第30話 疾風の鋼剣
帰り道では、新たな魔物と遭遇しなかった。
岩壁に結んだ赤い布を確認しながら、俺たちは第二階層の入口まで戻った。
腰には、ガチャで手に入れたばかりの《鋼鉄の片手剣》がある。
これまで使っていた剣より重い。
それでも、不思議と邪魔には感じなかった。
「新しい剣を試したそうな顔をしているな」
前を歩いていたエドガーが言った。
「そんな顔はしていない」
「そうか」
「ああ」
「なら、通路の角を見るたびに柄へ触れるのをやめろ」
言われて初めて、自分の右手が剣の柄へ置かれていることに気づいた。
俺は静かに手を離した。
「使えるか確認しているだけだ」
「剣は逃げん」
「魔物が出たら困る」
「出てほしいのか、出てほしくないのか、どっちだ」
「出てほしくない」
「なら、もう少し残念そうじゃない顔で言え」
顔について指摘されても、自分ではよく分からない。
それ以上は答えず、俺は前方の暗がりへ目を向けた。
◇
迷宮の入口付近まで戻り、周囲に魔物がいないことを確認する。
俺はエドガーの同意を得て、《ダンジョン転移》を発動した。
視界が淡い光に包まれる。
地面が一瞬だけ消えたような感覚。
次に目を開いたとき、俺たちは町外れの林に立っていた。
エドガーが、その場で数回瞬きをする。
「まだ慣れないか」
「前よりはましだ」
そう言いながらも、すぐには歩き出さない。
「身体より先に、目だけ別の場所へ運ばれたような感じがする」
「俺は何も感じない」
「使っている本人だけ平気なのかもしれんな」
正式なパーティーメンバーなら、本人の同意があれば一緒に転移できる。
便利な能力だ。
だが、転移直後に戦闘になれば、同行者が動けない可能性もある。
安全な場所でしか使えないとはいえ、覚えておく必要がありそうだ。
エドガーが歩き始めたのを確認し、俺たちは冒険者協会へ向かった。
◇
「予定より早い帰還ですね」
受付の女性は、俺たちを見ると、最初に顔と手足を確認した。
その視線が、俺の左肩で止まる。
「防具が裂けています」
「岩殻サソリの毒針に掠られた」
「毒針に?」
受付の女性の眉間に皺が寄った。
「傷を見せてください」
「浅い傷だ」
「判断するのは治療師です」
「腫れも痺れもない。《毒耐性・小》もある」
「耐性があることと、毒針に刺されても安全であることは別です」
「刺されてはいない。掠っただけだ」
「掠った毒針は、安全な毒針になるんですか?」
「ならない」
「分かっているなら、治療所へ行ってください」
俺がエドガーを見る。
エドガーは視線を逸らした。
助けるつもりはないらしい。
「岩殻サソリは討伐した」
俺は話題を変えることにした。
「第二階層の細い通路で、岩に擬態していた」
「討伐数は一体だ」
エドガーが、布で包んだ素材を受付台へ置く。
「持ち帰れたのは、毒針と関節殻だけだ。死骸は大きすぎた」
受付の女性が布を開き、素材を確認する。
「確かに岩殻サソリの素材ですね。最近は討伐報告が少なかった魔物です」
受付の女性は書類へ記入したあと、俺の腰へ目を向けた。
「剣も変わっていますね」
「ああ」
「以前の剣は?」
「壊れた」
正確には、まだ折れてはいない。
だが、もう戦闘には使えない。
「捨てたんですか?」
「持ち帰った」
「そうですか」
受付の女性の表情が、わずかに柔らかくなった。
「新しい剣は、どちらで購入したものですか?」
「手に入れる機会があった」
「詳しくは話せない、と」
「ああ」
「分かりました。入手経路に問題がないのであれば、それ以上は聞きません」
受付の女性は、俺の返事を待たずに続けた。
「ただし、新しい武器を手に入れた直後ほど、慎重に扱ってください」
「分かってる」
「今までより強い武器を持っても、使い手まで急に強くなるわけではありません」
「分かってる」
「同じ返事を二度しましたね」
「大事なことだからだ」
「本当に理解している人は、もう少し納得した顔で言います」
顔について言われるのは、今日二度目だ。
「先に治療所へ行ってきます」
エドガーが言った。
「俺は怪我をしていない」
「お前を連れていくためだ」
