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【Kindle電子書籍発売中!】冤罪で7年間鉱山送りにされた俺、出所後に《ダンジョンガチャ》を手に入れて人生をやり直す  作者: 月瀬 リュカ


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第49話 風の中で狙う



 《風鳴りの塔迷宮》へ入るまでの7日間。


 俺たちは、迷宮へ一度も入らなかった。


 本当に入らなかった。


「誰に説明しているんだ?」


 町外れの丘で、エドガーが尋ねる。


「誰にも」


「自分へ言い聞かせているように聞こえたぞ」


「予定どおり準備しているだけだ」


「それならいい」


 信用されていない。


 だが、今回は言われたとおり休んでいる。


 迷宮へ入らなくても、やることは多かった。


 最初に練習したのは、縄の扱いだった。


 塔の上階では、通路の一部が外へ出ている。


 強い風に飛ばされれば、落下する。


 敵を倒せても、足を滑らせれば終わりだ。


「腰に直接巻くな」


 エドガーが左手だけで縄を持ちながら言う。


「身体を強く引かれたとき、腹や背中を痛める。胸と太腿へ分散させろ」


 ベルクに作ってもらった革製の安全帯を身につける。


 胸。


 腰。


 両脚。


 複数の革帯を金具でつなぎ、背中へ縄を固定する形だ。


「少し動きにくいです」


 隣で安全帯をつけたリディアが、身体を捻る。


「落ちるよりいい」


「分かっています」


「杖を振れるか」


 リディアが杖を構える。


 肩の高さまで持ち上げる。


 左右へ動かす。


「大丈夫です。ただ、背中の金具に少し当たります」


「位置を下げる」


 革帯を調整する。


 もう一度杖を振ると、今度は当たらなかった。


「縄が魔法の邪魔をしたら、何のための準備か分からんからな」


 エドガーが地面へ鉄の杭を置く。


 塔の壁や床に固定するため、ベルクに作ってもらったものだ。


 全部で6本。


 丈夫な麻縄も用意した。


 ガチャで手に入れた20メートルの縄と、町で買い足した予備が2本。


「杭を打つ場所も選べ」


 エドガーが、丘の地面に杭を置く。


「古い石の割れ目へ無理に打てば、石ごと外れる。音だけで判断するな。引いて確かめろ」


 俺は小型ハンマーで杭を打ち込む。


 何度か叩き、縄を結ぶ。


 両手で引く。


 杭は動かない。


「身体を預けてみろ」


 縄を安全帯へつなぎ、後ろへ体重をかける。


 革帯が胸と腰を支える。


 以前のように、腹だけへ力が集中しない。


「外れません」


 リディアも、自分の杭を確認している。


「その結び方は緩む」


 エドガーが言った。


「えっ?」


「引かれる方向が変わると外れるぞ」


 リディアの顔が青くなった。


「今、落ちていましたか?」


「丘だから転ぶだけだ。塔なら落ちていたかもしれん」


「もう一度教えてください」


 リディアがその場へ座り込み、結び目をほどく。


「怖くなったか」


「なりました」


「なら、忘れない」


「はい」


 エドガーは戦えない。


 右腕も、まだ固定されている。


 それでも、迷宮で生き残るための知識は俺たちより多かった。


     ◇


 次に向かったのは、ベルクの工房だった。


「これで、ガチャから出た金具は全部だ」


 ベルクが、リディアの革靴を作業台へ置く。


 靴底には、小さな灰色の金具が取りつけられていた。


 N《滑り止め金具》を4個。


 左右の爪先と踵に、それぞれ一個ずつ使っている。


「濡れた石や木には効く。だが、氷の上では絶対に滑らないって物じゃねえぞ」


「はい」


「自分で作った氷の上で転ぶなよ」


「以前、訓練場で一度だけ……」


「あるのか」


「一度だけです」


 リディアが靴を履き、その場で足踏みする。


「少し硬い感じがします」


「歩けばなじむ。塔へ行く前に町で使っておけ」


「ありがとうございます」


 俺は《沼甲の円盾》を構える。


 風を受ける練習は、毎日続けていた。


 盾を正面へ向ければ、身体ごと押される。


 斜めにすれば、風は横へ流れる。


 だが、角度をつけすぎると、側面からの攻撃を防げない。


「盾は壁じゃない」


 ベルクが言った。


「全部を止めようとするな」


