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虹色居酒屋  作者: 大山秀樹
7/15

第7話:違反者


 現皇帝陛下が虹色居酒屋への来店数を月に5回と制限した。

 国民のほとんどは皇帝陛下の決定に従ったが、当然従わないならず(・・・)者もいる。

 顔の変わらない爺はその最たる例であった。


12月1日

 やっとかい。

 やっとあの店に行ける。

 皇都どころかこの世界のどこにも置いてない極上の酒がある店ーー虹色居酒屋。

 全くあの若造が!

 あやつが一方的に虹色居酒屋への入店数を制限したせいで、ワシの楽しみが減ってしもうたわい。ワシは除外しろとあれだけしつこく迫ったというのに。

 そりゃ虹色居酒屋に落ち着きを取り戻すためにはあの政策は妙案だったと思うし、ケンさんも感謝しておった。あの頃は客が溢れかえっていたしな。

 じゃがな〜、ワシは違うじゃろ。

 開店当初から通っていたワシは例外じゃろ。

 全くワシがどれだけこの国に尽くしてきたかわかっとるんか。あの若造め。

 まぁ良い。さっさと行こう。


 うぃ〜、酔うた酔うた。

 あいも変わらずあの店の酒は美味いのう。極上品じゃ。

 虹色居酒屋の酒とつまみに舌鼓を打ち千鳥足で帰宅して寝る。これがワシの幸せじゃ。

 おやすみ。


12月2日

 今日も行こうかの。

 何、だいぶ我慢したのじゃから連日でも問題なかろう。後になって帳尻を合わせれば問題あるまい。


 うぃ〜、酔うた酔うた。今日もマリーちゃんは可愛かったのう。

 そういえば帰り際に「明日は定休日ですよ」と言われたわい。

 ワシを誰だと思っとるんじゃ。何年虹色居酒屋に通いつめてると思う。定休日なんか把握しておる。

 言う相手を間違えるんじゃない。

 おやすみ。


12月3日

 ……今日も行こうかの。

 こう連日で行くと後々後悔するのはわかっているが、昨日は揚げ出しドウフを食うのを忘れておった。ワシとしたことが。不甲斐ない。

 油で揚げられたトウフという豆を煮たモノにとろみのついたあんがかかっているのが揚げ出しドウフじゃ。揚げ出しドウフは酒に良く合う。虹色居酒屋でしか提供してない逸品じゃ。昨日は頼もうとした頃には腹がいっぱいで無理じゃった。

 あぁ歳はとりたくないものじゃ。

 若い頃はいくら食べても満腹にならなかったものの、最近ではスグに満腹になってしまう。

 老いとは恐ろしいものじゃ。


 やっとらんかった。

 昨日そんな事を言われた気がしないでもない。

 しかし虹色居酒屋に近づくまでは全く覚えとらんかった。

 あぁ、老いとは怖い。

 月曜定休日、月曜定休日、しっかり覚えとこう。

 おやすみ。


12月4日

 さっ、昨日のリベンジじゃ。

 今日こそ揚げ出しドウフを食うぞ。


 うぃ〜、酔うた酔うた。

 美味かったのう、揚げ出しドウフ。

 流石はケンさんじゃ。あんな摩訶不思議な料理をどこで会得したのじゃろうか?

 気になるがそこは踏み込んじゃいけんところじゃ。

 おやすみ。


12月5日

 …………。

 …………。

 …………。

 良し!

 行こう。

 何、今日行ってもまだ後1回ある。問題あるまい。


 うぃ〜、酔うた酔うた。

 今日は隣の席の客と話が弾んで良い酒じゃった。

 その客は実に良いことを教えてくれた。

 ニホン酒のソーダ水割りじゃ。

 ワシはいつもニホン酒を呑んどるが、ソーダ水で割ったことなどない。メニューにも載ってないし、考えたこともなかった。しかしそいつはそうやって呑んどるらしい。

 試しに少々分けてもらったが、美味かった。

 キツイニホン酒をお猪口に注いでキュイっといくのも良いが、ああやってウイスキーみたいにして呑むのもまたオツじゃ。腹に溜まるのが難点だが、味も口当たりも変わって楽しい。

 今度やってみよう。

 といっても後1回しか今月は行けないから、よくよく考えてのう。

 おやすみ。


12月6日

 さっ、行くか!

 えっ? 良く考えたかって?

