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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第4話
13/13

堅守の貴公子 IV

堅守の貴公子 IV

「ユーリ!!」


 アルベルトが、思わず歓声をあげる。

 ユーリの後ろには、シャルロットの姿もある。

 アルベルトに対して、親指を立てて意思を伝える。

 

 ──サハギンの殲滅完了、街の人は無事だよ。


 そう捉え、アルベルトも頷きながら親指を立てて返事をした。

 

 ユーリは、ヒュドラを見上げる。

 その視線は冷静そのものだった。

 だが──ヒュドラの反応は、明らかに違う。

 八つの首が、ゆっくりとユーリへ向く。

 その全てが、ユーリだけを捉えていた。


「⋯⋯警戒、している?」


 シャルロットが、小さく呟く。

 まるで、本能で理解しているかのようだった。

 ──こいつが、一番危険だと。


「キシャアアアアアッ!!!」


 八つの口が、一斉に開く。


「まずいっ!!──ウル・ウォルス!!」


 アルベルトがユーリの前に立ち、即座に防壁を展開する。

 今までよりも強力な、高い魔力量で構築された中級防御魔術──ウル・ウォルス。


 ──ドバァァァッ!!


 毒液の奔流が、障壁へ激突する。

 

 パキパキパキッ──!!

 

 防壁に亀裂が走る。


「ぐっ⋯⋯!!」


 アルベルトが歯を食いしばり耐える。

 

 その時──

 アルベルトの背後からユーリが飛び出し、建物の壁を蹴り、縦横無尽に駆けながらヒュドラの頭部へと向かっていく。


 ヒュドラの首が、一斉に動いた。

 お陰で、毒液攻撃が止み、アルベルトの防壁は寸でのところで破壊されずに済んだ。

 

 ユーリを近づけさせまいとするように、毒液を四方八方から吐き出す。


「ユーリっ!!」


 シャルロットが、息を呑む。

 首の動きが想像以上に、速い。


 ユーリは、建物を伝いながら攻撃をかわすも、ヒュドラには近づけない。


「チ⋯⋯」


 軽く舌打ちをする。


「シャル、アルベルト、手を貸せ」


 ユーリからの要請。

 この神獣戦において、戦力と認識してもらえていた事に、シャルロットは胸が震えた。


「うんっ!もちろん!!」

「任せろ!!」

 

「奴の首が邪魔だ。二人でいくつか気を引いてくれ」


 つまりは、陽動作戦。

 ヒュドラまでの道を切り開く。

 

「よし、行こう!シャルロット!」

「うん!!」


 二人が左右へ展開する。


「こっちよ!!」

 

 シャルロットが、ヒュドラに叫ぶ。 

 ヒュドラの視線が、即座に動く。 

 二つの頭が、同時にこちらを向いた。

 しかし、攻撃してくることはなく、こちらをじっと見続けている。

 陽動には乗らず、様子を伺っているようだ。


(今まで戦った神獣とは違う⋯⋯知能が高い⋯⋯!)


 ヒュドラは、動かない。

 いや──正確には、動く必要がないのだ。

 シャルロットとアルベルトの攻撃では、自分に致命傷を与えられない。

 だからこそ、最優先で警戒すべき対象だけを見ている。

 ──ユーリだ。

 八つの瞳が、一瞬たりとも黒衣の剣士を見失わない。


「くそ⋯⋯本当に賢いな」


 アルベルトが、苦々しく呟く。

 その瞬間、ヒュドラの首の一つが、アルベルトへ突っ込んだ。


 「うおっ!?」


 咄嗟に跳び退く。

 更に別の首が、シャルロットへ牙を剥いた。


(大丈夫、見えるっ!!)


 シャルロットは、魔力を纏わせたレイピアで軌道を逸らす。


 ──ギィンッ!!


「っくぅ⋯⋯!」


 重い衝撃に、腕が痺れる。


 「こんのぉ!」


 アルベルトが叫ぶ。

 構えた棒に魔力を纏わせ、とびかかってきた首筋目掛けて、薙ぎ払った。


 ──ガァンッ!!!

 

 ヒュドラの首が、弾き飛ぶ。

 ダメージは無いようだが、あのヒュドラの首を弾いた事に、シャルロットは驚く。


 恐らくアルベルトは、棒に魔力を纏わせた時、魔力特性も付与させたのだろう。


『結界』の魔力を纏った、硬化した棒術──魔力特性には、あのような応用も効くのか。

 シャルロットは、アルベルトの戦闘センスに思わず目を見張った。

 

ヒュドラの注意が三方向に分散した瞬間──ユーリが動く。


 ──踏み込んだ瞬間。 

 四つの頭が同時に口を開き、ユーリへ向かって一斉に毒液を放射した。 

 

 ──ドバァッ!!

