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第8話 角ウサギとの再戦



 翌朝。


 ウィルは革防具を身につけながら、昨日の戦いを思い返していた。


 レベルは2へ上がった。


 生命力は18から20。


 筋力は16から17。


 敏捷は8から9。


 身体が強くなった実感はある。


 スライムの体当たりは軽く感じられ、3匹を同時に相手にしても、怪我をせずに倒すことができた。


 だが、今日狙うのはスライムではない。


 角ウサギだ。


 初めて戦ったときは、突進を何度も盾で受けた。


 左腕を痛め、最後は木の幹へ角を突き刺させて、ようやく倒すことができた。


 敏捷が1上がったからといって、急に角ウサギより速くなったわけではない。


「避けられると思うな」


 ウィルは、自分へ言い聞かせた。


 レベルが上がった直後ほど、人は自分の力を過信する。


 鉱山刑務所でも、力仕事に慣れた囚人が無理に大きな岩を運び、腰や腕を痛めることがあった。


 自分だけは大丈夫だと思った者から、作業場を離れていった。


 強くなった。


 だからこそ、慎重にならなければならない。


 ウィルは片手剣と円盾を《アイテムボックス》へ収納した。


 胸元に、母親の手紙が入った布袋があることも確かめる。


 家を出る前に屋根を見上げた。


 昨日直した場所は、今朝も乾いていた。


「行ってくる」


 誰もいない家へ声をかけ、扉を閉めた。


     ◇


 冒険者協会へ入ると、いつもの受付の女性が書類を整理していた。


 ウィルに気づき、手を止める。


「おはようございます」


「おはようございます」


「今日は、角ウサギですか?」


 言い当てられ、ウィルは少し驚いた。


「どうして分かった?」


「昨日、次は角ウサギへ挑むような顔をしていましたから」


「顔に出ていたのか?」


「いいえ。昨日、スライムだけを倒した方が、今日もスライムだけで満足するとは思えなかっただけです」


 受付の女性は、机の下から角ウサギの資料を取り出した。


「レベルが上がったそうですね」


「それも伝わっているのか?」


「入口の魔力測定器に、冒険者のレベル変化が記録されます。個人情報なので、一般には公開されません」


「なら、どうして知っている?」


「登録を担当した職員には、安全確認のため通知が届きます」


 知らなかった。


 ウィルは、自分の冒険者証を見た。


 金属札の裏側には、登録時と変わらず一本の線が刻まれている。


「レベル2になったからといって、冒険者の等級が上がるわけではありません」


 受付の女性が説明した。


「冒険者等級は、依頼の達成数や素行、戦闘実績などを見て決まります」


「分かっている」


「本当に?」


「ああ」


「それなら、レベルが上がったから角ウサギの突進を簡単に避けられるとは考えないでください」


 考えていたことを、そのまま言われた。


「そこまでは思っていない」


「少しは思っていましたね?」


「少しだけ」


「正直なのはいいことです」


 受付の女性は、資料に描かれた角ウサギの絵を指した。


「角ウサギは、突進する直前に後ろ脚へ力を溜めます。前脚が浮き、身体が少し沈むので、よく見てください」


「前回も、身体が縮むのは見えた」


「問題は、そのあとです。角ウサギそのものを見て避けようとすると間に合いません」


「どうすればいい?」


「突進する方向を予測してください」


 受付の女性は、机の上に指で一本の線を引いた。


「角ウサギは速いですが、突進中に大きく曲がることはできません。攻撃を始める前に、どこへ避けるか決めておくんです」


「右か左か、先に決める?」


「はい。ただし、何もない場所へ避けてください。木の根や岩につまずけば、次の攻撃を受けます」


 ウィルには《森林歩行》がある。


 普通の冒険者より、森の足場には対応しやすい。


 だが、そのことを話すつもりはなかった。


「盾で受ける場合は?」


「真正面から止めるより、前回のように斜めへ流した方がいいです。ただし、盾を傾けすぎると角が腕や身体へ滑ってきます」


「どのくらい傾ければいい?」


「言葉で説明するのは難しいですね」


 女性は少し考えたあと、自分の左手を盾に見立てた。


「正面から受け止めるのではなく、角を外側へ導く感覚です。完全に弾こうとしないでください」


「導く……」


「力で止めるより、相手の力を利用するんです」


