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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第3話
8/13

白の芽吹き

 ランパード領──ラタトスク平原。

 ミッドガルド王国の南東に位置する領地であり、狩猟が盛んな事で有名である。

 市場の街・エルードを出発して二日が経過。

 ユーリとシャルロットは、広大な平原を横断していた。

 これまでと同様、ユーリの進む道に付いていくシャルロットだが──


 

「はぁっ!!」

 

 鋭く踏み込み、レイピアを突き出す。

 狙いは、猿の姿をした神獣──ハヌマーンの喉元。

 しかし──弾かれる。

 相変わらず、硬い。

 鋼鉄に突き刺したような手応え。

 刃は、一ミリも通らない。 

 

「くっ⋯⋯!」

 

 衝撃が腕を伝う。

 コカトリス戦以降、あの時の力を、発揮できていない。

 ハヌマーンが咆哮をあげ、シャルロットに拳を振りかざす。

 

 ──ハヌマーンの腕が、ずり落ちた。

 背後には、ユーリ。

 納刀の鍔鳴りと同時に、胴体が斜めに滑り落ちる。

 ──斬った瞬間が、見えなかった。

 いや、認識すらできなかった。 

 悲鳴をあげる間もなく、ハヌマーンは霧散した。

 

 シャルロットは息切れをしながら、レイピアを鞘に納めた。

 そして、ユーリの背中に視線を向ける。

 

(⋯⋯今日だけで、三回目)

 

 ついていけば、神獣に遭遇する。 

 ──きっと偶然ではない。

 

(ユーリには⋯⋯何が見えてるの?)

 

 だが、聞かない。

 今はまだ、その領域じゃないと分かっているから。

 ユーリは振り返らない。

 

「行くぞ」

「⋯⋯うん」

 

 短く返し、再び歩き出した。


◆◆◆◆◆

 

 翌日。

 朝から、再び神獣戦。

 シャルロットの攻撃は相変わらず通用しない。

 ユーリが一撃で仕留め、呆気なく戦闘は終了した。


 シャルロットはふと気がつく。

 近頃、神獣を目にしても「怖い」と感じなくなってきた、と。

 あの日、コカトリスと対峙した時に比べれば──

 確かに、自分は変わっている。 

 ユーリがいるから、という安心感もあるのかもしれないが、連日の神獣遭遇により、この環境に慣れてきたのかもしれない。


「あっ、村が見えたよ!」


 広大なラタトスク平原にポツンと佇む集落を発見し、シャルロットが歓喜の声をあげた。

 同時に、神獣が闊歩(かっぽ)するこの平原に、こんな場所があることが不思議だった。

  

──ランパード領、グラン村。

 小さな村だが、活気はある。

 煙突からは煙が上がり、生活の匂いが漂っていた。 

 狩猟が盛んだけあり、ジビエの肉を取り扱う店が散見される。

 

「やっと着いたね」

 

 ほっと息をつく。

 

「まずは宿。それから飯にいくか」

「うん!」


 宿を見つけ、手続きを済ませる。

 簡素な部屋。

 だが、十分だ。

 野宿に比べたら、ベッドがあるだけで。


 宿のマスターにおすすめの食事処を教えてもらい、そこへ向かう。

 暖簾(のれん)をくぐると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

 焼かれた肉の脂。香辛料の刺激。

 空腹が、一気に刺激される。

 

「いらっしゃい!」

 

 威勢のいい声。

 木造の店内は、多くの客で賑わっている。

 壁には狩猟で得たと思しき獣の角や毛皮が飾られている。

 

「二人だ」

「はいよ、こっちだ!」

 

 案内された席に腰を下ろす。 

 メニュー表を手に取り、眺める。

 だが──


「なにこれ⋯⋯全然わかんない⋯⋯」

 

 見慣れない料理名が並んでいる。

 鹿肉の香草焼き、熊肉の煮込み、兎の串焼き。

 観念して店の料理長に尋ねてみる。

 

「おすすめは?」

「全部だな!」

「いや、それ困るんですけど!?」

 

 思わず声が上ずる。


「苦手なものがないなら、適当に選べ」


 このまま悩んでも(らち)が明かないため、ユーリの提案に乗ることにした。

 

 しばらくして──


「うわぁ⋯⋯」

 

 目を見開く。

 こんがり焼かれた肉。

 湯気の立つスープ。

 香ばしい匂いが、さらに食欲を刺激する。

 

「いただきます!」


 ──はむっ

  

「おいしいっ!」

 

 思わず声が弾む。

 肉は柔らかく、噛むほどに旨味が広がる。

 

「こんなの、初めて食べた⋯⋯」

 

 騎士学校の食事は、栄養重視で味は二の次だった。

 これは違う。

 ちゃんとした食事、だ。

 思わず、頬が緩む。 

 向かいでは、ユーリが黙々と食べている。

 味に対しての感想もない。

 

 シャルロットは、ふと手を止めた。

 

「ねえ、ユーリ」

「何だ」

「神獣との戦い方を教えてくれるって言ってたけど⋯⋯具体的に、何をするの?」


 シャルロットの質問に、ユーリは手を止め、真っ直ぐに見返した。

 

「ひとつ、聞く」

「うん?」

「魔獣という存在を、シャルはどこまで理解している?」


 唐突な問いに、思考が一瞬止まる。 


 (──魔獣?神獣じゃなくて?)


