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【全4巻完結・Amazonで販売中】冤罪で7年間鉱山送りにされた俺、出所後に《ダンジョンガチャ》を手に入れて人生をやり直す  作者: 月瀬 リュカ


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第75話 水晶の声



 ウィルは、最後の一文から目を離せなかった。


『今日、エリナが水晶の声を聞いた』


 文字は、それまで以上に乱れている。


 紙へ強く押しつけられた跡が残り、最後の一文字だけがわずかに掠れていた。


「水晶は、離れた場所にいる人間へも話しかけられるのか」


 カイルが呟く。


「エリナは千年間、水晶の中に閉じ込められていた」


 リディアが眠る少女の入った透明な結晶を見る。


「最初から、エリナを狙っていたのかもしれません」


「続きを読め」


 ゲイルが短く言った。


 ウィルは次のページをめくる。


     ◇


 エリナが水晶の声を聞いたと話したのは、夕食のときだった。


 彼女は怯えていなかった。


 むしろ、少し嬉しそうだった。


 きれいな声だった。


 お母さんのように優しい声だった。


 そう言った。


 エリナの母親は、彼女が幼い頃に亡くなっている。


 水晶はそれを知っていた。


 私が教えたわけではない。


 誰かが話したとも考えにくい。


 水晶は、エリナの心を覗いたのだ。


 私はすぐに、水晶から何を言われたのか尋ねた。


 エリナは答えなかった。


 言ってはいけないと言われたから。


 そう言って、口を閉ざした。


 私は彼女を叱った。


 水晶の声を二度と聞くな。


 話しかけられても答えるな。


 水晶のある部屋には絶対に近づくな。


 強い口調で言った。


 エリナは泣いた。


 私は、娘を守るためだと思っていた。


 だが、あのときの私は、水晶の思うままに動かされていたのかもしれない。


 エリナを怯えさせ。


 私から遠ざけ。


 誰にも相談できないようにした。


 水晶は、私たちの間に最初の亀裂を作った。


     ◇


「家族まで争わせるのか」


 カイルの表情が険しくなる。


「争わせたというより、疑わせたんだろう」


 ウィルは答える。


 水晶は、直接命令したわけではない。


 願いを見せる。


 不安を与える。


 人間自身に選ばせる。


 最後に残った結果だけを利用する。


「厄介ですね」


 リディアが言った。


「何をしても、自分で決めたと思わされる」


「ああ」


 ウィルも、黒い自分を思い出す。


 あれは水晶が勝手に作った姿だった。


 だが、元になった願いはウィルの中にあった。


 もっと強くなりたい。


 誰にも負けたくない。


 自分の手ですべてを取り戻したい。


 その願いまで、水晶に作られたものではない。


「人間の弱いところを使う」


 ゲイルが言った。


「だから、力だけでは防げん」


 ウィルは右手を握った。


 黒い結晶は、何も答えなかった。


     ◇


 その夜、私は仲間たちを集めた。


 魔法使いのセイル。


 治療師のマリア。


 鍛冶師のドルグ。


 術式研究者のリオン。


 四人には、エリナが水晶の声を聞いたことを伝えた。


 セイルは、すぐにエリナを王都から離すべきだと言った。


 マリアは、水晶の声を聞いた者を一人にしてはならないと主張した。


 ドルグは、水晶そのものを壊そうとした。


 リオンだけは、何も言わなかった。


 長い沈黙のあと。


 彼は、水晶を破壊することはできないと言った。


 正確には。


 今の状態で水晶を壊せば、内部に蓄えられた力が一度に放出される。


 王都の半分が消える可能性がある。


 私は、信じられなかった。


 人間の両腕で抱えられるほどの水晶が、王都を破壊する。


 だが、リオンは冗談を言う男ではない。


 水晶を壊せないなら、封じるしかない。


 誰にも触れられず。


 声も届かず。


 人間の願いを感じ取ることのできない場所へ。


 私たちは、古代の牢獄を利用することにした。


 この場所は、かつて魔力を持つ罪人を閉じ込めるために作られた。