「エドガーにも言われた」


「俺にも前から言われてるだろ」


「そうだったか」


「お前、本当に都合の悪いことだけ忘れるよな」


 忘れているわけではない。


 すぐに思い出せないだけだ。


「風を受けたまま、剣を振れるか?」


「試す」


 工房の裏へ出る。


 盾を左腕へ。


 右手に《疾風の鋼剣》。


 ベルクが大きな板を動かし、風を起こす。


 本物の強風ほどではない。


 それでも、盾へ空気がぶつかった。


 盾を斜めにする。


 風を横へ逃がしながら、剣を突く。


 腕がずれた。


 剣先が、木の標的の外側へ当たる。


「盾と剣を別々に動かすな」


 ベルクが言う。


「盾で流した風は、お前の身体の横を通る。その流れに剣を合わせろ」


 もう一度。


 盾を傾ける。


 右側へ抜ける風。


 その流れに沿って、剣を振る。


 《疾風の鋼剣》の周囲で、小さな風が生まれた。


 刃が木の標的へ入る。


「今の方がいい」


「ああ」


「盾に使われるなよ」


「使うのは俺だ」


「そう思っている間は大丈夫だ」


     ◇


 リディアは、毎日《氷針》の練習を続けた。


 丘の風は、一定ではない。


 右から吹いたと思えば、途中で弱くなる。


 急に向きが変わることもある。


 一日目。


 三本すべてが外れた。


 二日目。


 一本だけ当たった。


 三日目。


 二本。


 四日目には、風向きが変わった瞬間に、わざと魔法を撃たなかった。


「撃たないんですか?」


 見学に来ていたアレナが尋ねる。


「今は当たりません」


 リディアが答える。


「少し待ちます」


 以前なら、失敗することを怖がって、無理に撃っていたかもしれない。


 今は、当たらない状況を自分で判断している。


 風が弱まる。


 リディアが杖を上げた。


「《氷針》!」


 三本の氷が飛ぶ。


 二本が木板へ刺さった。


 一本は、板のすぐ横を通り過ぎる。


「惜しい」


 アレナが拍手する。


「一本外れました」


「二本当たったよ」


「はい」


 リディアが少し笑った。


「最初は全部外れたので、良くなっています」


 失敗を数えなくなったわけではない。


 当たった数も、同じように見られるようになっていた。


 アレナが、俺の安全帯を見る。


「本当に、それをつけて塔へ行くの?」


「ああ」


「苦しくない?」


「少し動きにくいだけだ」


「外さないでね」


「必要な場所では使う」


「最初から最後まで使って」


「塔の一階で落ちる場所がなければ必要ない」


「そういうところが心配なんだよ」


 なぜかリディアも、強くうなずいていた。


     ◇


 7日目の朝。


 俺とリディアは、町の北西門に立っていた。


 装備を確認する。


 《疾風の鋼剣》。


 《沼甲の円盾》。


 《衝撃緩和の腕輪》。


 《革の戦闘手袋》。


 《岩走りの戦靴》。


 《探索用ベルト》。


 安全帯。


 鉄杭。


 縄。


 ポーション。


 解毒薬。


 保存食。


 リディアは杖と魔力回復薬。


 靴には、滑り止め金具がついている。


「忘れ物は」


「ありません」


「魔力回復薬は」


「二本です」


「縄は」


「私が一本。ウィルさんが二本です」


「怖さは」


 リディアが、北西の空を見る。


 遠くに、細長い影が見えていた。


 《風鳴りの塔迷宮》。


 崩れた石の塔が、丘の上に立っている。


「七です」


「沼王ガエルのときより低いな」


「まだ遠くから見ているだけなので」


「入口へ着いたら?」


「八になると思います」


「中へ入ったら」


「考えたくありません」


 正直だった。


 馬車へ乗る。


 エドガーは同行しない。


 入口付近までは行けるが、戦闘になれば右肩を守れない。


 代わりに、調べた内容を紙へまとめて渡してくれた。


 確認済みの魔物は6種類。


 飛行型が4種類。


 石の壁へ張りつく種類が1種類。


 風を利用して突進する獣型が1種類。


 ただし、詳しい攻撃方法までは分かっていない。


「今日は偵察だけです」


 馬車の中で、リディアが言う。


「ああ」


「一階の構造を確認して、魔物を一種類か二種類見るだけです」


「ああ」


「倒せそうでも、奥へ進みすぎません」


「ああ」


「本当に分かっていますか?」


