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西条京子は日常を解決できない  作者: ヒロコトー
鍵のかかった部屋
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3/11

第3話 部屋に残った答え

「犯人が、あの部屋に入らなくてもよかった理由」


 京子の言葉を聞いて、孝之は玄関へ向かおうとしていた足を止めた。


「それが冷蔵庫にあるのか?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


「まだ見てないから」


 京子がスマートフォンへ手を伸ばしてきたので、孝之は少し遠ざけた。


「貸して」


「駄目だ。落とす」


「落とさないよ」


「この前落としただろ」


「あれは床が悪い」


「床に謝れ」


 孝之はため息をつきながら、自分で高瀬の冷蔵庫を撮影した写真を開いた。飲料水やビール、調味料、保存容器などが並んでいる。京子は画面を覗き込みながら何枚か見ていたが、最上段に白い箱が写っているところで孝之の手を止めた。


「これ」


「洋菓子か?」


「中の写真ある?」


「探してみる」


「お願い」


「俺、お前の助手じゃないからな」


 そう言いながら孝之が写真を送っていくと、数枚先に箱を開けた状態の写真があった。中には小さなシュークリームが五個並び、仕切りだけが一か所空いている。


「六個入りだね」


「なんで分かる」


「仕切り六個ある」


 孝之が画像を拡大すると、確かに箱の中は六つに区切られていた。


「一個なくなってるな」


「誰か食べた」


「まあ、そうだろうな」


「高瀬さん?」


「甘い物が嫌いだったらしい」


 京子は写真を見たまま少し考えた。


「水野さんは?」


「水野が食べた可能性もある」


「いた時に食べたなら、フォーク変」


「洗ってあったやつか」


「うん。二人で飲んだカップは残ってたのに、フォークだけ洗ってた」


「だから、水野が帰ったあとに使ったと思ってる?」


「その方が自然」


「自然なだけだ。昨日使ったフォークかどうかも分からない」


「うん」


「水野がフォークだけ洗った可能性もある」


「あるね」


 京子はあっさり認めた。それでも視線は冷蔵庫の写真から離れない。


「高瀬さんが食べたなら、なんで食べたんだろ」


「甘い物が嫌いなのにな」


「うん」


「それが分かれば何か繋がるのか?」


「たぶん」


 まだ答えは出ていないらしい。京子は黒いマグカップや小皿、食器棚の写真を行き来している。


 その時、孝之のスマートフォンが鳴った。画面には所沢の名前が表示されている。


「はい、齋藤です」


 電話の内容を聞くうちに、孝之の表情が変わった。


「毒物ですか? ……分かりました。すぐ戻ります」


 通話を切ると、京子がすぐに聞いた。


「高瀬さん?」


「ああ。司法解剖で体内から毒物が検出された」


「コーヒー?」


「コーヒーからは出てない」


「胃は?」


「胃?」


「何か食べてなかった?」


「そこまでは聞いてない」


「聞いて」


「今?」


「うん」


「お前なあ」


 京子は黙って孝之を見る。


「……分かったよ」


 孝之は所沢へ掛け直した。詳しい確認には少し時間がかかったが、やがて返ってきた内容を聞くと、冷蔵庫の写真へ視線を向けた。


「胃に未消化の菓子類が残ってた。クリームを含む生地らしい」


 京子の目が白い箱へ戻った。


「そっか」


「何か分かった?」


「うん」


 孝之は少し待った。


「……何が?」


「どうやって死んだか」


「犯人も?」


「名前は知らない」


「そこは知らないのか」


「知らない人だから」


 京子は立ち上がった。


「所沢さんのところ行こ」


「今度はちゃんと覚えてたな」


「うん」


「偉くないからな、それ」


◇      ◇      ◇


 警視庁の会議室には、現場写真と捜査資料が並べられていた。京子の正面に所沢が座り、孝之はその隣で資料を整理している。


「齋藤から聞いた。密室の仕組みが分かったそうだな」


「うん」


「説明できるか?」


「できるよ」


「聞こう」


 京子は玄関の写真を手に取った。


「鍵もドアガードも、本当に中から閉まってたんだと思う」


「だから問題になっている」


「でも、犯人が閉めたんじゃない」


 所沢が京子を見る。


「水野さんが帰った時、高瀬さんはまだ生きてた。水野さんが出たあとに高瀬さんが自分で鍵を閉めて、ドアガードを掛けた。それなら玄関がおかしいことにはならないし、窓も開ける必要ない」


