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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第7話
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破滅の魔女 VI

 村を離れた森の外れ。

 簡易の野営地で、焚き火が静かに揺れている。


 シャルロットは、火を見つめながら口を開いた。


「⋯⋯あれで、良かったのかな」


 ぽつりと零れた本音。

 アルベルトが、肩をすくめる。


「良いも悪いもないだろ。あいつら、完全にライン越えてたしな」


 軽く言うが、その表情はどこか硬い。


「ですが⋯⋯」


 リオが静かに言葉を継ぐ。


「あの恐怖は、消えることはないでしょう。村そのものが、もう正常には戻らない可能性が高いですね」


 淡々とした分析。

 だが、そこに否定の色はない。


「因果応報──」


 ユーリが口を開く。


「自分達の行ないが、自身に返っただけだ」


 そう断じた。

 それに反論する者は、いない。

 彼らの、リリアーナに対する仕打ちを目の当たりにしては、擁護の言葉も見つからない。

 それが、正しいのか、間違っているのかも、分からない。

 ただひとつ、確かなのは──


(ユーリがいなかったら⋯⋯)


 あの少女は、確実に壊れていた。

 それだけは、分かる。


 シャルロットはリリアーナへと視線を向ける。

 リリアーナは、隣に座るユーリの肩に、そっと寄りかかるようにして眠っていた。 

 安心し切った穏やかな寝息。

 あの戦場にいたとは思えないほど、静かな表情。

 それは、『破滅の魔女』ではない。

 ひとりの──リリアーナという少女だった。

 

 

 その日、深淵の森『リントヴルム』にひっそりと佇む村落は、死神の手によって、崩壊した。


 もう、誰も『破滅の魔女』の事など口に出さない。

 その口から漏れるのは、『死神』の一言。

 恐怖に支配され、会話もままならない。

 夜は悪夢にうなされる。

 目を閉じると、あの死神の“眼”が見える。

 寝ても起きても恐怖に押し潰される毎日──まさに生き地獄である。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 リリアーナは一人、小屋の前に立っていた。

 今思うのは、ユーリの言葉。

 

──「俺は──『死神』だ」


 静かに、名乗った。

 リリアーナは目を見開いた。

 濡れた紫水晶の瞳が、揺れる。


 ──『破滅の魔女』

 そう呼ばれ続けてきた自分。

 忌み嫌われ、恐れられ、否定されてきた名前。


 ──だが、ユーリの言葉を聞き、


(⋯⋯あ)


 胸の奥で、何かがほどけた。


 ユーリは、否定しなかった。

 肯定もしなかった。

 ただ──並べた。

 『破滅の魔女』と、『死神』を。

 世界から忌避される異名を、まるで取るに足らないもののように、並べてみせた。

 

 その瞬間──

 自分に貼り付いていたその言葉が、意味を失った。


(⋯⋯どうでも、いい)


 初めて、そう思えた。

『破滅の魔女』でもいい。

 そう呼ばれても、構わない。


 だって、この人は──

 そんなものを、最初から見ていない。

 見ているのは、『リリアーナ』だけだ。


 ──胸の奥が、熱い。

 もう、何も怖くない。

 代わりに満ちていくのは──

 どうしようもないほどの、安心と信頼。


 そして──

 気づけば、願っていた。

 この人の隣に、いたいと。 



 そこへ、ゆっくりと歩み寄るユーリの姿。

 リリアーナは、振り返らずに話しかける。

 

「ユーリ」

「何だ?」

「私⋯⋯ユーリの力になりたい」


 ユーリは静かにリリアーナの言葉に耳を傾ける。


「ユーリが、救ってくれた。今の私があるのは、ユーリがいたから」


リリアーナは振り返り、ユーリを見つめる。

 

「私の全部は──ユーリがくれたもの」


 凛とした、強い意志を宿した瞳。 

 

「だから、ユーリのためにこの力を使う」


 覚悟を乗せた、強い意志を宿した言葉。

 

「神を殺す旅──私も行く」


 その言葉に、迷いはなかった。

  

 ユーリは一歩近づいて、小さく笑う。


「行くぞ、リリー(・・・)


