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【全4巻完結・Amazonで販売中】冤罪で7年間鉱山送りにされた俺、出所後に《ダンジョンガチャ》を手に入れて人生をやり直す  作者: 月瀬 リュカ


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第66話 力を恐れる者

 ウィルたちは、先行した調査隊の痕跡を追っていた。


 床に残った靴跡。


 壁へ刺さった矢。


 魔物の血。


 途中には、槍で貫かれた魔物の死体も残されている。


 傷口は一つだけ。


 どれも急所を正確に貫かれていた。


「ゲイルが倒したのかな」


 リディアが死体を避けながら言う。


「おそらくな」


「やっぱり強いね」


「ああ」


 ウィルは否定しなかった。


 ゲイルは強い。


 認めたくないからといって、事実が変わるわけではない。


 七年間、戦い続けてきた男。


 王国槍士団の副団長まで上り詰めた男。


 その強さを正しく理解しなければ、勝つことはできない。


「今度は冷静だね」


「何がだ」


「ゲイルが強いって言っても、怒らなかったから」


「強いものを強いと言っただけだ」


「前なら、もっと顔が怖くなってたよ」


「今も変わっていない」


「少しは変わったと思うけどな」


 リディアの言葉には答えず、ウィルは前方へ意識を向けた。


 通路の先から、金属がぶつかる音が聞こえる。


 戦闘中だ。


「急ぐぞ」


「うん」


 ウィルたちは走った。


 通路を抜けると、大きな広間へ出た。


 天井は高く、壁には太い柱が並んでいる。


 その中央で、王国槍士団と魔物の群れが戦っていた。


 黒い甲殻に覆われた獣。


 先ほどウィルたちが三体倒したものと同じ魔物だ。


 だが、数が違う。


 十体以上。


 さらに奥には、岩のような身体を持つ四本腕の魔物も二体いる。


「陣形を崩すな!」


 槍士団の兵士が叫ぶ。


 前列が盾を構え、後列が槍を突き出す。


 甲殻獣が盾へ体当たりする。


 兵士たちの身体が後方へ押された。


 だが、陣形は崩れない。


「突け!」


 一斉に槍が放たれる。


 甲殻の隙間へ刃が突き刺さった。


 魔物が叫び、暴れる。


 その横を、四本腕の魔物が走り抜けた。


 巨大な拳が振り下ろされる。


「下がれ!」


 兵士たちが逃げようとする。


 だが、間に合わない。


 雷鳴が響いた。


 青白い光が、広間を横切る。


 四本腕の魔物の胸に、長槍が突き刺さっていた。


 ゲイルだ。


 雷をまとった槍が、魔物の身体を内側から焼く。


 魔物は声を上げる間もなく倒れた。


 ゲイルは槍を引き抜き、その勢いのまま隣の甲殻獣を薙ぎ払う。


 甲殻が砕け、魔物の身体が柱へ叩きつけられた。


「左を空けろ!」


 ゲイルの声に、兵士たちが動く。


 開いた場所へ、魔物が殺到した。


 だが、それは誘いだった。


 左右へ分かれた槍士団が、群れの側面から攻撃を仕掛ける。


 逃げ道を失った魔物たちへ、槍が次々と突き刺さった。


「すごい……」


 リディアが呟く。


 ゲイル一人が強いだけではない。


 兵士たちも、ゲイルの指示に迷いなく従っている。


 何度も共に戦ってきたのだろう。


 動きに無駄がない。


「後ろから来る!」


 仲間の声が響いた。


 ウィルは振り返る。


 通路から、甲殻獣が二体現れた。


 戦闘音を聞きつけ、別の場所から来たらしい。


「俺たちで止める」


 ウィルは剣を抜いた。


「一体ずつ分けるぞ」


「分かった」


 仲間たちが左右へ広がる。


 一体目がウィルへ飛びかかった。


 振り下ろされた爪を、剣で受け流す。


 正面から力をぶつけない。


 斜めへ流し、魔物の体勢を崩す。


「右側!」


 ウィルが叫ぶ。


 仲間の攻撃が、甲殻の隙間へ入る。


 魔物が振り返る。


 その間に、ウィルは脚の関節を斬った。