 鉱山で大きな岩を動かしたときと似ている。


 正面から持ち上げることができない岩でも、木の棒を差し込み、転がす方向を変えれば動かせた。


「分かった」


「分かった顔をしていますが、実戦では違いますからね」


「気をつける」


「危険だと思ったら?」


「逃げる」


「今回は言い切りましたね」


 受付の女性は、少しだけ笑った。


「行ってらっしゃい」


「ああ。行ってきます」


 ウィルは冒険者証を受け取り、協会を出た。


     ◇


 《ユーカリ森林迷宮》へ着くと、入口の衛兵がこちらを見た。


「今日は角ウサギか?」


「なぜ分かるんですか?」


「昨日、スライムだけで帰った奴が、今日も同じことをする顔には見えない」


 受付の女性と、ほとんど同じことを言われた。


「そんなに顔へ出ていますか?」


「顔には出ていない。行動が分かりやすいだけだ」


 ウィルは冒険者証を差し出した。


 衛兵は札を確認すると、腰の剣へ目を向ける。


「レベルが上がったらしいな」


「はい」


「浮かれるなよ」


「協会でも言われました」


「みんな同じことを言うだろう?」


「はい」


「それだけ、新人が同じ失敗をしているということだ」


 衛兵は迷宮の門を指した。


「角ウサギは一匹だけとは限らない。周囲を確認してから戦え」


「分かりました」


「あと、倒した直後も気を抜くな。魔石を拾っているところを狙われる奴が多い」


 森ゴブリンに不意打ちされかけたときのことを思い出す。


「気をつけます」


 ウィルは門をくぐった。


     ◇


 迷宮へ入ると、《アイテムボックス》から片手剣と円盾を取り出した。


 空気は少し冷たかった。


 昨日の雨で濡れた土から、濃い草木の匂いが漂っている。


 ウィルは足元を確かめながら進んだ。


 《森林歩行》のおかげで、湿った落ち葉を踏んでも滑りにくい。


 最初に見つけたのは、スライムだった。


 一匹。


 周囲に別の気配はない。


 ウィルは盾を構え、体当たりを斜めに受け流した。


 地面へ落ちたスライムを剣で斬る。


 スライム討伐数:21体。


 次回チケット獲得まで、あと9体。


 昨日、20体目でチケットを獲得したため、次は30体目だ。


 魔石を拾う前に、《気配察知・小》へ意識を向ける。


 敵意は感じない。


 周囲を目で確認してから、魔石を収納した。


「倒したあとも、気を抜くな」


 衛兵の言葉を口にする。


 冒険者になってから、何度も忠告を受けている。


 すべて覚えておくつもりだった。


 迷宮の奥へ進む。


 しばらく歩くと、《気配察知・小》が反応した。


 正面から、弱い敵意。


 動きが速い。


 茂みの向こうで、白いものが跳ねた。


 ウィルは足を止めた。


 円盾を構える。


「キィッ!」


 甲高い鳴き声。


 白い角ウサギが、茂みの中から姿を現した。


 額には、短く鋭い角が伸びている。


 前回戦った個体と、大きさはほとんど変わらない。


 角ウサギも、ウィルへ気づいた。


 身体の向きを変える。


 距離は、およそ12歩。


 ウィルは周囲を確認した。


 左には太い木。


 右側には、低い茂みがある。


 足元には、細い木の根が伸びていた。


 左へ避ければ木にぶつかる。


 右なら、少しだけ空間がある。


 避けるなら、右。


 先に決める。


 角ウサギの身体が沈んだ。


 後ろ脚へ力が集まる。


 前脚が、わずかに浮いた。


 来る。


 地面を蹴る音がした。


 白い身体が、一気に距離を詰める。


 速い。


 レベルが上がっても、目で追うだけなら間に合わない。


 だが、避ける方向は決めていた。


 ウィルは右足を外側へ動かした。


 身体を半歩だけずらす。


 角の先端が、革の胸当てのすぐ横を通り過ぎた。


 避けた。


 だが、完全ではない。


 角ウサギの身体が、左腕へぶつかる。


「ぐっ……!」


 衝撃で、ウィルの身体がよろめいた。


 それでも倒れない。


 生命力が上がった身体で踏ん張る。


 角ウサギは地面へ着地すると、すぐに振り返った。


 反撃する時間はなかった。


「まだ遅い」


 避けることはできた。


 だが、そのあと剣を振る余裕がない。


 ウィルは盾を構え直した。


 次の突進。


 今度は避けず、受け流す。


 角ウサギの身体が沈む。


 ウィルは左肘を軽く曲げ、盾をわずかに外側へ向けた。


 白い身体が飛んでくる。


