弑神の騎士 Ⅲ
神獣討伐を終え、再び研究所へと戻ってきた一行。
アルヴィンは、嬉々とした様子でシャルロットとアルベルトに問い掛ける。
「さて、さっきの神獣討伐についてのフィードバックだ。何か気づいた事はあるかな?」
「気づいたことって⋯⋯」
二人とも言葉が出ない。
圧倒的過ぎて返す言葉が無い、というのが率直な感想だ。
しかし、シャルロットは一歩踏み込んだ質問をしてみる事にした。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「何だい?」
シャルロットは一度深呼吸をすると、ゆっくりと言葉を続けた。
「どうしてユーリとアルヴィンさんは⋯⋯神獣を倒せるんですか?」
核心に迫る質問。
ずっと疑問だった。
何故シャルロットやアルベルトの攻撃は、通じないのか。
何故ユーリやアルヴィンの攻撃は通用するのか。
「ふむ、何故⋯⋯か」
そう呟くと、アルヴィンはユーリへと視線を向けた。
「彼女はユーリ君の弟子なんだろ?僕から伝えちゃっていいのかい?」
「⋯⋯ああ」
アルヴィンの問いに、ユーリは小さく頷いた。
ユーリの了承が得られたため、改めてアルヴィンはシャルロットへと向き直した。
「そうだね⋯⋯順序立てて説明しようか。まずは神獣について。そもそも、君達は神獣とは何なのか、知ってるかな?」
──神獣とは?
考えた事が無い。
人類の天敵、災厄、武器も魔術も通用しない化け物。
世界樹ユグドラシルに実る果実から生まれる。
その程度の理解だ。
「⋯⋯いえ」
シャルロットが答える。
アルベルトも腕を組みながら頷いた。
「俺も、詳しくは知らないな。“神獣の果実から生まれる怪物”って程度だ」
「うん。一般的には、それで正しい認識だろうね」
アルヴィンは近くの机へ腰掛けると、指先で空中に術式を描いた。
淡い光が広がり、半透明の魔力図式が宙へ浮かび上がる。
そこには、巨大な樹のような構造図が描かれていた。
「世界樹ユグドラシル。世界中へマナを循環させる超巨大生命体だ」
アルヴィンが指を動かす。
図式内で、膨大な光が樹全体を巡り始めた。
「では、ここで問題だ」
アルヴィンが、不意にシャルロットへ視線を向けた。
「魔獣とは、何だと思う?」
「っ──」
その問いを耳にし、シャルロットの脳裏に以前の記憶が蘇る。
──「魔獣という存在を、シャルはどこまで理解している?」
神獣との戦い方を聞いた時、ユーリはそう問い返してきた。
あの時は、意味が分からなかった。
「えっと⋯⋯世界樹ユグドラシルに循環されなかった負のエネルギーを持ったマナ──それが実態化したもの、です」
「ほう」
アルヴィンが、少し感心したように目を細める。
「騎士学校でそこまで教えてるのか。悪くない」
そして、空中の術式図を変化させた。
「では、その知識を前提に話そう」
淡い光が、黒い塊のような形を作る。
「魔獣とは、地上の高濃度マナ生命体だ」
アルヴィンが空中へ浮かぶ術式を指差す。
「つまり、肉体そのものがマナで構成されている」
「だから、死ぬと霧散する⋯⋯」
シャルロットが小さく呟く。
「その通り」
アルヴィンが頷いた。
「逆に言えば、通常の物理攻撃は通用しない」
「え?」
シャルロットとアルベルトが同時に反応する。
「いや、正確には“通っていない”訳じゃない。干渉しきれていないんだ」
そう言うと、アルヴィンは近くに転がっていた金属片を拾い上げた。
「例えば、水を剣で斬っても、完全には斬れないだろう?魔獣も似たようなものさ」
そして、金属片を軽く放る。
「魔力を通した武器によって、初めてマナ生命体へ深く干渉できる。だけど、魔力のコントロールは想像以上に難しい。だから初心者は魔具──魔石が埋め込まれた武器を使うんだ」
