第36話 帰るための一撃
灰晶王蛇との最初の戦いから、三日が経った。
胸と肩の痛みは、まだ完全には消えていない。
それでも、治療師から迷宮へ入っていいという許可は出た。
「痛みが強くなったら、すぐに戻ってください」
「ああ」
「骨に異常はありませんが、治ったわけではありません」
「分かってる」
「迷宮主へ再挑戦するんですよね?」
治療師が、こちらを疑うように見た。
「どうして分かった」
「三日前に迷宮主と戦った人が、装備を新しくして治療所へ来れば分かります」
俺の革防具には、岩甲ムカデの岩板が追加されている。
円盾も補強済みだ。
腰には《疾風の鋼剣》。
背負った袋には、二本の結晶糸索と、新しく用意した鉄杭が入っていた。
「無理はしない」
「その言葉は、冒険者の方から何度も聞きました」
「信用できないのか」
「戻ってきた人の言葉だけは、信用しています」
それなら、戻ればいい。
今日も。
◇
町外れでエドガーと合流する。
彼の背負った矢筒には、硬い鏃をつけた矢が六本入っていた。
通常の矢も二十本以上ある。
「体調は」
「問題ない」
「痛みは?」
「動けば少しある」
「それを問題があると言うんだ」
「剣は振れる」
「痛みが強くなったら、俺が撤退を宣言する」
「ああ」
反論はしなかった。
二人で決めた条件だ。
片方が撤退を宣言すれば、理由を問わず戻る。
俺たちは《ダンジョン転移》を使い、灰晶洞窟迷宮の入口へ移動した。
◇
第一階層。
第二階層。
第三階層。
ここまで何度も通った道を進んでいく。
結晶蜘蛛の糸が残る場所では、白墨の粉を《疾風の鋼剣》の風へ乗せた。
透明だった糸が、白い線となって浮かび上がる。
安全な隙間を選び、通り抜けた。
戦闘は一度もない。
まるで迷宮全体が、俺たちを最奥へ通そうとしているようだった。
「静かすぎるな」
エドガーが言った。
「ああ」
「迷宮主が、ほかの魔物を遠ざけているのかもしれん」
「それなら助かる」
「帰りも同じとは限らんぞ」
帰り。
その言葉を聞き、腰の剣へ触れる。
今日は勝つために来た。
だが、勝つことだけが目的ではない。
帰るために戦う。
それを忘れない。
最奥区画へ続く岩の隙間を抜ける。
巨大な円形の空洞。
倒れた石柱。
そして、中央にある石扉。
扉の向こうから、低い振動が伝わってきた。
前回よりも速い。
灰晶王蛇は、俺たちが戻ってきたことを知っているのかもしれない。
「準備するぞ」
「ああ」
石扉の前に、二本の鉄杭を打ち込む。
一本目。
少し離して、二本目。
どちらも、岩床の中にある大きな岩盤へ届く位置を選んだ。
《洞窟歩行・極》がなければ、表面だけを見て判断することはできなかっただろう。
二本の鉄杭へ、修理用鉄板を渡す。
小型ハンマーで鉄板を叩けば、振動が岩床の奥へ伝わる。
「本当に出てくるか」
「地中の振動を頼りに動いているなら、確かめに来る」
「来なければ?」
「俺が走る」
「最初からそれをするな」
エドガーは結晶糸索の鉄輪を、大きな岩柱の根元へ回した。
もう一本は、反対側にある倒れかけた石柱へ固定する。
糸索の先端には、広い輪を作っておく。
灰晶王蛇の尾が通った瞬間、二人で引く。
強く引かれれば、周囲へ編み込まれた結晶蜘蛛の糸が硬化する。
「一本目で尾を止める」
エドガーが確認する。
「二本目で胴体を固定できれば使う」
「無理なら使わない」
「ああ。外せば終わりだ」
すべての準備を終える。
俺は石扉の中央へ手を触れた。
迷宮主への挑戦を開始しますか?