  

 毒液が壁のように噴き出し、進路を塞ぐ。

 ユーリは地面を蹴り、後ろへ飛んだ。

  

「⋯⋯なるほど」

  

 ヒュドラに近づくほど、『的』は絞りやすくなる。

 だから、ヒュドラからはユーリに迫らない。

 ユーリに距離を詰めさせない。

 まずは、陽動をしているシャルロットとアルベルトをじわじわ追い詰め、片付けてから、ユーリを一気に倒そうと考えているようだ。


「⋯⋯なんて奴なの」


 シャルロットは、歯を食いしばった。


「だったら⋯⋯」


 ユーリが刀を抜き、静かに構える。

 シャルロットは息を呑んだ。

 あの構えは、コカトリス戦で見せた、対空型剣術──黒刃流・弐式『闇射』。

 放った突きの衝撃波が、ヒュドラへと迫る。

  

 だが── 

 首がしなり、回避した。


「ウソ⋯⋯」


 シャルロットは目を疑った。

 ユーリの黒刃流は、一撃必殺の神速剣だ。

 今まで、これを前にかわせた者は──いや、動けた者はいなかった。

 それを、あのヒュドラはかわした。

 シャルロットの顔に焦りの色が見える。


 そこへ──

 

「シャル」


 不意に声を掛けられ、シャルロットはユーリへ顔を向けた。

 ユーリは──涼しげな顔をしていた。

 

「気を緩めるなよ。相手は神獣だぞ」


 出た台詞は、シャルロットへの叱咤。

 その声色は余裕さえ感じられる。


「だけどユーリ⋯⋯闇射もかわされちゃったのに、どうやって⋯⋯」


 シャルロットの弱気な発言に、ユーリが不敵に笑う。

 

「あれは、ただの確認だ。別に避けられたって構わない」

「⋯⋯え?」


 ユーリの言葉に、シャルロットは目を見開いた。

 

「シャル、覚えとけ。戦いにおいて必要なのは、戦況を見極める事だ」

「戦⋯⋯況?」

「敵の動きや技、戦場の環境、周囲の様子⋯⋯それをまずは見極めろ。ただ技を繰り出せばいいって訳じゃない。戦況に合わせて技を放て」


 珍しくユーリが饒舌である。

 それだけ、絶望的な表情をしていたのだろうか──シャルロットは省みた。


(絶望するには、まだ早い⋯⋯!)


 何故なら──

 彼が、絶望していないのだから。


 

 ユーリが、刀をゆっくりと構えた。

 空気が、張り詰める。

 踏み込まず、ただ腕を振るう。


 ──漆黒の斬撃が、鴉のように空を裂く。

 一直線に、ヒュドラの首へ飛んでいく。

 だが──ヒュドラは、その動きを、軌道を見ていた。 

 八つの首が、不規則に(うね)る。

 斬撃が、空を切った。

 

 「そ、そんな⋯⋯かわされた⋯⋯!?」

 

 シャルロットが、か細い声を漏らす。

 ヒュドラも、わずかに動きを緩めた。

 斬撃を回避したと判断したのだろう。

 だからこそ──空を見なかった。

  

 その瞬間── 

 ユーリが、わずかに視線を上げる。

  

「⋯⋯終わりだ」

 

 ヒュドラの真上、遥か上空で。

 黒き斬撃が──反転した。 

 

「なっ──!?」

 

 アルベルトが、そしてシャルロットが、目を見開いた。

 漆黒の鴉が、天から急降下する。

 まるで──処刑の刃。

 

 ──ザンッ!!!


 気づいた時には、遅い。

 黒い斬撃が、ヒュドラの首を──断った。 

 

「ギィィイィィ!!」

  

 ヒュドラが断末魔をあげる。

 ユーリを警戒していた首四つが、地面へと落ちた。


 そして──ユーリが、消える。

 次に聞こえたのは、ヒュドラの背後──鍔鳴りの音。


 ──黒刃流壱式・『影斬』

 

 刹那、残りの首全てが滑り落ち、ヒュドラの巨躯は、霧散した。



 ──辺りに、静寂が訪れた。

 つい先程まで響いていた咆哮も、毒液が地面を焼く音も、もう無い。

 残されたのは、崩れた石畳と、浅く白い息だけ。


 シャルロットは、呆然と空を見上げていた。

 さっきまで確かにそこにあった、ヒュドラの首を避けたはずの、黒い斬撃。

 だが次の瞬間──それは天から舞い戻り、神獣の首を断った。

 まるで、獲物を狩る鴉のように。 


 「ユーリ⋯⋯今の、なに⋯⋯?」


 シャルロットが、震える声で尋ねる。


「黒刃流参式・夜鴉(よがらす)


