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第42話 氷槍の初陣



 朝、目を覚まして最初に確かめたのは、新しい戦靴だった。


 寝台の横に、昨夜と同じ形で置かれている。


 黒く厚い革。


 爪先と踵を覆う灰色の金属。


 夢ではない。


 《岩走りの戦靴》へ足を入れ、紐を締める。


 立ち上がっただけで、古い革靴との違いが分かった。


 靴底が床を捉え、身体が揺れない。


 次に、《革の戦闘手袋》を装着する。


 剣を握ってみると、柄が手の中で滑りにくくなっていた。


 《霧除けの外套》も羽織る。


 顔の周囲を、ごく弱い風が流れた。


 昨日手に入れた装備は、どれも派手な力を持っているわけではない。


 だが、迷宮で生き残るために必要なものが揃っていた。


 装備の確認を終えたあと、能力欄を開く。


 《霧の沼迷宮》で三種類目の魔物を倒した際、新しく二つの能力を得ていた。


《沼歩き》


泥や浅い水の中で、足を取られにくくなります。


湿地での姿勢維持能力が上昇します。


《毒耐性・小》


弱い毒による症状を軽減します。


毒を無効化する能力ではありません。


 昨日は草カマキリを倒したあとも周囲を警戒し、詳しく確認しないまま表示を閉じていた。


 毒ヒルと遭遇したときに《毒耐性・小》があったことを知っていれば、少しは安心できたかもしれない。


 だが、耐性があっても噛まれていい理由にはならない。


 迷宮での足運びを助ける《沼歩き》。


 それと相性のいい《岩走りの戦靴》。


 次の探索で、どれほど動きが変わるのか確かめられる。


 机の上には、二本の青い小瓶が置いてある。


 N《魔力回復薬・小》。


 今日は、これをリディアへ渡す。


     ◇


 冒険者協会へ入ると、リディアは受付の前に立っていた。


 新しく買った長靴を履き、背中には杖。


 俺を見つけると、すぐにこちらへ駆け寄ってくる。


「おはようございます、ウィルさん」


「ああ」


 リディアの視線が、俺の足元へ向いた。


「新しい靴ですか?」


「昨日のガチャで出た」


「これがガチャの装備……」


 詳しい仕組みまでは話していない。


 ただ、迷宮で条件を満たすと、装備や道具が手に入ることは伝えてある。


 リディアがしゃがみ込み、戦靴を近くから見る。


「硬そうです」


「履いてみるか」


「サイズが合わないと思います」


「見るだけで分かるのか」


「ウィルさんの足、大きいですから」


 自分の長靴と見比べている。


「それに、外套も新しいですよね」


「ああ」


「前より……」


 リディアが途中で言葉を止める。


「どうした」


「冒険者らしく見えます」


「前は違ったのか」


「ち、違うという意味ではなくて……」


 リディアが慌てて手を振る。


「前も冒険者でした。でも、今はもっと強そうというか、近づきにくいというか……」


「近づきにくいのか」


「少しだけです」


 昨日より装備が増えただけだ。


 顔は変わっていない。


「怖いか」


「魔物よりは怖くありません」


「比べる相手がおかしい」


「すみません」


 リディアは謝ったあと、俺の手へ視線を向けた。


「手袋も出たんですね」


「ああ。それと、これもだ」


 《アイテムボックス》から二本の青い小瓶を取り出す。


「《魔力回復薬・小》だ」


「二本も?」


「お前が持っておけ」


 リディアは受け取ろうとして、手を止めた。


「私が全部持つんですか?」


「魔力を使うのはお前だ」


「一本は、ウィルさんが持っていた方が……」


「俺には魔法がほとんどない」


 《小治癒》は使えるが、魔力切れになるほど連続して使う状況なら、先に撤退するべきだ。


「パーティーの道具だ。必要な人間が持てばいい」


 エドガーから聞いた言葉を、そのまま使う。


 リディアは二本の小瓶を受け取った。


「大切に使います」


「大切にして使わないのは困る」


「必要なときは使います」


「ならいい」


 リディアは小瓶を道具袋へ入れた。


 戦闘中でも取り出しやすい場所だ。


「今日も《霧の沼迷宮》へ行くんですか?」


「ああ。ただし、昨日より深く進む」


 現在の討伐記録は五種類。


 あと五種類で完全攻略になる。


 すぐに迷宮主へ挑むつもりはないが、次の階層や安全な道を見つけておきたい。


「体調は」


「大丈夫です」


「怖くないのか」


「怖いです」


 今日も即答だった。


「でも、昨日よりは眠れました」


「どのくらいだ」


「四時間くらいです」


「十分ではない」


「最初の探索の前は、一時間も眠れなかったので……」