「一人で行ける」
「逃げないようにだ」
俺は逃げるつもりなどない。
そう説明する前に、エドガーに背中を押された。
◇
治療所で傷を確認してもらったが、毒は入っていなかった。
浅い傷を洗浄し、薬を塗ってもらう。
裂けた革防具も、修理用革を使えば直せる程度だった。
その日の探索は、そこで終わりとなった。
エドガーと別れ、俺は家へ戻った。
扉を開ける。
家の中は静かだった。
雨漏りの音はしない。
修理された屋根があることに、今でも少しだけ違和感がある。
以前は家へ帰るたび、何かが壊れていた。
今は、朝に置いた物が、同じ場所に残っている。
俺は《アイテムボックス》から、布に包んだ剣を取り出した。
最初の剣。
布を外し、鞘へ収める。
壁へ二本の釘を打ち、小型ハンマーで深く固定した。
その上へ、剣を横向きに掛ける。
立派な飾り方ではない。
壁へ釘を打ち、剣が落ちないように乗せただけだ。
それでも、床へ置くよりはよかった。
「……ここでいいか」
剣から返事はない。
当たり前だ。
それでも、何も言わずに《アイテムボックス》の奥へしまう気にはなれなかった。
俺は少し離れ、壁に掛けた剣を見る。
欠けた刃は鞘の中に隠れている。
見た目だけなら、まだ使えそうだった。
だが、あの剣の役目は終わった。
今度は、家を守ってもらえばいい。
俺は机へ《鋼鉄の片手剣》を置いた。
続いて、《疾風の風晶》を取り出す。
ユーカリ森林迷宮の迷宮主。
疾風のフォレストウルフから得た、淡い緑色の結晶だ。
風晶を剣へ近づける。
その瞬間、視界へ新しい文字が浮かんだ。
特殊強化が可能です。
対象装備:《鋼鉄の片手剣》
強化素材:《疾風の風晶》
予想強化結果:《疾風の鋼剣》
必要条件:鍛冶設備、魔力加工技術
直接、《装備統合》を使うことはできないらしい。
同じ名前の装備を吸収させる通常の統合とは違う。
別の性質を剣へ加えるには、設備と技術が必要になる。
俺は表示が消えたあとも、風晶を見つめていた。
これを売れば、しばらく生活には困らない。
屋根以外にも、家には直す場所が残っている。
壁。
床。
古くなった窓。
冬になる前には、暖炉も確認した方がいい。
それでも、風晶を売るつもりはなかった。
強い武器があれば、より深い階層まで進める。
深い場所まで進めれば、新しい素材や報酬を得られる。
家を直すためにも、まず生きて迷宮から帰らなければならない。
俺は風晶と剣を、《アイテムボックス》へ戻した。
明日、エドガーに職人を紹介してもらおう。
壁に掛けた最初の剣へ視線を向ける。
「次は、壊れる前に手入れをする」
装備も。
身体も。
壊れてからでは遅いものがある。
◇
翌朝。
肩に痛みや痺れがないことを確かめ、冒険者協会へ向かった。
エドガーは、すでに待合所の隅に座っていた。
「早いな」
「お前もな」
「魔物素材を武器へ組み込める職人を知っているか?」
俺が尋ねると、エドガーは俺の腰を見た。
「昨日の剣を、もう加工するのか」
「使いたい素材がある」
「普通の砥ぎ直しではないんだな」
「ああ」
周囲に人がいないことを確認し、《疾風の風晶》を取り出す。
淡い緑色の光が、俺たちの顔を照らした。
エドガーの目がわずかに細くなる。
「迷宮主の風晶か」
「ああ」
「剣へ使えるのか?」
「うまく加工できれば、《疾風の鋼剣》になるらしい」
「らしい?」
「俺にだけ見える表示に出た」
エドガーが風晶を見つめる。
「魔物素材を武器へ組み込む職人なら、一人知っている」
「腕は?」
「悪くない」
「性格は?」
「悪い」
即答だった。
「腕はいいんだな」
「腕だけはな」
エドガーは立ち上がった。
「俺も行く」
「場所だけ教えてくれればいい」
「お前一人で行くと、職人と二人で黙ったまま話が終わりそうだ」
「必要なことは話す」
「お前が必要だと思う範囲は、狭すぎる」
否定はできなかった。
◇
職人の鍛冶場は、町の西門近くにあった。
扉の上には、剣と金槌を組み合わせた古い看板が掛けられている。
中から、金属を打つ音が聞こえていた。
扉を開ける。
熱い空気と鉄の匂いが流れてくる。
