魔喰い Ⅲ
アルベルトが、ぽつりと呟いた。
「⋯⋯すごいな。あの人、何者だ?」
視線の先には、霧散したドライアドの残滓と、その中心に立つ女騎士。
シャルロットが静かに答える。
「四聖騎士団三番隊隊長、リズベット・シュナウザー⋯⋯」
「三番隊隊長⋯⋯」
アルベルトが、わずかに息を呑む。
「じゃあ⋯⋯あの人も、アルヴィンさんと同じ⋯⋯神を殺せる存在、なのか⋯⋯?」
「うん⋯⋯」
シャルロットは小さく頷いた。
「ユーリがそう呼んでたし、それに──」
一度、視線をリズベットへと向ける。
「神獣を、あっさり倒した」
それだけで、十分すぎる証明だった。
その時──リズベットが、こちらへ歩み寄ってきた。
その足取りは、戦闘直後とは思えないほど静かで、乱れがない。
だがその視線は──商人へと向けられていた。
「邪魔して悪かったね」
柔らかな口調。
だが、その奥に何かを探るような気配があった。
「ここはもう安全だ。心置きなく採取していいよ」
含みのある言い方。
商人の肩が、びくりと震えた。
「え、ああ⋯⋯そ、それはどうも⋯⋯」
視線が合わない。
明らかに、怯えている。
リズベットはその様子をじっと見つめ──
やがて、ふっと笑みを浮かべた。
「それじゃあ、私達は帰投するとするよ」
踵を返しかけて──
一瞬だけ、振り返る。
「ユーリ──また後で」
「⋯⋯ああ」
短い応答。
それだけで通じる何かがあった。
リズベットはそれ以上何も言わず、騎士達へと指示を出す。
「撤収」
簡潔な号令。
統制された動きで、騎士団はその場を離れていった。
やがて、その気配が完全に消える。
──辺りに静寂が戻る。
「はぁぁぁ⋯⋯」
商人が、大きく息を吐いた。
張り詰めていたものが、一気に緩んだようだった。
その様子を──
シャルロットとアルベルトが、無言で見つめる。
疑念は、隠しきれない。
そこへ、ユーリが淡々と口を開いた。
「さっさと、目当てのものを採取しろ」
「あ、ああ⋯⋯そうだね」
商人は慌てて頷くと、かつて花畑だったであろう場所へ向かう。
しゃがみ込み、土を掘り返す。
そして──何かを見つけた。
土の中から現れたのは、くすんだ色の球根。
それを、まるで宝物のように手に取り──
素早くカバンへと仕舞い込むと、すっと立ち上がる。
「それじゃあ、ラクティスに戻ろうか」
何事もなかったかのようにそう告げ、歩き出した。
その足取りは、わずかに速い。
ユーリとリリアーナもその後に続く。
シャルロットとアルベルトは、一度顔を見合わせる。
──言葉にはしない。
だが、同じ疑念を抱いていることは、分かっていた。
そして──何も言わず、二人の背中を追った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラクティスへと戻ったユーリ達は、無事に護衛任務を達成した。
契約通り、報酬を受け取る。
「それじゃあ、これで⋯⋯」
商人は、どこか落ち着かない様子で言うと、そそくさとその場を後にした。
その背中を見送りながら──アルベルトが口を開く。
「⋯⋯だいぶ怪しかったな、あのおっさん」
「うん。騎士団を明らかに避けてたしね」
シャルロットも小さく頷く。
その横で、リリアーナがユーリへ視線を向けた。
「ユーリ。あの球根、もしかして⋯⋯」
ユーリは、何も言わずに頷いた。
「予定通り、報酬はもらえた」
淡々と告げる。
「あとは、騎士団に任せればいい」
「ん、そうだね」
リリアーナは、小さく頷いた。
シャルロットとアルベルトは、顔を見合わせる。
その夜──
商人は、人目を避けるようにラクティスの奥へと足を運んでいた。
辿り着いたのは──古びた教会。
静まり返った扉を押し開け、中へ入る。
長い身廊を足早に進み、祭壇の横へ。
燭台に手をかけ──捻る。
ゴゴ、と鈍い音が響き、床が開いた。
現れたのは、地下へ続く階段。
商人は迷いなくそこを降りていく。
地下通路を進むと、奥には扉が現れる。
商人が扉をノックする。
しばしの沈黙の後──扉が開いた。
中には、複数の人影。
「例のものは?」
低い声が問う。
「ああ、ここに」
商人はにやりと笑い、鞄を差し出した。
中から取り出されたのは──球根。
それを確認した男が、無言で革袋を差し出す。
ずしりと重い音。
商人は袋の中を確認し、口元を歪めた。
「確かに」
その瞬間──
──バンッ!!
