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RAGNARΦK  作者: 竜胆
第5話
15/20

陰森の奥にて Ⅱ

 物資の買い出しを終えた頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

 シャルロットは、大きな紙袋を抱えながら宿へ戻る。

 保存食、包帯、携帯食料、水袋──旅に必要な物は一通り揃えた。

 

「ただいまー」

 

 部屋に戻るも、ユーリの姿はない。

 ちょうど同じタイミングでアルベルトも帰ってきた。

 

「あ、シャルロット」

「アルベルトも今帰り?」

 

 そう言いかけて──シャルロットの動きが止まる。

 

「⋯⋯ん?」

 

 ふわり、と。

 甘い香りが鼻を掠めた。

 花のような、どこか大人っぽい香り。

 明らかに、女性物の香水だった。

 シャルロットの視線が、じとーっと細くなる。

 

「⋯⋯へぇ」

「え?」

「何か、すごーく楽しんでたみたいだね?」

「な、何が⋯⋯?」

「香水の香り、してるよ」

 

 シャルロットの言葉の意味を悟り、アルベルトは慌てふためいた。

 

「ち、違っ!?ご、誤解だよ!!」

「ふーん」

「いやほんとに!!」

 

 シャルロットの目が完全に冷めている。

 

「別にいいんだよ。アルベルトってモテるんだろうし」

「なんでそんな呆れた目なの!?」

「香水のにおい、右と左で違うよ?ひとりじゃなくて、二人も侍らせたんだ?」

「不可抗力なんだって!!」

 

 アルベルトは必死に弁明する。

 しかし、弁明すればするほど事態は悪化していく。

 

「街歩いてたら女性二人に急に絡まれて!」

「ふーん、そうなんですね。やっぱりモテるんですね、スゴいなーランパードさんは」

「お願いだから、敬語やめてっ!」

 

 アルベルトが頭を抱える。

 その時──

 

「部屋の入口で何をしている?」

 

 言い合う二人の後ろから、ユーリが現れた。

 

「あ、ユーリ!聞いてよ。ランパードさんが⋯⋯」

「お願いだから苗字で呼ぶのやめてっ!」

 

 騒ぐ二人を一瞥。

 気にする様子もなく、シャルロットに言葉をかける。

 

「シャル、ついて来い」

「え?」

「今から模擬戦をする」

「っ!」

 

 シャルロットの表情が、一瞬で引き締まる。

 

「うん!」

 

 即答だった。

 部屋を出ていくユーリの背中を、シャルロットがついて行く。

 部屋に一人残ったアルベルトは、疲れたようにベッドに突っ伏した。


「た、助かった⋯⋯」


 あの凍りついた空気を、いつもの戦闘のごとく華麗にぶった斬ってくれたユーリに、アルベルトは感謝した。


◆◆◆◆◆


 宿から少し離れた、街外れの空き地。

 周囲には木々が並び、人影も少ない。

 模擬戦をするには丁度いい場所だった。

 ユーリが静かに振り返る。

 

「今回は、俺が攻撃、シャルが防御だ。俺の攻撃を防ぎきれ」

「⋯⋯うんっ!」

 

 シャルロットが、剣を抜き、構える。

 思えば、ユーリと初めて出会ったあの日も、このように手合わせしてくれた。

 ──あの時とは違う自分を、見せたい。

 その思いを、この試合に込める!!


「いくぞ」


 ユーリが、地面を蹴る。 

 同時に、鞘に納めた刀を、振るう。

 シャルロットは、レイピアでユーリの攻撃を受け止めた。

 連続で打ち込むユーリ。

 シャルロットは必死で防御する。

 対応出来ないスピードではない。

 

 カンッ

 カンッ

 カンッ


 徐々に、ユーリの攻撃スピードが上がっていく。

 シャルロットも集中力を高め、何とか食らいついていた。

 しかし次の瞬間──

 ユーリの姿が、消えた。


「え──」


 気づいた時には、既に首筋へ鞘が添えられていた。


 ──完敗だ。

 シャルロットは、背後のユーリに反応すら出来なかった。

 悔しそうに唇を噛む。

 拳を握りしめる。

 

(まだ⋯⋯全然足りない)

 

 強くなったと思った。

 だが、ユーリとの差は、まだ遥か遠い。

 

◆◆◆◆◆

 

 宿へ戻る頃には、すっかり夜になっていた。

 

「お、帰ってきた」

 

 アルベルトが手を振る。

 

「どうだった?」

「⋯⋯完敗」

「ははっ、まあユーリ相手だしなぁ」

 

 ──分かっている。

 今日の模擬戦、ユーリは実力の一割も出していなかった。

 それだけの圧倒的戦力差。

 それでもやっぱり、敗けるのは悔しいのだ。


 ふと、シャルロットの前にユーリが立つ。


「背後に立たれるまでは、悪くはなかった」

 

 不意に掛けられた言葉に、シャルロットが顔を上げる。

 

「⋯⋯え?」

 

 ユーリは、淡々と続けた。

 

「途中で打ち込みの速度を上げても、冷静に俺の太刀筋に対応していた」

 

 シャルロットは、一瞬きょとんとする。

 それから、じわりと胸が熱くなった。

 

(⋯⋯見て、くれてたんだ)

 

 ただ負けただけじゃない。

 ユーリはちゃんと、自分の成長を見ていた。

 だが──

 

