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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第2話
7/13

黒のまにまに Ⅲ

 果実の表面に、一本のひび。

 シャルロットの背筋を、冷たいものが走る。

 

 ──バキ、バキッ。

 

 ひびが、広がる。

 内部から、何かが押し広げている。

 

「逃げて!!早く!!」

 

 繰り返し叫ぶ。

 だが、人々はもう動けない。

 恐怖で、足がすくんでいる。

 そして──砕けた。

 

 内側から弾けるように、果実が崩壊する。

 赤い殻が飛び散り、その中心から現れたのは──異形。

 巨大な鶏の頭。

 爬虫類のような鱗に覆われた体。

 鋭い鉤爪。

 濁った黄色の瞳。

 ──コカトリス。

 

「ひっ⋯⋯!」

 

 誰かが悲鳴をあげた。

 次の瞬間。

 

「ひ⋯⋯ひぃいぃぃ!!」

 

 栄光騎士団が、真っ先に背を向けた。

 

「お、おい!?」

「待てよ!!守るんじゃなかったのか!?」

「無理だ!死にたくねぇ!!」

 

 統率も何もない。

 我先にと逃げ出す。

 ──守る者はいなくなった。

 

 コカトリスが、甲高く鳴いた。

 その音が、合図になる。


「うあぁあぁあ!!!」

 

 人々が、一斉に逃げ出した。

 押し合い、潰し合いながら。

 

「きゃっ!?」

 

 小さな悲鳴。

 人波に弾かれ、一人の少女が転ぶ。

 迫る足。

 踏み潰される──

 

「危ない!」

 

 シャルロットが飛び込んだ。

 少女を抱き寄せ、その身を庇う。

 地面に転がる。

 

「だ、大丈夫⋯⋯?」

 

 問いかけると、少女は、泣きながらしがみついてくる。

 

「こわい⋯⋯っ、こわいよぉ⋯!!ママぁ⋯⋯」

 

 小さな体が、震えている。

 その震えが、腕を通して伝わってくる。

 ──怖い。

 自分も、同じだ。

 でも。

 シャルロットは、ゆっくりと笑った。

 

「大丈夫」

 

 優しく、頭を撫でる。

 

「私が⋯⋯必ず守るから」

 

 嘘じゃない。

 願いでもない。

 ──決意だ。

 近くにいた大人に少女を預ける。

 

「この子を連れて、逃げてください!」

「は、はいっ!」

 

 少女が引き離される。

 泣きながらも、運ばれていく。

 それを見届けて──

 シャルロットは、立ち上がる。

 剣を、抜く。

 視線を上げる。

 

 コカトリスが、こちらを見ていた。

 標的を定めるように。

 ──逃げればいい。

 本能が叫ぶ。

 ──勝てない。

 分かっている。

 それでも──

 

「もう⋯⋯誰も死なせない!」 


 コカトリスが鶏鳴(けいめい)をあげ、シャルロットへ飛びかかる。

 動きを慎重に読み、かわす。

 巨大な鉤爪が地面を叩きつける。

 石畳の街路が抉られている。


 シャルロットの額から汗が垂れる。

 恐怖の感情を押し殺し、踏み込む。

 コカトリスの翼に突きを放つ。

 だが──

 

「っ⋯⋯!」

 

 通らない。

 弾かれる。

 硬い。

 ミノタウロスやバイコーンと同じだ。

 

 コカトリスが口を開く。

 紫色の霧が、溢れ出す。

 

(あれは⋯⋯?)


 シャルロット目掛けて、霧を吐き出した。


「うわっ!?」


 間一髪、かわす。

 紫の霧が建物に吹き掛かる。

 次の瞬間──建物が、石化した。


 (石化の毒霧⋯⋯!)

 

 シャルロットは喉を鳴らす。

 

 (物理攻撃だけじゃない⋯⋯!)

