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第39話 怖がりな氷魔法使い



 約束の時間より、少し早く冒険者協会へ着いた。


 受付の女性に声をかけると、昨日と同じ面談室へ案内される。


「リディアさんも、すでに到着しています」


「早いな」


「約束の1時間前に来ました」


「1時間?」


「遅刻したら、会ってもらえなくなると思ったそうです」


 そこまで厳しくするつもりはない。


 扉の前まで来ると、中から小さな物音が聞こえた。


 何かを机へ置く音。


 すぐに持ち上げ、また置く音。


「かなり緊張しています」


「俺が入って大丈夫なのか」


「そのための面談です」


 受付の女性が扉を開けた。


     ◇


 部屋の中には、一人の若い女性が座っていた。


 年齢は、俺より少し下に見える。


 肩まで伸びた淡い茶色の髪を、後ろで一つにまとめている。青みがかった灰色のローブには、何度も縫い直した跡があった。


 椅子の横には、本人の背丈ほどある細い杖。


 杖の先端には、透明な青い魔石が埋め込まれている。


 彼女は水の入った杯を、両手で持っていた。


 俺たちが入った瞬間、勢いよく立ち上がる。


「あっ、リディア・ノールです!」


 机へ膝がぶつかった。


 杯が倒れる。


「す、すみません!」


 リディアが慌てて手を伸ばす。


 床へ落ちかけた水が、一瞬で凍った。


 水の塊が、透明な氷となって宙で止まる。


 そのまま机の上へ落ちた。


 コトン。


「……凍らせる必要はなかったのでは?」


 受付の女性が言った。


「手でつかもうとして、間違えて魔法を……」


 リディアは氷になった水を見つめる。


「すみません」


「まだ何も始まっていない」


「はい。始まる前から失敗しました」


「失敗ではないだろう」


 床は濡れていない。


 杯も割れていない。


「でも、水が飲めなくなりました」


「溶かせば飲める」


「少し時間がかかります……」


 リディアは肩を落とした。


 受付の女性が新しい水を用意している間に、俺は向かいの椅子へ座った。


「ウィル・クロードだ」


「知っています」


 リディアも座ろうとして、動きを止めた。


「……先に座ってしまってもいいんでしょうか」


「椅子は座るためにある」


「はい」


 今度はゆっくりと腰を下ろす。


 両膝の上に手を置いているが、指先は落ち着きなく動いていた。


「昨日、どこまで説明を受けた?」


 俺が尋ねる。


「ウィルさんが、新しい仲間を探していることです。それから、エドガーさんが怪我をして、しばらく迷宮へ入れないことも聞きました」


「俺のことは?」


「迷宮を2つ完全攻略した、すごい剣士だと……」


「レベル5だ」


「えっ?」


「俺のレベルは5だ」


 リディアが目を瞬く。


「でも、灰晶洞窟迷宮の迷宮主を倒したと聞きました」


「エドガーと二人で倒した。一人では無理だった」


「それでも、すごいです」


「強い人間を探しているなら、期待と違うかもしれない」


「違います」


 リディアが、思ったより強い声で答えた。


 すぐに自分の声へ驚いたように、肩を縮める。


「すみません。違うというのは、ウィルさんが強くないという意味ではなくて……」


「分かっている」


「本当ですか?」


「ああ」


 たぶん。


「私は、強い人に守ってもらいたくて来たわけではありません」


 指先の震えは止まっていない。


 それでも、リディアは顔を上げた。


「守ってもらうだけなら、冒険者をやめるべきだと思っています」


 受付の女性が、俺たちの間へ書類を置く。


「リディアさんには、これまで3つのパーティーに所属した経験があります」


「あの……」


 リディアが小さく手を上げた。


「先に、自分から説明してもいいでしょうか」


「もちろんです」


 受付の女性が書類から手を離す。


 リディアは一度、深く息を吸った。


「私は、魔物が怖いです」


 昨日、すでに聞いている。