 ユーリは、いつもの口調で答える。

  

「避けたと思わせた斬撃を、時間差で落とす技だ」


 シャルロットは、息を呑む。

 避けられる事すら、技の内。

 敵が回避した瞬間を狩る──まさに、一撃必殺の剣技。


(これが⋯⋯ユーリの剣)


 自分とは、見ている世界が違う──。

 そう、改めて実感させられる。


「はぁ〜〜〜⋯⋯終わったぁ⋯⋯」


 シャルロットの思考を途切れさせるように、アルベルトが大声をあげ、その場にどさりと座り込んだ。

 全身の力が抜けたように、大きく息を吐く。


 「正直、もう駄目かと思ったよ」


 苦笑しながら、空を見上げる。

 そして──


 「ありがとう、ユーリ」


 まっすぐに、そう言った。


 「お陰で、この街を守ることができた」


 その言葉に、嘘も飾りもない。

 ユーリは、ちらりと街へ視線を向ける。

 逃げ惑っていた人々。

 壊れた建物。

 それでも、確かに守れた命。


 「⋯⋯お前が時間を稼いだからだ」


 短く、それだけ返した。

 アルベルトは、一瞬だけ目を丸くし──次の瞬間、嬉しそうに笑った。


 「ははっ!そっか!なら、俺も少しは役に立てたかな」


「シャルも、よくやった」


 不意に投げられた賛辞に、シャルロットは驚いた。


「え!?でも、私⋯⋯対して役には⋯⋯」

「サハギンの討伐と、神獣の陽動。戦果としては充分だろ」


 ユーリにそう言われ、一瞬ポカンとする。


「そうだよ!シャルロットもありがとう!お陰で助かったよ!」


 屈託のない笑顔で言うアルベルト。

 シャルロットは、わずかに口元を緩めた。


(そっか⋯⋯私も、役に立てたんだ⋯⋯)


 シャルロットも、ようやく肩の力を抜く。

 周囲を見渡せば、街の崩壊は最小限で済んでいた。

 壊れた建物はいくつかある。

 だが──人々の悲鳴は、もう聞こえない。

 代わりに、安堵と歓喜の声が、少しずつ広がっていく。

 水の街リバーグレイスに、平穏が戻り始めていた。

 シャルロットは、そんな街の景色を見つめながら、小さく息を吐く。


(⋯⋯守れたんだ)


 その実感が、じわりと胸に広がった。


◆◆◆◆◆

 

 翌日の朝。

 リバーグレイスは、再び活気を取り戻していた。

 破損した建物は、街の人々が協力して修繕を始めている。

 瓦礫(がれき)を運ぶ者。

 水路を掃除する者。

 炊き出しを行う者──。

 昨日、神獣が現れたとは思えないほど、人々の動きには力があった。

 ──逞しい街である。


「アルベルト様ー!!」


 不意に、通りの向こうから声が飛ぶ。


「昨日はありがとうございました!」

「助かりました!!」

「さすがランパード家の御子息だ!」


 街の人々が、次々とアルベルトへ声を掛けていく。

 アルベルトは、少し困ったように笑いながら手を振った。


「いや、俺一人の力じゃないよ」


 すると、漁師らしき大柄な男が豪快に笑う。


「何言ってんだ! あの神獣相手に最後まで立ってたじゃねぇか!」

「そうそう!」

「まさに『堅守の貴公子』だ!」

 その呼び名に、周囲がどっと沸いた。


「堅守の貴公子!」

「ははっ、いいじゃねぇか!」

「かっこいいわ!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」


 アルベルトが慌てる。


「それ絶対今つけただろ!?」


 だが、街の人々は楽しそうに笑うばかりだった。

 その様子を見て、シャルロットも思わず吹き出す。


「ふふっ⋯⋯ぴったりかも」

「シャルロットまで!?」


 アルベルトが、がっくり肩を落とした。

 そんなやり取りを、ユーリは変わらず無表情で眺めていた。

 そして、不意にシャルロットへ声をかける。


「シャル、修行はどうなった」

「あっ⋯⋯!」


 その一言で、シャルロットは昨日の成果を思い出す。


「や、やる!やります!!」


 慌てて宿屋に戻り、鞄から例の腕輪を取り出して、ユーリのもとへ戻った。

 ウォルスの腕輪──魔力を感知すれば、一秒以内に防壁が展開される魔具。

 シャルロットは、静かに息を吐く。


(大丈夫⋯⋯イメージは出来てる)


 剣に魔力を『流す』のではない。

 最初から、そこにある。

 そう、強くイメージする。

 レイピアを構え──一閃。


 ──パキィィン!!


