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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第8話
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28/33

不協和音の四重奏 Ⅱ

 外に出ると、夕陽はすでに地平線へと沈みかけていた。

 赤く染まっていた草原は、ゆっくりと色を失い、群青へと移り変わっていく。


 シャルロットとリリアーナは、まだ柵のそばで羊と戯れている。

 戻ってきたユーリの姿が見え、アルベルトが声を掛ける。

 

「ユーリ、宿は取れた?」

「ああ。宿代の代わりに魔獣退治も引き受けた」

「あ⋯⋯そうなんだ⋯⋯」


 アルベルトが苦笑いする。

 ユーリは村の外へと視線を向けた。


「付いて来い」


 短く告げる。

 ユーリの声を聞いたシャルロットとリリアーナも戻ってきた。

 四人は、柵の外へと回り込んだ。



 踏み荒らされた草。

 抉れた土。

 そして──


「⋯⋯何、この大きな足跡」


 シャルロットが息を呑む。

 足跡は深く、広い。

 一歩ごとに地面が沈み込んでいる。


「⋯⋯相当な重量だな」

 

 アルベルトが膝をつき、指でその跡をなぞった。


「真っ直ぐ、ここに来てる」


 リリアーナが淡々と告げる。


 ユーリは無言で周囲を見渡し──

 小さく頷いた。

 

 ──情報は、集まった。


 夜の戦闘に備え、一行は宿へと向かって行った。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ──夜が来る。

 風が、低く草原を渡っていた。

 村の灯りは、頼りなく揺れている。

 柵の内側では、羊達が不安げに身を寄せ合っていた。

 鳴き声が、ない。

 不自然なほどに──静かだった。


 ──ズシン。


 大地が、わずかに揺れる。


 ──ズシン。


 重い足音。

 ゆっくりと、確実に近づいてくる。

 闇の中に、影が浮かび上がった。

 ゆっくりと──その巨体が、夜の中から滲み出る。

 

 一つ目──。

 巨大な体躯。

 岩のような皮膚。

 手にした金棒を、地面に引きずっている。


「⋯⋯来たな」


 アルベルトが低く呟く。 


 大型魔獣──サイクロプス。 

 ただ立っているだけで、空気が重い。


「シャル」


 ユーリが呼ぶ。


「基本は魔術でやれ」


 いつも通りの指示。

 だが──


「⋯⋯危ないと思ったら、抜け」


 一拍置いて、続ける。


「命を優先しろ」

「⋯⋯分かった」


 シャルロットが、小さく頷く。 


「──アルベルト」

「分かっている」


 シャルロットの声掛けにアルベルトは頷き、一歩前に出る。


 ユーリとリリアーナは動かない。


「行くよ⋯⋯!」


 シャルロットが踏み込んだ。


「──アサルガ!」


 放たれた魔弾が、一直線に飛ぶ。


 ──ドンッ!!


 確かに捉えた。


 だが──

 煙の向こうで、サイクロプスは止まらない。 


「⋯⋯効いてない!?」


 皮膚の表面が、わずかに焦げただけ。


「下がれ!」


 アルベルトが前に出る。

 振り抜かれた棒が、巨体へと叩き込まれる。


 ──ゴンッ!! 


 確かな手応え。

 だが── 


「っ⋯⋯!」


 弾かれた。

 まるで岩だ。

 サイクロプスの腕が振り上がる。


 ──ブォンッ!!


 空気を裂く一撃。


「ウォルス!」

 

 防御魔術が展開される。


 ──バチィィッ!!


 障壁が軋む。


「くっ⋯⋯!シャルロット、今のうちに!」

「うん!」


 シャルロットが再び手を掲げる。

 その時──


「⋯⋯シャルロット」


 リリアーナが不意に声を掛ける。

 

「さっき言ったとおりに、やってみて」 

「⋯⋯うん!!」


 シャルロットが手元に意識を集中する。

 気がつくと、魔弾が出来上がっていた。

 今までとは、段違いの速さである。

 

