光芒の白百合
朝の鐘が鳴る少し前。
訓練場の隅で、少女がひとり、剣を構えていた。
何度か踏み込む。
そのたびに、動きが止まる。
「⋯⋯うまく、いかない⋯⋯」
何度やっても、同じところで崩れる。
何がいけないのか、分からない。
「そこ、もう一歩だけ前に出てみて」
「え⋯⋯?」
振り返ると、そこにいたのは──
「シャルロット先輩!?」
「力入れすぎだよ。もうちょっと肩の力を抜いて」
自然に隣に立ち、剣先を軽く押さえる。
「踏み込む時、ここで止まってるでしょ?」
「⋯⋯あ」
「怖いんだと思う。でもね」
一歩、前に出る。
「届く距離まで入らないと、当たらないよ」
軽く手本を見せる。
無駄のない動き。
音もなく、剣が伸びる。
「⋯⋯すごい」
「そんなことないよ。間合いを意識してやってみて」
促され、少女が踏み込む。
今度は──止まらない。
「あっ、できた⋯⋯!」
「うん、いい感じ」
シャルロットは笑った。
「ありがとうございました!」
「ううん、頑張ってね」
去っていく背中を、少女は目で追う。
「⋯⋯やっぱり、すごいな」
その様子を見ていた別の生徒が、ぽつりと呟いた。
「強いだけじゃないんだよな、あの人」
「だから人気あるんだよ。ほら、噂をすれば──」
「シャルロットー!ちょっときてー」
「どうしたのー?」
呼ばれれば、すぐに応じる。
誰に対しても同じ距離で接する。
それが、シャルロットという少女だった。
◆◆◆◆◆
剣が交差する。
鋭い金属音が、訓練場に響いた。
「はあっ!」
踏み込みと同時に放たれる突き。
反応すら出来ないほど速く、正確無比な一撃。
同時に、対峙していた男子生徒の剣が弾かれ、宙を舞った。
勝敗は、一瞬で決していた。
「⋯⋯そこまで!」
教官の声が響く。
周囲から歓声が広がる。
だが、その中心にいる少女は、何事もなかったかのように剣を収めた。
シャルロット・L=アストライア。
ミッドガル王国、王立騎士学校──首席。
扱うのはレイピアと呼ばれる細剣。
その速く華麗な太刀筋から、『光芒の白百合』と呼ばれている。
「ありがとうございました」
軽く頭を下げる。
「⋯⋯参りました」
対戦相手の男子も苦笑いしながら頭を下げた。
「さすがシャルロット先輩!」
「今の突き、見えなかった⋯⋯」
「やっぱり別格だよな!」
観戦していた後輩たちが、憧れの視線を向ける。
「じゃあ、次」
教官の声に、次の生徒が前に出る。
「よろしく、シャルロット!」
「うん、よろしく!」
笑顔で応じる。
踏み込み、剣が閃く。
──気づけば、相手の剣が宙を舞っていた。
「⋯⋯それまで!」
訓練が終わり、生徒たちが引き上げていく。
その列から外れ、ひとり門の方へと向かうシャルロットの姿が目につく。
「おい、シャルロット。どこ行くんだ?」
同期の男子が呼び止める。
「森だよ」
「⋯⋯は?」
「日課のトレーニングしに」
一瞬、沈黙。
「いや、もう十分だろ!?」
「まだやるの!?」
「お前ホントどうかしてるって!」
同期達は騒ぎ立てた。
「ねぇ、シャルロット」
女子生徒が呆れたようにため息をつく。
「鍛錬も結構だけど、もうちょっと青春を謳歌しようとか考えたりしないわけ?」
「青春⋯⋯?」
本気で分かっていない顔だった。
「ほら、遊びに行くとか!おしゃれするとか!恋とか!」
「恋は分からないけど、強くはなりたいかな」
「いや、そうじゃなくて!」
「⋯⋯?」
完全に話が噛み合っていなかった。
「⋯⋯あーもう、いいわ」
「うん、いってくるね」
軽く手を振る。
止める間もなかった。
「⋯⋯あの鍛錬オタクめ」
「そりゃ首席になるわな」
「いや、引くわ⋯⋯」
同期達は苦笑いを浮かべながら、森へ駆けていく背中を見送った。
◆◆◆◆◆
森の中は、静かだった。
風と、葉の擦れる音だけがある。
シャルロットは、いつもの場所へと足を運ぶ。
木々に囲まれた、小さな開けた空間。
ここが、日課の鍛錬場所だった。
剣を抜く。
深く、息を吸う。
そして──振る。
一定のリズムで、呼吸を整えながら、何度も。
その時、
かさ──
草を擦る音がした。
不意に、剣が止まる。
森の中で、その音は不自然だった。
この辺りには、魔獣が出る。
警戒が走る。
息を潜める。
ゆっくりと、剣を構える。
足音を殺しながら、音のした方へと近づく。
もう一度。
かすかに、草が擦れる。
間違いない。
何か、いる。
木の陰に身を寄せる。
そのまま、そっと覗き込む。
──人、だった。
木の根元に、黒衣の男が、倒れていた。
「⋯⋯え?」
警戒が、わずかに緩む。
駆け寄り、男の様子を確かめる。
細身の体。
黒い外套に身を包み、傍らには黒い剣。
「あの、大丈夫ですか!?」
しゃがみ込み、肩に手をかける。
軽く揺するも、反応はない。
だが、息は、ある。
「どこか怪我は⋯⋯」
見当たらない。
出血は、ない。
外傷も見える範囲には、ない。
「⋯⋯ねぇ、起きて!」
再び揺する。
わずかに、まぶたが動いた。
ゆっくりと、目が開く。
目が、合う。
エメラルドのような、鮮やかな緑の瞳。
思わず、息を呑む。
はっと我に返り、再び声をかける。
「大丈夫!?」
問いかける。
数秒の間。
「⋯⋯はら、へった」
短い言葉。
「⋯⋯え?」
一瞬、理解が遅れる。
「腹へって⋯⋯動けない」
続けて、告げられる。
それだけだった。
「⋯⋯そ、そういうこと?」
拍子抜けする。
だが、倒れていた理由としては納得できる。
「ちょっと待ってて」
周囲を見回す。
だが、食べられるものは何もない。
「⋯⋯ここじゃ無理か」
少し考えて──
「⋯⋯よし!」
男の腕を、自分の肩に回す。
「立てる?」
「⋯⋯無理だ」
即答だった。
「もう⋯⋯仕方ないな」
体を寄せる。
そのまま、肩を貸して立ち上がらせる。
ずる、と。
足が引きずられる。
「うわ、重っ⋯⋯」
思わず漏れる。
背は、向こうの方が高い。
体格差もある。
ほとんど体重を預けられている状態だった。
「ちょっと、もう少しだけ頑張って」
返事はない。
完全に、脱力している。
「⋯⋯はぁ⋯⋯」
息を整える。
一歩、踏み出す。
ずる、と音がする。
それでも、進む。
鍛えていなければ、とても無理だった。
「このまま運ぶから、落ちないでね」
返事はない。
だが、抵抗もない。
そのまま、森を抜ける道へと歩き出す。




