第5話:初めての客
ここです。
間違いありません。29年前に1度訪れた場所。
両親が死んで親戚に家を叩きだされ、彷徨っていた私に見たこともないようなご飯を食べさせてくれたケンという名前の恩人の店。自暴自棄になって有り金の全てを使って食べたそれは、黄金色で見たこともない極上品でした。ふわっふわっの食感と甘じょっぱい味付けが後を引き、スプーンが止まらなかったのを鮮明に覚えています。料理名は忘れましたが「米」という食品が使われていました。麦で作られたパンしか食べたことのない私はその食品に衝撃を受けました。甘みがあり塩気のあるおかずと合う食品でした。まだまだ自分の知らぬ世界がこの世にはあるーーそう気付かされたのです。
その後一念発起して王都を出た私はがむしゃらに頑張りました。人の嫌がる仕事や汚い仕事にも手を染めました。生きていくことに必死でしたから。
そしてそんな私をコール様が憐れんでくれたのか、はたまた運が良かっただけかわかりませんが、仕事の途中で水田を見つけました。水を張った田んぼに等間隔で稲が植えてありました。ただの草か、と思いましたが、虫の知らせと言いますか、妙に気になったため生産者に聞いてみると「あれは米だ」という答えが返ってきました。実物を見せてもらい、まさかっ、と思った私はお願いして1口分けてもらいました。それは紛れもなくあの場所で食べた味。当然品質はケンさんの店と比べると粗悪ですが、食感や粘り具合、色形など類似点は多々ありました。
間違いありません、それはケンさんの店で1度だけ食べた極上の食品だったのです。
ビビッときた私は当時下働きしていた商会を抜け、稲作に没頭しました。
道のりは平坦ではなく苦労の連続でした。稲は高温多湿な季節があり降水量が多い地域でしかまともに育ちません。適切な土地を探すのに随分と苦労させられました。当時の生産地では耕作地が少なく商売になりませんでした。やっと10年前に、15年の歳月を捧げて恩人の店と同品質の米が完成しました。それを売りに出すと、またたく間に完売しました。感無量でした。
その資金を使い、更に借金もし耕地を広げました。これは当たり、年々収入と耕地は広がり、生産地は大穀倉地帯と化しています。私も富豪の仲間入りを果たしました。
今日この店を訪れた目的は、恩返しと確認です。私の心血を注いだ米が、この店の米にどれほど迫っているか。それを確かめたかったのです。
近頃ケンさんは虹色居酒屋という店を構え、低価格で商売をしているらしいです。味も量も水準以上であり、繁盛しているそうです。庶民の味方のような店ですね。
「こんにちは」看板を拭いていた少女に声をかけます。ケンさんの娘でしょうか? 目元がなんとなく似てます。看板の文字は全く読めません。
「こんにちは。もしかしてお客さんですか? すみません、まだ開いてないんです」
虹色居酒屋は17時開店で私が来たのは16時です。当然虹色居酒屋は開いてません。
「いやっ、そうじゃないんです。君はこの店の店主の娘さんですか?」
「はいっ、ケンとシズクの1人娘、マリーです」おおっ、やはり娘さんでしたか。ご結婚されたのでしょう。めでたいことです。
「私はブルーという者です。ずっと昔に君のお父さんに随分とお世話になって、そのお礼とご挨拶がしたくて、今日は早めに来たんです」
「そうだったんですか。何年前のことでしょうか?」
「今から29年前のことです。ガキだった私にお父さんは優しくしてくれまして」
「29年前ですか。少々お待ち下さい」
マリーさんは扉を開けてケンさんに声を掛けました。
「お父さん、29年前に来店したブルーさんってお客さんが来てる」
するとガタガタと音がして、ケンさんがガラッと扉を開けました。
おおっ、お互い年老いましたが面影はあります。間違いなく私の恩人です。
「ブルーさんか? 親子丼を食った」そうだ、そうだ。おやこどん、という名前でした。すっかり忘れていました。
「はいっ、そうです。あの時は本当にお世話になりました。食べ物もなく困窮していた私を救って頂き感謝申し上げます」
「……取り敢えず入ってくれ。話はそれからだ」
「はっ、お邪魔します」
店内に入ると当時とは見違える程キレイになっていました。当時はケンさんが1人でやっていて、掃除に手が回らなかったそうです。ですが今では埃1つありません。素晴らしい。
コトコトと煮える音、トントントンという包丁の音……そのどれもが当時と同じであり、懐かしく感じます。
だが……あれが見当たりません。「チンッ」という音を出す箱です。厨房にでも移したのでしょうか。少々残念です。
ケンさんが椅子を引きテーブルに座ります。私も反対側に座ります。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ええ、何とかやっています」
「今は何をしてるんだ?」
「ここから遠く離れた土地で米の栽培と販売をやっています。一応その商会の代表です。今までは生産量が少なく、遠方に輸出できませんでしたが、耕地を拡大して生産量を増やし、輸出可能になりました。そのため皇都へ輸出しようと29年振りにやってきました」
「そうか」
