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第二十九話 オーバースペックな追跡

 あ、スリなの? え、スられるって何気に初めてなんだけど。へー、そうなんだ。


 妙に焦ってる感じだったのはそのせいか。うん、常識的に考えて何の事情もない人があんな迷惑行為をするわけないよな。


《関心低いですね。捕らえなくてもいいのですか?》


 まあ、どうせ財布に大した金は入れてなかったしなー。基本的に【空間収納】の中だから、微々たる損害である。


 多分、ウィアートルの屋敷から出てきたから金持ちだと思ったんだろう。まあ、俺の全財産から見れば少しだけど、生活に困ってるならそこそこ嬉しいくらいはあるかな。


 それよりも、スリの子の性別の方が気になる。


 一瞬見た感じは男っぽかったけど、十歳くらいだとそこまでの男女差って無いからな。


 むしろラノベとかだとあのポジションの子供は美少女の割合が高いし、その可能性に賭けたい。


《……フェイト様、もう一度確認しますが、本当に無視してもよろしいのですか?》


 え? まあ、実害ないし、それなら見逃してやろうかなって。ほら、なんかあるじゃん。えっと、ジョブレス・オブリージュだっけ?


《ノブレス・オブリージュです。間違え方が非常に危険な上に、そもそも使い方が違いますが、まぁそれはいいでしょう。そんなことよりも、よく考えてください》


 お、おう。なに? まさかフレデリックの関係者二人目来ちゃった感じ?


 いや、でもそういった部類ではないって言ってたよな。じゃあ何だ。


《……なぜ財布を使い始めたか、覚えていますか?》


 え、財布?


 そりゃあ、店とかでちょっとした金を払う時に便利だから………………じゃないな。それは【空間収納】からでも出来る……。


 ……あぁ、そうだ。クリスマスだ。


 あの日、なんやかんやで隠れず正面からプレゼントをあげたら、レイからお返しに『かたたたきけん(肩叩き券)』をもらったんだ。


 それで、それを常に持っておきたいと考えた俺は、アイテムボックスに死蔵されていた財布に、少量の金と一緒に入れておいたんだよ……。


 …………。


 …………。


《【空間神】で『かたたたきけん』だけをこの場に転移させることもできますが》


 いや、あのスリ野郎の場所を探せ。自分で追いかけて、この手で消す。そうしないと気が済まねえ。


《見事なまでの手のひらの返し方ですね》


 だって、そりゃお前、レイの『かたたたきけん』の価値は馬鹿高いに決まってんだろ。俺の全財産でも足りないくらいあるぞ。


《はいはい、わかりました。了解です。では探しますね……と、その前に。————【解析神】【探知神】を獲得しました》


 え、神級スキル!? 新しく得ないと駄目なくらいに隠密能力高いのかあのスリ!?


《あ、いえ、フレデリック対策にいつか取っておこうと考えていたのを思い出したので、獲得にチャレンジしてみただけです》


 あー、フレデリックね。確かにあそこまでの隠蔽能力があることを考えると、監視もいつか振り切られそうだもんな。


 で、字面からして【解析神】は【叡智神】の解析系特化で、【探知神】は観測系特化ってことでいいのか?


《そのイメージで大体合ってますね。……しかし、この段階で二つも取れるほどに格が……予想以上ですね……》


 何が予想以上だって?


《明日が楽しみだという話ですよ》


 何だその意味深な答え。絶対違うだろ。……って、そんなことはどうでもいいんだよ。スリをさっさと探せ! この隙に追跡不可能な場所に逃げられたらどうすんだ!


《フェイト様が追跡不可能ってどこの異世界ですか……。では【夢幻神】で正面に地図を出しますね。赤い点がスリです》


 幻覚系スキルの使い方が明らかに間違ってるんですけど。いや、便利なんだけどね? これ敵に幻を見せるためのものだよね? こんな映像を出現させるものではないよね?


 っていうか、地図、立体じゃねえか! 平面かと思ったら何この3D。無駄に洗練された無駄の無い無駄な見やすさ。


 リアルさは半端ないし、これで追跡ってテンション上がるな。


 まだ距離はそこまで離れていない、か。そこそこの速度で移動しているようだけど、行き先は……貧民街、か?


 よし、じゃあ見せてもらおうか。今まで【空間神】の陰に隠れて印象薄かった【移動神】の力を!


