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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第9話
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31/33

魔喰い

 酪農の町──ラクティス。

 広大な柵の中では、牛たちがのんびりと草を()んでいる。

 穏やかな風が吹き抜け、乳の香りがほのかに漂う。

 この町は、乳製品の名産地として知られていた。

 加えて、パストールから運ばれる上質な羊毛の集積地でもある。

 人々は働き、笑い、日常を営んでいる。

 

 ──だが、その町外れ。

 広がる草原では、まったく別の光景があった。

 

「はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯ま、まだ⋯⋯やるのかぁ!?」

 

 情けない悲鳴が、青空に響く。

 地面に手をつきながら、荒い呼吸を繰り返すアルベルト。

 全身は汗まみれで、すでに限界に近い。

 その隣では──

 

「あと少し!頑張って、アルベルト!」

 

 まるで別人のように元気な声。

 シャルロットが、軽やかな動きで同じトレーニングをこなしている。

 

「な、なんで⋯⋯シャルロットは⋯⋯そんな元気なんだよ⋯⋯?」

「え?だって、朝から思いっきり動いて汗かいたら、気分爽快に──」

「なるかぁぁぁ!!」

 

 叫びながらも、アルベルトは腕を震わせて体を持ち上げる。

 ──数分後。

 ようやくトレーニングが終わり、二人はその場に座り込んだ。

 

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯死ぬ⋯⋯」

「お疲れ様!」

 

 息を整えるアルベルトとは対照的に、シャルロットはまだ余裕がある。

 だが──その休息は、長くは続かなかった。

 すっと、影が落ちる。

 二人の前に立っていたのは、リリアーナだった。

 

「あと五分休んだら、次」

「⋯⋯は?」

「魔力感知の訓練。座禅、二時間」

「え⋯⋯」

「ちょっとでも動いたら、やり直し」

 

 淡々と告げる。

 アルベルトの顔が、見る見るうちに引きつっていく。

 

「⋯⋯マジで言ってる?」

「うん」

 

 即答だった。

 

「⋯⋯はぁぁぁぁぁぁ」

 

 地面に倒れ込みたくなる衝動を、なんとか堪える。

 だが──

 

(⋯⋯いや、これくらいで音を上げてる場合じゃないよな)

 

 アルベルトは、ゆっくりと拳を握った。

 神との戦い。

 あの絶望的な差。

 あれを思い出せば──文句など言えるはずもない。

 

「⋯⋯わかった」

 

 アルベルトが、小さく呟く。

 シャルロットは、その様子を見て少しだけ微笑んだ。

 そして、ふとリリアーナへ視線を向ける。

 

「ねえ、リリアーナ」

「なに?」

「どうして、アルベルトに修行つけようと思ったの?」

 

 シャルロットが首をかしげて尋ねる。

 

「最初、断ってたよね?」

「うん。面倒だったから」

 

 リリアーナは即答する。

 

「じゃあ、何で?」

 

 少しだけ間が空く。

 リリアーナは、この場にいないユーリの向かった方角を見ながら答えた。

 

「ユーリばかりに負担、かけられない」


 その表情は、真剣だった。

 

「アルベルトが戦力になれば、ユーリの負担、減る」

 

 その声音だけで、リリアーナがどれほどユーリを大切に思っているのか伝わってきた。

 

「それに──」

「それに?」

 

 一瞬だけ、リリアーナの頬がわずかに赤くなる。

 

「ユーリと同じ、師匠ポジション」

 

 小さく、続ける。

 

「ユーリと⋯⋯おそろ」

 

 ほんの少しだけ、嬉しそうに微笑んだ。

 

(そっちが本音!?)