 リリアーナは目を見開く。

 新たな呼称。

 心が温かい感情で満たされていく。


 リリアーナは一度、住んでいた小屋を振り返った。

 母と過ごした思い出の場所。


「お母さん⋯⋯いってきます」


 そう告げて、ユーリの背中を追うために一歩踏み出したその時──

  

──(リリアーナ、いってらっしゃい)


 耳に聞こえた、母の声。

 慌ててリリアーナは振り返る。

 しかし、母の姿はない。


 空耳──そう思った。

 それでも⋯⋯


(安心して、お母さん⋯⋯私は、もう大丈夫)


 リリアーナがユーリへと顔を向ける。

 ユーリが足を止め、待ってくれている。

 その奥には、シャルロット、アルベルト、リオを含む騎士団達の姿もある。


(ユーリと一緒に、前に進む)

 

 リリアーナは、すっと静かに浮かび上がる。

 そして、風に乗るようにユーリの元へと飛んで行った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 一行は、魔導科学研究所へと帰投した。

 待っていたアルヴィンに、リオが事の顛末(てんまつ)を報告する。


「⋯⋯なるほどねぇ。それは大変だったね」


 そう一言。

 さすがのリオも、わずかに眉を(ひそ)めた。

 だが、アルヴィンは気にする様子もなく、くるりと視線をユーリへ向ける。


「それにしても、さすがユーリ君だね!ユグドラシルの根が地表付近まで伸びてるか⋯⋯実に興味深い!!」


 さらに、その矛先はリリアーナへ。


「君もいいねぇ!重力の魔力特性か!実に珍しい!!しかも、神獣を一撃で(ほふ)るとは⋯⋯君は神威も使えるんだね!?いいねぇ、いいねぇ!新たな神威使いの誕生だ!!」


 身を乗り出す勢い。

 

「なに、この人⋯⋯」

 

 リリアーナがユーリの背後に隠れながら、引いた声で呟く。


「変態研究者だ」


 ユーリが即答する。

 

「変態研究者⋯⋯」


 こいつのことか。

 そんな目で、リリアーナはユーリの背後からアルヴィンを見た。


「怖がらなくても大丈夫ですよ、リリアーナさん」


 リオが声を掛ける。


「所長は、倫理には反した存在ですが、人道に反した存在ではないので」


 さらりと酷いことを言う。

 

「いやぁ、そんな褒められても何も出ないよ?」


 ──しらける空間。


「褒めてないだろ、それ」


 アルベルトが苦笑いして呟いた。



「そんな事より」


 アルヴィンが気にする様子もなく言葉を続ける。


「問題はユグドラシルだね。ユーリ君の見立て通りだったと仮定すると、非常にまずいねぇ」

「ああ」


 ユーリも同調し頷く。


「まずいって⋯⋯何がですか?」


シャルロットは首を傾げて尋ねる。


「ユグドラシルは、マナを生み出し、循環させ、取り込む存在だ。──要するに、巨大なマナの塊だね。その濃度は、僕達生物が宿す魔力なんて足元にも及ばない」


 不意に、アルヴィンがユーリに話を振る。


「ユーリ君、君はユグドラシルを斬ろうとしたんだよね」

「ああ」

「は、はぁぁぁ!?ユグドラシルを斬るって、何考えてるの!?」


 思わずシャルロットがツッコむ。


「上への行き方が分からなかったからな。幹を斬ったら、上にいる神をまとめて地上に落とせると思ってな」


 発想が、ぶっ飛んでいる。

 しかし、ユーリなら出来かねないという不思議な説得力があった。 


「でも、斬れなかった」


 アルヴィンの一言に、皆が息を呑んだ。

 

「ああ。傷一つつかなかった」 

「つまり、ユグドラシルも神威を纏っているんだ。しかも、ユーリ君の神威が通らない程の高い密度の、ね」


 それはもはや『纏っている』という表現すら適切ではない。

 ユグドラシルそのものが、神威と同質の存在へと変質していると言った方が近かった。 

 

「これで分かったかい?ユグドラシルに傷をつけられない、ということは、森の地表に伸びたユグドラシルの根も、排除することは不可能ってことさ」


 ──重い沈黙が流れる。

 切り出したのは、アルベルトだった。

 