 勿論じゃ。1時間程の瞑想を経てこの回答を導き出したのじゃ。

 我慢は身体に毒。

 この歳になると酒は薬みたいなもんじゃ。

 薬を呑みに行かんとな。


 うぃ〜、酔うた酔うた。

 良い酒、もとい薬じゃった。

 帰り際に「もう今月はオシマイですよ」と言われてしもうた。

 わかっとる、わかっとる。

 ワシは100もいってない子供とは違う。

 我慢ができる大人じゃ。

 来月には行けるのだから、後20日ちょいとの辛抱じゃ。

 この歳になると一瞬じゃ。ゆっくり待とう。


12月7日

 さっ、日も暮れたし虹色居酒屋に行こう。


 ……そうじゃった。もう5回行ってしもうたんじゃ。忘れておった。

 全くあの役人め。行列に並ぶワシを見つけるや、即座に追い出しおって。

 ワシを誰だと思っとるんじゃ。

 あぁ〜、怒りがおさまらん。適当な居酒屋で一杯やるとするか。


 少し酔ったの。

 だがエールはスグに腹にたまっていかん。酒も呑めんし、つまみも食えん。

 ニホン酒が恋しい。

 おやすみ。


12月8日

 さっ、行こう。

 行き先は当然虹色居酒屋じゃ。

 すでに今月は5回行ったことがあるのは承知しておる。じゃが今回は違う。

 よ〜見とれよ。

 ポンッ。

 ほれっ、どうじゃ、完璧な変装じゃろ。

 これは辺境の地に行った昔の知人じゃ。

 ちょっと身体を借りて虹色居酒屋に行く権利をもらおう。あやつは来れんから断る必要もなかろう。

 勿論身分証明書も魔法でチョチョイのチョイじゃ。

 えっ?

 何度も見たって。

 ……そりゃそうじゃな。

 毎月変装して虹色居酒屋に行っとる訳じゃから、お主が見てるのは当たり前か。

 まぁ良い。ワシは行く。


「えっ? どなたですか?」

「フランソワーズですわ。皇軍大佐キャッスルの妻のフランソワーズですわ」

 ああ、気色悪い喋り方じゃ。なんでワシがこんなことをせにゃならんのじゃ。全てはあの若造のせいじゃ。今度会ったら覚えとれよ。

「はぁ、確かに名簿に名前があります。辺境へ赴任されたようですね」

「ええ、たまたま皇都に用がありましたの」

「はぁ、そうなんですか。……お帰り下さい」

 は? 変装は完璧なはずじゃ。見破られるはずがない。

「何故ですか? 今日は久しぶりに虹色居酒屋に行こうとーー」

 なんじゃ、この役人は。ワシが何故門前払いされなきゃならんのじゃ?

