第三十一話 不安
そんなこんなでサーカス団撃退や、壮絶な姉弟喧嘩、因縁が少しある戦闘狂との遭遇に、スリの一家の救済劇と、色々とあった一日も終わり、ようやく翌日を迎えていた。
「それでは、本日は教か……孤児院にご案内しますね」
「おう、頼む」
孤児院の前になんて言いかけたか若干気になるけど、アリスの可愛い微笑みによってそれすらもどうでもよくなるくらいに癒される。
あぁ、なんというか、ラブリーマイエンジェルことアリスたんと久しぶりにまともな会話をした気がするなぁ。
一応昨日の夜も話したことは話したんだけど、お互いに疲れてて結構すぐに寝ちゃったんだよ。内容はほとんど覚えてない。……そういや、アリスは何で疲れてたんだろうな。
そんなわけで、最後にこうして話したのは一昨日が最後になるのだが……ん? 地味に近いな。感覚的に三ヶ月くらい経ってるような気がしたんだけど、それだけ昨日の出来事の印象が濃かったということだろうか。
で、満を持して今日、ついに今まで孤児院でアリスが何をしていたかが明かされるのである!
いや、まあ多分、普通にレイの友達作りとかだったと思うんだけどな?
でもこの娘ってあの狂信者だし、万が一のことも考えて色々と土下座したりする覚悟はしておくべきか。
「我ながら中々の出来に持っていけたと自負しておりますので、ご期待ください」
うん。何に期待すればいいのかな? その一言で恐怖心が煽られるんだけど。
なあ、スティ。アリスは何をやらかしたんだ?
《既にやらかした前提ですか。……見ればわかりますので、ここでわざわざ言う必要もないかと》
……もうゴールしてもいいよね。
え、待って、マジでどうなってんの? 期待するようなこと頼んだ覚えないんですけど。
「な、なあ、レイ。アリスは一体孤児院で何をしたんだ?」
アリスに聞こえないように、レイに耳打ちした。
「いっぱいおともだちつくってくれたの〜」
「そっかそっか、それは良かった」
何だよ、無駄にビビったじゃん。スティが変に煽ったせいだな。やめてくれよ、そういうこと。
……本当に、無駄な心配、なんだよな?
◆◆◆◆
「……えっとさ、アリス」
「はい、何でしょうか?」
芸をうまく達成した子犬のように、ご褒美を期待しているようなキラキラした目のアリスに、声が震えるのを感じながら問いかける。
「なんでこの子達、俺を見つけた瞬間に土下座を始めたの?」
…………。
あの後、何もなさそうだと思い決めて、孤児院にやってきたんだが、中にいた子供達は俺たちの姿を認めた瞬間に綺麗に土下座した。
いや、正確に言えば、何故かグ◯コポーズを決めた後に土下座した。
……うーん、なんというか、この光景はいろんな人に怒られそうなんだけど、どうすればいいんだろうな。
「私が育てました」
いや、そんな『キリッ』みたいな表情で言われても。
「何をどう育てたら『両手をバンザイにし、左足のももを上にあげたポーズで二秒間待機してから、上がっている左足を右足よりやや前に置きつつしゃがんで、服の裾を手で整えながら右足の膝を地に着け、左足を後ろに引いて膝を揃え、手を前に付いて頭を下げる』という動作を淀みなく行うようになるんだよ」
……マジで大丈夫なのかな、これ。すごい勢いで怒られそうな気がするんだけど。
年端もいかない少年少女に土下座されている風景に内心ドン引きしていると、奥のドアが開いて部屋に人が入ってきた。
白髪に真っ白なひげを蓄えたおじいさんである。……って、やべえ。この光景はいろいろとマズい。確実に誤解される。どうにかして誤魔化さないと……。
「おや、これはこれは大司教様……はっ、ま、まさか、隣にいらっしゃるのは……!?」
お爺さんの反応が予想と全く違う件について。
「ああ、我らが神だ」
おーい、アリスちゃーん? 何言ってんのー?
なんか雲行きが怪しくなってきたんですけど、これまさか。
「う、運命神様っ! か、かかかかかか神に祈り――」
「ストップ。それはマジでストップ」
お爺さんまでグリ〇ポーズを決めたと思ったら、挙句の果てにはあのセリフまで言おうとした件について。
いや、ここまで重なってると、流石に偶然この祈りの方法を思いついたとは考えにくいな。発言から察するにアリスが教えたっぽいけど、なぜ知っているのだろうか。
まさかこの世界にもあの小説が? それとも、日本人がこっちにいて、そいつから教わった、とかか?
まさか、この前見たサイゼリ〇っぽいレストランとか、微妙にこっちの世界になぜかある地球要素は、他にも転生・転移者がいるという伏線だった……!?
「以前貴方様よりお伺いした、祈りの作法を叩きこみました。完全とは言い難いですが、どうにか見せられるレベルにはもっていけたかと」
教えたの俺でした。あ、そういえばあったね、神への祈り方みたいなの聞かれたこと。……その話をした後、リック達に何か指導してる姿を見かけたけど、まさかあいつらもこれ覚えてたりしないよな?
そもそも、微妙にある日本文化は勇者が持ち込んだものだったな。たまに召喚される勇者って、割と日本人率高いっぽいし。完全に忘れてた。
「えーっと、とりあえず全員顔をあげろ」
「「「「「Sir,Yes,Sir!」」」」」
もうやだお家帰りたい……。
一糸乱れぬ動きで綺麗に立ち上がり敬礼を決めた孤児プラスαを見て、心の底からそう思った。
目ぇ背けちゃダメかな。ダメだよなぁ……。
というか、レイはこれの何を見て友達できたと思ってたんだよ。……って、あ。よく見たら端っこでレイも敬礼してんじゃん。遊びだと思った感じか?
