堅守の貴公子 IV
堅守の貴公子 IV
「ユーリ!!」
アルベルトが、思わず歓声をあげる。
ユーリの後ろには、シャルロットの姿もある。
アルベルトに対して、親指を立てて意思を伝える。
──サハギンの殲滅完了、街の人は無事だよ。
そう捉え、アルベルトも頷きながら親指を立てて返事をした。
ユーリは、ヒュドラを見上げる。
その視線は冷静そのものだった。
だが──ヒュドラの反応は、明らかに違う。
八つの首が、ゆっくりとユーリへ向く。
その全てが、ユーリだけを捉えていた。
「⋯⋯警戒、している?」
シャルロットが、小さく呟く。
まるで、本能で理解しているかのようだった。
──こいつが、一番危険だと。
「キシャアアアアアッ!!!」
八つの口が、一斉に開く。
「まずいっ!!──ウル・ウォルス!!」
アルベルトがユーリの前に立ち、即座に防壁を展開する。
今までよりも強力な、高い魔力量で構築された中級防御魔術──ウル・ウォルス。
──ドバァァァッ!!
毒液の奔流が、障壁へ激突する。
パキパキパキッ──!!
防壁に亀裂が走る。
「ぐっ⋯⋯!!」
アルベルトが歯を食いしばり耐える。
その時──
アルベルトの背後からユーリが飛び出し、建物の壁を蹴り、縦横無尽に駆けながらヒュドラの頭部へと向かっていく。
ヒュドラの首が、一斉に動いた。
お陰で、毒液攻撃が止み、アルベルトの防壁は寸でのところで破壊されずに済んだ。
ユーリを近づけさせまいとするように、毒液を四方八方から吐き出す。
「ユーリっ!!」
シャルロットが、息を呑む。
首の動きが想像以上に、速い。
ユーリは、建物を伝いながら攻撃をかわすも、ヒュドラには近づけない。
「チ⋯⋯」
軽く舌打ちをする。
「シャル、アルベルト、手を貸せ」
ユーリからの要請。
この神獣戦において、戦力と認識してもらえていた事に、シャルロットは胸が震えた。
「うんっ!もちろん!!」
「任せろ!!」
「奴の首が邪魔だ。二人でいくつか気を引いてくれ」
つまりは、陽動作戦。
ヒュドラまでの道を切り開く。
「よし、行こう!シャルロット!」
「うん!!」
二人が左右へ展開する。
「こっちよ!!」
シャルロットが、ヒュドラに叫ぶ。
ヒュドラの視線が、即座に動く。
二つの頭が、同時にこちらを向いた。
しかし、攻撃してくることはなく、こちらをじっと見続けている。
陽動には乗らず、様子を伺っているようだ。
(今まで戦った神獣とは違う⋯⋯知能が高い⋯⋯!)
ヒュドラは、動かない。
いや──正確には、動く必要がないのだ。
シャルロットとアルベルトの攻撃では、自分に致命傷を与えられない。
だからこそ、最優先で警戒すべき対象だけを見ている。
──ユーリだ。
八つの瞳が、一瞬たりとも黒衣の剣士を見失わない。
「くそ⋯⋯本当に賢いな」
アルベルトが、苦々しく呟く。
その瞬間、ヒュドラの首の一つが、アルベルトへ突っ込んだ。
「うおっ!?」
咄嗟に跳び退く。
更に別の首が、シャルロットへ牙を剥いた。
(大丈夫、見えるっ!!)
シャルロットは、魔力を纏わせたレイピアで軌道を逸らす。
──ギィンッ!!
「っくぅ⋯⋯!」
重い衝撃に、腕が痺れる。
「こんのぉ!」
アルベルトが叫ぶ。
構えた棒に魔力を纏わせ、とびかかってきた首筋目掛けて、薙ぎ払った。
──ガァンッ!!!
ヒュドラの首が、弾き飛ぶ。
ダメージは無いようだが、あのヒュドラの首を弾いた事に、シャルロットは驚く。
恐らくアルベルトは、棒に魔力を纏わせた時、魔力特性も付与させたのだろう。
『結界』の魔力を纏った、硬化した棒術──魔力特性には、あのような応用も効くのか。
シャルロットは、アルベルトの戦闘センスに思わず目を見張った。
ヒュドラの注意が三方向に分散した瞬間──ユーリが動く。
──踏み込んだ瞬間。
四つの頭が同時に口を開き、ユーリへ向かって一斉に毒液を放射した。
──ドバァッ!!
