第二十八話 遭遇
用事も全部終わったし、あとはどうしようか。
最初は事後処理も俺がやらないとダメだと思ってたから、結構長くなると見積もってたんだよな。そのせいで、微妙に時間が余ってしまっている。……すごい説明感半端ないな、今の文章。
仕方ないし、適当にその辺を回りながら帰るか。
《フェイト様、一つ思ったのですが、言ってもよろしいですか?》
……別にいいけどなんで確認するの? お前今まで俺の許可を仰いだことなんてなかったよね!? 何を言うつもりなんだよ。怖えよ!
《いえ、そこまで大したことではありませんが。暇潰しの戯れのようなものです》
そ、そうなの? ま、まあとりあえず聞かせてくれ。
《フェイト様。今、アリスとレイが別行動を取っているわけですが……。あの二人、本当に孤児院に行っていると思います?》
……え? そりゃそうだろ? むしろ孤児院以外のどこに行くっていうんだよ。わざわざ嘘をつく意味もないじゃねえか。
《よく考えてみてください。フェイト様に超べったりだったあのアリスですよ? あなたの指示がない限り片時も離れようとしなかった、あの》
俺の指示があれば普通に離れたけどな。
いや、まあ確かに意外だとは思うけど、普通に成長したってことじゃねえの? 俺への依存もマシになってきた的な。
《そうであればいいのですがね……》
だからなんなんだよ。怖いよ。さっさと言えよ。
《他に依存対象ができた、と考えることはできませんか?》
えーと、要するに?
《アリスは新しく見つけた男の元に通い、今日は娘も連れていった》
…………。
《…………》
…………。
《…………》
……なあ、スティ。
《何ですか?》
楽に人を殺すにはどうしたらいいと思う?
《真面目に答えると、即死系のスキルを使うのが最も簡単ですね》
…………。
…………。
わかった、じゃあ俺にそれをかけてくれ。
《あっ、浮気相手を消すのではなくて、自分を、なんですね》
まあ、そりゃそうだろ。アリスがその男を選んだってことは、俺がダメだったってことだし? つまり、俺に価値がないってことじゃん?
なら自殺しかないだろ。
《その思考回路の方がないです。いえ、アリスも大概だと思っていましたが、あなたもかなり尋常ではありませんね》
なんとでも言うがいいさ。どうせ俺は生きている意味のないゴミなのだから。
ほら、さっさと殺してくれ。世界のためになるだろ?
《思っていたよりも深刻ですね》
え、普通じゃね?
スティの言葉からうかがえる、想定外という響き。珍しいな、そんなこと今まで一回もなかったんじゃねえか?
いやー、最期に未練を一つなくすことができた。
《というか、何故そんな一瞬でそこまでマイナス思考に堕ちることができるんですか? 展開早くないですか? もうちょっと『嘘だ! そんなこと有り得るはずがない!』とか『クソッ、ふざけやがって! 俺への恩も忘れたか!』みたいな段階も踏まずに一直線でそこにたどり着いちゃいます?》
当然だろ。って、そんなことはどうでもいいんだよ。ほら、さっさと一思いにやってくれ。
あ、でもアレだな。最期に相手の男を一目見てみたいな。二人を任せるに足るかどうか。
《……いえ、なんか変な流れになりましたけど、冗談ですから。そんな男存在しませんから。普通に行き先は孤児院ですよ》
…………。
《…………》
……あっ、そうなの? なんだよ、やめろよそういうこと言うの。
うわ、びびった〜。
《……なんでしょう、私が悪いのは確かなのですが、釈然としませんね。というか、これが私のマスターですか? 夜逃げしちゃダメですか?》
【叡智神】さんを置いていってくれるなら何も文句はねえよ。
《そもそも、なんで嘘だと気づかなかったのですか? この場所に来て数日で浮気相手などできるわけないでしょう。常識的に考えて》
あ、確かに。お前頭いいな。
って、待って。何故に俺は騙された!? 絶対今の時間要らなかっただろ!