「うん、君たち、もうその辺にしといて敬礼やめない?」
頭を抱えながら、あまり刺激しないようにソフトに言う。なんというか、こう、ここで悪ノリしたらどこまでも突き進んでいっちゃう感じがして下手なことできねえ。
「は、はいっ! それでは、御子様に礼!」
お爺さんがそう号令をかけると、今度はレイに向かって敬礼をする孤児たち。
あー、成程。確かに俺を信仰するんだったら娘も信仰対象だよなぁ。レイの言うとおりに信者がたくさんできてるな。
逆に孤児たちに向かって敬礼し返しているレイの姿も見ていて微笑ましい。
……じゃねえよ。おい。おい、アリス。お前マジで何やってんだ。
コラ、そんな満足げな顔をするんじゃない。叱りにくいだろ。……いや、まあ一応、詳しい話を聞くまでアリスが首謀者だとは完全には確定してないけどさ。
限りなく黒に近いグレーではあるけど。なんならもう黒と言っても過言ではないけど。
「……んじゃ、いろいろと聞きたいことがあるから、そこのお爺さんとアリスはちょっとこっち来てくれ」
手招きをして、レイや子供たちから少し離れたところに移動した。
「それで、お前はここの院長ってことで良いのか?」
「はい、そうでございます」
お爺さんは孤児院長で確定、と。なら一番事実を知っているだろう。この人に聞くのが最適か。
とはいえ、一応最初はアリスに聞いておこうかな。
「アリス、何か言うことはあるか?」
《まだ確定していないと言っていた割には完全に疑ってかかってますね》
状況的にそれしか考えられんし、そもそも「私が育てました」って言っちゃってたからな。
「そうですね、やはり貴方様を見つけた時の院長の反応が少し遅れていたのが残念でした」
「も、申し訳ございません!」
そういうことじゃねえ。俺が聞きたいのは、こうなるに至った経緯と、あるなら申し開きだ。こんな反省会みたいな雰囲気にしたかったわけじゃない。
「ああもう、院長はそんなすぐに頭下げなくてもいいから。それよりアリス——」
「あ、アリス様! いらっしゃってたんですね!」
呆れながら話すを進めようとすると、後ろから何やら明るい声が聞こえてきた。
音源の方に目を向けてみるとそこには修道服を着た金髪銀眼のシスターが。……そういや、ここって聖女神教会が運営してたっけ。
「お、そちらは噂のフェイト・ウィアートル様ですね! お初にお目にかかります、エヴァと申します。アリス様には大変お世話になってまして。ここに派遣してくださり、本当にありがとうございます!」
シスターエヴァ、ね。俺やアリスと同じくらいの年に見えるが、なんかもう放ってるオーラがリア充感全開だわ。
院長よりも話しやすそうだし、事情を聞く相手はこの人にしておこうか。
「はじめまして、エヴァ。いきなりで悪いんだけど、今時間取れるか?」
「はい、大丈夫ですよ!」
ヤバい、笑顔から漂うリア充力が尋常じゃない。見てるだけで浄化されそうな気がしてくる。前世で培われた劣等感がががが。
「あのさ、ぶっちゃけアリスってここで何したんだ? マズイことやらかしてたら本当に悪いんだけど」
「そうですね、アリス様には色々と親切にしてもらいました。まともな服や食べ物を買うお金をくださり、病気の子供を治していただいたり。感謝してもしきれません!」
あれ、意外と普通に慈善活動だな。杞憂だったか。……いや、待て。それだと出会い頭に土下座されたことの説明がつかないぞ。
「なぁ、その代わりに怪しげな新興宗教を布教しちゃってるけどいいのか? その、女神教のシスター的には」
もしここで、今まで通りの笑顔で「異端認定しましたので、教会本部より殺害命令出てまーす!」とか言われたら、もう教会潰すしかなくなってしまう。
《怖い、とか逃げないと、とかではなく、立ち向かう気満々なんですね》
まあ、絶対負けないし。
流石にそれはないと思うけどな。エヴァもそんな雰囲気は出してないし。
「そうですね、教義では女神様を敬う土地神などは普通に認めて——」
「運命神様は絶対にして唯一。女神ごときの下にはつくはずがない」
「……女神様は寛容ですから、きっと許してくれると思います!」
急に不安になってきた。
いや、アリスちゃん。流石の俺も神話の女神様に勝てる気はしてないから。というか、現段階じゃ絶対に勝てないっていう確信があるから。
「それに、どのみちアリス様がいなければ資金不足で立ち行かなくなってましたからね。上が横領しているらしくて……」
「そうなのか? 教会が腐敗してるって噂は聞かないけど」
「あ、いえ、教会の方ではなく国ですね。両方から資金をもらって孤児院は動いているんです」
へえ、国ねぇ。
フレデリックと関連があると決めつけるのは良くないが、何かしら関係はあるのかもな。
《ないですよ》
ないんかい!
まあ、どうやらアリスが致命的に何かをやらかしたわけじゃないってことはわかった。あの惨状を見てると褒める気も失せてくるけどな。
「それじゃ、アリス。念のため、俺と離れてた時に何をしてたか、時系列順に詳しく説明してくれ」
「了解です」