 少しずつ増えている。


 このままなら、数日後には普通に眠れるかもしれない。


「無理だと思ったら言え」


「はい」


「今日は《氷槍》を使える状況があるかもしれない」


 リディアの表情が固まった。


「実戦で、ですか?」


「ああ」


「訓練場以外では、一度も成功したことがありません」


「使える状況を作れたら頼む」


「失敗したら?」


「別の方法で戦う」


「詠唱中に魔物が近づいてきたら?」


「近づけない」


 そう答えると、リディアはしばらく俺を見つめた。


「ウィルさんは、簡単に言いますね」


「簡単だとは言っていない」


「でも、できると思っているんですか?」


「できないと思っているなら、頼まない」


 リディアが道具袋の上から、魔力回復薬へ触れた。


「……やってみます」


     ◇


 《霧の沼迷宮》へ転移する。


 白い霧。


 湿った空気。


 浅い水と黒い泥。


 昨日と同じ景色だった。


 俺は《岩走りの戦靴》で、水の中へ一歩踏み込む。


 泥へ沈む。


 だが、以前ほど強く引かれない。


 足を上げると、靴底が泥から簡単に抜けた。


「どうですか?」


「歩きやすい」


 次に少し速く進んでみる。


 《沼歩き》によって、足を置く場所が自然に分かる。


 水の下にある石。


 柔らかい泥。


 沈みやすい場所。


 《洞窟歩行・極》ほど細かくはない。


 それでも、以前とは明らかに違った。


 戦靴の靴底が、泥の中でも踏み込みを支えてくれる。


「昨日より速いです」


「離れるな」


「はい」


 リディアも新しい長靴でついてくる。


 俺ほど速くはないが、普通の革靴だったときより安定していた。


 昨日、草カマキリと戦った場所を通る。


 死骸は消えていた。


 水の中には、わずかに緑色の跡だけが残っている。


 毒ヒルがいた場所では、一度立ち止まった。


「足元を見ろ」


「はい」


 リディアが杖を水へ近づける。


 冷気をわずかに流し、水面を揺らす。


 何かが張りついていれば、動くはずだ。


 反応はない。


「いません」


「進むぞ」


 昨日、霧トカゲと戦った場所を越える。


 そこから先は、まだ歩いていない道だった。


 霧が少しずつ濃くなる。


 俺は《霧除けの外套》のフードをかぶった。


 顔の周りを流れる弱い風が、正面の霧をわずかに押し退ける。


 見える距離が、五歩から七歩ほどへ伸びた。


 完全に霧が消えるわけではない。


 それでも、二歩の差は大きい。


「ウィルさんの周りだけ、少し霧が薄いです」


「ああ。外套の効果だ」


「中に入ってもいいですか?」


「外套の中へか?」


「いえ、近くを歩けば私も見やすくなるかと思って……」


「ぶつからない距離ならいい」


 リディアが少し近づく。


 外套の風が届く範囲へ入った。


「本当です。少し見えます」


「戦闘になったら離れろ」


「はい」


 しばらく進むと、水が膝近くまで深くなった。


 霧の中に、太い木の根が何本も伸びている。


 水から頭を出した根の上なら、休むこともできそうだ。


「この先は深いです」


 リディアが杖で水底を確かめる。


「杖が半分近くまで入ります」


「右へ回る」


 少し高くなった場所を探す。


 水の流れが弱い。


 草の生え方も違う。


 《沼歩き》の感覚を頼りに、浅い場所を選んだ。


 数歩進んだとき。


 《霧除けの外套》が押し退けた霧の向こうで、水面が動いた。


「止まれ」


 リディアが動きを止める。


「何かいますか?」


「ああ」


 低い影。


 水面から、二つの目だけが出ている。


 俺たちを見ていた。


 大きさは分からない。


 目と目の間が、人間の頭ほど離れている。


「戻るか」


 俺が聞く。


 リディアが小さく息を吸った。


「どんな魔物ですか?」


「まだ分からない」


「近づいてきていますか?」


「ああ」


 水面の波が、ゆっくりと大きくなる。


「戦えます」


 リディアが杖を構えた。


「無理になったら、すぐ言います」


「分かった」


 俺は円盾を前へ出す。


 水面の目が消えた。


 潜った。


「来るぞ」


 水の下で、大きな影が動く。


 速い。


 真っすぐこちらへ向かってくる。


「左へ!」


 リディアと同時に横へ動く。


 直後。


 水中から、巨大な口が飛び出した。


 長い顎。


 並んだ牙。


 泥に覆われた硬い皮膚。


《大沼ワニ》


 人間二人分ほどの長さがある。


 大沼ワニの顎が、俺たちの立っていた場所で閉じた。


 ガチンッ!