 だが、本人の口から出た言葉は、書類で読むよりも重かった。


「訓練場なら、魔法を使えます。動く的にも当てられます。先生からは、魔力も精度も問題ないと言われました」


「実際の魔物が出ると、使えない」


「はい」


 リディアの両手が、ローブの裾を握る。


「鳴き声を聞くと、息が苦しくなります。牙や爪を見ると、頭の中が真っ白になります。詠唱しようとしても、言葉が出なくなって……」


「逃げたこともあると聞いた」


「あります」


 リディアは言い訳をしなかった。


「最初のパーティーでは、ゴブリンを見て逃げました。2つ目では、スライムに飛びつかれて泣きました」


「スライムか」


「顔に張りつかれたんです」


 それは少し怖いかもしれない。


「3つ目では、魔物が近づいてきたときに《氷壁》を出しました」


「成功したのか」


「はい。でも……」


 リディアの視線が下がる。


「仲間の前に出すつもりが、仲間と私の間に出してしまいました」


 自分だけを氷壁の後ろへ隠してしまったらしい。


「怪我人は?」


「いません。魔物も、別の人が倒してくれました」


「なら、取り返しのつかない失敗ではない」


「でも、次も同じことをするかもしれません」


 その可能性はある。


 迷宮で同じ失敗をすれば、今度は誰かが傷つくかもしれない。


「前の仲間からは、何と言われた?」


「才能があっても、戦えない魔法使いは必要ないと」


「間違ってはいない」


 リディアの肩が揺れた。


 受付の女性が、わずかにこちらを見る。


「迷宮では、使えない魔法を当てにして戦えば死ぬ」


「……はい」


「だが、戦えないままかどうかは、まだ分からない」


 リディアが顔を上げる。


「怖いことを隠して、できるふりをする人間とは組めない。だが、最初から怖いと分かっているなら、使い方を考えられる」


「使い方……」


「お前の魔法を見てからだ」


 訓練場で使えるというなら、まずはそこを確認する。


 実際の魔物を前にしたとき、どこまで動けなくなるのかも知る必要がある。


「その前に、一つ聞く」


「はい」


「なぜ、冒険者を続けたい」


 リディアの唇が閉じる。


 すぐには答えなかった。


 机の上には、先ほど凍らせた水が残っている。


 透明な氷の表面を、細い水滴が流れ始めていた。


「子供の頃、村に魔物が入りました」


 リディアが静かに話し始める。


「大きな牙を持った狼でした。私は怖くて動けなくて、姉が私を抱えて逃げてくれました」


「姉は無事だったのか」


「生きています」


 答えるまでに、わずかな間があった。


「でも、私を庇って脚を噛まれました。今も、長い距離は歩けません」


 リディアの手が、さらに強くローブを握る。


「私に魔法の才能があると分かったのは、そのあとです」


「姉のために冒険者になったのか」


「最初は、そうでした」


「今は違う?」


「姉から、やめてほしいと言われています」


 意外な答えだった。


「危険なことをしてほしくない。魔法を使う仕事なら、町の中にもあると言われました」


 氷魔法なら、食品や薬の保存。


 夏場の冷却。


 水の管理。


 迷宮へ入らなくても働く場所はあるはずだ。


「それでも、私は……」


 リディアが、震える息を吐く。


「次に誰かが襲われたとき、また動けない自分でいたくないんです」


 強くなりたい。


 金が欲しい。


 有名になりたい。


 そういう理由ではなかった。


「姉に恩を返したいのか」


「それもあります。でも、姉は恩を返してほしいなんて思っていません」


「なら、自分のためか」


「はい」


 リディアは、はっきりとうなずいた。


「守られるだけだった自分を、変えたいんです」


 その気持ちは、少し分かる。


 俺も、エドガーに教えられ、庇われ、支えられてきた。


 以前の俺なら、誰かを仲間へ誘うことなど考えられなかった。


 だが、今は違う。


「訓練場へ行こう」


「えっ」


「魔法を見せてくれ」


「い、今からですか?」


「今からだ」


 リディアは慌てて杖を持ち上げた。


 机の角へぶつける。