開始する。
重い音とともに、石扉が左右へ開いていく。
◇
灰晶王蛇は、前回と同じ場所にはいなかった。
空洞の中央。
灰色の結晶が積み重なっていた場所は、空になっている。
「いない」
「いや」
エドガーが弓を構える。
「上だ」
天井近くの岩柱に、巨大な影が巻きついていた。
黄色い目が開く。
灰晶王蛇が身体を離した。
長い胴体が、空中から落ちてくる。
「離れろ!」
左右へ分かれる。
灰晶王蛇の巨体が岩床へ落ちた。
空洞全体が揺れる。
砕けた岩片が飛び散り、円盾へ当たった。
灰晶王蛇は身体を起こす。
首が広がる。
灰色の結晶鱗に光が走った。
「最初から崩落を使うぞ!」
前回と同じ振動が、岩柱と天井へ広がっていく。
俺は足元から伝わる揺れへ意識を集中した。
右側の岩柱。
その後ろ。
天井から落ちる岩の位置が、わずかに分かる。
「左へ走れ!」
エドガーと同時に動く。
直後、右側へ巨大な岩が落ちた。
岩床が砕ける。
次は前方。
左後ろ。
俺は崩れにくい場所を選び、走り続けた。
灰晶王蛇は落石の中を、こちらへ迫る。
巨大な口が開く。
「俺が引きつける!」
俺は円盾の金属縁を、《疾風の鋼剣》の腹で打った。
高い音が空洞へ響く。
灰晶王蛇の黄色い目が俺へ向いた。
頭が前へ出る。
速い。
左へ半歩。
牙が肩の横を通り過ぎる。
首の結晶鱗が閉じた。
白い喉が見える。
「今だ!」
エドガーの矢が飛ぶ。
硬い鏃をつけた矢が、灰晶王蛇の喉へ刺さった。
深くはない。
だが、血が流れる。
灰晶王蛇が身体を振る。
尾が横から迫ってきた。
俺は後ろへ跳ぶ。
尾が円盾を掠める。
腕へ重い衝撃が走った。
それでも、前回ほど身体は飛ばされなかった。
盾の裏へ重ねた岩肌トカゲの鱗が、衝撃を受け止めている。
「使える」
「油断するな!」
灰晶王蛇が、もう一度尾を振る。
今度は、エドガーの方だ。
エドガーが岩柱の後ろへ回る。
尾が岩柱へ当たった。
石柱が大きく揺れる。
表面へ亀裂が走った。
「長くは持たんぞ!」
「ああ!」
俺は灰晶王蛇の側面へ走った。
背中は硬い。
狙うなら、腹側。
灰晶王蛇が身体を捻る。
こちらへ頭を向けようとする。
その前に、《疾風の鋼剣》を短く振った。
刃が白い腹鱗へ入る。
浅い。
すぐに切り返す。
二撃目。
一撃目と同じ場所を狙う。
傷口が広がった。
灰晶王蛇が大きく身をよじる。
長い胴体が俺へぶつかる。
円盾を差し込む。
衝撃。
足元が滑る。
だが、《洞窟歩行・極》が岩床の形を伝えてくれる。
右足を後ろへ置く。
身体を回し、力を横へ流す。
倒れない。
「前より動けているな!」
エドガーが叫ぶ。
「剣が軽くなったわけじゃない!」
「分かっているならいい!」
灰晶王蛇が首を広げた。
また崩落が来る。
だが、前回とは違う。
俺は首の結晶が光る前に、床と岩柱へ広がる振動を感じ取っていた。
「エドガー、後ろの柱が落ちる!」
エドガーが前へ転がる。
直後、背後の石柱が途中から折れた。
巨大な岩が地面へ落ちる。
灰晶王蛇の身体が、その振動へ反応した。
黄色い目が、一瞬だけ倒れた柱へ向く。
「振動を見ている」
「ああ!」
灰晶王蛇は、地中だけではない。
地上でも、大きな振動へ反応する。
俺は石扉の前に用意した鉄板を見る。
まだ使うときではない。
灰晶王蛇が地中へ潜らなければ意味がない。
俺たちは岩柱を使いながら、攻撃を避け続けた。
エドガーの矢が、喉と口元を狙う。
俺は腹へ近づき、短い斬撃を加える。
傷は増えている。
だが、致命傷には遠い。
灰晶王蛇の身体が、空洞の奥へ下がった。
首を低くする。
「潜るぞ!」
頭部が岩床の亀裂へ入る。
首。
胴体。
最後に、長い尾が地中へ消えた。
「鉄板へ!」
俺たちは石扉の前へ走る。
足元の振動は、空洞の奥を大きく回っていた。
灰晶王蛇は、すぐには襲ってこない。
こちらの位置を探っている。
俺は鉄板の前へ膝をつき、小型ハンマーを構えた。
「まだだ」
エドガーが、結晶糸索の近くへ移動する。
地中の振動が、右側から近づく。
俺たちではない。
さっき落ちた石柱の振動へ向かっている。
灰晶王蛇が、地面を突き破って現れた。
だが、そこには誰もいない。
灰晶王蛇が首を動かす。
「今だ!」
俺は鉄板へ小型ハンマーを振り下ろした。
ガァンッ!