《暇そうだったので、少し時間つぶしの冗談を言ったつもりだったのですが……思いのほか過剰反応をされて笑えませんでしたね》
せめて笑ってくれよ。今の一連の出来事って、皆が不幸になるだけだったじゃねえか。俺がどれだけの絶望に叩きのめされたと思ってるんだ。
さて、で。どうしよっか。
《どうしようか、とは?》
いや、今の一連の流れをはたから見るとだよ?
急に目からハイライトが消えて呆然と立ち尽くした後、全てを諦めた悟りの表情になり、かと思えば安堵を浮かべ、その次は怒り出し、最後はまた落ち込んだっていうことになるじゃん。
お前、そんな奴を見たらどう思うよ。
《通報しました》
だろ? やっぱ引くよな。ほら、そこに立ってる美少女も俺のことを見てドン引きしたように顔を引きつらせてる……って、ん? ちょっと待って。お前今なんて言った。
え、え? 通報『しました』? 過去形?
《騎士の詰所に通報しました》
……は? う、嘘だろ!? 嘘だよな!?
《嘘です》
お、おう。マジでやめろよそういう冗談。笑えねえから。俺を見たまま固まってる女の子とか、多分騎士が来たらすぐに俺を突き出しちゃいそうな気配あるから。
《あ、騎士さんこっちこっち。コイツですよ。急に発狂した挙句に少女に手を出そうとしたので、おそらくクスリをやっているのではないかと》
そこまではしてねえよ。っていうか、さすがに今のが冗談なのは俺にもわかるぞ。お前の声、他人には聞こえねえだろ。
なあ、もう【叡智神】残せとか言わないから消えてくれない?
《嫌です》
あっ、そう……。
って、ちょっと本気でどうしよう。さっきから美少女が俺をガン見してるんだけど。え、これどういう状況? どうするのが正解なの?
待って。見つめる目に熱がこもってきた。なんかキラキラしてる。なんならギラギラまである。
怖い怖い怖い怖い。
なに? マジでなに? おやじ狩りとか? それとも俺がタイプすぎて見入っちゃってる? まあ、今の俺ってイケメンだし、それも分からなくはないけど。
逆ナンかな。それともまさかの逆RE☆I☆PU? ははっ、大歓迎だよ。ああ、でも俺にはアリスという心に決めた人が——
《通報しました》
すみませんでした。もう馬鹿なこと考えたりしません。
でもこれ、本気でなんなんだ? こんな奴知り合いにいないぞ。
《……あ、これアレですよ。ほら、アレですアレ》
どれだよ。指示語ばっかりじゃ分かんねえよ。
っていうか、その反応だと知ってる人なのか? いや、だとするとこんな美少女忘れるはずがないと思うんだけどなぁ。琥珀色の目とか、超綺麗で印象的なのに。
《直接の面識はありませんから。話で聞いただけですしね》
あ、そうなんだ。だったら貴族の誰かかな。護衛も付けずにいるところを見ると、下級貴族の令嬢か? いや、むしろ上級貴族がお忍びで来たところを俺に見られて固まってる図とかかな。
《ある意味貴族に近い位置にいますが、違いますよ》
えー、それだとマジで心当たりねえぞ。他だと冒険者がらみとかか? まさか、俺の評判を聞いてファンになったとか?
《冒険者というのは合っていますが、ファンではないですね》
え、でも恨みは特に買ってないし。
じゃあ、もしかして俺の評判を聞いて戦ってみたくなった戦闘狂とか? ラノベにはよくいるよな、そういう奴。
《アレです。フレデリックのところのシュミラちゃんです》
戦闘狂じゃねえか。
え、シュミラって、あの?
確か、冒険者ギルドでリックに喧嘩を売って、なぜか代わりにグルタスと戦って、完膚なきまでにぶちのめして、そのあと襲いかかってきたリックおよび冒険者の皆さんをアビリティまで使って全滅させた、フレデリックが後見人の戦闘狂?