扉が勢いよく開かれた。
「動くな!!」
怒号と共に、騎士団が雪崩れ込む。
「なっ──!?」
状況を理解する間もなく、武装した騎士達が一気に間合いを詰める。
抵抗する暇すらない。
縄が飛び、武器が弾かれ、床に押さえつけられる。
「くっ⋯⋯何だ、これは!?」
「捕縛、完了しました!」
騎士の一人が敬礼する。
その奥から──ゆっくりと、一人の女が姿を現した。
リズベット・シュナウザー。
彼女は捕縛された者達の横を静かに通り過ぎ、テーブルへと歩み寄る。
そして──球根を手に取った。
「⋯⋯やはりな」
小さく、呟く。
商人が顔を逸らした。
その視線から逃げるように。
「幻鏡花──」
リズベットの声は静かだった。
「その球根は、強い幻覚を引き起こす薬の原料だ」
一歩、踏み出す。
「ミッドガル王国では──所持、使用、栽培、取引⋯⋯すべてが禁じられている」
──沈黙。
彼らに逃げ場は、ない。
「そういう訳で」
側近の騎士が、淡々と告げる。
「あなた方を、現行犯で逮捕します」
「く、くそぉぉぉ!!」
「連行しろ」
短い命令。
それだけで、すべてが終わった。
教会から、騎士団と捕縛者がぞろぞろと出てくる。
そこには──ユーリ達の姿があった。
「貴様ら⋯⋯!」
商人が叫ぶ。
「グルだったんだな!?」
その言葉に、ユーリは一瞥する。
「勘違いするな」
淡々と、商人に告げる。
「依頼を受けたのが、たまたま俺達だっただけだ。そして、偶然来た騎士団が──俺達と知り合いだった」
商人はギリっと歯を噛みしめた。
「⋯⋯不運だったな」
何も言い返せない。
そのまま、騎士に引きずられ──姿は闇に消えた。
その様子を、ユーリは静かに見ていた。
連行されていく一団を見送り、リズベットはゆっくりと振り返った。
その視線が、ユーリ達へと向けられる。
「世話かけたな」
ユーリが短く言う。
「いや」
リズベットは軽く首を振る。
「奴らを無事に捕らえられた。こちらこそ、協力感謝する」
そのやり取りに、わずかな間が生まれる。
「あの⋯⋯」
シャルロットが、おずおずと口を挟んだ。
リズベットの視線が、ゆっくりと彼女へ移る。
「おっと、すまない」
一歩、距離を詰める。
「フロリドゥスでは立て込んでいて、挨拶もしていなかったね」
軽く息を吐き──
「私は、四聖騎士団三番隊隊長兼、機動捜査隊隊長──リズベット・シュナウザーだ」
名乗りは、簡潔だった。
その隣で、一歩前に出る男。
「同じく、三番隊副隊長兼、機動捜査隊副隊長の──エドワード・バトラーです」
黒髪に、細められた目。
腰には二本の長剣。
口元には、崩れない笑み。
その雰囲気に、アルベルトが眉を顰める。
「機動捜査隊って⋯⋯?」
何気ない疑問。
だが──
「ランパード領のご子息ともあろう方が、それもご存じないとは」
エドワードが、にこやかに言った。
「領地の未来が、少し心配になりますね」
笑顔で辛辣な言葉が飛ぶ。
「⋯⋯っ」
アルベルトが固まる。
その空気を断ち切るように──
「エドワード」
リズベットが小さく咳払いした。
わずかな圧。
「おっと、失礼しました」
エドワードは笑顔のまま、すぐに一歩引いた。
何事もなかったかのように。
「機動捜査隊は──」
リズベットが続ける。
「ミッドガル王国内で発生する犯罪の捜査、検挙──そして警邏を担う部隊だ」
簡潔で、無駄がない説明。
「じゃあ⋯⋯あの商人の目的も、最初から?」
シャルロットが問いかける。
それに答えたのは、エドワードだった。
「ええ。神獣に壊滅させられた村に、わざわざ非正規の護衛を雇ってまで赴く」
笑顔は崩さない。
「よほどの節穴でなければ、違和感くらいは覚えますよね?」
「あ、あはは⋯⋯」
シャルロットは、苦笑いするしかなかった。
「そ、そういえば、こっちの挨拶をしてなかったですね!?」
この微妙な空気を変えようと、シャルロットが話題を変える。
まずは、アルベルトが前へ出る。
「俺は、アルベルト・フォン=ランパード。⋯⋯っていうか」
そこで、ふと眉をひそめた。
「なんで俺がランパード領の子息って知ってるんだ?」
当然の疑問だった。
それに答えたのは、エドワードだった。
「我々の情報網を甘く見ないでほしいですね」
相変わらずの笑顔。
だが、その言葉には一切の冗談が混じっていない。
続けて、リズベットが口を開く。
「捜査には、常に迅速かつ正確な情報が必要だからね」
簡潔で、揺るぎない言葉。