 ウォルスが発動する前に、腕輪が真っ二つに砕け散った。


「おおっ!!」


 アルベルトが声をあげ、目を見開く。

 シャルロットは、ぱっと顔を明るくした。


「できた⋯⋯!」


 ついに⋯⋯ついに、二つ目の修行を達成した。

 その達成感に、自然と笑みが零れる。

 ユーリは、そんなシャルロットを見て、一言。

 

「それを無意識に出来るようになれ」


 ユーリなりの合格の言葉、として受け取る。

 

「はいっ!!」


 シャルロットが、嬉しそうに返事をした。


 

 物資を買い揃え、旅立つ準備は整った。


「そろそろ行くぞ」

「うん!」

 

 ユーリの言葉に、シャルロットが頷く。

 宿屋の前には、アルベルトがいた。

 見送りに来てくれたのだろうか。


「じゃあ、アルベルト。色々ありがとう」


 シャルロットの言葉に、アルベルトの返事はない。

 不思議そうに、彼の顔を覗き込む。


 不意に、アルベルトは顔を上げ、真面目な声音で口を開いた。


「ユーリ⋯⋯やっぱり俺、君達と一緒に旅がしたい」


 真っ直ぐな瞳で訴える。


「昨日の戦いで分かったんだ。俺はまだ弱い」


 悔しさを隠さず、続ける。


「だからこそ──もっと強くなりたい」


 一歩、前へ出る。


「世界中で苦しんでいる人達を守るんだ。だって、俺は⋯⋯勇者になるんだから!」


 その言葉に、迷いは無かった。

 ユーリは、アルベルトを無言で見つめた。

 やがて──


「好きにしろ」


 相変わらず、素っ気ない返事。

 だが、


「やったぁー!!」


 アルベルトは、満面の笑みを浮かべた。


「よろしく!ユーリ、シャルロット!」

「うん!よろしくね、アルベルト」

 

 シャルロットも、ふっと笑う。



 リバーグレイスの門へと向かい、開門の手続きを済ませる。

 そこで、ふとアルベルトが尋ねる。


「そういえばさ、ユーリとシャルロットって、結構裕福な地位だったりするのか?」

「へ⋯⋯?そんなことないけど⋯⋯何で?」


 奇妙な質問に、シャルロットが首を傾げ、聞き返す。


「だって、あの腕輪⋯⋯ウォルスの腕輪だろ?しかも魔力に反応して自動で発動するなんて、上位術式じゃん。それなりの値段のはずだけど」

「⋯⋯ちなみに、いくらくらい?」 


 何だか、嫌な予感がする。

 

「確か⋯⋯二十万(ノルン)くらいだったかな」

「⋯⋯⋯⋯え?」


 シャルロットの動きと思考が、止まる。


「に、二十万⋯⋯!?」

 

 次第に顔が蒼白になり、声は裏返っていた。

 

「ちょ、ちょっと待って!? あれを壊す修行だったよね!?」

 

 勢いよく、ユーリの方を振り向く。


「壊したよね!? 私!!」

「それが修行だからな」


 ユーリは、涼しい顔で答えた。


「必要経費だ」

「必要経費で済ませる額じゃないよ!?」


 シャルロットが頭を抱える。


「え!? どうするの!? 弁償!? 私!?」

「気にするな」

「気にするよ!!」


 すると──


「はははははっ!!」


 アルが、腹を抱えて笑い出した。


「いやぁ、最高だな君たち!」

「笑い事じゃないんだけど!?」


 真っ赤になって抗議するシャルロット。

 そんな騒がしいやり取りを背に、ユーリは開かれた門をひと足先に通り抜ける。

 その後を小走りでシャルロットも追いかける。


 アルベルトは街へと視線を向けた。

 当分戻ってくることの無いであろう、街の喧騒を噛み締める。


「おーい、アルベルトー!置いてっちゃうよー?」


 シャルロットの声にはっとする。

 門の向こうへ視線を移すと、ユーリとシャルロットがこちらを見ていた。

 

 「行くぞ──アル(・・)

 

 ユーリの声掛けに、アルベルトが目を丸くする。

 しかし、やがて──

 

「ああっ!!」

 

 満面の笑みで、二人のもとへ駆け出した。

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