「じゃあ⋯⋯魔獣の増加は止められないってことか?」


 悔しそうにアルベルトが拳を握りしめる。

 しかし、アルヴィンは笑みを浮かべて指を横に振った。


「ふっふっふ⋯⋯甘いね、アルベルト君。まずいとは言ったが、対処できないとは言ってないよ」

「えっ!?」


 皆がアルヴィンへと視線を向ける。

 

「ユグドラシル自体をどうにもできないのなら、放っておけばいい。問題なのは、溢れ出るマナの方なんだからね。それさえ何とかすれば、魔獣の増加は抑えられるよ」


 周りから、「おぉ⋯⋯!」という感嘆の声が漏れる。


「構想は大体出来ている。その気になれば、すぐにでもマナ濃度を薄める装置の開発に取り掛かれるよ」

「すごいじゃないですか!」


 シャルロットは素直に賞賛した。

 魔導科学技術の天才。

 こういう時、この上なく頼りになる。

 しかし──

 

「ただ、問題があってねぇ」

「まだ何かあるんですか!?」


 アルヴィンは、わざとらしく間を置いた。

 その口元には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいる。

 嫌な予感が、じわりと場に広がった。 


「単純な話、材料が足りないのさ」

「材料って?」


 アルベルトが首を傾げる。

 

「必要なのは、『モリオン』と呼ばれる黒水晶。魔力を吸収する特性を持つ鉱石だ」


 アルヴィンがわざとらしく溜息をつく。

 

「だけど、隣国『ニブルヘイム王国』の鉱山でしか採取できない貴重な石でねぇ」


 皆が何となく察した。

 アルヴィンの次の一言を。


「君達、ちょっと行って取ってきてくれない?」

「「やっぱり!!」」


 シャルロットとアルベルトが揃ってツッコむ。

 リオは一拍置き、状況を整理するように視線を上げた。

 通常であれば、この手の案件はギルドに回されるはずである。

 

「ギルドに依頼はしないんですか?」


 リオの質問に、アルヴィンが拗ねたように口を尖らせて答える。

 

「依頼したけど、断られたんだよ」

「何故です?」

「目的の鉱山に行くためには、鬼人族の集落を通っていく事になるんだけど⋯⋯ギルド所属のとあるクランが、鬼人族と揉めちゃってね。それ以来、ギルド関係者の通行許可が降りなくなっちゃったみたいなんだよ」


 アルヴィンが深い溜息をつく。

 しかし、顔を上げると、そこには満面の笑顔。

 

「というわけで⋯⋯よろしく!」


 思わず、引きつる。

 しかし、宿と食事の弱みを握られている以上、断るという選択肢は存在しない。


「しょーがない、行くか!」


 アルベルトが割り切ったように答える。


「そうだね。どのみち、その鉱石が無いと森の異変は解決しない訳だし」


 シャルロットも同意するように頷いた。

 

「リリーも異論ないか?」


 ユーリが背後にいるリリアーナに尋ねる。


「ん⋯⋯ユーリが行くなら、どこへでも」


 リリアーナは小さく微笑んで、頷く。


「ユーリはニブルヘイム王国への行き方は知ってるよね?」

「ああ」

「うん、じゃあ、頼んだよ」


 アルヴィンは笑顔で手を振って見送る。

 リオは、静かに頭を下げた。


 目的地を目指し、一行は魔導科学研究所を後にした。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 四人分の物資を買い揃え、ニブルヘイム王国へ続く街道側の城壁へと辿り着く。

 守衛に声を掛け、出門の手続きを済ませると、鉄門が音を立てて開き出す。


「そういえば⋯⋯」


 不意にシャルロットがユーリに声を掛ける。


「シルヴァトーアのギルド支部で、ユーリ伝言受けてなかった?」


 発信者は確か、ギルドのグランドマスター。

 伝言の内容は──『王都で待ってる』だったはず。


「会わなくていいの?」


 ユーリはあの時と変わらず、露骨に嫌そうな表情をしていた。


「⋯⋯行くぞ」


 シャルロットの問いに答えることなく、ユーリは歩き出した。


 ユーリにこんな反応をさせるグランドマスターの存在が気になりつつ、新たにリリアーナを加えた一行は、ニブルヘイム王国に向けて出発した。

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