「皇軍大佐キャッスルの妻フランソワーズ様は御年56歳になられます。あなたの見た目は20歳前後ですよ」

「ひょ?」

「爺さん、あんたはもう5回来てんだからダメだよ」

「……入れてくれんかの?」

「ダメです。お帰り下さい」


 あの役人が。ちょっとばかし歳を間違えたからって。

 しかしフランソワーズはもう56なのか。年月の移り変わりというのは激しいのう。

 おやすみ。


12月9日

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

 マリーちゃんはいつも可愛いのう。

「ええ、よろしくお願い致しますわ。初めてですの」

 今日も女子(おなご)に化けてきたが、今度は年齢もキチンと確認してきたからバレる心配はない。

 確認は転移魔法で済ませた。直に見るのが手っ取り早いからのう。ワシにかかれば辺境へ転移して帰ってくるのなんて朝飯前じゃ。

「初見さんですか。ようこそ、ケンとシズクの居酒屋へ。こちらのお席にどうぞ」

 カウンターに通された。

 むぅ、いつもの席じゃないので少々居心地が悪いがしょうがあるまい。

「お飲み物はどうされますか?」

「そうね、ひとまずニホン酒の冷やを徳利で、つまみはホヤの塩辛……いやっホヤ酢でーー」

「じーじ」

「なんじゃね? マリーちゃん」

「やっぱりじーじだ。ダメだよ。今月はもう終わりだよ」

「ひょ?……じーじではありませんわ」

 とっさに答えてしもうた。中々の策士じゃ。じゃが諦める訳にはいかん。そこにニホン酒があるんじゃから。なんとか誤魔化そう。

「もうバレてるんだから、その変装をといて」

 マリーちゃんがワシをじっと見つめる。

 …………ボンッ。

「ほらね。じーじだ」

「どうしてわかったんじゃ?」

「初見さんがいきなりニホン酒なんて頼まないし、ホヤなんてもっと頼まない。どっちもじーじの好物だもん。気づくよ」

「はっ。眼から鱗が落ちるとはこのことじゃな。流石はマリーちゃん。今日はワシの完敗じゃな」

「なんかキレイに終わろうとしているけど、じーじ、今月はもう終わりだよ」

「わかっとる。もう来んよ。来月、また来るからのう」

「絶対来ちゃだめなんだからね」

 マリーちゃんが念を押す。


 今日は作戦負けだったのう。

 確かに若い娘はニホン酒など飲まんな。次は老人に化けて行こう。

 おやすみ。


12月10日

 今日は定休日じゃ。今度は忘れんぞ。

 おやすみ。


12月11日

「お一人様……ご退店でーす」

「ひょ?」

「爺さん、ウチの目は誤魔化せんで。何年の付き合いやと思っとるんや」

「シキ〜、そう言わず入れとくれよ。お主がちょっと黙ってくれればいい話じゃないか」

「ダメや、ダメ。さっさと帰りぃ」


 シキはダメだな。

 しっかり違う老人に化けたのに、一瞬で見抜きおって。あやつの眼力は空恐ろしいモノがある。

 シキがいると虹色居酒屋には行けないのう。

 おやすみ。


12月12日

 今日はまず猫に化けて偵察じゃ。

 …………。

 良し、シキは来とらんの。ひと安心じゃ。

 さすれば老人にーー。

「爺さん、変身丸見えだぞ」

「ひょ?」

 たら―ッと額から汗が流れる。

 シキがいない嬉しさからつい行列の横で変身してしまった。

 凡ミスじゃ。

 行列に並んどる客もクスクス笑いおって。

 潔く帰ろう。


 おやすみ。


12月13日

「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

「うむ」

「こちらドーゾ」

 やっと虹色居酒屋に入れた。今日は思う存分酒を堪能しよう。

 おおっ、更にワシのいつもの席じゃ。ここじゃないと落ち着かない身体になってしもうたから、らっきーじゃ。

 今日は老人じゃからニホン酒を頼んでも大丈夫じゃろ。

「ニホン酒を冷やで下さい」

 熱燗が良いが、待っておれん。久々のニホン酒なのじゃ。はよう呑みたい。

「かしこまりました」

 怪しまれてはおらんな。

 良し、良し。このままいってくれ。

「お待たせしました。ニホン酒です」

 おおっこれじゃこれ。

 徳利を持ち、お猪口に注ぐ。これがニホン酒じゃ。

 待ちわびた酒ーーいやっ薬じゃ。

 くぅ、美味いのう。

 良薬は口に苦しというがこの薬は苦くない。むしろフルーツのような甘く芳醇な香りがするわい。その香りがスッと鼻から抜けると、熟成した米の旨味が口いっぱいに広がる。爽やかな酸味と僅かな苦味を厚みのある旨味がぐっと受け止めておる。

 素晴らしいのう。

 久しぶりだと更に美味い。

 このために生きているのじゃ、ワシは。

 とは言ってもハイペースで飲み続けるのは良くない。ワシじゃとバレる恐れがある。少しゆっくりと……。

 ん?

 誰か騒いどるのう。

 カウンターの手前側じゃのう。

 ふむふむ、農奴と青年の争いか。全く、虹色居酒屋では喧嘩はご法度だというのに。

 まぁ、ワシが出んでも……待てよ。

 ワシが仲裁しあの農奴の望みを叶えてやれば、ケンさんはワシを追い出しにくくなるのでは?

 以前喧嘩を仲裁した際は随分と感謝されたものじゃ。ならば今回は?

 変装してして潜入したワシを見過ごすのではないか?

 ……ええい、ものは試しじゃ。変装しながら呑むより、ありのままの姿で呑んだほうが良いに決まっとる。

 良し!

