第4話:アンお嬢様の逆転
ストック放出。
来週からは1週ごとに2話更新になります。
11月15日
お初にお目にかかります。
私の名前はアン=ソワイエ=ジャコベン。ピエール=ソワイエ=ジャコベンの長女であります。
今日は私の誕生日です。
晴れて15歳になり飲酒可能になりました。父の勧めで誕生日のお祝いとして、都民に人気の虹色居酒屋というお店に行くことになりました。
“貴族だからといって1人では何もできない。庶民や部下を大事にしなさい。我々は彼らのおかげで貴族でいられるんだ”というお父様の金言に従い、私はしばしば庶民に施しをします。そうやって庶民に親しみやすい貴族像を造っています。虹色居酒屋に行くのもその一種です。庶民と同じ食事をしていることを見せつける必要があります。
ガラガラと馬車に乗って、南区へといきます。
考えれば南区へ来たのは初めてです。南区は居酒屋などが多く、大人の社交場として成り立っていますから、お酒を飲めない私が足を踏み入れることはありませんでした。
お酒もお食事もわざわざ遠出しなくても、一級品のモノが食卓に並びます。我が家は由緒正しき伯爵家。その中でも一際輝くジャコベン家であります。料理人を呼びつけることなど朝飯前です。わざわざ足を運ぶ必要などないのです。
勿論不満を持っていても直接は申し上げません。貴族の嗜みです。
馬車が止まりました。到着でしょう。
御者が扉を開けるまで、じっと待機します。貴族の嗜みです。
あらっ掃き掃除をしている方がいらっしゃいますね。見た所随分と若いーー子供ではありませんか?
この店は子供を働かせなければならない程、経営が苦しいのでしょうか? あの子が不憫でなりません。
「いらっしゃいませ!」
元気一杯に挨拶をしています。
「おじゃましますわ」私も挨拶を返して入店します。
……随分と明るいですわね。たくさんのロウソクを使っているのでしょうか? そんなことにお金をかけるのなら、従業員を増やしなさい。子供を働かせるんじゃありません。店主の性格の悪さがにじみ出てますわ。
?
……変ですね。ロウソクが見当たりません。それに暖かいのに暖炉も見当たりません。どうやってこの暖かさを保っているのでしょうか?
疑問は色々ありますが、貴族たる者騒ぐべきではありません。
ーーと思っていましたが、案内された先にあるテーブルに驚き、「えっ」と声をあげてしまいました。
なんと狭いテーブルでしょう。これでは1人分の食事も置けないではありませんか? お父様はどうやって食事をするというのでしょう?
すると元々狭かったテーブルが2つに割れました。そしてその両端に椅子が並べられます。
まさか……こんな……こんな狭いところで食事をするというのですか? 私の肩幅の2倍弱の横幅しかありません。到底貴族の食事とは思えません。立ちくらみがしてきましたわ。
私が呆然としていると、お父様はご自分で椅子を引かれ着席します。
なっ!? お父様、ピエール伯爵に椅子を引かせるだと? 料理屋の分際で!!!!
私の腹わたは煮えくり返ってましたが、決して表には出しません。あくまで能面で通します。
私もお父様に倣い、椅子を引いて座ります。
椅子を自分で引くことなど、生まれて初めてです。
さてメニューをみましょう。
メニュー、メニュー……? 見当たりませんね。どこにあるのでしょうか?