毒液が壁のように噴き出し、進路を塞ぐ。
ユーリは地面を蹴り、後ろへ飛んだ。
「⋯⋯なるほど」
ヒュドラに近づくほど、『的』は絞りやすくなる。
だから、ヒュドラからはユーリに迫らない。
ユーリに距離を詰めさせない。
まずは、陽動をしているシャルロットとアルベルトをじわじわ追い詰め、片付けてから、ユーリを一気に倒そうと考えているようだ。
「⋯⋯なんて奴なの」
シャルロットは、歯を食いしばった。
「だったら⋯⋯」
ユーリが刀を抜き、静かに構える。
シャルロットは息を呑んだ。
あの構えは、コカトリス戦で見せた、対空型剣術──黒刃流・弐式『闇射』。
放った突きの衝撃波が、ヒュドラへと迫る。
だが──
首がしなり、回避した。
「ウソ⋯⋯」
シャルロットは目を疑った。
ユーリの黒刃流は、一撃必殺の神速剣だ。
今まで、これを前にかわせた者は──いや、動けた者はいなかった。
それを、あのヒュドラはかわした。
シャルロットの顔に焦りの色が見える。
そこへ──
「シャル」
不意に声を掛けられ、シャルロットはユーリへ顔を向けた。
ユーリは──涼しげな顔をしていた。
「気を緩めるなよ。相手は神獣だぞ」
出た台詞は、シャルロットへの叱咤。
その声色は余裕さえ感じられる。
「だけどユーリ⋯⋯闇射もかわされちゃったのに、どうやって⋯⋯」
シャルロットの弱気な発言に、ユーリが不敵に笑う。
「あれは、ただの確認だ。別に避けられたって構わない」
「⋯⋯え?」
ユーリの言葉に、シャルロットは目を見開いた。
「シャル、覚えとけ。戦いにおいて必要なのは、戦況を見極める事だ」
「戦⋯⋯況?」
「敵の動きや技、戦場の環境、周囲の様子⋯⋯それをまずは見極めろ。ただ技を繰り出せばいいって訳じゃない。戦況に合わせて技を放て」
珍しくユーリが饒舌である。
それだけ、絶望的な表情をしていたのだろうか──シャルロットは省みた。
(絶望するには、まだ早い⋯⋯!)
何故なら──
彼が、絶望していないのだから。
ユーリが、刀をゆっくりと構えた。
空気が、張り詰める。
踏み込まず、ただ腕を振るう。
──漆黒の斬撃が、鴉のように空を裂く。
一直線に、ヒュドラの首へ飛んでいく。
だが──ヒュドラは、その動きを、軌道を見ていた。
八つの首が、不規則に畝る。
斬撃が、空を切った。
「そ、そんな⋯⋯かわされた⋯⋯!?」
シャルロットが、か細い声を漏らす。
ヒュドラも、わずかに動きを緩めた。
斬撃を回避したと判断したのだろう。
だからこそ──空を見なかった。
その瞬間──
ユーリが、わずかに視線を上げる。
「⋯⋯終わりだ」
ヒュドラの真上、遥か上空で。
黒き斬撃が──反転した。
「なっ──!?」
アルベルトが、そしてシャルロットが、目を見開いた。
漆黒の鴉が、天から急降下する。
まるで──処刑の刃。
──ザンッ!!!