 疑問はとりあえず隅に置き、騎士学校で学んだ知識を掘り起こしながら、ユーリの質問に答えた。


「えっと⋯⋯世界樹ユグドラシルに循環されなかった負のエネルギーを持ったマナ──それが実態化したものが、魔獣⋯⋯だよね?」 

「そうだ」


 正しく答えられた事に、ほっと胸を撫で下ろす。


「それが分かってるなら、問題ない」

「えっ⋯⋯?」


 それだけ言うと、ユーリは再び食べ始めた。

 シャルロットの質問に対する答えは、ない。

 しかし、最後に一言──


「午後から始めるぞ」


 その言葉が、シャルロットの疑問を払拭した。

 ──説明してくれないのは、きっと理由がある。

 ユーリは、言った。

 あの一撃はまぐれじゃない、と。

 可能性を見た、と。

 そして、死に物狂いで付いてこい、と。


 ユーリの事は何も分からない。

 それでも、それでも確信している事はある。

 ユーリは、嘘をつかない。

 ありのまま、事実だけを口に出す。

 だから──信頼できる。


「はいっ!」

  

 シャルロットは、元気よく返事をする。

 そして、再び料理に手を伸ばした。

 

(午後から⋯⋯)

 

 胸の奥が、少しだけ高鳴る。

 ──強くなるための、一歩が始まる。


 ◆◆◆◆◆

 

 食事を終えたシャルロットは、ユーリに連れられ、宿屋の裏手へと回った。

 裏手はちょうど空き地となっており、鍛錬をするには充分な広さがある。

 

 ユーリが不意に、革袋から何かを取り出した。

 道中で魔獣を倒した時に出現した魔石である。

 地面に、無造作に置く。

 

「これを壊せ」

「⋯⋯え?」

 

 ぽかんとする。 

 さらに、もう一つ。

 レイピアを差し出す。

 

「これを使って壊せ」

「これ⋯⋯どうしたの?」

「エルードで買った」

 

 ユーリは淡々と答える。

 

「いつも使ってるレイピアじゃだめなの?」

「ああ」

「どうして?」


 やや間を置いて、ユーリは答える。

 

「⋯⋯実際にやった方が早いな」


 そう呟くと、ユーリが指示を出す。


「まずは、いつもの剣でこの魔石を壊してみろ」


 首を傾げながらも、言われるままに剣を抜き、魔石に向かって突きを放つ。


 ──パキィィン!

 

 乾いた音と共に、魔石が内側から弾けた。

 魔石は問題なく砕けた。

 

「じゃあ、今度はこっちを使ってみろ」


 言われるままに、レイピアを受け取る。

 同様に鞘から抜き、新しく置かれた魔石目掛けて突きを放つ──。


 カァン!!


 剣が、弾かれた。

 衝撃だけが、腕に残る。 

 魔石には、傷一つ付いていない。


「え⋯⋯」


 もう一度、試す。

 ──カァン!

 何度も。

 ──カァン!

 何度も。

 ──カァン! 

 だが──

 ひび一つ入らない。

 

「な、なんでっ!?」


 理解が追いつかない。 

 息が荒くなる。

 だが、この感覚には、覚えがある。

 ──あの時と同じだ。 

 神獣に、何度も、何度も、苦汁を舐めさせられた、あの感覚だ。


 シャルロットはその場にへたりと座り込んだ。

  

 ──コツ

 乾いた音が耳に入り、顔を上げる。

 ユーリが、目の前に立っていた。 

 手には──木の枝。

 ただの、そこらに落ちていた枝だ。


 ユーリが、ゆっくりと枝の先を魔石に向ける。

 そして──軽く小突く。

 

 ──パキィィン⋯⋯


 砕けた。 

 まるで薄い氷の様に。

 

「⋯⋯え?」

 

 ──何が起きた?

 力は、全く入れていない。

 反動も付けていない。

 なのに──。 


 呆然とするシャルロットに、ユーリが告げる。

 

「一度だけ、質問する権利をやる」

「質問する⋯⋯権利?」

「いつ聞くか、何を聞くかも自由だ」

 

 淡々とした声。

 

「だが、一度だけだ」


 ユーリが新たに魔石を置く。 

 シャルロットは、魔石を見つめた。

 

(⋯⋯一回だけ)


「出来たら、呼べ」


 最後にそれだけ伝え、ユーリはその場から立ち去った。  

 シャルロットは、レイピアをギュッと握りしめる。


「強く、なるんだ⋯⋯!」


 そう自身を鼓舞する。

 ゆっくりと立ち上がり、レイピアを構える。

 シャルロットは、魔石へ剣を振るった──。

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