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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第6話
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18/33

弑神の騎士 Ⅱ

 ラボの内部は、半壊していた。

 机は黒焦げ。

 床には砕けた魔石の破片。

 天井の一部は吹き飛び、煙がまだ立ち昇っている。


 そして、その中心で──


「ひゃ───っはっはっは!!失敗だったようだ!!」


 一人の男が、心底楽しそうに笑っていた。


 栗色の髪は爆風でぼさぼさ、丸眼鏡はひび割れしている。

 白衣代わりのローブは(すす)だらけ。

 にも関わらず、本人は満面の笑みだった。


「やはり魔力圧縮率を三%上げた程度でも不安定さは尋常じゃないな。いやだとすると、その不安定さを制御する術式を形成すれば確率が上がるか?いやいや待て、むしろ圧縮工程の手法自体を変更して──」


 ぶつぶつと呟き始める。

 完全に自分の世界へ入っていた。


「所長」


 リオが、冷静な声で呼びかける。


「またラボを半壊にしましたね」

「うん、些細な代償だ」

「あと、来客です」

「来客?」


 そこでようやく、男は顔を上げた。


 そして──


「おおっ!!ユーリ君!!」


 一瞬で表情が明るくなる。


「久しぶりだねぇ!!」

「相変わらずだな」

「お互い様さ!活躍の噂は聞いてるよ」


 男は楽しそうに笑った。


「そうそう!前に渡した『ウォルスの腕輪』はどうだい?レビューを聞かせてもらえると嬉しいよ」


 期待に満ちた目で、男が詰め寄る。

 ユーリは、淡々と答えた。


「壊れた」

「え、壊れた!?」


 男が驚きの声を上げる。

 その声に、シャルロットはビクッとした。

 ウォルスの腕輪と言えば、魔力を剣に置く修行で、粉々に破壊してしまった、時価20万N(ノルン)はするレア魔具だ。


「あ、あのっ!ご、ごめんなさい!!私の修行で使わせてもらって⋯⋯こ、壊しちゃいました⋯⋯」


 慌てて頭を下げるシャルロット。

 顔は蒼白だ。

 弁償を迫られるだろうか。


 しかし、一瞬の沈黙の後──


「ひゃ──っはっはっはっは!!」


 男は腹を抱えて爆笑した。


「いやぁ実に君らしい使い方だ!!」

「笑うところなの!?」


 シャルロットが困惑する。

 男は、愉快そうに目を細めた。


「ウォルスの腕輪は、防御術式の自動発動を目的にした試作品でね。確かに術式発動までにわずかな遅延が存在する」

「一秒のロスだ」


 ユーリが補足する。


「そう!普通なら誤差として無視されるレベルだ!だが君は、その一秒未満のロスを修行に利用した!」


 男が、心底楽しそうに笑う。


「素晴らしい発想だよ!」

「意外と役に立ったな」

「くぅ〜〜っ!!そういう所が最高なんだよ君は!!」


 研究者としての琴線に触れたのか、男はテンションが限界突破していた。


「やはり課題は術式発動速度か⋯⋯もっと圧縮率を上げるべきか?いや、別系統の補助術式を──」


 またぶつぶつと考え込み始める。


「所長、先に自己紹介を」

「おっと、そうだったね」


 リオに指摘され、男は咳払いした。


「失礼。僕はアルヴィン・バスクード。この研究所の所長を務めている」


 その名を聞き、シャルロットが首を傾げる。


(アルヴィン⋯⋯バスクード⋯⋯?その名前、どこかで⋯⋯)


 記憶を掘り起こすため、暫し考える。

 やがて導き出したその答えに、シャルロットは目を見開いた。


「アルヴィン・バスクードって⋯⋯確か、四聖騎士団(クローバーナイツ)の二番隊隊長もそんな名前じゃ⋯⋯?」

 