そこでシャルロットは、はっと目を見開いた。
──思い出す。
ユーリとの修行。
最初にやらされた、魔石破壊。
ただのレイピアでは、何度叩いても傷一つ付かなかった。
「⋯⋯だから」
シャルロットが、静かに呟く。
「魔力を武器へ通す修行を⋯⋯」
「ああ」
答えたのは、ユーリだった。
「魔獣を倒すための基礎だ」
アルヴィンが、楽しそうに笑う。
「じゃあ⋯⋯神獣は?」
アルベルトが真剣な顔で尋ねる。
アルヴィンの指先が、更に上空を指す。
術式図内で、世界樹ユグドラシルが発光した。
「神獣は、その上位存在と言えば分かりやすいかな」
シャルロットは、静かに目を見開く。
その瞬間、ようやく理解した。
何故ユーリが、あの時“神獣”ではなく“魔獣”について尋ねたのか。
魔獣と神獣は、全く別の存在じゃない。
──根源は、同じ。
「そう、神獣とは──魔獣よりも遥かに高い、超高濃度マナの塊から生まれる存在だ」
シャルロットは、静かにその図を見つめる。
「超⋯⋯高濃度マナ」
「そう。普通の生物とは比較にならない密度のマナを内包している。だからこそ、魔獣に通用していたはずの武器や魔術さえ通用しない」
アルヴィンは、そこで一度言葉を切った。
「いや、正確には違うな。弾かれているんだ」
「弾かれてる⋯⋯?」
シャルロットが眉をひそめる。
確かに今まで戦った神獣達は、まるで透明な壁に守られているようだった。
「神獣の肉体表面は、超圧縮された高濃度マナで覆われている」
アルヴィンは、自らの指先へ魔力を集中させた。
淡い光だった魔力が、徐々に密度を増していく。
「これを、我々は──『神威』と呼んでいる」
「神威⋯⋯」
初めて聞く言葉だった。
だが、その響きには奇妙な重みがあった。
「魔力制御の極致だよ」
アルヴィンの目が、研究者のものへ変わる。
「超高濃度の魔力を、極限まで圧縮し続ける。すると、マナは性質そのものを変質させるんだ」
指先の魔力が、僅かに硬質な光を帯びた。
「例えるなら、水かな」
「水?」
「水を極限まで圧縮し続けると、『金属水素』へ変質するという理論がある。超高密度化によって、液体が金属のような性質を持つんだ」
アルヴィンは楽しそうに語る。
「神威も、それに近い。圧縮され続けたマナは、常識外れの強度を持つ『鎧』へ変わる」
その瞬間──
アルヴィンが、近くに転がっていたナイフを拾った。
そして、自らの指先へ軽く押し当てる。
──ギィン。
「っ!?」
シャルロットが目を見開いた。
鳴るはずの無い部分からの金属音。
ナイフが、指に弾かれていた。
「これが神威」
アルヴィンは、平然と言う。
「神獣達は、生まれながらにこれを纏っている」
「じゃ、じゃあ⋯⋯」
シャルロットの視線が、ユーリへ向く。
「ユーリとアルヴィンさんは、その『神威』を使えるって事ですか⋯⋯?」
「ああ」
答えたのは、ユーリだった。
短く、当然のように。
シャルロットは、思わず息を呑む。
あの神獣達を斬り裂いていた力。
それが、今説明された『神威』。
「でも、そんな凄い技術なら⋯⋯何で皆使わないんですか?」
「使えないからさ」
アルヴィンが即答する。
「理屈を知る事と、実際に扱える事は別問題なんだよ」
そう言いながら、アルヴィンは肩を竦めた。
「神威には、異常なレベルの魔力制御能力が必要なんだ。ほんの少し制御を誤れば、圧縮したマナが暴走して吹き飛ぶ」
「ふっ!?」
シャルロットは息を呑んだ。
そして、ユーリへと視線を向ける。
彼は、そんな危険な技術を当然のように扱っていた。
神獣を斬り伏せる時も、自分を鍛える時も。
まるで呼吸をするように。
(⋯⋯やっぱり、ユーリは)
──遠い。
改めて、そう思う。
