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第三十話 不器用な救済

「大したことじゃなくて、よくある話なんですけど……」


 そう言って、スリの少女——アイは話を始めた。


「私のお父さんは兵士だったんです。末端ですけどね」


 少し寂しげな表情になりながら、父親のことを語る。


 だった、ね。兵士をやめたってことも考えられるけど、この場合は……。


「一年前に、盗賊との抗争で帰らぬ人になってしまいました」


「そうか。それは……お気の毒に」


 家族が亡くなるっていうのは、やっぱり結構辛いよな。『辛い』だけじゃ割り切れないくらいには、心に傷がつく。


 俺も前世で妹が行方不明になった時や、今世で祖父母が亡くなった時はかなり苦しんだし、悲しんだ。


「もう時間も経っちゃいましたし、一応の整理はつけてますから、それ自体はもう問題じゃないんです」


 うん、ドライだね。クールと言うべきか。


「ですけど、やっぱりお父さんがいないと稼ぎの面で厳しくて……。お母さんは一人で私と妹を養おうと頑張って仕事をしてくれたんですが」


「無理がたたって倒れたって感じか?」


 この世界でシングルマザーは結構辛い。いや、ファンタジー世界だし人死には溢れてそうだけど、案外とそうでもないんだ。せいぜい日本の二倍くらいだろうか。


 なんせ、回復魔法とかポーションとかあるからな。むしろ医療に関しては前世よりも遥かに優れていると言える。


 そんなわけで、稼ぎ頭がなんらかの事情で働けなくなった場合っていうのはあんまりないから、生命保険とかはしっかりとしていない。


 男女のスペック差など、姉さんみたいな存在を見ているとあってないようなものにも感じられるが、それはレベルを上げてステータスが一定以上に達して初めてそうなるんだ。低レベル帯の人たちは性差に結構縛られていたりする。


 だから、この世界はシングルマザーにとってかなり生きづらいのだ。


 水商売とかだって、二児の母じゃ厳しいところはあるもんな……。


「しかもただ倒れたんじゃなく、自然には絶対に治らない病気にかかっちゃったんです。だから高い薬や、高位の回復魔法をかけてもらうしかないんですけど、それには全然お金が足りなくて」


 それで金もってそうな坊ちゃんっぽい俺からスッたってことか。


 単純な生活費の上に治療費も稼ぐなんて、普通の子供じゃどう考えたって無理だしなー。窃盗系しかないだろう。


「ちなみに、俺以外の人からも財布を盗ったりしたのか?」


「いえ、お母さんが倒れたのは昨日だったので、あなたが初めてです……。本当にごめんなさい」


「あー、うん、もうそれについては咎める気もないんだけど、『あなたが初めて』って言いかた色々際どいから気をつけてくれると嬉しいな」


 アリスに誤解されたら死ねる。いや、アリスが俺に恋心を持ってるかどうかは微妙だし、俺がなんかやっても特に何も言わず許してくれそうな気配はあるけど。


 しかし、そうか。かなり厳しい状況だな。罰する気は完全に失せたけど、どの道このままだと再犯するしかないだろうし。


 母親を治してもいいけど、最初にアイが言ったように割とあることなのだ。死者はそこまで多くはないが、その分誰か一人ダメになるだけで生活が立ちいかなくなることも多い。そんな状態で病気にかかったら、そのまま天国に行ってしまうことの方が遥かに多いのである。


 そんなこの世界なのに誰か一人を贔屓して治してしまうと、他の人も同じようにしてくれと嘆願してくることだろう。それは色々とマズい。


 ただなー、このまま見捨てるのもアレだよなー。たまたまスられた縁もあるし。……なんだその縁。


「そういえば、俺を狙った理由ってなんかあるのか? 確かに金持ってそうで、年齢も成人ギリギリだからカモっぽいかもしれないけど、しっかりと帯刀してるんだぜ?」


 普通なら武器持ってる相手は怖くて近寄りたくないと思うんだけど。犯罪行為を行う相手としては不適格だろう。


「あ……えっと、それは……」


 急に口ごもるアイ。どうした。何か都合が悪いことでもあるのか?


