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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第7話
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22/33

破滅の魔女 Ⅱ

 少女が名乗った瞬間、森に静寂が落ちた。

 湿った風が、銀色の髪をわずかに揺らす。

 紫水晶の瞳は、警戒するようにユーリを見つめていた。

 逃げるでもない。

 だが、近づいてくる様子もない。

 一定の距離を保ったまま、じっと様子を窺っている。

 そんな少女を見ながら、ユーリは静かに口を開いた。


「さっきの魔術、魔力特性か」

「⋯⋯!」


 リリアーナの目が、わずかに揺れる。

 普通なら、怯える。

 あるいは警戒する。

 だが、ユーリの声音には恐怖も嫌悪も無かった。

 ただ事実を確認しただけ。


「重力系統か。珍しいな」


 それだけ言って、ユーリは周囲へ視線を巡らせた。

 まだ微かに残っているトレントの気配を探っているのだろう。

 リリアーナは、小さく目を見開く。


(⋯⋯何で)


 こんな反応をされると思わなかった。

 もっと警戒されると思っていた。

 力を見た瞬間、距離を取られると。

 ──いつものように。


 だが、目の前の男は違う。

 まるで特別な事ではないかのように、平然としていた。


「⋯⋯あなた、怖くないの?」


 気づけば、そんな言葉が漏れていた。


「何がだ」

「私の力」


 その瞬間、周囲の空気がわずかに軋む。

 無意識だった。

 感情に反応して、重力が漏れ出している。

 地面へ細かな亀裂が走った。

 しかし──ユーリは眉一つ動かさない。


「別に」


 あまりにもあっさりした返答だった。

 リリアーナは、言葉を失った。

 今まで出会った人間とは、何もかも反応が違う。

 恐れない。

 拒絶しない。

 気味悪がらない。


 むしろ──


「あの規模の空間干渉の魔術は、魔力制御が桁違いに難しいはずだ」 


 ユーリは、淡々と続ける。


「かなり優秀な魔導士だ、とは思った」

「──っ」


 リリアーナの瞳が揺れる。

 褒められた。

 初めてだった。

 この力を見て、そんな言葉を向けられた事など無い。


「⋯⋯おかしい」


 小さく呟く。


「何がだ」

「⋯⋯あなたが」


 リリアーナは、じっとユーリを見つめた。


「普通じゃない」

「神を殺すんだ。普通でいられるか」


 ユーリが平然と返す。

 一瞬だけ、リリアーナが呆気に取られた。


 そして──。


「⋯⋯ふふ」


 ほんのわずか。

 小さな笑みが零れた。


「⋯⋯ついてきて」

「ん?」

「⋯⋯木苺のパイ、作ったから」


 リリアーナの体がふわっと浮く。

 重力を操作して、浮遊させているようだ。


「便利だな」

「⋯⋯ん」


 ユーリの軽い感想に、リリアーナは頬を染めて小さく頷いた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ──その頃。

 シャルロット達も、トレントの群れに囲まれていた。


「ギギギギギッ!!」


 不快な軋み音を立てながら、木々が動き出す。

 周囲の樹木に紛れていたトレント達が、一斉にその姿を現した。


「数、多くない!?」


 シャルロットが思わず声を上げる。

 だが、そんな彼女とは対照的に、二番隊の騎士達は冷静だった。


「前衛、迎撃!!」

「後衛、前衛の動きに合わせて援護!」


 騎士達が連携しながらトレントへ斬り掛かる。

 アルベルトも棒を振るい、次々と魔獣を吹き飛ばしていた。


「はぁっ!!」


 ──ドゴォッ!!


 重い一撃が、トレントの幹を粉砕する。

 だが、シャルロットだけは動けなかった。


(剣を使うなって言われても⋯⋯どうすればいいの!?)


 腰のレイピアへ手を伸ばしかけ──止める。

 ユーリの言葉が脳裏を過った。


──「今回の戦闘では、剣を使うな」


 理由は説明されていない。

 だが、あの人が意味も無くそんな事を言うはずがない。


(でも、じゃあ何を⋯⋯)


 考える──。

 その間にも、トレント達は襲い掛かってくる。


「っ!!」


 シャルロットは、咄嗟(とっさ)に後方へ跳んだ。


 ──ブォンッ!!


 巨大な枝腕が、先程まで彼女のいた場所を薙ぎ払う。


(魔力感知⋯⋯!)


 慌てて意識を集中する。

 森中に漂うマナの流れ。

 魔力を宿すトレント達の位置が、感覚として脳裏へ流れ込んでくる。


 右──後ろ──左上──


 次々と迫る攻撃を、シャルロットは回避し続けた。


「はぁっ⋯⋯!」


 枝をかわす。

 根を飛び越える。

 幹の突進を横へ転がって避ける。


 まるで嵐の中を走っているようだった。


 一方──

 リオが手をかざす。

 直後、前方に無数の水弾が発射された。


「──アサルガ」

 

 ──バシュゥゥゥッ!!


 高速で放たれた水弾が、遠方のトレント達を次々と撃ち抜く。


「ギャァァァァッ!!」


 幹へ風穴が空き、魔獣達が崩れ落ちた。


(あ、あれが⋯⋯アサルガ!?)


 シャルロットが目を見張る。 

 アサルガ──魔力を弾丸の様に圧縮し発射する、基礎攻撃魔術。

 騎士学校で何度も見てきたそれとは、形状も威力も違っていた。

 魔力の弾丸ではなく、どう見ても水の弾丸である。


 だが、リオの攻撃はそれだけでは終わらない。

 一体のトレントが背後から接近した瞬間、リオは静かに短剣を抜いた。

 その刃へ、水が絡み付く。


 ──ギュゥゥゥッ。


 圧縮された水が、刃の形を変えていく。

 やがて短剣の周囲へ、鋭利な水刃が形成された。


 リオが、一閃。


 ──ズバァァッ!!