だが同時に──
胸の奥で、小さな炎が灯る。
(私も、そこへ行きたい)
届きたい。
あの背中へ──。
「さて、他に質問はあるかい?」
アルヴィンが、術式図を消しながら問い掛ける。
シャルロットは、少しだけ迷った。
聞きたい事は、沢山ある。
神威の事、四聖騎士団の事、そしてユーリの事。
だが──今、一番気になっているのは。
「あの⋯⋯もう一つだけ」
シャルロットが、ゆっくり口を開く。
「お父さんの事を⋯⋯もっと教えてもらえませんか」
その言葉に、場の空気が少しだけ静かになった。
アルヴィンは、一瞬だけ目を細める。
そして、小さく笑った。
「ルークさんの話か」
どこか懐かしそうな声音だった。
「そうだねぇ⋯⋯まずは、四聖騎士団そのものの話からかな」
アルヴィンは、机へ軽く腰掛けながら語り始める。
「今から十年前⋯⋯初めて人類が神獣を討伐した」
その言葉に、シャルロットとアルベルトの表情が変わる。
「当時の四聖騎士団団長──ヴァル・レイヴン」
アルヴィンが、静かにその名を口にした。
「『弑神の勇者』と呼ばれた、伝説の英雄さ」
「も、もちろん知ってます!俺は、彼に憧れて勇者を目指してるんですから!」
珍しくアルベルトが鼻息を荒くして主張する。
シャルロットも当然知っている。
神話のように語られる存在。
人類で初めて、神獣を討伐した男。
「現在の四聖騎士団は、ヴァル団長が基盤を作ったんだ」
アルヴィンは続ける。
「彼は、自ら神威の習得法を体系化し、騎士団へ共有した」
「神威を⋯⋯」
シャルロットが小さく呟く。
「そして、『神威を習得した者を無条件で隊長格とする』──それが、現在の四聖騎士団の絶対基準になった」
アルヴィンの目が、静かに細められる。
「隊長に必要なのは、ただ一つ──神獣を殺せる事」
その言葉には、重みがあった。
騎士としての人格でも、指揮能力でも、血筋でもない。
──神獣を殺せるかどうか。
それだけであった。
「だけど、神威の習得は容易じゃない」
アルヴィンが肩を竦める。
「ヴァル団長が勇退するまでの間に、神威を習得できたのは、たった四人だった」
シャルロットは、思わず息を呑む。
「それが⋯⋯今の隊長達」
「そう」
アルヴィンが頷く。
「そんな中──待望の五人目として神威を習得したのが、ルークさんだった」
「──っ!」
シャルロットの胸が、大きく跳ねた。
父が──あの父が、人類最強戦力と並ぶ存在だった。
「クレメントさんも、相当期待していたよ。『次の一番隊隊長はルークだ』ってね」
アルヴィンが、少しだけ遠くを見る。
「強かった。剣の才能もあった。しかも、人当たりが良くてね」
苦笑混じりに続けた。
「騎士団内でも人気者だったよ。研究所の連中にまで差し入れ持って来るような人だったから」
「⋯⋯お父さんが」
シャルロットは、知らなかった。
父は、優しい騎士だった。
幼い頃の記憶にあるのは、頭を撫でてくれる大きな手と、穏やかな笑顔だけ。
だが、その父が──そんな凄い人だったなんて。
「じゃあ⋯⋯」
シャルロットの声が、わずかに震える。
「そんなに強かったなら、どうして⋯⋯」
脳裏に浮かぶのは、母から聞かされた言葉。
──神獣討伐で亡くなった。
「そんなに強い神獣だったんですか⋯⋯?」
その問いに、アルヴィンは静かに首を横へ振った。
「⋯⋯違う。ルークさんを殺したのは、神獣じゃない」
「──え?」
シャルロットの思考が止まる。
アルヴィンの目から、先程までの軽薄さが消えていた。
「目的の神獣は、難なく討伐出来たんだ。でも──」
研究所の空気が、少しずつ重くなっていく。
「そこへ、想定外が起きた。──突然、現れたんだ」
アルヴィンが、低く呟く。
「──『神』が」




