第35話 灰晶王蛇
灰晶洞窟迷宮から戻った翌朝。
左肩には、まだ鈍い痛みが残っていた。
転岩甲獣の岩殻が掠めただけで、この痛みだ。
まともにぶつかっていれば、骨だけでは済まなかっただろう。
治療師からは、二日間は迷宮へ入らないように言われた。
以前の俺なら、腕が動くことを理由に翌日も潜っていたかもしれない。
だが、今は違う。
迷宮主の場所は分かっている。
焦って挑む必要はなかった。
◇
「迷宮主と思われる魔物について、古い報告が見つかりました」
受付の女性が、机の上へ数枚の紙を並べた。
どれも新しいものではない。
端が破れ、文字の一部が滲んでいる。
「灰晶洞窟迷宮の最奥で、巨大な蛇型魔物を目撃したという記録です」
紙には、細長い魔物の姿が描かれていた。
大きく広がった首。
頭部から背中へ続く、灰色の結晶。
絵だけなら、巨大なコブラに見える。
「名称は?」
「正式には確認されていません。古い報告では、《灰晶大蛇》《洞窟王蛇》《灰冠蛇》など、複数の名前が使われています」
「倒した記録はないのか」
エドガーが尋ねる。
「ありません。少なくとも、協会へ正式に提出された討伐報告は残っていません」
迷宮が完全攻略されていない以上、当然かもしれない。
受付の女性が、一枚目の報告書を指した。
「頭部と背中は、灰色の結晶鱗に覆われています。剣も矢も、ほとんど通らなかったそうです」
「腹側は」
「一度だけ目撃されています。背中よりは柔らかい可能性がありますが、近づいた冒険者が尾で吹き飛ばされ、確認できなかったとあります」
次の紙には、床から飛び出す蛇の絵が描かれていた。
「地中へ潜るのか」
「そのようです。完全に地面の中を移動していたのか、地下にある通路を利用していたのかは分かりません」
足元を伝わる振動。
《洞窟歩行・極》なら、以前より早く察知できる可能性がある。
「ほかの攻撃は?」
「尾による打撃。噛みつき。岩片の射出。そして、首を広げた直後に周囲の岩柱が崩れたという報告があります」
「土魔法か」
「可能性は高いです」
《土魔法耐性・小》はある。
だが、小さな耐性で崩落に耐えられるとは思わない方がいい。
「毒は?」
「確認されていません」
「毒牙を見た者はいないのか」
「噛まれた方はいましたが、毒による症状は出なかったそうです」
受付の女性は、そこで俺を見た。
「確認するために噛まれないでくださいね」
「そんな方法は選ばない」
「本当に?」
「ああ」
「今、少し考えてから答えませんでしたか?」
「考えていない」
隣でエドガーが口元を押さえた。
「笑っているのか」
「咳だ」
明らかに違う。
だが、今は迷宮主の情報が先だ。
「目は狙えるか」
エドガーが尋ねる。
「首を広げると、頭部の左右まで結晶鱗に覆われるそうです。正面から目を狙うのは難しいかもしれません」
「近づかなければ弱点は見つからないな」
「あくまで、確認して戻るだけにしてください」
受付の女性の声が強くなる。
「場所を発見した直後に、そのまま挑んで帰らなかったパーティーもあります」
「今日は行かない」
「今日だけですか?」
「準備が終わるまでは行かない」
受付の女性はしばらく俺の顔を見たあと、わずかに息を吐いた。
「本当に分かっている顔ですね」
最近、その言葉をよく聞く。
◇
最初に向かったのは、ベルクの鍛冶場だった。
転岩甲獣に噛ませた円盾を差し出すと、ベルクは無言で歯形を見つめた。
「昨日、直した」
「ああ」
「その前の日も直した」
「ああ」
「盾を壊す速さだけなら、一流だな」
「壊れてはいない」
「これ以上、俺の前でその言葉を使うな」
ベルクは円盾を作業台へ置き、金属縁を指でなぞった。