「ベルク、いるか」
エドガーが声をかける。
「聞こえている」
鍛冶場の奥から、低い声が返ってきた。
現れたのは、五十歳ほどの男だった。
背はエドガーより低い。
だが、肩と腕は太く、革の前掛けの下からでも鍛えられた身体だと分かる。
短く刈った髪には、白いものが混じっていた。
ベルクは俺たちの顔ではなく、最初に腰の武器を見た。
「弓使いが剣を持ってくるとは珍しいな」
「剣を使うのはこいつだ」
「見れば分かる」
ベルクが俺へ手を出す。
「剣」
挨拶はないらしい。
俺は《鋼鉄の片手剣》を鞘ごと渡した。
ベルクは剣を抜き、刃、鍔、柄の順番に確認していく。
指先で刀身を弾く。
澄んだ金属音が鳴った。
「悪くない鋼だ。どこで買った」
「手に入れた」
「どこでだ」
「話せない」
「なら、最初からそう言え」
「話せない」
「分かった」
話が早い。
ベルクは剣を作業台へ置いた。
「普通に使うなら、柄と重心の調整だけで十分だ。何をしたい」
俺は《疾風の風晶》を取り出した。
ベルクの目が細くなる。
初めて、俺の顔を見た。
「どこで手に入れた」
「疾風のフォレストウルフを倒した」
「お前が?」
「エドガーと二人で」
ベルクがエドガーを見る。
エドガーは無言でうなずいた。
「これを剣へ組み込みたい」
「柄に埋め込むだけなら、すぐにできる」
「それでは駄目らしい」
「誰が言った」
「俺にだけ見える表示だ」
ベルクの眉間に皺が寄る。
「説明が足りん」
「特殊な能力がある。詳しくは話せない」
「なら、俺も詳しくは聞かん」
ベルクは風晶を受け取り、魔石灯の光へかざした。
結晶の中で、淡い風が渦巻いているように見える。
「柄へ埋め込むだけなら、力が一か所へ集中する。最初は速く振れるだろうが、いずれ鍔か柄が耐えられなくなる」
「どうすればいい」
「刀身全体へ、魔力の通り道を作る」
ベルクは細い金属棒で、鋼鉄の刀身をなぞった。
「一度、柄を外す。刀身へ細い溝を刻み、砕いた風晶を魔力銀と一緒に流し込む。そのあと、低い温度で焼き直す」
「風晶を砕くのか」
「惜しいなら持って帰れ」
俺は風晶を見る。
これほど澄んだ結晶を砕くことに、抵抗がないわけではない。
だが、飾るために持ち帰った素材ではない。
「頼む」
「費用は安くないぞ」
ベルクが提示した金額は、迷宮主の素材を売った残りから支払える額だった。
だが、家の修理を一つ先へ延ばさなければならない程度には高い。
「払う」
「完成しても、剣がお前を強くしてくれるわけじゃない」
「分かってる」
「なら、明日の昼に来い」
「今日中には無理か」
「急がせたいなら、別の店へ行け」
ベルクはすでに剣を作業台の奥へ移していた。
断るつもりはないらしい。
「明日の昼に来る」
「時間より早く来るな。作業中に話しかけるな。勝手に炉へ近づくな」
「分かった」
「あと、完成直後に店の中で振るな」
「振らない」
ベルクが俺を疑うように見る。
「そう言った奴ほど振る」
隣で、エドガーが小さく笑った。
◇
翌日の昼。
鍛冶場へ入ると、金属を打つ音は止まっていた。
ベルクが作業台の前に立っている。
その上には、一振りの剣が置かれていた。
「できている」
俺は作業台へ近づいた。
見た目は、以前の《鋼鉄の片手剣》と大きく変わっていない。
だが、刀身の中央に、淡い緑色の細い線が走っていた。
光へ当てる角度を変えると、その線の中を何かが流れるように明滅する。
俺は剣を手に取った。
その瞬間、視界へ文字が浮かぶ。
R《疾風の鋼剣》
《鋼鉄の片手剣》へ《疾風の風晶》を組み込んだ片手剣。
使用者の動きに合わせ、刀身の周囲へ弱い風を発生させる。
風は斬撃の初動と切り返しをわずかに補助する。
使用者の技量を超えて剣を自動で動かすものではない。
柄を握る。
以前より軽くなったようには感じない。
重さそのものは、ほとんど変わっていないようだ。
「外で振れ」
ベルクが言った。
「分かってる」
「本当に分かっていたか」
「昨日言われた」
「覚えているならいい」
鍛冶場の裏には、小さな試し斬り用の庭があった。
木の杭や、藁を束ねた的が並んでいる。
