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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第8話
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27/33

不協和音の四重奏

 ニブルヘイム王国へと続く街道。

 ──ニーズヘッグ草原。

 広大な草原が広がり、道はどこまでもまっすぐに伸びている。

 風が、静かに草原を撫でる。

 サラサラと心地よい音を奏で、揺れる草が波のように連なっていた。

 空の青と、流れる雲の白。

 草原の緑が溶け合い、目の前に広がる風景は鮮やかで、どこまでも穏やかだ。

 遠くまで見渡せる視界。

 遮るもののない開けた大地。

 危険の気配すら感じさせないその道は、まるで──

 平穏であることを約束されているかのようだった。

 気候も安定しており、絶好の旅日和──

 

 ──になるはずだった。 

 シャルロットの足が、ぴたりと止まる。

 

「⋯⋯っ」

 

 空気が、わずかに張り詰める。

 シャルロットは、ゆっくりと視線を上げた。

 

「⋯⋯右前方に、魔獣の気配だよ!」 


 シャルロットが警戒を促す。

 視線は、草原の茂みへ。


「──八、九、十⋯⋯全部で十五匹」


 ちらりと、ユーリを見る。

 答え合わせを求めるように。

 ユーリは、何も言わない。

 ただ、小さく頷いた。

 その瞬間──

 シャルロットの表情が、ぱっと明るくなる。

 

(合ってた⋯⋯!)

 

 日々の鍛錬が、確かに実を結んでいる。 


「シャル、剣は使うなよ」


 余韻を断ち切るように、ユーリの声が落ちる。  

 シャルロットは、小さく頷いた。


 直後──茂みが揺れる。

 飛び出してきたのは──小柄な影。

 緑色の皮膚、濁った黄色の眼、歪んだ笑み。


「ゴブリン⋯⋯!」


 シャルロットが構える。


 ゴブリン達の手には、短剣や棍棒など、様々な武器が握られていた。 

 

「こいつら⋯⋯旅人を襲って、武器を奪ったんだな?」


 アルベルトが低く呟く。

 放っておけば、更なる被害は避けられない。

 アルベルトも棒を構える。


「シャル、アル。二人でやれ」

「へ⋯⋯?」


 アルベルトが怪訝な顔をした。


「俺とリリーは、手を出さない」


 シャルロットは一瞬だけ息を呑み──

 そして、頷く。


「⋯⋯分かった!」


 前へ踏み出す。


「アルベルト、フォローお願い!」

「ああ、任せろ」


 二人が構える。

 ゴブリンの群れが、一斉に襲いかかってきた。

 

「──アサルガ!」


 放たれる魔弾。

 狙いは正確に、ゴブリンの頭部を撃ち抜いた。


 ──ドンッ!!


 一体、撃破。


 だが──

 次弾までに、間が空く。


「シャルロット!」


 その隙を突くように、別のゴブリンが距離を詰める。

 振り上げられる棍棒──

 直前、アルベルトの棒が横から叩き込まれた。

 ゴブリンの体が、弾けるように吹き飛ぶ。


「あ、ありがとう⋯⋯!」

「気にしなくていいから、集中!」


 落ち着いた声。

 アルベルトは前に出過ぎず、間合いを維持したまま周囲を見ている。

 シャルロットは息を整え、再び魔力を練る。


「──アサルガ!」


 放たれた魔弾が、別のゴブリンの胴を撃ち抜く。

 

 ──ドンッ!!

