第51話 風渡りの外套
《風鳴りの塔迷宮》から戻った俺たちは、回収した素材を冒険者協会へ提出した。
《風槍ツバメ》の嘴。
翼に通っていた青い筋。
《壁走りトカゲ》の脚先にある透明な膜。
それから、二階の外壁と風向きを書き込んだ見取り図。
受付の女性が、風槍ツバメの嘴を布の上へ置く。
「欠けていませんね」
「盾へ正面から当たった」
「それで、この状態ですか」
嘴の先は鋭いままだった。
表面に小さな傷はあるが、曲がってもいない。
「金属に近い硬さがありそうです。武器や杭の材料として使えるかもしれません」
「ベルクにも見せる」
「売却せず、保管されますか?」
「ああ」
すぐに金へ換えるより、塔の攻略に使える道具へ変えた方がいい。
風槍ツバメの翼と、壁走りトカゲの脚先も保管することにした。
「二階の外通路は、やはり強い横風が吹いていましたか」
「ああ。安全帯がなければ落ちていた」
壁走りトカゲの突風を受けたとき。
階段から外れた身体を止めたのは、安全帯と縄だった。
「縄の表面が削れた」
「交換してください」
「まだ使える」
「交換してください」
受付の女性が、同じ言葉を繰り返す。
「表面だけだ」
「命を支える縄です。表面だけでも傷んでいるなら、迷宮内では使用しないでください」
リディアが隣で大きくうなずいていた。
「私も交換した方がいいと思います」
「二人分は必要ない」
「私の縄は傷んでいません」
「なら、俺の分だけだ」
「最初から、そう言っています」
受付の女性が書類へ何かを書き込む。
「今回の素材報酬から、新しい縄の費用を差し引いておきます」
「勝手に決めるのか」
「安全に関する必要経費です」
反論しても、変わりそうになかった。
◇
治療所の一室では、エドガーが二階の見取り図を読んでいた。
右腕を固定する布は、以前より少し小さくなっている。
まだ弓は引けない。
だが、指先は動かせるようになっていた。
「レベルは7になったんだな」
「ああ」
「完全攻略報酬の直後に、また上がったのか」
「灰晶洞窟から戦闘は続いていた」
レベルが6へ上がったのは、霧の沼迷宮で霧トカゲを倒したときだ。
その後も、多くの魔物と戦った。
沼王ガエル。
風切りコウモリ。
壁走りトカゲ。
風槍ツバメ。
経験が積み重なった結果なら、不自然ではない。
「身体の変化は?」
「少し軽くなった」
「新しい盾は?」
「前より重いが、今なら問題ない」
エドガーがうなずき、地図の外通路を指す。
「次はここを渡るのか」
「ああ」
「長さは十歩ほど」
「風がなければ短い」
「風があるから問題なんだろう」
分かっている。
「壁へ杭を打ち、二本の縄を使う」
一本は、身体を支えるための安全縄。
もう一本は、進むための手すり代わりにする。
「リディアを先に行かせるか?」
「俺が先だ」
「理由は」
「外通路の向こうに魔物がいた場合、リディアでは受けられない」
「お前が渡っている途中で襲われた場合は?」
答える前に、リディアが口を開く。
「私が魔法で援護します」
「横風の中で当てられるか」
「分かりません」
リディアは隠さなかった。
「でも、外したあとに、もう一度撃ちます」
エドガーが少し笑う。
「前よりいい答えだ」
「前なら、当てますと言っていたかもしれません」
「当てるつもりで撃つのは必要だ。絶対に失敗しないと思い込むのが危ない」
エドガーは外通路の手前へ、小さな丸を描いた。
「ここへ風見布をつけろ」
「ああ」
「向こう側にも必要だ。途中で風向きが変わるかもしれん」
「俺が渡ったあとにつける」
「それから、縄を一本ずつ動かすな」
二本とも同じ杭へ結べば、杭が抜けた瞬間に両方を失う。
別の場所へ固定する。
一つが外れても、もう一つが残るようにする。
「杭を打つ音で、魔物が寄ってくる可能性もある」
「音を小さくするのは難しい」
「なら、打つ前に周囲を確認しろ。打ったあとも、すぐには渡るな」
杭の音へ反応した魔物が出てくるかもしれない。
数分待ち、何も来ないことを確認してから進む。
「分かった」
「リディア」
「はい」
