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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第6話
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弑神の騎士 Ⅲ

 神獣討伐を終え、再び研究所へと戻ってきた一行。

 アルヴィンは、嬉々とした様子でシャルロットとアルベルトに問い掛ける。


「さて、さっきの神獣討伐についてのフィードバックだ。何か気づいた事はあるかな?」

「気づいたことって⋯⋯」


 二人とも言葉が出ない。

 圧倒的過ぎて返す言葉が無い、というのが率直な感想だ。

 しかし、シャルロットは一歩踏み込んだ質問をしてみる事にした。


「ひとつ、聞いてもいいですか?」

「何だい?」


 シャルロットは一度深呼吸をすると、ゆっくりと言葉を続けた。


「どうしてユーリとアルヴィンさんは⋯⋯神獣を倒せるんですか?」


 核心に迫る質問。

 ずっと疑問だった。

 何故シャルロットやアルベルトの攻撃は、通じないのか。

 何故ユーリやアルヴィンの攻撃は通用するのか。


「ふむ、何故⋯⋯か」


 そう呟くと、アルヴィンはユーリへと視線を向けた。


「彼女はユーリ君の弟子なんだろ?僕から伝えちゃっていいのかい?」

「⋯⋯ああ」


 アルヴィンの問いに、ユーリは小さく頷いた。

 ユーリの了承が得られたため、改めてアルヴィンはシャルロットへと向き直した。


「そうだね⋯⋯順序立てて説明しようか。まずは神獣について。そもそも、君達は神獣とは何なのか、知ってるかな?」


 ──神獣とは?

 考えた事が無い。

 人類の天敵、災厄、武器も魔術も通用しない化け物。

 世界樹ユグドラシルに実る果実から生まれる。

 その程度の理解だ。


「⋯⋯いえ」


 シャルロットが答える。

 アルベルトも腕を組みながら頷いた。


「俺も、詳しくは知らないな。“神獣の果実から生まれる怪物”って程度だ」

「うん。一般的には、それで正しい認識だろうね」


 アルヴィンは近くの机へ腰掛けると、指先で空中に術式を描いた。

 淡い光が広がり、半透明の魔力図式が宙へ浮かび上がる。

 そこには、巨大な樹のような構造図が描かれていた。


「世界樹ユグドラシル。世界中へマナを循環させる超巨大生命体だ」


 アルヴィンが指を動かす。

 図式内で、膨大な光が樹全体を巡り始めた。


「では、ここで問題だ」

 

 アルヴィンが、不意にシャルロットへ視線を向けた。

 

「魔獣とは、何だと思う?」

「っ──」

 

 その問いを耳にし、シャルロットの脳裏に以前の記憶が蘇る。

 

──「魔獣という存在を、シャルはどこまで理解している?」

 

 神獣との戦い方を聞いた時、ユーリはそう問い返してきた。 

 あの時は、意味が分からなかった。

 

「えっと⋯⋯世界樹ユグドラシルに循環されなかった負のエネルギーを持ったマナ──それが実態化したもの、です」

「ほう」

 

 アルヴィンが、少し感心したように目を細める。

 

「騎士学校でそこまで教えてるのか。悪くない」

 

 そして、空中の術式図を変化させた。

 

「では、その知識を前提に話そう」

 

 淡い光が、黒い塊のような形を作る。

 

「魔獣とは、地上の高濃度マナ生命体だ」


 アルヴィンが空中へ浮かぶ術式を指差す。

  

「つまり、肉体そのものがマナで構成されている」

「だから、死ぬと霧散する⋯⋯」

 

 シャルロットが小さく呟く。

 

「その通り」

 

 アルヴィンが頷いた。

 

「逆に言えば、通常の物理攻撃は通用しない」

「え?」

 

 シャルロットとアルベルトが同時に反応する。

 

「いや、正確には“通っていない”訳じゃない。干渉しきれていないんだ」


 そう言うと、アルヴィンは近くに転がっていた金属片を拾い上げた。

 

「例えば、水を剣で斬っても、完全には斬れないだろう?魔獣も似たようなものさ」

 

 そして、金属片を軽く放る。

 

「魔力を通した武器によって、初めてマナ生命体へ深く干渉できる。だけど、魔力のコントロールは想像以上に難しい。だから初心者は魔具──魔石が埋め込まれた武器を使うんだ」

  