 

 確実に仕留めている。

 だが──やはり、遅い。

 魔力を練り直す、わずかな時間。

 その隙を埋めるように、アルベルトが踏み込む。

 振り抜かれた一撃が、ゴブリンを叩き伏せる。

 

 連携は成立している。

 だがそれは──アルベルトのフォローがあってこそだった。

 


 少し離れた位置で、ユーリとリリアーナは、戦況を静かに見ていた。


「⋯⋯魔術の発動、遅い」


 リリアーナが、小さく呟く。


「ああ。まだ未熟だ」


 ユーリは短く答える。

 リリアーナは、隣にいるユーリの横顔を見上げた。

 その視線は、戦場へ向けられている。

 わずかに──楽しんでいるようにも見えた。

 

「⋯⋯ユーリ、何だか楽しそう」

「そうか?」


 ユーリは視線を外さずに答える。

 

「ん⋯⋯何か、悔しい」


 ぽつりと零れる。

 

「悔しい?何がだ?」

「⋯⋯何でもない」


 小さく首を振る。

 ユーリは一瞬だけリリアーナを見るが、深くは追及せず、再び戦場へ視線を戻した。


 

 やがて──

 最後の一体が、アルベルトの一撃で吹き飛ぶ。


「はぁっ⋯⋯はぁ⋯⋯」


 シャルロットが、その場に崩れ落ちた。


「つ、疲れた⋯⋯」


 肩で息をする。

 アルベルトも、軽く息を吐いた。


「でも、どうにか片付いたな」

「うん⋯⋯でも⋯⋯」

 

 シャルロットは、悔しそうに視線を落とす。

 

「数で言えば、私⋯⋯半分も倒せてない」


 ぐったりと地面に手をつく。

 分かってしまう。

 自分はまだ、戦力として未熟だということが。


 二人の元へ、ユーリが歩み寄る。


「休憩だ」

「⋯⋯うん」


 シャルロットは小さく頷いた。



 街道脇の開けた場所。

 一行はそれぞれ腰を下ろし、小休憩を取っていた。

 しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。

 風が草を揺らす音だけが、静かに耳に残る。


 シャルロットは地面に座り込んだまま、ゆっくりと呼吸を整えていた。

 まだ体の奥に、鈍い疲労が残っている。


 アルベルトは少し離れた位置で立ち、周囲に目を配っている。

 呼吸はすでに落ち着いていた。

 その時──


「アルベルト」


 不意に、リリアーナが口を開いた。


「ん?」


 アルベルトが振り返る。


「神威、使えないんだよね」

「⋯⋯ああ、そうだな」


 あっさりと肯定する。


「修行⋯⋯しなくていいの?」


 一瞬、間が空いた。


「⋯⋯どういう意味だ?」


 声音は変わらない。

 だが、ほんのわずかにだけ、空気が引き締まる。


「勇者になるんだって、言ってた」


 淡々と、事実だけを並べる。


「でも、そのための努力⋯⋯してるように見えない」


 静かな言葉。

 だが、辛辣(しんらつ)

 シャルロットが、思わず顔を上げた。


(リリアーナ、どうしたの?急に⋯⋯)


 アルベルトは数秒だけ黙り──

 ふっと、小さく息を吐いた。


「⋯⋯容赦がないな」


 苦笑する。

 だが、それ以上は崩れない。


「一応、やってはいるんだけどな」


 短く答える。


「ただ、わざわざ人に見せるものでもないだろう」


 視線を外し、水筒を口に運ぶ。

 それ以上は語らない。


「そう」


 リリアーナはあっさりと頷いた。

 興味を失ったように、視線を戦場の跡へ戻す。

 会話は、そこで終わった。


 沈黙が再び落ちる。

 誰も、その話題を掘り返そうとはしなかった。

 ただ──

 アルベルトの手に握られた水筒が、わずかに軋んだ。



 休憩を終え、一行は再び歩き出す。

 隊列の最後尾をアルベルトは歩いていた。

 表情はいつも通り。

 背筋も伸びている。

 だが──


(努力してるように、見えない、か⋯⋯)


 小さく、息を吐く。


 リリアーナの言葉が、頭の中で反芻(はんすう)される。


(──やっているつもりだ)


 時間を見つけては、こっそり鍛錬もしている。

 魔術も、体術も。

 だが──足りない。


 シャルロットは、確実に伸びている。

 ユーリの修行を受けて、目に見えて。

 それに対して、自分は──


(⋯⋯どうすればいい?)


