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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第7話
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破滅の魔女 Ⅲ

 リリアーナに導かれ、ユーリは森の奥を進んでいた。

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々の合間を、二人は無言で歩く。

 不思議と、魔獣の気配は近づいてこない。

 いや──正確には、近づけないのだろう。

 二人の異質な存在感が、魔獣達に対し本能的な『死』を察知させていた。


 やがて──木々が開ける。

 そこには、小さな木造の小屋が佇んでいた。

 魔獣が蔓延(はびこ)る森の中とは思えないほど、静かな場所だった。

 周囲には小さな花畑があり、裏手には木苺らしき赤い実が実っている。


「⋯⋯ここ」


 リリアーナが、小さく呟く。

 ユーリは周囲を見回した。


「一人で住んでるのか?」

「⋯⋯今は」


 一瞬だけ、沈黙。

 だがユーリは、それ以上聞かなかった。

 リリアーナは小屋の扉を開け、中へ入る。


「座って」


 促されるまま、ユーリは木椅子へ腰を下ろした。

 小屋の中は、綺麗に整頓されている。

 決して広くはないが、どこか温かみのある空間だった。

 リリアーナは、すぅっと滑るようにキッチンへ飛び、皿やお茶を用意していく。


「⋯⋯お家に来たの、あなたが初めて」


 そう言いながら、テーブルへ木苺のパイと紅茶を置いた。


 甘い香りが、ふわりと広がる。

 差し出された皿を受け取り、切り分けられた木苺のパイを一口食べた。


「⋯⋯うまいな」


 率直な感想だった。

 リリアーナが、ぴくりと肩を揺らす。

 そして──ほんの少しだけ、頬を染めて笑った。


「⋯⋯昔、お母さんに教えてもらったから」


 その笑みは、どこかぎこちない。

 あまり笑い慣れていないのだろう。


 小屋の中に、穏やかな静寂が流れる。

 やがて、リリアーナが小さく口を開いた。


「⋯⋯ユーリは、何しにこの森へ来たの?」


 ユーリは、フォークを置いた。


「知り合いの変態研究者に頼まれた」

「⋯⋯変態研究者?」

「変態研究者だ」


 即答だった。


「最近、この森周辺で魔獣被害が増えてるらしい。それの調査と討伐だ」


 リリアーナは、静かに視線を落とす。


「⋯⋯確かに、最近変」

「やっぱりか」


 ユーリは、森へ視線を向けた。


「この森、マナ濃度が異常に高い」

「⋯⋯ん」

「そのせいで魔力感知が鈍る。トレントに気づくのも少し遅れた」


 リリアーナも、小さく頷く。


「私も⋯⋯探知、しにくい」

「やっぱり違和感あるか」


 ユーリは短く息を吐いた。

 自然発生にしては、濃度が高すぎる。

 しかも、森全体に偏っている。

 何か原因があるはずだった。


「リリアーナ」


 名前を呼ばれ、リリアーナが顔を上げる。


「この森に詳しいんだろ」

「⋯⋯ん」

「原因を探る。協力してくれ」


 一瞬、リリアーナは固まった。


 頼まれた──人から。

 ──自分に。

 そんな事、今まで一度も無かった。

 人は、自分を恐れた。

 拒絶した。

 ──殺意を向けられた。


 なのに、この(ひと)は違う。

 怖がらない。

 拒絶しない。

 そして今──必要としてくれている。


 胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。


(⋯⋯あ)


 思い出した。

 これは──嬉しい、んだ。


「⋯⋯ん」

 

 気づけば、小さく頷いていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 シャルロットは、目の前の虚空へ意識を集中していた。

 周囲では、今なおトレント達が暴れ回っている。

 枝が唸り、根が地面を砕き、騎士達の怒号が飛び交う。

 だが──シャルロットは、そこへ意識を向けない。


「ギギギギッ!!」


 一体のトレントが、シャルロットへ枝腕を叩きつける。


 ──ガァンッ!!


「おっとぉ!!」


 アルベルトの棒が横から振り抜かれ、枝腕を弾き飛ばした。


「今はそっちに集中してていいぞ、シャルロット!」

「う、うん⋯⋯!」


 直後、別方向からトレントが迫る。


「──アサルガ」


 リオの水弾が、正確に幹を撃ち抜いた。


 ──ドォンッ!!


