破滅の魔女
朝食を終えた後、ユーリ達は再び魔導科学研究所を訪れていた。
研究所内は、朝から慌ただしい。
廊下では研究員達が大量の資料を抱えて走り回り、至る場所で実験音が響いている。
奥の方からは時折、不穏な爆発音まで聞こえてきた。
「おはようございます」
落ち着いた声に振り向くと、手に資料を抱えたリオが出迎えた。
「おはようございます、リオさん」
「昨日の宿は如何でしたか?」
「あ、はい。すごく綺麗でした」
シャルロットが少し苦笑する。
「部屋も料理も豪華で⋯⋯正直、ちょっと緊張しました」
「それは何よりです」
リオは静かに頷いた。
すると、奥のラボの扉が勢いよく開く。
「やぁ諸君!!実に素晴らしい朝だね!!」
現れたのはアルヴィンだった。
何故かローブの裾が焦げている。
「また爆発させたんですね」
「実験に爆発は付き物だからね!」
「そんな常識はありません」
リオの即答に、アルヴィンは楽しそうに笑った。
「さて、それより本題だ」
アルヴィンがパン、と手を叩く。
「昨日、宿を取ってあげた上に夕食も朝食もご馳走したんだ。そろそろ働いてもらおうかなと思ってね」
「最初からそのつもりだったんですね!?」
アルベルトが思わずツッコむ。
「もちろん!」
アルヴィンは爽やかに言い切った。
「どうりで待遇良すぎると思ったんだよなぁ⋯⋯」
「タダほど高いものはない、という教訓だね!」
項垂れるアルベルトの姿に、アルヴィンは笑った。
「所長が言わないでください」
リオが即座にツッコむ。
そして──
「で、用件は?」
それらを全て切り捨てて、話を進めるユーリの姿に、シャルロットは苦笑いした。
アルヴィンに促され、リオが机に資料を広げる。
王都『ヘイムダル』近郊の地図のようだ。
「王都南西部に位置する森林地帯にて、魔獣出現数の増加が確認されています」
その言葉に、空気が少しだけ引き締まる。
「現地調査と討伐を兼ねて、二番隊が出動予定です。皆さんには、その同行をお願いしたいのです」
「なるほど」
アルベルトが腕を組む。
「ま、断る理由はないよな!」
「うんうん!それじゃあ、よろしく頼むよ」
アルヴィンが満足そうに笑うと、手を振った。
「あれ?アルヴィンさんは、行かないんですか?」
「うん。研究や実験で忙しいからね」
「趣味と嗜好の間違いでは?」
アルヴィンの回答に、リオが再び物申す。
アルヴィンは気にする様子もなく、言葉を続ける。
「そんな心配しなくても、二番隊の先導はリオがやるから安心しなよ」
「よろしくお願いします」
リオが小さく頭を下げた。
「あ、それから──」
出発しようとする一行を引き止め、アルヴィンがひとつの忠告を出す。
その内容を聞いたシャルロットとアルベルトは、顔を引きつらせた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王都から南西へ進んだ先。
そこには、広大な森林地帯が広がっていた。
高く生い茂る木々、薄暗い森の奥。
湿った空気と、漂う魔獣の気配。
──深淵の森『リントヴルム』。
二番隊の騎士達が、周囲を警戒しながら森を進んでいく。
「この辺り一帯で、魔獣被害が増えています」
リオが地図を確認しながら言った。
「最近は群れ単位での行動も確認されており、周辺村落から救援要請も来ています」
「結構危険そうだな」
アルベルトが周囲を見回す。
「はい。警戒は怠らないでください」
リオの声音は、相変わらず冷静だった。
その時──
「シャル」
不意に、ユーリが口を開く。
「え?」
シャルロットが振り向く。
「今回の戦闘では、剣を使うな」
「⋯⋯へ?」
一瞬、意味が理解できなかった。
「え、ちょっと待って!?剣を使うなってどういう事!?」
「そのままの意味だ」
ユーリは淡々と答える。
「いや、いつもの事だけど、説明少なすぎるよ!?」
思わず声を上げるシャルロット。
だが、ユーリは意に介さない。
「アル、リオ」
「何だい?」「はい」
二人は同時に返事をする。
「俺は、少し外す。後は任せた」
それだけ告げると、ユーリは森の奥へ視線を向けた。
「え、ちょっ──」
止める間もなく、黒衣の背中は木々の奥へ消えていった。