するとお父様が「すみません。メニューを下さい」と大声を上げました。普段では考えられないお父様の態度に私は驚き呆れました。
「すみません、お待たせしました」
先ほどの掃き掃除をしていた女の子が大きな紙を片手に走ってきます。健気なことです。
「わぁー、キレイな人。お姫様みたい」
私を見て言います。
当然です。
私は良家に嫁ぐべく幼少期より鍛え上げられました。姿勢や言葉使い、作法などにかけた時間は計り知れません。自慢の巻き髪は、出かける前に1時間かけてセットします。庶民とは違います。
「ありがとう」
私がニコッと微笑むとカァ―っと顔を赤くした女の子は「お、お決まりになりましたら、お呼びください」と下がっていきます。私に魅了されたのでしょう。仕方ないことです。
「さて何にするかな」
「お父様、実は私、あまりお腹が減ってませんの」
「体調でも悪いのか?」
「ええ、ちょっと」
「そうか、なら軽いモノで済ませると良い」
「そうして頂けると助かりますわ」
「酒も控えた方が良いな」
「ええ」
「スイーツならどうだ? この店のは絶品だぞ」
「それでお願いしますわ」
「わかった。父が選んでやろう」
お父様は意気揚々とメニューに目を落としますが、私の気分は反対に沈んでいます。お父様は「この世の楽園」とまでこの店を形容しましたが、とてもそうは思えません。店構えも、サービスもとても1流レストランとは思えません。入店してスグにわかりました。長居するべきところではない、と。
体調不良というのも遁辞です。お父様の顔を潰さないように、出された料理を残してはなりません。そのため体調不良と先に言い、注文する量を少なめにして、例えそれがどんなシロモノでも全部食べきる覚悟です。さすればお父様と虹色居酒屋、双方の顔を立ちます。食べきってさっさと屋敷に戻ります。
お父様がこの店に通っているのはパフォーマンスなのでしょう。下々に者に親近感をもたせるための政治です。貴族の仕事も楽ではありません。
それにこの店より、中央区の菓子店「ミルク=ド=サッシ」の方が美味しいに決まっています。貴重な砂糖をふんだんにつかったそれは、スイーツ界に革命をもたらしたとも形容される逸品です。あれを口にしたら、他のスイーツなど食べれません。
今気づきましたが、壁にメニューが書かれていますね。何やら見慣れぬ文字も書いてありますが、ほとんどが1000アンジュ以内です(1アンジュ=1円)。そんな値段のお菓子が美味しいはずがありません。「ミルク=ド=サッシ」のお菓子は安くても5000アンジュは下りません。その5分の1,ないしそれ以下の値段で、あの極上の味を上回れるとでも? 無理に決まってます。
はぁ、早く帰りたいです。
私の思いをよそにお父様は随分と悩んでます。ウンウンと言い、ああでもない、こうでもないと迷っています。
「お水です」女の子が透明なコップに透明な氷が浮かんだ透明な水を持ってきてくれました。
「頼んでいませんよ?」
「サービスです。お代わりも可能なのでお申し付け下さい」
サービス……ですか。
そんなサービス聞いたことがありません。水は貴重です。現に夏になると冷たい水売りが通りに出没し、都民は争うようにそれを求めます。つまり水はお金になるのです。しかもこの店のように透明な水、氷の浮いた水なら高値がつくでしょう。それをタダですか。ここの店主はモノの価値がわからないのでしょうか?
それにこの透明なコップ、何で出来ているのでしょうか?
皆目見当もつきません。
ひとまず飲んでみましょう。
これは……美味しいです。それに驚くほど冷たいです。冬場で乾燥していた喉が潤います。
ごくごくごく。
ああ、一気に飲んでしまいました。お代わりが欲しいとこですが、こちらからお願いするのは物乞いみたいで気が引けます。うぅ、貴族の嗜みとしてグッと我慢するしかありません。
…………。
5分経ちました。お父様はずっとメニューとにらめっこしてます。こんな百面相みたいな顔をするお父様は初めて見ます。水には全く手を付けません。
「よし! 決めた。私だけが美味いモノを食うわけにはいくまい。アンと同じモノを頼もう。すみません、注文を」
「はいっ」
女の子が近づいてきます。
「カスタードプリン2つ下さい」
「かしこまりました」
かすたーどぷりん?
聞いたことないですね。どんな料理なのでしょうか?
お父様に気づかれないように、壁に貼り付けられているメニューを見渡します。
ーーありました。
かすたーどぷりんーー200アンジュ!?
なんと安い。こんな値段ですと味も想像できます。
ほんの少しの砂糖をまぶしたパン、とかではないでしょうか。期待はずれにも程があります。あぁ、早く帰りたいです。せっかくの誕生日を台無しにされてはたまりません。
お父様と他愛もない話をして、かすたーどぷりんを待ちます。
「お待たせしました。カスタードプリンです」女の子が丸いお皿をもってきました。
……随分と、随分と真っ白ですね。焼きムラや混ざりモノなどもありません。吸い込まれるような白さです。それにお皿に歪みがありません。真円です。これは……高級品です。つるつるとして心地良い手触りです。買って帰りたいくらいです。
素晴らしい。この店は料理屋というより雑貨屋の方が向いているかもしれません。
スプーンも銀色で小さくて手に馴染みます。お皿と同じで何で出来ているのかわかりません。
さて問題は皿の中央にある真っ黄色の物体に琥珀色の液体がかかったかすたーどぷりん、という食べ物です。
初めて見ました。なんでしょう、これは?
