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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第8話
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29/33

不協和音の四重奏 Ⅲ

 ──翌朝。

 アルベルトは、ゆっくりと目を覚ました。

 ぼんやりと天井を見上げる。

 身体は休まっているはずなのに、どこか重い。

 ふと、隣へ視線を向ける。 

 ──いない。

 ユーリの姿が、なかった。

 

(もう起きてるのか⋯⋯?)

 

 その時──

 

 ──カンッ!!

 

 外から、乾いた音が響いた。

 剣戟の音。

 アルベルトは身を起こし、窓へと歩み寄る。

 外を覗いた瞬間──その目が、わずかに見開かれた。

 そこには──ユーリとシャルロットの姿があった。

 向かい合い、手合いをしている。

 

「はぁっ!」

 

 シャルロットが踏み込み、レイピアを振るう。

 速い──迷いのない連撃。

 だが、ユーリは、すべてを見切っていた。

 紙一重でかわす。

 一歩も無駄にしない最小限の動き。

 そして──

 シャルロットの隙を突き、いつの間にか背後へ。

 

 気配を読む。

 魔力の流れを捉える。

 振り向きざまに、反撃。

 

 ──ギィン!!

 

 ユーリの鞘をレイピアで受け止める。

 以前なら、反応すら出来なかった一撃。

 だが今は──届く。

 ユーリが、わずかに目を細める。

 

(対応できてる⋯⋯?)

 

 アルベルトは、息を呑んだ。

 手合いは、しばらく続き──やがて終わる。

 その時だった。

 ふわり、と影が落ちる。

 視線を上げると──リリアーナが、空から降りてきた。

 どうやら、上空で観戦していたらしい。

 

「シャルロット、朝から元気」

 

 淡々とした声。

 

「えへへ、やっぱり、朝の鍛錬は格別だよね!」

 

 汗を拭いながら、屈託なく笑うシャルロット。


「ユーリとの手合いの前にも、二時間くらい動いてた」


 リリアーナが見ていた限りでは、ランニング、筋トレ、素振り⋯⋯。

 見ているだけで、少し疲れる内容だった。

 

「うん!習慣になっちゃったから、やらないと何だか落ち着かなくて⋯⋯」 

「⋯⋯鍛錬バカ」

 

 リリアーナが、呆れたように呟く。

 そのやり取りを──

 アルベルトは、窓越しに見つめていた。

 

(なんで、そこまで出来る⋯⋯?)

 

 昨日まで、同じ場所にいたはずなのに。

 気づけば──自分だけが、置いていかれている。

 アルベルトは、拳を強く握りしめた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 空は澄み渡り、草原には穏やかな風が流れていた。

 一行は、牧羊の村『パストール』を出発し、再び街道を進んでいた。 

 

 アルベルトは、いつも通りの表情だった。

 姿勢も、歩幅も、何一つ変わらない。

 昨夜のことなど、なかったかのように。


「今日もいい天気だね!」

 

 昨日から続く重い空気を払拭(ふっしょく)するように、シャルロットが明るく声を上げる。


「⋯⋯そうだな」


 アルベルトも、普段通りに応じる。

 声色も、違和感はない。

 だが──

 その明るさが、どこか浮いていた。

 

 ユーリも、リリアーナも、何も言わない。

 気づいている。

 だが、触れない。

 その沈黙の中で──


(どうしよう⋯⋯)


 シャルロットだけが、落ち着かずに視線を泳がせていた。

 ──その時。


「⋯⋯あっ」


 シャルロットの足が止まる。


「前方に、魔獣の気配!」


 視線が鋭くなる。


「⋯⋯数は?」

「十⋯⋯いや、それよりも⋯⋯一匹、魔力の高い個体がいる」


 草をかき分ける音。

 次の瞬間──

 茂みの中から、緑色の影が飛び出した。


「ゴブリン⋯⋯!」


 さらに──その後ろ。


 一回り大きい個体。

 筋肉質な体躯、赤黒い皮膚。


「ホブゴブリンか⋯⋯!」


 アルベルトが低く呟く。

 ゴブリンの上位種。

 他のゴブリンとは、存在感が違う。


「アルベルト、準備はいい?」


 シャルロットが声を飛ばす。

 アルベルトも頷き、一歩前へ出る。


「任せろ」


 いつもの軽い笑顔は──ない。



「──アサルガ!」


 シャルロットの魔弾が、次々と放たれる。


 ──ドンッ!ドンッ!!