 そこでシャルロットは、はっと目を見開いた。

 ──思い出す。

 ユーリとの修行。

 最初にやらされた、魔石破壊。

 ただのレイピアでは、何度叩いても傷一つ付かなかった。

 

「⋯⋯だから」

 

 シャルロットが、静かに呟く。

 

「魔力を武器へ通す修行を⋯⋯」

「ああ」

 

 答えたのは、ユーリだった。

 

「魔獣を倒すための基礎だ」

 

 アルヴィンが、楽しそうに笑う。

 

「じゃあ⋯⋯神獣は?」

 

 アルベルトが真剣な顔で尋ねる。

 アルヴィンの指先が、更に上空を指す。

 術式図内で、世界樹ユグドラシルが発光した。

 

「神獣は、その上位存在と言えば分かりやすいかな」

 

 シャルロットは、静かに目を見開く。

 その瞬間、ようやく理解した。

 何故ユーリが、あの時“神獣”ではなく“魔獣”について尋ねたのか。

 魔獣と神獣は、全く別の存在じゃない。

 ──根源は、同じ。

 

「そう、神獣とは──魔獣よりも遥かに高い、超高濃度マナの塊から生まれる存在だ」


 シャルロットは、静かにその図を見つめる。


「超⋯⋯高濃度マナ」


「そう。普通の生物とは比較にならない密度のマナを内包している。だからこそ、魔獣に通用していたはずの武器や魔術さえ通用しない」


 アルヴィンは、そこで一度言葉を切った。


「いや、正確には違うな。弾かれているんだ」

「弾かれてる⋯⋯?」


 シャルロットが眉をひそめる。

 確かに今まで戦った神獣達は、まるで透明な壁に守られているようだった。


「神獣の肉体表面は、超圧縮された高濃度マナで覆われている」


 アルヴィンは、自らの指先へ魔力を集中させた。

 淡い光だった魔力が、徐々に密度を増していく。


「これを、我々は──『神威(しんい)』と呼んでいる」


「神威⋯⋯」


 初めて聞く言葉だった。

 だが、その響きには奇妙な重みがあった。


「魔力制御の極致だよ」


 アルヴィンの目が、研究者のものへ変わる。


「超高濃度の魔力を、極限まで圧縮し続ける。すると、マナは性質そのものを変質させるんだ」


 指先の魔力が、僅かに硬質な光を帯びた。


「例えるなら、水かな」

「水?」

「水を極限まで圧縮し続けると、『金属水素』へ変質するという理論がある。超高密度化によって、液体が金属のような性質を持つんだ」


 アルヴィンは楽しそうに語る。


「神威も、それに近い。圧縮され続けたマナは、常識外れの強度を持つ『鎧』へ変わる」


 その瞬間──


 アルヴィンが、近くに転がっていたナイフを拾った。

 そして、自らの指先へ軽く押し当てる。


 ──ギィン。


「っ!?」


 シャルロットが目を見開いた。

 鳴るはずの無い部分からの金属音。

 ナイフが、指に弾かれていた。


「これが神威」


 アルヴィンは、平然と言う。


「神獣達は、生まれながらにこれを纏っている」

「じゃ、じゃあ⋯⋯」


 シャルロットの視線が、ユーリへ向く。


「ユーリとアルヴィンさんは、その『神威』を使えるって事ですか⋯⋯?」

「ああ」


 答えたのは、ユーリだった。

 短く、当然のように。

 シャルロットは、思わず息を呑む。

 あの神獣達を斬り裂いていた力。

 それが、今説明された『神威』。


「でも、そんな凄い技術なら⋯⋯何で皆使わないんですか?」

「使えないからさ」


 アルヴィンが即答する。


「理屈を知る事と、実際に扱える事は別問題なんだよ」


 そう言いながら、アルヴィンは肩を竦めた。


「神威には、異常なレベルの魔力制御能力が必要なんだ。ほんの少し制御を誤れば、圧縮したマナが暴走して吹き飛ぶ」


「ふっ!?」


 シャルロットは息を呑んだ。

 そして、ユーリへと視線を向ける。


 彼は、そんな危険な技術を当然のように扱っていた。

 神獣を斬り伏せる時も、自分を鍛える時も。

 まるで呼吸をするように。


(⋯⋯やっぱり、ユーリは)


 ──遠い。

 改めて、そう思う。


 だが同時に──

 胸の奥で、小さな炎が灯る。


(私も、そこへ行きたい)