金属音と、強い振動。
二本の鉄杭を通して、岩床の奥へ伝わる。
灰晶王蛇がこちらを向いた。
もう一度。
ガァンッ!
黄色い瞳が細くなる。
灰晶王蛇が頭から地中へ潜った。
振動が、一直線にこちらへ近づいてくる。
「来る!」
俺は鉄板から離れた。
エドガーは糸索の輪を持つ。
石扉の前で、地面が盛り上がった。
灰晶王蛇が飛び出す。
俺たちを狙ったのではない。
鉄杭と鉄板を噛み砕くために、大きな口を開けていた。
予想どおり。
俺は左へ走る。
エドガーは右。
灰晶王蛇の長い身体が、地中から次々と現れる。
尾。
まだだ。
太い胴体が通る。
「待て!」
尾の先が見えた。
岩床の上を滑る。
「今だ!」
俺とエドガーが、結晶糸索の両端を引いた。
広げていた輪が、灰晶王蛇の尾へ絡みつく。
強い力がかかった。
透明な糸が、一斉に白く変わる。
パキパキと音を立て、結晶の縄へ硬化した。
反対側は、巨大な岩柱へ固定されている。
灰晶王蛇が身体を進める。
尾が引かれた。
巨体が止まる。
空洞全体を揺らすほどの力。
岩柱へ巻いた鉄輪が軋む。
「止まった!」
「長くは持たん!」
灰晶王蛇が首を起こす。
尾を引かれ、身体が大きく反る。
腹側が露出した。
俺は走る。
白い腹鱗。
前回つけた傷。
今日、何度も斬った場所。
《疾風の鋼剣》を両手で握る。
短い突き。
風が切っ先を押す。
傷口へ、深く刃が入った。
灰晶王蛇が、喉の奥から大きな音を上げる。
耳ではなく、身体へ響く咆哮。
首の結晶が強く光った。
「崩落が来る!」
エドガーの矢が、広がった首の内側へ刺さる。
結晶のない、薄い部分。
灰晶王蛇が頭を振る。
俺は剣を引き抜く。
切り返し。
二度目の突き。
同じ傷へ入れる。
硬いものへ当たった。
まだ浅い。
「もう一度!」
結晶糸索が砕け始めている。
一本。
二本。
白い結晶が、岩床へ落ちる。
尾が少しずつ動く。
俺は三度目の突きを放とうとした。
その瞬間。
足元から、これまでとは違う振動が伝わった。
上ではない。
左側の岩柱。
灰晶王蛇の尾が固定された柱へ、亀裂が走っている。
「柱が倒れる!」
巨大な岩柱が、俺の方へ傾いた。
避けようとする。
だが、剣が灰晶王蛇の腹へ深く入っている。
引き抜くのが遅れた。
「ウィル!」
強い力で、背中を押された。
身体が前へ倒れる。
剣が傷口から抜けた。
直後。
背後で、重い衝撃音が響いた。
振り返る。
エドガーが、俺の代わりに岩柱の破片を受けていた。
右肩を押さえ、岩床へ倒れている。
「エドガー!」
灰晶王蛇の尾を固定していた岩柱が崩れた。
結晶糸索が外れる。
自由になった尾が、岩床を薙ぎ払う。
俺はエドガーの前へ円盾を構えた。
尾が盾へ当たる。
凄まじい衝撃。
両足が岩床を滑る。
それでも、倒れない。
エドガーまで届かせない。
「動けるか!」
「右腕が上がらん」
エドガーが立ち上がろうとする。
顔が歪んでいる。
右肩。
弓を引く側だ。
「撤退するか」
俺が尋ねる。
灰晶王蛇が、石扉の前へ身体を滑らせた。
出口を塞ぐように、巨大な首を起こす。