「行っちゃった⋯⋯」
シャルロットが呆然と呟く。
しばらくの沈黙の後、シャルロットは困ったようにアルベルトとリオを見た。
「⋯⋯えっと、どうしよう?」
「まぁ、やるしかないんじゃない?」
アルベルトが苦笑いして答える。
そうは言うが、剣を使わずにどうやって戦えと言うのか。
相変わらずユーリは何も説明してくれなかった。
しかし、アルベルトの言う通り、やるしかない。
これも強くなる為の試練なのだから。
「それでは、始めましょうか」
淡々とした口調で、リオは騎士に指示を出し、進軍を開始した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方その頃。
ユーリは、森の奥を一人歩いていた。
脳裏に浮かぶのは、出発前にアルヴィンが言い放った言葉。
──「その森の奥に、古い風習を持った村があるんだけどね」
机に広げた地図を指差しながら、アルヴィンは続ける。
──「かなり排他的で、不用意に干渉すると厄介だから気をつけなよ」
軽い口調だったが、その目だけは少し真剣だった。
──「それと、前に偶然そこへ迷い込んだ僕の部下から聞いた話なんだけど」
アルヴィンは、森の最奥部を指差した。
──「その村の村長が言ってたらしいんだ。『森の奥に住む“破滅の魔女”を殺さなければ』ってね」
不意に、ユーリが足を止めた。
──静かすぎる。
風の音も、鳥の囀りも無い。
あるのは、湿った空気と、濃密なマナの気配だけ。
(囲まれているな)
ユーリは、静かに周囲へ視線を巡らせた。
木々の隙間に、地面へ伸びる無数の根、不自然に膨らんだ樹皮、それらが、ゆっくりと蠢く。
──トレント。
樹木型の魔獣。
森林地帯に擬態し、獲物を待ち伏せる厄介な存在だ。
加えて、この森はマナ濃度が高い。
周囲の木々そのものが、奴らの隠れ蓑になっている。
気づけば、ユーリの周囲は夥しい数のトレントに包囲されていた。
ギチ──ギチギチ。
木が軋むような不快音が響く。
巨大な枝腕が、ゆっくりと持ち上がった。
次の瞬間、一斉に襲い掛かってきた。
だが──ユーリは微動だにしない。
静かに、腰の黒刀へ手を掛ける。
空気が張り詰めた。
その時──
ドオォォォォンッ!!
突如、凄まじい重圧が森へ叩き落とされた。
「──!?」
次の瞬間、トレントの群れの半数が、地面へ押し潰される。
巨木の肉体が、嫌な音を立てて砕けた。
枝が折れ、幹が潰れ、地面へ沈み込む。
「ギャァァァァァッ!!」
断末魔が森へ響いた。
流石のユーリも、わずかに目を見開く。
(今のは⋯⋯)
魔術──しかも、かなり高密度の魔力制御。
ユーリは、魔力感知を広げる。
その先に、一人の少女が立っていた。
長い銀髪、透き通るような白い肌。
そして、感情を感じさせない紫水晶の瞳。
少女は片手を前へ突き出したまま、静かに魔力を放出している。
周囲の空間そのものが、重く軋んでいた。
(あれが、『破滅の魔女』⋯⋯?)
ふと、そんな考えが脳裏を過る。
だが次の瞬間、ユーリは小さく自嘲した。
(⋯⋯らしくないな)
根拠も無く、噂を鵜呑みにするなど。
その間にも、残ったトレント達が標的を変える。
「ギギ──ッ!!」
無数の枝腕が、一斉に少女へ向いた。
地面を砕きながら、トレントの群れが少女へ殺到する。
しかし少女は、顔色一つ変えない。
再び魔術を放とうと、静かに手を掲げる。
──その瞬間。
黒い閃光が、森を駆け抜けた。
──ズバァァァァァッ!!
トレントの群れが、一瞬のうちに崩れ落ちる。
巨大な幹が滑るように断ち切られ、無数の断面が宙を舞った。
遅れて、木々がバラバラに崩壊する。
「⋯⋯え」
少女が、初めて目を見開いた。
その視線の先。
いつの間にか、ユーリが少女の前へ立っていた。
黒刀を鞘へ納める。
──チン。
静かな鍔鳴りが、森へ響いた。
ユーリは、淡々と口を開く。
「これでおあいこだ」
少女は、しばらく呆然とユーリを見つめていた。
やがて、警戒するようにわずかに目を細める。
「⋯⋯あなたは、誰?」
「ユーリだ。お前は?」
一瞬だけ、戸惑うように、少女は沈黙した。
そして──。
「⋯⋯リリアーナ」
静かな声が、森の奥へ溶けていった。