「つまり、高瀬が自分で密室を作った?」


「うん。でも作ったつもりもなかったと思う。家に一人になったから鍵閉めただけ」


 所沢は腕を組んだ。


「そのあと毒で死亡した。なら犯人は、その前に毒を仕込んでいたことになる」


「そう。でも部屋に何か仕掛けたんじゃない」


 京子は冷蔵庫の写真を所沢へ向けた。


「これ」


「シュークリームか」


「六個あったのに、一個なくなってる。高瀬さんは甘い物が嫌いだったのに、胃の中にはクリームの入ったお菓子が残ってた」


「高瀬本人が食べたということか」


「たぶん」


 所沢が孝之へ視線を向けた。


「甘い物が嫌いな人間が、なぜシュークリームを食べる?」


「そこは会社に確認しました」


 孝之は資料を一枚取り出した。


「高瀬の会社は来月、新しいカフェ業態を始める予定でした。冷蔵庫にあったシュークリームは、その新商品の試作品です」


「試作品?」


「はい。高瀬は甘い物が嫌いでしたが、新商品の最終確認は必ず自分で行っていたそうです。試作品なら、自分で一つ食べて味を確認していた」


 京子が頷いた。


「だから食べた」


「配送されたのは昨日の十八時四十分です。マンション側にも記録が残っています」


 所沢は時間を確認した。


「水野が部屋へ来たのは二十二時三十六分。帰ったのが二十三時八分だったな」


「はい」


「水野は自分がいた間、高瀬は何も食べていないと証言している」


 京子はテーブルの写真を指した。


「だから、帰ったあとだと思う。二人で飲んだマグカップはそのままなのに、小さいフォークは洗ってあった。高瀬さんは水野さんが帰ったあとでシュークリームを食べて、フォークだけ洗った」


「そこまでは状況からの推測だ」


「うん」


「他に根拠は?」


「あるよ」


 京子は黒いマグカップの写真を所沢の前へ置いた。


「最初に変だと思ったの、これ」


「白い汚れか」


「高瀬さんはブラックで飲んでたんでしょ?」


「水野の証言ではな」


「だったらミルクじゃない」


 孝之が資料を確認した。


「付着物については鑑識に再確認してもらっています。乳脂肪を含むクリームでした」


 京子は自分の口元を指した。


「シュークリーム食べたあとにコーヒー飲んだら、口についたクリームがカップにつくことあるから」


 所沢は黒いマグカップの写真を見た。


 高瀬は、水野が帰ったあとにシュークリームを食べている。


 所沢はしばらく何も言わなかった。


「胃の内容物、減ったシュークリーム、洗われたフォーク、それに黒いカップのクリーム。全部が同じ時間帯を示しているわけか」


「うん」


「そして、そのシュークリームに毒が入っていた」


「たぶん」


「まだそこは確認前か」


「うん」


 所沢が孝之を見る。


「残っている五個を全部調べろ」


「すでに鑑識へ回しています」


「一つだけとは限らないな」


 京子が言った。


「高瀬さんがどれ食べるか、犯人には分からないから」


 所沢が視線を戻した。


「複数に毒を入れた可能性がある?」


「うん。全部かもしれないし、何個かかもしれない」


「ということは、犯人には二つの条件が必要になる」


 所沢は写真を見ながら続けた。


「高瀬が試作品なら嫌いな甘い物でも食べると知っていること。それから、高瀬へ届く前の箱に触れられること」


「うん」


 所沢が孝之を見る。


「流れは調べているか」


「会社側へ確認中です」


 そこへ会議室の扉が開き、捜査員が資料を持って入ってきた。


「警視、試作品の流れが分かりました」


「聞こう」


「製造後は商品開発部で保管されています。本来は担当者が高瀬さんへ直接渡す予定でしたが、昨日になって変更されました」


「誰が変更した?」


「専務の長谷川修です。近くへ行く用事があるから自分が届けると言って、商品開発部から箱を引き取っています」


「実際に届けたのは?」


「配送業者です。長谷川は途中で業者へ渡しています」


 所沢が資料へ目を落とした。


「引き取ってから配送業者へ渡すまでの時間は?」


「約四十分です」


「その間の行動は?」


「確認中ですが、会社の防犯映像では箱を持って一人で車に乗っています」


 孝之が京子を見る。


「長谷川だと思うか?」


「その人ならできる」


「犯人?」


「まだ分かんない」


「機会があるだけじゃ足りない?」


「うん」


 所沢が頷いた。


「その通りだ。製造担当者も商品開発部の人間も配送業者も箱へ接触している。長谷川に四十分の空白があったというだけで犯人にはできない」


 すぐに捜査員へ指示を出した。


「製造工程、商品開発部の保管状況、配送業者の記録を全部確認しろ。長谷川については高瀬との関係、金銭、社内トラブルも洗え」


「はい」


 捜査員が出ていったあと、所沢は黒いマグカップの写真を見た。


「西条。一つ聞いていいか」


「うん」


「最初にこれを見た時、クリームだと分かっていたのか?」


「分かってないよ」


「では、なぜ気になった?」


「ブラックなのに白いの付いてたから」


「それだけ?」


「うん」


「その時点では何の白い跡かも分からなかった」


「うん」


 所沢は小さく息を吐いた。


「なるほど」


 京子はもう別の写真を見ていた。


◇      ◇      ◇


 その日の夕方には、鑑識と捜査班から結果が揃い始めた。


 冷蔵庫に残されていた五個のシュークリームのうち一個から、高瀬の体内で検出されたものと同じ毒物が見つかった。高瀬が食べた一個はすでに消化されているため、最初に何個へ毒が仕込まれていたかまでは分からない。