「いやっ御無沙汰しております。本来なら恩人であるあなたにはすぐにお礼をすべきところ、長々とお待たせしてしまって申し訳ありません」
「それは大丈夫だが……」
「これはあの時のお礼でーー」
「そんなものはいらん」
バンッとケンさんがテーブルを叩きます。お礼として金貨を差し出したのですが、怒られました。
「あれは……あれは商売だ。俺は料理を提供し、お前は代金を払った。お礼は必要ない」
「しかし一文無しになった私を哀れんで数枚の銀貨を私に下さったではありませんか?」
「それは……」
「私はそのお金で救われました。それに自暴自棄になっていた私がしっかりと生きようと思えたのも、ケンさんの料理のおかげです。これはささやかな感謝の気持ちです。どうか受け取って頂けませんか?」
「無理なもんは無理だ。何と言われても受け取れん」
頑固ですね。
しかしその頑固さは決して不快なものではありません。料理の値段以上のモノは受け取れないという気骨がその頑固さを形作っています。素晴らしいです。
ならばお礼は後回しにきましょう。押してダメなら引いてみる、商売の基本です。
「わかりました。では折り入って別の相談があるのですが」
「なんだ?」
「明朝皇都でも1,2を争う新進気鋭のシキ商会と話し合うことになっています。シキ様に私どもの米を味見してもらって、了解を得られましたら商談に入る手筈です」
「そうか」
「その前にケン様に味見をして頂きたいのです」
私は事前に炊いた米を取り出し、ケンさんに差し出しました。箱に詰めています。
「とりあえず、『様』付けは止めてくれ」
「わかりました」
「後シキも『様』付けは嫌がるからやめといた方がいい」
「わかりました。ケンさんはシキさんとお知り合いなのですか?」
「ちょっとな」
「流石はケンさん。あの商会とも繋がりがあるとは。感服致します」
「いや、大したことはない。米を味見すればよいのか?」
「はい、そうです。ケンさんの米の品質に近づいていると思います」
「どれっ」
ケンさんが手で摘んで口に含みます。スプーンを差し出すつもりでしたが、ケンさんの行動の方が早く間に合いませんでした。炊いた米は持ち運びが困難です。パンのように袋にいれておけば良い訳ではなく、器と食べるためのスプーンが必要です。販路を広げるためにはこの問題も解決しなければなりません。
長年の研究により、従来の品質より甘みを強めみずみずしさも増しました。あの時のケンさんの米に追いついていると思います。
ケンさんが咀嚼し飲み込みます。「美味い」その1言を祈るように待ちます。ケンさんのお墨付きさえあれば、明日の商談も上手くいくでしょう。ケンさんは私にとって運命の神様です。ケンさんの一言が今後の人生を大きく左右する気がしてなりません。
もぐもぐ、ごくん。
「ふむ、悪くはない。悪くはないが……」
「どうでしょうか?」
「マズくはないし、日常的に食う分には十分だが、残念ながら俺の使っている米には及ばない」
「なっ、そんな馬鹿な」
ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けました。私の前途に暗暗たる幕が張られたような気分になりました。
「ケンさんの米の味と同等ではないですか?」
「それは……そうなんだが……何と言うか、その……」ケンさんが言い淀んでいますが、ここは私の商売の浮沈の分かれ目です。答えを聞き出すまで一歩も引きません。
「ケンさん、私が納得できる答えを頂けませんか?」
「……ブルーさん、あんた飯は食ったか?」
「いいえ、ここで頂こうと思っていました」
「ならあの時の料理を作るから、それを食ってみろ。それが答えだ」
「わかりました」
ケンさんは立ち上がり厨房へと向かいます。
◇
10分程度で料理が出来上がりました。
「はい、親子丼お待ち」
ドンッとケンさんはお盆に載せた丸い底の深い器をテーブルに置きます。食欲を刺激する匂いは当時のままで懐かしい気持ちで一杯です。しかし違う点が多々あります。
「ケンさん、随分器が深く、固いのですが。当時は米が敷き詰められた薄い箱だった気が……」
「黙って食え」
「更にあの大きな固い箱を使っていませんよね? チンッ、という音も聞こえませんでした」
「黙って食え」
「更に更に、随分と具材が大きく切られています。それに量も多い。何があったのですか?」
「黙って食え」
「最後にこの透明な水と摩訶不思議な茶色のスープはなんですか? この野菜はわかるとしてもこの2つはーー」
「ああもう。いいから黙って食え。食ったらわかる」
少々不服ですが、ケンさんの言う通りです。私の舌で判断しましょう。
「いただきます」両手をあわせ、食事の前の儀式をします。これが必要だとケンさんに教わりました。
黄金色に輝く卵に火を通したモノが白い米に覆いかぶさっています。白と黄金色の対比は目にも鮮やかで、当時にはなかったこの緑色の草も彩りのアクセントとなっています。食は目から、とは言われますが、流石ケンさんです。美しい。
さて最も興味あるのは米です。私の作った米とどう違うのか、見極めなければなりません。卵と一緒に頂くと大変美味なのですが、優先すべきは米です。
スプーンで卵をどけて米だけを取り口に含みます。
!!!!!!