エドガーが、短く息を吐いた。
「今は、扉まで行けん」
そのとおりだった。
撤退したくても、灰晶王蛇が出口との間にいる。
「倒すか、道を開ける」
「ああ」
「俺は弓を引けん。だが、見ることはできる」
エドガーは左手で弓を持ち、岩柱へ背中を預けた。
「お前が前へ出ろ」
「分かった」
灰晶王蛇の腹から、血が流れている。
深い傷。
動きも、最初より遅い。
だが、まだ生きている。
首を広げる。
結晶鱗が光る。
崩落。
俺は足元の振動へ意識を集中した。
「右へ三歩!」
エドガーの声。
俺は右へ動く。
左側へ岩が落ちる。
「前!」
一歩踏み込む。
背後へ大きな石が落ちた。
エドガーは弓を引けない。
それでも、空洞全体を見ていた。
俺の見えない場所を教えてくれる。
灰晶王蛇が頭を突き出した。
円盾を上げる。
牙が盾の縁を挟む。
金属が軋む。
力で勝てない。
俺は盾を手放した。
灰晶王蛇が、円盾を噛んだまま首を持ち上げる。
喉が見える。
走る。
《疾風の鋼剣》を短く振る。
白い喉へ一撃。
刃が入る。
切り返す。
二撃目。
血が飛ぶ。
灰晶王蛇が頭を振る。
俺の身体が、首へぶつかった。
横へ飛ばされる。
岩床へ片手をつく。
《洞窟歩行・極》が、足を置ける場所を伝える。
倒れない。
灰晶王蛇が地中へ潜ろうとする。
「右下だ!」
エドガーが叫ぶ。
頭は地中へ入った。
だが、負傷した腹が岩床へ擦れている。
動きが遅い。
俺は灰晶王蛇の横へ走った。
逃がせば、また地中から襲われる。
長い胴体。
傷口。
剣を突き立てる。
灰晶王蛇が身体を捻る。
尾が迫る。
「後ろだ!」
エドガーの声。
俺は剣を引き抜き、身体を低くした。
尾が頭上を通過する。
風圧で髪が揺れる。
尾が通り過ぎた直後、俺は立ち上がった。
灰晶王蛇の首が、こちらへ戻ってくる。
口が開く。
牙。
避ける場所はない。
俺は前へ出た。
灰晶王蛇の口の内側へ、剣を向ける。
突き。
風が刃を押す。
剣が上顎へ刺さった。
浅い。
灰晶王蛇が口を閉じようとする。
刃が挟まれる。
このままでは折られる。
俺は剣を引かず、さらに前へ押した。
上顎から鼻の奥へ。
切っ先が、硬いものに当たる。
灰晶王蛇の頭が大きく振られた。
身体ごと持ち上げられそうになる。
「ウィル! 左の喉だ!」
エドガーの声。
以前の矢が刺さった傷。
喉の左側。
俺は剣を抜いた。
灰晶王蛇の頭が再び迫る。
左へ一歩。
牙の横を抜ける。
灰晶王蛇の首が広がった。
白い喉。
傷口。
俺は《疾風の鋼剣》を両手で握った。
大きく振らない。
足場を確かめる。
一歩。
短い突き。
風が背中から刃を押す。
切っ先が傷へ入った。
「おおっ!」
両手で柄を押す。
硬い鱗。
肉。
その奥にある、さらに硬いもの。
刃が止まる。
灰晶王蛇が首を振る。
俺の足が岩床から離れそうになる。
それでも、柄を離さない。
この一撃を逃せば、エドガーを連れて帰れない。
家には、まだ温めれば食べられるスープが残っている。
壁には、最初の剣がある。
戻る場所がある。
「帰るんだ……!」
右足を前へ出す。