 いくぞ。

 変装をといて言い争いの場へと近づく。

「ちょいとこやつを借りるぞ」

 まずは青年の口を塞いで浮かす。外へ連れだして説教してやろう。おおっこっちを睨んどるのう。怖や怖や。

 そして農奴の望みを叶えるべく、150アンジュで食べれそうなモノをメニューに加える。

 ……「大根サラダーー150アンジュ」という他とそっくりなメニューを壁に追加する。そんなメニューなどないが、ケンさんが上手くやるじゃろ。ケンさんの文字は使えんが、適当に似せれば誰もわからん。

 そして農奴にそれを伝えてこっちは終了じゃな。

 後はこの小うるさい青年だけじゃ。

 ほれほれ、暴れるな。面倒じゃろ。

 コツン。

 頭を杖で叩くとおとなしくなったわい。少々力加減を間違えたかのう。

 むぅ、どこか見たことがある顔つきじゃのう。つい最近見たような……。

 おおっと行列が出来とるのう。流石は虹色居酒屋じゃ。

 ならば転移して……どうせならあそこに行くか。

 脅すために。

 ヒュン。


◇


「起きろ、起きろ」

「ん……ここは? 俺は虹色居酒屋にいて」

「おはよう。ぐっすり眠れたかのう」

「はっ。お前は俺を拉致しようとした奴だな。ふざけるな! 何の恨みがあってーー」

「ああ、そういうのは良い。まずは下を見ろ」

 青年がワシから視線を外して下を見た。

「ーーーー」

 そして絶句した。

 深い渓谷の真上にワシと青年は浮いている。そしてこの渓谷は大蛇の住処として有名なダレイオス渓谷である。今もビュービューと風にのって大蛇の鳴き声が聞こえる。

「状況を理解したか?」

 ワシの問いかけに青年がコクコクと無言で頷く。顔一面にびっしょりと汗をかいておる。

「さてお主の生死はワシの掌の中じゃ。ほれっ」

 ワシが杖を下に振ると青年は真っ逆さまに落ちていった。大蛇が見えそうになる頃で、ワシは杖を反対側に振る。青年が上昇し元の位置に戻る。それを2度繰り返す。

 顔面蒼白じゃな。そろそろやめとこうか。

「こんなことをされる理由がわかるか?」

「……い、い……」

 やれやれガタガタと震えおって。まともに言葉も発せてないではないか。

 全くほれっ。杖を振って青年の震えを止めてやった。

「ほれっ。もう話せるじゃろ?」

「は、はい。あ、あの、理由は全くわかりません」

「理由はのう、お主が虹色居酒屋で農奴を虐めたからじゃよ」

「……しかし農奴が隣の席に座っているなど考えられません」

「虹色居酒屋はそれを認めておる。身分の貴賎なし、とはあの若造、いやっ皇帝陛下の言葉じゃぞ。お主は皇帝陛下に叛逆するつもりか?」

「いえっ、滅相もありません」

「ならば謝れ。あの農奴に詫びを入れろ。侮辱してすまなかったとそう言え。さもなければお主をこの渓谷へと叩き落とす」

「なっ、農奴に謝る? そんなことできるか!」

 状況に慣れてきたのか青年が饒舌になる。小うるさい奴じゃのう。

「大体俺にこんなことをして良いと思っているのか? 俺は恐れ多くも皇帝陛下に仕える10騎士の内のーー」

「第9騎士、“紅蓮の”ヴァイオレットの息子じゃろ?」

「なっ、何故それを?」青年が驚く。

「やはりな。面影があるのう。ヴァイオレットもお主くらいの年齢の時は反抗してばっかりじゃった。子は親に似るのう」

「母上の幼少時代を知っているのか? お前は誰なんだ?」

「名前なんぞとうに忘れた。今は爺で通っておる。そうじゃな。先の東部方面の反乱を知っとるか?」

「母が指揮をとられた戦いだ。当然知っている」

「戦争は早期終結したじゃろ? 勝利の要因はなんじゃ?」

「母の指揮と兵の強靭さに加えて世界最古にして最強の大魔法使いが加わったからだ。母のコネで特別に参戦されたそうだ。母の顔の広さが戦争を早期終結に導いたのだ。それがどうかしたのか?」

「ここまで言ってもわからんか。物分りの悪いやつめ。その大魔法使いの出で立ちを聞いたか?」

「白髪の老人で何種類もの魔法を同時に扱う異次元の人物だ。転移魔法、飛行魔法など種々の高位魔法を自在に操る。持っている杖が特徴的でーー」

 青年の顔がわなわなと震え始める。目線はワシの杖に向けられておる。

「やっと気づいたか、阿呆め」

「せ、先端に宝玉が嵌めこまれた真っ赤な杖はこの世のモノとも思われない輝きを放っており、一度振るえば大地を揺るがせる。現代では失われた技法で造られたその杖は、その大魔法使い専用であり盗もうとした者にはそれ相応の罰が与えられる。……申し訳ありませんでした。あなた様がかの大魔法使いだとは知りませんでした」