 

 しかし、逃げるつもりはない。

 あの少女と、約束した。

 私が守る、と。


 体勢を調え、再び剣を構える。

 剣に全神経を集中する──

 自然と、強ばっていた体の力が、抜ける。

 周りの喧騒が聞こえなくなる──

 目の前のコカトリスだけを、見据える──

 もっと、深く、深く──

 

 シャルロットは、微動だにしない。

 コカトリスが鉤爪を構え、飛びかかる。

 それでもシャルロットは動かない。

 

 爪の先が胸に突き刺さるか否かの刹那──

 シャルロットは爪をかわし、神速の突きをコカトリスの腹部に放った。


 幼き頃、亡き父から教わった、光速の剣術──白帝剣。

 偶発的に辿り着いた無我の境地。

 その一閃が──奇跡を起こした。 

 剣先が、絶対防御の『何か』を超えて、コカトリスの腹部を貫いた。


「ギィィイィ!!!」


 コカトリスが悲鳴をあげる。


「はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯」


 呼吸が苦しい。

 体が追いつかない。

 思考が鈍る。

 剣を持つ手に、力が入らない。

 脚が震えて、立ち上がれない。


 コカトリスが再び鶏鳴をあげ、シャルロットを威嚇する。

 口を開け、息を吸い込む。

 そして──シャルロット目掛けて、毒霧を吐き出した。


 ──動けない。

 回避が、間に合わない。

 

 その瞬間──

 毒霧が、視界を覆う。


 死ん──


 ぐい、と体が引かれた。

 

「え⋯⋯?」

 

 視界が、ぶれる。

 次の瞬間には、安全圏まで引き離されていた。

 腕の中に、温もり。

 

「⋯⋯ユーリ、さん」

 

 抱えられていると、気づく。

 ユーリは、何も言わない。

 ただ、コカトリスを見ている。

 ゆっくりと、シャルロットを下ろす。

 

「よく耐えた」

「え⋯⋯?」

「埋め合わせとしては、充分だ」


 シャルロットは小さく、笑った。

 

 改めて、ユーリはコカトリスを見る。

 コカトリスが、威嚇するように鳴く。

 しかし、今までとは何かが違う。

 ユーリを──恐れている。


 コカトリスは両翼を広げ、羽ばたく。

 その巨躯が空へと舞い上がった。

 間合いでは──届かない。

 魔術も、通じるとは思えない。 

  

 ユーリが、静かに刀を抜く。

 そして、構える。

 その姿勢は、シャルロットが得意とする『突き』の構え。

 刃先をコカトリスへと向ける。

 次の瞬間──

 踏み込まない。

 ただ、腕が動いた。

 天空に向けての、突き。

 

 ──空を裂く。

 見えない何かが、一直線に走る。

 それが──

 コカトリスの首を、貫いた。

 遅れて、破裂するように血が弾ける。

 

「なに⋯⋯?今の⋯⋯」

 

 呆然と呟く。

 コカトリスの巨体が、崩れる。

 そのまま──霧散。

 辺りに静寂が戻る。

 ユーリが、刀を収める。

 

「黒刃流──弐式(にしき)闇射(やみうち)

 

 淡々とした声。

 振り返った視線が、シャルロットを捉える。

 

 天空で消滅したコカトリスを目撃したのか、街の人々が、様子を窺うようにおずおずと戻ってきた。


「神獣は⋯⋯どうなったんだ⋯⋯?」

「何か、急に消えちゃったけど⋯⋯」


 シャルロットが口元をあげて報告した。

 

「神獣は、討伐されました!みなさん、もう大丈夫です!」

 

 その言葉と同時に、歓声があがる。

 大勢の人が、ユーリとシャルロットを囲み、礼を言う。


 そこへ、戻ってきた栄光騎士団の男達。

 町民達が、彼らに鋭い視線を向けた。

 

「お、おう、終わったようだな?」

「さすが俺達が見込んだだけの事は──」

 

「ふざけんな!」

「私達を置いて逃げたくせに!」

「何が騎士団だ!金返せ!」


 周囲から罵詈雑言(ばりぞうごん)が飛び交う。

 それに苛立ちを見せた男達が、剣を抜く。


「ああん!?うるせえなぁ!魔獣から守ってやったのは事実だろうがよ!文句があるなら、自分で魔獣を退治してみろってんだ!」

「そうだ、そうだ!俺達は命を張って、てめぇらを守ってやってた騎士様だぞ!」


「なにが⋯⋯命を張って、よ」


 低い声が、空気に響く。

 皆の視線が、シャルロットに集中する。

 

「みんなを見捨てて、一目散に逃げた人が⋯⋯命を張ってるなんて、軽々しく言わないで!」

「何だと?このガキ──」

 