気づいた時には、遅い。
黒い斬撃が、ヒュドラの首を──断った。
「ギィィイィィ!!」
ヒュドラが断末魔をあげる。
ユーリを警戒していた首四つが、地面へと落ちた。
そして──ユーリが、消える。
次に聞こえたのは、ヒュドラの背後──鍔鳴りの音。
──黒刃流壱式・『影斬』
刹那、残りの首全てが滑り落ち、ヒュドラの巨躯は、霧散した。
──辺りに、静寂が訪れた。
つい先程まで響いていた咆哮も、毒液が地面を焼く音も、もう無い。
残されたのは、崩れた石畳と、浅く白い息だけ。
シャルロットは、呆然と空を見上げていた。
さっきまで確かにそこにあった、ヒュドラの首を避けたはずの、黒い斬撃。
だが次の瞬間──それは天から舞い戻り、神獣の首を断った。
まるで、獲物を狩る鴉のように。
「ユーリ⋯⋯今の、なに⋯⋯?」
シャルロットが、震える声で尋ねる。
「黒刃流参式・夜鴉」
ユーリは、いつもの口調で答える。
「避けたと思わせた斬撃を、時間差で落とす技だ」
シャルロットは、息を呑む。
避けられる事すら、技の内。
敵が回避した瞬間を狩る──まさに、一撃必殺の剣技。
(これが⋯⋯ユーリの剣)
自分とは、見ている世界が違う──。
そう、改めて実感させられる。
「はぁ〜〜〜⋯⋯終わったぁ⋯⋯」
シャルロットの思考を途切れさせるように、アルベルトが大声をあげ、その場にどさりと座り込んだ。
全身の力が抜けたように、大きく息を吐く。
「正直、もう駄目かと思ったよ」
苦笑しながら、空を見上げる。
そして──
「ありがとう、ユーリ」
まっすぐに、そう言った。
「お陰で、この街を守ることができた」
その言葉に、嘘も飾りもない。
ユーリは、ちらりと街へ視線を向ける。
逃げ惑っていた人々。
壊れた建物。
それでも、確かに守れた命。
「⋯⋯お前が時間を稼いだからだ」
短く、それだけ返した。
アルベルトは、一瞬だけ目を丸くし──次の瞬間、嬉しそうに笑った。
「ははっ!そっか!なら、俺も少しは役に立てたかな」
「シャルも、よくやった」
不意に投げられた賛辞に、シャルロットは驚いた。
「え!?でも、私⋯⋯対して役には⋯⋯」
「サハギンの討伐と、神獣の陽動。戦果としては充分だろ」
ユーリにそう言われ、一瞬ポカンとする。
「そうだよ!シャルロットもありがとう!お陰で助かったよ!」
屈託のない笑顔で言うアルベルト。
シャルロットは、わずかに口元を緩めた。
(そっか⋯⋯私も、役に立てたんだ⋯⋯)
シャルロットも、ようやく肩の力を抜く。
周囲を見渡せば、街の崩壊は最小限で済んでいた。
壊れた建物はいくつかある。
だが──人々の悲鳴は、もう聞こえない。
代わりに、安堵と歓喜の声が、少しずつ広がっていく。
水の街リバーグレイスに、平穏が戻り始めていた。
シャルロットは、そんな街の景色を見つめながら、小さく息を吐く。
(⋯⋯守れたんだ)
その実感が、じわりと胸に広がった。
◆◆◆◆◆
翌日の朝。
リバーグレイスは、再び活気を取り戻していた。
破損した建物は、街の人々が協力して修繕を始めている。
瓦礫を運ぶ者。
水路を掃除する者。
炊き出しを行う者──。
昨日、神獣が現れたとは思えないほど、人々の動きには力があった。
──逞しい街である。
「アルベルト様ー!!」
不意に、通りの向こうから声が飛ぶ。
「昨日はありがとうございました!」
「助かりました!!」
「さすがランパード家の御子息だ!」
街の人々が、次々とアルベルトへ声を掛けていく。
アルベルトは、少し困ったように笑いながら手を振った。
「いや、俺一人の力じゃないよ」
すると、漁師らしき大柄な男が豪快に笑う。
「何言ってんだ! あの神獣相手に最後まで立ってたじゃねぇか!」
「そうそう!」
「まさに『堅守の貴公子』だ!」
その呼び名に、周囲がどっと沸いた。
「堅守の貴公子!」
「ははっ、いいじゃねぇか!」
「かっこいいわ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」
アルベルトが慌てる。
「それ絶対今つけただろ!?」
だが、街の人々は楽しそうに笑うばかりだった。
その様子を見て、シャルロットも思わず吹き出す。
「ふふっ⋯⋯ぴったりかも」
「シャルロットまで!?」
アルベルトが、がっくり肩を落とした。
そんなやり取りを、ユーリは変わらず無表情で眺めていた。
そして、不意にシャルロットへ声をかける。
「シャル、修行はどうなった」
「あっ⋯⋯!」
その一言で、シャルロットは昨日の成果を思い出す。
「や、やる!やります!!」
慌てて宿屋に戻り、鞄から例の腕輪を取り出して、ユーリのもとへ戻った。
ウォルスの腕輪──魔力を感知すれば、一秒以内に防壁が展開される魔具。
シャルロットは、静かに息を吐く。
(大丈夫⋯⋯イメージは出来てる)
剣に魔力を『流す』のではない。
最初から、そこにある。
そう、強くイメージする。
レイピアを構え──一閃。
──パキィィン!!
