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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第7話
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25/33

破滅の魔女 Ⅴ

 村へ戻った瞬間、誰もが言葉を失った。

 そこにあったのは──大地にめり込むようにして鎮座する、巨大な赤い果実だった。 


「っ──!」


 シャルロットが息を呑む。


「間に合ったか⋯⋯!」


 アルベルトが歯を食いしばる。

 まだ──生まれていない。


「急いでください!!避難を最優先に!!」


 リオの指示が飛ぶ。

 騎士達が一斉に動き出す。

 泣き叫ぶ子供。

 混乱する村人。


 その時──始まりの音が。


 ──ピキッ。


 絶望の音が、響く。


「⋯⋯ひ、ひぃぃ⋯⋯」


 誰かが小さく悲鳴をあげる。


 次の瞬間──


 ──バキバキバキィッ!!


 果実に亀裂が走る。

 空気が凍りついたように、誰も動けない。

 恐怖が、全てを縛り付ける。

 そして──


 ──ドォォンッ!!!


 果実が、内側から弾け飛んだ。


 現れたのは──

 巨大な亀。

 山のような甲羅、地を踏みしめる四肢。

 その一歩で、大地が震える。


「あれは⋯⋯神獣──『ザラタン』⋯⋯!!」


 リオが声を絞り出す。

 ザラタンが、ゆっくりと一歩踏み出す。


 ──ズシン。


 その衝撃で、家屋が傾く。


「きゃああああ!!」

「逃げろぉぉぉ!!」


 悲鳴が連鎖した。

 反射的に、シャルロットが踏み込む。


「はぁっ!!」


 レイピアに魔力を乗せ、突き出す。


 ──ギィン!!


 剣が弾かれた。

 傷一つ、つかない。


「くっ⋯⋯!」

「これが、神威⋯⋯!」


 アルベルトが呟く。

 神獣の全身を覆う、超高密度の魔力装甲。

 通常の攻撃では、決して破れない。


「それでも、止めるしかない!」


 シャルロットが再び踏み込む。

 アルベルトも、リオも、攻撃を重ねる。

 通じないと分かっていても。 

 時間を稼ぐために。


(来て⋯⋯ユーリ!!)


 信じている。

 あの男なら──


 そんな中、


「全部、あの魔女のせいだぁぁぁ!!」


 村長の叫びが、響いた。


「破滅の魔女が!村を滅ぼすために怪物を呼び寄せたんだ!!」

「⋯⋯何言ってるのよ!!」


 シャルロットが怒りを露わにする。


「あれは神獣よ!そんな──」

「黙れぇ!!」


 村長の目は狂っていた。


「全部あいつのせいだ!!あいつさえいなければ!!」


(この人っ⋯⋯!)


 シャルロットは、歯を食いしばる。


 その時──

 ふと、風が止んだ。

 

「⋯⋯?」

 

 シャルロットが、わずかに視線を動かす。

 森の奥から、二つの人影が現れた。

 ゆっくりとした足取りで。


「⋯⋯ユーリ」

 

 アルベルトが、息を呑んだ。

 その隣には──銀髪の少女、リリアーナ。

 村長が振り返り、驚きの声をあげる。

 

「なっ──!?」

 

 だが、その声は続かなかった。

 二人が、一歩、踏み入れた瞬間。

 空気が、変わる。

 重く、沈むように。

 言葉が、出なくなる。

 ユーリは、一度も村長を見ない。

 視界にすら、入れていないかのように。

 

 ユーリの到着に、シャルロット、アルベルト、リオの表情に、安堵が広がる。


 だが──


「おい!貴様ら!!」


 村長が叫ぶ。


「この神獣が、貴様らの差し金じゃないって言うならなぁ!!」


 指を突きつける。


「今すぐ証明してみろ!!さっさと神獣を殺してみろぉ!!仲間じゃないなら──やってみせろぉ!!」


 狂気の叫び。


 だが──

 ユーリは、動かない。

 リリアーナへ視線を向け、一言。


「好きにしたらいい」

「⋯⋯え?」


 シャルロットが目を見開く。


「倒すか、放っておくか」


 ユーリは淡々と続ける。


「お前が決めろ」


 村を守る義理など、ない。

 迫害され、殺されかけた相手だ。

 助ける理由など、一つもない。


「俺は手を出さない」


 その言葉に、シャルロットの胸がざわつく。


(まさか⋯⋯)


 村を、村の人を、見捨てるの──?

