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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第1話
3/16

光芒の白百合 Ⅱ

 校舎が見えてきた。

 森を抜け、石畳の道に出る。

 ようやく、人の気配が戻ってくる。

 息が、わずかに乱れる。

 肩にかかる重みは、変わらない。

 ずる、と。

 足が石畳を擦る音が響く。

 数人の生徒が、こちらを見る。

 

「え⋯⋯何、あれ⋯⋯」

「誰?」

 

 視線が集まる。

 見知らぬ男を支えながら歩いているのだから、無理もない。

 気にせず、歩き続ける。

 寮の入口が見えた。

 そのまま中へと入る。

 

「シャルロット?」

 

 顔見知りの女子生徒が声をかけてくる。

 

「どうしたの、それ⋯⋯」

「森で倒れてて⋯⋯動けないみたいで」

「えぇ⋯⋯?」

 

 戸惑いの声。

 

「それじゃ」

 

 シャルロットは歩き始めた。

 部屋は、二階。

 階段を一段ずつ、のぼる。

 

 ようやく、自分の部屋の前に辿り着いた。

 扉を開け、中へ入ると、ベッドへと倒れ込ませる。

 どさり、と音がした。

 

「⋯⋯ふぅ」

 

 ちらりと、男を見る。

 やはり、静かだった。

 呼吸はしている。

 生きている。

 なのに、そこにいる感じが、薄い。

 

「⋯⋯ちょっと待ってて」

 

 小さな冷蔵庫を開け、中から器を取り出す。

 昨日の残りのシチューを軽く温める。

 それを持って、ベッドへ戻る。

 

「持ってきたよ」

 

 皿を差し出すと、男は匂いにつられるように、ゆっくりと、体を起こした。

 動きに、無駄がない。

 スプーンを手に取り、一口。

 続けて、もう一口。

 静かに、皿の中身が減っていく。

 一定の速度で、淡々と食べ続けている。 

 ──思わず、見入っていた。

 

 最後の一口を飲み込む。

 動きが止まる。

 

「⋯⋯ごちそうさま。うまかった」

 

 その言葉に、シャルロットは笑みを浮かべた。

 

「よかった」

 

 ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。

 

「⋯⋯あ、そうだ」

 

 思い出したように口を開く。

 

「まだ名乗ってなかったね」

 

 姿勢を正し、言葉を続ける。

 

「私、シャルロット・L=アストライア。王立騎士学校の生徒だよ」

 

 男は、真っ直ぐにシャルロットへと視線を向ける。

 

「ユーリだ」

 

 それだけだった。

 

「ユーリさん、ね」

 

 小さく繰り返す。

 ふと、視線が自然と流れる。

 ベッドの脇に立てかけられている、それへ。

 剣とは違う形。

 黒い鞘。

 黒い柄。

 黒い鍔。

 華美ではない。

 だが、目を引く。

 理由は分からない。

 ただ、気になる。

 

「それ⋯⋯」

 

 ユーリが、そちらを見る。

 

「その剣⋯⋯見たことない形だね」

「これは刀だ」

 

 ユーリは、短く答えた。


「かたな⋯⋯」

 

 聞き慣れない響き。

 だが、不思議としっくりくる。

 しばらく、見つめる。

 

「ちょっと、触っても、いい?」

 

 一応、確認する。

 

「⋯⋯ああ」

 

 短い許可。

 そっと、手に取る。

 ──重い。

 想像より、ずっと。

 重心も、独特だった。

 レイピアとも、片手剣とも違う。

 まったく別の武器。

 鞘から刀をわずかに抜いてみる。

 刃も黒い。

 その妖艶な美しさに魅入られる。

 そして、理解した。

 これは──

 斬るための剣だ。


 シャルロットが刀を鞘に収める。

 

「ありがとう」

 

 そう言って、ユーリへ刀を返した。

そして、一瞬だけ、言葉を選ぶ。

 

「あの⋯⋯」

 

 口ごもるも、やがて意を決したように、言葉を続ける。

 

「手合わせして⋯⋯くれない、かな?」

 

 真っ直ぐに、ユーリを見る。

 純粋な興味──それだけ。

 ユーリは、数秒だけ黙り、

 

「⋯⋯いいぞ」

 

 小さく頷いた。

 

◆◆◆◆◆

 

 再び、森へ。

 いつもの鍛錬の場所。

 シャルロットは剣を抜く。

 構え、呼吸を整える。

 対するユーリは、立っているだけ。

 刀は、抜かない。

 鞘に収まったまま。


 シャルロットは深く息を吐く。

 そして、踏み込む。

 最速の突き。

 狙いも、間合いも、完璧だった。

 だが──手応えが、ない。

 確かに届いていたはずの剣先が、空を切っていた。

 

「⋯⋯え?」

 

 視界が、わずかにずれる。

 目の前にいたはずのユーリの姿が、消えている。

 気づいた時には、すぐ隣に立っていた。

 反射的に剣を振るう。

 だが、当たらない。

 最小限の動きで、全てかわされる。

 すべて、紙一重。

 無駄のない回避。

 ──見切られている。

 自分の動きが、すべて。

 

「⋯⋯っ!」

 

 もっと⋯⋯速く──!

 連続で突きを放ち、斬り上げ、切り返す。

 だが、当たらない。

 ──違う。

 当てさせてもらえない。

 呼吸が乱れる。

 思考が追いつかない。

 どうすればいいのか、分からない。

 それでも、体は止まれない。

 止まれば終わると、本能が理解していた。

 次の瞬間──

 目の前に、いた。

 いつの間にか、距離が消えている。

 刀は、抜かれていない。

 鞘に収まったまま。

 だが、その先端が、喉元に触れていた。

 

「⋯⋯っ」

 

 動けない。

 理解する。

 これは──終わっている。

 すでに、斬られている。

 膝が震え、力が抜ける。

 その場に崩れ落ちた。

 

「⋯⋯負けた」

 

 小さく、呟く。

 最初の一撃で、分かっていた。

 届かないと。

 勝てないと。

 それでも──

 ここまでとは、思っていなかった。

 何も、できなかった。

 完全な、敗北だった。


 森の中。

 風が、静かに吹く。

 しばらくの沈黙。

 シャルロットは、ゆっくりと立ち上がる。

 

「⋯⋯強いね」

 

 ぽつりと、こぼす。

 ユーリは、何も答えない。

 

「ありがとう」

 

 笑顔で礼を言う。

 

「気にするな」

 

 短い返答。

 

「⋯⋯飯の礼だ」

 

 押しつけでも、遠慮でもない。

 シャルロットは、わずかに目を見開き──

 

「⋯⋯そっか!」

 

 小さく笑った。

 

 

「⋯⋯じゃあ、そろそろ行く」

 

 ユーリが、そう言って歩き出す。

 あまりにも自然に。

 何事もなかったかのように。

 

「あ⋯⋯」

 

 声が、漏れる。

 もう少しだけ、何か聞きたかった気がする。

 だが、引き止める理由はない。

 

「⋯⋯うん」

 

 小さく頷く。

 

「またね」

 

 それだけを告げる。

 ユーリは振り返らない。

 立ち止まることもない。

 しかし──

 片手を、軽く上げて応じてくれた。

 やがて、その背中は木々の奥へと消えていく。

 シャルロットは、しばらくその背中を見送っていた。 

 

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