 青年が頭を下げる。

「ワシが怒っとるのはそんなことじゃあるまい」

「はっ、重ね重ね無礼をお許し下さい。あの農奴に誠心誠意謝ります。我が母ヴァイオレットの名に誓います」

「それで良し。場所にはそれぞれのルールがある。飲食店も軍隊もそれは同じじゃ。それを守れないようではヴァイオレットに追いつくことなどできんぞ」

 こやつがヴァイオレットに追いつこうとしてるかなど知らんがな。

「ははっ」

「良し! ならば戻るぞ。ニホン酒がワシを待っておる。……っと随分時間が経ってしもうたから、時間跳躍でもしようかのう」


◇


 青年はしっかりと農奴に謝罪した。謝罪の証として1品奢ると申し出たが、農奴が拒絶した。なんと崇高な志か。青年より農奴の方が器量は上かもしれんのう。

 青年がこちらを見てワシに確認を取る。

 まぁ農奴が許しているならワシが許さない理由はない。

 ワシがコクっと頷くと、青年は頭を下げてからかつどんを食べ始めた。おう、泣きながら食べておるわ。あやつには良い薬じゃ。

「じーじ」

 マリーちゃんが来た。そろそろ来るとは思っていたが、さぁケンさんの判断はどうだ?

「はぁー、ダメって言ったのに」

 マリーちゃんが盛大にため息を吐く。

「すまんのう。つい足が向いてしまうんじゃ」

 虹色居酒屋で呑んで良いのか? それとも叩きだされるのか? 頼む、ワシにニホン酒を呑ませてくれ。

「お父さんからの伝言です。ん、ん。『今日だけは特別だ。トラブルを解決してくれてありがとう』」

「ひょ? やったわい。賭けに勝ったぞ」

「もう〜。お父さんの決定だから逆らえないけど、ズルはダメなんだよ」

「もうせん、もうせん。許しとくれ。しかしマリーちゃんは声真似が似とるのう。本当にケンさんが話しとるのかと思ったわい」

「エヘヘヘ。最近練習しているの」

「そうか、そうか、努力は素晴らしい。さて注文を良いか? ニホン酒を冷やで2合、熱燗で1合。つまみはたこわさ、オサシミ盛り合わせ、焼き鳥盛り合わせ、揚げ出しドウフーー」

「じーじ、ペース早くない?」

「今日は余計な時間がとられたからのう。席時間もさほど残っておらんし、はよ飲み食いせんと」

「そっか。後1時間40分くらいだもんね」

「ひょ? もうそんなもんか。ならもっとペースを上げねば。ホヤの塩辛、大根サラダーー」

「大根サラダ? 珍しい」

「ちょっとな。後ニホン酒のソーダ割りもくれ」

 マヨネーズとニホン酒は意外と合うからのう。青年に説教している時は大根サラダで頭が一杯じゃった。

「かしこまりました」

「ああ、言わなくても良いとは思うが……」

「うん、あの人の足りない分はじーじに請求するよ」

「おおっ、流石はマリーちゃんだ」

 ワシの思いを理解してくれたのう。

 今日も虹色居酒屋で呑めるとはハッピーじゃの。あのトラブルさまさまじゃ。農奴と青年に感謝じゃな。


 うぃ〜酔うた酔うた。

 途中で農奴にもニホン酒を呑ませてやったわい。あの喉に激痛がはしった時の顔といったら。初々しいのう。

 今日は色々あって楽しかったのう。

 おやすみ。


12月14日

 むぅ、今日はどんな手を使おうか?

 老人に化けてここ数日通ったから今度は若い男にでも……しかし若い男がニホン酒を呑むか?

「ジジ様。ジジ様。ここを開けて下され」

 ドンドンとうるさい音が我が家に響く。こんな昼下がりにワシの家の扉を叩いておるのはどこのどいつじゃ? ちょうどワシが起きたところじゃ。狙ってやってきとるのか?