 牙同士がぶつかる音。


 大沼ワニは身体を捻り、太い尾を振った。


「下がれ!」


 リディアを押し、前へ出る。


 円盾へ尾が当たった。


 重い衝撃。


 腕輪が光る。


 だが、《岩走りの戦靴》が泥の中へ食い込み、足が滑らなかった。


 身体は押されたものの、倒れない。


「止まった……」


 今までの靴なら、水の中へ転んでいただろう。


 大沼ワニが、もう一度口を開く。


 俺は横へ回り込み、《疾風の鋼剣》を振った。


 背中へ刃が当たる。


 硬い。


 灰晶王蛇ほどではないが、刃が浅く弾かれた。


「背中は斬れない!」


 大沼ワニが身体を回転させる。


 水と泥が巻き上がった。


 視界が茶色く染まる。


 俺は後ろへ跳ぶ。


 外套が顔へ飛んできた泥を弾く。


 だが、大沼ワニの尾までは防げない。


 視界の端で、影が動いた。


 外套の風が霧と泥をわずかに押し退けている。


 尾の位置が見えた。


 身体を低くする。


 太い尾が、頭上を通過した。


「リディア、脚を止められるか!」


「水が深すぎます!」


「水面ごとでいい!」


 大沼ワニが再び俺へ向かう。


 リディアが杖を水へ向けた。


「凍てつけ、《凍結》!」


 白い冷気が広がる。


 大沼ワニの周囲で、水面が凍った。


 四本の脚。


 腹部の一部。


 氷に包まれる。


 大沼ワニが暴れた。


 バキバキと音を立て、氷が砕かれていく。


「止まりません!」


「一瞬でいい!」


 動きが鈍った隙に、俺は横へ回る。


 背中ではない。


 前脚の内側。


 鱗が薄そうな場所へ剣を突き込む。


 刃が肉へ入った。


 大沼ワニが、低い唸り声を上げる。


 前脚を引き、身体を捻った。


 剣を抜く。


 切り返しの風。


 その直後、大沼ワニの顎が円盾へ噛みついた。


 金属が軋む。


 盾ごと腕を引かれる。


 大沼ワニが身体を回そうとする。


 水中で獲物を引きずり回すつもりだ。


「ウィルさん!」


「近づくな!」


 盾を手放せば、腕は抜ける。


 だが、盾を失えば、牙を防げなくなる。


 大沼ワニの身体が回り始めた。


 俺は引かれる方向へ一歩踏み出す。


 逆らわない。


 《岩走りの戦靴》で泥を踏み、回転に合わせて身体を動かす。


 完全に止めるのではなく、引かれる力を横へ流す。


 肩へ強い負担がかかる。


 それでも、腕はねじられない。


「リディア、《氷槍》を使え!」


「今ですか!?」


「今だ!」


「でも、ウィルさんが近すぎます!」


「俺ではなく、口を狙え!」


 大沼ワニは、円盾へ噛みついている。


 頭の位置は動くが、遠くへ逃げることはできない。


 今なら狙える。


「詠唱を始めろ!」


 リディアの呼吸が乱れる。


「冷たき水よ……」


 声が震えている。


 大沼ワニが身体を激しく捻った。


 円盾の金属縁が歪む。


「我が声に、応えよ……」


 詠唱が続く。


 訓練場より遅い。


 だが、止まっていない。


 大沼ワニが前脚で水を蹴った。


 身体ごと、俺へ向かってくる。


 盾を押し込まれる。


 牙の先が、盾の縁から腕へ近づいた。


「集いて形を成し……」


「リディア、続けろ!」


 俺は剣を逆手に持ち替えた。


 盾を噛んでいる顎の横。