 崩れ落ちるトレント。

 シャルロットを中心に、アルベルトとリオが自然に防衛線を作っていた。

 その時、アルベルトがぽつりと呟く。


「⋯⋯なるほどね」

「何ですか?」


 リオが視線だけ向ける。


「ユーリが言ってた『後は任せた』って、こういう事か」


 シャルロットの修行のフォロー。

 恐らく、最初からあの黒衣の剣士は、この状況を見越していた。


 剣を封じ、戦場へ放り込む。

 自身で考えさせ、気づかせる。

 そして──実戦の中で、覚えさせる。


 無茶苦茶だ。

 だが、理に適っている。


「全く、あの人は⋯⋯」


 リオが、小さく呟いた。

 呆れたような声音。

 だが──その口元は、わずかに緩んでいた。


 ──一体、どこまで未来(さき)が見えているのだろうか。

 リオから見ても、ユーリという男は異質だった。

 アルヴィンとは、また違う。

 あちらが“知識”で世界を解く天才なら──

 ユーリは“戦場”そのものを読む天才なのだろう。


 戦場で人の才を見抜き、必要な課題を与え、最短距離で成長へ導く。

 不器用で、説明不足で、そして時に理不尽。

 それでも──不思議と、その在り方に目を奪われる。


「⋯⋯リオさんって、ひょっとして⋯⋯」


 ふと、アルベルトが何かに気づいたように呟く。


「⋯⋯何ですか?」


 瞬時に、リオの表情がいつもの冷静なものへ戻る。

 声音も、先程より一段低かった。


「いえ、何でもないです」


 アルベルトは即座に視線を逸らした。

 余計なことを言えば、水弾の一発くらい飛んできそうな気がした。


 一方──

 シャルロットは、完全に周囲の音を遮断していた。


(イメージは出来てる⋯⋯!)


 魔術のイメージ。

 脳内での術式構築も問題ない。

 だが──


(難しい⋯⋯!)


 空間へ放出した魔力が、維持できない。

 ふわりと霧散する。

 圧縮しようとしても、形が崩れる。

 固定しようとしても、すぐに揺らぐ。


 改めて理解する。

 これが──魔力制御。

 魔力を空間に置き、形を保ち、術式へ乗せる。

 魔導士達が当然のようにやっている事が、どれほど難しいのか。


 そして、その遥か先に──

 昨日、アルヴィンから聞いた言葉が脳裏を過る。


──「神威とは、魔力制御の極致だよ」


 ユーリが、アルヴィンが、そして神獣が扱う領域。

 自分が今苦戦している魔力の固定や圧縮を、さらに異常な精度で突き詰めた先にある力。


(こんな所で、止まっていられない⋯⋯!)


 シャルロットは、さらに意識を沈めていく。

 

 放出──

 維持──

 圧縮──

 維持──


 何度も、何度も。

 失敗しても、繰り返す。

 そして──


「⋯⋯!」


 空間に留まった、小さな、小さな光。

 シャルロットの掌の前に、淡い魔力弾が浮かんでいる。


「で⋯⋯出来た!ちっちゃいけど⋯⋯!」


 シャルロットの顔が、ぱっと明るくなる。


「おっ、マジか!」


 アルベルトが振り向いた。

 その瞬間。


「アルベルト、伏せて!!」

「へ?」


 咄嗟にアルベルトがしゃがむ。

 シャルロットが、震える手で魔力弾を撃ち出した。


「──アサルガッ!!」


 ──バシュッ!!


 小ぶりな魔力弾が、一直線に飛ぶ。

 直後──


 ──ドォンッ!!


 アルベルトの背後から迫っていたトレントの枝腕が、粉砕された。


「ギャァァァッ!!」


 トレントが悲鳴を上げる。

 シャルロットは、目を見開いた。


「やった⋯⋯!」


 確かに、自分の魔術だ。

 魔具を使わず、自分自身の力だけで発動した。

 リオが、小さく頷く。


「上出来です」


 だが、そのまま続けた。


「ですが、今のままだと発動に時間が掛かりすぎです」

「っ⋯⋯!」


 確かにその通りだった。

 実戦で使うには、遅い。

 発動もアルベルトとリオが自分を守ってくれていたからだ。


「後は反復練習です。イメージと同時に、魔術が発動するくらいが理想ですね」

「はいっ!!」


 シャルロットは、力強く頷いた。


 その後も──

 戦闘が終わるまで、シャルロットは、ひたすら魔力制御の訓練を続けるのだった。


 

