弑神の騎士
──轟音。
巨大な衝撃が、大地を揺らした。
「ギャァァァァァァァッ!!」
耳を裂くような断末魔。
全長十メートルを超える異形が、ゆっくりと崩れ落ちる。
獅子の上半身に蟻の下半身という異形の神獣──ミルメコレオ。
通常の武器や魔術では傷一つ付けられない。
だが、その頭部には深々と斬り裂かれた剣痕が刻まれていた。
やがて、神獣の巨体が霧散する。
一瞬の静寂。
次の瞬間、歓声が爆発した。
「た、倒した⋯⋯!」
「神獣を倒したぞぉ!!」
「あ⋯⋯ありがとうございます!!」
「四聖騎士団万歳!!」
街の人々が、涙を浮かべながら歓喜する。
神獣──人類にとって、災厄そのもの。
その怪物を討伐したのは、白銀の鎧を纏う騎士達。
ミッドガル王国直属、人類最強戦力。
──四聖騎士団。
「流石です、隊長!」
「お見事でした!!」
若い騎士達が、中央に立つ老騎士へ尊敬の眼差しを向ける。
クレメント・ホーキンス。
四聖騎士団一番隊隊長。
人類で初めて、神獣討伐を成し遂げた騎士団の一角。
白銀の髪を後ろへ流し、立派な白髭を蓄えた老騎士は、静かに直剣を鞘へ納めた。
「これくらいで騒ぐな。帰投まで警戒を解くなよ」
「はっ!!」
一言で、騎士達の空気が引き締まる。
歓声の中にあってなお、クレメントだけは冷静だった。
「周囲警戒を継続。負傷者の確認を急げ」
「了解!」
騎士達が即座に動き出す。
その姿には、長年最前線に立ち続けた者だけが持つ威厳があった。
街の人々は、畏敬の眼差しを向ける。
四聖騎士団。
神獣に対抗出来る、人類最後の砦。
その象徴こそ、目の前の男だった。
クレメントは、不意に空を見上げる。
脳裏に浮かぶのは、一人の少女。
金色の髪、真っ直ぐな紅い瞳。
誰より努力家で、負けず嫌い。
シャルロット・L=アストライア。
そして──その父。
かつて、一番隊で共に戦った騎士。
──「娘が生まれたんです」
当時、照れ臭そうに笑っていた男の顔を思い出す。
気づけば、その娘も騎士を目指して騎士学校の門を叩いた。
直向きで、真っ直ぐで、誰より騎士に憧れていた。
──父親によく似ている。
クレメントは、静かに目を細めた。
(今頃、どうしてるだろうか⋯⋯)
騎士学校を離れ、旅へ出た少女。
後見人として、気に掛からないはずがない。
だが──あの瞳には、確かな覚悟があった。
「強くなれ、シャルロット」
小さく呟く。
その言葉は、街に響く歓声の中へ静かに溶けていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うわぁ⋯⋯」
巨大な城壁の鉄門をくぐり抜けると、シャルロットは、思わず声を漏らした。
視界いっぱいに広がる、巨大な城下町。
真っ直ぐ伸びる石畳の大通り。
左右に立ち並ぶ巨大な建物群。
無数の露店と、行き交う人々。
飛び交う喧騒と熱気が、一気に押し寄せてくる。
ミッドガル王国首都──王都ヘイムダル。
王国最大の都市。
「これが⋯⋯王都」
シャルロットは、きょろきょろと辺りを見回した。
今まで訪れてきた街とは、何もかも規模が違う。
人の数も、建物の大きさも、流れる空気すら。
商人達の呼び声、荷車の車輪の音、遠くから聞こえる鍛冶の槌音、鎧を鳴らしながら巡回する騎士達⋯⋯。
まるで街そのものが、生きているようだった。
ふと、その視線が遠くへ向いた。
王都の中心──全てを見下ろすように、巨大な城が聳え立っている。
白銀の塔群、幾重にも重なる外壁、空へ突き刺さるような尖塔。
──ミッドガル城。
王国の象徴である。
「見て、ユーリ!お城!!」
シャルロットが目を輝かせながら指差す。
「すご⋯⋯」
「やっぱりいつ見ても壮観だな」
アルベルトも呟く。
一方で──
「さっさと宿を探すぞ」
ユーリだけは、いつも通りだった。
「反応薄っ!?」
「もっと感動しようよ!?」
「見慣れてる」
即答だった。
「もーっ!」
シャルロットが頬を膨らませる。
アルベルトは、思わず吹き出した。
「ははっ!相変わらずだなぁ」
そんな二人を余所に、ユーリは静かに歩き出そうとした。
その時──
「⋯⋯ユーリさん?」
不意に、女性の声が響いた。
三人が振り向く。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
深い紺色のローブ、シアン色の髪を後ろで纏め、細い眼鏡を掛けている。
整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気の知的な女性だった。
彼女は、ユーリの姿を確認すると小さく頭を下げる。
「やはり、ユーリさんでしたか」
「⋯⋯リオか」
ユーリが短く名前を呼ぶ。
どうやら知り合いらしい。
シャルロットとアルベルトは、揃って目を瞬かせた。
「知り合い?」
「まあな」
ユーリは簡潔に答える。
リオは、静かに眼鏡の位置を直した。
「お久しぶりです。所長が会いたがっていましたよ」
「⋯⋯また変な魔具を作ったのか?」
「ええ。いつも通り」
リオが小さく溜息をつく。
「今日も朝からラボに籠もりっきりです。三回ほど爆発音が聞こえてましたが⋯⋯まぁ、大丈夫でしょう」