「ウィルが急いで渡ろうとしたら止めろ」
「止めます」
「俺は急がない」
二人とも聞いていなかった。
◇
次の日。
俺たちは、新しい縄を持って《風鳴りの塔迷宮》へ入った。
所持ガチャチケットは9枚。
討伐記録は3/10。
次の新種を倒せば、四度目の11連ガチャを回せる。
それを目的に、無理に魔物を探すつもりはない。
だが、頭から忘れることもできなかった。
「ガチャのことを考えていますか?」
一階の広間を歩きながら、リディアが尋ねる。
「なぜ分かる」
「少しだけ、歩くのが速いです」
意識して速度を落とす。
「急いでいない」
「今、遅くしました」
「風が変わっただけだ」
広間の風見布は、前回より少し強く揺れていた。
嘘ではない。
「本当ですね」
リディアが布を見る。
「今日は風が強いです」
「ああ」
上階へ進むほど、さらに強くなる可能性がある。
一階では、風切りコウモリに遭遇しなかった。
二階へ続く階段にも、壁走りトカゲの姿はない。
それでも安全帯を装着し、縄をつなぎ替えながら上る。
二階の通路へ着く。
前回残した赤い風見布が、塔の外へ向かって強く引かれていた。
「ちぎれていません」
「結び目も残っている」
布の端は少し裂けている。
このまま何日も置けば、いずれ風に切られるだろう。
外通路の手前へ進む。
崩れた外壁。
遠くに見える森。
その下には、岩場が広がっている。
十歩。
距離だけなら短い。
だが、横から吹く風が、通路の上を途切れず流れていた。
赤い布が、ほとんど水平になっている。
「昨日より強いです」
「ああ」
「戻りますか?」
「準備だけする」
進めない強さなら、杭と縄を残して帰ればいい。
俺は崩れていない石壁を選び、表面を叩いた。
鈍い音。
大きな空洞はない。
ひびも少ない。
一本目の鉄杭を打つ。
金属音が塔の中へ響いた。
カンッ。
カンッ。
カンッ。
杭の半分ほどが石の隙間へ入る。
縄を結び、体重をかける。
動かない。
「もう一本は、少し離れた場所へ」
リディアが指した場所を確認する。
こちらも石は固い。
二本目を打つ。
安全縄と、手でつかむための縄を別々に固定した。
「すぐには渡らない」
「はい」
俺たちは通路の内側へ下がる。
杭を打った音に反応する魔物がいないか待つ。
一分。
二分。
風の音だけ。
三分が過ぎたとき。
外通路の下から、何かが石壁を引っかく音が聞こえた。
カリッ。
カリッ。
リディアが杖を構える。
「下です」
「ああ」
崩れた外壁へ近づかず、盾だけを前へ出す。
石の縁から、小さな手が現れた。
灰色の毛。
黒い爪。
次に、丸い頭が持ち上がる。
猿に似ている。
身体は子供ほどの大きさ。
両腕と脇腹の間に、薄い皮膜が張られていた。
《風乗りザル》
風乗りザルは外壁へ張りついたまま、こちらを見ている。
一体。
今のところ、ほかの姿はない。
「飛ぶんでしょうか」
「皮膜がある」
翼ではない。
高い場所から滑るように移動するためのものだ。
風乗りザルが口を開いた。
甲高い声。
「キィッ!」
直後。
別の場所から、同じ声が返ってきた。
「仲間を呼びました」
「ああ」
一体だけではない。
「杭を守る」
俺は外通路の入口へ立つ。
今ここで杭を抜かれれば、渡るための準備が失われる。
風乗りザルが壁を蹴った。
皮膜を広げる。
横風へ乗り、外通路の上を滑るように飛んだ。
こちらへ来る。
「《氷針》!」
リディアの氷が飛ぶ。
風見布の向きを見て、右へ狙いをずらしていた。
風が氷を左へ押す。
一本が風乗りザルの腕へ当たった。
だが、浅い。
灰色の毛に弾かれた。
風乗りザルが身体を捻り、通路へ着地する。
着地した瞬間、四本の手足で石へ張りついた。
「速いです!」
風乗りザルが、手すり代わりの縄をつかむ。
噛みついた。
「縄を切る気だ!」
前へ出る。
円盾を突き出す。
風乗りザルが縄から口を離し、横へ跳んだ。
外壁のない側へ。
落ちる。
そう思った瞬間、皮膜を広げる。
横風へ乗り、俺の背後へ回り込んだ。
「後ろです!」
振り返る。
黒い爪が顔へ伸びてくる。
円盾を間に入れる。
爪が表面を引っかいた。