 それが、ユーリの選択なの?

 

 一方のリリアーナは、ユーリを見つめた。

 脳裏に、ユーリの言葉が蘇る。


──「竜人族は、俺の人生観を変えた」


──「仲間のためなら決して背を向けない、見捨てない。──その矜恃が、とても眩しく、好きだった」


 胸の奥が、熱を帯びる。


「⋯⋯神獣、倒す」


 小さく、だが確かな声。


「いいのか?」

「うん。でも、村のためじゃない」


 リリアーナは、ザラタンを見据える。


「ユーリは言った」


 その瞳に、揺らぎはない。


「竜人族の誇りが好きだって」


 拳を、ぐっと握る。


「その誇りを──守りたいから」


 ユーリが、小さく笑った。

 リリアーナも、つられるように微笑む。


 そして──

 宙へと、浮かび上がった。

 宙を舞う人間を目の当たりにし、周囲に騒めきが広がる。


 リリアーナは、ザラタンと対峙する。


「グォォォォォォ!!」


 神獣が咆哮をあげた。

 ──警戒している。

 リリアーナを危険だと、本能で理解していた。


「ユーリ、あの子の援護を──」


 シャルロットが動こうとした瞬間。


「必要ない」

「えっ⋯⋯?」

 

 ユーリの一言で、止まる。


「見てろ」

 

 言われるまま、シャルロットらはリリアーナへと視線を向けた。

  

 リリアーナが、静かに手をかざす。

 その瞬間──

 

 ザラタンの巨体が──沈んだ。


「なっ──!?」


 地面に、めり込む。


 まるで、上から押し潰されているかのように。

 これは──『重力』だ。

 圧倒的な力が、ザラタンを縛る。


「グォォォッ!?」


 必死にもがく。

 だが、立ち上がれない。

 さらに──


 ミシッ──


 甲羅に、亀裂が走る。


「っ──!」


 シャルロットが息を呑む。

 神威で守られていた甲羅が──砕けた。

 さらに、容赦なく押し潰す。

 常識を超えた魔力制御。

 ザラタンの全身に、ひびが走る。


 バキッ──

 メキッ──

 ゴキィッ──


 破壊音が、連続する。


「ギィィィィィィ!!」


 断末魔が周囲に響き渡る。

 だが、止まらない。

 逃げられない。

 抗えない。


 そして──


 ──グシャッ。


 完全に、潰れた。

 巨体が崩壊し、霧散していく。


 ──静寂だけが残る。


 誰も、言葉を発せない。

 ただ、理解した。

 今、何が起きたのかを。


「⋯⋯」


 シャルロットは、喉を鳴らした。

 アルベルトも、言葉を失っている。

 リオでさえ、目を細めたまま動かない。


 目の前に立つ、銀髪の少女。

 その存在が、改めて定義される。


(これが──破滅の魔女⋯⋯)



 リリアーナは、ゆっくりと高度を下げた。

 ──すっ、と。

 ユーリの前へ、静かに着地する。


「⋯⋯倒した」


 小さな声。


「上出来だ」


 短い一言。

 それだけでも、リリアーナの心は満たされていた。

 