「⋯⋯!」


 アルベルトが、わずかに目を見開く。


 シャルロットが放つアサルガが、ゴブリン達の頭部を正確に撃ち抜いていく。

 昨日とは違う。

 速い充填(じゅうてん)

 魔術と魔術の間に隙がない。 

 ゴブリンが次々と倒れていく。

 戦況が、一気に傾く。

 

 その時──


(来る!)


 ホブゴブリンが踏み込む。


「ウォルス!」


 目の前に、防御結界が展開される。 

 ホブゴブリンの巨大な棍棒が直撃する。


 ──バチィィッ!!


「っ⋯⋯!」


 サイクロプスほどではないが、一撃が重い。


「シャル!そっちは任せた!」

「うん!」


 シャルロットが魔弾を連射し、次々とゴブリンを撃ち倒していく。


 一方のアルベルトは単騎、ホブゴブリンと対峙する。

 踏み込み、棒を突き出しながら突進。

 ランパード流棍術──猪突(ちょとつ)

 高速の突きが、ホブゴブリンの腹部に直撃する。


 ──ゴスッ!!


 皮膚に食い込む手応えはある。

 だが──


(硬い⋯⋯!)


 焦りが、胸に広がる。

 一度距離を取り、もう一撃。

 さらに一撃。

 だが、決定打にならない。


 その間にも、シャルロットがゴブリンを殲滅していく。

 やがて──

 残ったのは、ホブゴブリン一体。

 シャルロットが、構える。


「アサル──!」

「待て!」


 アルベルトが、手で制した。


「⋯⋯アルベルト?」

「⋯⋯俺が、やる!」


 静かな声。

 だが、力強い。

 アルベルトは、ユーリへ視線を向ける。


「⋯⋯頼む」


 (すが)るような顔。

 ユーリは一瞬だけアルベルトを見た。

 その表情を、確かめるように。

 

「⋯⋯好きにしろ」


 ユーリの言葉を受け、シャルロットが一歩、下がる。

 アルベルトが棒を構え、飛び出す。

 ──振るう。

 ──打ち込む。

 ──叩き込む。


 だが──

 ホブゴブリンは怯まない。


(何でだ⋯⋯!)


 力を込める。

 速度を上げる。


 だが、変わらない。

 攻撃が、通らない。

 焦りが、膨らむ。


(くそっ⋯⋯くそぉっ⋯⋯!)


 思考が乱れ、動きが雑になる。

 その瞬間──

 ホブゴブリンの腕が振り上がった。


「──!」


 回避も、ウォルスの発動も、間に合わない。

 その時──

 

 空気が、歪んだ。


 ──ズゥン。


 ホブゴブリンの体が、地に沈む。


「なっ⋯⋯!?」


 アルベルトは目を見開き、実行者へと視線を向けた。

 宙に浮かび上がったリリアーナが、手をかざして魔術を発動させている。

  

 ホブゴブリンが、みるみる地面へと押し潰されていく。

 骨が軋む音。

 抵抗できない。


 そして──


 ──グシャッ。


 完全に潰れた音と共に、ホブゴブリンが霧散する。

 リリアーナが、ゆっくりと手を下ろした。


 すぅっと音もなく着地するリリアーナに、アルベルトが、物申す。


「何で、手を出したんだよ⋯⋯」


 アルベルトはリリアーナに歩み寄る。


「こいつは俺が倒すって⋯⋯」 

「無理」 


 切り捨てるようなリリアーナの返答。

 自然と、棒を握る手にぐっと、力が入った。

 