 届きたい。

 あの背中へ──。



「さて、他に質問はあるかい?」


 アルヴィンが、術式図を消しながら問い掛ける。

 シャルロットは、少しだけ迷った。

 聞きたい事は、沢山ある。

 神威の事、四聖騎士団(クローバーナイツ)の事、そしてユーリの事。

 だが──今、一番気になっているのは。


「あの⋯⋯もう一つだけ」


 シャルロットが、ゆっくり口を開く。


「お父さんの事を⋯⋯もっと教えてもらえませんか」


 その言葉に、場の空気が少しだけ静かになった。

 アルヴィンは、一瞬だけ目を細める。

 そして、小さく笑った。


「ルークさんの話か」


 どこか懐かしそうな声音だった。


「そうだねぇ⋯⋯まずは、四聖騎士団(クローバーナイツ)そのものの話からかな」

 

 アルヴィンは、机へ軽く腰掛けながら語り始める。

 

「今から十年前⋯⋯初めて人類が神獣を討伐した」

 

 その言葉に、シャルロットとアルベルトの表情が変わる。

 

「当時の四聖騎士団(クローバーナイツ)団長──ヴァル・レイヴン」

 

 アルヴィンが、静かにその名を口にした。

 

「『弑神(ししん)の勇者』と呼ばれた、伝説の英雄さ」

「も、もちろん知ってます!俺は、彼に憧れて勇者を目指してるんですから!」


 珍しくアルベルトが鼻息を荒くして主張する。


 シャルロットも当然知っている。

 神話のように語られる存在。

 人類で初めて、神獣を討伐した男。

  

「現在の四聖騎士団(クローバーナイツ)は、ヴァル団長が基盤を作ったんだ」

 

 アルヴィンは続ける。

 

「彼は、自ら神威の習得法を体系化し、騎士団へ共有した」

「神威を⋯⋯」

 

 シャルロットが小さく呟く。

 

「そして、『神威を習得した者を無条件で隊長格とする』──それが、現在の四聖騎士団(クローバーナイツ)の絶対基準になった」

 

 アルヴィンの目が、静かに細められる。

 

「隊長に必要なのは、ただ一つ──神獣を殺せる事」

 

 その言葉には、重みがあった。

 騎士としての人格でも、指揮能力でも、血筋でもない。

 ──神獣を殺せるかどうか。

 それだけであった。

 

「だけど、神威の習得は容易じゃない」

 

 アルヴィンが肩を(すく)める。

 

「ヴァル団長が勇退するまでの間に、神威を習得できたのは、たった四人だった」

 

 シャルロットは、思わず息を呑む。

 

「それが⋯⋯今の隊長達」

「そう」

 

 アルヴィンが頷く。

 

「そんな中──待望の五人目として神威を習得したのが、ルークさんだった」

「──っ!」

 

 シャルロットの胸が、大きく跳ねた。

 父が──あの父が、人類最強戦力と並ぶ存在だった。


「クレメントさんも、相当期待していたよ。『次の一番隊隊長はルークだ』ってね」


 アルヴィンが、少しだけ遠くを見る。


「強かった。剣の才能もあった。しかも、人当たりが良くてね」


 苦笑混じりに続けた。


「騎士団内でも人気者だったよ。研究所の連中にまで差し入れ持って来るような人だったから」


「⋯⋯お父さんが」


 シャルロットは、知らなかった。

 父は、優しい騎士だった。

 幼い頃の記憶にあるのは、頭を撫でてくれる大きな手と、穏やかな笑顔だけ。

 だが、その父が──そんな凄い人だったなんて。


「じゃあ⋯⋯」


 シャルロットの声が、わずかに震える。


「そんなに強かったなら、どうして⋯⋯」


 脳裏に浮かぶのは、母から聞かされた言葉。


 ──神獣討伐で亡くなった。


「そんなに強い神獣だったんですか⋯⋯?」


 その問いに、アルヴィンは静かに首を横へ振った。


「⋯⋯違う。ルークさんを殺したのは、神獣じゃない」

「──え?」


 シャルロットの思考が止まる。

 アルヴィンの目から、先程までの軽薄さが消えていた。


「目的の神獣は、難なく討伐出来たんだ。でも──」


 研究所の空気が、少しずつ重くなっていく。


「そこへ、想定外が起きた。──突然、現れたんだ」


 アルヴィンが、低く呟く。


「──『神』が」

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