弑神の騎士 Ⅱ
ラボの内部は、半壊していた。
机は黒焦げ。
床には砕けた魔石の破片。
天井の一部は吹き飛び、煙がまだ立ち昇っている。
そして、その中心で──
「ひゃ───っはっはっは!!失敗だったようだ!!」
一人の男が、心底楽しそうに笑っていた。
栗色の髪は爆風でぼさぼさ、丸眼鏡はひび割れしている。
白衣代わりのローブは煤だらけ。
にも関わらず、本人は満面の笑みだった。
「やはり魔力圧縮率を三%上げた程度でも不安定さは尋常じゃないな。いやだとすると、その不安定さを制御する術式を形成すれば確率が上がるか?いやいや待て、むしろ圧縮工程の手法自体を変更して──」
ぶつぶつと呟き始める。
完全に自分の世界へ入っていた。
「所長」
リオが、冷静な声で呼びかける。
「またラボを半壊にしましたね」
「うん、些細な代償だ」
「あと、来客です」
「来客?」
そこでようやく、男は顔を上げた。
そして──
「おおっ!!ユーリ君!!」
一瞬で表情が明るくなる。
「久しぶりだねぇ!!」
「相変わらずだな」
「お互い様さ!活躍の噂は聞いてるよ」
男は楽しそうに笑った。
「そうそう!前に渡した『ウォルスの腕輪』はどうだい?レビューを聞かせてもらえると嬉しいよ」
期待に満ちた目で、男が詰め寄る。
ユーリは、淡々と答えた。
「壊れた」
「え、壊れた!?」
男が驚きの声を上げる。
その声に、シャルロットはビクッとした。
ウォルスの腕輪と言えば、魔力を剣に置く修行で、粉々に破壊してしまった、時価20万Nはするレア魔具だ。
「あ、あのっ!ご、ごめんなさい!!私の修行で使わせてもらって⋯⋯こ、壊しちゃいました⋯⋯」
慌てて頭を下げるシャルロット。
顔は蒼白だ。
弁償を迫られるだろうか。
しかし、一瞬の沈黙の後──
「ひゃ──っはっはっはっは!!」
男は腹を抱えて爆笑した。
「いやぁ実に君らしい使い方だ!!」
「笑うところなの!?」
シャルロットが困惑する。
男は、愉快そうに目を細めた。
「ウォルスの腕輪は、防御術式の自動発動を目的にした試作品でね。確かに術式発動までにわずかな遅延が存在する」
「一秒のロスだ」
ユーリが補足する。
「そう!普通なら誤差として無視されるレベルだ!だが君は、その一秒未満のロスを修行に利用した!」
男が、心底楽しそうに笑う。
「素晴らしい発想だよ!」
「意外と役に立ったな」
「くぅ〜〜っ!!そういう所が最高なんだよ君は!!」
研究者としての琴線に触れたのか、男はテンションが限界突破していた。
「やはり課題は術式発動速度か⋯⋯もっと圧縮率を上げるべきか?いや、別系統の補助術式を──」
またぶつぶつと考え込み始める。
「所長、先に自己紹介を」
「おっと、そうだったね」
リオに指摘され、男は咳払いした。
「失礼。僕はアルヴィン・バスクード。この研究所の所長を務めている」
その名を聞き、シャルロットが首を傾げる。
(アルヴィン⋯⋯バスクード⋯⋯?その名前、どこかで⋯⋯)
記憶を掘り起こすため、暫し考える。
やがて導き出したその答えに、シャルロットは目を見開いた。
「アルヴィン・バスクードって⋯⋯確か、四聖騎士団の二番隊隊長もそんな名前じゃ⋯⋯?」
「あ、うん。一応四聖騎士団二番隊隊長なんかもついでにやっているよ」
アルヴィンはあっさりと認めた。
シャルロットとアルベルトが固まる。
神獣を討伐した唯一の騎士団。
世界でその名を知らぬ者はいない。
その一角が、目の前の男だという。
こんな事を言うのはなんだが──
(と、とても⋯⋯そうは見えない)
一番隊隊長であるクレメントと比べると、あまり騎士っぽくない。
「改めまして、私はリオ・マーリンです。ここ、魔導科学研究所の副所長であり、アルヴィン隊長が指揮する二番隊の副隊長を拝命しています」
「ふ、副隊長!?」
シャルロットが再び驚愕する。
対してリオは、相変わらず冷静だった。
「主に所長の暴走を止める役目です」
「止められてないよね!?」
「最近は諦めています」
「あ⋯⋯そ、そう⋯⋯」
アルベルトが遠い目をした。
「そういう君達は?ユーリ君に連れがいるなんて、珍しいね」
アルヴィンの言葉を受け、シャルロットとアルベルトも自己紹介をする。
「俺はアルベルト・フォン=ランパード。勇者を目指してます」
「勇者?へぇ、面白いね君!僕も『勇者』という概念に興味があるんだ!勇ましい者と書いて勇者⋯⋯それは果たしてどのようにして──」
「所長。今は我慢してください」
瞬時にリオが思考の軌道修正をかける。
「おっとすまない。この話はまた今度。それで、そっちのお嬢さんは?」
「あっ、私、シャルロット・L=アストライアです。ユーリの弟子として、旅に同行してます」
その瞬間──
「⋯⋯アストライア?」
アルヴィンの表情が変わった。
「もしかして、ルークさんの娘かい?」
「え⋯⋯?」
その言葉に、シャルロットが固まる。
そして、前のめりになって聞き返す。
「お、お父さんを知ってるんですか!?」
「知ってるも何も、昔一緒に戦っていたからねぇ」
アルヴィンは懐かしそうに笑った。
「ルーク・L=アストライア。四聖騎士団の一番隊副隊長だった人だから」
「──っ!?」
シャルロットの目が、大きく見開かれる。
「副隊長⋯⋯?」
──知らなかった。
父が騎士だった事は知っている。
神獣討伐で命を落とした事も。
しかし、まさか四聖騎士団の一番隊副隊長だったとは⋯⋯。
──その時だった。
研究所全体へ、突如として警報音が鳴り響く。
──ビーッ!ビーッ!ビーッ!