「分かっている」


「返事が全部同じです」


「内容が同じだからだ」


 リディアが、疑うように俺を見る。


 エドガーに似てきた。


     ◇


 馬車を降りると、風の音が聞こえた。


 ただ吹いている音ではない。


 低い声のように、塔の中から響いている。


 オオオオオ……。


 崩れた窓。


 割れた外壁。


 穴の開いた石の塔を、風が通り抜けている。


「鳴いているみたいです」


 リディアが杖を握る。


「だから《風鳴りの塔》か」


 入口は、塔の東側にあった。


 両開きの石扉。


 片方は崩れ、もう片方だけが残っている。


 入口の横には、冒険者協会が設置した記録板があった。


 今日、先に入ったパーティーはいない。


「行くぞ」


「はい」


 塔の中へ入る。


 最初に感じたのは、風だった。


 正面から。


 右から。


 上から。


 いくつもの方向から、途切れずに吹いている。


 円形の広間。


 中央には太い石柱。


 その周囲を囲むように、上階へ続く階段が伸びていた。


 壁には細長い窓が並んでいる。


 窓ガラスはない。


 外から入った風が、広間の中でぶつかっていた。


 俺は《沼甲の円盾》を少し斜めにする。


 風が表面を滑る。


 重さはある。


 だが、正面から受けなければ動ける。


「私の外套が……」


 リディアの青灰色の外套が、激しく揺れている。


「前を閉じろ」


「はい」


 首元の留め具を締める。


 それでも、裾は風に持ち上げられていた。


「安全帯は」


「つけています」


「縄はまだつながない」


 一階の床は広い。


 崩れた場所も見当たらない。


 必要のない縄は、戦闘中に足へ絡む危険がある。


 壁際を進む。


 床には、古い羽が落ちていた。


 灰色。


 指ほどの長さ。


「鳥でしょうか」


「分からない」


 羽を拾おうとしたとき。


 頭上で、何かが動いた。


「伏せろ!」


 リディアの肩を押す。


 直後。


 鋭い風が、頭上を通り過ぎた。


 壁へ細い傷が入る。


「今のは……」


「上だ」


 天井付近。


 石柱の陰に、黒い影が張りついている。


 翼。


 耳。


 細い牙。


 コウモリに似ている。


 だが、翼の端が薄い青色に光っていた。


《風切りコウモリ》


 翼を振るたび、刃のような風が飛ぶ。


「確認されていた魔物です」


「ああ」


 エドガーの資料に名前だけはあった。


 風切りコウモリが石柱から離れる。


 広間の風へ乗った。


 速い。


「《氷針》!」


 リディアが魔法を放つ。


 三本の氷。


 風に押され、軌道が左へずれる。


 コウモリは、さらに風へ乗って上昇した。


 すべて外れる。


「すみません!」


「謝るな。次を見ろ」


 風切りコウモリが旋回する。


 翼の端が光った。


「来る!」


 円盾を構える。


 風の刃が飛ぶ。


 盾へ当たった。


 衝撃は小さい。


 だが、刃のような風が盾の上下へ分かれた。


 頬に痛み。


 浅い傷ができる。


「盾だけでは防げない」


 盾へ当たった風が、縁を回り込んでくる。


 正面から受け続ければ、身体を少しずつ削られる。


「氷壁を出せるか」


「どこにですか?」


「右の窓だ」


 広間へ入る風の一つ。


 コウモリが旋回するとき、その窓からの風を使っていた。


「全部を塞がなくていい。下半分だけだ」


「やってみます」


 リディアが窓へ杖を向ける。


「我が前に、冷たき壁を。《氷壁》!」


 窓の下半分へ、氷が伸びる。


 風の流れが変わった。


 広間の中でぶつかっていた風が、一方向へ偏る。


 風切りコウモリの身体が揺れた。


 翼を動かす。


 だが、先ほどと同じように旋回できない。


「今です!」


「まだだ」


 高い。


 剣は届かない。


 氷針も、風の影響を受ける。


 コウモリが態勢を立て直し、反対側の窓へ向かう。


 俺は床に落ちていた羽を拾った。


 上へ投げる。


 羽は、途中で左へ流された。


「リディア。狙いを右へずらせ」


「どのくらいですか?」


「木板の練習より二倍だ」


 風切りコウモリが、再び翼を光らせる。


「撃て!」


「《氷針》!」


 三本の氷が、コウモリの右側へ飛ぶ。


