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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第8話
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30/33

不協和音の四重奏 Ⅳ

 シャルロットが、地を蹴る。

 一気に間合いへと踏み込む。


「はぁぁっ!!」


 渾身の突き。


 ──ザシュッ!!


 レイピアが、コボルト・ロードの大腿部へと深々と突き刺さる。


「グァァァッ!!」


 初めて、悲鳴が上がった。

 巨体が、わずかによろめく。


「⋯⋯!」


 アルベルトが、目を見開く。


(通った⋯⋯!)


 だが──


「ガァァァァッ!!」


 響く咆哮。

 コボルト・ロードの視線が、シャルロットへと向けられる。

 巨剣を振りかざし──飛びかかった。


(来る!)


 魔力の流れを読み、軌道を捉える。


 だが──


(──遠い!?)


 間合いの誤認、ほんの一瞬のズレ。

 振り下ろされる巨剣──

  

 (避けきれな──)


 巨剣が、視界を埋める。

 ──その瞬間。


「ウル・ウォルス!!」


 アルベルトの声が、響いた。


 ──バチィィィッ!!


 シャルロットの目の前に、強固な結界が展開される。

 巨剣が弾かれ、コボルト・ロードは、反動で体勢を崩した。


 その隙に──

 シャルロットが、振り返る。

 

 視線の先には、アルベルト。

 その顔つきは──さっきとは、違っていた。

 焦りではなく、覚悟が宿っている。

 

「──ふぅっ」


 アルベルトは、深く息を吐き、そして──力強く踏み込む。

 狙うのは──

 シャルロットが突き刺した、大腿部。


「はぁっ!!」


 棒に遠心力を乗せて、薙ぎ払う。


 ──ゴォンッ!!


 重い衝撃が走る。


「グォォォォ!?」


 コボルト・ロードの体勢が、大きく崩れる。

 バランスを失い──


 ──ドォンッ!!


 巨体が、地に倒れ込んだ。


 刹那、二人の視線が交わる。

 言葉はない。

 だが──通じている。


 同時に地を蹴り、距離を詰める。

 シャルロットが、剣を突き出し、加速する。

 神速の突きが、コボルト・ロードの目を貫いた。


「ガァァァッ!!」


 視界を奪ったその隙に──

 アルベルトが、跳躍した。


 棒に、魔力を込める。

 『結界』の特性を、叩き込むように。

 ──全てを乗せる。


「おおおおっ!!」


 一気に、振り下ろす。


 ランパード流棍術──鹿威(ししおど)し!


 ──ズドォォンッ!!


 脳天へ、直撃。

 頭蓋が砕ける音。

 コボルト・ロードの巨体が、揺れ──霧散した。


 ──流れる静寂。

 風が、草を揺らす。

 シャルロットとアルベルトが、互いに息を整える。

 やがて──


「⋯⋯やったね!」


 シャルロットが、笑う。

 アルベルトも、少しだけ遅れて──笑みを浮かべた。



 ──わずかな沈黙の後。


「⋯⋯悪かった」


 アルベルトが、ぽつりと呟いた。


「え?」

「さっきのこと⋯⋯その前も、全部」


 視線を逸らす。

 アルベルトの拳が、わずかに震えていた。

 

「俺⋯⋯たぶん、嫉妬してたんだ」


 絞り出すように、言う。


「ユーリに⋯⋯」


 シャルロットは、何も言わずに聞く。


「勇者に憧れて、家を飛び出した」


 だが現実は、その理想をあまりにも簡単に打ち砕いた。

 

「なのに⋯⋯神獣には、何も出来なかった」


 唇をきゅっ、と噛む。


「そこに、ユーリが現れて⋯⋯あっさり倒して」


 自分が何も出来なかった相手を、迷いもなく斬り伏せた。

 

「すごいって思った。正直に」


 あの時は、ただ純粋に憧れてた。

 自分もいつか、その領域に到達できると信じて。


「だから、仲間にしたかった。勇者一行に⋯⋯欲しいって」


 少しだけ、笑う。

 だが──すぐに消える。


「王都ヘイムダルで、アルヴィンさんから聞いただろ」


 アルベルトは、低く言った。


「神獣の上には、神がいる。ユーリの旅の目的は、その頂点──神帝だって」


 シャルロットは、小さく頷く。

 あの時の研究所の空気を、今でも覚えている。


「それを聞いて⋯⋯現実を受け入れたつもりだった」


 アルベルトは、苦く笑う。


「でも、本当は違ったんだと思う」


 棒を握る手に、力が入る。


「俺が仲間に欲しいと思ってた剣士は──俺が憧れてた『勇者』なんて言葉じゃ、届かない場所を見てた」


 一度、言葉が止まる。


「そう思ったら⋯⋯分からなくなった」


 声が、少しだけ震える。


「俺が目指してた勇者って、どこにあるんだろうって」


 視線を落とし、俯いた。

 

