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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第9話
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33/33

魔喰い Ⅲ

 アルベルトが、ぽつりと呟いた。

 

「⋯⋯すごいな。あの人、何者だ?」

 

 視線の先には、霧散したドライアドの残滓と、その中心に立つ女騎士。

 シャルロットが静かに答える。

 

四聖騎士団(クローバーナイツ)三番隊隊長、リズベット・シュナウザー⋯⋯」

「三番隊隊長⋯⋯」

 

 アルベルトが、わずかに息を呑む。

 

「じゃあ⋯⋯あの人も、アルヴィンさんと同じ⋯⋯神を殺せる存在、なのか⋯⋯?」

「うん⋯⋯」

 

 シャルロットは小さく頷いた。

 

「ユーリがそう呼んでたし、それに──」

 

 一度、視線をリズベットへと向ける。

 

「神獣を、あっさり倒した」

 

 それだけで、十分すぎる証明だった。

 その時──リズベットが、こちらへ歩み寄ってきた。

 その足取りは、戦闘直後とは思えないほど静かで、乱れがない。

 だがその視線は──商人へと向けられていた。

 

「邪魔して悪かったね」

 

 柔らかな口調。

 だが、その奥に何かを探るような気配があった。

 

「ここはもう安全だ。心置きなく採取していいよ」

 

 含みのある言い方。

 商人の肩が、びくりと震えた。

 

「え、ああ⋯⋯そ、それはどうも⋯⋯」

 

 視線が合わない。

 明らかに、怯えている。

 リズベットはその様子をじっと見つめ──

 やがて、ふっと笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ、私達は帰投するとするよ」

 

 踵を返しかけて──

 一瞬だけ、振り返る。

 

「ユーリ──また後で(・・・・)

「⋯⋯ああ」

 

 短い応答。

 それだけで通じる何かがあった。

 リズベットはそれ以上何も言わず、騎士達へと指示を出す。

 

「撤収」

 

 簡潔な号令。

 統制された動きで、騎士団はその場を離れていった。

 やがて、その気配が完全に消える。

 ──辺りに静寂が戻る。

 

「はぁぁぁ⋯⋯」

 

 商人が、大きく息を吐いた。

 張り詰めていたものが、一気に緩んだようだった。

 その様子を──

 シャルロットとアルベルトが、無言で見つめる。

 疑念は、隠しきれない。

 そこへ、ユーリが淡々と口を開いた。

 

「さっさと、目当てのものを採取しろ」

「あ、ああ⋯⋯そうだね」

 

 商人は慌てて頷くと、かつて花畑だったであろう場所へ向かう。

 しゃがみ込み、土を掘り返す。

 そして──何かを見つけた。

 土の中から現れたのは、くすんだ色の球根。

 それを、まるで宝物のように手に取り──

 素早くカバンへと仕舞い込むと、すっと立ち上がる。

 

「それじゃあ、ラクティスに戻ろうか」

 

 何事もなかったかのようにそう告げ、歩き出した。

 その足取りは、わずかに速い。


 ユーリとリリアーナもその後に続く。

 シャルロットとアルベルトは、一度顔を見合わせる。

 ──言葉にはしない。

 だが、同じ疑念を抱いていることは、分かっていた。

 そして──何も言わず、二人の背中を追った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ラクティスへと戻ったユーリ達は、無事に護衛任務を達成した。

 契約通り、報酬を受け取る。

 

「それじゃあ、これで⋯⋯」

 

 商人は、どこか落ち着かない様子で言うと、そそくさとその場を後にした。

 その背中を見送りながら──アルベルトが口を開く。

 

「⋯⋯だいぶ怪しかったな、あのおっさん」

「うん。騎士団を明らかに避けてたしね」

 

 シャルロットも小さく頷く。

 その横で、リリアーナがユーリへ視線を向けた。

 

「ユーリ。あの球根、もしかして⋯⋯」

 

 ユーリは、何も言わずに頷いた。

 

「予定通り、報酬はもらえた」

 

 淡々と告げる。

 