「あ、うん。一応四聖騎士団(クローバーナイツ)二番隊隊長なんかもついでにやっているよ」


 アルヴィンはあっさりと認めた。

 シャルロットとアルベルトが固まる。


 神獣を討伐した唯一の騎士団。

 世界でその名を知らぬ者はいない。

 その一角が、目の前の男だという。 

 こんな事を言うのはなんだが──


(と、とても⋯⋯そうは見えない)


 一番隊隊長であるクレメントと比べると、あまり騎士っぽくない。


「改めまして、私はリオ・マーリンです。ここ、魔導科学研究所の副所長であり、アルヴィン隊長が指揮する二番隊の副隊長を拝命しています」


「ふ、副隊長!?」


 シャルロットが再び驚愕する。

 対してリオは、相変わらず冷静だった。


「主に所長の暴走を止める役目です」

「止められてないよね!?」

「最近は諦めています」

「あ⋯⋯そ、そう⋯⋯」


 アルベルトが遠い目をした。


「そういう君達は?ユーリ君に連れがいるなんて、珍しいね」


 アルヴィンの言葉を受け、シャルロットとアルベルトも自己紹介をする。


「俺はアルベルト・フォン=ランパード。勇者を目指してます」

「勇者?へぇ、面白いね君!僕も『勇者』という概念に興味があるんだ!勇ましい者と書いて勇者⋯⋯それは果たしてどのようにして──」

「所長。今は我慢してください」


 瞬時にリオが思考の軌道修正をかける。


「おっとすまない。この話はまた今度。それで、そっちのお嬢さんは?」 

「あっ、私、シャルロット・L=アストライアです。ユーリの弟子として、旅に同行してます」

 

 その瞬間──


「⋯⋯アストライア?」


 アルヴィンの表情が変わった。


「もしかして、ルークさんの娘かい?」

「え⋯⋯?」


 その言葉に、シャルロットが固まる。

 そして、前のめりになって聞き返す。

 

「お、お父さんを知ってるんですか!?」

「知ってるも何も、昔一緒に戦っていたからねぇ」


 アルヴィンは懐かしそうに笑った。


「ルーク・L=アストライア。四聖騎士団(クローバーナイツ)の一番隊副隊長だった人だから」

「──っ!?」


 シャルロットの目が、大きく見開かれる。


「副隊長⋯⋯?」


 ──知らなかった。

 父が騎士だった事は知っている。

 神獣討伐で命を落とした事も。

 しかし、まさか四聖騎士団(クローバーナイツ)の一番隊副隊長だったとは⋯⋯。


  

 ──その時だった。

 研究所全体へ、突如として警報音が鳴り響く。


 ──ビーッ!ビーッ!ビーッ!