 壁には魔力を遮断する術式が残っている。


 牢獄のさらに奥には、七つの封印柱があった。


 七つの印を繋げれば、水晶の力を地下深くへ閉じ込められる。


 完全ではない。


 だが、他に方法はなかった。


     ◇


「七つの印……」


 リディアが顔を上げる。


「エリナが使ったものと同じです」


「ああ」


 ヴァルガスを封じたとき。


 エリナは七つの印を繋ぎ、黒い扉を閉じた。


 千年前に使われた封印を、エリナは知っていた。


「父親たちが使った術式を覚えていたのか」


 カイルが言う。


「千年間、水晶の中にいた」


 ゲイルは日記を見たまま答えた。


「その間に、封印の構造を理解した可能性もある」


「それだけではないかもしれない」


 ウィルが言う。


「何だ」


「ヴァルガスが教えたのかもしれない」


 水晶に取り込まれたあとも、ヴァルガスの意識は残っていた。


 父親としての意識が完全に消えていなかったのなら。


 エリナへ、封印の方法を伝えようとしていた可能性もある。


「今は断定できん」


 ゲイルが言う。


「ああ」


 それでも、ヴァルガスとエリナの間には、千年間ずっと何かが残っていた。


 ウィルはそう思った。


 ページをめくる。


 次の記録には、日付が書かれていない。


 最初の一行から、文字が大きく乱れていた。


     ◇


 エリナが消えた。


 朝、彼女の部屋へ行ったとき。


 窓は閉じられていた。


 扉にも鍵がかかっていた。


 争った跡はない。


 眠っていたはずのエリナだけが、いなくなっていた。


 枕元には、赤い欠片が落ちていた。


 水晶と同じ色だった。


 私は水晶の保管室へ走った。


 警備兵は、誰もエリナを見ていないと言った。


 だが、扉の鍵は開いていた。


 保管室の中で、水晶が赤く輝いていた。


 その光の中に、エリナが立っていた。


 目を閉じたまま。


 両手を水晶へ伸ばしていた。


 私は彼女の名を呼んだ。


 エリナは目を開いた。


 そして。


 私ではない誰かの声で言った。


「やっと来た」


     ◇


 リディアの肩が震えた。


「水晶が、エリナの身体を使って……」


「まだ取り込まれる前だ」


 ゲイルが言う。


「完全に身体を奪ったとは限らん」


 ウィルは続きを読もうとした。


 だが、次のページの端が黒く変色していた。


 熱で焼けたような跡ではない。


 黒い結晶が、紙の一部を覆っている。


「触るな」


 ゲイルが止める。


 ウィルは手を引いた。


 黒い結晶は、ウィルの右手にあるものとよく似ていた。


 静かだったはずの右手が、わずかに熱を持つ。


『読むな』


 声が聞こえた。


 小さい。


 だが、はっきりと。


 ウィルは黒い右手を押さえた。


「どうしました?」


 リディアが近づく。


「声が聞こえた」


 ゲイルの目が細くなる。


「何と言った」


「読むな、と」


 小部屋に沈黙が落ちた。


 日記を覆う黒い結晶。


 ウィルの右手に残った侵食。


 どちらも、同じ水晶から生まれたものだ。


「水晶は、この先を知られたくないらしい」


 ウィルは日記を見つめた。


「なら、読む価値がある」


 ゲイルが槍を構える。


「だが、今すぐ触るな。結晶を調べる」


「時間をかけている間に、また何か起きるかもしれない」


「だからといって、お前の手をさらに侵食させる必要はない」


「珍しく止めるんだな」


「お前が使い物にならなくなれば、ここから出る手間が増える」


「そうか」


 やはり、仲間ではない。


 だが、ゲイルの判断は正しかった。


 ウィルは日記から手を離す。


 そのとき。


 透明な赤い結晶の中で眠っていたエリナの指が、わずかに動いた。


「エリナ?」


 リディアが結晶を抱き上げる。


 少女の目は閉じたまま。


 だが、その唇がゆっくりと動いた。


「お父さんを……止めないで……」


 かすかな声だった。


 次の瞬間。


 牢獄の奥から、何かが鎖を引きちぎる音が響いた。


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