った瞬間に回避を繰り返すしかない。
その時、ヒュドラの頭の一つが、大きな口を開けた。
また毒液か、と思いきや──牙を剥き出しにして突進してきた。
「うぉっ⋯⋯!?」
アルベルトは間一髪、飛び超えて回避する。
そして、空中で体勢を整えつつ反撃を試みる。
手に持つ棒を振り上げると──渾身の力を乗せ、一気にヒュドラの頭へと叩きつけた。
「はぁーっ!!!」
ランパード流棒術──鹿威し。
由緒あるランパード伯爵家に代々伝わる、鳥獣狩りに特化した動きで敵を制する、武術である。
しかし──
神獣であるヒュドラには、通用しない。
「くぅ⋯⋯かったいなぁ~⋯⋯」
「キェエェエェー!!!」
反撃されたのが癪に障ったのか、ヒュドラが甲高い咆哮をあげた。
八つの頭が、同時に口を開ける。
その意図を理解したアルベルトの額から、一雫の汗が垂れた。
(こいつはヤバいな⋯⋯万事休すか⋯⋯?)
──ふと、ヒュドラの動きが止まる。
開けた口を閉じ、ゆっくりと首を巡らせる。
何かを警戒しているようだ。
コツ、コツ──
路地から聞こえてくる足音。
ヒュドラの十六の瞳が、一斉に細められた。
アルベルトも思わず視線を向ける。
そこに現れたのは──待ち望んでいた、黒衣の救世主だった。