 外れたように見えた。


 だが、風が氷を左へ押す。


 一本が翼へ刺さった。


 風切りコウモリの身体が傾く。


「当たりました!」


 高さが下がる。


 俺は前へ走る。


 コウモリが翼を振る。


 二度目の風の刃。


 盾を正面へ向けない。


 斜めにする。


 風を右側へ流す。


 頬の傷は増えない。


 その流れへ、《疾風の鋼剣》を合わせる。


 剣を振る。


 刃の周囲に生まれた風が、コウモリの翼へぶつかった。


 傷ついた翼。


 風に押され、さらに姿勢を崩す。


 石の床近くまで落ちた。


「はあっ!」


 踏み込む。


 《岩走りの戦靴》が床を捉える。


 剣を下から振り上げる。


 風切りコウモリの胴体へ、刃が入った。


 黒い身体が床へ落ちる。


 すぐには近づかない。


 翼が動く。


 風切りコウモリが、地面から飛び上がろうとする。


「《凍結》!」


 リディアの冷気が、傷ついた翼を床へ凍りつかせた。


 コウモリが牙を見せる。


 俺は首へ剣を振り下ろした。


 動きが止まる。


《風切りコウモリ》を初めて討伐しました。


ガチャチケットを1枚獲得しました。


所持ガチャチケット:7枚


風鳴りの塔迷宮討伐記録:1/10


「十種類……」


 リディアが表示を見る。


「協会が確認しているのは六種類だけでした」


「残り四種類は、上にいるのかもしれない」


 迷宮主を含めれば、さらに一体。


 塔には、まだ多くの魔物がいる。


「怪我は?」


 リディアが俺の頬を見る。


「浅い」


「血が出ています」


「止まっている」


「あとで薬を塗ります」


「ああ」


 風切りコウモリの小さな魔石を回収する。


 翼の端には、薄い青色の膜があった。


 風の刃を作っていた部分かもしれない。


「素材として持ち帰る」


「協会で調べてもらえますね」


「ああ」


 広間をもう一度見回す。


 上階へ続く階段。


 最初の十段ほどは、壊れていない。


 その先も見える。


 今なら進める。


「ウィルさん」


 リディアが、先に口を開いた。


「今日は一階の偵察です」


「分かっている」


「階段を少しだけ、とは言わないでください」


「言っていない」


「今、見ていました」


「構造を確認していただけだ」


 リディアが、じっと俺を見る。


「戻るぞ」


「はい」


 少しだけ、安心した顔になった。


     ◇


 塔の外へ出ると、風の音が遠くなった。


 完全に聞こえなくなったわけではない。


 塔そのものが、低く鳴き続けている。


「中より、外の方が静かに感じます」


「ああ」


 リディアが、頬の傷へ薬を塗る。


「動かないでください」


「自分でできる」


「見えにくい場所です」


 冷たい薬が、浅い傷へ触れる。


 少し染みた。


「痛いですか?」


「大丈夫だ」


「顔が少し動きました」


「風が当たっただけだ」


「今は風が弱いです」


 細かい。


 薬を塗り終えたリディアが、塔を振り返る。


「怖さは、九でした」


「十ではないのか」


「魔物が一体だったので」


「複数なら?」


「考えたくありません」


 それでも、魔法を撃った。


 一度目は外した。


 二度目は、風の流れを読んで当てた。


「次も当てられると思うか」


「分かりません」


「そうか」


「でも、外したあとに、もう一度撃てるとは思います」


 それで十分だ。


 最初から失敗しない人間などいない。


 失敗したあと、次の一撃を出せるか。


 迷宮では、その方が重要だった。


「今日は戻る」


「はい」


「協会へ、風切りコウモリの動きと風の流れを報告する」


「氷壁で窓を塞いだことも?」


「ああ。ほかのパーティーにも使えるかもしれない」


 風そのものは止められない。


 だが、入ってくる場所を変えれば、魔物の動きも変わる。


 塔の戦い方が、少し見えた。


 盾で風を受け流し。


 氷で流れを変え。


 飛ぶ魔物を、剣の届く場所まで落とす。


 第一歩としては、悪くない。


 俺たちは塔を背にし、馬車の待つ道へ戻った。


 所持ガチャチケットは7枚。


 次の11連まで、あと3枚。


 風鳴りの塔の攻略が、始まった。


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