《あ、わざわざ自分の足で移動するんですね》


 ほっといてくれ。実はちょっとテンション上がってるんだよ。


 とはいえ、王級のステータスがあるから、使わなくてもすぐに追いつくとは思うんだけどな。


 しっかりと赤点の位置を確認し、進行方向に人がいないのも見て。ミッション、スタートだ。


 一歩踏み出した瞬間――危険を悟る。


 ヤバい、思っていたよりも遥かに速い。自分の意思で止まれないどころじゃなく、今どこにいるのかすらわからないようになるレベルだぞ、これ……。


 思考加速系のスキルを全て使っているのに、全く追いついていかない。


 バランスを崩さないようにとかそんな次元ではなく、もはや勝手に足が高速で回転し、流れる景色は流れすぎてむしろ真っ白。


 マップに映し出されている現在地を表す矢印は、当然のごとく直線になっていた。


 ヤバいな、感覚的にもうすぐ建物にぶつかるころだ。そうなったら壁が大破どころじゃ済まないぞ。余裕で倒壊である。


 もちろん犠牲になる人も出るだろう。何で安易に神級スキルなんて使っちゃったんだろうな。完全にやらかした。普通に【空間神】で行けば良かったんだ。


 最悪【リザレクション】で全員生き返らせてから【創造神】で建物を直すということになるのか。


 ……目立ちすぎるのはあんまりよくないんだけどなぁ。そこまでいっちゃったら姉さんに笑われるだけでなく、母さんがブチギレるだろう。そんなの絶対に相手したくない。


 でも、どうすれば……。


《【演算神】を獲得しました》


 思考系の神級スキルか! スティ、ナイスっ!


 発動と同時に、視界が通常と同じ感覚に戻った。思考する速度が神の領域まで至ったのである。それでもスローモーションに見えないっていうのは恐ろしいけどな。


 壁の直前まで至っていたのも、ギリギリで止まって方向転換。赤い点の場所に向かう。


 そういえば、どう考えても音速超えてるけど、衝撃波はどうなってるんだろう。影響が出るとしても今の俺の体感速度だと結構先のことになるけど。


《【移動神】の効果で衝撃波は出なくなってますよ》


 へー、そうなんだ。物理法則捻じ曲げすぎだよなぁ、本当。


 いやー、でもこうして超高速の世界を体験してみると、これはこれで楽しいな。


 いつもと大して変わらない速度で走っているように感じるのに、人や物はほぼ完全に静止していて、音も全く聞こえてこない。世界が自分の所有物になったかのようだ。


 この町に俺一人しかおらず、他は全て石化してるみたいな。……ん?


《どうしました?》


 いや、なんか黒い影が視界の隅を横切ったような気がして……。


 って、なんか後ろから来てるんだけど!? え、俺のスピードについて来てる奴がいるんだけど!? 足音めっちゃ聞こえてくる!!


《あ、シュミラですね》


【夢幻神】だ!【夢幻神】であいつに俺の幻見せて囮にしろ!


《…………。はい、やっておきましたよ》


 おぉ、引き返していったな。ビビった〜。マジなんなんだよアイツ。


 と、そんなことをしている間に目的地までもう少しだ。人通りのない裏路地だな。


 件のスリ少年は……って、あれ? えーと、なんかガラの悪そうなおっさんに胸ぐら掴まれて持ち上げられてるな。


 アレがボスっていうのは考えづらいか。純粋にカツアゲされてる感じかな?


 うーん、どうしようか。助けるのもアレだけど、財布持ってかれるのも嫌だし。


《ちなみに見逃した場合、スリから財布を奪った男は中身を見て、明らかに要らない『かたたたきけん』を捨てて踏みつけます》


 よし分かった取り敢えずあのおっさんは潰す。

 ……それじゃあスキルは全部切って通常の状態へ。


 世界が音を取り戻し、人々が動き始めた。いや、俺主観での話だけどな。


「オラッ! さっさと金出せごふぁっ!?」


 通常に戻って真っ先におっさんを殴り飛ばした。こいつの未来の行動だけは許しておけねえ。


「てめえッ! 何しやがんぐほぉっ!?」


 もう一発。


 最後に顔面にとどめの一撃を放つ。鈍い音がして、拳が突き刺さった。


「おっさん、どっかに消えろ。目障りだ」


 顔を片手で握りしめて、遠くの方に向かってぶん投げた。


 失神してるっぽかったし、しばらくは動けないかな。あ、なんかビクンビクンしてる。気持ち悪っ。


「あ、あの、えっと……」


 おっさんを成敗して少し清々しい気分になっていると、スリの少年に話しかけられた。……声は高くて綺麗だ。どちらかというと女の子っぽい。


 さてと、どうしたもんかねぇ。犯罪者とはいえ年下の子供に神級魔法を浴びせるのは気が引けるんだよな。


 さっきのスティの発言から考えると『かたたたきけん』はちゃんと入ったままっぽいし。


 でも何もなしで許すのは違う。んー、どうするべきか。


 ほおを掻きながら思案していると、目の前に俺の財布が突き出された。


「す、すみませんでしたっ! あの、財布はお返しします。どうしてもお金が必要で……何でもしますから、通報だけは許してください! 私が稼がないと……」


 そこまで言って、少年——いや、少女は、大きめな両目からボロボロと涙を流して泣き崩れてしまった。


 オゥ……俺が泣かしたみたいじゃん。ヤバい、この場面だけ切り取ったら俺の悪者感半端ねえ。


「ああ、うん、じゃあとりあえず君の話を聞かせてくれ。その上で判断するから……その、泣き止んでくれるかな?」


 流石に男女平等パンチとかできる感じじゃなくなってるよな。俺の気分的にも、もうそこまで怒ってもないし。


 両手で差し出された財布を受け取って【空間収納】に入れた後、少女の頭をポンポンと撫でて落ち着くように促した。

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