浅い傷。
泥ガメの甲羅までは届いていない。
風乗りザルは盾を蹴り、再び外へ飛ぶ。
「追うな!」
リディアが杖を向けたまま叫ぶ。
「ああ」
外へ踏み出せば、相手の場所になる。
風乗りザルは塔の外で旋回し、もう一度通路へ近づいてくる。
その背後。
二つの灰色の影が上がってきた。
「三体です」
一体なら倒せる。
三体が別々に縄を狙えば、守りきれない。
「杭を回収して戻りますか?」
「待て」
風乗りザルたちは、すぐには襲ってこない。
塔の周囲を滑りながら、俺たちを見ている。
風へ乗るため、同じ場所を回っている。
「飛び方に道がある」
「道?」
「風の道だ」
三体とも、外通路の少し下を通る。
そこから風に持ち上げられ、通路の高さまで上がってきている。
自由に飛んでいるわけではない。
横風と、塔の壁に当たって上昇する風を使っている。
「風の入口を塞ぐ」
「氷壁ですか?」
「全部は塞がなくていい」
外通路の下。
風が塔の壁へぶつかる場所。
そこへ氷壁を作れば、上向きの流れが変わる。
「見えません」
リディアの位置からは、通路の下が見えない。
「俺が場所を示す」
「外へ出るんですか?」
「入口から腕だけだ」
円盾を外側へ向け、身体を低くする。
崩れた縁へ近づく。
安全帯の縄が張る。
下を見る。
岩場。
風乗りザルが一体、塔の壁へ近づいてくる。
壁の途中に、風で削られた横長の溝があった。
その溝へ風が入り、上向きに流れている。
「石を投げる。そこを狙え」
「はい」
投擲用石弾を取り出す。
風の溝へ向かって投げた。
石は横へ流される。
それでも、溝のすぐ上へ当たった。
「見えました!」
「低い壁でいい!」
リディアが詠唱を始める。
「我が前に、冷たき壁を――」
風乗りザルが、魔力の集まりに気づいた。
三体が同時に向きを変える。
「来ます!」
「続けろ!」
俺は外通路の入口へ立つ。
一体目。
正面。
円盾を斜めに構える。
風乗りザルが、盾へ爪を向けた。
当たる直前、盾を横へ傾ける。
風と身体を外側へ流す。
風乗りザルが盾の表面を滑り、通路の反対側へ抜けた。
二体目。
低い。
脚を狙ってくる。
剣を振り下ろす。
外れた。
風乗りザルは刃の下へ潜り、足首へ爪を当てる。
革防具が裂けた。
皮膚までは浅い。
「《氷壁》!」
塔の壁。
風の溝の前に、低い氷の板が伸びた。
上向きに流れていた風が、左右へ分かれる。
三体目の風乗りザルが、その流れへ入った。
身体が上がらない。
外通路より低い位置を、そのまま通り過ぎる。
「効いています!」
「ああ!」
一体目が戻ろうとする。
だが、先ほどと同じ高さまで上がれない。
皮膜を広げても、身体が少しずつ下がっていく。
二体目だけが、通路の上に残った。
風乗りザルは状況に気づき、外へ逃げようとする。
「逃がすな!」
俺は外側ではなく、塔の内側へ回り込む。
逃げ道を、崩れた外壁だけにする。
風乗りザルが皮膜を広げた。
「《凍結》!」
リディアの冷気が、右腕と脇腹の間にある皮膜へまとわりつく。
薄い膜が凍る。
完全には広げられない。
風乗りザルが外へ跳んだ。
風を受けきれず、身体が沈む。
俺は手すり代わりの縄をつかみ、身体を外側へ出す。
「ウィルさん!」
安全帯がある。
左手で縄を握り、右手の剣を伸ばす。
沈みかけた風乗りザルの肩へ、刃が届いた。
深くは入らない。
それでも、身体が塔の壁へぶつかる。
風乗りザルが爪で石へ張りついた。
「まだ生きています!」
「分かっている」
俺は縄を引き、通路へ身体を戻す。
風乗りザルは壁に張りついたまま、上へ逃げようとしている。
凍った皮膜が邪魔をして、動きが遅い。
「リディア、壁を凍らせろ!」
「魔物の手元ですか?」
「ああ!」
「《凍結》!」
風乗りザルがつかんでいる石壁へ霜が広がる。
爪が滑った。
片手。
片脚。
身体が壁から離れる。
外へ落ちる前に、俺は手すりの縄を風乗りザルへ投げた。
輪にした先端が、腕へ引っかかる。
「引くぞ!」
リディアも縄をつかむ。
二人で引く。
風乗りザルの身体が、外通路の縁へぶつかった。
