陰森の奥にて
リバーグレイスを出発してから数日、三人は、街道を北へ進んでいた。
空は快晴、風は穏やか。
街道脇には草原が広がり、遠くでは鳥の鳴き声が聞こえる。
一見すれば、平和な旅路──だった。
──ガサッ!!
不意に、草むらが揺れる。
「グルル⋯⋯!!」
飛び出してきたのは、小柄な狼人種。
灰色の体毛、尖った耳、粗末な短剣を握っている。
魔獣──コボルト。
しかも一体ではない。
左右の草陰から、さらに三体。
「来るよっ!」
シャルロットが即座にレイピアを抜く。
同時に、アルベルトも棒を構えた。
一方で──
ユーリは、道端の岩に腰掛けた。
「今回は、二人だけでやれ」
短い一言。
つまり、ユーリは手を出さないということだ。
「うんっ!任せて!!」
シャルロットの目が輝く。
むしろ、やる気満々だった。
今の自分が、どこまで通用するのか、試したい。
「右は俺がやる!」
「うん!」
アルベルトと同時に駆け出す。
「ガウッ!!」
一体のコボルトが飛びかかってきた。
シャルロットは、静かに息を吐く。
(──遅い!)
コボルトの動きが、はっきりと見える。
剣に魔力を置く感覚も、大分慣れてきた。
踏み込み、突きを放つ。
「はぁっ!!」
──ザンッ!!
コボルトの身体が霧散した。
「よしっ!」
そのまま身体を捻る。
横から迫っていた二体目の短剣を回避。
返す刃で首を裂く。
──ザシュッ!!
「おおっ!」
アルベルトが感心したように声をあげた。
「動き、かなり良くなってるな!」
「えへへっ!」
褒められ、思わず笑みがこぼれる。
対して──
「ふっ!」
アルベルトの棒が唸る。
──ゴシャッ!!
コボルトの身体が吹き飛ぶ。
さらにもう一体へ追撃。
足払いをし、体勢を崩した瞬間、脳天へ叩き込む。
──ゴッ!!
最後のコボルトも霧散した。
「よし、終わり!」
二人は同時に武器を下ろす。
戦闘時間は、一分にも満たない。
危なげない勝利だった。
岩に座っていたユーリが、静かに立ち上がる。
「悪くない」
淡々とした評価だが、シャルロットの顔はぱっと明るくなった。
「ほんと!?」
「ああ」
ユーリは小さく頷いた。
アルベルトが、そんなシャルロットの様子を見て、笑みを浮かべる。
「シャルロットってさ」
「ん?」
「ユーリに褒められると、すごい嬉しそうな顔するよね」
「っ──!?」
シャルロットの肩が、びくりと跳ねる。
「そ、そう!?」
「うん。今とか、めちゃくちゃ幸せそうだったよ?」
「そ、そんなこと⋯⋯」
言いながら、頬がじわじわ熱くなる。
視線が泳ぐ。
アルベルトは楽しそうに笑った。
否定したい。
だが、実際、嬉しかったのは事実である。
ユーリに認められる──
それが、どうしようもなく嬉しい。
「そ、そうかな⋯⋯?」
照れ隠しのように小さく呟く。
その時──
「無駄話してる暇があるなら行くぞ」
ユーリが背を向けたまま言った。
「あっ、待ってよユーリ!」
「ははっ!」
シャルロットは慌てて追いかけ、アルベルトは楽しそうに笑いながらその後を追った。
◆◆◆◆◆
街道の先は、ラタトクス平原の外縁。
ランパード領地を抜け、いよいよ王都へ続く幹線道路に入る。
その玄関口となる街──シルヴァトーア。
広大な森林に囲まれ、『森の都』と呼ばれている。
街へ近づくにつれ、空気が変わっていく。
木々の匂い、湿った土の香り、遠くから聞こえる水音。
そして──見えてきた。
「わぁ⋯⋯!」
シャルロットが、思わず声を漏らす。
巨大な木々に囲まれるように築かれた街。
石造りの建物には、蔦や花々が絡みつき、街道脇には緑が溢れている。
森と共存するように作られた、美しい街並みだった。
「ここが、シルヴァトーア⋯⋯」
アルベルトも感心したように辺りを見回す。
「さすが王都への玄関口だな。人も多い」
街門を抜けると、活気が一気に押し寄せてきた。
露店の呼び声、行き交う旅人、荷車の車輪の音──。
王都へ向かう者達が集まる街だけあり、これまで訪れた街とは規模が違う。
ひとまず三人は宿を探した。