「そう考え始めたら、その晩は眠れなかった」


 そういえば、とシャルロットは思い出した。

 翌朝、アルベルトの起床が遅かったことに。


──「ああ。流石に疲れたんだろう。眠らせてやれ」


 あの時のユーリの言葉。

 それは、単に身体の疲労を指していたわけではない。

 ユーリは──あの時すでに、アルベルトの迷いに気づいていたのだ。


「それだけじゃない」


 ぽつりと、続ける。


「シャルロットにも⋯⋯嫉妬してた」

「え⋯⋯?」


 シャルロットの目が、わずかに見開かれる。


「最初は、俺の方が上だった」


 静かな声だった。


「魔力特性も、魔術も、戦い方も⋯⋯だから、余裕があった」


 不意に、視線がシャルロットへ向く。 


「でも⋯⋯気づいたら、距離が縮まってた」


 ふとした瞬間に、それを嫌でも思い知らされる。

 

「一つ一つは小さいのに、確実に差が詰まっていく」


 次第に背後へと近づいてくる。

 その感覚が、頭から離れなかった。


「リリアーナに言われただろ。『そのうち追い抜かれる』って」


 無機質に言われたあの言葉。


「図星を突かれて、言葉が出なかった」


 心の奥に隠してたものを、抉られた気がした。


「嫉妬してる相手に、教えてほしいなんて言えなかった⋯⋯」


 プライドが許さなかった。


「でも、シャルロットは──違った」


 止まらなかった。

 どこまでも真っ直ぐだった。


「分からないことがあれば、すぐ聞いてた」


 躊躇(ちゅうちょ)なく、相手が誰かなんて、関係ないみたいに。


「俺にも、リオにも⋯⋯年下のリリアーナにだって」


 それが特別なことだとも思ってない様子で。


「強くなるためなら、何でもやるって顔で」


 ただ、前だけを見ていた。


「⋯⋯怖かったんだ。このままじゃ、置いていかれるって⋯⋯」


 言い終えて、ようやく息を吐いた。



 俯くアルベルトを見て、シャルロットは返す言葉が無かった。

 アルベルトが、そんな苦悩を抱えていたと、気づけなかった。

 それでも、何か言わなくては。

 そう思い、口を開こうとした。

 

 ──その時だった。

 

 ──ゾクッ。


 空気が、変わる。


 全身の毛が逆立つような感覚。

 息が、詰まる。

 神獣とは、比べものにならない。

 ──死の気配。

 それを、理解させられる重圧だった。


「⋯⋯っ」


 反射的に、空を見上げる。

 そこに──いた。

 ゆっくりと、降りてくる“何か”。


 人の形をしている。

 だが、人ではない。

 背中には、純白の翼。


 その存在を見た瞬間──

 思考よりも先に、理解していた。

 ──あれは。


 シャルロットの喉が、震える。


「あれが⋯⋯神?」


 ──父を、殺した憎き存在。

 それが現実として、重くのしかかった。


 シャルロットの身体が、震える。

 理屈ではなく、本能が理解していた。

 ──コイツは、ヤバい。


 降りてきたそれが、口を開く。


「我が広大な大地に、ネズミが二匹、迷い込んだか」


 声音に、感情はない。


(けが)される前に、駆除せねばな」


 言葉の意味は理解できる。

 だが──理解が、追いつかない。

 分かるのは、ただ一つ。

 自分たちに向けられている、明確な“殺意”。


 身体が、動かない。

 次の瞬間──

 神の姿が、視界から消えた。


「っ!?」


 気づいた時には、目の前にいた。

 神が無機質に唱える。


「アサルガ」

「っウォルス!!」


 シャルロットの前へ、アルベルトが割り込む。

 防御結界が展開される。

 だが──


 ──バキィィィッ!! 

 ──ドォォォンッ!!


