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第十八話 氷ノ華ハ咲キ誇ル

今回はアリス視点の一人語りです。

 私は、絶望していた。


 文字通り希望が絶たれていた。無くなっていた。


 私は何かを間違えたのだろうか。だとすれば、いつ間違えたのか。


 世界は理不尽で残酷だ。ふと気づいた時には、どうしようもない終わりがすぐ近くまで迫っている。


 だけれど、世界は優しくて美しくもある。


 いつのまにか、救済も現れていたのだ。


 最初は何が起きたのか分からなかった。


 私は多分、買われたのだと思う。


 もうその頃には殆ど意識もなくはっきりは認識できなかったが、あの日確かに奴隷契約が結ばれた。


 何故? それが感想。


 正直、あの時点での私に価値は一切なかった。


 戦闘力は既になく、姿形も無惨。というより、私が瀕死だったことが全ての価値を無にしている。


 あそこからの回復など、帝級の光魔法でなければ無理であるし、奴隷にわざわざそんな高位の魔法を使う物好きはそうはいない。いたとしても、帝級というのは大陸に使える人が10人もいないレベル。常識的に考えてそんな魔法を受けられるはずがないし、そもそもそれまで私の体が持つとも思えない。


 私レベルの魔法士ならば、いくらでもとは言わずともある程度の数は存在しているだろうし、王女という肩書きも最早魔大陸では意味をなさない。


 そんな私を買うなんて、一体どういうつもりなのだろうか。


 何かの実験体にするため? そういった姿に興奮する変態? 死体を手に入れたかった? 魔族に恨みがある?


 そんな疑問を持ったが、それは意味をなさなくなる。


 何故なら、買われた直後に私は死んだから。


 最期の瞬間は特段今までに比べて苦しいということはなかった。むしろ安堵さえ覚えた。


 絶望と恐怖と安らぎの中で、私の意識は露と消えていったのだ。


 そして、どこかに体から離れて行く途中で、大いなる光に導かれた。不思議な感覚のままその光についていくと、いつのまに息を吹き返していたのだ。


 目を覚ますと、柔らかいベッドの上にいた。いつ以来だっただろうか。


 そして、横に寝ている人物を見た瞬間、理解した。私を救ってくださったのはこのお方だと。絶対にして文字通り次元が違う。


 結局、私を救ったことにいかなる意味があったのかはわからない。恐らく、私などの思慮が及ぶべくもない高等な訳があるのだろう。


 ともかく、私はあの方に救われた。それどころか、あの方は私の願いを一つ叶えようと仰った。


 この時、生まれてからの15年間で一番の興奮と不安を覚えた。


 私如きの矮小な願いを大いなる力で叶えてくださるのだ。嬉しくないはずがない。


 だが同時に恐怖も感じた。もしここであの方の意に添わぬ願望を言ってしまったら、私は一体どうなるのだろうか。


 結論から言えば、眷属にしてほしいという烏滸がましいにも程がある欲求を、嫌な顔一つせずに叶えてくださった。そのお陰で、私は身の丈に合わないほどの力を手に入れることができた。


 今から考えれば、あの時感じた恐怖はあり得ないほどの見当違いであった。


 あの方はその程度で見放したりはしない。大海が如く無限の慈悲深さを持っているのだ。むしろそのような疑いをかけるなど不敬にすぎる。死ねと言われれば私は躊躇わずに自害するだろう。


 その後、なんと共に食事を摂ってくださった。私を腹心の眷属として扱ってくださるのだ。幸福なことこの上ない。


 しかも、戦闘経験を積むという名目で、私の力を神にまで引き上げてくださった。自らと同じ次元にするなど、反逆は恐れていないのかと愚考したが、その後に襲来したドラゴンへの攻撃によって理由がわかった。


 そもそも、神に至った私でもあの方には傷一つつけることすら叶わないのだ。


 あの時見た、大陸を切断するという力。どう考えてもあの程度のモンスターには必要ないだろう。つまり、それは敵を倒すためでなく私に見せるためだったのだ。自らとの力の差を知ると同時に、より大きな畏敬を抱くことになった。


 そして、その後ついにあの大事件が起こる。



 あ の 方 の 娘 の 母 親 に な っ た !