爪で抵抗する。
だが、凍った皮膜は使えない。
「もう少しです!」
「離すな!」
《革の戦闘手袋》が、濡れた縄を捉える。
戦闘手袋がなければ、手の中を滑っていたかもしれない。
風乗りザルを通路の上へ引き上げる。
灰色の身体が転がった。
すぐに起き上がろうとする。
俺は円盾で押さえ込む。
風乗りザルが盾の下から爪を出す。
「今だ!」
「《氷針》!」
近い距離。
三本の氷が、盾の横から風乗りザルの胸へ刺さる。
身体が大きく跳ねた。
盾へ体重をかけたまま、首へ剣を突き込む。
力が抜ける。
外を確認する。
残り二体の風乗りザルは、氷壁によって上昇気流を失い、塔の下へ滑るように離れていった。
追ってはこない。
「倒しましたか?」
「ああ」
盾を上げる。
風乗りザルは動かない。
《風乗りザル》を初めて討伐しました。
ガチャチケットを1枚獲得しました。
所持ガチャチケット:10枚
風鳴りの塔迷宮討伐記録:4/10
11連ガチャを実行できます。
目的にしていたわけではない。
それでも、十枚が揃った。
「回しますか?」
「ここでは回さない」
外通路。
強い風。
残りの風乗りザルが戻ってくる可能性もある。
「杭を残しますか?」
「回収する」
「今日は渡らないんですね」
「ああ」
戦闘で魔力を使った。
氷壁も、いつまで残るか分からない。
風乗りザルという新しい危険も分かった。
この状態で外通路を渡る理由はない。
「戻るぞ」
「はい」
リディアが、少し嬉しそうに返事をした。
「何だ」
「止めなくても戻ると言ったので」
「必要な情報は得た」
「はい」
「ガチャも回せる」
「そちらが大きいのでは?」
「違う」
少しだけ大きいかもしれない。
◇
協会へ素材と情報を提出したあと、家へ戻った。
エドガーにも、風乗りザルの動きと、氷壁によって上昇気流を変えられたことを伝えてある。
風槍ツバメと違い、風乗りザルは自分で上昇できない。
使える風の道を崩せば、攻撃できる場所は限られる。
次は、残り二体を倒すこともできるだろう。
机の上へ、十枚のガチャチケットを並べる。
リディアは椅子に座り、少し離れた場所から見ていた。
彼女には、迷宮で条件を満たすと装備や道具を得られることを話している。
だが、ガチャを回す瞬間を見るのは初めてだった。
「本当に、十一個出るんですか?」
「ああ」
「十枚なのに?」
「十一個目が保証枠だ」
「不思議です」
「俺も仕組みは分からない」
十枚のチケットへ手を置く。
視界へ表示が浮かんだ。
11連ガチャを実行しますか?
所持ガチャチケット:10枚
実行を選ぶ。
十枚のチケットが、淡い光へ変わった。
光が一つずつ形を持つ。
最初の光は白。
二つ目も白。
九つ目で、青い光が混ざる。
十一個目。
今までの青とは違う。
強い銀色の光が、部屋の中へ広がった。
「明るい……」
リディアが目を細める。
表示が、一つずつ並んでいく。
【11連ガチャ結果】
1 N《中治癒ポーション》×2
2 N《低級解毒薬》×4
3 N《保存食セット》×5
4 N《補強用革帯》×3
5 N《連結金具》×6
6 N《防風ゴーグル》
7 N《軽量投げ杭》×4
8 N《魔力回復薬・小》×2
9 R《風読みの耳飾り》
10 N《耐切創ロープ》20メートル
11 S《風渡りの外套》
最後の文字を見て、しばらく動けなかった。
「S……」
リディアが、小さく声を出す。
「初めてですか?」
「ああ」
これまで出た最高はRだった。
十一枠目はR以上。
Sが出る可能性は、ガチャレベル2になってから少し上がっている。
それでも、本当に出るとは思っていなかった。
銀色の光が収まり、黒に近い灰色の外套が机の上へ現れた。
薄い。
だが、触れると布とは思えない強さがある。
縁には、銀色の糸で細い羽根の模様が縫われていた。
次に、片耳へ取りつける小さな銀の飾りが現れる。
中心には、青い石。
《鑑定》を使う。
R《風読みの耳飾り》
周囲の風圧や空気の流れが大きく変化した際、微かな音として装着者へ伝えます。
目に見えない突風や、接近する物体が生む空気の乱れを感知しやすくなります。