 角が盾の中央へ当たった。


 真正面から止めようとしない。


 角を、盾の外側へ導く。


 金属の表面を、鋭い角が滑った。


 角ウサギの身体が、ウィルの左側へ流れる。


 だが、盾を傾けすぎた。


 角の先端が縁を越え、腕当てへぶつかる。


「っ……!」


 革が裂けた。


 皮膚までは届かなかったが、左腕に鋭い痛みが走った。


 角ウサギが着地する。


 それでも、前回より大きく姿勢を崩していた。


 ウィルは痛みを無視し、一歩踏み込む。


 片手剣を横へ振った。


 刃が、角ウサギの脇腹を切り裂く。


「キィッ!」


 白い毛が赤く染まる。


 だが、倒れない。


 角ウサギは大きく跳び、距離を取った。


 負傷しても、速さはほとんど落ちていなかった。


「浅いか」


 一撃で倒すには、攻撃の位置が悪かった。


 それでも、初めて正面から角ウサギへ剣を当てることができた。


 前回は、木へ角を刺させるまで何もできなかった。


 今回は違う。


 角ウサギが、再び身体を沈めた。


 ウィルは盾を構えた。


 左腕が痛む。


 同じ場所へ攻撃を受ければ、盾を持てなくなるかもしれない。


 角ウサギが飛び出す。


 ウィルは盾を少しだけ傾けた。


 今度は、傾けすぎない。


 角が盾へ当たる。


 相手の力を外側へ流す。


 鋭い角が円盾の表面を滑り、縁の外へ抜けた。


 腕当てには当たらない。


 角ウサギの身体だけが、ウィルの横を通り過ぎる。


 体勢が崩れた。


 地面へ着地した直後、角ウサギの前脚が滑る。


 ウィルは剣を両手で握った。


「はあっ!」


 首元を狙い、振り下ろす。


 刃が深く入った。


 角ウサギの身体が地面へ倒れる。


 しばらく動いたあと、淡い光へ包まれた。


 白い身体が粒子となり、森の中へ消えていく。


 あとには、魔石と白い角が残された。


 角ウサギ討伐数:2体。


 次回チケット獲得まで、あと8体。


「倒せた……」


 前回のように、木へ角を刺させたわけではない。


 盾で攻撃を流し、自分の剣で倒した。


 レベルが上がったおかげだけではない。


 受付で教えられたこと。


 前回戦った経験。


 森の足場を安定させる《森林歩行》。


 敵意を先に知らせる《気配察知・小》。


 それらが合わさって、ようやく勝てた。


 ウィルは左腕を確認した。


 腕当ての革が裂けている。


 その下には、細い赤い線が残っていた。


 血は出ているが、深い傷ではない。


 治癒魔法を使うほどではなかった。


 魔石と角を拾う前に、周囲を見る。


 《気配察知・小》へ意識を向けた。


 弱い反応。


 右側。


 少し離れた茂みの中に、もう一つ何かがいる。


 ウィルは立ち上がり、盾を構えた。


 草が揺れる。


 2匹目の角ウサギが姿を現した。


「倒した直後を狙っていたのか」


 魔石を拾うため、屈んでいれば危なかった。


 衛兵の忠告がなければ、周囲を確かめる前に手を伸ばしていたかもしれない。


 2匹目の角ウサギが身体を沈める。


 ウィルは周囲を見る。


 右には先ほどの茂み。


 左には、少し開けた場所がある。


 避けるなら左。


 先に決めた。


 角ウサギが突進する。


 ウィルは左へ半歩動いた。


 今度は身体に触れられず、完全に避けることができた。


 すぐに振り返る。


 剣を振る。


 だが、刃は届かなかった。


 角ウサギはすでに距離を取っている。


「避けても、反撃は間に合わない」


 今の敏捷では、回避と攻撃を同時に行うのは難しい。


 無理に斬ろうとすれば、姿勢を崩す。


 ならば、前回と同じように盾で流す。


 角ウサギの2度目の突進。


 円盾へ当てる。


 力を外へ逃がす。


 白い身体が横へ流れる。


 ウィルは一歩だけ踏み込んだ。


 剣を振る。


 今度は、刃が角ウサギの後ろ脚へ入った。


「キィッ!」


 角ウサギが地面へ倒れた。


 負傷した脚を引きずりながら、それでも逃げようとする。


 ウィルは追いかけた。


 《森林歩行》のおかげで、木の根を踏んでも姿勢が崩れない。


 以前なら追いつけなかった。


 だが、片脚を負傷した角ウサギよりは速い。


 ウィルは距離を詰め、剣を振り下ろした。


 2度目の一撃で、角ウサギの身体が動かなくなる。


 光の粒子へ変わった。


 角ウサギ討伐数:3体。


 次回チケット獲得まで、あと7体。


「3体目」


 息を整える。