「すみません!」


「杖へ謝る必要はない」


「机に謝りました」


「机にも必要ない」


「はい……」


 本当に迷宮へ連れていって大丈夫だろうか。


     ◇


 協会の裏にある訓練場には、木製の標的が並んでいた。


 剣や槍の訓練をしていた冒険者たちが、俺たちへ視線を向ける。


 リディアは、その視線だけでも緊張しているようだった。


「場所を空けてもらっています」


 受付の女性が、訓練場の奥を指した。


 人の形をした標的。


 地面から突き出した木の杭。


 縄で動かせる訓練用の人形もある。


「最初は《氷針》をお願いします」


「はい」


 リディアは杖を両手で持ち、標的の前へ立った。


 さっきまで震えていた姿勢が変わる。


 背筋を伸ばす。


 杖の先を、標的へ向ける。


「冷たき水よ、細き刃となれ。《氷針》」


 杖の先へ、三本の氷が生まれた。


 短い矢のような形。


 ほとんど同時に放たれる。


 氷の針は、木製標的の胸へ並んで突き刺さった。


 三本の間隔は、ほとんど同じだった。


「次は、右肩だけを狙ってください」


 受付の女性が言う。


「はい。《氷針》」


 今度は詠唱が短い。


 一本の氷が飛び、標的の右肩へ突き刺さった。


 狙いは正確だった。


「速いな」


「何度も練習しました」


 リディアの声から、少しだけ緊張が消えている。


「《凍結》は?」


「使えます」


 彼女は木の杭へ杖を向けた。


「凍てつけ。《凍結》」


 杭の根元から、白い氷が広がった。


 地面まで凍りつき、木の杭を固定する。


 俺は杭を押してみた。


 動かない。


「どのくらい持つ」


「この気温なら、1分ほどです。ただ、魔力を流し続ければ長くできます」


「大型魔物にも効くか」


「脚1本だけなら。でも、力が強い魔物には砕かれます」


「十分だ」


「十分……ですか?」


「1秒止まれば、剣を当てられる」


 リディアが、少し驚いた顔で俺を見る。


 魔法だけで倒す必要はない。


 動きを止める。


 視界を塞ぐ。


 退路を作る。


 それだけでも、前衛にとっては大きい。


「《氷壁》も見せてくれ」


「はい」


 リディアが杖を地面へ向ける。


「我が前に、冷たき壁を。《氷壁》」


 地面から氷が伸びた。


 横幅は、人が両手を広げたほど。


 高さは、俺の頭より少し上。


 透明な壁の向こう側が、歪んで見える。


 俺は剣を抜かず、拳で軽く叩いた。


 硬い。


「盾代わりになるな」


「強い攻撃を受けると、すぐに割れます」


「割れるまでの間に避ければいい」


「前の仲間からは、もっと大きくしろと言われました」


「大きくできるのか」


「できます。でも、魔力をたくさん使います」


「なら、必要な大きさだけでいい」


 魔力が無限にあるわけではない。


 大きければ強いとは限らない。


「《氷槍》は?」


 俺が尋ねると、リディアの表情が少し強張った。


「使えます。ただ、時間がかかります」


「見せてくれ」


「分かりました」


 リディアは、奥にある一番厚い標的へ向き直る。


 杖を両手で握った。


「冷たき水よ、我が声に応えよ」


 空気が冷える。


 杖の先へ、小さな氷の粒が集まり始めた。


「集いて形を成し、敵を貫く一条の槍となれ」


 氷の粒が一本につながる。


 人の腕よりも長い氷の槍。


「《氷槍》!」


 槍が放たれた。


 空気を裂く音。


 分厚い木製標的の中央を貫き、後ろにあった土壁へ突き刺さった。


 氷の周囲から、白い霜が広がっている。


 訓練場にいた冒険者たちから、どよめきが上がった。


「……これは強いな」


 俺が言うと、リディアの頬が少し赤くなった。


「でも、詠唱が長いです。魔物が近くにいると、最後まで唱えられません」


「それなら、近づかせなければいい」


「そんな簡単に……」


「簡単ではない。だから前衛がいる」


 エドガーは、俺が戦いやすい位置へ魔物を誘導していた。


 俺が灰晶王蛇と戦えたのも、エドガーが周囲を見てくれていたからだ。