「歪んではいるが、直せる。修理用鉄板も残っているな」
「岩肌トカゲの鱗と、岩甲ムカデの岩板もある」
《アイテムボックス》から、集めていた素材を取り出す。
岩肌トカゲの硬い鱗。
岩甲ムカデの背中にあった岩板。
転岩甲獣の岩殻。
ベルクが一つずつ持ち上げ、厚みや重さを確認していく。
「全部つければ、盾より壁に近くなる」
「強くはなるか」
「重くて動かせない壁が欲しいならな」
ベルクは岩肌トカゲの鱗を二枚選び、円盾の裏側へ当てた。
「補強するなら、この程度だ。金属縁を修理して、裏側へ鱗を重ねる。転岩甲獣の岩殻は硬いが、厚すぎる」
「岩甲ムカデの方は?」
「防具に使える。細く削り、革防具の肩や胸へ縫いつければ、多少はましになる」
俺の左肩へ視線を向ける。
「ちょうど、よく狙われる場所らしいからな」
「狙わせているわけではない」
「結果の話だ」
受付の女性と似たことを言う。
「結晶蜘蛛の糸は、使えるか?」
エドガーが保存容器を作業台へ置いた。
回収した糸腺と、硬化前の透明な糸だ。
「迷宮主が蛇型なら、動きを止めるために使いたい」
ベルクは糸を取り出し、指先で引いた。
透明な糸が白く変わり、細い結晶の棒のように固まる。
「一本では無理だ」
「何本なら止まる」
「相手の大きさも力も分からん。答えられるか」
ベルクはしばらく考えたあと、糸腺を光へかざした。
「だが、束ねることはできる」
「縄にするのか」
「普通の麻縄を芯にして、結晶蜘蛛の糸を周囲へ編み込む。強く引かれれば、外側の糸が硬化する」
硬化する縄。
結晶蜘蛛の糸だけなら、張った瞬間に切れる可能性がある。
麻縄を芯にすれば、完全に砕けてもすぐには外れない。
「作れるか」
「二本だけならな」
「長さは?」
「三メートル程度だ。それ以上は糸が足りない」
迷宮主の身体全体を縛るには短い。
だが、首や尾の一部を岩柱へ固定するなら使えるかもしれない。
「頼む」
「剣は触る必要がない。盾と防具、結晶糸索で三日だ」
「二日では」
「四日にするぞ」
「三日でいい」
ベルクが満足そうに鼻を鳴らした。
◇
三日後。
円盾の金属縁は修復され、裏側には岩肌トカゲの鱗が二枚重ねられていた。
革防具の左肩と胸には、細く削られた岩甲ムカデの岩板が縫いつけられている。
以前より少し重い。
だが、動きを妨げるほどではない。
そして、二本の結晶糸索。
見た目は、透明な細い糸を巻きつけた麻縄だった。
片方の端には、岩柱へ回して固定するための鉄輪がついている。
「強く引くと硬くなる」
ベルクが一本を持ち上げる。
「一度硬化すれば、元には戻らん。使い捨てだと思え」
「切れるまで、どれくらい持つ」
「だから相手による。人間なら動けなくなる。大型魔物なら数秒かもしれん」
「数秒あれば十分だ」
「その数秒で失敗すれば、次はないぞ」
「ああ」
ベルクから装備を受け取り、費用を払う。
「帰ってきたら、また盾を持ってくるんだろうな」
「壊れたら持ってくる」
「壊す前提で話すな」
◇
その日の夕方。
俺とエドガーは、俺の家で装備を広げていた。
机の上に地図を置く。
灰晶洞窟迷宮の第一階層。
第二階層。
第三階層。
そして、最奥区画。
石扉の先は分からない。
「最初は偵察だ」
エドガーが言った。
「ああ」
「攻撃方法と、弱点を確認する。倒せそうでも、深追いはしない」
「分かってる」
「どちらか一人が撤退を宣言したら、理由を問わず戻る」
正式にパーティーを組んだとき、二人で決めた条件だ。
「変わらない」
「ああ」
エドガーが結晶糸索を見た。
「使うのは、相手の動きが分かってからだ。初めから使って、外せば終わる」
「一本は首。もう一本は尾に使えるかもしれない」
「蛇の身体が、どこまで硬いかにもよる」