「何十回、何百回やっても、同じ」


 それでも、リリアーナは続ける。

 

「時間の無駄」

「──っ!!」


 リリアーナの辛辣な言葉が、アルベルトの心を抉る。

 アルベルトは、ぐっと奥歯を噛みしめた。 


「俺は、勇者になるんだ⋯⋯これくらいの困難、乗り越えなきゃ⋯⋯」


 絞り出すような声だった。

 自分に言い聞かせるように、言葉を並べる。


「勇者って──何?」


 リリアーナの問いは、静かだった。

 だが、その一言で空気が変わる。


「え⋯⋯?」


 アルベルトの動きが、止まる。


「何でもひとりでやる人が、勇者?」


 淡々と続けられる言葉。

 そこに、感情はない。

 ただ、事実を確かめるように。


「そうじゃない。世界を救うもの──それが勇者だ」


 即答だった。

 だが、その声には、わずかな揺らぎが混じる。


「魔獣をひとりで倒すことが、世界を救うことと関係があるの?」


 返す言葉が、出ない。

 アルベルトの思考が、一瞬だけ止まる。

 繋がらない。

 自分の中で、上手く結びつかない。


「⋯⋯っ!それはっ⋯⋯」


 言葉を探す。

 だが、出てこない。


「俺にだって、プライドってものが⋯⋯」


 ようやく出た言葉は、答えになっていなかった。


「それは、勇者になるために必要なものなの?」


 静かに、重ねられる。

 逃げ道を塞ぐように。

 ゆっくりと、確実に。


「⋯⋯⋯っ」


 何も言えない。

 言い返せない。

 否定できない。

 だが、認めることもできない。


 喉が、詰まる。

 その沈黙を見て──

 リリアーナは、ほんのわずかに首を傾げた。


「アルベルト、何をしたいの?」


 その問いに──

 答えは、出なかった。


 何かを言おうとして、口が開く。

 だが、言葉にならない。

 思考がまとまらない。

 胸の奥にあるはずの“何か”に、手が届かない。


「⋯⋯っ」


 奥歯を噛みしめる。

 視線が揺れる。


 耐えきれなかった。


 ──次の瞬間。

 アルベルトは、踵を返して走り出した。


「アルベルト!」


 シャルロットが、反射的に声を上げる。


 返事はない。

 そのまま、草原の奥へと消えていく。

 一瞬だけ、迷う。

 だが──


「待って!」


 シャルロットも駆け出した。

 その背を追うように、風が草を揺らす。


 残されたのは──二人。

 ユーリと、リリアーナ。


 しばらく、誰も口を開かなかった。

 風の音だけが、静かに流れる。

 やがて──


「ユーリ」


 リリアーナが、ぽつりと呼ぶ。


「なんで、アルベルトに戦い方、教えないの?」


 視線は、アルベルトが消えた方向へ向けられている。

 ユーリは、わずかに目を細めた。


「あいつが、望まないからだ」


 即答だった。


「強くなりたいのに、強くなる方法、教わりたくないって、矛盾してる」


 リリアーナの言葉は、純粋な疑問だった。


「言ってただろ。それがアルのプライドだ」


 ユーリは、短く答える。


「⋯⋯よく、分かんない」


 リリアーナは、首を傾げる。

 アルベルトの行動は、非効率かつ不合理だ。

 それを続けようとする理由が──どうしても理解できない。

 その様子に、ユーリはわずかに目を細めた。

 

「理屈じゃないってことだ」

 

 短く、断ち切るように言う。

 そして、視線を遠くへ向ける。


「別に、理解する必要はない」


 それだけ言って、ユーリはアルベルトの走り去った方角へ、ゆっくりと歩き出した。

 リリアーナは、その背中を見つめる。

 ほんのわずかだけ──

 考えるように、視線を落とした。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 アルベルトを探して、シャルロットは草原を駆ける。


(アルベルト⋯⋯どこ!?)