何やら甘い香りがします。少々期待してしまいます。
お父様が先に口をつけます。
「うむ、甘くて美味い。流石だな。アンも気に入ると思うぞ」
ふむふむ、この琥珀色の液体と真っ黄色の部分を同時にすくって食べるのが、マナーなのですね。理解いたしました。マナーは貴族の嗜みです。
「おおっと、忘れておった。アン、こうやって手を合わせなさい」
お父様の言う通りに胸の辺りで掌を合わせます。
「いただきます」
「いただきます」
「よろしい。これがこの店のマナーだ。覚えておくように」
「わかりました」
さて食べましょう。
わっ!? ものすごい弾力です。スプーンが弾かれましたわ。ぷりんがプルプルと震えます。
上からすくってスプーンにのせます。スプーンの上でも震えています。
恐る恐る口に運びます。
ーーー!!!!
なんですの、なんですのこれは?
最初に少しの苦味を感じたあとで、甘さが広がります。「ミルク=ド=サッシ」のようなとろけるような甘さではありませんが、豊かな甘さです。ツルンとした舌触りも楽しいです。
これは何を使っているのでしょうか?
……卵でしょうか? しかし200アンジュで卵が原材料のスイーツを出せるでしょうか? 卵は高級品です。現に「ミルク=ド=サッシ」のスイーツの中でも卵を使ったモノは軒並み高額です。
2,3回噛むとサァーとプリンが消えていきます。全く舌に甘さが残りません。素晴らしい。紅茶を飲む必要がありません。
早速2口目を口にします。
また苦味とともに優しい甘さが口いっぱいに広がります。
美味しい〜〜〜。
これは今まで食べた中でも極上のスイーツです。これと比べると最上級と思っていた「ミルク=ド=サッシ」のスイーツが下賤なモノに思えます。ただべっとりと甘いだけです。「ミルク=ド=サッシ」のスイーツはほんの少し食べるモノですが、これはスプーンがとまりません。このぷりんならいくつでも食べられそうです。
3口目は琥珀色の液体だけを口に。にがっ。
なるほど、これが苦味の正体ですね。
とすると、真っ黄色の部分が……あらっ、あまり甘くないですね。美味しいは美味しいのですがまるで別のスイーツを食べているかのようです。変ですね。
一緒に食べる必要があるのでしょうか?
ん〜。当たりですわ。同時に食べると極上の甘さが戻ってきました。この苦味が甘みを引き立てているのですね。良く考えられたモノです。
なんて感心している間にペロリといきました。
あぁー美味しかったですわ。お父様が誕生日の祝いとしてこの店に連れてくるのも頷けます。流石私の自慢のお父様です。
やっぱり何事も経験しないとダメですね。先入観だけで判断した私はやはりまだまだ未熟者です。
反省します。
さっ、次は何を頼みまーー。
「食いきったか。では出るぞ、アン」
?
お父様は何を仰っているのでしょうか? まだ1品目です。まだまだ食べ足りないです。
「何を呆けておる。お前は体調不良なのだろう。早く屋敷に帰って休むのだ」
…………。
はっ、そんなこと言ってましたわ。すっかり忘れてました。
あれは遁辞です。
体調は万全です。
しかしそれを言う訳にはいきません。
「お父様はご満足されてないのではありませんか?」
「私の心配をしてくれるのか。私は良い娘をもったな。だが心配は無用だ。娘が体調悪いのに、私だけが食事をするわけにもいくまい」
たら―ッと背中に一筋の汗が流れます。
これはマズい流れです。どうにか止めないと。私の口は、お腹はまだスイーツを求めてます。これだけで帰るなんて嫌です。
ギブ・ミー・スイーツ。
「ご配慮ありがとうございます。しかしお父様はお忙しい身。今日は久しぶりの外食でしょう。私のことなどお気になさらず、ご存分にーー」
「お前は、お前は、そこまで私のことをーー」
お父様が泣き始めました。
私の言葉が嬉しかったのでしょう。心が痛みます。
ですが極上のスイーツを食べるために、私は鬼になります。
「お前の気持ちは伝わった」
やりました。お父様の説得に成功しました。さっ次のスイーツを頼みましょう。お父様が泣いている間に当たりをつけました。しょーとけーき、500アンジュというのは非常に美味しそうです。それを頼みましょう。
お父様が泣き止み、掌を胸の前で合わせます。食事前に行った動作ですね。次の注文をする時に必要な動作なのでしょう。私も真似します。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「さっ、アンよ。帰るぞ。帰ってから家で食事をとる。お前はそのまま寝室へいって安静にしてろ」
「えっ、しかしお食事がまだ……」
「もう終わったのだ。ごちそうさま、はそういう意味だ」
なんですって?