エドガーとベルクが、少し離れた場所へ立った。
俺は《疾風の鋼剣》を構える。
まずは軽く、横へ振る。
腕を動かした瞬間、刀身の緑色の線が淡く光った。
剣の後ろから、風に押されたような感覚がする。
予想より速い。
刃が藁束を通り過ぎ、そのまま身体まで引っ張られた。
右足が一歩前へ出る。
体勢を崩しかけ、慌てて剣を止めた。
「振り回されているな」
エドガーが言った。
「剣が勝手に動いた」
「違う」
ベルクが即座に否定する。
「お前が動かした方向へ、風が力を足しただけだ。力任せに振れば、その分だけ流される」
「慣れが必要か」
「剣は何でもそうだ」
俺はもう一度構えた。
今度は腕だけで振らない。
腰と肩を動かし、剣先が止まる位置を意識する。
小さく振る。
風が刃を押した。
先ほどより短い動きだったが、剣は同じほどの速さで走る。
藁束の半分まで、刃が食い込んだ。
そこから手首を返す。
今度は逆方向へ風が働く。
重いはずの刀身が、すぐに戻ってきた。
「切り返しが速い」
「ああ」
「最初から大きく振る必要はなさそうだな」
エドガーの言うとおりだった。
小さな動きでも、十分な速さが出る。
大きく振り回すより、短い斬撃を重ねた方が使いやすい。
俺は右、左、斜めと、短い斬撃を繰り返した。
剣を止める位置を決めて振れば、身体を持っていかれることはない。
だが、少しでも力を入れすぎると、刃が予定より先へ進む。
「使えそうか」
ベルクが尋ねる。
「使える」
「今のまま迷宮へ持っていけば、そのうち壁を斬るぞ」
「壁は斬らない」
「魔物を避けて、壁へ剣を突き刺す奴は多い」
「気をつける」
「剣だけじゃない。足元にも気をつけろ」
ベルクは刀身の緑色の線を指した。
「風は振り抜きを助ける。足場が悪い場所で大きく振れば、自分で身体を崩す。洞窟なら特にだ」
灰晶洞窟迷宮の岩場を思い出す。
《洞窟歩行》があっても、地面そのものが平らになるわけではない。
強い剣を手に入れたからこそ、今まで以上に動きを抑える必要がある。
「分かった」
「今度は、本当に分かっていそうな顔だ」
受付の女性にも、似たようなことを言われた。
俺の顔は、それほど分かりやすいのだろうか。
◇
その日の午後。
俺たちは《疾風の鋼剣》の感覚を確かめるため、灰晶洞窟迷宮へ向かった。
深くまで潜るつもりはない。
第二階層の入口付近で戦い、違和感があればすぐに戻る。
転移を終えたあと、エドガーが首を軽く回した。
「前よりは慣れた」
「まだ変な感じはするのか」
「少しだけな」
俺たちは洞窟へ入った。
岩場を歩く。
腰には、《疾風の鋼剣》。
以前より強い武器を持っている。
それでも、洞窟の暗さや狭さが消えるわけではない。
第一階層では魔物と遭遇せず、第二階層へ続く道へ到着した。
簡易魔石灯を手に、赤い布を残した通路を進む。
しばらくすると、前方から小さな音が聞こえた。
硬い物を削る音。
ガリッ。
ガリッ。
エドガーと目を合わせる。
手による合図。
一体。
正面。
俺は魔石灯を岩の窪みへ置き、円盾と剣を構えた。
暗い通路の先から、一体の《鉱喰いネズミ》が姿を現す。
銀色の前歯。
以前の剣を大きく欠けさせた魔物だ。
鉱喰いネズミは俺の剣を見ると、鼻を動かした。
金属の匂いを嗅ぎ取ったのかもしれない。
低く身体を沈める。
「来るぞ」
エドガーの声と同時に、鉱喰いネズミが走り出した。
正面から受けない。
俺は右へ半歩動き、円盾を前へ出した。
鉱喰いネズミの前歯が、盾の金属縁を狙う。
噛みつかれる直前、盾を下へ落とした。
銀色の前歯が空を噛む。
俺は剣を横へ振った。
大きく振らない。
首の横を狙い、短く。
刀身の緑色の線が光る。
風が刃を押した。
鉱喰いネズミが首を引く。
避けられる。
そう思った瞬間、剣が予想よりわずかに先へ伸びた。
刃先が、鉱喰いネズミの頬を浅く裂く。
だが、倒すほどではない。
鉱喰いネズミが身体を捻り、剣へ噛みつこうとする。
以前なら、振り切った剣を戻すのが間に合わなかった。
俺は手首を返した。
戻る動きへ、風が力を加える。
刃が銀色の前歯から逃れた。
ガチンッ!
