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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第9話
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32/33

魔喰い Ⅱ

 酒場を後にした三人は、一度草原へ戻り、未だにリンゴを頭に乗せたまま微動だにできないアルベルトを回収した。

 

「やっと終わったぁぁぁぁぁ!!」

 

 リンゴを頭から落とし、アルベルトはその場に崩れ落ちた。

 全身から解放感を滲ませながら、荒い呼吸を繰り返す。

 

「休んでる暇ない。早く、立って」

「休憩なしですか!?」

 

 即座に返されるリリアーナの一言に、アルベルトが愕然とした。

 だが、すぐにすっと立ち上がる。

 その顔に、もう卑屈さは、ない。


「で、その依頼人は、どこにいるんだ?」

「あっちだ」

 

 ユーリは短く答えると、視線を向けた先へと歩き出した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 依頼主との待ち合わせ場所は、町の東側にある街道沿いだった。

 立っていたのは、一人の男。

 小太りで、やけに上等な外套を羽織っている。

 だが、その笑みはどこか薄っぺらい。


「おお、あんたらか!依頼を受けてくれたっていうのは!」

 

 やけに軽い声。

 シャルロットは、思わずアルベルトと顔を見合わせた。

 

(⋯⋯なんか、胡散臭い)

 

 アルベルトも同じことを思ったらしい。

 小さく眉をひそめる。

 

「一応聞くけど⋯⋯あんた商人なんだろ?何の商売をしてるんだ?」

 

 率直な問い。

 男は一瞬だけ間を置き──


「いや、まぁ⋯⋯ちょっとした交易さ。ははは」

 

 笑って誤魔化した。

 

(答えないつもりか⋯⋯)

 

 アルベルトは(いぶか)しげに、商人を見つめた。


「採取の間の護衛。報酬額は三十万(ノルン)でいいな?」

「ああ、そうだ。頼んだよ!」

 

 ユーリの確認に、男は即答する。

 ──深くは踏み込まない。

 今は、それでいい。

 一行は、そのまま街道を進み始めた。 


 

 しばらくは、穏やかな道が続く。

 遠くを眺めると、鬱蒼と茂った森が見える。

 花の村『フロリドゥス』は、あの森の近くにあるのだという。

 

 不意に、ユーリの足が止まる。

 シャルロットとリリアーナも、警戒するような表情を向ける。

 

「全部で──八匹」

 

 シャルロットが呟く。

 次の瞬間、ヘルハウンドの群れが飛び出してきた。

 

「はぁっ!!」

 

 シャルロットが踏み込み、一閃。

 続けて──

 

「っらぁ!!」

 

 アルベルトの一撃が叩き込まれる。

 連携は、悪くない。

 ヘルハウンドの群れは、あっという間に沈んだ。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 アルベルトが肩で息をする。

 休憩を提案しようと、リリアーナへ声をかける。

 

「あの⋯⋯俺⋯⋯朝から修行詰めなんだけど⋯⋯」

「疲れてても、神獣は待ってくれない」

 

 間髪入れず、リリアーナ。

 

「あ⋯⋯はい」

 

 何も言い返せず、アルベルトは口を閉じた。

 容赦ないリリアーナに、シャルロットは苦笑いした。


  

 やがて──

 

「ここだ」

 

 商人が足を止めた。

 そこが、花の村『フロリドゥス』──だった。

 

 乾いた風が吹く。

 人の気配は、ない。

 視界に広がるのは──崩れた家屋、引き裂かれた大地、枯れ果てた花々。

 

 花の村、と呼ばれていた面影は──どこにもない。

 

「⋯⋯ひどい」

 

 シャルロットが、息を呑む。 

 アルベルトも、言葉を失っていた。


「目的の場所は、この奥だ」


 商人が、村の向こうを指さす。 

 その瞬間──

 

「⋯⋯いる」

 

 リリアーナが、呟く。

 ユーリも同意するように、小さく頷く。 

 シャルロットも、それに(なら)い、魔力感知を広げる。

 

(──村の奥に、いる!)