 目の下へ、剣先を突きつける。


 大沼ワニが顔を逸らす。


 その動きで、盾を噛む力が少し緩んだ。


 腕を引く。


 円盾が牙から抜けた。


 すぐに距離を取る。


「敵を貫く、一条の槍となれ!」


 大沼ワニが、リディアへ顔を向けた。


 詠唱の魔力へ反応したらしい。


「俺を見ろ!」


 円盾を剣の腹で叩く。


 高い音。


 大沼ワニの視線が戻る。


 水を蹴り、こちらへ突進してきた。


 避ければ、後ろにいるリディアへ向かう。


 俺は円盾を構えた。


 正面から止めるのではない。


 顎が触れる直前。


 右へ踏み込む。


 《岩走りの戦靴》が、泥の中でも身体を支えた。


 円盾を大沼ワニの鼻先へ斜めに当てる。


 突進の方向を、わずかにずらす。


 大沼ワニの身体が横へ流れた。


 俺の肩を、硬い皮膚が掠める。


 背後から、リディアの声が響いた。


「《氷槍》!」


 冷気が、俺の横を通り抜ける。


 長い氷の槍。


 大沼ワニが口を開いた。


 俺へ噛みつこうとした、その瞬間。


 氷槍が口の中へ飛び込んだ。


 上顎を貫く。


 大沼ワニの頭が、大きく跳ね上がった。


 氷槍は途中で砕けた。


 だが、口の中から血が流れている。


「当たった……」


 リディアの声。


「まだだ!」


 大沼ワニは生きている。


 傷ついた頭を振り、リディアへ向かおうとする。


 俺は側面へ回り込んだ。


 前脚の内側。


 先ほど斬った場所。


 《疾風の鋼剣》を深く突き込む。


 大沼ワニの身体が沈む。


 剣を引き抜き、もう一度。


 今度は、顎の下。


 口の中から貫いた氷槍によって、喉の位置がわずかに持ち上がっている。


 柔らかい部分へ、刃が入った。


「おおっ!」


 両手で柄を押す。


 大沼ワニの尾が、激しく水を叩いた。


 後ろへ下がる。


 水と泥が飛び散る。


 外套が泥を弾いた。


 大沼ワニは、しばらく身体を震わせていた。


 やがて、長い顎が水の中へ落ちる。


 それでも近づかない。


 剣を構えたまま待つ。


 尾の動きが完全に止まってから、投擲用石弾を頭へ当てた。


 反応はない。


「終わった」


 俺が言うと、背後で杖が水へ落ちる音がした。


 振り返る。


 リディアが、その場へ座り込んでいる。


「怪我をしたか?」


「違います……」


「魔力切れか」


「少し、力が抜けただけです」


 目から涙が流れていた。


「《氷槍》が……当たりました」


「ああ」


「実戦で、最後まで詠唱できました」


「ああ」


「私が、魔物に……」


「倒したのは二人だ」


 俺一人では、あの位置から喉を狙えなかった。


 リディアの氷槍が口を貫いたから、決定的な隙ができた。


「二人で……」


 リディアが、震える手で杖を拾った。


 視界へ文字が浮かぶ。


《大沼ワニ》を初めて討伐しました。


ガチャチケットを1枚獲得しました。


所持ガチャチケット:1枚


霧の沼迷宮討伐記録:6/10


6種類の魔物を討伐しました。


報酬を獲得します。


《霧感知・小》


霧や煙の中にいる生物の動きを、わずかに感じ取れるようになります。


完全な位置や種類を判別することはできません。


 新しい感覚が広がった。


 視界で見えるわけではない。