 シャルロットは、必死に周囲へ意識を広げた。

 広い草原の中に捉える、覚えのある魔力。

 ──アルベルトのものだ。 


 だが──それだけじゃない。


(これって⋯⋯)


 複数の反応。

 しかも、どれも近い。


 嫌な予感が、胸を締め付ける。


(まさか──)


 シャルロットは、走る速度を上げた。

 視界の先、草を掻き分けた瞬間──


 アルベルトの姿を捉える。

 その周囲には──


「あれは⋯⋯コボルト!」


 灰色の毛並み、鋭い牙。

 低く唸りながら、群れで取り囲んでいる。


 すでに戦闘は始まっていた。


 アルベルトの棒が、振るわれる。

 叩き、払う。


 だが──


(いつもと、違う⋯⋯)


 シャルロットは、違和感を覚えた。


 動きは悪くない。

 むしろ、速い。

 だが──余裕が、ない。


 呼吸が荒い。

 踏み込みが深く、力任せだ。

 何かに追われるような、鬼気迫る動きだった。


「アルベルト!」


 シャルロットが叫ぶ。

 一瞬だけ、視線がこちらに向く。

 だが、すぐに戻る。


「来るな!」


 アルベルトが強い拒絶を言い放つ。


「でも──!」


 その瞬間──空気が、変わった。

 群れの奥から、一体が現れる。

 他よりも一回り大きい。

 筋肉質な体躯、鋭く細い眼、そして手に持つ巨剣。


「⋯⋯っ!」


 シャルロットの背筋に、冷たいものが走る。


「コボルト・ロード⋯⋯!」


 次の瞬間──

 コボルト・ロードが、消えた。


(速い!!)


 アルベルトの横へ、一瞬で回り込む。


 ──ギィン!!


 コボルト・ロードの巨剣を、アルベルトが棒で辛うじて受け止める。


「っ⋯⋯!」


 重い衝撃。

 だが、それ以上に──


(見えてない⋯⋯!)


 アルベルトの反応が、遅れている。

 焦りが、判断を鈍らせている。


「アルベルト!下がって!」

「来るなって言ってるだろ!」


 振り返らないまま、怒鳴る。


「俺のことは放っておいてくれ!」


 その言葉に──

 シャルロットの中で、何かが切れた。


「──いい加減にして!!」


 怒声が、草原に響いた。

 アルベルトの動きが、一瞬止まる。


「何で、一人で抱え込もうとするの!?」

 

 シャルロットが、手をかざす。

 視線はコボルト・ロードに向けたまま、言葉を続ける。


「仲間でしょ!?」


 ──ドォン!!

 

 巨剣を構えるコボルト・ロードを、シャルロットの魔弾が牽制する。

 そして、しっかりとアルベルトを見る。

 逃がさないように。

 

「⋯⋯リバーグレイスで、アルベルト、言ったよね。『俺は、この街を守りたい』って」


 その言葉に、アルベルトの肩が、わずかに揺れる。


「あの時のアルベルトは、神獣を倒すことよりも、街の人達を守ることを選んだ」


 だからこそ、シャルロットは覚えている。

 ──あの判断を。

 ──あの覚悟を。


「私は、すごいと思った。強い敵を倒すことだけが強さじゃないって、アルベルトに教えられた」


 コボルト・ロードが、低く唸る。

 シャルロットはレイピアを抜き、鋭く構えた。


「なのに今のアルベルトは、自分のプライドを守ることばかり考えてる」

「⋯⋯っ!そ、それは⋯⋯」

 

 アルベルトの声に動揺が広がる。

 

「ねえ、アルベルト」


 シャルロットは、アルベルトを真っ直ぐに見た。

 

「それは⋯⋯アルベルトの目指す勇者の姿なの?」

 

 その問いに──アルベルトは、息を呑んだ。

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