 耳を刺すような警告音。

 赤い警戒灯が明滅し、研究所内の空気が一変した。


「な、何!?」


 シャルロットが肩を震わせる。

 アルベルトも周囲を見回した。

 直後、研究所内へ放送が響く。


『緊急警報。王都北西部外壁付近にて、『神獣の果実』落下を確認。繰り返す──神獣の果実落下を確認』


 その言葉に、空気が凍りついた。


「神獣の果実⋯⋯!」


 シャルロットが息を呑む。

 世界樹ユグドラシルより落下する、災厄の果実。

 そこから生まれるのは、人類の天敵──神獣。


四聖騎士団(クローバーナイツ)第二部隊は至急出撃してください』


 放送が続く。


『アルヴィン・バスクード隊長へ神獣討伐命令。繰り返す──』


「え~⋯⋯」


 アルヴィンが、露骨に嫌そうな顔をした。


「まだ実験の途中なんだけど⋯⋯」

「行ってください」

「クレメントさん達が行けば良くない?」

「皆さん遠征中です。暇してるのは所長だけです」

「いや、でもさ。リズベットあたりに連絡したら飛んで帰ってくるんじゃ⋯⋯」

「いいから、黙って行ってください」


 リオが、一切の感情を込めずに圧を掛ける。

 アルヴィンは、わざとらしく大きな溜息を吐いた。


「研究者に戦闘をやらせるなんて、王国は人使いが荒いよねぇ」

「神獣を単独討伐できる研究者なんて、所長くらいです」

「褒めても何も出ないよ?」

「褒めてません」


 即答だった。

 シャルロットとアルベルトは、ぽかんとしている。

 あまりにも緊張感が無い。

 だが、その内容はとんでもなかった。


 ──神獣を単独討伐。


 それを、当たり前のように口にしている。

 アルヴィンは、くるりと振り返った。


「せっかくだし、君達も来るかい?」

「え?」

「フィールドワークだよ。色々と勉強になると思うよ」


 シャルロットが思わずユーリを見る。

 ユーリは、静かに頷いた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 研究所を出た一行は、そのまま王都北西部外壁へと向かっていた。


 途中、避難誘導を行う騎士達と何度もすれ違う。

 王都の空気は、先程までの活気が嘘のように張り詰めていた。


 そして──城壁の外。

 そこには、巨大な赤黒い果実が落下していた。

 表面には、不気味な脈動。

 まるで心臓のように、どくん、どくんと脈打っている。

 シャルロットが息を呑む。

 直後──


 ──バキッ!!


 果実の表面へ亀裂が走った。

 騎士達が、一斉に武器を構える。

 ひび割れは、瞬く間に全体へ広がっていく。

 そして──


 ──ドォォンッ!!


 果実が、内側から弾け飛んだ。


「グルルルルルルッ!!」


 現れたのは、双頭の魔犬。

 漆黒の毛並み、巨大な二つの頭部。

 鋭い牙からは、粘ついた唾液が滴っている。


 神獣──オルトロス。


「ガァァァァァァッ!!」


 咆哮が、大気を震わせた。

 オルトロスが、陣形を組んだ騎士団へと飛びかかる。

 しかし──


「さて、始めようか」


 アルヴィンは微動だにせず、手に持つ杖を地面へ突いた。


「──ローズヴァイン」


 その瞬間──

 大地が爆ぜ、無数の茨の蔓が地面から噴き出す。


「ガァッ!?」


 茨の蔓は、オルトロスの四肢へ巻き付き、一瞬で拘束した。


 だが、それだけでは終わらない。


 蔓に生えた鋭利な棘が、神獣の肉体へ深々と食い込んだ。


「ギャァァァァァァッ!!」


 オルトロスが悲鳴をあげる。


 オルトロスが抵抗しようと暴れる。

 だが、茨は軋みながらも千切れない。

 むしろ──締め上げる力が増していく。


「ほらほら、暴れると余計締まるよ?」


 アルヴィンが、不敵に笑う。

 

 茨は二つの首へ絡み付き──


 ──ギチギチギチッ!!


 鈍い音を立てながら、首を締め上げる。

 オルトロスの目が見開かれた。

 次の瞬間──


 ──ブチッ。


 二つの首が、同時に潰れた。

 神獣の巨体が崩れ落ちる。

 そして、そのまま霧散した。


 シャルロットとアルベルトは、言葉を失っていた。


「⋯⋯え」


 あまりにも、一方的だった。

 ユーリ以外で、神獣を倒した者を見たのは初めてだ。

 しかも──圧倒していた。

 アルヴィンは、まるで大した事ではないように杖を肩へ担ぐ。


「ふむ。あの程度の神獣なら、これくらいの魔力量でも充分な拘束力を保てるようだ。次は魔力量を抑えつつ、もう少し棘の侵食速度を上げてもいいかもしれないな」


 ぶつぶつと、戦闘に関してのフィードバックを行っていた。


 ──シャルロットは、改めて理解する。

 この男は、ただの変人研究者じゃない。

 ──人類最強。

 四聖騎士団(クローバーナイツ)二番隊隊長。

 神獣を殺せる、化け物達の一角なのだと。

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