食事は終わっていたのですか?
そんなこと望んでいません。
私に断りもなく食事を終わらせないで欲しいです。
いくらお父様といえども許せません。
しかしよく考えると全て私の責任です。
でも、でも、でも。
…………。
貴族の嗜み、貴族の嗜みとして、私はお父様のご指示に従います。
ああ、もっとスイーツ食べたかったです。
私は後ろ髪を引かれながら、虹色居酒屋を後にしました。
11月16日
「お父様、今日は虹色居酒屋には行かないのですか?」
「すまんな。今日は会食があって夜まで家にいない」
「わかりましたわ」
虹色居酒屋は自分と一緒でなきゃダメだ、とお父様からキツく言われております。そのためお父様の暇な日を見つけるしかありません。
11月17日
「お父様、今日は?」
「すまん、今日から9日間出張だ。家のことはリャンに任せておくから」
「わかりましたわ」
リャンというのは昔からジャコベン家に仕えている老執事です。70手前でしょうか。信頼できる人物です。
11月25日
「お父様、昨日は随分と遅くなったようですね」
「出張が長引いてな」
「お父様の帰還祝いとして、今日は虹色居酒屋にーー」
「すまん、今日は皇帝陛下との懇談会だ。報告も兼ねてな」
「……わかりましたわ」
この9日間私の頭からあの極上のスイーツが離れませんでした。やっとお父様が帰還されて、虹色居酒屋に行けると思っていましたのに。
11月26日
「お父様、今日は?」
「すまん、商工会の集まりに顔を出さなきゃならん」
「…………わかりましたわ」
今日も……ですか。
いえいえ、お父様が貴族として正しい行いをなされていることは頭では理解できています。
しかし、心が、舌が、お腹が、理屈を拒否します。
タイムリミットが近いのです。
私は明日のために行動を起こします。
11月27日
「……お父様、今日は?」
「すまん。また出張だ。10日ほどかかる」
「………………」
「迷惑をーー」
「ダメです」
「は?」お父様は呆けた顔をします。
「出張に行ってはダメです」
「そうはいかん。これは皇帝陛下の命令だ」
「ダメなモノはダメです」
「どうしたんだ、アン。お前は聞き分けの良い子だったじゃないか」
「そうです。私は貴族の子女として自分を律してきました。例えお父様が忙しく、何日も何十日もお顔を拝見できない時でも、ワガママの1つも言わず泣くこともありませんでした。毎日毎日厳しい習い事も、食事制限も、他の貴族の子女との上辺だけの会話も、お父様の付き添いで出席する全く面白くない貴族の社交パーティーも拒否しませんでした」
「おいおい」
「お父様はそんな私を手のかからない従順な子だ、とでも思っていたのでしょうが、私だって子供です。気の置けないお友達と遊ぶことも、お泊り会をすることも、魅力的な男性を思い慕うことも経験したかった。でも貴族だから、貴族だから私は我慢してきたんです。例え泣きたい時があっても、お父様の前では良い子で過ごそう、貴族の淑女として過ごそうとしました。私は欲望を抑えつけて過ごしてきたんです」
「…………」
「お父様はご存知ないでしょうが、本当の私は欲深くワガママな人間です。お父様が虹色居酒屋に連れて行ってくださり、あの『かすたーどぷりん』を食べた時だってもっと違う料理を食べたかった。お酒だって呑みたかった」
「しかしお前は体調不良でーー」
「あれは遁辞です。訳のわからぬ店に連れてこられた私が、お父様も虹色居酒屋の顔も潰さないようにと配慮した結果です。貴族として、娘としての嗜みです。でも本心は虹色居酒屋に居続けたかったのです。だから私はお父様が帰還する度に虹色居酒屋にお誘いしているではありませんか? なのにお父様と来たら、お仕事、お仕事、お仕事で。私のお願いを全く聞いて下さいません」
「それは悪かった。しかしやはりお前の身が心配でーー」
「私の身が心配ならなおさら虹色居酒屋に連れて行くべきです。私はあのぷりんというスイーツに、まだみぬしょーとけーきというスイーツに恋い焦がれ、物事が手につきません。それにもう今月は4日しかありません。虹色居酒屋は月に5回しか行けないのですから、今日を逃したら1日無駄にしてしまいます」
「いや、しかしだな」
「お父様、私がこれ程ワガママを言ったことがありますか?」
「……無い」
「ならば私の思いの強さを理解できるのではありませんか?」
「むぅ」