 左腕には痛みがある。


 だが、戦える。


 今日の目標は決めていなかった。


 角ウサギを何体倒すかではなく、レベル2になった自分がどこまで戦えるかを確かめに来た。


 すでに2匹倒した。


 十分な成果だった。


 それでも、もう少しだけ試したい。


 ウィルは魔石と角を収納し、慎重に森を進んだ。


     ◇


 3匹目の角ウサギは、浅い坂の上にいた。


 ウィルはすぐに近づかなかった。


 坂の下から戦えば、角ウサギは高い位置から突進してくる。


 速度と衝撃が増す可能性がある。


 ウィルは遠回りし、同じ高さへ移動した。


 途中で枝を踏まないよう、足元に注意する。


 《森林歩行》があっても、音を消せるわけではない。


 角ウサギがこちらに気づく前に、有利な位置へ立つ。


 背後に木はない。


 左右には避ける空間がある。


 足元にも、大きな根や石はなかった。


 ウィルが剣を抜く。


 音に気づき、角ウサギが振り返った。


「キィッ!」


 すぐに身体を沈める。


 ウィルは右へ避けると決めた。


 突進。


 半歩ずれる。


 角ウサギの身体が横を通り過ぎる。


 今度も、完全に避けられた。


 レベルが上がる前より、身体が動く。


 それでも、剣は振らない。


 反撃できないと分かっている動きで、無理に攻撃する必要はない。


 角ウサギが距離を取り、再びこちらを向く。


 2度目の突進。


 今度は盾で流した。


 角ウサギの身体が、ウィルの左側へ崩れる。


 剣を振る。


 刃は脇腹へ入った。


 浅い。


 角ウサギが跳んで離れる。


 ウィルは追わなかった。


 負傷していても、相手の方が速い。


 追えば、逆に攻撃を受ける。


 3度目。


 角ウサギが地面を蹴る。


 盾を斜めにする。


 角を流す。


 今度は、盾を動かすタイミングが少し早かった。


 角ウサギが空いた場所へ突っ込む。


 角の先端が、革の胸当てへ当たった。


「ぐっ!」


 防具の表面が裂ける。


 衝撃で後ろへ押された。


 だが、角は身体まで届かなかった。


 初心者用とはいえ、ガチャで得た革防具は攻撃を防いでくれた。


 ウィルは倒れずに踏みとどまる。


 角ウサギが着地する前に、剣を振った。


 刃が背中へ入る。


 一撃。


 角ウサギが地面へ落ちた。


 まだ動いている。


 ウィルはすぐに距離を詰め、首元へ剣を振り下ろした。


 白い身体が光へ変わる。


 角ウサギ討伐数:4体。


 次回チケット獲得まで、あと6体。


 ウィルは胸当てを確認した。


 角が当たった場所に、細長い裂け目ができている。


 同じ場所へもう一度攻撃を受ければ、今度は防げないかもしれない。


 腕当ても傷んでいる。


 身体には余裕があった。


 魔力も残っている。


 だが、防具が限界に近づいていた。


「今日は、ここまでだな」


 無傷ではない。


 それでも、角ウサギを3匹倒した。


 前回は1匹を倒すだけで、左腕が大きく腫れた。


 今回は軽い傷と、防具の損傷だけで済んでいる。


 十分だった。


 ウィルは魔石と角を収納し、帰り道へ向かった。


     ◇


 迷宮の入口へ戻ると、衛兵がすぐにウィルの防具へ目を向けた。


「角ウサギか」


「はい」


「何匹だ?」


「3匹です」


 衛兵が眉を上げる。


「一度の探索で3匹か。昨日、レベルが上がったとはいえ、少し飛ばしすぎじゃないか?」


「1匹ずつ戦いました」


「怪我は?」


「左腕に、少し」


「見せろ」


 ウィルは裂けた腕当てを外した。


 皮膚には、細い傷が残っている。


 衛兵は傷を確認すると、すぐに手を離した。


「深くはないな。防具が止めてくれたか」


「はい」


「胸当ても裂けている。今日はもう戦うなよ」


「帰ります」


「珍しく判断が早いな」


「防具が壊れたら困るので」


 衛兵は円盾の表面も確認した。


 角が滑った跡が、白い線となって残っている。


「受け流したのか?」


「協会で教えてもらいました」


「最初よりは上手くなっているようだな」


「まだ失敗します」


「失敗したと分かっているなら、少しはましだ」


 衛兵は腕を組んだ。


「防具は、町の修理屋へ持っていけ。革の表面だけなら、安く直せる」


「いくらくらいですか?」


「傷の程度によるが、銅貨10枚前後だろう」


 今日の稼ぎから考えれば払える。


 だが、防具を直すたびに金がかかる。