《あまりにフェイト様が馬鹿っぽかったせいで、剣がおもちゃに見えたのではないでしょうか》


 お前すごいこと言うね。


 え、俺ってそんな馬鹿っぽい? 個人的には結構なイケメンだと思ってるんだけど。あ、そういう思考が馬鹿っぽいのか。


 いや、でもまさか、本当にそんな理由ってわけではないだろう。ないよね? もしそうだったら俺泣くよ?


「あの、その、笑わないでくださいね?」


「え? あ、おう」


 笑われるような理由なのか? まさか本気で剣を偽物だと思ってた?


「実は、神様の声が聞こえてきたんです」


「神様の声?」


「はい。全力で走って、最初に見つけた人から財布を盗めという声が、頭の中に響いたんです。なんでか知りませんけど、絶対に逆らっちゃいけないような気がして。だから神様の声だったんじゃないかって」


 最初に見つけた人、ね。俺を狙ったのか、それとも無差別だったのか。


 状況的に前者の可能性が高いけど、まったく予想外のこともあり得るか。


 と、その前に。今の話って嘘じゃないんだよな?

《はい、嘘はついていませんね》


 となると、神様とやらも存在するってことか。かなり胡散臭いけど、実際俺なら【傀儡神】とかを使って同じことはできる。


 そう簡単に人一人の思考を誘導できるほどの力を持つ者がいるとは思えないが、先のサーカス団を考えるとなくはないよなぁ。


 で、そいつは何者なんだ?


《不明です。何者かの干渉の痕跡は認められますが、権限が足りないため特定はできません》


 ……は? え、またかよ!? どうしたスティ、お前もっとチートキャラじゃなかったの?


《チートキャラですよ。私が遅れを取る相手が多数いるとは考えづらいくらいには》


 へぇ、多数いるとは考えづらい。……それってつまり。


《フレデリック、またはその関係者であると考えてまず間違いないでしょう》


 なるほどね。そうか、フレデリック関係か。


 よく思い出してみれば、アイと出会ったのはシュミラと遭遇した直後だった。シュミラの親玉であるフレデリックが関与していても全くおかしくはない。いや、案外シュミラ自身がその能力を持っているのかもな。


 しかし、そうなると、この子はフレデリック一派の被害者である可能性が出てきたってことか。まあ、まだアイツが関わってると決まったわけじゃないけど、もしそうだとしたらフレデリックに対するカードになるかもしれない。


 さらに言えば、アイ自身が知らないだけで何かの因縁があるのかもしれないな。


 よし、こうなったら助けないわけにはいかないだろう。全力で援助して恩を売りつけようじゃないか。


《良かったですね、助ける理由ができて》


 何を言っているのやら。俺はただ、フレデリックの監視っていう任務を全力でこなそうとしてるだけだぜ?


《そうですね、そういうことにしておいてあげましょう》


 おう、しておいてくれ。


 さて、それじゃあ善は急げだ。早速色々始めようじゃないか。


「アイ、家まで案内してくれないか?」


「え? えっと……。——っ! か、家族だけは許してください! 私は何でもしますから!」


 今何でもするって言ったよね? って、そんな冗談は置いておいて。


 誤解されちゃってるな。何回か許すって言ったのになー。まあ、いきなりこんなこと言われたら戸惑うか。


「別に家族をどうこうしようとしてるわけじゃないよ。……お母さん、助けてあげたくないか?」


「……っ!? そ、それって」


「こう見えても俺金持ちでさ、高い薬とか結構持ってるんだよね」




◆◆◆◆




「こ、ここが私の家、です」


 そう言って彼女が手で指したのは、粗末な家と呼べるかどうかすら怪しい建物であった。


 あ、ちなみに今の俺は貧民街にいてもおかしくないようなボロ布を纏ってます。それでも溢れ出る貴族オーラは隠しきれないかもしれないけど、何もしないよりはマシだろう。


「それじゃ、お邪魔します」


 アイに先導されながら、家に入る。


 当然ワンルームなので、そこにはベッドに寝かされている母親らしき人と、体育座りの幼女がいた。こっちは妹だろうな。


「ただいま」


「おかえり、おねーちゃん……」


 元気なく返答する妹さん。名前はネモって言ってたかな?