「でも、最後のあれ⋯⋯全然見えなかった」

 

 悔しさを滲ませながら言う。

 ユーリは短く答える。

 

「だろうな」

「むぅ⋯⋯」

 

 少し頬を膨らませるシャルロット。

 だが、ユーリはそれ以上説明しない。

 何故見失ったのか、どうすれば対応できるのか。

 今はまだ、教えるつもりはないらしい。

 

 その時──

 

「はいはい!難しい話はその辺にして、そろそろ飯を食べにいこう!」

 

 アルベルトが明るく割って入った。

 

「お腹空いて、もう限界なんだよ」

 

 大袈裟に腹を押さえる。

 その様子に、シャルロットは思わず吹き出した。

 

「ふふっ、何それ」

「いやほんとに!今日は精神的にも疲れたんだって!」

 

 アルベルトが遠い目をする。

 

「女性って⋯⋯怖いよなぁ⋯⋯」

「まだ引きずってたんですね、ランパードさんは」

「そりゃ引きずるよ!ってか、まだそれ続けるの!?」

 

 騒がしい二人を横目に、ユーリが歩き出す。

 

「あ、待ってよユーリ!」

「今行く!」

 

 三人は、そのまま宿の食堂へ向かった。

 木製の扉を開けると、温かな光と料理の匂いが広がる。

 束の間の、穏やかな夜だった。


◆◆◆◆◆


 ──翌朝。

 朝食を済ませたシャルロットへ、ユーリが不意に課題を出す。


「この宿屋には、俺達を含めて何人の人間がいるか、答えろ」


 シャルロットは、ぽかんとした。

 突然のクイズに、思考がついていけない。


(え⋯⋯?宿にいる人の数?なんで??それが修行とどう関係あるの???)


 絶賛混乱中である。


「答えろ」


 ユーリの表情は、真剣そのものだ。

 だが、そう言われても分かる訳が無い。

 この宿に何人泊まってて、何人の従業員が働いているのか、シャルロットは知らないのだから。

 とりあえず、勘で答えてみる。


「⋯⋯十人くらい?」

「違う」


 即答である。


「そんなの、分かるわけないよ」


 シャルロットの不満に、ユーリは答えない。

 代わりに一言。


「付いてこい」


 そう言って歩き出した。

 ユーリの意図が全く理解できないものの、シャルロットはユーリの後に続いた。


◆◆◆◆◆


 シルヴァトーアの東に位置する広大な森に、ユーリとシャルロットはやってきた。

 木々は空を覆い隠すほど高く、昼間だというのに薄暗い。

 ざわざわと揺れる枝葉の音に混じって、時折どこからか獣の唸り声まで聞こえてくる。


 シャルロットは、思わず周囲を見回した。


「⋯⋯ここって、結構危なくない?」

「ああ。魔獣も出る」


 ユーリは平然と答える。


「えっ」


 シャルロットの顔が引きつった。

 そんな彼女を気にする様子もなく、ユーリは森の奥へ進んでいく。

 

 やがて、小さく開けた場所で足を止めた。

 周囲を木々に囲まれた空間。

 近くには細い川も流れている。


「今日から、ここで生活しろ」

「⋯⋯はい?」


 一瞬、意味が理解できなかった。


「え、生活?」

「ああ」


 ユーリは当然のように頷く。


「一ヶ月だ」

「⋯⋯」

「一ヶ月経ったら、宿へ戻ってこい」


 シャルロットは、数秒固まった。


 風が吹き、木々が揺れる。

 遠くで、何かの鳴き声が響いた。


「⋯⋯ええぇぇぇぇっ!?」


 森に絶叫が響き渡る。


「い、一ヶ月!?ここで!?ひとりで!?」

「ああ」

「ああ、じゃなくて!!魔獣出るって言ったよね!?」

「だからだ」


 ユーリは短く答える。


「生き延びろ」


 あまりにも簡潔だった。

 シャルロットは、わなわなと肩を震わせる。


「せ、せめて理由くらい説明してよ!」

「今のお前に必要だからだ」

「雑っ!?」


 思わず叫ぶ。

 だが、ユーリは真面目だった。


「強くなりたいんだろ」

「っ⋯⋯それは、そうだけど」

「なら、やれ」


 静かな声──だが、その言葉には有無を言わせぬ圧があった。

 シャルロットは、唇を噛む。

 逃げたい訳じゃない。

 怖いだけだ。

 魔獣が徘徊する森で、一ヶ月間の単独生活。

 まともに寝られる保証もない。


 それでも──


(ユーリは、意味のない事はしない)


 今までの修行も、全部そうだった。

 理不尽で、説明もなくて、滅茶苦茶で。

 だけど⋯⋯その先には、必ず成果があった。

 

 シャルロットは、大きく深呼吸する。


「⋯⋯分かった」


 覚悟を決め、顔を上げた。


 ユーリが小さく頷く。

 そして、踵を返した。


「え、ちょっ、もう行くの!?」

「一ヶ月後だ。⋯⋯生き延びろよ」


 それだけ残して、ユーリは森の奥へ消えていった。


「あっ──」


 呼び止めようとして、止まる。

 もう、姿は見えなかった。

 残されたのは、森の音だけ。

 シャルロットは、しばらく呆然と立ち尽くし──やがて、小さく拳を握る。


「⋯⋯やってやるんだから」 

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