「矢は何本ある」
「通常の矢が三十二本。硬い鏃が六本。結晶蜘蛛の腹を抜いた細い矢が四本」
エドガーの弓には、硬い殻を貫く力はない。
それでも、目や口、鱗の隙間なら狙える。
「小治癒ポーションは二本」
「一本ずつ持つ」
「体力回復薬は俺が持つ」
「お前の方が前へ出るからな」
簡易魔石灯。
白墨。
赤い布。
投擲用石弾。
小型ハンマー。
必要な物を確認していく。
「足元の振動は俺が見る」
「地中に潜ったら、位置を知らせろ」
「手の合図より声の方がいい」
「迷宮主相手に、耳栓を使う可能性は?」
「音による攻撃がなければ使わない」
話し合っても、分からないことの方が多い。
それでも、何も知らずに扉を開くよりはいい。
窓の外が暗くなっていた。
机の端には、アレナが置いていった野菜スープの鍋がある。
「食べていくか」
俺が言うと、エドガーが少し驚いた顔をした。
「いいのか」
「二人分以上ある」
「アレナが持ってきたのか」
「ああ」
「なら、断る理由はないな」
二人でスープをよそう。
温め直した野菜の匂いが、部屋に広がった。
エドガーが一口飲む。
「うまい」
「ああ」
「迷宮主を倒したあとも、食えるといいな」
「帰ってくれば食える」
「なら、帰るぞ」
短い言葉だった。
それで十分だった。
◇
翌朝。
俺たちは《ダンジョン転移》を使い、灰晶洞窟迷宮へ向かった。
第一階層を抜ける。
第二階層。
第三階層。
白墨で結晶蜘蛛の糸を浮かび上がらせ、安全な道を進んだ。
途中で魔物とは遭遇しなかった。
最奥区画へ続く隙間を抜ける。
巨大な空洞。
倒れた石柱。
中央にある円形の石扉。
前回来たときと変わらない。
だが、扉の向こうから伝わる振動は、以前よりはっきりと感じられた。
ゆっくり。
一定の間隔。
眠っている魔物の呼吸に近い。
「いるな」
「ああ」
俺たちは石扉の左右を確認した。
押すための取っ手はない。
中央の渦模様へ触れる。
その瞬間、視界へ文字が浮かんだ。
灰晶洞窟迷宮。
最奥区画への到達を確認しました。
現在の討伐記録:9/10
迷宮主への挑戦を開始しますか?
俺はエドガーを見る。
「開く」
「分かった」
挑戦を開始する。
そう念じる。
石扉の渦模様が、淡い灰色に光った。
重い音を立てながら、巨大な扉が左右へ開いていく。
冷たい空気が流れてきた。
扉の先には、広大な円形の空洞があった。
天井は高く、簡易魔石灯の光が届かない。
床には、巨大な岩柱が何本も立っている。
中央には、灰色の結晶が積み重なった小山があった。
最初は、ただの岩だと思った。
だが、小山の一部がゆっくりと持ち上がる。
長い身体。
重なり合う灰色の鱗。
頭部が、岩柱よりも高い位置まで上がった。
首の左右が広がる。
結晶でできた巨大な襟が、扇のように開いた。
その表面へ、灰色の光が走る。
蛇が目を開けた。
黄色い瞳。
縦に細い黒い瞳孔。
《灰晶王蛇》
名前が視界へ浮かんだ。
灰晶王蛇が、大きく口を開く。
牙はある。
だが、毒液は見えない。
低い音が、喉の奥から響いた。
ゴォォォ……。
鳴き声ではない。
岩同士を擦り合わせたような音。
床が震える。
「来るぞ!」
灰晶王蛇の頭が消えた。
速い。
俺は左へ飛ぶ。
巨大な顎が、直前まで立っていた場所へ突き刺さった。
岩床が砕ける。
石片が飛ぶ。
円盾で顔を守る。
《土魔法耐性・小》が働いている。
それでも、腕へ鈍い衝撃が続けて伝わった。
エドガーの矢が飛ぶ。
灰晶王蛇の目を狙った矢は、広がった首の結晶鱗へ弾かれた。
「正面からは無理だ!」
「ああ!」
灰晶王蛇が頭を持ち上げる。
首の結晶鱗が閉じる。
その一瞬。
喉の下に、灰色ではない部分が見えた。
白に近い、細かな鱗。
