白の芽吹き
ランパード領──ラタトスク平原。
ミッドガルド王国の南東に位置する領地であり、狩猟が盛んな事で有名である。
市場の街・エルードを出発して二日が経過。
ユーリとシャルロットは、広大な平原を横断していた。
これまでと同様、ユーリの進む道に付いていくシャルロットだが──
「はぁっ!!」
鋭く踏み込み、レイピアを突き出す。
狙いは、猿の姿をした神獣──ハヌマーンの喉元。
しかし──弾かれる。
相変わらず、硬い。
鋼鉄に突き刺したような手応え。
刃は、一ミリも通らない。
「くっ⋯⋯!」
衝撃が腕を伝う。
コカトリス戦以降、あの時の力を、発揮できていない。
ハヌマーンが咆哮をあげ、シャルロットに拳を振りかざす。
──ハヌマーンの腕が、ずり落ちた。
背後には、ユーリ。
納刀の鍔鳴りと同時に、胴体が斜めに滑り落ちる。
──斬った瞬間が、見えなかった。
いや、認識すらできなかった。
悲鳴をあげる間もなく、ハヌマーンは霧散した。
シャルロットは息切れをしながら、レイピアを鞘に納めた。
そして、ユーリの背中に視線を向ける。
(⋯⋯今日だけで、三回目)
ついていけば、神獣に遭遇する。
──きっと偶然ではない。
(ユーリには⋯⋯何が見えてるの?)
だが、聞かない。
今はまだ、その領域じゃないと分かっているから。
ユーリは振り返らない。
「行くぞ」
「⋯⋯うん」
短く返し、再び歩き出した。
◆◆◆◆◆
翌日。
朝から、再び神獣戦。
シャルロットの攻撃は相変わらず通用しない。
ユーリが一撃で仕留め、呆気なく戦闘は終了した。
シャルロットはふと気がつく。
近頃、神獣を目にしても「怖い」と感じなくなってきた、と。
あの日、コカトリスと対峙した時に比べれば──
確かに、自分は変わっている。
ユーリがいるから、という安心感もあるのかもしれないが、連日の神獣遭遇により、この環境に慣れてきたのかもしれない。
「あっ、村が見えたよ!」
広大なラタトスク平原にポツンと佇む集落を発見し、シャルロットが歓喜の声をあげた。
同時に、神獣が闊歩するこの平原に、こんな場所があることが不思議だった。
──ランパード領、グラン村。
小さな村だが、活気はある。
煙突からは煙が上がり、生活の匂いが漂っていた。
狩猟が盛んだけあり、ジビエの肉を取り扱う店が散見される。
「やっと着いたね」
ほっと息をつく。
「まずは宿。それから飯にいくか」
「うん!」
宿を見つけ、手続きを済ませる。
簡素な部屋。
だが、十分だ。
野宿に比べたら、ベッドがあるだけで。
宿のマスターにおすすめの食事処を教えてもらい、そこへ向かう。
暖簾をくぐると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
焼かれた肉の脂。香辛料の刺激。
空腹が、一気に刺激される。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声。
木造の店内は、多くの客で賑わっている。
壁には狩猟で得たと思しき獣の角や毛皮が飾られている。
「二人だ」
「はいよ、こっちだ!」
案内された席に腰を下ろす。
メニュー表を手に取り、眺める。
だが──
「なにこれ⋯⋯全然わかんない⋯⋯」
見慣れない料理名が並んでいる。
鹿肉の香草焼き、熊肉の煮込み、兎の串焼き。
観念して店の料理長に尋ねてみる。
「おすすめは?」
「全部だな!」
「いや、それ困るんですけど!?」
思わず声が上ずる。
「苦手なものがないなら、適当に選べ」
このまま悩んでも埒が明かないため、ユーリの提案に乗ることにした。
しばらくして──
「うわぁ⋯⋯」
目を見開く。
こんがり焼かれた肉。
湯気の立つスープ。
香ばしい匂いが、さらに食欲を刺激する。
「いただきます!」
──はむっ
「おいしいっ!」
思わず声が弾む。
肉は柔らかく、噛むほどに旨味が広がる。
「こんなの、初めて食べた⋯⋯」
騎士学校の食事は、栄養重視で味は二の次だった。
これは違う。
ちゃんとした食事、だ。
思わず、頬が緩む。
向かいでは、ユーリが黙々と食べている。
味に対しての感想もない。
シャルロットは、ふと手を止めた。
「ねえ、ユーリ」
「何だ」
「神獣との戦い方を教えてくれるって言ってたけど⋯⋯具体的に、何をするの?」
シャルロットの質問に、ユーリは手を止め、真っ直ぐに見返した。
「ひとつ、聞く」
「うん?」
「魔獣という存在を、シャルはどこまで理解している?」
唐突な問いに、思考が一瞬止まる。
(──魔獣?神獣じゃなくて?)