 何を言っているのかわからないだろうが、私も何が起きているのかわからない。


 とにかく、私はあの方の娘であるレイ様の母となったのだ。


 あの方がどのような思惑でこんな光栄をくださったのかは知らない。ただ、きっとあの方は私に何かしらの期待をしてくれているのだろう。


 いや、もしかしてゆくゆくは私を妻に?……流石にそれは思い上がりも甚だしいか。


 あの方はとても慈悲深い。愚かにも我々を脅迫してきた神敵を殺さずに許したことからも、その器の広さを窺い知れる。


 私は今、とても幸福だ。そして、その幸せはあの方にもらったもの。


 だから、私は全てをあの方に捧げる。あの方のためであれば、神すら殺そう。そう誓った。




◆◆◆◆




 緊急依頼。


 それを受け、あの方は私にエターナルフェニックスの討伐を命令した。


【瞬間移動】を使い近くに来てみても、やはり脅威には感じない。当然だ。あのカオスドラゴンと同格程度の雑魚、本気を出すにも値しない。


 そんなことはあの方が一番理解しているだろう。彼我の実力差など。


 この程度の相手であれば、あの方ならば三体一気に瞬殺、いやむしろ動き出す前に消すことさえも可能だったはずだ。


 しかし、それをしなかった。


 あの方は優しい。それこそ有象無象たる民衆にも情けをかけるだろう。それなのに、無為に町を危険に晒すとは思えない。


 つまり、あの方はこの件を通して何か目的があるのだ。


 だとすれば、それは何だ?


 まず、町を恐怖に陥れるためではないだろう。


 とすると、対象は町とは関係のない者。要するに私たちである。


 戦いを通して、あの方は私たちに何かを求めている。いや、レイ様への溺愛ぶりを考えれば、彼女に対しては何もしないはず。


 ならば、答えは一つ。


 これは私への試練である。


 私が幸せを享受するに足る人間か、眷属として相応しいか見極めようとなさっているのだ。


 では、私は何を試されている? 私には何が足りない? 答えは簡単だ。


 実は、私は現時点で此奴を倒す手段が無い。


 勿論、先日のレイ様とは違い火力が足りない訳ではない。


 ただ殺すだけならば、普通にできる。神級の水魔法を使えば一撃だ。


 だが、それをやれない理由がある。


 原因はエターナルフェニックスのユニークスキル【不死転生】。


 このスキルは二つの力を持っている。


 一つ目は単純な自動再生。それはどうでもいい。軽く突破できる程度の効果だ。問題はもう一つの方。


 このスキルを持っている限り、死んだとしても世界のどこかで再び復活する。


 つまり、下手に殺すと世界のどこかで新たな災厄が始まってしまうということ。もちろん【瞬間移動】で追うことは出来るが、完全なイタチごっこになる。


 よって、水魔法の殺傷系は完全に使用不可。下位のものであれば殺すほどの威力はないが、再生能力で無駄になるだろう。


 かといって、封印系の氷魔法を使えばいいかと言われれば、そういうわけでもない。エターナルフェニックスは【自爆】というスキルも持っており、封印された瞬間に自爆して【不死転生】で蘇ってしまうのだ。それは避けなければならない。


 要するに、私はこのモンスター相手に何をすることも出来ないのだ。


 あの方からの試練というのは、つまるところこの状況を打破する力を手に入れよ、ということだろう。


 では、どうすれば現状打破できるか。一番わかりやすい所では、何かしらのスキルを獲得すればいい。例えば、テイム系、スキル強奪系などなら太刀打ちできる。


 だが、普通に考えてそんなに簡単にスキルが手に入るはずがない。あの方から授かったのは完全に例外なのだ。


 ならばどうするか。


 あの方やレイ様にあって私に無い物。


 それは当然数え出したらキリがないだろうが、一番わかりやすい違いは、アビリティだ。


 本人のみのオリジナルにして、絶対的な力を誇る強者の証。それがアビリティ。恐らく、あの方は自らの眷属として、せめてアビリティを獲得せよ。そう仰っているのだ。


 だとすれば、私は期待に応えるのみ。


 もう既に構想は出来ている。私の十八番である氷魔法を応用した、神級魔法(アブソリュート・ゼロ)よりも上の力。


 私のスキルや魔法を組み合わせ、最適解を見つける。


 あの方が決めたパーティ名にあやかって……。


《アビリティを作成——成功しました》


 よし。


 町へ向けて飛行を続けるエターナルフェニックスに向けて杖を構える。


 決して失敗は許されない。いや、あの方ならば、或いは罰することはないかもしれない。


 だが、それは関係ない。私はこれ以上あの方に甘えてはいけないのだ。


 覚悟しろ、私。絶対にミスをしないように。


 1度目を閉じ、深呼吸をしてから詠唱を始める。


「只一つの救いもない虚無なる零の世界の中で、無限の刻を絶望と後悔と共に生きよ。審判は今、下された。【虚実氷獄(ジャッジメント・ゼロ)】!」


 相手が有罪だろうが無実だろうが関係ない、理不尽にして絶対なる氷の牢獄。


 それはこの世界に存在しているようで、既に亜空間となっている。いくらユニークスキルとはいえど、所詮は帝級相当の【不死転生】には、世界間移動はできない。


 これは【自爆】と【不死転生】では決して逃れることはできない、神の裁きなのだ。

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