背中より薄い。
「喉だ!」
エドガーが二本目の矢を放つ。
灰晶王蛇が首を捻った。
矢は白い鱗を掠め、浅い傷をつけた。
血が一滴だけ落ちる。
攻撃は通る。
灰晶王蛇の黄色い目が、エドガーへ向いた。
「下がれ!」
蛇の尾が動く。
長い身体が、岩床の上を滑った。
尾が横から迫る。
俺はエドガーの前へ出た。
円盾を構える。
正面からは受けない。
尾が当たる直前、盾を斜めにして身体を回す。
重い衝撃。
岩肌トカゲの尾とは比較にならない。
R《衝撃緩和の腕輪》が強く光る。
《打撃耐性・小》。
《土魔法耐性・小》。
岩甲ムカデの岩板。
すべてが働いているはずだ。
それでも、足が岩床から離れた。
身体が横へ飛ばされる。
「ウィル!」
岩柱へぶつかる直前、足を岩床へつける。
《洞窟歩行・極》が、着地できる位置を伝えてきた。
右足。
左足。
勢いを殺しきれない。
肩が岩柱へ当たった。
痛い。
だが、倒れない。
「動ける!」
灰晶王蛇は、すでにエドガーへ向かっていた。
エドガーが岩柱の後ろへ回る。
巨大な牙が、岩柱へ食い込んだ。
岩が砕ける。
エドガーは反対側へ転がり、三本目の矢を放った。
今度は口の中。
矢が上顎へ刺さる。
灰晶王蛇が頭を振った。
効いてはいる。
だが、致命傷には遠い。
俺は距離を詰める。
《疾風の鋼剣》を短く振る。
首の側面。
灰色の結晶鱗へ刃が当たった。
硬い。
火花が散る。
刃は入らない。
灰晶王蛇の頭がこちらへ向く。
俺はすぐに剣を引いた。
切り返しを助ける風。
牙が閉じる前に、後ろへ下がる。
ガチンッ!
巨大な顎が、空を噛んだ。
「鱗は無理だ!」
「分かってる!」
灰晶王蛇が首を広げる。
灰色の結晶が光った。
足元から、違う振動が伝わってくる。
魔物の動きではない。
周囲の岩柱。
天井。
空洞全体へ、力が広がっている。
「崩れる!」
俺はエドガーの腕をつかみ、近くの岩柱から離れた。
直後。
天井から、岩が降ってきた。
一つ。
二つ。
拳ほどの石だけではない。
人間の身体ほどある岩まで落ちてくる。
《洞窟歩行・極》が、岩床へ伝わる振動を拾う。
右。
前。
後ろ。
「こっちだ!」
俺は崩れない足場を選び、走った。
エドガーが後ろからついてくる。
巨大な岩が、左側へ落ちた。
岩床が揺れる。
砕けた石が脚へ当たる。
革防具へ細かな傷が増える。
灰晶王蛇は、自分の起こした崩落の中を動いていた。
落ちてくる岩を、結晶鱗が弾いている。
「上まで硬いのか」
「あいつ自身は、崩落を恐れていない」
灰晶王蛇が身体を低くした。
長い胴体が、岩床の亀裂へ入っていく。
「潜るぞ!」
頭。
首。
胴体。
最後に尾が消えた。
空洞が静かになる。
姿は見えない。
だが、足元から振動が伝わっていた。
速い。
地中を大きく回りながら、こちらへ近づいている。
「エドガー、右へ!」
俺たちは左右へ分かれた。
地面が盛り上がる。
灰晶王蛇が岩床を砕き、下から飛び出した。
俺たちの間。
巨大な頭が、天井へ向かって伸びる。
灰晶王蛇が首を捻った。
エドガーへ噛みつこうとする。
「下だ!」
エドガーが後ろへ跳ぶ。
灰晶王蛇の顎が、足元を掠めた。
俺は剣を持って走る。
地中から出た直後。
蛇の腹側が見えている。
白い鱗。
剣が届く。
短く踏み込む。
《疾風の鋼剣》を横へ振った。
風が刃を押す。
白い鱗へ食い込んだ。
硬いが、背中ほどではない。
刃が浅く肉へ入る。
灰晶王蛇が身体を捻った。
剣を引く。
直後、長い身体が俺の横へぶつかった。
盾で受ける余裕はない。
肩と胸へ衝撃。
身体が転がる。
「ぐっ……!」
息が止まった。
岩床へ背中を打つ。
R《衝撃緩和の腕輪》が光る。
立てる。
まだ動ける。