複雑な風が重なる場所では、正確な方向を判別できない場合があります。
「これは、リディアが使え」
「私ですか?」
「魔法を撃つ前に、風の変化が分かった方がいい」
「でも、ウィルさんも前で戦います」
「俺には《風圧耐性・小》がある」
それに、盾でも風を感じ取れる。
遠くから狙うリディアの方が、耳飾りの効果を生かせる。
「パーティーの装備です。必要なら交換してください」
「ああ」
リディアが耳飾りを受け取る。
耳へ挟む形で、穴を開ける必要はなかった。
「聞こえますか?」
「まだ、何も……」
その瞬間。
修理していない小さな窓の板の隙間から、風が入った。
リディアの表情が変わる。
「右から、小さな音がしました」
「風の音か?」
「普通に聞こえる音とは違います。耳の奥で、鈴が鳴ったような……」
風向きが変わる。
リディアが窓を見るより先に、顔を少し左へ向けた。
「分かります」
「塔の中で試す」
「はい」
次に、銀色の光をまとっていた外套を鑑定する。
S《風渡りの外套》
強風を受けた際、身体へかかる風圧を大きく軽減します。
装着者の動きに合わせて周囲の風を流し、跳躍距離と空中での姿勢制御を補助します。
短い間隔を置くことで、空中にいる身体の向きを一度だけ修正できます。
飛行、滞空、落下の完全な停止はできません。
高所からの落下を防ぐ装備ではありません。
飛べるわけではない。
落ちても助かるわけでもない。
それでも、風鳴りの塔では大きな力になる。
「ウィルさんが使ってください」
リディアが言った。
「お前の方が高い場所を怖がっている」
「だからといって、私が前を歩くわけではありません」
「必要な場所では交換する」
「はい。でも、最初はウィルさんが着てください」
前の《霧除けの外套》は、沼王ガエルに飲み込まれた。
普通の黒い外套を外し、《風渡りの外套》を羽織る。
身体へ触れた瞬間、布がわずかに形を変えた。
肩。
背中。
腕。
俺の体格に合うように収まる。
窓から入った風が外套へ当たる。
布が大きく揺れると思った。
だが、風は外套の表面を滑り、左右へ静かに抜けた。
「揺れていません」
「ああ」
机の上に置いた普通の布は、風で端が動いている。
《風渡りの外套》だけは、ほとんど形を変えない。
「少し動いてみてください」
立ち上がる。
部屋の中では狭い。
外へ出る。
家の前。
夕方の弱い風。
数歩走り、軽く跳ぶ。
外套の裾が広がった。
身体の後ろから、風に押されたような感覚。
普段より半歩ほど遠くへ着地する。
《岩走りの戦靴》が地面を捉えた。
「飛びました」
「跳んだだけだ」
「いつもより遠かったです」
「ああ」
空中で身体を少し右へ捻る。
外套の内側を風が通り、向きが自然に整った。
大きく移動できるわけではない。
だが、足場のない場所で身体が回ったとき、着地する方向を選び直せる可能性がある。
「これなら、外通路も渡りやすくなりますね」
「装備だけに頼るな」
「ウィルさんが言うんですね」
「何だ」
「安全帯を外そうとしないでください」
「外さない」
「外套があっても?」
「ああ」
「本当に?」
「飛べる装備ではない」
説明にも、はっきり書かれている。
高所から落ちれば死ぬ。
外套は、落ちても平気になる道具ではない。
「縄も二本使う」
リディアが安心したように笑った。
「それなら大丈夫です」
「まだ渡ってもいない」
「装備ではなく、今の返事がです」
家の前で、もう一度外套を確認する。
初めて手に入れたS装備。
強い。
だが、これ一つで迷宮を攻略できるほどではない。
風を読み。
縄を張り。
仲間と声を掛け合う。
その上で、失敗を一度だけ修正する力。
今の俺たちには、それくらいがちょうどよかった。
所持ガチャチケット:10→0
次回11連ガチャまで:あと10枚
風鳴りの塔迷宮討伐記録:4/10
風鳴りの塔には、まだ六種類の魔物と迷宮主が残っている。
だが、次に外通路へ立つとき。
俺たちは、今日までと同じ装備ではない。
風を聞く耳と。
風を渡る外套を手に入れた。




