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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第6話
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弑神の騎士 IV

 その言葉が落ちた瞬間、研究室の空気が凍った。


「か⋯⋯神?」


 シャルロットが、呆然と呟く。

 アルベルトも、信じられないものを見るような顔をしていた。


「ま、待ってくれ⋯⋯神って⋯⋯あの神か?」

「他に何があるんだい?」


 アルヴィンが、当然のように返す。


「世界樹ユグドラシル上層域に住まう存在──それが『神』だよ」


 あまりにも自然に告げられたその言葉に、シャルロットの思考が追いつかない。


 神──神話や伝承の中にしか存在しないと思っていたもの。

 人々が祈りを捧げる、遥か遠い存在。

 それが──実在する。


「じゃ、じゃあ⋯⋯今までの神獣って⋯⋯」


 シャルロットの声が震える。


「神が地上へ落とした果実から生まれた、尖兵に過ぎないのさ」


 アルヴィンが、淡々と告げた。


「本当の脅威は、遥かその上にいる」


 術式図を再び形成し、説明する。

 世界樹ユグドラシルが更に上空へ伸びていく。

 雲を突き抜け、空の果てへ。


「ユグドラシル上層域──神の国『アースガルド』と呼ばれている場所だ」


 シャルロットは、息を呑む。

 世界樹の上──そこに、神々が存在している。


「人類の敵は神獣──世界中の誰もがそう思っている。⋯⋯だが実際は違う」


 アルヴィンの声が、静かに響く。


「神こそが、人類の真の敵なんだ」

「⋯⋯そ、そんな⋯⋯」


 シャルロットの顔が青ざめる。


 今まで命懸けで戦ってきた神獣。

 あれですら、本隊ではない。

 その事実は、あまりにも重かった。



 ──研究室が静まり返る。


 その沈黙の中で、シャルロットは、ゆっくりとユーリへ視線を向けた。

 彼は、微動だにしない。

 まるで、最初から全部知っていたように。


「⋯⋯ユーリ」


 シャルロットが、小さく名前を呼ぶ。


「何だ?」

「ユーリの旅って⋯⋯」


 そこで、一度言葉が詰まる。

 だが、それでも聞いておきたかった。


「旅の目的って⋯⋯何なの?」


 研究室の視線が、静かにユーリへ集まる。

 彼は数秒だけ沈黙し──やがて、淡々と口を開いた。


「目的地は、世界樹ユグドラシル」


 その瞬間、空気が変わった。


「その頂上だ」


 静かな声だった。

 だが、その言葉には、絶対に揺るがない意志があった。


「そこにいる、“全ての元凶”を殺すために」


 シャルロットの鼓動が、大きく跳ねる。


「元凶⋯⋯?」


 ユーリの瞳が、静かに闘志に燃えている気がした。


「神の軍団を統べる者──『神帝』」


 研究室の空気が、張り詰めた。

 ──神を殺す。

 しかも、その頂点を。

 そんなもの、正気の沙汰じゃない。

 だが──


「⋯⋯それが、俺の旅の目的だ」


 ユーリは、あまりにも自然に言い切った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ──翌朝。

 柔らかな陽光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。


「ん⋯⋯」


 シャルロットは、ゆっくりと目を開ける。

 身体を起こした瞬間、ふかふかの感触が背中を包み込んだ。


「⋯⋯あ」


 昨日泊まったのが高級宿だった事を思い出す。

 しかも一人一室だ。

 室内にはキングサイズのベッド。

 いまだかつて泊まったことのないほどの広い部屋。

 正直、少し落ち着かない。


 ぼんやりと天井を見上げて、昨日の事を思い返す。

 神威のこと、父のこと、神という存在のこと。

 そして──


──「そこにいる、“全ての元凶”を殺すために」


 ユーリの言葉が、脳裏に蘇る。


「⋯⋯神帝」


 小さく呟く。

 未だに実感が湧かない。

 神なんて、昨日まで伝承の中の存在だった。

 それが実在していて、しかもユーリは、その頂点を殺そうとしている。


(情報量、多すぎるよぉ⋯⋯)


 シャルロットは、ぱたりと再びベッドへ倒れ込んだ。

 父が四聖騎士団(クローバーナイツ)の副隊長だった事も衝撃だった。

 神威を扱えていたこと。

 クレメントが次期隊長に推すほどの騎士だったこと──。

 そんな父を殺したのが──『神』。

 頭の中が、まだ整理しきれていない。


 ゆっくり身体を起こす。

 昨日、ユーリの旅の目的を聞いた時、怖いと思った。

 あまりにも危険で、壮大で。

 だけど同時に──


(やっぱり、凄い)


 とも思ってしまった。


 神帝を殺す──。

 そんな途方もない目的へ、本気で辿り着こうとしている。

 あの人は、ずっと一人で。


 シャルロットは、静かに胸元を押さえた。


(⋯⋯もっと、知りたい)


 ユーリの事を。

 彼が進もうとしている世界を。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 着替えを済ませ、部屋を出る。