《洞窟歩行・極》が、崩れない場所を伝える。
腰。
肩。
腕。
つるはしを振り下ろし続けた七年間の力を、剣へ乗せる。
《疾風の鋼剣》の緑色の線が、強く光った。
風が、もう一度刃を押す。
硬いものが砕けた。
剣先が、灰晶王蛇の首を深く貫いた。
黄色い瞳が大きく開く。
灰晶王蛇の身体が、激しく岩床を叩いた。
一度。
二度。
長い尾が、倒れた石柱を砕く。
俺は剣を引き抜き、エドガーの前へ戻った。
円盾はない。
剣を構える。
だが、灰晶王蛇の首はもう持ち上がらなかった。
巨大な頭が、岩床へ落ちる。
首の結晶鱗から、光が消えていく。
長い身体が、一度だけ震えた。
それきり、動かなくなった。
静寂。
空洞には、俺の呼吸だけが響いている。
「終わったか」
エドガーの声が聞こえた。
「まだ近づくな」
「俺が教えた言葉だな」
「ああ」
しばらく待つ。
灰晶王蛇は動かない。
俺は慎重に近づき、黄色い目へ剣先を向けた。
反応はない。
視界へ、文字が浮かんだ。
《灰晶王蛇》を初めて討伐しました。
ガチャチケットを1枚獲得しました。
所持ガチャチケット:5枚
灰晶洞窟迷宮討伐記録:10/10
灰晶洞窟迷宮を完全攻略しました。
報酬を獲得します。
《洞窟狩人》
全基礎能力+5
迷宮完全攻略数:2
身体の奥へ、力が流れ込んでくる。
だが、今は確認している場合ではない。
俺はエドガーのもとへ走った。
「肩を見せろ」
「俺の台詞を取るな」
エドガーは笑おうとした。
だが、右肩を動かした瞬間、顔を歪める。
防具の肩部分が大きくへこんでいた。
血は多くない。
それでも、腕が不自然に下がっている。
「骨が折れている」
「たぶんな」
「小治癒を使う」
「お前は」
「動ける」
《小治癒》を発動する。
淡い光が、エドガーの肩を包んだ。
痛みは少し弱まったようだ。
だが、腕は上がらない。
「すぐ戻る」
「ああ」
俺は灰晶王蛇から素材を回収しようとはしなかった。
魔石も。
結晶鱗も。
今は必要ない。
エドガーを立たせる。
左腕を俺の肩へ回してもらう。
「歩けるか」
「脚は無事だ」
「なら行く」
石扉の前に落ちていた円盾を拾う。
灰晶王蛇の牙痕が、深く残っている。
それでも、まだ持てる。
俺たちは開いた石扉を抜け、最奥区画を出た。
「素材を置いてきたぞ」
エドガーが言った。
「あとで取りに戻る」
「消えないのか」
「分からない」
「なら、もったいないな」
「お前より大事な素材はない」
口にしてから、自分でも少し驚いた。
エドガーが黙る。
何か変なことを言っただろうか。
「……そうか」
しばらくして、それだけ答えた。
歩くたび、エドガーの身体の重さが肩へかかる。
重い。
だが、支えられる。
以前は俺が支えられる側だった。
迷宮での歩き方も。
撤退する判断も。
倒れた魔物へ不用意に近づかないことも。
エドガーから教えられた。
今度は、俺が支える。
「帰るぞ」
「ああ」
灰晶洞窟迷宮の完全攻略。
その実感は、まだなかった。
今はただ、エドガーを治療所へ連れていく。
それだけでよかった。




