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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第7話
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24/33

破滅の魔女 IV

 村へ辿り着いた頃には、空は赤黒く染まり始めていた。

 森を切り開くようにして作られた、小さな集落。

 古びた木造家屋が並び、地面は泥濘(ぬかる)み、空気は重い。

 ──妙に、静かだった。

 村人達は、遠巻きにシャルロット達を見ている。

 だが、その視線に歓迎の色はない。

 怯え、警戒、そして──どこか、淀んだ感情。


(⋯⋯嫌な感じ)


 シャルロットは、無意識に肩へ力を入れた。

 子供ですら笑っていない。

 村全体が、薄暗い空気に沈んでいた。


「こっちだ」


 村長に案内され、一行は村の中央にある一際大きな家へ入る。

 全員は入れないため、中へ入ったのはリオ、シャルロット、アルベルト、そして護衛の騎士数名のみ。

 残る騎士達は、外で待機となった。


 家の中も薄暗い。

 窓は小さく、空気も淀んでいる。

 シャルロットは、何となく落ち着かない感覚を覚えた。

 村長が椅子へ腰を下ろす。

 その向かいへ、リオ達も座った。


「⋯⋯話とは?」


 リオが、単刀直入に切り込む。

 村長は、しばし沈黙した後──低い声で言った。


「この森には、『破滅の魔女』が潜んでいる」


 空気が、わずかに張り詰めた。


「──そいつを、殺して欲しい」


 シャルロットが、目を見開く。


「魔女⋯⋯?」


 村長の顔は、本気だった。

 冗談や迷信を語る人間の表情ではない。

 リオが、冷静に問い返す。


「その『破滅の魔女』とは、何者ですか」

「⋯⋯化け物だ」


 即答だった。


「七、八年前から、この森に住み着いた」


 村長の顔に、露骨な嫌悪が浮かぶ。


「空を飛び、触れもせず人を殺す妖術を使う」

「妖術⋯⋯」

「氷みたいに冷たい目をした、銀髪の女だ」


 シャルロットは、思わずリオと視線を交わした。


「いつか、あれはこの村を滅ぼす」


 村長の声音が、徐々に熱を帯びていく。


「だから、その前に殺さなきゃならねぇ」


 拳が、ぎりっと音を立てた。


「⋯⋯あの魔女を殺して欲しい」


 アルベルトが、わずかに眉を(ひそ)める。


(なんか⋯⋯気味が悪いな)


 恐怖というより、執着に近い感情だった。

 一方で、シャルロットは別の事を考えていた。


(空を飛ぶ⋯⋯?)


 普通の魔導士ではない。

 しかも、“触れずに殺す妖術”。

 脳裏に浮かぶのは──神々の存在。


(まさか⋯⋯神と関係してる?)


 あり得なくはない。

 神の軍勢に属する存在なら、人智を超えた力を持っていても不思議ではない。

 リオも同じ結論に至ったのだろう。

 小さく息を吐き、シャルロットへ視線を向けた。


「⋯⋯調査は必要ですね」

「うん」


 シャルロットも頷く。


「もし本当に神関連だったら、放置できない」

「ですが、ユーリさんや隊長不在で対処可能かは未知数です」


 リオの声音は冷静だった。


「まずは情報収集を優先しましょう」


 シャルロット達は立ち上がる。


「なら、もう一度森を調べます」

「待て」


 不意に、村長が口を開いた。


「私達も行く」

「え?」


 シャルロットが目を瞬かせる。


「危険です」


 リオが即座に否定した。


「相手の実力も不明。民間人を連れて行ける状況ではありません」

「それでも行く」


 村長は譲らない。

 付随する村人達も力強く頷いている。


「魔女が死ぬところを、この目で見なきゃ安心できねぇ」

「そうだ、そうだ!」

「あの魔女の死に様を目に焼きつけるんだ!」

 

 騒ぎ立てる村人達の様子に──シャルロットは、ぞくりとした。


 ──狂気。

 それに近い色が、そこにはあった。

 まるで、魔女を殺すことだけが支えになっているような。

 アルベルトも、それを感じたのだろう。

 表情から笑みが消えていた。

 重苦しい沈黙が流れる。


 やがて──リオが静かに口を開いた。


「⋯⋯同行中は、絶対に我々の指示に従ってください」


 村長が、ぎらつくような目でリオを見返す。

 