 

 すぐに分かった。 

 魔獣とは違う、巨大な魔力。

 あまりにも異質な存在感。

 

「あっちに、いるよ」

 

 一気に緊張感が増す。

 

「俺には、まだ分からないな⋯⋯」

 

 アルベルトが小さく溜息をつく。

 そこへリリアーナが近寄り、背中をぽん、と叩いた。


「リリアーナ⋯⋯」


 リリアーナなりの励ましか、と感激したのも束の間。


「明日から、座禅三時間」

「⋯⋯は?」

「三時間」

「鬼かっ!!?」


 小さく微笑むリリアーナが、本当に鬼のように見えたアルベルトであった。


 

 村の奥へと進んでいく。

 ──違和感を覚える。

 風が、止んでいる。

 音が、ない。

 

 そして──それは、いた。


 大地に根を張るように立つ、人型の存在。

 全身は樹木のように硬質で、蔓が絡みついている。

 腕の先は枝のように分かれ、地面へと伸びている。 

 まるで──森そのものが、人の形を取ったかのようだった。

 

「⋯⋯ドライアド」

 

 リリアーナが呟く。

 

「ひっ⋯⋯ひぃぃぃぃ!?」

 

 商人が、耐えきれず悲鳴を上げた。

 

 ピタリ、と。 

 ドライアドの動きが止まる。 

 ゆっくりと──首が、無機質にこちらを向いた。

 ──視線が、合う。

 

「⋯⋯っ」

 

 シャルロットの背筋に、冷たいものが走る。 

 ユーリが静かに刀へと手をかける。

 アルベルトも、棒を構えた。

 

 次の瞬間── 

 ドライアドが、口を開く。

 

 ──キィィィィィィィィィッ!!

 

 耳を裂くような、絶叫。

 まるで、マンドラゴラのような、精神を揺さぶる不快音。

 

「うっ⋯⋯!」

 

 シャルロットが耳を塞ぎ、顔を歪める。

 ドライアドの体に巻き付いていた蔦が、意思を持ったように、(うね)る。

 シャルロットとアルベルトは、喉を鳴らした。

  

 その時──

 

 ──ドォンッ!!

 ──ドォンッ!!

 ──ドォンッ!!

 

 横合いから、魔弾の嵐が飛んできた。 

 ドライアドの首が、再び動く。


「な⋯⋯なに!?」


 突然の出来事に、シャルロットが声をあげた。

 魔術が飛んできた先へと視線を向ける。

 そこに立っていたのは──白銀の鎧を纏った騎士達。 

 統制された動き、洗練された装備。 

 その先頭に立つのは、一人の女性騎士。

 手には、槍を携えている。

 

「ここは危険だ!」

 

 張りのある声が響く。

 

「神獣は私達が対処する!だから、すぐに退避するんだ!」


 凛とした佇まい──

 肩口で切り揃えられた、鮮やかな紫の短髪。

 光を受けて淡く輝くその髪は、風に揺れても乱れない。

 鋭く細められた蒼い瞳。

 感情を抑えたその視線は、戦場すべてを見渡しているようだった。

 

 その視線が、ユーリを捉える。

 その瞬間、目を丸くした。

 

「ユーリ⋯⋯?」


 一瞬の戸惑い。

 次の瞬間──確信に変わる。

 

「ユーリじゃないか!!」

 

 その声に、ユーリはわずかに口元を緩めた。

 

「久しぶりだな、リズベット」



 ユーリの言葉に、シャルロットが目を見開いた。


(まさか⋯⋯)


 聞き覚えのある名前だ。

 あの──四聖騎士団(クローバーナイツ)の⋯⋯


「ユーリ、なぜ君がこんなところに?」


 リズベットが問いかける。


「こいつの護衛任務中だ」


 ユーリは短く答え、商人を一瞥した。


「ふぅん⋯⋯」


 リズベットの視線が、商人へと向けられる。


「ただの商人が、こんな場所にね」


 鋭い眼差し。

 それだけで、場の空気が張り詰める。

 騎士団が現れてからというもの、商人は明らかに動揺していた。

 視線は泳ぎ、汗が額を伝っている。


(絶対、何かある⋯⋯)


 シャルロットは直感する。


「隊長、それよりも神獣を」


 傍らの騎士が、短く促す。


「ああ、そうだね」


 リズベットは軽く頷き、槍を構えた。


「──始めようか」


 次の瞬間。

 ドライアドの全身に絡みつく蔦が、一斉に(うごめ)いた。

 無数の蔦が、騎士団、ユーリ達、そして商人へと降り注ぐ。

 リズベットは一歩踏み込み──


 ──ザンッ!!