 そのネモちゃんは、俺のことをおっかなびっくり見つめてくる。超不審に思われてるな、これ。まあ当然の反応だけど。


「ネモ、この方はね、お母さんを治しにきてくれたんだよ」


「え、おかーさんを!?」


 驚いたように目を見開くネモ。


「フェイトだ、よろしくな。で、早速治療したいんだけど、大丈夫だよな?」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 よし、じゃあ始めるか。


 とりあえずアイの母——ランさんのそばまでいき、少し思考する。


 さっきは薬って言ったけど、どう考えても光属性魔法の方が確実だよな。あ、その前に一応聞いておこう。ちゃんと俺で治せる?


《問題ありません。疫病の一種ですね。将級の光属性魔法で十分かと》


 了解。んじゃ、サクッといきますか。


「【エクストラ・ヒール】っと。これで大丈夫だ」


 無詠唱で回復魔法を行使。ランの全身が光に包まれて、無事に病気は完治した。


 真っ青になっていた顔色も、すぐに血色が良くなっていった。うん、これでよし。


「あ……お母さん。お母さん、お母さんッ!」


 最初は少し唖然としていたアイは、遅れて現実を認識したのか涙を頰に伝わらせながらランのそばに駆け寄った。ネモもそれに追従してランを抱きしめる。


 これで俺の仕事も完了、と普通ならば思うんだろうけど、あいにくまだやることは残ってるんだよな……。


「アイ、感動してるとこ悪いけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ」


「ぐすっ……は、はい。何でしょうか? お金は全然持ってないから治療費は出せませんよ……?」


 恐る恐るといった顔のアイ。この感動的な場面で金とか言いだしたとしたら、いくらなんでも空気読めなさすぎるって。


「いや、それは要らないって何度も説明しただろ? そういうのじゃなくてだな。お父さんの遺体って、一部でもいいから持ってたりしないか?」


「お父さんの、ですか? 髪の毛でしたらありますけど……」


「あ、じゃあそれを持ってきてくれるか?」


 俺の言葉に、何だろうと首を傾げながらも遺髪を持ってくるアイ。


 両手に持って、差し出してきた。


 ……んじゃ、始めますか。


「その髪の毛をこの台の上に置いて、ちょっと離れててくれ」


【創造神】で適当にベッドらしきなにかを出してから、そう指示した。アイは頭に疑問符を浮かべながらも素直に従ってくれる。


 それじゃ、スティ。水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素、及びその個人の「遺伝子の情報」を出してくれ。


《いえ。流石にそれは面倒なので【解析神】と【創造神】と【空間神】で、欠陥部位を作りなおしますね。……欠陥というレベルではありませんが》


 おう、頼む。


《了解しました》


 スティによってスキルが発動し、次の瞬間ベッドの上には一人の成人男性の体が現れていた。


「え……。お、お父さん!?」


「あ、まだ近寄らないでくれ。ここからが本番だから」


 もはや何が何だか状態のアイとネモを放置して、さらに進めていく。


「無へと回帰する魂よ。神なる者の名によって命ずる。此方の依り代に帰還せよ。【リザレクション】。……聖なる息吹を此の者に。我望む、故に光よ来たれ。【アルティメット・ブレス】」


 使用したのは死者蘇生黄金コンボの神級&帝級光属性魔法だ。アリスに使ったやつだな。


 そうすると当然、なにが起きるかっていうと。


「はい、お父さん蘇生完了。多分後遺症は残らないと思うけど、何かあったらカーネーションって名前の宿を尋ねてくれ。俺の名前を出せば取り次いでくれるだろうから。あ、あと当面の生活資金もここに置いておくぞ。じゃあな」


 金貨を一枚ベッドに置いて、手を振りながら俺はアイの家から出ていった。


 ちなみに追求されるのは面倒だったので、【傀儡神】で俺の言葉を全て納得するようにしておいてある。


 ……いやー、いいことしたなー。


《とんでもない勢いで色々とやらかしましたね。しかも後処理がかなり雑という》


 ごめん、ちょっとテンション上がって暴走したっていうのはある。


 まあいいや。そろそろいい具合に時間も経ったし、宿に戻るとするか。

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