 強い魔物と戦えば収入は増える。


 同時に、装備の修理費も増えるということだ。


「ありがとうございます」


 ウィルは買取所へ向かった。


     ◇


 角ウサギの魔石が3個。


 白い角が3本。


 最初に倒したスライムの魔石が1個。


 買取所の男は、一つずつ状態を確かめた。


「角がどれもきれいだな」


「傷が少ない方が、高く売れますか?」


「もちろんだ。角は薬の材料や矢尻に使う。欠けていない方が加工しやすい」


 男は、3本の角を別の箱へ入れた。


「全部で銅貨72枚だ」


「そんなに?」


 昨日、スライム8体を倒して得た金は、銅貨16枚だった。


 危険度が上がるだけで、収入は大きく変わる。


「角ウサギは、魔石より角の方が高い。状態が悪ければ値段は下がるがな」


「分かりました。お願いします」


 銅貨72枚を受け取る。


 革袋へ入れると、はっきりと重みが増した。


 屋根を本格的に直すには、銀貨10枚以上必要だ。


 銅貨を何枚集めれば銀貨になるのか。


 必要な材料によって値段も変わる。


 まだ遠い。


 それでも、昨日よりは近づいた。


     ◇


 迷宮から町へ戻ったウィルは、教えられた防具修理店へ向かった。


 小さな店だった。


 店内には革鎧や靴、鞄などが所狭しと並んでいる。


 奥にいた職人へ腕当てと胸当てを見せる。


「角ウサギだな」


「分かるんですか?」


「この細い裂け方は、だいたい角だ」


 職人は革を指で押し、裏側も確認した。


「腕当ては銅貨4枚。胸当ては銅貨7枚だ」


「合わせて11枚?」


「ああ。今なら夕方までに直せる」


「お願いします」


 ウィルは銅貨11枚を払った。


 防具を預けたまま、店を出る。


 夕方まで時間がある。


 家へ戻るには早い。


 町の通りを歩きながら、どこで待つか考える。


 そのとき、風に乗って料理の匂いが届いた。


 焼いた肉。


 煮込んだ野菜。


 温かいパン。


 腹が鳴った。


 朝から何も食べていなかったことを思い出す。


 匂いの方へ顔を向ける。


 通りの先に、見覚えのある看板があった。


 アレナの家族が営む食堂だ。


 昨日、アレナに言われた言葉を思い出す。


『明日、食堂に来て』


 ウィルは店の前まで歩いた。


 扉の向こうから、人々の話し声が聞こえる。


 町の住人がいる。


 ウィルの顔を知る者もいるだろう。


 犯罪者が店へ入ってきたと、不快に思う客もいるかもしれない。


 足が止まる。


 引き返そうとした。


 そのとき、扉が内側から開いた。


「あ」


 料理の皿を持ったアレナが立っていた。


 ウィルを見る。


 それから、店の前で止まっている足元へ視線を落とした。


「来たんだ」


「まだ入ってない」


「店の前まで来たなら、同じ」


「防具の修理が終わるまで、時間を潰そうと思っただけだ」


「ちょうど、お昼だから」


「客がいるだろう」


「いる」


「俺が入れば――」


「その話は昨日した」


 アレナは扉を大きく開けた。


 店の中から、何人かの視線が向けられる。


 ウィルの身体が強張った。


 アレナは、そんなウィルの様子を見ても表情を変えなかった。


「入って」


「……いいのか?」


「食事をしに来た人を、入口に立たせておく方が迷惑」


 店の奥から、アレナの父親の声が聞こえた。


「ウィルなら入れ! 入口を塞ぐな!」


「塞いでいません」


「なら、さっさと入れ!」


 客たちの視線が集まる。


 小声で何かを話す者もいた。


 それでも、追い返せと言う者はいなかった。


 ウィルは一度だけ息を吐いた。


 ダンジョンで角ウサギを前にしたときより、足が重い。


 それでも、逃げなかった。


 アレナが開けている扉をくぐる。


 7年ぶりに、ウィルは幼馴染の食堂へ足を踏み入れた。




【通貨について】


この世界では、主に銅貨・銀貨・金貨が使用されています。

銅貨100枚で銀貨1枚。

銀貨100枚で金貨1枚となります。

日本円に置き換えた場合のおおよその目安は、以下のとおりです。

銅貨1枚:約100円

銀貨1枚:約1万円

金貨1枚:約100万円

ただし、食料や武器、家屋、治療などの物価は現代日本と異なるため、日本円への換算額は価値を想像するための目安となります。



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