ウォルスが発動する前に、腕輪が真っ二つに砕け散った。
「おおっ!!」
アルベルトが声をあげ、目を見開く。
シャルロットは、ぱっと顔を明るくした。
「できた⋯⋯!」
ついに⋯⋯ついに、二つ目の修行を達成した。
その達成感に、自然と笑みが零れる。
ユーリは、そんなシャルロットを見て、一言。
「それを無意識に出来るようになれ」
ユーリなりの合格の言葉、として受け取る。
「はいっ!!」
シャルロットが、嬉しそうに返事をした。
物資を買い揃え、旅立つ準備は整った。
「そろそろ行くぞ」
「うん!」
ユーリの言葉に、シャルロットが頷く。
宿屋の前には、アルベルトがいた。
見送りに来てくれたのだろうか。
「じゃあ、アルベルト。色々ありがとう」
シャルロットの言葉に、アルベルトの返事はない。
不思議そうに、彼の顔を覗き込む。
不意に、アルベルトは顔を上げ、真面目な声音で口を開いた。
「ユーリ⋯⋯やっぱり俺、君達と一緒に旅がしたい」
真っ直ぐな瞳で訴える。
「昨日の戦いで分かったんだ。俺はまだ弱い」
悔しさを隠さず、続ける。
「だからこそ──もっと強くなりたい」
一歩、前へ出る。
「世界中で苦しんでいる人達を守るんだ。だって、俺は⋯⋯勇者になるんだから!」
その言葉に、迷いは無かった。
ユーリは、アルベルトを無言で見つめた。
やがて──
「好きにしろ」
相変わらず、素っ気ない返事。
だが、
「やったぁー!!」
アルベルトは、満面の笑みを浮かべた。
「よろしく!ユーリ、シャルロット!」
「うん!よろしくね、アルベルト」
シャルロットも、ふっと笑う。
リバーグレイスの門へと向かい、開門の手続きを済ませる。
そこで、ふとアルベルトが尋ねる。
「そういえばさ、ユーリとシャルロットって、結構裕福な地位だったりするのか?」
「へ⋯⋯?そんなことないけど⋯⋯何で?」
奇妙な質問に、シャルロットが首を傾げ、聞き返す。
「だって、あの腕輪⋯⋯ウォルスの腕輪だろ?しかも魔力に反応して自動で発動するなんて、上位術式じゃん。それなりの値段のはずだけど」
「⋯⋯ちなみに、いくらくらい?」
何だか、嫌な予感がする。
「確か⋯⋯二十万Nくらいだったかな」
「⋯⋯⋯⋯え?」
シャルロットの動きと思考が、止まる。
「に、二十万⋯⋯!?」
次第に顔が蒼白になり、声は裏返っていた。
「ちょ、ちょっと待って!? あれを壊す修行だったよね!?」
勢いよく、ユーリの方を振り向く。
「壊したよね!? 私!!」
「それが修行だからな」
ユーリは、涼しい顔で答えた。
「必要経費だ」
「必要経費で済ませる額じゃないよ!?」
シャルロットが頭を抱える。
「え!? どうするの!? 弁償!? 私!?」
「気にするな」
「気にするよ!!」
すると──
「はははははっ!!」
アルが、腹を抱えて笑い出した。
「いやぁ、最高だな君たち!」
「笑い事じゃないんだけど!?」
真っ赤になって抗議するシャルロット。
そんな騒がしいやり取りを背に、ユーリは開かれた門をひと足先に通り抜ける。
その後を小走りでシャルロットも追いかける。
アルベルトは街へと視線を向けた。
当分戻ってくることの無いであろう、街の喧騒を噛み締める。
「おーい、アルベルトー!置いてっちゃうよー?」
シャルロットの声にはっとする。
門の向こうへ視線を移すと、ユーリとシャルロットがこちらを見ていた。
「行くぞ──アル」
ユーリの声掛けに、アルベルトが目を丸くする。
しかし、やがて──
「ああっ!!」
満面の笑みで、二人のもとへ駆け出した。