「誰じゃ?」

 扉を開けるとそこには真っ赤な甲冑をまとった女騎士がいた。

「ヴァイオレットか、何用じゃ?」

「先日は私の愚息が迷惑をかけた。お詫びする」

「そんなこともあったのう」

 別に怒っとらんが。

「ほらっ、スレッジ、前へ出ろ」

 スレッジという名前だったのか。知らんかったのう。

「ジジ様。昨日は申し訳ありませんでした。これはささやかなお詫びの品です」スレッジが濁った液体の入った瓶を差し出してきおった。

「なんじゃこれは?」

「お酒です」

「酒じゃと? これがか? エールではないのう」

「これは当家が虹色居酒屋を見習って独自に遠方から仕入れたコメを潰し酒にしたモノです」

「なんじゃと?」

 虹色居酒屋を見習って? とするとこれはニホン酒なのか?

「遠方に親戚がいまして、コメが王都で出回っていない頃から当家は酒造りをしていました。味は到底虹色居酒屋には及びませんが、少しでもジジ様の気が紛れればと思いまして」

「かせ」

 ワシはスレッジから瓶を奪い、魔法で器をつくり注ぐ。むぅ、濁っておるが香りは虹色居酒屋に近い。

 ゴクリ。

 マズい。

 虹色居酒屋のニホン酒には似ても似つかない味じゃ。あちらがきめ細やかな清流のようにすらりと喉を通るが、こちらはドブ水を呑んでいるかのように喉に引っかかる。味も全く及ばない。べっとりと甘く口に残る。

 だが……呑める。

 マズいと言ったのは虹色居酒屋に比べたらの話で、家で呑む分には問題ない。

 家でニホン酒が楽しめる。これほど嬉しいことはない。

「まぁまぁではないか」

 自然とニヤけそうになるが、平静を装った。

「これからも当家では改良を重ねていくつもりです」

「そうか。ありがたく受け取ろう」

 親切はしておくものじゃ。

「つきましてはジジ様にお願いがございます」

スレッジが膝をつく。

「なんじゃ?」

「どうか私を鍛え直して頂けないでしょうか? 昨日のジジ様の言葉で目が覚めました。私が師事するならジジ様しかいない、とそう思いました」

「ん? じゃがワシは魔法使いじゃ。お主は魔法使いではないだろう? 剣士であるヴァイオレットの方が適任ではないか?」

「私では甘えが出てしまう。そもそもこんな増長した性格になったのも私の責任だ。どうかこの子の師になってはくれぬか?」

「しかしのう……」

 弟子など面倒じゃ。適当な理由をつけて断るのが吉じゃ。

「ワシは弟子をーー」

「月謝として当家のニホン酒を継続的にお納めします。また最近では皇都でもコメが出回るようになってきたため、味、量、ともに改善が期待できます」

「弟子にしてやろう。ワシの修行はキツイぞ」

 弟子をとるのも悪くないのう。

「はっ。ありがとうございます」

 ニホン酒を貰えるとなれば否応無い。

「ジジ様、愚息のワガママを聞いてくれて感謝する。では私は仕事があるのでお暇する」

 ヴァイオレットは足早に去った。

「のうスレッジ」

「はっ、なんですか師匠」

「ワシへの詫びの品と月謝はニホン酒が適任だと言ったのはヴァイオレットか?」

「その通りです。『金は腐るほど持っているからいらない。あの爺さんには酒をあげれば大丈夫だ。酒のために生きているのだから。どうせ朝は寝ているから昼過ぎから行こう』と母がーー」

 何かに気づいたスレッジが口を押さえる。

「……のう、スレッジ」

「……はっ」

「お主は思ったことをスグに口に出すところから、改めなければならんのう」

「……返す言葉もなく」


◇


 さて行こうかのう。

 勿論虹色居酒屋じゃ。

 えっ?

 スレッジの持ってきたニホン酒で我慢しろって?

 無理、無理。

 ありゃあ、虹色居酒屋が休みの月曜に呑むもんじゃ。今日は虹色居酒屋が営業しているんだから行かない理由がない。変装すりゃ大丈夫じゃろ。

 なーに、ケンさんに嫌われない程度にやるさ。嫌われて出禁にでもされたら、元も子もないからのう。

 お主も行くか?

 …………。

 ふむ、今日も行かんか。

 おかしな奴じゃのう。流石にあの若造の取り決めはお主には及ばんと思うが……まぁ良しとしよう。お主の勝手じゃ。

 留守番を頼むぞ。

 良い子にして待っているんじゃぞ、クロ。

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