「⋯⋯分かった」


 村長は、低く答えた。


 だが、その目はなお、暗く濁ったままだった。

 シャルロット達は、得体の知れない不気味さを抱えながら、再び森へと足を踏み入れるのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 木苺のパイを食べ終えた後、ユーリとリリアーナは再び森の中を歩いていた。

 空は既に夕暮れ色へ染まり始めている。

 赤黒い光が、木々の隙間から差し込んでいた。

 森の中は静かだ。

 魔力感知で魔獣の気配は感じられるが、その数が異常だった。

 そして、普通の森では有り得ないほど、マナが濃い。

 その魔力感知が阻害されるほどに。


「⋯⋯やっぱり変」


 リリアーナが、小さく呟く。

 ユーリは周囲を見回しながら、ゆっくり地面へ視線を落とした。


「森じゃなく、地表か」

「⋯⋯?」

「確認してみるか」


 そう呟くと、ユーリは片膝をつき、静かに地面へ手を当てた。

 瞬間──


 ──ビリッ。


 大気が、大地が──微かに震えた。


「っ⋯⋯!」


 リリアーナが目を見開いた。

 肌を刺すような感覚。

 ユーリから放たれた魔力が、地中深くまで浸透していくのを感じる。


(なに⋯⋯今の魔力)


 異常なまでの精度と密度。

 リリアーナは、無意識に息を呑んでいた。

 やがて、ユーリが立ち上がる。


「分かった」

「⋯⋯原因?」

「ああ」


 ユーリは、静かに森を見渡した。


「ユグドラシルの根が、地表スレスレまで伸びてる」

「え⋯⋯」


 リリアーナの瞳が揺れる。


「だから高濃度マナが地上へ漏れ出してる」

「それじゃあ⋯⋯」

「そこに何かしらの負のエネルギーが混ざった」


 ユーリは、淡々と続けた。


「その影響で、魔獣が爆発的に増加したってところか」


 リリアーナは、呆然とユーリを見つめた。

 あまりにも早い。

 しかも、確信を持って断定している。


(この人⋯⋯)


 さっき感じた魔力。

 もしかしたら、自分よりも──


 そこまで考え、リリアーナは思考を止めた。

 不意に、ユーリへ視線を向ける。


「⋯⋯ユーリ」

「何だ?」

「色んな場所、旅してるって言ってた」

「ああ」

「色んな種族にも、会った?」


 ユーリは、少し考えるように視線を上げた。


「まぁな」


 そして、指折り数えるように言う。


「水棲族、獣人族、鳥人族、鬼人族⋯⋯色々とな」

「そんなに⋯⋯」


 リリアーナは、小さく目を見開いた。

 森の外には、人間しかいないと思っていた。

 だが、世界には自分の知らない種族が数多く存在している。

 

 少しだけ──胸が高鳴った。

 そして、おずおずと尋ねる。


「⋯⋯竜人族とは、会ったことある?」


 ユーリは、短く頷いた。


「ああ。一度だけ」

「⋯⋯!」


 その言葉に、リリアーナは息を呑む。


「竜人族は、俺の人生観を変えた」


 ユーリが淡々と、しかし重みを含めた声色で話す。


「仲間のためなら決して背を向けない、見捨てない──その矜恃が、とても眩しく、好きだった」


 その瞬間。

 リリアーナの胸の奥が、熱くなった。


「⋯⋯ぁ」


 視界が、滲む。

 気づけば、涙が頬を伝っていた。


「どうした」


 ユーリが、不思議そうに尋ねる。

 リリアーナは、涙を拭おうともせず、小さく呟いた。


「ユーリ、竜人族を⋯⋯好きって、言ってくれた」


 震える声。

 リリアーナは、ゆっくりと語り始める。


「私のお父さん⋯⋯竜人族なの。私は、人間のお母さんと竜人族のお父さんの間に、生まれた」


 夕暮れの風が、銀色の髪を揺らした。


「お父さんの故郷、神の軍勢に襲われた」


 ユーリは、静かに耳を傾ける。

  