 製造工程の記録や関係者への聞き取りでは異常がなく、商品開発部で保管されている間も防犯カメラ上、箱を開けた人物はいなかった。配送業者も受け取りから配達までの端末記録と車載映像が残っており、不審な点は確認できなかった。


 長谷川だけは違った。商品開発部から箱を受け取ったあと、配送業者へ渡すまで約四十分、一人で車に乗っていた。


「動機の方も出ました」


 孝之が資料を所沢の机へ置いた。


「内部監査で、長谷川が管理していた関連会社への不自然な送金が複数見つかっています」


「高瀬は把握していた?」


「はい。事件当日の商談終了後、長谷川本人を呼び出す予定だったことも確認できました」


「長谷川は、その件を高瀬に知られたと気づいていた可能性は?」


「十分あります」


 所沢は資料を読み終えると立ち上がった。


「任意で呼べ」


「はい」


◇      ◇      ◇


 翌日、長谷川修は高瀬隆一を殺害したことを認めた。


 不正送金を高瀬に把握され、追及されることを恐れた長谷川は、高瀬が新商品の最終確認だけは必ず自分で行う習慣を利用した。商品開発部から試作品を預かったあと、配送業者へ渡すまでの間に複数のシュークリームへ毒を仕込んだ。


 高瀬がどの一個を選ぶかは分からない。しかし、試作品である以上、少なくとも一個は必ず食べることを長谷川は知っていた。


 長谷川自身が高瀬の部屋へ行く必要はなかった。配送業者が試作品を届け、水野が部屋を訪れ、帰ったあとで高瀬はいつものように玄関を施錠した。ドアガードも掛け、一人になってから仕事として試作品を口にした。


 それから毒が作用した。


 誰かが出られない部屋を作ったのではない。高瀬が普段どおりに自宅の鍵を閉めた結果、死亡した時には外から入れない部屋になっていただけだった。


◇      ◇      ◇


 三日後、孝之は西条家の冷蔵庫を開けて、しばらく中を見ていた。


 棚には汚れ一つなく、妙な臭いもしない。液状化した何かも、緑色になった保存容器もなく、食品そのものがほとんど入っていなかった。


「京子」


「なにー?」


「冷蔵庫、掃除した?」


「してないよ」


「じゃあなんで綺麗なんだ?」


 京子がリビングから顔を出した。


「新しいからじゃない?」


「新しい?」


 ちょうど玄関のチャイムが鳴った。京子が応対へ向かい、しばらくすると西条美弥を連れて戻ってきた。


「孝之くん、こんにちは」


「こんにちは。もしかして、この冷蔵庫……」


「ええ。交換しておきました」


「冷蔵庫ごとですか?」


「前のはカビがたくさんあったそうだから」


 京子が冷蔵庫を見た。


「そうだったんだ」


「お前が育てたんだろ」


 美弥は笑った。


「ついでにキッチンも少しだけ新しくしておきましたよ」


 孝之が周囲を見ると、言われてみればいくつかの設備が以前と変わっている。


「これで少しなんですか?」


「ええ」


「いくら掛かったんです?」


「さあ?」


「知らないんですか?」


「喜一さんがお支払いしたから」


「聞いた俺が悪かったです」


 京子は新しい冷蔵庫を開けた。


「何もない」


「新品だからな」


「シュークリームもない」


「あるわけないだろ」


「食べたい」


「買ってこい」


「うん」


 京子は財布を持って玄関へ向かったが、少しすると戻ってきた。


「孝之」


「どうした」


「駅、どっち?」


「お前、二十四年ここに住んでるよな」


「うん」


「駅も何百回も行ってるよな」


「たぶん」


「なんで分かんねえんだよ」


「今日はこっちな気がする」


 京子が指差した方を見て、孝之は顔をしかめた。


「そっち庭だ」


 京子は黙って手を下ろした。


「もういい。俺も行く」


「シュークリーム買ってくれる?」


「買わない」


「半分出す」


「全部出せ」


「じゃあ一個あげる」


「最初からお前が食いたいんだろ」


「うん」


 二人が言い合いながら玄関を出ていくのを、美弥は笑いながら見送った。


 人が死んだ部屋に残された違和感から、京子は犯人が一度も現場へ入らずに高瀬を殺した方法を見つけた。それでも、自宅から最寄り駅までの行き方は、今日も孝之に聞かなければ分からなかった。

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私はいつでもMinority

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