大通りから少し外れた場所にある、木造二階建ての宿。
値段も手頃で、部屋も空いている。
宿を確保し、荷物を置くとすぐに、ユーリが動く。
「ユーリ?どこ行くの?」
「ギルドだ」
シャルロットの問いに、ユーリは一言。
今回の旅路で倒した魔獣の魔石を換金しに行くようだ。
「私も行く!ついでに物資も買うでしょ?」
シャルロットの申し出に、ユーリは小さく頷いた。
「じゃあ俺は、少し街を見てくるよ。何かこの街、面白そうだし」
アルベルトが軽く手を振る。
「夕方には集合だ」
「ああ、分かった!」
三人は、街へと繰り出した。
◆◆◆◆◆
「ねぇ、お兄さん一人?」
「え⋯⋯?」
露店を回っていたアルベルトに、通りすがりの女性が不意に声をかけてきた。
しかも、二人。
「旅人さんかしら?よかったらこの街、案内してあげよっか?」
「え?えっと⋯⋯」
アルベルトは、内心少し困っていた。
通りを歩いていただけなのに、こうして女性に絡まれることは珍しくない。
整った顔立ちに、人当たりの良い笑顔。
加えて、自然と滲む育ちの良さ。
女性受けは、かなり良い。
「いや、大丈夫。気持ちだけ受け取っておくよ」
柔らかく断る。
だが──
「えー、つれなーい。ちょっとくらいいいじゃん」
「でも、そんなクールなところも逆にステキ!」
女性達は引かない。
ぐいぐい距離を詰められる。
気づけば左右から腕を組まれ、完全に身動きが取れない。
「あ、あははは⋯⋯」
困ったように笑う。
(た、助けてくれぇぇぇ⋯⋯)
無理に振り払う訳にもいかず、かといって、このまま流されるのも違う気がする。
どう断れば角が立たないのか、本気で悩み始めていた。
「お兄さん、名前は?」
「え? ああ、アルベルトだけど⋯⋯」
「アルベルトくんかぁ〜。やっぱり貴族っぽい名前!」
「雰囲気あるもんね〜」
女性達は楽しそうに笑う。
完全に会話の主導権を握られていた。
(うぅ⋯⋯悪い人達じゃないんだけどなぁ⋯⋯)
だからこそ、強く出づらい。
アルベルトは引きつった笑みを浮かべながら、助けを求めるように周囲へ視線を彷徨わせた。
◆◆◆◆◆
ギルド支部へとやってきたユーリとシャルロット。
昼間だというのに、内部は騒がしかった。
喧騒の中を、構わずユーリは進んでいく。
その後ろを、シャルロットはついて行った。
換金窓口へと向かい、ユーリは受付の女性に魔石の入った革袋を差し出す。
「魔石の換金ですね──あら?」
ユーリの顔を見るなり、不意に何かに気づいたような反応をする。
「少々お待ちください」
そう言って、何かを調べ始めた。
ユーリとシャルロットは、顔を見合わせる。
やがて、受付の女性は、改めてユーリに向き直すと、おずおずと尋ねる。
「失礼ですが⋯⋯ユーリ様、でしょうか?」
突然名前を呼ばれ、ユーリは怪訝な顔をした。
「⋯⋯そうだが、何故知ってる?」
ユーリの返答に、受付の女性は、ぱっと笑顔を向けた。
「やっぱり、そうでしたか!伝達情報と身なりが一緒だったので⋯⋯」
「伝達情報?」
「はい。ユーリ様が来られたら、伝言を必ず伝えるよう、承っております」
ユーリの表情が次第に険しくなる。
「⋯⋯一応聞くが、誰からだ?」
「はい、グランドマスターからです」
シャルロットは少し驚いた。
珍しく、ユーリが感情を露わにしている。
──非常に嫌そうな表情だが。
「グランドマスターって⋯⋯」
「全ギルドを統括する、最高責任者です」
そんな大物が、ユーリと一体どんな繋がりがあるのだろうか?
「それで、グランドマスターの伝言ですが⋯⋯『王都で待ってる』だそうです」
その伝言を聞くなりユーリは、入口へと歩き出した。
「シャル、代わりに換金しといてくれ」
「え?ちょ、ユーリ!?」
シャルロットを置いて、ユーリはギルドを後にした。
伝言を聞いたユーリは、明らかに疲れた顔をしていた。
王都で待つというグランドマスター。
ユーリが、あそこまで露骨に嫌がる相手とは、一体何者なのか。
シャルロットは、得体の知れない不安を覚えるのだった。