「お父さんは、私とお母さんを逃がすために、神と戦って⋯⋯死んだ」


 リリアーナは、拳を握る。


「それで、お母さんと二人で、この森へ逃げてきたの」

「⋯⋯そうか」


 返ってきたのは、それだけだった。

 だが、リリアーナには分かった。

 ユーリは、自分を“竜人族の血を引く怪物”として見ていない。

 ひとりの、リリアーナとして、見てくれている。

 それが──どうしようもなく、嬉しかった。


 胸の奥が、じんわりと温かい。

 湧き上がる安心感と信頼感。

 ──そんな感情を抱いたのは、いつ以来だろうか。


 リリアーナは、小さく笑った。


「⋯⋯ユーリ、ありがとう」


 夕暮れの森の中。

 その声は、とても優しかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 森の奥へと進んでいくにつれ、空気が変わっていった。

 濃いマナの気配に混じり、どこか(よど)んだ気配が漂っている。


「この辺り⋯⋯」


 村長が足を止めた。

 視線の先──

 木々がわずかに開けた場所に、それはあった。


 ぽつん、と佇む一軒の小屋。

 集落ではない。

 生活圏から切り離されたような、孤立した存在。


(⋯⋯ここが?)


 シャルロットは違和感を覚えた。

“魔女の住処”と呼ぶには、あまりにも静かで──普通すぎる。


「これが、『破滅の魔女』の隠れ家だ」


 村長が低く吐き捨てる。

 その目は血走り、歯をぎり、と鳴らしていた。

 憎悪と殺意が、隠しようもなく滲み出ている。


「村長と村の皆さんはここで待機を」


 リオが短く指示する。


「中を確認します」


 村長は不満げに舌打ちしたが、やがて頷いた。


 シャルロット、アルベルト、リオは視線を交わし──

 ゆっくりと小屋へ近づく。

 軋む扉を、慎重に開けた。


 ──中は、静かだった。

 人の気配は無い。

 だが、生活の痕跡は確かにある。

 整えられた机。

 使い込まれた食器。

 そして──微かに残る、甘い香り。


(⋯⋯ここで、暮らしてる)


 シャルロットは、息を呑んだ。

 想像していた魔女の住処とは、あまりにも違う。


「誰もいませんね」


 リオが淡々と確認する。

 その時──怒声が、外から響いた。


「この化け物がぁぁぁッ!!」

「っ!?」


 三人は同時に振り返る。


「外だ!」


 アルベルトが叫ぶ。

 シャルロット達は一斉に小屋を飛び出した。


 外では──

 村長が、ひとりの少女へ罵声を浴びせていた。


 銀色の髪。

 透き通るような白い肌。

 そして──地面から、わずかに浮いている。


「こいつが魔女だ!!」


 村長が叫ぶ。

 その言葉に、シャルロットの心臓が強く跳ねた。


(この子が⋯⋯?)


 確かに一致している。

 村長の言っていた特徴と。

 だが──


(本当に⋯⋯?)


「さぁ、こいつを殺せ!!」


 村長の声は、もはや理性を失っていた。


「そのために来たんだろうがぁぁぁ!!」


 狂気に満ちたその姿に、シャルロットはぞくりと背筋を震わせる。


「ま、待って⋯⋯!」


 思わず前へ出ようとした、その時。

 少女が、すっと後ろへ下がった。

 近くにいた男の背後へ、身を隠すように。

 ──その輪郭に、見覚えがあった。


「ユーリ!?」


 シャルロットが目を見開く。


「今まで、何してたんだよ!?」


 アルベルトが叫ぶ。

 ユーリは、いつもの無表情で立っていた。

 その背に、少女を庇うように。


「⋯⋯知り合い?」


 少女──リリアーナが、小さく尋ねる。


「ああ」


 ユーリは、短く答えた。

 それだけで十分だった。

 村長が、激昂する。


「お前もこの騎士達の仲間なんだろう!?」


 指を突きつけ、怒鳴り散らす。

 リリアーナは、ユーリの背に隠れたまま、震えていた。

 視線を向けることすら、できない。

 

「なら!その魔女を、早く殺せぇぇぇ!!」


 狂気的な殺意が、突き刺さる。

 

 ──ビクッ!!