疑問はとりあえず隅に置き、騎士学校で学んだ知識を掘り起こしながら、ユーリの質問に答えた。
「えっと⋯⋯世界樹ユグドラシルに循環されなかった負のエネルギーを持ったマナ──それが実態化したものが、魔獣⋯⋯だよね?」
「そうだ」
正しく答えられた事に、ほっと胸を撫で下ろす。
「それが分かってるなら、問題ない」
「えっ⋯⋯?」
それだけ言うと、ユーリは再び食べ始めた。
シャルロットの質問に対する答えは、ない。
しかし、最後に一言──
「午後から始めるぞ」
その言葉が、シャルロットの疑問を払拭した。
──説明してくれないのは、きっと理由がある。
ユーリは、言った。
あの一撃はまぐれじゃない、と。
可能性を見た、と。
そして、死に物狂いで付いてこい、と。
ユーリの事は何も分からない。
それでも、それでも確信している事はある。
ユーリは、嘘をつかない。
ありのまま、事実だけを口に出す。
だから──信頼できる。
「はいっ!」
シャルロットは、元気よく返事をする。
そして、再び料理に手を伸ばした。
(午後から⋯⋯)
胸の奥が、少しだけ高鳴る。
──強くなるための、一歩が始まる。
◆◆◆◆◆
食事を終えたシャルロットは、ユーリに連れられ、宿屋の裏手へと回った。
裏手はちょうど空き地となっており、鍛錬をするには充分な広さがある。
ユーリが不意に、革袋から何かを取り出した。
道中で魔獣を倒した時に出現した魔石である。
地面に、無造作に置く。
「これを壊せ」
「⋯⋯え?」
ぽかんとする。
さらに、もう一つ。
レイピアを差し出す。
「これを使って壊せ」
「これ⋯⋯どうしたの?」
「エルードで買った」
ユーリは淡々と答える。
「いつも使ってるレイピアじゃだめなの?」
「ああ」
「どうして?」
やや間を置いて、ユーリは答える。
「⋯⋯実際にやった方が早いな」
そう呟くと、ユーリが指示を出す。
「まずは、いつもの剣でこの魔石を壊してみろ」
首を傾げながらも、言われるままに剣を抜き、魔石に向かって突きを放つ。
──パキィィン!
乾いた音と共に、魔石が内側から弾けた。
魔石は問題なく砕けた。
「じゃあ、今度はこっちを使ってみろ」
言われるままに、レイピアを受け取る。
同様に鞘から抜き、新しく置かれた魔石目掛けて突きを放つ──。
カァン!!
剣が、弾かれた。
衝撃だけが、腕に残る。
魔石には、傷一つ付いていない。
「え⋯⋯」
もう一度、試す。
──カァン!
何度も。
──カァン!
何度も。
──カァン!
だが──
ひび一つ入らない。
「な、なんでっ!?」
理解が追いつかない。
息が荒くなる。
だが、この感覚には、覚えがある。
──あの時と同じだ。
神獣に、何度も、何度も、苦汁を舐めさせられた、あの感覚だ。
シャルロットはその場にへたりと座り込んだ。
──コツ
乾いた音が耳に入り、顔を上げる。
ユーリが、目の前に立っていた。
手には──木の枝。
ただの、そこらに落ちていた枝だ。
ユーリが、ゆっくりと枝の先を魔石に向ける。
そして──軽く小突く。
──パキィィン⋯⋯
砕けた。
まるで薄い氷の様に。
「⋯⋯え?」
──何が起きた?
力は、全く入れていない。
反動も付けていない。
なのに──。
呆然とするシャルロットに、ユーリが告げる。
「一度だけ、質問する権利をやる」
「質問する⋯⋯権利?」
「いつ聞くか、何を聞くかも自由だ」
淡々とした声。
「だが、一度だけだ」
ユーリが新たに魔石を置く。
シャルロットは、魔石を見つめた。
(⋯⋯一回だけ)
「出来たら、呼べ」
最後にそれだけ伝え、ユーリはその場から立ち去った。
シャルロットは、レイピアをギュッと握りしめる。
「強く、なるんだ⋯⋯!」
そう自身を鼓舞する。
ゆっくりと立ち上がり、レイピアを構える。
シャルロットは、魔石へ剣を振るった──。