 今度は、俺がリディアの詠唱時間を作る。


「動く標的でも試す」


 受付の女性が、訓練人形につながった縄を持った。


 人形の先には、木で作られた丸い頭がある。


 魔物には似ていない。


 それでも、動く物へどこまで対応できるかは分かる。


「《凍結》で、右脚を止めてください」


「はい」


 リディアが杖を構える。


 受付の女性が縄を引く。


 人形が、地面を滑りながらリディアへ向かってきた。


「凍てつけ。《凍結》」


 氷が地面を走る。


 人形の右脚を包み、動きを止めた。


 問題はない。


「もう少し速くします」


「はい」


 2度目。


 人形が、先ほどより速く近づく。


 リディアの詠唱が少し遅れた。


 氷は右脚ではなく、左脚へ当たる。


 それでも、人形は止まった。


「もう一度だ」


 俺が言う。


 3度目。


 受付の女性が、さらに強く縄を引く。


 人形が跳ねるように近づいてきた。


 リディアの肩が揺れる。


「凍て……」


 詠唱が止まった。


 人形はそのまま進み、リディアの目の前で止められた。


「す、すみません」


 リディアが後ろへ下がる。


「どうして止まった」


「急に近づいてきたので……」


「人形でも駄目なのか」


「魔物よりは大丈夫です。でも、速いと少し……」


 今のまま霧の沼迷宮へ入れば、泥の中から飛び出した魔物に反応できない可能性が高い。


「もう一度やる」


「はい」


「今度は、俺が前へ立つ」


 リディアと訓練人形の間へ移動する。


「ウィルさんに魔法が当たるかもしれません」


「当てるな」


「それは、そうなんですが……」


「人形全部を見る必要はない」


 俺は訓練人形の右脚を指した。


「あの脚だけを見ろ」


「でも、身体が近づいてきたら……」


「身体は俺が止める」


 円盾を構える。


「お前は、右脚だけを凍らせろ。倒そうとしなくていい」


 リディアはしばらく俺の背中を見た。


 やがて、小さくうなずく。


「分かりました」


「始めてくれ」


 受付の女性が縄を引いた。


 訓練人形が、勢いよく滑ってくる。


 俺は動かない。


 木製の身体が近づく。


 円盾へぶつかる直前。


「凍てつけ。《凍結》!」


 足元を白い冷気が走った。


 人形の右脚が凍りつく。


 勢いを失い、俺の盾へ軽く当たって止まった。


 成功だ。


 俺は横へ退く。


「できたな」


「……はい」


 リディアは、自分が凍らせた右脚を見つめている。


「でも、ウィルさんが前にいてくれたからです」


「前衛だからな」


「毎回、守ってもらうことになります」


「守られるのが嫌なのか」


「私は、それを変えたくて……」


「一人で全部できるようになる必要はない」


 リディアが顔を上げる。


「俺も、エドガーに何度も助けられた。一人では灰晶王蛇を倒せなかった」


「でも、ウィルさんは前で戦えます」


「前に立つのが俺の役目だ」


 リディアの役目は、俺と同じでなくていい。


「お前が魔物の脚を止めれば、俺が斬れる。俺が魔物を止めれば、お前は《氷槍》を撃てる」


「それで、いいんでしょうか」


「それがパーティーだろう」


 エドガーから教えられたことだ。


 一人でできないことを、互いに補う。


「もう一度やる」


「はい」


 4度目。


 俺が前へ立つ。


 リディアは右脚だけを見る。


 人形が近づく。


「《凍結》!」


 今度は、詠唱がさらに速かった。


 右脚が正確に凍る。


 5度目。


 俺は前に立つが、少しだけ横へ動く。


 人形の進む方向が変わる。


 リディアは迷ったものの、左脚を凍らせて止めた。


「右ではありませんでした」


「止まったならいい」


「でも、指定は右脚でした」


「実戦では、止められる方を止めろ」


「……はい」


 真面目すぎるところがある。


 命令を正確に守ろうとして、状況が変わったときに迷うのかもしれない。


「次は、《氷針》だ」


 俺は投擲用石弾を一つ取り出した。