 

 シャルロットは、思わず顔を引きつらせた。


 

 アルベルトは、宣言通り五分の休憩を終えると、その場で姿勢を正した。

 胡座(あぐら)をかき、ゆっくりと目を閉じる。


 ──その頭上に、そっと影が落ちる。

 リリアーナが無言で手を伸ばし──

 赤いリンゴを、アルベルトの頭に乗せた。


「⋯⋯え?」


 目を閉じたまま、アルベルトがわずかに反応する。


「落としたら、やり直し」


 淡々と告げる。


「は!?ちょ──」

「動いたら、その時点でアウト」


 ぴしゃりと遮られた。


「⋯⋯っ」


 抗議の言葉を飲み込み、アルベルトは歯を食いしばる。

 微動だにできない。

 

 ──草原の風が、そっと頬を撫でる。

 だが、アルベルトはそれすらも拒むように、呼吸を整えていく。

 その様子を見ながら、シャルロットはぽつりと呟いた。

 

「ねえ、リリアーナ」

「なに?」 

「この修行⋯⋯私の時と、全然違うんだけど?」

 

 あの時の光景が、脳裏に浮かぶ。

 魔獣が蔓延(はびこ)る森に、一人で放り込まれた一ヶ月。

 ユーリに課されたのは、生き延びることただ一つ。

 極限の中で、魔力を感じ取る力を身につけた。

 

「私の時は、もっとこう⋯⋯命懸けだったというか」

 

 苦笑混じりに言うと、リリアーナは小さく首をかしげた。

 

「シャルロット、じっとしてるの苦手でしょ?」

「うっ⋯⋯」

 

 図星だった。

 言葉に詰まり、そのまま苦笑いが漏れる。

 ユーリは、シャルロットの性格を知ったうえで、最も適した方法を選んだのだろう。


「それとも、こっちの方がよかった?」


 リリアーナの視線の先にいるアルベルトを見る。

 体をぷるぷるさせ、頭上のリンゴを落とさぬよう必死に耐えている。

 

「⋯⋯ううん。サバイバルの方が合ってたかも」

「でしょ?」

  

 リリアーナは、当然だと言わんばかりに小さく頷いた。


 そこへ、草を踏む音が、静かに近づいてくる。

 シャルロットが振り返る。

 

「あ、おかえりユーリ。宿取れた?」

「⋯⋯ああ」

 

 短い返答。

 だが、その声音にわずかな違和感があった。

 

「どうしたの?」


 シャルロットが首を傾げて尋ねる。 

 ユーリは一瞬だけ間を置き、淡々と告げる。

 

「宿は取れた⋯⋯が」

 

 視線は手に持つ革袋。

 

「金が無い」

「え!?」

 

 シャルロットが思わず声を上げる。

 

「ちょっと待って!?魔獣も神獣も⋯⋯神だって倒したじゃない!魔石いっぱいあるよね!?」

「ああ」

 

 ユーリは頷く。

 

「だが、換金できない」

「⋯⋯え?」

「魔石の換金は、ギルド支部でしかできない。王都からここまでの町や村には無かった」

 

 その一言で、全て理解した。

 シャルロットの顔から血の気が引く。

 

「じゃあ⋯⋯」

「宿には泊まれるが、物資は買えない」

 

 切実な問題だった。

 換金できる魔石があるのに、使えない。

 高価な魔石も──今は、ただの石だ。


「シャルロットは、お金持ってないの?」

「前の村でも物資買っちゃったからなぁ⋯⋯」


 そう呟きながら、革袋をひっくり返す。

 掌に落ちてきたのは、銀貨三枚。

 金額にして、わずか三千(ノルン)──四人だと一食分にも満たない。


「リリアーナは?」

「そもそもお金、持ってない」


 即答だった。


「アルベルトは!?」


 シャルロットがアルベルトへと声をかける。

 領主の子息である彼なら、もしかしたら余分にあるのでは、と期待を込めて。

 

「い、今っ⋯⋯それどころじゃないんですけど!?」


 頭にリンゴを乗せたまま、全身を震わせているアルベルトが、必死の抗議を訴える。

 その反動により──

 

 ──ボト。

 