 拳が、無意識に握られる。

 進み方が、分からない。

 何が足りないのか、分からない。


 その時──

 前方を歩くユーリの背中が、視界に入った。

 何も語らない背中。

 振り返りもしない。


 だが──


(⋯⋯知ってるんだろうな)


 妙な確信があった。

 あの男は、全部見ている。

 自分の停滞も、焦りも。

 それでも、何も言わない。


 だから──

 アルベルトは、口を開かない。

 ただ、前を向いて歩き続けた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 夕陽の光が、草原を赤く染めていく。

 しばらく続いた街道の先に──その彼方に、小さな集落が見えてきた。


 ──牧羊の村『パストール』。

 草原の中にぽつんと佇むその村は、周囲を低い柵で囲われているだけの、素朴な造りだった。

 柵の内側には、ゆったりと草を食む白い群れ──羊達の姿。

 のどかな鳴き声が、風に乗って届いてくる。


「わぁ⋯⋯!」


 シャルロットの表情が、ぱっと明るくなる。


「見て、リリアーナ!羊だよ!」


 張り詰めた空気を振り払うように、指差しながら、声を弾ませる。


「⋯⋯ん」


 リリアーナも、小さく頷く。

 その瞳は、興味深そうに羊達を追っていた。


「⋯⋯近くで見ても、平気?」

「大丈夫だと思うよ。ほら、あんなに大人しいし」


 二人は顔を見合わせると、そのまま柵の方へと駆けていく。

 柵越しに身を乗り出し、羊に手を伸ばすシャルロット。

 最初は警戒していた羊も、やがて大人しくなり、鼻先を寄せた。

 

「ふふ⋯⋯かわいい」


 嬉しそうに撫でる。

 リリアーナも、そっと手を伸ばした。

 恐る恐る触れた毛並みの感触に、わずかに目を見開く。


「⋯⋯あったかい」


 ぽつりと呟く。

 

 その様子を、少し離れた場所からアルベルトは眺めていた。

 楽しそうな二人。

 穏やかな光景。

 戦いとは無縁の、静かな時間。


 だが──


(⋯⋯努力しているように、見えない、か)


 ふと、胸の奥に沈んでいた言葉が、浮かび上がる。


 表情には出さない。

 ただ、腕を組み、視線を細めるだけ。

 その目は、二人ではなく──もっと先を見ていた。


 その横を、ユーリが何事もないように通り過ぎる。

 ほんの一瞬だけ、アルベルトへ視線を落としたまま。

 

「宿を取る」


 短く、それだけ告げて。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 村の中央にある、木造の建物へと足を向けた。

 入口には、簡素な看板が掲げられている。

 この村で唯一の宿屋らしい。

 扉を開けると、内部はこぢんまりとしていた。

 奥から現れたのは、がっしりとした体格の中年の男だった。


「おう、旅人か?」

「ああ。四人で一泊できるか」

「空いてるぞ。⋯⋯だが」


 店主は、ちらりとユーリを値踏みするように見た。


「ただ泊まるだけじゃ──もったいねぇな」


 口元に、にやりとした笑みを浮かべる。


「どうだ、ひとつ頼まれてくれねぇか?」


 ユーリは何も言わず、先を促す。


「近頃、この辺りに大型の魔獣が出るようになってな。夜になると、羊を狙って来やがる」


 店主の視線が、外の羊達へと向く。


「村の周りの柵には、王国自慢の魔獣撃退の術式が施されてるから、何とか撃退出来ているが⋯⋯ああやって毎晩諦めずに来られると、俺らも羊も不安で仕方ねぇ」


 店主は深いため息をつく。

  

「羊はこの村の命だ。退治してくれるなら──宿代はタダにしてやる」

 

 ほんのわずかの間。

 ユーリは、無言で店主を見ていた。

 そして──


「分かった」


 即答だった。


「助かる!」


 店主が、ぱっと表情を明るくする。


「それじゃあ──頼んだぜ」

「⋯⋯ああ」

 

 ユーリはそれだけ答え、踵を返した。

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