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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第7話
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破滅の魔女

 朝食を終えた後、ユーリ達は再び魔導科学研究所を訪れていた。

 研究所内は、朝から慌ただしい。

 廊下では研究員達が大量の資料を抱えて走り回り、至る場所で実験音が響いている。

 奥の方からは時折、不穏な爆発音まで聞こえてきた。


「おはようございます」


 落ち着いた声に振り向くと、手に資料を抱えたリオが出迎えた。


「おはようございます、リオさん」

「昨日の宿は如何でしたか?」

「あ、はい。すごく綺麗でした」


 シャルロットが少し苦笑する。


「部屋も料理も豪華で⋯⋯正直、ちょっと緊張しました」

「それは何よりです」


 リオは静かに頷いた。

 すると、奥のラボの扉が勢いよく開く。


「やぁ諸君!!実に素晴らしい朝だね!!」


 現れたのはアルヴィンだった。

 何故かローブの裾が焦げている。


「また爆発させたんですね」

「実験に爆発は付き物だからね!」

「そんな常識はありません」


 リオの即答に、アルヴィンは楽しそうに笑った。


「さて、それより本題だ」


 アルヴィンがパン、と手を叩く。


「昨日、宿を取ってあげた上に夕食も朝食もご馳走したんだ。そろそろ働いてもらおうかなと思ってね」

「最初からそのつもりだったんですね!?」


 アルベルトが思わずツッコむ。


「もちろん!」


 アルヴィンは爽やかに言い切った。


「どうりで待遇良すぎると思ったんだよなぁ⋯⋯」

「タダほど高いものはない、という教訓だね!」


 項垂(うなだ)れるアルベルトの姿に、アルヴィンは笑った。


「所長が言わないでください」

 

 リオが即座にツッコむ。

 そして──

 

「で、用件は?」


 それらを全て切り捨てて、話を進めるユーリの姿に、シャルロットは苦笑いした。

 

 アルヴィンに促され、リオが机に資料を広げる。

 王都『ヘイムダル』近郊の地図のようだ。


「王都南西部に位置する森林地帯にて、魔獣出現数の増加が確認されています」


 その言葉に、空気が少しだけ引き締まる。


「現地調査と討伐を兼ねて、二番隊が出動予定です。皆さんには、その同行をお願いしたいのです」

「なるほど」


 アルベルトが腕を組む。


「ま、断る理由はないよな!」

「うんうん!それじゃあ、よろしく頼むよ」


 アルヴィンが満足そうに笑うと、手を振った。


「あれ?アルヴィンさんは、行かないんですか?」

「うん。研究や実験で忙しいからね」

「趣味と嗜好の間違いでは?」


 アルヴィンの回答に、リオが再び物申す。

 アルヴィンは気にする様子もなく、言葉を続ける。


「そんな心配しなくても、二番隊の先導はリオがやるから安心しなよ」

「よろしくお願いします」


 リオが小さく頭を下げた。


「あ、それから──」


 出発しようとする一行を引き止め、アルヴィンがひとつの忠告を出す。

 その内容を聞いたシャルロットとアルベルトは、顔を引きつらせた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 王都から南西へ進んだ先。

 そこには、広大な森林地帯が広がっていた。

 高く生い茂る木々、薄暗い森の奥。

 湿った空気と、漂う魔獣の気配。

 ──深淵の森『リントヴルム』。


 二番隊の騎士達が、周囲を警戒しながら森を進んでいく。


「この辺り一帯で、魔獣被害が増えています」


 リオが地図を確認しながら言った。


「最近は群れ単位での行動も確認されており、周辺村落から救援要請も来ています」

「結構危険そうだな」


 アルベルトが周囲を見回す。


「はい。警戒は怠らないでください」


 リオの声音は、相変わらず冷静だった。

 その時──


「シャル」


 不意に、ユーリが口を開く。


「え?」


 シャルロットが振り向く。


「今回の戦闘では、剣を使うな」

「⋯⋯へ?」


 一瞬、意味が理解できなかった。


「え、ちょっと待って!?剣を使うなってどういう事!?」

「そのままの意味だ」


 ユーリは淡々と答える。


「いや、いつもの事だけど、説明少なすぎるよ!?」


 思わず声を上げるシャルロット。

 だが、ユーリは意に介さない。


「アル、リオ」

「何だい?」「はい」


 二人は同時に返事をする。

 

「俺は、少し外す。後は任せた」


 それだけ告げると、ユーリは森の奥へ視線を向けた。


「え、ちょっ──」


 止める間もなく、黒衣の背中は木々の奥へ消えていった。


「行っちゃった⋯⋯」


 シャルロットが呆然と呟く。

 