 一体目が崩れる。


 二体目は、リディアたちが足止めしている。


「任せられるか!」


「大丈夫!」


 ウィルは倒れた魔物へ集中した。


 首元を狙う。


 だが、魔物が尾を振るった。


 ウィルは一歩下がって避ける。


 同じ攻撃を、先ほど見ていた。


「それはもう見た」


 尾を振り切った隙へ踏み込む。


 剣を首元へ突き刺した。


 魔物の身体が震え、動かなくなる。


「一体!」


 ウィルは周囲を確認した。


 二体目は仲間たちに囲まれている。


 無理に割り込む必要はない。


 仲間へ任せ、自分は広間全体を見る。


 槍士団の戦闘も、終わりに近づいていた。


 残る魔物は三体。


 ゲイルが一体。


 兵士たちが二体を相手にしている。


 ウィルは剣を握り直した。


「加勢する!」


 返事を待たず、槍士団の側面へ回る。


 兵士が押さえていた甲殻獣へ向かう。


「冒険者か!」


「動きを止めてくれ!」


「分かった!」


 盾を構えた兵士が、魔物の爪を受けた。


 ウィルは背後へ回る。


 甲殻の隙間へ剣を突き込んだ。


 浅い。


 剣を引き抜き、同じ場所へもう一度突く。


 今度は深く入った。


 魔物が身体を捻る。


「下がれ!」


 兵士の声。


 ウィルはすぐに飛び退いた。


 槍が左右から突き出され、魔物の腹部を貫く。


 甲殻獣が倒れた。


「助かった」


 兵士が短く言う。


「まだ終わっていない」


 ウィルは最後の一体へ目を向けた。


 しかし、その必要はなかった。


 ゲイルの槍が魔物の頭部を貫く。


 雷が弾け、巨体が床へ沈んだ。


 広間が静かになる。


 兵士たちは周囲を警戒しながら、負傷者を確認し始めた。


 死者はいない。


 軽傷者が数人。


 入口付近から現れる魔物としては、異常な強さだ。


 それでも槍士団は、ほとんど被害を出さずに勝利した。


 ウィルは剣についた血を振り払った。


「追いついたか」


 ゲイルが振り返る。


「先ほどよりは、まともな顔をしている」


「話がある」


「負けた言い訳か?」


「赤い水晶についてだ」


 ゲイルの表情がわずかに変わった。


「何の話だ」


「先遣隊の生存者を見つけた」


 周囲にいた兵士たちも動きを止める。


「生きていたのか?」


「ああ。重傷だが、地上へ送った」


「何を聞いた」


 ゲイルは先ほどまでの嘲るような口調を消していた。


 ウィルは、生存者から聞いた内容を説明した。


 階段の先にある広間。


 黒い扉。


 赤い水晶。


 水晶へ触れた人間が、魔物へ変わったこと。


 変わった者の血が傷口へ入った者も、同じように変化したこと。


 入口付近でゲイルが倒した四本腕の魔物も、先遣隊の一人だった可能性があること。


 話を聞くにつれ、兵士たちの顔が強張っていく。


「では、我々が倒した魔物も……」


 一人の兵士が呟いた。


「すべてが人間だったとは限らない」


 ウィルは答えた。


「だが、可能性はある」


 兵士たちは倒した魔物を見た。


 先ほどまで敵として見ていたもの。


 それが元は人間だったかもしれない。


 その事実は、兵士たちに重くのしかかっていた。


「今後、魔物の血には触れるな」


 ゲイルが命じた。


「負傷者の傷口を確認しろ。魔物の血が入った可能性がある者は、すぐに分ける」


「はっ!」


 兵士たちが動き始める。


 ゲイルはウィルへ視線を戻した。


「生存者は変化しなかったのか」


「変化が始まった」


「始まった?」


「腕が膨らみ、皮膚が灰色に変わった」


「なら、なぜ地上へ送れた」


「ガチャで得た道具を使った」


「治ったのか」


「進行が止まっただけだ」


「何という道具だ」


「状態異常を一時的に抑えるものだ」


 ゲイルの目が細くなる。


「そんなものまで出るのか」


 ウィルは答えなかった。


 ゲイルがガチャについてどこまで知っているのか。