  

 トレント討伐が終わった頃には、森は静けさを取り戻していた。

 折れた枝、(えぐ)れた地面、漂うマナの残滓。

 激戦の痕跡だけが、そこに残っている。


「はぁっ⋯⋯はぁ⋯⋯」


 シャルロットは、その場にへたり込んだ。

 全身に力が入らない。

 呼吸が重い。


「な、なにこれ⋯⋯」


 全身の倦怠感、疲労感。

 今まで感じた事のない感覚だった。


「体が⋯⋯重い⋯⋯」


 その様子を見たリオが、静かに口を開く。


「魔力枯渇ですね」

「魔力⋯⋯枯渇?」


 シャルロットが顔を上げる。


「魔術を使い続けた事で、体内の魔力が不足している状態です」


 リオは淡々と説明を続けた。


「魔力は、精神力そのもの。つまり今のあなたは、精神的にも消耗している状態です」

「精神力⋯⋯」


 言われてみれば納得だった。

 肉体的疲労とは違う。

 頭の奥がぼんやりするような、妙な脱力感。


「だから、疲労感や倦怠感が出るんです。酷い場合は、意識を失うこともあります」

「こ、怖っ⋯⋯」


 シャルロットが顔を引きつらせる。

 隣ではアルベルトが苦笑していた。


「最初はみんなそうなるよ。俺も昔、丸一日寝込んだ」

「えぇ⋯⋯」


 シャルロットはげんなりした表情になる。


「回復方法は、基本的には精神力の回復です」


 リオが続ける。


「睡眠、食事、休息。後は過度に魔力を使わないことですね」

「つまり、ちゃんと休めって事かぁ⋯⋯」


 シャルロットは、そのまま地面へ大の字になりそうになる。


 その時だった。


 ──ガサッ。


 森の奥から、複数の足音が聞こえた。

 アルベルトとリオの表情が変わる。

 騎士達も即座に警戒態勢へ入った。


「誰だ!」


 二番隊の騎士が声を張る。

 やがて、木々の隙間から数人の男達が姿を現した。

 粗末な麻布の服。

 手には農具や斧。

 武装というより、森で生活する人間の格好だった。

 その中央にいた初老の男が、一歩前へ出る。


「⋯⋯あんたら、王国の騎士か?」


 低い声、警戒と探るような視線。

 リオが、一歩前へ出た。


「ミッドガル王国四聖騎士団(クローバーナイツ)二番隊副隊長、リオ・マーリンです」


 簡潔な名乗り。

 男達の間に、ざわめきが走る。


「やっぱり⋯⋯騎士か」


 中央の男が、小さく息を吐いた。


「私は、この近くの集落の村長だ」


 村長は、無愛想な表情で周囲を見回した。

 森の戦闘跡を見つめ、そしてシャルロット達へ視線を移す。


「⋯⋯あんたらに、頼みたい事がある」

「頼み?」


 アルベルトが首を傾げる。

 村長は、重々しく頷いた。


「詳しい話は、村でする。ここじゃ落ち着かねぇ」


 その言葉に、シャルロットはふとアルヴィンの話を思い出す。


──「その森の奥に、古い風習を持った村があるんだけどね」


──「かなり排他的で、不用意に干渉すると厄介だから気をつけなよ」


 

(この村のこと⋯⋯?)


 シャルロットは、わずかに警戒心を強めた。

 リオとアルベルトも同じだったのだろう。

 視線は冷静に村人達を観察している。


「⋯⋯リオさん、どうする?」


 アルベルトが小声で問う。

 リオは少し考え、そして周囲の森へ視線を向ける。


「あのトレントの異常な数⋯⋯その原因について、何か知ってる可能性はありますね」

「⋯⋯だな」


 アルベルトが頷く。

 シャルロットも、小さく立ち上がった。


「分かりました。村までの案内、よろしくお願いします」

「⋯⋯ついて来い」


 そう言って、森の奥へ歩き出す。

 シャルロット達は互いに視線を交わしながらも、その後を追うのだった。

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