 しばらくの沈黙の後、シャルロットは困ったようにアルベルトとリオを見た。


「⋯⋯えっと、どうしよう?」

「まぁ、やるしかないんじゃない?」


 アルベルトが苦笑いして答える。

 そうは言うが、剣を使わずにどうやって戦えと言うのか。

 相変わらずユーリは何も説明してくれなかった。

 しかし、アルベルトの言う通り、やるしかない。

 これも強くなる為の試練なのだから。


「それでは、始めましょうか」


 淡々とした口調で、リオは騎士に指示を出し、進軍を開始した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 一方その頃。

 ユーリは、森の奥を一人歩いていた。

 脳裏に浮かぶのは、出発前にアルヴィンが言い放った言葉。


──「その森の奥に、古い風習を持った村があるんだけどね」


 机に広げた地図を指差しながら、アルヴィンは続ける。


──「かなり排他的で、不用意に干渉すると厄介だから気をつけなよ」


 軽い口調だったが、その目だけは少し真剣だった。


──「それと、前に偶然そこへ迷い込んだ僕の部下から聞いた話なんだけど」


 アルヴィンは、森の最奥部を指差した。


──「その村の村長が言ってたらしいんだ。『森の奥に住む“破滅の魔女”を殺さなければ』ってね」


 

 不意に、ユーリが足を止めた。

 ──静かすぎる。

 風の音も、鳥の(さえず)りも無い。

 あるのは、湿った空気と、濃密なマナの気配だけ。


(囲まれているな)


 ユーリは、静かに周囲へ視線を巡らせた。

 木々の隙間に、地面へ伸びる無数の根、不自然に膨らんだ樹皮、それらが、ゆっくりと(うごめ)く。


 ──トレント。

 樹木型の魔獣。

 森林地帯に擬態し、獲物を待ち伏せる厄介な存在だ。

 加えて、この森はマナ濃度が高い。

 周囲の木々そのものが、奴らの隠れ蓑になっている。

 気づけば、ユーリの周囲は(おびただ)しい数のトレントに包囲されていた。


 ギチ──ギチギチ。


 木が(きし)むような不快音が響く。

 巨大な枝腕が、ゆっくりと持ち上がった。

 次の瞬間、一斉に襲い掛かってきた。


 だが──ユーリは微動だにしない。

 静かに、腰の黒刀へ手を掛ける。

 空気が張り詰めた。

 その時──


 ドオォォォォンッ!!


 突如、凄まじい重圧が森へ叩き落とされた。


「──!?」


 次の瞬間、トレントの群れの半数が、地面へ押し潰される。

 巨木の肉体が、嫌な音を立てて砕けた。

 枝が折れ、幹が潰れ、地面へ沈み込む。


「ギャァァァァァッ!!」


 断末魔が森へ響いた。

 流石のユーリも、わずかに目を見開く。


(今のは⋯⋯)


 魔術──しかも、かなり高密度の魔力制御。

 ユーリは、魔力感知を広げる。

 その先に、一人の少女が立っていた。


 長い銀髪、透き通るような白い肌。

 そして、感情を感じさせない紫水晶の瞳。

 少女は片手を前へ突き出したまま、静かに魔力を放出している。

 周囲の空間そのものが、重く軋んでいた。


(あれが、『破滅の魔女』⋯⋯?)


 ふと、そんな考えが脳裏を過る。

 だが次の瞬間、ユーリは小さく自嘲した。


(⋯⋯らしくないな)


 根拠も無く、噂を鵜呑みにするなど。


 その間にも、残ったトレント達が標的を変える。


「ギギ──ッ!!」


 無数の枝腕が、一斉に少女へ向いた。

 地面を砕きながら、トレントの群れが少女へ殺到する。

 しかし少女は、顔色一つ変えない。

 再び魔術を放とうと、静かに手を掲げる。

 ──その瞬間。


 黒い閃光が、森を駆け抜けた。


 ──ズバァァァァァッ!!


 トレントの群れが、一瞬のうちに崩れ落ちる。

 巨大な幹が滑るように断ち切られ、無数の断面が宙を舞った。

 遅れて、木々がバラバラに崩壊する。


「⋯⋯え」


 少女が、初めて目を見開いた。

 その視線の先。

 いつの間にか、ユーリが少女の前へ立っていた。

 黒刀を鞘へ納める。


 ──チン。


 静かな鍔鳴りが、森へ響いた。

 ユーリは、淡々と口を開く。


「これでおあいこだ」


 少女は、しばらく呆然とユーリを見つめていた。

 やがて、警戒するようにわずかに目を細める。


「⋯⋯あなたは、誰?」

「ユーリだ。お前は?」


 一瞬だけ、戸惑うように、少女は沈黙した。


 そして──。


「⋯⋯リリアーナ」


 静かな声が、森の奥へ溶けていった。

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