「えっ?」ひとりでに声が出ました。
「全然違う!」甘みも粘り気もみずみずしさも当時とまるっきり違います。そもそも形も違います。米粒がピンっと立っていて、美しささえ感じられます。もっちりとした食感も段違いです。これに比べれば私の米なんて2級品もいいところ。恩人に楯突いた羞恥心が私を襲います。
「何故、何故ですか?」
「後で説明してやるから、まずは食事に集中しろ」
「……わかりました」
ケンさんの言う通りです。こんなに良い米に向き合わないのは損です。再度お米の味を確認してから、卵を割くようにスプーンを動かし、口に入れます。
「全然違う!」また声が出ました。芳醇な卵の味と濃厚な味付け。それを受け止める米の強さ。当時とは段違いです。ふわふわの卵が米を包み込み、米1粒1粒から卵の旨味が感じられます。再度ケンさんに疑問を呈しそうになりましたが、幸いにも私のスプーンがそれを止めました。声を発しようとしたその時には、既に次の1口がスプーンの先端にありました。ガブッといきます。
美味い、美味い、美味い。
タマネギの甘みと食感も、鶏肉の旨味も、たまりません。全てが当時を遥かに凌駕しています。
途中途中で野菜を摘みます。塩で漬けられたこの野菜は口の中をさっぱりさせ、次の1口がまた新鮮なモノになります。
この茶色のスープも口を洗い流してくれます。具材の真っ黒く平べったい布のようなモノも、変わった食感で楽しめます。そして冷たい水が火照った身体を冷ましてくれます。
後は何も申し上げることはありません。
ただひたすらスプーンを動かし口に入れ、ご飯粒1つ残さず完食します。
「ごちそうさまでした」食事終了の儀式を行った時、私の全身は幸福感で包まれていました。この5分ほど、私はまるで天国にでもいたかのようです。
「美味かったろ?」
「美味しかったです。しかしこれは一体どんな技を使ったのですか? 卵も美味しくなっていますが、何より米の品質が格段に上がっています。ケンさんは米作りもやられているのですか?」
「いやっ、米は作ってない」
「ならば何故? いえっ、適切な質問ではありませんでした。ケンさん、どうか私をこの米の生産者に会わせて下さい」
「それはーー」
「私の半生を賭した米作りもこの米には及ばなかった。この米の生産者はどうやってこれほど高品質の米を作っているのか。その技をこの目で見たいのです。頭を下げて教えを請いたいのです。どうかお願いします」私は必死で頼み込みます。
「ケンさん〜。手伝いにきたでぇ」
ケンさんが答えに窮していると扉を開けて女性が元気よく入ってきました。赤髪の肉付きの良い女性で、笑顔が素敵です。手伝いということは、従業員なのでしょうか? 従業員が手伝い? 腑に落ちない点もありますが、恩人の関係者に無礼があってはなりません。
「誰や?」
「これはお初にお目にかかります。手前はホワイト商会代表のブルーと申す者です。本日はケンさんにお礼を申し上げたく、無理いって店を開けてもらいました」
「ブルーさんか。おおきに。奇遇やな。ウチはケシ商会代表シキや。あんじょうよろしゅうたのんます」
「シキ様……シキさんですか? これはこれは。明日会談していただけることになったブルーです。まさかこれ程お若くお美しいとは知りませんでした」
「お上手言うても、なんもあらへんで。ブルーさんやろ? 知っとりまっせ。しかしなんでここおんねん?」
「実は29年前、私はこのお店でお世話になりまして、そのご恩返しとして来たのですが、いやっご恩を返すどころか更なる迷惑をケンさんにかけようか、という時で」
「29年前……ふむ。ケンさん」
「ああ。ブルーさん、すまんがちょっと待っててくれ。シキと少し話がある」
「わかりました」
私が答えるとケンさんとシキさんがサァ―ッと厨房へと消えます。随分と信頼しているようにみえました。ケシ商会のトップがなぜ虹色居酒屋の手伝いに来ているのでしょうか?
