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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第1話
2/13

光芒の白百合

 朝の鐘が鳴る少し前。

 訓練場の隅で、少女がひとり、剣を構えていた。

 何度か踏み込む。

 そのたびに、動きが止まる。

「⋯⋯うまく、いかない⋯⋯」

 何度やっても、同じところで崩れる。

 何がいけないのか、分からない。

 

「そこ、もう一歩だけ前に出てみて」

「え⋯⋯?」

 振り返ると、そこにいたのは──

「シャルロット先輩!?」

「力入れすぎだよ。もうちょっと肩の力を抜いて」

 自然に隣に立ち、剣先を軽く押さえる。

「踏み込む時、ここで止まってるでしょ?」

「⋯⋯あ」

「怖いんだと思う。でもね」

 一歩、前に出る。

「届く距離まで入らないと、当たらないよ」

 軽く手本を見せる。

 無駄のない動き。

 音もなく、剣が伸びる。

「⋯⋯すごい」

「そんなことないよ。間合いを意識してやってみて」

 促され、少女が踏み込む。

 今度は──止まらない。

「あっ、できた⋯⋯!」

「うん、いい感じ」

 シャルロットは笑った。

「ありがとうございました!」

「ううん、頑張ってね」

 去っていく背中を、少女は目で追う。

 

「⋯⋯やっぱり、すごいな」

 その様子を見ていた別の生徒が、ぽつりと呟いた。

「強いだけじゃないんだよな、あの人」

「だから人気あるんだよ。ほら、噂をすれば──」

「シャルロットー!ちょっときてー」

「どうしたのー?」

 呼ばれれば、すぐに応じる。

 誰に対しても同じ距離で接する。

 それが、シャルロットという少女だった。

 

◆◆◆◆◆


 剣が交差する。

 鋭い金属音が、訓練場に響いた。

「はあっ!」

 踏み込みと同時に放たれる突き。

 反応すら出来ないほど速く、正確無比な一撃。

 同時に、対峙していた男子生徒の剣が弾かれ、宙を舞った。

 勝敗は、一瞬で決していた。

「⋯⋯そこまで!」

 教官の声が響く。

 

 周囲から歓声が広がる。

 だが、その中心にいる少女は、何事もなかったかのように剣を収めた。

 

 シャルロット・L=アストライア。

 ミッドガル王国、王立騎士学校──首席。

 扱うのはレイピアと呼ばれる細剣。

 その速く華麗な太刀筋から、『光芒(こうぼう)白百合(しらゆり)』と呼ばれている。

 

「ありがとうございました」

 軽く頭を下げる。

「⋯⋯参りました」

 対戦相手の男子も苦笑いしながら頭を下げた。

「さすがシャルロット先輩!」

「今の突き、見えなかった⋯⋯」

「やっぱり別格だよな!」

 観戦していた後輩たちが、憧れの視線を向ける。

「じゃあ、次」

 教官の声に、次の生徒が前に出る。

「よろしく、シャルロット!」

「うん、よろしく!」

 笑顔で応じる。

 

 踏み込み、剣が閃く。

 ──気づけば、相手の剣が宙を舞っていた。

「⋯⋯それまで!」



 訓練が終わり、生徒たちが引き上げていく。

 その列から外れ、ひとり門の方へと向かうシャルロットの姿が目につく。

「おい、シャルロット。どこ行くんだ?」

 同期の男子が呼び止める。

「森だよ」

「⋯⋯は?」

「日課のトレーニングしに」

 一瞬、沈黙。

「いや、もう十分だろ!?」

「まだやるの!?」

「お前ホントどうかしてるって!」

 同期達は騒ぎ立てた。

「ねぇ、シャルロット」

 女子生徒が呆れたようにため息をつく。

「鍛錬も結構だけど、もうちょっと青春を謳歌しようとか考えたりしないわけ?」

「青春⋯⋯?」

 本気で分かっていない顔だった。

「ほら、遊びに行くとか!おしゃれするとか!恋とか!」

「恋は分からないけど、強くはなりたいかな」

「いや、そうじゃなくて!」

「⋯⋯?」

 完全に話が噛み合っていなかった。

「⋯⋯あーもう、いいわ」

「うん、いってくるね」

 軽く手を振る。

 止める間もなかった。

「⋯⋯あの鍛錬オタクめ」

「そりゃ首席になるわな」

「いや、引くわ⋯⋯」

 同期達は苦笑いを浮かべながら、森へ駆けていく背中を見送った。

 

◆◆◆◆◆


 森の中は、静かだった。

 風と、葉の擦れる音だけがある。

 シャルロットは、いつもの場所へと足を運ぶ。

 木々に囲まれた、小さな開けた空間。

 ここが、日課の鍛錬場所だった。

 剣を抜く。

 深く、息を吸う。

 そして──振る。

 一定のリズムで、呼吸を整えながら、何度も。

 

 その時、

 

 かさ──

 

 草を擦る音がした。

 不意に、剣が止まる。

 森の中で、その音は不自然だった。

 この辺りには、魔獣が出る。


 警戒が走る。

 息を潜める。

 ゆっくりと、剣を構える。

 足音を殺しながら、音のした方へと近づく。

 もう一度。

 かすかに、草が擦れる。

 間違いない。

 何か、いる。

 木の陰に身を寄せる。

 そのまま、そっと覗き込む。

 ──人、だった。

 木の根元に、黒衣の男が、倒れていた。

 

「⋯⋯え?」

 警戒が、わずかに緩む。

 駆け寄り、男の様子を確かめる。

 細身の体。

 黒い外套に身を包み、傍らには黒い剣。

「あの、大丈夫ですか!?」

 しゃがみ込み、肩に手をかける。

 軽く揺するも、反応はない。

 だが、息は、ある。

「どこか怪我は⋯⋯」

 見当たらない。

 出血は、ない。

 外傷も見える範囲には、ない。

「⋯⋯ねぇ、起きて!」

 再び揺する。

 わずかに、まぶたが動いた。

 ゆっくりと、目が開く。

 目が、合う。

 エメラルドのような、鮮やかな緑の瞳。

 思わず、息を呑む。

 

 はっと我に返り、再び声をかける。

「大丈夫!?」

 問いかける。

 数秒の間。

「⋯⋯はら、へった」

 短い言葉。

「⋯⋯え?」

 一瞬、理解が遅れる。

「腹へって⋯⋯動けない」

 続けて、告げられる。

 それだけだった。

「⋯⋯そ、そういうこと?」

 拍子抜けする。

 だが、倒れていた理由としては納得できる。

「ちょっと待ってて」

 周囲を見回す。

 だが、食べられるものは何もない。

「⋯⋯ここじゃ無理か」

 少し考えて──

「⋯⋯よし!」

 男の腕を、自分の肩に回す。

「立てる?」

「⋯⋯無理だ」

 即答だった。

「もう⋯⋯仕方ないな」

 体を寄せる。

 そのまま、肩を貸して立ち上がらせる。

 ずる、と。

 足が引きずられる。

「うわ、重っ⋯⋯」

 思わず漏れる。

 背は、向こうの方が高い。

 体格差もある。

 ほとんど体重を預けられている状態だった。

「ちょっと、もう少しだけ頑張って」

 返事はない。

 完全に、脱力している。

「⋯⋯はぁ⋯⋯」

 息を整える。

 一歩、踏み出す。

 ずる、と音がする。

 それでも、進む。

 鍛えていなければ、とても無理だった。

「このまま運ぶから、落ちないでね」

 返事はない。

 だが、抵抗もない。

 そのまま、森を抜ける道へと歩き出す。

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