「これを上へ投げる。落ちる前に当てられるか」


「やってみます」


 石弾を投げる。


 放物線を描き、上へ上がる。


「《氷針》」


 細い氷が飛び、石弾へ当たった。


 空中で軌道が変わり、地面へ落ちる。


 速い。


 狙いもいい。


 魔物さえいなければ、本当に優秀な魔法使いだった。


     ◇


 訓練を終え、再び面談室へ戻った。


 リディアは、最初より少し落ち着いている。


 手にした杯の水も、今度は凍っていない。


「魔法は十分だ」


 俺が言うと、リディアの表情が明るくなる。


「では、パーティーへ入れてもらえるんですか?」


「まだ決められない」


 明るくなった表情が、すぐに沈んだ。


「実際の魔物を前にしたときのことを見ていない」


「……そうですよね」


「一度、一緒に迷宮へ入る」


 リディアが杯を持ったまま固まった。


「迷宮へ?」


「ああ」


「ど、どこの迷宮でしょうか」


「《霧の沼迷宮》だ」


 杯の表面に、薄い氷が張った。


「リディアさん」


 受付の女性が声をかける。


「水が凍っています」


「すみません!」


 リディアが慌てて杯から手を離した。


「いきなり奥まで行くつもりはない」


 俺は続ける。


「入口の近くを確認する。長くても1時間。魔物が強ければ、すぐ戻る」


「でも、私が何もできなかったら……」


「それを確かめるために行く」


「逃げてしまうかもしれません」


「一人で逃げるな」


 リディアが口を閉じる。


「逃げたいなら、そう言え。俺も一緒に戻る」


「そんな理由で、撤退してくれるんですか?」


「どちらか一人が撤退を宣言したら、理由を問わず戻る。それが俺たちの決まりだ」


「エドガーさんとも?」


「ああ」


 リディアが、凍りついた杯を見る。


「怖いと言ってもいいんですか」


「隠される方が困る」


「魔力が足りなくなったときも?」


「すぐ言え」


「詠唱できなくなったら……」


「できないと言え」


「泣いてしまったら?」


 俺は少し考えた。


「歩けるなら、自分で歩いて戻れ」


「歩けなかったら?」


「支える」


 リディアが目を瞬いた。


「泣くなとは、言わないんですね」


「言って止まるなら、最初から泣いていないだろう」


「……はい」


 リディアの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


 初めて見た笑顔だった。


「ただし、3つ守ってくれ」


 俺は指を一本立てる。


「勝手に走らない」


 2本目。


「怖いことや、できないことを隠さない」


 3本目。


「撤退すると決めたら、後ろを振り返らずに戻る」


「分かりました」


「返事だけなら誰でもできる」


「守ります」


 さっきより強い声だった。


「明日の朝、町外れで待ち合わせる。装備と薬を確認してこい」


「はい」


「まだ正式な仲間ではない。今回は試しだ」


「分かっています」


 リディアは杖を抱え、立ち上がった。


 今度は机へ膝をぶつけなかった。


 扉へ向かって歩く。


 その途中で、足を止めた。


「あの、ウィルさん」


「何だ」


「私、たぶん明日も怖がります」


「ああ」


「今からもう、少し怖いです」


「そうか」


「それでも、行ってもいいですか」


「行くと決めるのは、お前だ」


 リディアは杖を握り直した。


 手は震えている。


 それでも、扉から逃げるように目を逸らすことはなかった。


「行きます」


 はっきりとした声だった。


「明日、《霧の沼迷宮》へ行きます」


「ああ」


 怖くない人間を探しているわけではない。


 怖くても、自分の口で行くと言える。


 できないことを、できないと認められる。


 そのうえで一歩を踏み出そうとする人間なら。


 一緒に進めるかもしれない。


 リディア・ノール。


 怖がりな氷魔法使いとの、最初の探索が決まった。


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