「爆発音!?」
シャルロットとアルベルトが揃って驚きの声をあげる。
「いつもの事だ」
ユーリが涼しげに言う。
「はい。いつもの事です」
リオも淡々とした口調で頷く。
完全に慣れ切った様子の二人。
シャルロットは、じーっとリオを見つめた。
(何か⋯⋯すごい美人)
しかも知的で落ち着いている。
その上、ユーリと距離感が近い。
何となく、少しだけ面白くない。
その視線に気づいたリオがシャルロットを見返す。
「何か?」
「あ、いえ⋯⋯」
自分でも、何が引っ掛かったのか分からなかった。
そんなシャルロットの様子を見て、アルベルトは小さく目を細める。
だが、何も言わない。
ただ静かに、少しだけ優しい目をしていた。
「せっかくなので、研究所に寄っていきませんか?所長も喜びますよ」
「そうだな」
ユーリは、特に迷う様子もなく頷いた。
研究所に行くつもりなのだろうか。
「あ、あの⋯⋯!私達、宿探さないといけないので」
反射的に口が動いた。
自分でも、何故そんな事を言ったのか分からない。
ユーリがこのままリオについて行ってしまいそうで、何となく落ち着かなかった。
しかし、リオは一瞬も迷わず頷く。
「それなら問題ありません。すぐに手配できますので」
「⋯⋯へ?」
シャルロットが固まる。
リオは、すっと懐から小型の魔具を取り出し、耳に当てる。
「魔導科学研究所、リオです。至急三人分、部屋の確保をお願いします。⋯⋯はい、請求は所長宛で」
魔具の通信先とやり取りを交わし、再び懐へ戻した。
「完了しました」
「え⋯⋯?今ので!?」
「はい。我が研究所で開発された小型魔導通信機です」
「便利すぎる⋯⋯」
アルベルトが、感心したように呟く。
「では、行きましょうか」
リオが歩き出す。
ユーリも特に異論は無いらしく、その後へ続く。
シャルロットは、何となく釈然としない気持ちを抱えたまま、その背中を見る。
一方でアルベルトは、そんなシャルロットを横目で見ながら、小さく苦笑する。
「ほら、置いてかれるよ」
「あ⋯⋯待って!」
慌てて二人の後を追いかける。
その先で、リオは変わらぬ落ち着いた足取りで王都の街を進んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王都の喧騒を離れ、リオに案内されるまま石畳の道を進んでいく。
次第に周囲の建物は減り、人通りも少なくなっていった。
やがて──
「⋯⋯すごいな」
アルベルトが思わず声を漏らす。
その視線の先には、王都郊外に建てられた巨大施設が、夕暮れ空の下に姿を現していた。
白を基調とした巨大な外壁。
その壁の至る所に、複雑な術式が刻まれている。
──王立魔導科学研究所。
ミッドガル王国における、魔導技術研究の最高機関であり、国家機密級の魔具や術式も数多く開発されている王国屈指の重要施設である。
「何か⋯⋯研究所っていうより要塞みたい」
シャルロットが、圧倒されたように呟く。
「実際、防衛設備も兼ねていますので」
リオが淡々と説明する。
「内部には、多重防壁術式、自動迎撃型魔導砲台、爆破トラップなども配備されています」
「ホントに研究所!?」
シャルロットが思わずツッコむ。
アルベルトも苦笑した。
研究所正面まで進むと、目の前には巨大な金属扉が構えていた。その両脇には、武装した騎士達が警備に立っている。
リオの姿を見た瞬間、騎士達が敬礼する。
「リオ副所長!お疲れ様です!」
「ご苦労様。この三人は所長の来賓だから、通させてもらうわね」
「はい!どうぞ!」
騎士が解錠し、扉を開けた。
慣れた様子で中へ入っていくリオとユーリ。
シャルロットとアルベルトも慌ててその後を追う。
施設内は、まさしく異世界だった。
すれ違う研究員達は、自身の研究に没頭しているためか、こちら側を見向きもしない。
中には、ぶつぶつと術式計算を呟きながら歩く者や、発光する液体を抱えて走っていく者までいる。
あちこちに大量の本が積まれ、机には魔石や素材が煩雑に置かれている。
薬品の臭いや、何か怪しげな音も至る場所から聞こえてくる。
「何なのここ⋯⋯」
「世界中の変人が集まる場所だ」
異様な環境に戸惑うシャルロットに、ユーリが淡々と皮肉を言う。
その時──
──ドォォンッ!!
凄まじい爆発音が研究所内へ響き渡った。
床が揺れる。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
シャルロットとアルベルトが驚く中、リオは冷静に口を開く。
「地下のラボですね」
「間違いなく、あいつだな」
リオとユーリは、慣れた様子で地下の階段を降りていった。
シャルロットとアルベルトもその後に続く。
地下へ降りるにつれ、焦げ臭い匂いが強くなっていく。
何だか、嫌な予感しかしない。
地下のラボに到着すると、リオはノックして扉を開けた。
「失礼します。所長、ユーリさんを──」
「ひゃ────っはっはっはっは!!」
リオの言葉を遮るように、ラボの奥に立つ男が、高笑いをしている。
──その光景に、シャルロットとアルベルトはドン引きしてしまった。