 巨大なトレントの胴体が、滑るように両断された。


「す、凄い⋯⋯」


 思わず、シャルロットは呟く。

 遠距離では水弾。

 接近されれば水刃による斬撃。

 まるで隙が無い。

 

 シャルロットは、枝を回避しながら叫んだ。


「リオさん!それって、魔力特性ですか!?」

「はい」


 リオは、淡々と頷く。


「私の魔力特性は『水源』です」

「水源⋯⋯」


 シャルロットは、息を呑む。


 魔力特性──天性の素質。

 ユーリが言っていた、“気づく事”が重要な力。

 リオはアサルガに『水源』を付与させていたのだ。


(じゃあ今回の課題って⋯⋯)


 ユーリが、自分に求めているもの。


(魔力特性を使えるようになれって事⋯⋯?)


 だが、違和感があった。

 ユーリは言っていた。

 

──『魔力特性は、生まれ持った素質だ』

──『気づく事、それ自体が才能』


 なら、剣を使うなという指示と結びつかない。


(違う⋯⋯?)


 考える──考える── 

 ──しかし、答えが見えない。


 その瞬間、魔力感知が一瞬遅れた。


「っ!?」


 背後から、巨大な枝腕が迫る。


「しま──」


 避けられない。

 そう思った瞬間。


「──アサルガ」


 ──ドォンッ!!


 圧縮された水弾が炸裂し、トレントの幹を吹き飛ばした。


「ギャァァッ!!」


 トレントが崩れ落ちる。


 リオがシャルロットへと歩み寄る。


「戦闘中に考え込み過ぎです」


 淡々とした声音。

 だが、その視線はわずかに鋭い。


「す、すみません⋯⋯」


 シャルロットが慌てて頭を下げる。

 ──その時だった。


(⋯⋯待って)


 不意に、シャルロットの思考が止まる。

 今の魔術──

 リオが使ったのは、基礎攻撃魔術『アサルガ』。

 騎士学校でも習った魔術だ。

 だが──


(魔具を使ってない⋯⋯?)


 シャルロットは、目を見開いた。

 

 リオの手元から魔術が放射されている。

 だが、その手には魔具らしき物が無い。


 アルベルトも同じだ。

 魔具を全く使っていない。

 それでも当然のように魔術を発動している。


「⋯⋯あ」


 そこで、ようやく気づく。

 剣を使わない。

 つまり──


(魔術を使えって事⋯⋯!?)


 シャルロットは、はっと顔を上げた。

 騎士学校で、基礎魔術は学んだ。

 基礎回復魔術──ヒルリア。

 基礎防御魔術──ウォルス。

 基礎攻撃魔術──アサルガ。


 だが、それは全て魔具を介した発動だった。

 自分の魔力だけで魔術を発動した事など一度も無い。


 シャルロットは、意を決して叫ぶ。


「リオさん!アルベルト!!」


 二人が同時にシャルロットへ視線を向ける。


「魔具を使わずに魔術を発動する方法──教えてください!!」


 シャルロットの叫びに、アルベルトが真っ先に反応した。


「よし、任せろ!」

「ほんと!?」

「ああ!まず魔力をこう、ぐわーっと集めるだろ?」

「ぐ、ぐわー?」

「それを前に出して、ドンッ!だ!」

「全然分からない!!」


 シャルロットが即座に叫ぶ。

 アルベルトは本気だった。

 だが、あまりにも感覚派だった。


「アルベルトさんは、講師には向いていませんね」


 リオが淡々と言った。


「え⋯⋯」


 固まるアルベルトを放置し、リオはシャルロットへ向き直る。


「騎士学校で、“魔術のいろは”は学んでいますね?」

「はい。魔力は精神力。魔術はイメージ。魔術は、思い次第で強くも弱くもなる。そして、イメージが定まらなければ、魔術は発動しない──です」

「結構です」


 リオは頷く。


「では、アサルガを発動する場合、まず何をイメージしますか?」

「魔力の弾丸を撃ち出すこと、です」

「正解です。ですが、それだけでは足りません」


 リオが手をかざす。


「次に必要なのは、魔力を空間に“置く”こと」

「空間に⋯⋯置く?」


 その言葉に、シャルロットの目が見開かれる。


「武器へ魔力を置く感覚の応用です。あなたは既に、それを習得しているはずです」

「あっ⋯⋯」


 脳裏に、ユーリとの修行が蘇る。


 魔力を流すのではない。

 そこにあると決める。

 剣に、最初から魔力が宿っているとイメージする。


「それを、今度は武器ではなく空間上で行います」


 リオの掌の前に、淡い光が集まる。


「そして最後に、脳内でアサルガの術式を構築します。術式は騎士学校で学んでますね?」

「は、はい!」


 座学で、術式の構築はノートに何度も書いて反復練習し、頭に叩き込んである。

 

「魔術のイメージ、空間への魔力制御、そして術式構築──この三つを同時に成立させるんです」


 リオの手元に、水を纏った魔力弾が形成される。


「これが、魔術発動の基本構造です」

「三つを⋯⋯同時に」


 シャルロットは息を呑む。

 基礎の応用──それを実戦の中で、魔具に頼らず、自分の魔力だけで成立させる。

 その難しさを、今ようやく理解した。


「では実践です。アサルガを思い描いてください」

「はい⋯⋯!」


 シャルロットは小さく頷くと、手を虚空へとかざした──。

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