 廊下は静かだった。

 階段を降り、一階の食堂へ向かう。


「起きたか」


 既に、ユーリが席についていた。


「あ⋯⋯おはよう」


 窓際の席、朝日に照らされながら、紅茶を飲んでいる。

 相変わらず、朝から妙に落ち着いていた。


 シャルロットは向かいへ座る。


「アルベルトはまだ寝てるの?部屋にいるみたいだけど」

「ああ。流石に疲れたんだろう。眠らせてやれ」

「そうだね⋯⋯」


 少しだけ沈黙が落ちる。

 シャルロットは、テーブルへ視線を落としながら、ユーリへと話しかける。


「ねえ、ユーリ」

「何だ」


 ユーリが、静かに視線を向ける。


「ユーリって⋯⋯いつから旅してるの?」


 その問いに、ユーリは少しだけ考え──


「八年前からだ」


 短く答えた。


「八年!?」


 シャルロットが思わず声を上げる。


「そんなに!?」

「ああ」

「ゆ、ユグドラシルって、そんなに遠いの⋯⋯?」


 すると、ユーリは静かに首を横へ振った。


「いや。ユグドラシル自体には、もう何度も到達している」

「⋯⋯え?」


 シャルロットが固まる。


「じゃ、じゃあ何で⋯⋯」

「頂上への行き方が分からない」


 あまりにも予想外の答えだった。


「分からない⋯⋯?」

「ユグドラシルの頂上、アースガルドへの行き方がな」


 ユーリは淡々と続ける。


「地上から見えているのは、ほんの一部に過ぎない。内部構造も不明。上層域へ続く道の入口も、いまだ見つかってない」


 シャルロットは、静かに息を呑む。


 ──世界樹ユグドラシル。

 世界の中心に存在する超巨大樹。

 だが、その実態は誰も知らない。


「だから、世界中を回って情報を集めていた」

「情報⋯⋯?」

「ああ」


 ユーリは、静かに紅茶を口へ運ぶ。


「神獣を討伐し続ければ、そのうち神が現れる可能性がある」


 昨日聞いた、『神』という存在。

 それを、ユーリはずっと追っていた。


「神から、上へ行く方法を探れればと思ってな」

「そんな事⋯⋯」


 シャルロットは、言葉を失う。


 気の遠くなるような話だった。

 それを続けていたというのか。

 八年間、ずっと。

 たった一人で──。


「今も、まだ見つかってないの?」

「ああ」


 ユーリは、静かに頷く。


「それを聞いたアルヴィンが協力したいと申し出てきた」

「アルヴィンさんが?」

「あいつは、ユグドラシルについての研究にも興味があるらしい」


 なるほど、とシャルロットは思う。

 あの研究オタクなら、確かに世界樹そのものへ興味津々でもおかしくない。


「いつも高笑いしながら楽しんで研究している」

「何か⋯⋯想像つくかも」


 思わず苦笑する。

 “未知”という言葉を聞いただけで、目を輝かせていそうだ。

 

 シャルロットはユーリを見つめる。

 八年間、世界中を巡り、神獣を狩り続け、神を追い続けている。

 その果てにあるのが──神帝。


(⋯⋯本当に、遠いなぁ)


 そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ沈んだ。


 ユーリの背中は、どこまでも遠い。

 自分とは、見ている景色が違いすぎる。


「⋯⋯私、本当に追いつけるのかな」


 ぽつりと、そんな言葉が漏れた。

 ユーリは、紅茶のカップを置く。


「何だ、急に」

「だって⋯⋯ユーリの目的って、想像してたよりずっと遠いから」


 シャルロットは、膝の上で拳を握る。


「神獣だけでも、あんなに脅威なのに。その上には神がいて、さらに神帝がいるなんて⋯⋯私、まだ神獣にまともに勝つことすら出来ないのに⋯⋯」


 言葉にすると、余計に遠く感じた。


 強くなりたい──その思いは変わらない。

 しかし、目指す場所があまりにも高すぎる。

 

 シャルロットが俯く。

 ──流れる沈黙。

 そこへ、ユーリが口を開く。


「俺は、無意味な事をする主義じゃない」

「⋯⋯うん、知ってる」


 シャルロットは小さく頷く。


「コカトリス戦を覚えてるか」

「え⋯⋯?」


 不意に出された名前に、シャルロットの意識が引き戻される。


 市場の街エルード。

 突如、落ちてきた神獣の果実。

 人々を守るために、たった一人でコカトリスの前に立ったあの日──。


「お前は、あの時コカトリスに一撃を入れた」


 あの時と同じ言葉を、ユーリは繰り返す。


「偶然では、神獣に傷一つ付けられない」


 まるで、シャルロットに当時を想起させるかのように。


「あの一瞬、お前は神威に届いていた」

「え──」


 シャルロットの呼吸が一瞬止まる。


「私が⋯⋯神威を?」


「一瞬だけだがな」


 ユーリは、静かに続ける。


「だがあの瞬間、シャルの生きようとする意志、必ず守るという覚悟が、お前の眠れる素質を引き出したんだ」


 シャルロットは目を見開いた。

 次第に胸が、熱くなる。


「だから、俺はお前に戦い方を教えると決めた」


 ユーリの翠玉色の瞳が、真っ直ぐにシャルロットを捉える。


「俺は、お前に可能性を見た。──“弑神(ししん)”の可能性を」


 その一言で、シャルロットの中にあった不安が、音を立てて崩れていく。


 ユーリは、見ていてくれた。

 ただの足手まといじゃなく。

 ただ守る対象としてでもなく。


 シャルロットが、そこへ辿り着ける可能性を。


「⋯⋯っ」


 視界が滲む。


「何で泣く」


 ユーリが、わずかに困ったような顔をする。


「だって⋯⋯」


 シャルロットは、両手で目元を押さえた。

 それでも、涙が止まらない。


「嬉しいんだもん⋯⋯」


 遠いと思っていた。

 届かないと思っていた。

 けれど、ユーリは最初から、自分の中にある可能性を見ていた。


「ありがとう、ユーリ」


 震える声で、そう告げる。


「私を、見つけてくれて」


 ユーリは少しだけ黙った後、視線を逸らした。


「⋯⋯大袈裟だ」


 ぶっきらぼうにそう言う。

 けれど、その声はほんの少しだけ柔らかかった。

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