「ウィル!」
「大丈夫だ!」
灰晶王蛇の腹には、剣でつけた傷が残っている。
浅い。
だが、確かに斬れている。
攻撃できない相手ではない。
灰晶王蛇が再び首を広げた。
崩落。
また来る。
「撤退する!」
俺は叫んだ。
エドガーが一瞬だけこちらを見る。
すぐに弓を下げた。
「分かった!」
理由は聞かない。
それが、二人で決めた約束だ。
俺たちは石扉へ向かって走った。
灰晶王蛇が喉を鳴らす。
岩柱が揺れる。
天井から岩が落ちる。
《洞窟歩行・極》で、崩れにくい場所を選ぶ。
エドガーの足元へ、大きな岩が落ちようとしていた。
「左だ!」
エドガーが進路を変える。
岩が背後へ落ちた。
石扉まで、あと少し。
灰晶王蛇が地中へ潜る。
足元の振動が、後ろから追ってきた。
速い。
「止まるな!」
石扉の外へ飛び出す。
エドガーも続く。
灰晶王蛇が地面を割り、俺たちの背後から現れた。
大きな口。
黄色い目。
俺は扉の渦模様へ手を当てた。
挑戦を中断する。
石扉が閉じ始める。
灰晶王蛇の頭が、隙間へ突っ込んできた。
エドガーの矢が口の中へ飛ぶ。
魔物が一瞬だけひるむ。
その間に、扉が閉じる。
ドンッ!
反対側から、灰晶王蛇が扉へぶつかった。
巨大な石扉が揺れた。
だが、開かない。
しばらく、扉の向こうから重い衝撃が続いた。
一度。
二度。
三度。
やがて、静かになる。
俺はその場へ座り込んだ。
胸が痛む。
呼吸をするたび、肋骨の奥が軋む。
「傷を見せろ」
エドガーが近づいてくる。
「先に自分を確認しろ」
「俺は掠り傷だけだ」
エドガーの脚と腕には、岩片で切れた跡がある。
深くはない。
俺の防具を外す。
胸へ縫いつけた岩甲ムカデの岩板が、一枚割れていた。
その下の革防具も裂けている。
皮膚には、赤黒い痣が広がっていた。
「骨は」
「分からない」
「小治癒を使え」
俺は《小治癒》を発動した。
淡い光が胸を包む。
痛みが、わずかに弱くなる。
完全には消えない。
骨に傷があるなら、治療所で確認した方がいい。
「倒せそうだったな」
エドガーが石扉を見る。
「ああ」
背中と首は硬い。
喉と腹は斬れる。
地中から出た直後が、一番大きな隙になる。
首を広げれば崩落を起こす。
その前には、床と岩柱へ振動が広がる。
分かったことは多い。
「糸索は使わなかった」
「使う場所を決められなかったからな」
「次は、岩柱へ固定する」
「首か?」
「違う」
俺は、灰晶王蛇が地中から飛び出した場面を思い出す。
「首を縛れば、牙が近すぎる。狙うなら尾だ」
尾を岩柱へ固定する。
動ける範囲を狭める。
その間に、喉か腹を狙う。
「もう一つ必要だ」
エドガーが言った。
「地中から出す場所を、こちらで選ばせる」
「振動か」
「ああ。投擲用石弾では弱い。もっと強い音と振動を出すものがいる」
小型ハンマー。
円盾。
岩柱。
使えるものを考える。
「戻って考えよう」
「ああ」
俺たちは立ち上がった。
迷宮主は強い。
疾風のフォレストウルフよりも。
これまで戦ったどの魔物よりも。
それでも、何もできずに逃げたわけではない。
傷をつけた。
攻撃を見た。
弱点も分かった。
最初の挑戦で倒せなかったことは、失敗ではない。
生きて戻り、次の方法を考えられる。
俺は閉じた石扉へ目を向けた。
「次は倒す」
エドガーが弓を背負い直す。
「その前に、治療所だ」
「ああ」
「素直だな」
「骨が折れていたら、弓より剣の方が困る」
「そういう理由でも、行くならいい」
俺たちは最奥区画を離れた。
背後の石扉の向こうから、低い唸り声が一度だけ響く。
灰晶王蛇は、まだそこにいる。
今度は偵察ではない。
次に扉を開くときは、完全攻略のために挑む。