 一瞬で砕ける結界。

 同時に巻き起こる爆発。

 魔術の威力の桁が、違う。

 二人はそのまま吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。


「⋯⋯っ、が⋯⋯」


 体中が流血し、動けない。

 呼吸すら、ままならない。


 神が、ゆっくりと歩み寄る。


 逃げられない。

 抗えない。

 ──死が迫る。


 

 その時──


「ネズミは二匹じゃなく、四匹だったか」


 視線が、別の方向へ向く。

 その視線の先に──ユーリと、リリアーナが立っていた。


「羽、生えてる。あれ、なに?鳥人族?」


 リリアーナの声は、いつも通りだった。


「口を慎め、ネズミめ」


 わずかに、神の眉が動く。


「私は十神官がひとり、ガムビエル。混血の劣等種と同列に語るな」

「⋯⋯混血の、劣等種?」


 リリアーナの瞳が、わずかに揺れる。


「獣でも人でもない、出来損ない──存在そのものが穢れだ」


 ──間に流れる沈黙。

 やがて、リリアーナは一歩踏み出し、口を開いた。 


「⋯⋯ユーリ。コイツ、私がやる」


 その声は、低い。


「お父さん、侮辱した。絶対に、許さない」


 あまり感情を見せないリリアーナが見せる、静かなる怒気。

 ユーリが小さく頷く。

 

「⋯⋯好きにしろ。ただしまだ(・・)殺すな。貴重な情報源だ」

「ん」


 リリアーナは頷くと、ふわりと浮かび上がる。

 ガムビエルを上空から見下ろし、手をかざす。


「──グラビトン」


 重力が、落ちる。

 ガムビエルの身体が沈む。

 だが──潰れない。


「⋯⋯くっ、重力魔術か。小賢しい」


 わずかに、表情が歪む。


「ネズミが──私を見下ろすな。不快だ」


 重力を押しのけ、跳躍する。

 リリアーナよりも高い位置で止まる。


「そんなに見下ろすの、好き?心、狭い」


 挑発するようなリリアーナの言動。

 ガムビエルが、一気に距離を詰める。


「耳障りな音で鳴くな。その喉、潰してやろう」

 

 そう言いながら首を掴もうとする、その手を──


 ──バシン

 

 リリアーナの手が、弾いた。


「なっ⋯⋯!?」


 ガムビエルの目が、初めて見開かれる。 


「触るな」


 リリアーナが、淡々と告げる。


「私に触れていいのは、ユーリだけ」


 空中で体を捻り、踏み込む。

 そして──


 ──ダァンッ!!!

 

 リリアーナの拳が──突き刺さる。

 

「──がはっ!!?」


 ありえないはずの、痛み。

 ──神威を纏った、この身体に。

 

 内部へと走る衝撃。

 ガムビエルの身体が波打つ。

 口から血を吐き、内側から、破壊される。

 そして──


 ──ドォォォンッ!!


 ガムビエルが、天より大地へと叩きつけられた。


「⋯⋯っ、が⋯⋯」


 ガムビエルの身体は、草原の大地にめり込んでいた。


「なに⋯⋯今の?」

 

 シャルロットは、言葉を失った。

 

「り、リリアーナって⋯⋯魔導士じゃ、なかったのか⋯⋯?」


 アルベルトは、目を疑った。 

 今、リリアーナが見せたのは、明らかに武術。

 付け焼き刃などではない、熟練の武術家の動きである。 

 

竜刻拳(りゅうこくけん)


 リリアーナが、ゆっくりと地へ舞い降りながら答える。


「お父さんに教えてもらった、竜人族の極意」


 拳を軽く握り、小さく掲げる。

 それが誇りであるかのように。


「今のは、哮爆衝(こうばくしょう)