 リンゴが、地面に落ちた。

 辺りに流れる静寂──。


「やり直し」

「うわあああああああ!!?」


 破滅の魔女(リリアーナ)の冷徹な宣告に──

 アルベルトは、発狂した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 アルベルトを草原に残し、三人は一度、町へ戻ることにした。

 頭にリンゴを乗せたまま、微動だにできない彼を置いていくのは少し気が引けたが──彼の師であるリリアーナが「待て」を言い渡したのだ。

 シャルロットは後ろ髪引かれる思いで、先を歩く二人の後を追った。


 ラクティスの中心部にある小さな宿は、外観こそ質素だが、清潔感があり、旅人には十分すぎる造りだった。

 荷物を置いた後、シャルロットはカウンターに立つ店主へと声をかける。

 

「すみません、この辺で仕事ってありませんか?」

 

 店主が顔を上げる。

 

「仕事?」

「はい。ちょっとお金が足りなくて⋯⋯何か依頼とか、あれば」

 

 少し困ったように笑いながら言うシャルロット。

 店主は腕を組み、少し考えた後──

 

「ああ、それなら⋯⋯」

 

 と、顎で外を指した。

 

「数軒隣に酒場がある。あそこは、ギルドの依頼を仲介してるんだ」 

「ギルドの?」

「ああ。正式な支部じゃねぇが、簡単な依頼なら受けられる。金が欲しいなら、行ってみるといい」

 

 その言葉に、シャルロットの表情がぱっと明るくなる。

 

「ありがとうございます!」

 

 シャルロットは礼を言うと、そのまま二人と酒場へ向かった。


  

 石畳の通りを進み、やがて酒場の前に立つ。

 昼間だというのに、扉の向こうは既に賑やかだった。

 シャルロットは一度だけ、隣に立つユーリへと視線を向ける。

 酒場など入ったこともない。

 ほんの一瞬だけ、足が止まった。

 ──だが、ユーリは迷いなく一歩踏み出し、扉を押し開けた。


 店内は、多くの客で賑わっていた。

 酒の匂いと喧騒が充満している。

 その中を、ユーリは周囲に目もくれず、まっすぐカウンターへ向かった。

 

「仕事を紹介してほしい」

 

 短く告げる。

 酒場のマスターは、ユーリを一瞥すると、淡々と答えた。

 

「ギルドの登録証を出しな」

「ない」

 

 ユーリが即答する。

 

「なら紹介はできねぇな」

 

 シャルロットが慌てて口を挟む。

 

「依頼って、登録証が必要なんですか?」 

「ああ。ランクに応じて仕事を振る仕組みだからな」

 

 当然だろ、と言わんばかりの口調だった。

 ユーリはわずかに間を置き、再び問う。

 

「ギルドが介入していない仕事は?」

 

 その一言に、マスターの眉がわずかに動いた。

 

「⋯⋯あるにはある」

 

 低く、続ける。

 

「だが、やめとけ。非正規の依頼ばかりだ。命の保証はねぇぞ」

「構わない。見せろ」

 

 迷いはなかった。

 マスターは肩をすくめると、カウンターの下から数枚の書類を取り出し、無造作に広げた。

 ──並ぶ依頼。

 密輸した武器の運搬。

 要人の暗殺。

 犯罪組織の首領の護衛⋯⋯

 

 まともな依頼は、一つもない。

 シャルロットの頬が、わずかに引きつる。 

 その中で、ユーリの手が一枚の紙を取る。

 

「これにする」

 

 差し出された書類に、シャルロットは目を落とした。

 

 ──護衛依頼。

 依頼主は商人。

 ラクティスから東にある花の村『フロリドゥス』が神獣に占拠されている。

 フロリドゥスには貴重な植物があり、それを採取したい。道中の護衛をしてくれる者、求む──。

 

 ギルドを通していない時点で、依頼主もまた、どこかきな臭い。

 それでも──他に選択肢は、ない。

 ──お金が、ないのだから。

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