 だが──


「見ただろう!!」


 村長の叫びが、空気を引き裂く。


「あの化け物の力を!!あれが『破滅の魔女』だ!!」


 ざわめきが、広がる。


「そうだ⋯⋯!」

「神獣を触れもせず殺すなんて⋯⋯」

「やっぱり化け物だ!!」

「この村も、ああやって壊す気だろう!?」


 歪んだ恐怖が、連鎖する。

 そして──


「殺せ!!」

「殺せ!!」


 声が、重なる。


「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」


 止まらない。

 狂気が、膨れ上がる。

 神獣を倒した存在へ向けられるのは、感謝ではない。

 ただの──排除。


 やがて、その矛先は──


「その男も同罪だ!!」

「そいつも殺せ!!」

「魔女の味方は罪人だ!!」


 さらに──


「あの魔女の母親みたいにな!!」


 空気が凍りつく。


「まさか⋯⋯」


 リオが、低く呟く。


「この子の母親を⋯⋯」


 拳が、ぎり、と音を立てた。


 その背後で──

 リリアーナの身体が、震えていた。


 視界が揺れる。

 音が遠ざかる。

 蘇る──あの日の光景。

 血に染まった母の姿。

 向けられる憎悪。

 逃げ場のない視線。

 涙が、溢れて止まらない。


「⋯⋯ユーリ」


 掠れた声。


「ユーリと⋯⋯一緒にいた時間、楽しかった⋯⋯」


 震える唇で、言葉を紡ぐ。


「でも⋯⋯これ以上、迷惑かけられない⋯⋯」


 首を、振る。


「私のせいで⋯⋯ユーリを傷つけたくない⋯⋯」


 ぎゅっと、拳を握る。


「私は⋯⋯破滅の魔女⋯⋯」


 視線を落とす。


「でも、ユーリだけは──破滅させたくない⋯⋯」


 その瞬間──

 ふわりと、何かが触れた。


 頭に、手。

 ──温かい。


 リリアーナが、顔を上げる。


 そこには──

 いつも通りの、あの男。

 そして、ほんのわずかに浮かんだ、不敵な笑み。


「破滅の魔女?」


 ユーリが、呟く。


「それがどうした」

「⋯⋯え」

「俺は──『死神』だ」


 静かに、名乗った。 

 リリアーナは目を見開いた。

 濡れた紫水晶の瞳が、揺れる。

 

 頭から手がすっと離れ、ユーリの背中が遠ざかる。

 ユーリは、村人達の前で立ち止まる。


 ────ズン

 

 空気が、変わった──。


 大気が震える。

 地面が、軋む。

 家屋の壁に、細かな亀裂が走る。


「っ──!?」


 村人達の、息が詰まる。


 ユーリの周囲から、溢れ出す圧倒的な“何か”。


 ──殺気。

 それはもはや、“気配”などではない。

 実体を持った暴力だった。


「ひっ⋯⋯!」


 誰かが、悲鳴をあげる。

 ユーリの“眼”を見た瞬間。

 理性が、壊れる。


「やめろぉぉぉ!!」

「ああああああ!!」


 飛び交う発狂。

 腰から崩れ落ちる者。

 その場で失神する者。

 恐怖に耐えきれず、失禁する者さえいる。


 村長もまた──


「ひっ⋯⋯ぁ⋯⋯」


 腰が砕けたように、その場にへたり込んだ。


 その背後で──

 シャルロット達ですら、動けなかった。


(これが⋯⋯)


 肌を刺す。

 呼吸が、重い。

 立っているだけで、押し潰されそうになる。


(ユーリの⋯⋯本気の殺気⋯⋯)


 ──死神。

 初めて聞いた、その異称。

 あまりにも相応しい、不吉な名。

 だが、


(それでも──)


 シャルロットは、目を細める。

 その奥にあるものを、感じ取っていた。


(やっぱり、ユーリはユーリだった)


 圧倒的な殺気の中に。

 確かに存在する、ひとつの意志。

 リリアーナを蝕む、心の枷を打ち壊すために。

 それは──守るための力。

 その男は──

 何ひとつ、変わっていなかった。

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