「な、なるほど⋯⋯」
アルベルトは小さく頷いた。
──納得するしかない。
次に、シャルロットが一歩前へ出る。
「私は──」
名乗ろうとした、その瞬間。
「ルークの娘さんだろう?」
リズベットが、したり顔で言う。
「アルヴィンから聞いてるよ」
「え⋯⋯」
一瞬、言葉を失う。
(すごい⋯⋯)
思わず、そんな感想が漏れそうになる。
情報の速さと精度。
それがどれほどのものか、実感させられる。
「⋯⋯リリアーナ」
短く名乗る声。
リズベットは、わずかに目を細めた。
「君のことも聞いているよ。神威を使えるんだってね」
「リリアーナのことまで!?」
シャルロットが思わず声を上げる。
だが──
「⋯⋯情報、それだけ?」
「え⋯⋯?」
リリアーナが、やれやれといった様子で問い返した。
リズベットは目を丸くする。
エドワードが、笑顔のままわずかに眉を顰めた。
次の瞬間──
「私は既に、身も心も、ユーリのもの」
リリアーナが、静かに、だがはっきりと告げる。
──沈黙、そして⋯⋯
「「なっ⋯⋯なんだとぉ!?」」
リズベットとエドワードの声が、見事に重なった。
「ち、ちょっと!リリアーナ!?」
シャルロットが慌てて割って入る。
しかし当の本人は──
「⋯⋯ふっ」
ほんのわずかに口元を緩め、勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。
「ど、どういう事だ、ユーリ!?」
リズベットの声が鋭く響く。
だが──当のユーリは、まったく反応しない。
腕を組んだまま、視線すら向けない。
完全に、他人事だった。
(関わる気ゼロだこの人!!)
シャルロットが内心で叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいリズベットさん!落ち着いて!」
慌てて間に入る。
「リリアーナも!誤解されるようなこと言わないの!」
だが──
「嘘は言ってない。いつでも、受け入れる」
リリアーナは、あくまで平然としていた。
その横で──
「やれやれ」
エドワードが、軽く肩をすくめた。
「とんだ恋愛妄想気質のお嬢さんですね」
にこやかな笑み。
だが、その言葉は鋭い。
「頭の中もお花畑ですか?」
エドワードは、くすりと楽しそうに笑った。
リリアーナの目が、わずかに細まる。
「妄想じゃない。気概の問題」
一歩も引かない声音。
「それに──」
ほんのわずかに、口元が歪む。
「この程度の情報撹乱で動揺してた」
視線が、エドワードへと突き刺さる。
「機動捜査隊の情報網、大したことない」
──ピリ、と空気が張り詰める。
「ふふふ⋯⋯」
エドワードが、笑う。
だがその目は、まったく笑っていない。
「⋯⋯ふっ」
リリアーナも、同じように笑みを返す。
視線がぶつかる。
火花が散る。
──バチ、バチ、と。
お互い笑いながら、睨み合う。
(こ、こわい⋯⋯)
シャルロットの頬が引きつる。
(⋯⋯帰りたい)
アルベルトは、心の底からそう思った。
そこへ──
「リズベット」
ユーリが、短く呼ぶ。
「な、なんだ?」
先ほどまでの空気を引きずりつつも、リズベットが応じる。
だが──
ユーリの表情は、真剣であった。
「お前達が、なぜこんな辺境にいる?」
淡々と問う。
「機動捜査隊は、本来王都周辺の警邏が任務のはずだろ」
空気を切り裂く、あまりにも的確な一言。
(この人⋯⋯本当にすごいな)
アルベルトは、内心で本気で尊敬した。
この混沌を、一撃で『会話』に戻したのだから。
リズベットの表情が、すっと引き締まる。
先ほどまでの動揺は、もうない。
「⋯⋯国王陛下の勅命だ」
静かに、だがはっきりと告げる。
「この先にある──ミッドガルとニブルヘイムの国境の町、『レゴラピス』に用がある」
その一言で──
ユーリの目が、わずかに細められた。
「何を──視た?」
低く、問い返す。
空気が変わる。
リズベットは、一拍だけ間を置いた。
そして──
「⋯⋯天使、襲来」
その言葉が、静かに落ちる。
「て、天使⋯⋯?」
シャルロットが息を呑む。
神獣とも、神とも違う──聞き慣れない言葉。
じわりと、掌に汗が滲む。
アルベルトもまた、言葉を失っていた。
──重い沈黙。
誰も、すぐには次の言葉を紡げない。
だが──
ユーリは、違った。
わずかに視線を上げる。
その瞳に、迷いはない。
「俺達も、行く」
短く、断定した。