 淡々と続ける。


「自分に来る衝撃ごと、叩き込む技」


 リリアーナが小さく微笑む。


「魔術より、こっちの方が得意」



 ガムビエルの元へ、ユーリがゆっくりと歩み寄る。

 草原にめり込んだままの神は、辛うじて意識を繋いでいた。


「ぎ⋯⋯貴様ら⋯⋯何者だ⋯⋯?」


 血を吐きながらガムビエルは問う。

 だが、ユーリは答えない。

 ただ一歩、距離を詰める。


「アースガルドへの道を教えろ」


 単刀直入だった。

 ガムビエルの目が、わずかに細まる。


「聞いて⋯⋯どうする?」

「それは、お前の知る所じゃない。黙って答えろ」


 冷たい声だった。

 ガムビエルは、じっとユーリを見つめる。

 その容貌、黒衣の外套、漆黒の刀──。

 やがて、何かに気づいたように、小さく笑った。


「そうか⋯⋯きさま⋯⋯『死神』か⋯⋯」


 かすれた声が、続く。


「同胞の⋯⋯バキエルを⋯⋯殺した⋯⋯」


 ユーリは、何も言わない。

 ただ、視線だけが鋭くなる。


「ふっ⋯⋯無駄だ⋯⋯」


 ガムビエルの口元が歪む。


「きさまは⋯⋯アースガルドに⋯⋯たどりつけ──」


 言葉が、途切れた。

 何かを言いかけたまま──

 ガムビエルの身体は、霧散していく。

 跡には、何も残らない。


「⋯⋯ちっ」


 ユーリが、舌打ちをした。

 それだけだった。


 リリアーナが、ゆっくりと二人のもとへ歩み寄る。

 手をかざし、回復魔術を展開する。


「ヒルリア」


 淡い光が、シャルロットとアルベルトを包み込む。

 痛みが、少しずつ引いていく。

 何とか、身体を起こせる程度まで回復した。


「⋯⋯っ、はぁ⋯⋯」


 アルベルトが息を吐く。

 そして、ゆっくりと立ち上がると──

 ユーリとリリアーナの前に向き直った。


「⋯⋯ごめん」


 頭を下げる。

 何が、とは言わない。

 しかし、ユーリとリリアーナには、充分に伝わった。


 アルベルトは、ゆっくりと顔を上げる。

 その目には、もう迷いはなかった。


「リリアーナの言う通りだ」


 静かに言う。


「俺は弱かった。劣等感に振り回されて、自暴自棄になってた」

 

 その言葉は、自分自身を切り裂くようだった。

 まずは、己の弱さを認めること──それにアルベルトはようやく気づいた。


「それで、どうするの?」


 リリアーナが単刀直入に尋ねる。


「どう、って?」

「アルベルト、プライドがどうとか言ってた。でも、これから先は、そんな小さなこと、言ってられない。なりふり構わず強くならないと⋯⋯死ぬよ」


 その言葉に、アルベルトはゴクッと喉を鳴らした。

 しかし、目は決して逸らさない。

 リリアーナの言葉の真意が、今なら理解できる。

 先の、神との戦い。

 逃げることすら叶わない圧倒的戦力差。

 ユーリとリリアーナが来なければ、確実に死んでいた。

 もはや、プライドがどうとか、言ってられない。

 本気で強くならないと、待っているのは、死だけである。

 

「分かってる。だから──もう逃げない」

 

 逃げ場を断つように、強く言い切る。

 

「強くなるために⋯⋯そして、俺の目指す勇者になるために」

 

 揺れていた視線が、まっすぐ前を向く。

 

「何だってやってやる!」

 

 その瞳には、もう迷いはなかった。

 一歩、踏み出す。


 その覚悟を聞き、ユーリは、ほんのわずかに口元を緩める。

 

 アルベルトは、深く息を吸い──


「そこで、頼みがある」


 そう言って、リリアーナへと向き直った。


「⋯⋯私?」


 首をかしげるリリアーナ。

 アルベルトは、勢いよく頭を下げる。


「俺を⋯⋯弟子にしてくれ!!!」


 草原に響く、大声。

 ──一瞬の静寂。


「⋯⋯やだ」


 即答だった。


「な、なにぃぃぃぃ!!?」


 アルベルトの叫びが、空に響く。

 断られるなど、微塵も想定していなかったのだろう。

 顔を引きつらせ、目を見開いている。


 その様子を見て──

 シャルロットは、思わず小さく笑ってしまった。

 さっきまで、死を覚悟していたはずなのに。

 こんな風に、笑っている自分がいる。


 突如現れた、人類の天敵──神。

 今思い返しても、あの恐怖は消えていない。


 それでも──

 

 視線の先には、ユーリの背中。

 神すら畏怖する、漆黒の剣士。

 

 シャルロットは、そっと拳を握る。


(もっと、強くならなきゃ⋯⋯!)


 その想いが、確かにあった。

 

(そして、いつか必ず──)


 追いつくと、決めた。

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