 以前から、ウィルの力へ関心を持っている。


 何が出るのかまで詳しく教えるつもりはなかった。


「赤い水晶へは近づくな」


 ウィルは言った。


「調査隊を一度地上へ戻すべきだ」


 ゲイルが眉を上げる。


「戻る?」


「ああ」


「まだ最初の階層だ」


「危険性が分からない」


「だから調査するのだろう」


「人間を魔物へ変えるものがある」


「聞いた」


「なら――」


「それが理由で、戻る必要はない」


 ゲイルは平然と答えた。


 周囲の兵士たちが戸惑った顔をする。


「副団長。しかし、感染する可能性があるのであれば……」


「血を避け、傷口を守ればいい」


「ですが、確実ではありません」


「確実に安全なダンジョンなど存在しない」


 ゲイルは倒れた四本腕の魔物へ近づいた。


 槍の先で、灰色の皮膚を確認する。


「人間を、これほどの魔物へ変える水晶か」


 その声に、恐怖はなかった。


 嫌悪もない。


 あるのは、純粋な興味だった。


「何を考えている」


 ウィルが尋ねる。


「何も」


「嘘をつくな」


 ゲイルが笑った。


「お前は相変わらず、言葉を選ばないな」


「赤い水晶を利用するつもりか」


 兵士たちが二人を見る。


 ゲイルはすぐには答えなかった。


 槍で魔物の腕を持ち上げ、筋肉のつき方を確認している。


「人間の身体を変える」


 ゲイルが言った。


「理性を失い、敵味方の区別もつかなくなる」


「そうだ」


「なら、現状では使い物にならない」


「現状では?」


「調べれば、制御できる可能性はある」


 ウィルは剣の柄へ手を置いた。


「やはり利用するつもりか」


「可能性の話だ」


「先遣隊が死んだ」


「だからこそ、死を無駄にしないために調べる」


「都合のいい言い方だ」


 ゲイルがウィルを見た。


「では、お前は赤い水晶を見つけたら、すぐに壊すのか?」


「危険なら壊す」


「何も調べずに?」


 ウィルは言葉を止めた。


 生存者にも、同じことを言った。


 何か分からないものを、考えずに壊すつもりはない。


「調べることと、使うことは違う」


「使えるものを、使わずに捨てる理由はない」


「人間を魔物へ変えるものだぞ」


「剣も人間を殺す」


 ゲイルは自分の槍を見た。


「毒も人を殺す。炎も雷も使い方を誤れば町を焼く。それでも、人間は利用してきた」


「同じではない」


「何が違う」


「赤い水晶は、触れた人間の意思を奪う」


「制御できない現状では、そうだ」


 ゲイルの答えは変わらない。


 危険だと理解している。


 先遣隊が死んだことも理解している。


 そのうえで、利用価値を考えている。


「お前は力を恐れすぎる」


 ゲイルが言った。


「恐れているのではない」


「なら、なぜ使える可能性を最初から否定する」


「犠牲が出ているからだ」


「力を得るために、犠牲が出ないと思っているのか?」


 ゲイルの言葉に、ウィルは拳を握った。


「お前が七年を過ごした鉱山も同じだ」


 空気が変わった。


 リディアがウィルの横へ近づく。


「王国が必要とする鉱石を得るために、罪人が使われる」


「俺は罪人ではなかった」


「だが、王国にとっては罪人だった」


「お前がそうした」


「ああ」


 ゲイルは否定しなかった。


「そして、鉱山から得た鉱石で武器が作られ、魔物から多くの人間が守られた」


「だから、俺が犠牲になってもよかったと言うのか」


「よかったかどうかは関係ない」


 ゲイルの声は冷静だった。


「世界は、誰かの犠牲で動いている」


 ウィルは剣を抜きそうになった。


 だが、止めた。


 ここで感情に任せて剣を抜けば、先ほどと同じだ。


 ゲイルしか見えなくなる。


 ウィルは呼吸を整えた。


「お前は、犠牲になる側へ回ったことがない」


 ゲイルの目が細くなる。


「だから、そんなことが言える」


「そうかもしれないな」


 ゲイルはあっさりと認めた。