 

 リリアーナの身体が、小さく跳ねた。

 

(やめて⋯⋯)

 

 耳を塞ぎたくなる。

 逃げ出したくなる。

 視界の端に、村人達の顔が映る。

 忌避、嫌悪、憎悪。

 そして──明確な殺意。

 その全てが、自分へ向けられている。


 存在の否定、否定、否定──

 今、目の前で浴びせられている言葉と、過去の声が重なる。 

  

(あ⋯⋯あ⋯⋯)

 

 胸が、締め付けられる。

 呼吸が浅くなる。

 心臓が早鐘のように鳴る。

 足に力が入らない。

 頭では分かっている。

 ──目の前の人間など、力でねじ伏せられる。

 それが出来ることも、分かっている。

 

(でも──できない)

 

 思考が、そこで止まる。

 浮かんだイメージが、別の記憶に塗り替えられる。

 

 村人達から隠れるような生活。

 

 ──「ごめんね、リリアーナ」

 

 謝罪の言葉を紡ぐ、悲しげな母の横顔。

 

 そして──森で見つけた、血まみれで倒れている、母の姿。 


 

(はっ⋯⋯はっ⋯⋯)


 呼吸がさらに浅くなる。

 鼓動が激しい。

 全身が、震える。


 気づけば──

 ユーリの服を、掴んでいた。

 ぎゅっと、離れないように。

 

 その小さな動きに、ユーリは何も言わない。

 ただ、一歩前に出る。

 リリアーナを、射殺す様などす黒い悪意から守るように。


 ユーリは、村長を一瞥した。

 そして──

 

「断る」


 迷いのない返答。


「なっ──」


 村長の顔が歪む。


「貴様、魔女の眷属かぁぁぁ!!」

「お前ら!あの二人を殺せ!!民を守る騎士だろうが!!」


 村人達から怒号が飛び交う。

 (おびただ)しい殺意が、一手にユーリへと集中する。

 しかし、ユーリは揺るがない。

 村人達に、低く重い言葉を放つ。


「やる気なら──相手になるぞ」


 その一言と同時に──

 空気が、震えた。

 見えない圧力が、場を覆う。


「っ⋯⋯!」


 村人だけではない。

 騎士達でさえ、思わず息を呑む。

 肌が粟立つ。

 本能が、警鐘を鳴らす。


(これが⋯⋯ユーリの⋯⋯)


 言葉にならない恐怖が、場を支配する。


 

 ──その時だった。


 ドォォォンッ!!


 遠くから、轟音が響いた。

 同時に──大地が、大きく揺れる。


「なっ⋯⋯何だ!?」


 騎士達が体勢を崩す。


「今のは⋯⋯!」


 リオが即座に村の方角へ視線を向ける。

 木々の隙間から、わずかに見えた──赤い、曲線。


「まさか⋯⋯」


 アルベルトが息を呑む。


「あ、あれは⋯⋯!」


 理解した瞬間、血の気が引いた。

 

 ──神獣の果実。

 村のすぐ近くに、落ちた。


「まずい⋯⋯このままだと村が──!」


 ──壊滅する。

 

 リオが即座に声を張る。


「緊急事態です!!」


 その声で、騎士達の意識が切り替わる。


「全員、村へ向かいなさい!村民の保護、及び避難誘導を最優先に!!」

「はっ!!」


 騎士達が一斉に動き出す。

 混乱と緊張の中、シャルロットは、一瞬だけユーリを見た。


 ユーリは動かない。

 神獣の果実を、一瞥すらしない。

 村人達はユーリの威圧に怯み、後ずさりする。

 やがて村人達は、村の救援という建前のもと、踵を返した。


(ユーリ⋯⋯)


 あの時ユーリが放った殺気──。

 初めて、ユーリが“怖い”と思った。

 

 ユーリが垣間見せた、見たことの無い一面に戸惑いつつ──シャルロットは後ろ髪を引かれる思いで、リオ達の背中を追った。

 ──その胸のざわめきを、秘めながら。

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