「あとは、騎士団に任せればいい」

「ん、そうだね」

 

 リリアーナは、小さく頷いた。

 シャルロットとアルベルトは、顔を見合わせる。


  

 その夜──

 商人は、人目を避けるようにラクティスの奥へと足を運んでいた。

 辿り着いたのは──古びた教会。

 静まり返った扉を押し開け、中へ入る。

 長い身廊(しんろう)を足早に進み、祭壇の横へ。

 燭台(しょくだい)に手をかけ──(ひね)る。

 ゴゴ、と鈍い音が響き、床が開いた。

 現れたのは、地下へ続く階段。

 商人は迷いなくそこを降りていく。

 地下通路を進むと、奥には扉が現れる。

 商人が扉をノックする。

 しばしの沈黙の後──扉が開いた。

 中には、複数の人影。

 

「例のものは?」

 

 低い声が問う。

 

「ああ、ここに」

 

 商人はにやりと笑い、鞄を差し出した。

 中から取り出されたのは──球根。

 それを確認した男が、無言で革袋を差し出す。

 ずしりと重い音。

 商人は袋の中を確認し、口元を歪めた。

 

「確かに」

 

 その瞬間──

 

 ──バンッ!!

 

 扉が勢いよく開かれた。

 

「動くな!!」

 

 怒号と共に、騎士団が雪崩れ込む。

 

「なっ──!?」

 

 状況を理解する間もなく、武装した騎士達が一気に間合いを詰める。

 抵抗する暇すらない。

 縄が飛び、武器が弾かれ、床に押さえつけられる。

 

「くっ⋯⋯何だ、これは!?」

「捕縛、完了しました!」

 

 騎士の一人が敬礼する。

 その奥から──ゆっくりと、一人の女が姿を現した。

 リズベット・シュナウザー。

 彼女は捕縛された者達の横を静かに通り過ぎ、テーブルへと歩み寄る。

 そして──球根を手に取った。

 

「⋯⋯やはりな」

 

 小さく、呟く。

 商人が顔を逸らした。

 その視線から逃げるように。

 

「幻鏡花──」

 

 リズベットの声は静かだった。

 

「その球根は、強い幻覚を引き起こす薬の原料だ」

 

 一歩、踏み出す。

 

「ミッドガル王国では──所持、使用、栽培、取引⋯⋯すべてが禁じられている」

 

 ──沈黙。

 彼らに逃げ場は、ない。

 

「そういう訳で」

 

 側近の騎士が、淡々と告げる。

 

「あなた方を、現行犯で逮捕します」

「く、くそぉぉぉ!!」

「連行しろ」

 

 短い命令。

 それだけで、すべてが終わった。

 

 教会から、騎士団と捕縛者がぞろぞろと出てくる。

 そこには──ユーリ達の姿があった。

 

「貴様ら⋯⋯!」

 

 商人が叫ぶ。

 

「グルだったんだな!?」

 

 その言葉に、ユーリは一瞥する。

 

「勘違いするな」

 

 淡々と、商人に告げる。

 

「依頼を受けたのが、たまたま俺達だっただけだ。そして、偶然来た騎士団が──俺達と知り合いだった」

 

 商人はギリっと歯を噛みしめた。

 

「⋯⋯不運だったな」

 

 何も言い返せない。

 そのまま、騎士に引きずられ──姿は闇に消えた。

 その様子を、ユーリは静かに見ていた。


 連行されていく一団を見送り、リズベットはゆっくりと振り返った。

 その視線が、ユーリ達へと向けられる。

 

「世話かけたな」

 

 ユーリが短く言う。

 

「いや」

 

 リズベットは軽く首を振る。

 

「奴らを無事に捕らえられた。こちらこそ、協力感謝する」

 

 そのやり取りに、わずかな間が生まれる。

 

「あの⋯⋯」

 

 シャルロットが、おずおずと口を挟んだ。

 リズベットの視線が、ゆっくりと彼女へ移る。

 

「おっと、すまない」

 

 一歩、距離を詰める。

 