鉱喰いネズミの歯が、何もない空間でぶつかる。
「戻りが速い」
エドガーの声が聞こえた。
俺も感じている。
振り抜く速さより、この剣の本当の強みは切り返しにある。
鉱喰いネズミが再び前へ出る。
俺は円盾を押し当て、頭を横へ逸らした。
剣を引く。
突き。
風が剣の後ろから押す。
切っ先が、前脚の付け根へ深く突き刺さった。
鉱喰いネズミが悲鳴を上げる。
剣を引き抜き、そのまま横へ回る。
今までなら、一度剣を引いてから構え直していた。
今は、引いた動きのまま、次の斬撃へつなげられる。
短く、首を斬る。
刃が走った。
鉱喰いネズミの身体が、岩床へ倒れる。
俺はすぐに距離を取り、剣を構え直した。
エドガーが矢をつがえたまま、倒れた魔物を確認する。
動かない。
「終わりだ」
俺は息を吐いた。
剣を見る。
刃こぼれはない。
銀色の前歯へ、無理に刃を当てなかったからだ。
「どうだ」
エドガーが尋ねる。
「速い。だが、最初の斬撃は予定より伸びた」
「当たったからいい、とは考えるな」
「ああ。外れたときに、壁や仲間を斬る」
「分かっているならいい」
俺は鉱喰いネズミの傷口を確認した。
最初の斬撃は浅い。
二度目の突きと、最後の斬撃は深く入っている。
剣の性能が上がった。
それだけではない。
切り返しが速くなったことで、鉱喰いネズミに刃を噛ませずに戦えた。
古い剣は、攻撃を受けながら俺を守ってくれた。
この剣は、攻撃を受ける前に戻ってくる。
同じ片手剣でも、使い方が違う。
《鉱喰いネズミ》を討伐しました。
鉱喰いネズミ討伐数:4体
次回ガチャチケット獲得まで:あと6体
表示を確認し、剣を鞘へ戻す。
「今日は戻るぞ」
俺が言うと、エドガーが少しだけ意外そうな顔をした。
「もう一体くらい試すかと思った」
「まだ剣に慣れていない」
「正しい判断だ」
「受付で、武器が強くなっても、使い手まで急に強くなるわけではないと言われた」
「覚えていたか」
「昨日のことだ」
「なら問題ない」
俺たちは鉱喰いネズミから魔石と銀色の前歯を回収し、来た道を戻った。
新しい剣は、確かに強い。
だが、持つだけで強くなれる武器ではなかった。
風の力を生かすには、力を抑え、剣の進む先を考えなければならない。
俺には、まだ覚えることがある。
それでいい。
何もせずに手に入れた強さより、自分で使えるようになった力の方が信用できる。
腰の《疾風の鋼剣》が、歩くたびに小さく鞘を鳴らす。
家の壁には、最初の剣が待っている。
あの剣と歩いた道の続きを、今度はこの剣と進んでいく。
急ぐ必要はない。
一歩ずつ。
壊れた家も。
失った人生も。
この手で、取り戻していけばいい。