「──アサルガ!」


 放った魔弾が胴に直撃する。

 だが、サイクロプスは怯まない。

 重い足取りで、確実に近づいてくる。


 シャルロットは諦めない。

 すぐに魔力を練り直し、発射する。

 それを何度も繰り返す。

 気づくと、シャルロットの課題であった魔術と魔術の間の隙は、克服されていた。


 アルベルトはシャルロットの変化に疑問を抱きつつ、まずは目の前の敵に集中し直す。


 しかし──削れない。


 シャルロットの魔術発動速度が上がろうと、威力は変わらない。

 時間だけが、削られていく。

 アルベルトの額に、汗が滲む。

 呼吸が、わずかに乱れる。

 

 押し返せない。

 倒せない。

 このままでは、ジリ貧だ。


 その時──


「⋯⋯時間だな」 


 ユーリの声が、落ちた。

 次の瞬間──

 

 サイクロプスの巨体が突如、沈んだ。


「⋯⋯え?」


 地面へと押し潰す、見えない力。


「グォォォッ!?」


 サイクロプスは抵抗しようともがく。

 だが、動けない。


 ミシッ──


 骨が軋む。


 バキッ──


 肉が裂ける。


 そして──


 ──ベキンッ


 完全に、潰れた。


 ──静寂。

 

 リリアーナが、ゆっくりと手を下ろす。


「終わり」


 淡々と告げた。



 風の音だけが、遅れて戻ってくる。

 シャルロットは、言葉を失ったままその場に立ち尽くしていた。

 アルベルトもまた、動かない。

 目の前で起きた出来事が、現実としてうまく飲み込めない。

 あれほど苦戦していた相手が──

 たった一瞬で、消えた。

 まるで──

 最初から敵などいなかったかのように。


 リリアーナは、何事もなかったかのようにユーリの元へと戻る。


「倒した」


 繰り返すように、小さく告げた。


「ああ」


 ユーリは短く頷くだけだった。

 それ以上、何も言わない。

 評価も、称賛もない。

 それが逆に──当たり前であるかのように思えた。


 シャルロットは、ゆっくりと拳を握る。

 

(勝てなかった⋯⋯)

 

 怯ませる事すら、出来なかった。

 悔しさが、胸の奥で静かに(くすぶ)る。

 

 アルベルトは、わずかに視線を落とす。

 無言で、ただサイクロプスが潰れた地面を見つめている。

 そこにあったはずの“壁”が、あまりにもあっさりと踏み潰された。

 圧倒的過ぎて、笑えてくる。

 自分が、どれだけ足掻いていたのかが、急に滑稽に思えた。

 


 二人の様子を、リリアーナが静かに見つめる。

 ほんのわずかな間。


「アルベルト」


 リリアーナが、不意に口を開いた。

 視線が向く。


「弱い」


 静かな声。

 だが、重みがある。


「⋯⋯っ」


 一瞬、空気が止まる。


「リリアーナ!そんな言い方──」


 シャルロットが咄嗟(とっさ)に声を上げる。


「事実」


 迷いはなかった。


「でも、それを言ったら、私の方が⋯⋯」


 シャルロットが言葉を詰まらせる。

 自分の方が足を引っ張っていた。

 それは、分かっている。

 だが──


「シャルロットは、強い」


 リリアーナは、はっきりと言った。


「⋯⋯え?」


 シャルロットが目を見開く。

 リリアーナの視線が、ゆっくりとアルベルトへ向く。

 

「この意味、分かんないなら」


 ほんの一瞬の沈黙。

  

 リリアーナの脳裏に浮かんでいたのは──

 先ほど、何の躊躇もなく自分に教えを乞うたシャルロットの姿だった。 


「アルベルト──」


 その紫水晶の瞳が、アルベルトの心を見透かすように、見つめる。


「すぐに、シャルロットに追い抜かれる」

「──っ!!」


 言葉が──鋭く、深く、刺さる。

 

 アルベルトは、何も言わない。

 言い返すことも、否定することも。

 ただ──


「⋯⋯本当に、容赦ないな」


 小さく、苦笑した。


 いつも通りの声音。

 いつも通りの表情。

 だが、その奥で──

 確かに、何かが軋んでいた。

 それはまだ、音にならない亀裂だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 宿に戻ると、依頼を達成したユーリ達に感謝した店主が、豪華な夕食を振舞った。