「フロリドゥスでは立て込んでいて、挨拶もしていなかったね」

 

 軽く息を吐き──

 

「私は、四聖騎士団(クローバーナイツ)三番隊隊長兼、機動捜査隊隊長──リズベット・シュナウザーだ」

 

 名乗りは、簡潔だった。

 その隣で、一歩前に出る男。

 

「同じく、三番隊副隊長兼、機動捜査隊副隊長の──エドワード・バトラーです」

 

 黒髪に、細められた目。

 腰には二本の長剣。

 口元には、崩れない笑み。

 その雰囲気に、アルベルトが眉を(ひそ)める。

 

「機動捜査隊って⋯⋯?」

 

 何気ない疑問。

 だが──

 

「ランパード領のご子息ともあろう方が、それもご存じないとは」

 

 エドワードが、にこやかに言った。

 

「領地の未来が、少し心配になりますね」

 

 笑顔で辛辣な言葉が飛ぶ。

 

「⋯⋯っ」

 

 アルベルトが固まる。

 その空気を断ち切るように──

 

「エドワード」

 

 リズベットが小さく咳払いした。

 わずかな圧。

 

「おっと、失礼しました」

 

 エドワードは笑顔のまま、すぐに一歩引いた。

 何事もなかったかのように。

 

「機動捜査隊は──」

 

 リズベットが続ける。

 

「ミッドガル王国内で発生する犯罪の捜査、検挙──そして警邏(けいら)を担う部隊だ」

 

 簡潔で、無駄がない説明。

 

「じゃあ⋯⋯あの商人の目的も、最初から?」

 

 シャルロットが問いかける。

 それに答えたのは、エドワードだった。

 

「ええ。神獣に壊滅させられた村に、わざわざ非正規の護衛を雇ってまで赴く」

 

 笑顔は崩さない。

 

「よほどの節穴でなければ、違和感くらいは覚えますよね?」

「あ、あはは⋯⋯」


 シャルロットは、苦笑いするしかなかった。


「そ、そういえば、こっちの挨拶をしてなかったですね!?」


 この微妙な空気を変えようと、シャルロットが話題を変える。

 まずは、アルベルトが前へ出る。

 

「俺は、アルベルト・フォン=ランパード。⋯⋯っていうか」

 

 そこで、ふと眉をひそめた。

 

「なんで俺がランパード領の子息って知ってるんだ?」

 

 当然の疑問だった。

 それに答えたのは、エドワードだった。

 

「我々の情報網を甘く見ないでほしいですね」

 

 相変わらずの笑顔。

 だが、その言葉には一切の冗談が混じっていない。

 続けて、リズベットが口を開く。

 

「捜査には、常に迅速かつ正確な情報が必要だからね」

 

 簡潔で、揺るぎない言葉。

 

「な、なるほど⋯⋯」

 

 アルベルトは小さく頷いた。

 ──納得するしかない。

 次に、シャルロットが一歩前へ出る。

 

「私は──」

 

 名乗ろうとした、その瞬間。

 

「ルークの娘さんだろう?」

 

 リズベットが、したり顔で言う。

 

「アルヴィンから聞いてるよ」

「え⋯⋯」

 

 一瞬、言葉を失う。

 

(すごい⋯⋯)

 

 思わず、そんな感想が漏れそうになる。

 情報の速さと精度。

 それがどれほどのものか、実感させられる。

 

「⋯⋯リリアーナ」

 

 短く名乗る声。

 リズベットは、わずかに目を細めた。

 

「君のことも聞いているよ。神威を使えるんだってね」

「リリアーナのことまで!?」

 

 シャルロットが思わず声を上げる。

 だが──

 

「⋯⋯情報、それだけ?」

「え⋯⋯?」

 

 リリアーナが、やれやれといった様子で問い返した。

 リズベットは目を丸くする。

 エドワードが、笑顔のままわずかに眉を(ひそ)めた。

 次の瞬間──

 

「私は既に、身も心も、ユーリのもの」

 

 リリアーナが、静かに、だがはっきりと告げる。

 ──沈黙、そして⋯⋯

 