 霧の中にある、微かな動き。


 空気の揺れ。


 何かが動けば、その場所がぼんやりと伝わる。


 俺は周囲を見た。


 正面。


 右。


 後ろ。


 何もいない。


 そう思った直後。


 左側の霧の奥で、二つの気配が動いた。


「立てるか」


「はい」


「魔力回復薬を一本飲め」


「もう使うんですか?」


「左から何か来る」


 リディアの顔から血の気が引いた。


 すぐに道具袋から青い小瓶を取り出す。


 栓を開け、中身を飲み干した。


「苦いです」


「効果は」


「魔力が少し戻っています」


 霧の中にある二つの気配が近づく。


 大沼ワニの血の匂いに寄ってきたのかもしれない。


「倒した魔物の素材は?」


「今は置いていく」


 魔石だけは回収した。


 牙や皮は重い。


 複数の魔物が近づいている状況で、解体する余裕はない。


「戻るぞ」


「はい」


 リディアが立ち上がる。


 足は少し震えているが、歩ける。


 俺たちは来た道を引き返した。


 霧の中にいる二つの気配は、しばらく追ってきた。


 だが、《霧感知・小》のおかげで位置を見失わない。


「右から来る」


 リディアと左へ動く。


 気配も進路を変えた。


 速くはない。


 戦わずに距離を取れる。


「このまま入口まで戻る」


「はい」


 《岩走りの戦靴》と《沼歩き》のおかげで、泥の中でも速度が落ちない。


 リディアの歩調に合わせながら、霧の中を進む。


 やがて、背後の気配が離れていった。


     ◇


 入口へ戻ったとき、リディアは長く息を吐いた。


「生きて戻れました」


「ああ」


「《氷槍》も使えました」


「ああ」


「魔力回復薬も使いました」


「必要だった」


「もったいなくありませんか?」


「使わずに怪我をする方がもったいない」


 リディアが少し笑う。


「エドガーさんと、同じことを言いますね」


「俺がエドガーから聞いた」


「では、今度は私が覚えます」


 リディアは、空になった小瓶を道具袋へ戻した。


「ウィルさん」


「何だ」


「私、戦えました」


 大沼ワニを怖がらなかったわけではない。


 途中で詠唱を止めそうにもなった。


 それでも、最後まで唱えた。


「ああ」


「次も、できるでしょうか」


「分からない」


「そこは、できると言ってくれないんですね」


「今日できたから、次も必ずできるとは限らない」


 リディアの表情が少し曇る。


「だが、今日できたことは消えない」


 最初の泥ガエルを前にしたとき。


 リディアは、魔法を使えないと言った。


 今は、巨大な大沼ワニを前にして《氷槍》を完成させた。


「次に怖くなったとき、今日のことを思い出せる」


「……はい」


 リディアが強くうなずいた。


「忘れません」


 俺たちは《ダンジョン転移》を使い、町へ戻った。


 新しい装備は役に立った。


 新しい能力も得た。


 だが、今日一番大きかったのは、そこではない。


 守られるだけだった氷魔法使いが。


 初めて、自分の力で仲間を守った。


 霧の中で放たれた一本の氷槍は、リディア自身が前へ進むための、最初の一撃になった。


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