 風が、抜ける。

 シャルロットに向けられた剣が、真っ二つに折れ、地面に転がった。


「⋯⋯え?」


 それだけではない。

 男達の持つ鎧が、盾が、次々とバラバラに崩れ落ちていく。

 

 ユーリが、男達の背後に立っている。

 いつの間にか。

 

「失せろ」

 

 強い殺気のこもった一言。

 騎士団の男達は、途端に震え上がる。

 腰が砕けたように、這うようにして逃げ出した。 

 周囲から、再び歓声があがった。



 幸い、被害は広場周辺に留まっていた。

 ギルドが復旧に動き出し、街は少しずつ日常を取り戻していく。 


 シャルロットは、へたりとその場に座り込んだ。

 緊張の糸が切れ、腰が抜けてしまった。

 シャルロットの前に影が伸びる。

 見上げると、ユーリの無表情が目に入った。


「コカトリスに一撃、与えたな」


 淡々と言う。

 シャルロットは苦笑いを浮かべた。


「実は、よく覚えてないんだ。何となく、必死だった感じ?もう一回やれって言われても、無理だと思う」 

「⋯⋯そうか」

 

 シャルロットの言葉に、それだけ返した。


◆◆◆◆◆


 宿に一晩泊まり、翌朝。

 次の場所へ向かうため、街を出発する。

 街の門に差し掛かったところに、一人の少女が立っていた。

 あの時、泣いていた女の子だ。

 少女は、シャルロットの姿を見かけると、タタタと音を鳴らして駆け寄ってきた。


「どうしたの?」

 

 シャルロットは前屈みになって少女に問いかける。


「これ⋯⋯」


 少女の手には、綺麗な赤いリボンが乗っていた。

 それをシャルロットに向けて差し出す。


「え?私に?」

「うん。たすけてくれたおれい」


 シャルロットは笑みを浮かべて、リボンを受け取る。


「ありがとう」

 

 受け取ってくれたことが嬉しかったのか、少女も笑顔になる。


「それから、やくそく⋯⋯まもってくれて、ありがとう」

 

 シャルロットの心に、温かい感情が流れてくる。

 シャルロットは笑顔で少女に手を振った。

 少女もまた、二人の姿が見えなくなるまで、手を振っていた。

 

 

 次の目的地までの街道を、二つの影が進む。

 迷いのない足取りで前を行くユーリ。

 シャルロットは、その背中に置いていかれないように続く。

 少しだけ、その関係に変化が生じた。

 

「お前が、コカトリスと対峙した時──」

「え⋯⋯?」

 

 不意にユーリが話しかける。

 

「お前の意志、覚悟を聞いた」


──(私が⋯⋯必ず守るから)

──(もう⋯⋯誰も死なせない!)


「それが、どこまで通用するか──見ていた」

 

 ユーリは歩みを止め、振り返る。

 緑の瞳が、シャルロットを真っ直ぐに見つめる。


「その結果が、あの一撃だ」

「い、いや⋯⋯でも、あれはまぐれで⋯⋯」

「まぐれじゃ、神獣に傷一つ付けられない」

 

 シャルロットの謙遜を、ユーリが即否定する。


「お前に、可能性を見た」

「え⋯⋯?」

  

 シャルロットの目が、大きく開かれる。


「戦い方を、教える」

 

 その目は、真っ直ぐだった。

 

「強くなりたければ、死に物狂いで、ついて来い」

「⋯⋯はいっ!!」

 

 意味は、充分すぎるほど伝わった。


 ユーリに、認めてもらえた──

 こみ上げてくる歓喜の思いを抑えきれず、ついにやけてしまう。

  

 ユーリは、再び前を見て歩き出す。

 そして、自然と呼び掛ける。

 

「何してる。行くぞ、シャル(・・・)

 

 シャルロットの時間が、止まる。

 次第に、胸の奥が熱くなる。


「⋯⋯うんっ!」


 シャルロットは、笑った。


「改めて、よろしくね。⋯⋯ユーリ!」

 

 シャルロットは笑顔で駆け出す。

 その背中を、追いかける。

 

 ──強くなるんだ!

 

 今度は、ただの追従じゃない。

 隣に立つために。

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