何にせよ、私にできるのは待つことだけ。
おそらく明日の商談は破談でしょう。ケンさんが提供した米が皇都で流通しているとすれば、私の米が売れるはずがありません。品質が違い過ぎます。
そのため成果をあげるためにあの米の秘密を、製法を聞き出すしかありません。でなければ私の帰りを待つ仲間を納得させることができません。
◇
10分弱でケンさんとシキさんが戻ってきました。シキさんがケンさんの背中を叩きます。ケンさんは深いため息を吐きます。私の前にケンさんが来ました。
「米の製法は教えられない」
「えっ? そこを何とかなりませんかね」
「俺も29年前から努力して探しまわったんだ。この米は遠方で栽培されており、ここで消費する分しか取れない貴重な米なんだ。商売上教えることはできん」
なるほど。ケンさんも探しまわって、努力を重ねてあの極上米に辿り着いた訳ですね。
「そう……ですか。しかしそうすると皇都でケンさんの米は流通していないのですか?」
「ああ、これ以降も流通させる予定はない」
「それはありがたいことです」不安は解消されました。
「ブルーさん、ウチに米を食わしてくれんか?」
「はい、どうぞ」シキさんは米を手で掴んで口に含みます。
「モグモグ。ふむふむ。これなら商売になるな。ほな契約しましょか」
「えっ?」
おおっ、まさか商談前にOKがもらえるとは思えませんでした。ケシ商会が扱ってくれれば安心です。仲間にも良い報告ができそうです。
しかし随分と即断即決をする方ですね。そうやって成功をおさめたのでしょう。
「ここでですか?」
「ええやん。ここでならケンさんも認めたって売り文句つけられるやろ」
「良いんですか?」
こんなに美味しい米を提供する店の推薦があれば都民は争って米を買うようになるでしょう。素晴らしい宣伝効果が期待できます。
「ああ、構わない。ブルーさんの米は良くできていた。食卓にのぼっても問題ない出来栄えだ」
「ほな、ブルーさん、ここにサインを」
「はい」
「ケンさん」
「ああ」
それからシキさんがサインをして、ケシ商会へ米を卸す契約書は完成しました。時間にして1分もかからなかったでしょう。これで目的は果たしました。
さて、次に問題になるのはケンさんへのマージンですが……。
「金はいらない」
「いえ、それは。宣伝にケンさんの名前を使う以上マージンはーー」
「ブルーさん、ケンさんがこう言ってはるんやから、素直に聞いとき。ブルーさんの恩人はそりゃどえれえ度量の持ち主ってことでええやん」
「ははぁ。そうですね。ケンさんには昔も今も迷惑かけっぱなしです」
ハハハッ、と私が笑うとケンさんとシキさんも笑いました。しかしケンさんの笑いが少し引きつっているように見えました。
「お2人はどういうご関係ですか?」
「シキはこの店の元従業員だ。たまに手伝いにきてる」
「遊び半分やけどな」
「それは、それは。美しい関係ですね」
するとシキさんはこの店で商売のイロハを学んだのでしょう。流石はケンさんです。これほどの女傑を育て上げるとは。
さて長居は良くありません。そろそろ虹色居酒屋の開店時間です。名残惜しいですが、退店しましょう。
「では私はこれで。ケシ商会には明朝伺います。ケンさん、再度お願いします。私のお礼を受け取って頂けませんか?」
「いやっ、それは、グフッ……受け取ろう」シキさんがケンさんの横腹を小突きました。大変仲が良いですね。
「ありがとうございます」私はケンさんに金貨を渡します。
「あっお代を払ってませんでした。おいくらですか?」
「いやっ、お代は、グフッ……600アンジュです」再度シキさんがケンさんの横腹を小突きました。
「確か昔は1000アンジュでしたから、随分と値下げなさいましたね。庶民相手に商売するために相当な努力をなさったようで」
「……頑張ったよ」
ケンさんは弱々しく笑いました。隣でシキさんがお腹を抱えて笑っていました。
私は600アンジュを払いお礼を言って退店しました。
店の外には行列ができていました。時刻は16時50分。開店10分前です。開店待ちの人々がこれ程多いとは驚きです。流石は虹色居酒屋です。