「「なっ⋯⋯なんだとぉ!?」」

 

 リズベットとエドワードの声が、見事に重なった。

 

「ち、ちょっと!リリアーナ!?」

 

 シャルロットが慌てて割って入る。

 しかし当の本人は──

 

「⋯⋯ふっ」

 

 ほんのわずかに口元を緩め、勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。


「ど、どういう事だ、ユーリ!?」

 

 リズベットの声が鋭く響く。

 だが──当のユーリは、まったく反応しない。

 腕を組んだまま、視線すら向けない。

 完全に、他人事だった。

 

(関わる気ゼロだこの人!!)

 

 シャルロットが内心で叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいリズベットさん!落ち着いて!」

 

 慌てて間に入る。

 

「リリアーナも!誤解されるようなこと言わないの!」

 

 だが──

 

「嘘は言ってない。いつでも、受け入れる」

 

 リリアーナは、あくまで平然としていた。

 その横で──

 

「やれやれ」

 

 エドワードが、軽く肩をすくめた。

 

「とんだ恋愛妄想気質のお嬢さんですね」

 

 にこやかな笑み。

 だが、その言葉は鋭い。

 

「頭の中もお花畑ですか?」

 

 エドワードは、くすりと楽しそうに笑った。 

 リリアーナの目が、わずかに細まる。

 

「妄想じゃない。気概の問題」

 

 一歩も引かない声音。

 

「それに──」

 

 ほんのわずかに、口元が歪む。

 

「この程度の情報撹乱(かくらん)で動揺してた」

 

 視線が、エドワードへと突き刺さる。

 

「機動捜査隊の情報網、大したことない」

 

 ──ピリ、と空気が張り詰める。

 

「ふふふ⋯⋯」

 

 エドワードが、笑う。

 だがその目は、まったく笑っていない。

 

「⋯⋯ふっ」

 

 リリアーナも、同じように笑みを返す。

 視線がぶつかる。

 火花が散る。

 ──バチ、バチ、と。 

 お互い笑いながら、睨み合う。

 

(こ、こわい⋯⋯)

 

 シャルロットの頬が引きつる。

 

(⋯⋯帰りたい)

 

 アルベルトは、心の底からそう思った。


 そこへ──


「リズベット」

 

 ユーリが、短く呼ぶ。

 

「な、なんだ?」

 

 先ほどまでの空気を引きずりつつも、リズベットが応じる。

 だが──

 ユーリの表情は、真剣であった。

 

「お前達が、なぜこんな辺境にいる?」

 

 淡々と問う。

 

「機動捜査隊は、本来王都周辺の警邏が任務のはずだろ」

 

 空気を切り裂く、あまりにも的確な一言。

 

(この人⋯⋯本当にすごいな)

 

 アルベルトは、内心で本気で尊敬した。

 この混沌(カオス)を、一撃で『会話』に戻したのだから。

 リズベットの表情が、すっと引き締まる。

 先ほどまでの動揺は、もうない。

 

「⋯⋯国王陛下の勅命だ」

 

 静かに、だがはっきりと告げる。

 

「この先にある──ミッドガルとニブルヘイムの国境の町、『レゴラピス』に用がある」

 

 その一言で──

 ユーリの目が、わずかに細められた。

 

「何を──視た(・・)?」

 

 低く、問い返す。

 空気が変わる。

 リズベットは、一拍だけ間を置いた。

 そして──

 

「⋯⋯天使、襲来」

 

 その言葉が、静かに落ちる。

 

「て、天使⋯⋯?」

 

 シャルロットが息を呑む。

 神獣とも、神とも違う──聞き慣れない言葉。

 じわりと、掌に汗が滲む。

 アルベルトもまた、言葉を失っていた。

 

 ──重い沈黙。

 誰も、すぐには次の言葉を紡げない。

 

 だが──

 ユーリは、違った。

 わずかに視線を上げる。

 その瞳に、迷いはない。

 

「俺達も、行く」

 

 短く、断定した。

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