 振るわれた槍が、蔦を一閃で断ち切る。

 滑らかで、無駄のない動き。

 騎士団へ向かう蔦は、彼女がすべて(さば)いていた。


 一方──

 シャルロット達へ迫る蔦を、ユーリとリリアーナが迎え撃つ。

 ユーリは最小限の動きで斬り捨て、リリアーナは重力で軌道を歪め、叩き落とす。


 だが、ドライアドの攻撃はそれだけでは終わらない。

 その胴体から──ぐぐっ、と。

 巨大な蕾が突き出た。


 ゆっくりと開花し──


 ──ブワァッ!!


 大量の花粉が、空中へと散布される。


「っ、これは──!」


 シャルロットが息を呑む。

 その瞬間、リリアーナが一歩前へ出た。


「──グラビトン」


 低く呟く。

 次の瞬間、目に見えない壁が展開された。

 花粉は、その壁に触れた瞬間──落ちる。


 地面に触れたそれは、じわりと広がり──

 草を、花を、枯らした。


「毒⋯⋯!」


 シャルロットの声が震える。

 体内に入れば、確実に命はない。

 だが──騎士団もまた、無事だった。

 アルベルトはそちらを見る。


(どうやって防いだ⋯⋯?)


 その槍一本で、あの花粉攻撃を防いだというのか。

 ──その答えは、すぐに現れる。


 ドライアドが、次の攻撃へと移る。

 巨大な葉を生み出し──リズベットへと叩きつける。

 リズベットはそれを紙一重で躱し──突く。

 槍が、葉の表面へと深く突き刺さる。

 その瞬間、騎士の一人が駆け込み、剣を葉の茎へと突き立てた。


 ──ズバンッ!!


 刃が走る。

 葉が、切断され地面へと落ちた。


(あの人も神威が使えるのか!?)


 アルベルトの疑問を、騎士が察した。


「違いますよ」


 軽く笑う。


「私は神威は使えません」

「え?」

「今のは──隊長の力です」


 その言葉の意味が、徐々に明らかになる。

 リズベットが、ゆっくりとドライアドへと歩み寄っていく。

 ドライアドは、全ての蔦を彼女へと集中させた。

 怒りのように、殺意のように。

 だが──リズベットは止まらない。

 次々と蔦を斬り裂いていく。

 ──そのたびに、蔦の断面から、淡い光が零れた。

 それは糸のように収束し──リズベットの槍へと吸い込まれていく。


「⋯⋯!」


 シャルロットが息を呑む。

 槍に纏う魔力が、明らかに増している。

 それとは逆に──

 ドライアドの魔力が、削られていく。

 その身体に、ひびが走る。

 色が抜け、生命そのものが奪われていくように──枯れていく。


「まさか⋯⋯」


 シャルロットが呟く。


「魔力を吸ってるの⋯⋯?」


 騎士が、静かに頷いた。


「そうです」


 わずかに誇るように、続ける。


「隊長の魔力特性は『吸収』⋯⋯相手の魔力を喰い、自身の力にする」


 そして──


「それ故──『魔喰い(ソウルイーター)』と呼ばれています」


 その名が、場に落ちた瞬間。

 空気が変わった。

 

 リズベットは、迷いなく一歩踏み込む。

 ドライアドは、最後の抵抗とばかりに蔦を振るう。

 だが──もう、遅い。

 すべてを斬り裂き、間合いへ入る。

 槍が、一直線に突き出される。


 ──ズシャッ!!


 花を貫き、そのまま胴を穿つ。

 その瞬間──

 吸い上げられた魔力が、一気に逆流した。

 ドライアドの身体が、内側から崩壊する。

 断末魔が、響く。

 だが、それも長くは続かない。

 力を喰われ尽くした神獣は──

 音もなく、霧散した。

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