お父様がまだ抵抗します。ならば、私の秘中の秘、隠し玉を投入しましょう。
「……お父様、本日がどんな日かご存知ですか?」
「いやっ、知らない」
「本日は老執事であるリャンが初めてこの家に仕えた日から50年目です」
「なるほど。私の父の代の話だから忘れていたよ」
「お父様は仰りました。『貴族だからといって1人では何もできない。庶民を部下を大事にしなさい。我々は彼らのおかげで貴族でいられるんだ』と。ならば長年忠義を尽くしてきたリャンに恩返しをするべきではなくて?」
「それはその通りだが……」
「リャンは地元に私と同じ年頃の孫娘がいるそうです。長期休暇の際にその孫娘に会い、食事を共にするのが今では一番の楽しみだとか。しかし今年はお父様の出張が多く長期休暇を取得できず、孫娘の顔を見ていないそうです」
「…………」
「そのため私が孫娘の代わりとして一緒に食事をして、リャンの無聊を慰めるのはどうでしょうか?」
「しかし、リャンがそれで良いと言うか……」
「問題ありません。リャン、入りなさい」
「ははっ、失礼します」リャンがノックをしてから扉を開けます。
「リャン、再度確認します。私と一緒に食事をすることで、多少なりとも溜飲が下がりますか?」
「溜飲が下がる、などとんでもありません。私はジャコベン家に不満を持ったことなどありません。ただ……失礼を承知で申し上げるならば、アンお嬢様は私の孫娘同年代であり、出生時からお世話させて頂いたこともあり、もう1人の孫娘のように思っています。そのお嬢様とお食事を共にできることはーー失礼、虹色居酒屋でお食事を共にできることは恐悦至極に存じます」
リャンたら大事なところを抜かしましたわ。目線で合図したら気づいてくれたので良しとしましょう。
「どうか旦那様、この老骨を憐れみ、ご慈悲を下さいませんか?」
リャンが頭を下げます。
イエス、完璧です。台本通りです。お父様はこれを拒否できないはずです。でなければ日常的に仰ってたことが嘘になってしまいます。
お父様がキョロキョロと私とリャンに何度も目線を向けます。
「お前ら私をハメたな。このジャコベン家当主であるピエール=ソワイエ=ジャコベンをハメたな?」
お父様が威圧的な声を出します。
「ええ、その通りですわ。お父様が不在の時に、説得方法を考えました。相手の弱みをついて交渉を有利に進める、貴族の嗜みですわ」
「そんなことも教えたな」
フッ、とお父様が鼻で笑うとしばし沈黙しました。
そして急にお父様が「ハーハッハ」と大声で笑います。腹を抱えて貴族にあるまじき振る舞いです。
1分近く笑っていたのではないでしょうか?
やっと笑いを堪えられたお父様が立ち上がり、私の肩に手をのせます。
「良くやった、アン。お前にこんなことができるとは。いつまでも泣きべそを垂らしていた子供じゃないんだな」
「そうです。もうお酒も頂ける年齢です」
「そうだったな。子供の成長というのは大人が思うよりも早いモノだ。わかった、アン、リャンと共になら虹色居酒屋に行くことを認めよう」
「ありがとうございます、お父様」「ありがとうございます、旦那様」
「よいよい。リャンもこんな茶番劇に付き合ってくれてすまない」
「いえっ茶番劇など……」
「ただし条件があるぞ、アンよ」
「何でしょうか?」
「お前が私と食事できなくて寂しかったように、私もお前と食事ができなくて寂しかったのだ。そのため私が暇な時は一緒に行ってくれるか?」
「勿論ですわ」
「ならば月始めに虹色居酒屋に行くスケジュールを組もう。そして予定がキャンセルになる場合も考えて月の最後の日まで1回分残しておいてくれないか?」
「わかりました。残りの4回はお父様かリャンと。そして予定がキャンセルにならなかった最後の日はリャンと行く、ということでよろしいでしょうか?」
「ああ、問題ない」
「ではそういうことに致します。お父様、私のワガママを聞いてくださってありがとうございます」
「こちらこそ、アンの気持ちを察せなくてすまなかった」
「いえいえ、お父様はお忙しい身です。私のお願いを聞いて下さっただけで十分です。さっ、リャン、行きますわよ。支度なさい」
「かしこまりました」
「気をつけてな」
お父様が私に抱擁しようとしました。
しかし私が颯爽とかけ出したため、お父様の両腕は空を切りました。リャンが大口を開けて間抜け顔になっています。
早く支度なさい。
ぷりんとけーきが私を待っていますわ。