「だが、上に立つ者は選ばなければならない」


「誰を犠牲にするかをか」


「ああ」


 ゲイルは周囲の兵士たちを見た。


「全員を救えると思っている者に、部隊は預けられない」


 兵士たちは何も言わなかった。


 反論できないのか。


 それとも、ゲイルの考えを受け入れているのか。


 ウィルには分からなかった。


「俺は全員を救えるとは思っていない」


 ウィルは言った。


「だが、最初から誰かを捨てるつもりもない」


「だから弱い」


「そうかもしれない」


 今度はウィルが認める番だった。


「それでも、俺はお前のようにはならない」


 ゲイルはしばらくウィルを見た。


 やがて、わずかに笑う。


「なら、最後まで貫いてみろ」


「ああ」


「その考えで、どこまで進めるか見せてもらおう」


 ゲイルは兵士たちへ向き直った。


「負傷者の確認が終わり次第、進む」


「副団長、本当に進むのですか」


「ああ」


「赤い水晶の危険は……」


「現物を確認しなければ、何も判断できない」


 ゲイルは先へ続く通路へ歩き出す。


「恐れるだけでは、何も得られない」


 ウィルはその背中を見た。


 ゲイルの言葉がすべて間違っているとは言えない。


 危険だからといって、何も調べずに逃げていれば、原因は分からない。


 犠牲を完全になくすこともできない。


 それでも。


 ゲイルは力を得るためなら、誰かが犠牲になることを受け入れている。


 ウィルは違う。


 簡単に助けられるとは思わない。


 全員を守れるとも思わない。


 だが、助ける前から見捨てることだけはしたくなかった。


「ウィル」


 リディアが声をかける。


「大丈夫?」


「ああ」


「怒ってる?」


「怒っている」


「正直だね」


「だが、剣は抜かない」


「少しは成長したね」


「最初から抜くつもりはなかった」


「本当に?」


「ああ」


 リディアは疑うような顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


「私たちも進む?」


「進む」


「ゲイルを止めるため?」


「違う」


 ウィルはゲイルたちの後ろに続いた。


「赤い水晶が何なのか、確かめるためだ」


 壊すべきものなのか。


 利用できるものなのか。


 それとも、誰かによって作られた罠なのか。


 まだ何も分からない。


 だからこそ、自分の目で見る必要がある。


 通路の奥。


 少しずつ、空気が熱くなってきた。


 壁に埋め込まれた青白い石へ、赤い光が混じり始めている。


 さらに進むと、床へ黒い線が現れた。


 血管のように枝分かれし、奥へ続いている。


「何だ、これは」


 兵士の一人が足元を見た。


 黒い線は、脈打つように動いている。


 その瞬間。


 床の奥から、低い音が響いた。


 ドクン。


 広い通路全体が、わずかに揺れる。


 ドクン。


 まるで、巨大な生き物の心臓の中にいるようだった。


「全員、構えろ」


 ゲイルが槍を構える。


 ウィルも剣を抜いた。


 黒い線の先。


 赤い光の中から、何かが歩いてくる。


 人影だった。


 一人ではない。


 五人。


 鎧を身につけ、剣や槍を持っている。


 先遣隊の生き残りか。


 そう思った直後。


 先頭の男が顔を上げた。


 目がない。


 口が大きく裂け、首元から黒い結晶が突き出している。


 残りの四人も同じだった。


 人間の姿を残したまま、すでに人間ではなくなっている。


「助け……て……」


 先頭の魔物が、人の声で言った。


 兵士たちの動きが止まる。


「殺し……て……」


 男の右腕が膨らんだ。


 鎧が内側から弾け飛ぶ。


 黒い爪が伸び、床を削った。


 ゲイルは槍を向ける。


「来るぞ」


 五人の元兵士たちが、一斉に走り出した。


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