今日は商談がまとまり、ケンさんにお礼をして、極上のおやこどんを頂けたというなんとも幸せな1日でした。明日には帰らなければなりませんから、次に虹色居酒屋に来るのはいつになることやら。
おやこどんを再度食べることを夢見て、商売に励みましょう。米の更なる品種改良という目的もできました。ケンさんの米に追いつくために、努力し続けましょう。
本当にケンさんは昔も今も変わらず素晴らしい人物です。
◇
厨房へ引っ込んだケンはシキに詳細を話した。
29年前にブルーがここを訪れ親子丼を1000アンジュで売ったこと、それの恩返しに来ていること。むしろこちらが返金する立場であるため1万アンジュを返金するつもりであること。
29年前ふらりと現れたブルーに、ケンはレンジでチンッしたパックごはんの上にパック親子丼をかけたモノを提供した。漬物も味噌汁も三つ葉もなかった。費用にして200円程度である。それを1000アンジュで売った。物価の変動が激しいこちらの世界では29年前から貨幣の価値が10倍に上がっており30年前の1000アンジュは今の1万アンジュである。そのため宗一郎は1万アンジュを返金しようとした。
現在のレートは銅貨が10アンジュ、銀貨が1000アンジュ、金貨が10万アンジュである。30年前は銅貨が1アンジュ、銀貨が100アンジュ、金貨が1万アンジュである。
つまり宗一郎はパックご飯とパック親子丼で銀貨10枚を受け取った。数枚の銀貨を返したとしてもボロ儲けである。
ブルーが聞いた鍋や包丁の音は勘違いである。当時ケンはそんなものを使っていなかった。そうやって商売していたのである。
一種の詐欺である。
シズクに出会い改心したケンは詐欺を働いた人を探し返金していた。既に何人かには返金済みである。大概は返金を嫌がられるが、ケンは強引に金を渡した。償いのためである。
今回も同様の行動を取るつもりであったが、シキに止められた。
「ケンさん、もっと良く考えや」シキは言う。
ブルーに返金する意味があるのか?
ブルー商会の代表で米の生産、販売、流通を手掛けているのなら、金は腐るほどある。償いとして10000アンジュ渡したところでブルーは喜ばない。
ブルーに米の生産現場を見せられないのだから、ブルーへの償いとして考えられるのは米の販売をケンが手伝うこと。そして時々皇都へと姿を見せるブルーを虹色居酒屋でもてなした方が良い。
またそうすればブルーには米の品質向上という目的ができる。より良い品質の米が虹色居酒屋で使われているのだから、これ程明確な目標はない。ブルーが生産地へ帰れば、早速品種改良にとりかかるだろう。それはブルーの生涯を賭けた挑戦となり、明日への活力となるだろう。
「つまり真実を話す必要はあらへん」
ぐぅの音も出ない正論であった。宗一郎はシキの助言に従った。
「だがどういう態度で接すれば……」
「今までと同じや。困窮していた時に飯を奢ってやった恩人として接すりゃええ。お礼も受け取り。それがブルーさんのためや」
「……わかった」
「キバリや」
気合を入れたケンは厨房を出た。
◇
虹色居酒屋店主オススメーーという文言が入った米が夏過ぎに皇都で売り出されるとまたたく間に完売した。あの店主が認めるなら、と都民は争うように米を買った。
ちなみに虹色居酒屋店主オススメというのがハッキリわかるように、米袋を虹色に染めよう、という案もでたがケンが即座に却下した。
人間の食欲を刺激する色は赤やオレンジの暖色系であり、逆に減退させるのは青や紫の寒色系である。寒色系の色が使われている虹色は言語道断であった。真っ白な米を虹色の袋に入れて売れるはずがない。ケンの提案で色は茶色に決定した。
ならば文字をいれようとなった時、ケンは「ケンとシズクのーー」と言いかけたが、皇都民に浸透している虹色居酒屋にするとシキが決断を下した。「ブルーさんのためや」と言われたケンは渋々その提案を受け入れるしかなかった。
ブルーの米は好評であり、来年から輸入量を増やす予定である。
ブルーの挑戦は続いていく。