「すごい⋯⋯!」


 シャルロットが目を輝かせる。


「こんなに食べていいのかな⋯⋯?」

「遠慮すんな。全部お前らの分だ」


 店主が笑う。

 その顔には、心からの安堵が滲んでいた。


「ありがとう!」


 シャルロットは素直に頭を下げると、すぐに食事へと手を伸ばした。

 リリアーナも、隣で静かにスプーンを取る。


「⋯⋯おいしい」


 小さく呟く。

 その声には、どこか驚きが混じっていた。


 四人で囲む食卓。

 穏やかな時間。

 戦いの緊張が、ゆっくりとほどけていく。


 だが──

 アルベルトは、ほとんど口数がなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 食事を終え、それぞれ部屋へと分かれた。


 ユーリとアルベルトが部屋に入る。

 扉を閉めると広がる静寂──。

 重い空気が、そのまま部屋に落ちたようだった。


 ユーリは何も言わない。

 ベッドに寝そべり、ただ静かに目を閉じている。

 アルベルトも、何も言わない。

 言葉を探しているのか。

 それとも──最初から出す気がないのか。

 沈黙だけが続く。


 やがて──


「⋯⋯少し、外の空気を吸ってくる」


 アルベルトが口を開いた。

 それだけ言って、立ち上がる。

 手には、棒を握ったまま。


 ユーリは、目を開けない。


「⋯⋯ああ」


 ただ一言だけ、返した。

 それ以上は、何も言わない。

 アルベルトは扉を開け、そのまま外へ出て行った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 シャルロットとリリアーナが部屋に入る。

 

 ベッドに腰を下ろしたシャルロットが、少し迷うように口を開く。


「ねえ、リリアーナ」

「なに?」

「さっきの⋯⋯アルベルトに言ったこと」


 視線を落とす。


「あれって、どういう意味?」


 少しの間。

 リリアーナは何も言わなかった。

 ──やがて、ぽつりと答える。


「アルベルト、弱い」

「⋯⋯私よりは強いと思うけど」

「力の事じゃない」


 シャルロットが顔を上げる。


「心」


 短い言葉。


「アルベルト、強くなりたいって思ってる。でも、誰にも聞かない。一人でやる」


 淡々と、続ける。


「だから、行き詰まってる」


 その言葉に、シャルロットは小さく息を呑む。


「シャルロットは違う」


 リリアーナの瞳が、シャルロットを映し込む。


「すぐ聞く。誰にでも」


 シャルロットは思い出す。

 羊と戯れていた時、不意にリリアーナに問いかけた時の事──。


──「リリアーナ⋯⋯どうやったら、もっと速く魔術を発動できるの?」


「強くなるためなら、何でもやる」


 まるで、スポンジのようにどんどん吸収していく。


「だから、強い」


 シャルロットは、言葉を失った。

 胸の奥に、じんわりと何かが広がる。


 そんなシャルロットを見つめ、リリアーナが不意に尋ねる。 


「シャルロット」

「ん?」

「ユーリのこと、好き?」

「へあっ!?」


 思わず変な声が出た。


「な、ななな何!?急に!?」


 顔が一気に熱くなる。

 心臓の鼓動が急激に激しくなる。


「何となく、気になったから」


 まっすぐな瞳。

 その裏表のない想いを、リリアーナは紡いだ。


「私は、ユーリが好き」


 はっきりと告げる。


「ユーリと、ずっと一緒にいたい」


 シャルロットは、息を呑んだ。


「シャルロット、ちょっと羨ましい」

「え?」

「シャルロットが強くなると、ユーリ、楽しそう」

「そ、そうなの⋯⋯?」


 あの時の横顔。

 戦闘中の、わずかな変化。


「私は、そこに立てない」


 わずかにリリアーナの表情が沈む。

 その声には、ほんのわずかに──悔しさが混じっていた。 


「でも──」


 しかし、すぐに顔を上げて、声に熱を宿す。


「ユーリの力になりたい」


 リリアーナは拳をきゅっと握った。


「ユーリの隣だけは、譲れない」


 一瞬だけ、視線がぶつかる。


「たとえ、シャルロットでも」


 空気が、止まる。

 その言葉の重さに、シャルロットは何も返せなかった。

 ただ──圧倒されていた。

 

 そして、ほんの少しだけ──

 胸の奥に、言葉に出来ない感情が引っかかった。

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