耳を刺すような警告音。
赤い警戒灯が明滅し、研究所内の空気が一変した。
「な、何!?」
シャルロットが肩を震わせる。
アルベルトも周囲を見回した。
直後、研究所内へ放送が響く。
『緊急警報。王都北西部外壁付近にて、『神獣の果実』落下を確認。繰り返す──神獣の果実落下を確認』
その言葉に、空気が凍りついた。
「神獣の果実⋯⋯!」
シャルロットが息を呑む。
世界樹ユグドラシルより落下する、災厄の果実。
そこから生まれるのは、人類の天敵──神獣。
『四聖騎士団第二部隊は至急出撃してください』
放送が続く。
『アルヴィン・バスクード隊長へ神獣討伐命令。繰り返す──』
「え~⋯⋯」
アルヴィンが、露骨に嫌そうな顔をした。
「まだ実験の途中なんだけど⋯⋯」
「行ってください」
「クレメントさん達が行けば良くない?」
「皆さん遠征中です。暇してるのは所長だけです」
「いや、でもさ。リズベットあたりに連絡したら飛んで帰ってくるんじゃ⋯⋯」
「いいから、黙って行ってください」
リオが、一切の感情を込めずに圧を掛ける。
アルヴィンは、わざとらしく大きな溜息を吐いた。
「研究者に戦闘をやらせるなんて、王国は人使いが荒いよねぇ」
「神獣を単独討伐できる研究者なんて、所長くらいです」
「褒めても何も出ないよ?」
「褒めてません」
即答だった。
シャルロットとアルベルトは、ぽかんとしている。
あまりにも緊張感が無い。
だが、その内容はとんでもなかった。
──神獣を単独討伐。
それを、当たり前のように口にしている。
アルヴィンは、くるりと振り返った。
「せっかくだし、君達も来るかい?」
「え?」
「フィールドワークだよ。色々と勉強になると思うよ」
シャルロットが思わずユーリを見る。
ユーリは、静かに頷いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
研究所を出た一行は、そのまま王都北西部外壁へと向かっていた。
途中、避難誘導を行う騎士達と何度もすれ違う。
王都の空気は、先程までの活気が嘘のように張り詰めていた。
そして──城壁の外。
そこには、巨大な赤黒い果実が落下していた。
表面には、不気味な脈動。
まるで心臓のように、どくん、どくんと脈打っている。
シャルロットが息を呑む。
直後──
──バキッ!!
果実の表面へ亀裂が走った。
騎士達が、一斉に武器を構える。
ひび割れは、瞬く間に全体へ広がっていく。
そして──
──ドォォンッ!!
果実が、内側から弾け飛んだ。
「グルルルルルルッ!!」
現れたのは、双頭の魔犬。
漆黒の毛並み、巨大な二つの頭部。
鋭い牙からは、粘ついた唾液が滴っている。
神獣──オルトロス。
「ガァァァァァァッ!!」
咆哮が、大気を震わせた。
オルトロスが、陣形を組んだ騎士団へと飛びかかる。
しかし──
「さて、始めようか」
アルヴィンは微動だにせず、手に持つ杖を地面へ突いた。
「──ローズヴァイン」
その瞬間──
大地が爆ぜ、無数の茨の蔓が地面から噴き出す。
「ガァッ!?」
茨の蔓は、オルトロスの四肢へ巻き付き、一瞬で拘束した。
だが、それだけでは終わらない。
蔓に生えた鋭利な棘が、神獣の肉体へ深々と食い込んだ。
「ギャァァァァァァッ!!」
オルトロスが悲鳴をあげる。
オルトロスが抵抗しようと暴れる。
だが、茨は軋みながらも千切れない。
むしろ──締め上げる力が増していく。
「ほらほら、暴れると余計締まるよ?」
アルヴィンが、不敵に笑う。
茨は二つの首へ絡み付き──
──ギチギチギチッ!!
鈍い音を立てながら、首を締め上げる。
オルトロスの目が見開かれた。
次の瞬間──
──ブチッ。
二つの首が、同時に潰れた。
神獣の巨体が崩れ落ちる。
そして、そのまま霧散した。
シャルロットとアルベルトは、言葉を失っていた。
「⋯⋯え」
あまりにも、一方的だった。
ユーリ以外で、神獣を倒した者を見たのは初めてだ。
しかも──圧倒していた。
アルヴィンは、まるで大した事ではないように杖を肩へ担ぐ。
「ふむ。あの程度の神獣なら、これくらいの魔力量でも充分な拘束力を保てるようだ。次は魔力量を抑えつつ、もう少し棘の侵食速度を上げてもいいかもしれないな」
ぶつぶつと、戦闘に関してのフィードバックを行っていた。
──シャルロットは、改めて理解する。
この男は、ただの変人研究者じゃない。
──人類最強。
四聖騎士団二番隊隊長。
神獣を殺せる、化け物達の一角なのだと。