《はい、その通りです。ちなみに今は冒険者ランクも以前より上がっていますよ》
まあ、相応の実力はあっただろうしな。それ以上に不祥事を起こしてる気もするけど、第三王子の権力ならねじ伏せられるだろう。
で、そのシュミラはどうすればいいんだ? 今にも戦いを挑まれそうなんだけど。
《諦めて戦う、というにはどうでしょう?》
嫌だよ。そんな場面を誰かに見られたりしたら、通報コース爆走しちゃうだろ。
やっぱり【空間神】で逃げるのが一番か? いや、でも待てよ。同じくフレデリック配下の某ホムンクルスは瞬間移動的な力を持ってたよな。
シュミラも同じ能力を持っているとしたら、追跡される可能性も考慮しなくちゃならないか。
スティ、シュミラのステータスを教えてくれ。
《了解です——妨害されました》
……えっ?
《再度情報取得に挑戦——失敗しました。すみません、無理です》
諦めるの早っ! もうちょっと頑張ってみろよ!
《そんなことを言われましても、無理なものは無理ですよ》
え、でもお前って【叡智神】の上位互換なんだろ、一応。それでもダメなのか。
《ええ、ダメです》
尋常じゃねえな。フレデリックは何者なんだよ。最低でも神は確定じゃねえか。
しかし、そうなると迂闊に空間移動はできないか。……確か、持ってるけど使ってないスキルの中に【移動神】ってあったよな。アレは使えないのか?
《ただの超高速移動ですので、結果は変わらないかと》
ならどうするんだよ。詰んでね?
《詰んでますね》
マジか……。最悪そうなったらどっかの亜空間に転移して戦うしかないか。
肝心のシュミラは……あれ、違うところ向いてるな。興味をなくしてくれたのか?
いや、なんか物欲しそうな顔でチラッチラッと見てきてるな。戦いたい、けどそれはダメだし……みたいな感じ。
そんなところを見ると可愛くも思えるのだが、本性は頭のネジが吹っ飛んだ戦闘狂だからなぁ。
よし、それじゃあ話しかけられる前に撤退しよう。競歩だ競歩。
「の、のう、お主」
話しかけられたァ!『ダメだけどやっぱり諦めきれない、でもダメだよね……』みたいな感じで、控えめに且つ頬を赤く染めながら話しかけられたァ!
ど、どうする。スルーは流石にマズイよな。でも、下手に対応するとなぁ。
よし、ここは大人っぽく対応しよう。冷たくなりすぎず、ただし事務的に。
「何か用かな?」
ニッコリと微笑みつつ、謎の余裕を醸し出して答えてみる。……あ、でもさっきの醜態見られてるんだっけ。
「お主は、かなりの強者じゃろう? その……妾と戦ってはくれぬか?」
「悪いけど、急いでるんだ。じゃあね」
笑みを絶やさぬまま手を振って、有無を言わせずそのまま退散。優雅でありつつもできるだけ急ぎながら、歩いて別の場所へ向かう。
振り返らずにスキルで後方を確認すると、シュミラは驚愕の表情のまま固まっている。すぐに動き出す気配はないし、意外と簡単に撒けそうかな。
《かなり冷たい対応だった気がしますが》
うっさいな、緊張して対応の台詞とか忘れちゃったんだよ。
《……それでも大貴族ですか》
根はどこにでもいる普通の男子中学生だからしょうがない。
って、そんなやりとりをしてる場合じゃねえよ。シュミラが呆気にとられてるうちにもっと距離を置かないと。
できるだけ人混みに向かって進んでいく。
……よーし、もう見えなくなるくらいに引き離せたかな。それじゃあ、今のうちに【空間神】を——
「うおっ!?」
前から走ってきた人にぶつかってしまった。こんな人の多い場所で、前方をよく確認せずに疾走は危ないだろ。
「す、すみません」
帽子を深くかぶった、ぱっと見た感じ中性的な少年は、俺に軽く頭を下げて謝ると、すぐに走り去ってしまった。
ろくに謝りもせず、全く最近の若者は。急いでるみたいだから許してやるけど、いつもだったらキレてたぞ。
《怒りの沸点低いですね》
キレる若者ですから。
いや、でもああいうのって結構イラつかない? 前世で言うと、歩きスマホをしながらぶつかってくるのと似たような感じで。
《社会問題にもなっていましたからね。……ところでフェイト様。気がついてますか?》
気がつくって、何に? まさか今の子がシュミラの変装だったとか?
《いえ、そういった部類ではありませんが。今の子供、スリですよ。財布を抜き取られました》




