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【Kindle電子書籍発売中!】冤罪で7年間鉱山送りにされた俺、出所後に《ダンジョンガチャ》を手に入れて人生をやり直す  作者: 月瀬 リュカ


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28/68

第28話 鉱石を喰らう群れ



 灰晶洞窟迷宮へ向かう前に。


 ウィルは、修理したばかりの円盾を、再び防具職人の作業台へ置いた。


 岩肌トカゲの尾を受けた中央部分が、わずかにへこんでいる。


 職人は盾を持ち上げ、表面を指でなぞった。


「少しへこんだだけ、とは言わないのか?」


「言おうと思っていた」


「言うな」


 盾を裏返す。


 革帯と金具に異常はない。


 疾風のフォレストウルフ戦のあとに補強した金属環も、今回は曲がっていなかった。


「木板の一部を交換すれば使える。銅貨12枚だ」


「分かった」


「今度は何と戦った?」


「岩肌トカゲ」


「名前のとおり、硬かっただろう」


「ああ」


 ウィルは《アイテムボックス》から、岩肌トカゲが残した鱗を取り出した。


 手のひらほどの大きさ。


 表側は灰色で、岩のように硬い。


「盾の補強に使える?」


「使える」


 職人は鱗を光へかざした。


「だが、一枚では足りない。盾の中央だけを覆っても、周囲との境目から割れる」


「何枚必要?」


「最低でも三枚。できれば五枚だ」


「同じ魔物を倒せば手に入る?」


「必ず落とすとは限らん」


 職人は鱗をウィルへ返した。


「今は取っておけ。数が揃えば、木板の上へ重ねられる」


「分かった」


「それから剣も見せろ」


 ウィルは腰から《初心者用片手剣》を抜いた。


 穴掘りモグラの鼻先。


 岩肌トカゲの鱗。


 硬い部位へ刃を当てたことで、小さな欠けが増えている。


 携帯砥石で整えてはいたが、刃そのものが少し細くなっていた。


「まだ使える」


 職人が言う。


「だが、何度も研ぎ直しているな」


「ああ」


「次に大きく欠ければ、刃を削るだけでは直せん。打ち直しが必要になる」


「費用は?」


「この剣なら、買い替えた方が安い」


 初心者用の片手剣。


 手に入れたときは、錆びた父親の剣よりもはるかに優れた武器だと思った。


 今も役に立っている。


 だが、ウィルが進む迷宮の方が、少しずつ剣を上回り始めていた。


「次の剣が必要だな」


「金はあるのか?」


「今はない」


「正直だな」


「手に入れる方法はある」


 確実ではない。


 それでも、次の11連ガチャまで、あと2枚だった。


     ◇


 盾の修理を待つ間。


 ウィルとエドガーは、回収できる目印を買った。


 赤い布を細長く切り、端へ小さな石の重りを縫いつけたもの。


 壁を傷つけず、分かれ道の地面へ置ける。


「十枚で銅貨15枚です」


 道具店の女性が説明する。


「帰り道で回収すれば、何度でも使えます」


「魔物が動かすことは?」


 ウィルが尋ねた。


「あります」


「あるのか」


「目印だけを信じないでください。地形も覚えておく必要があります」


「地図を描く?」


 エドガーが尋ねる。


「簡単なもので構いません。分かれ道と目立つ岩だけでも記録しておくと安全です」


 ウィルは小さな紙束と炭筆も買った。


 地図を描くのは得意ではない。


 それでも、鉱山で坑道の位置を覚えるため、簡単な線を引いたことはある。


「アレナに頼めば、きれいな地図になるかもしれないな」


 エドガーが言った。


「迷宮へ連れてくるわけにはいかない」


「お前の描いたものを、あとで清書してもらえばいい」


「読めれば」


「自分で描く前から諦めるな」


     ◇


 翌朝。


 二人は町の外れにある、小さな林へ向かった。


 街道からは見えない場所。


 周囲に人がいないことを、エドガーが確認する。


「ここでいい」


 ウィルは冒険者証を開いた。


 習得しているスキルの中から、《ダンジョン転移》を選ぶ。


     ◇


《ダンジョン転移》


登録済み転移先:

《ユーカリ森林迷宮》入口

《灰晶洞窟迷宮》入口


パーティーメンバーを同行させますか?


     ◇


「エドガー」


「何だ?」


「転移を使う。俺から離れるな」


「肩に触れればいいのか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「誰かを連れて使うのは初めてだ」


 エドガーが、ウィルの右肩へ手を置いた。


 冒険者証の表示が変わる。


     ◇


同行対象:

エドガー・リース


本人の同意を確認しました。


転移先:

《灰晶洞窟迷宮》入口


     ◇


「同意したことになっている」


「俺の冒険者証にも確認が出た」


 エドガーが自分の証を見せる。


「なら、問題ない」


「失敗したら?」


「分からない」


「先に言え」


 ウィルは《ダンジョン転移》を発動した。


 足元から淡い光が広がる。


 林の木々が白く霞んだ。


 身体が浮かぶような感覚。


 次の瞬間。


 冷たい風が、ウィルの頬へ触れた。


 目の前には、灰色の岩壁。


 大きな亀裂のような迷宮の入口。


 少し離れた場所に、協会の詰所と宿泊小屋が見える。


「着いた」


 ウィルが言う。


 エドガーは肩から手を離し、周囲を見回した。


「歩けば半日だぞ」


「ああ」


「一瞬で着いた」


「ああ」


「もっと驚かないのか?」


「俺は前にも使った」


「誰かを連れて使うのは初めてだったんだろう」


「成功したから問題ない」


「失敗していた場合を考えろ」


 エドガーは自分の腕や脚を確かめた。


「全部ついている」


「当たり前だ」


「お前が、たぶんと言ったからだ」


 管理人へ冒険者証を見せる。


「今日は早いな」


「転移で来た」


 ウィルは詳しい能力を説明しなかった。


 管理人も深くは聞かない。


 冒険者には、それぞれ秘匿しているスキルがある。


「奥へ行くのか?」


「ああ。第一階層を越える」


「第二階層へ下りた直後から、分かれ道が増える」


「目印を持ってきた」


「置いた場所だけではなく、数も覚えておけ。帰りに一枚足りなければ、道を間違えた可能性がある」


「分かった」


「それから、第二階層には金属を狙う魔物がいる」


「金属?」


「武器や防具を食われるなよ」


 それだけ言い、管理人は詰所へ戻った。


 ウィルは腰の片手剣へ触れた。


「食われる、というのは例えか?」


 エドガーが尋ねる。


「分からない」


「確認しに行くか」


「ああ」


     ◇


 迷宮へ入る。


 第一階層の道は、すでに一度通っている。


 穴掘りモグラと戦った広間。


 反響コウモリが集まっていた高い天井。


 岩肌トカゲを倒した石柱のある空間。


 ウィルは《洞窟歩行》を得る前よりも、速く進めた。


 濡れた岩へ足を置く前に、滑りやすい方向が分かる。


 小石が重なっている場所でも、体重をかけてよい位置を判断できる。


「速すぎないか?」


 後ろから、エドガーの声が聞こえた。


 ウィルは足を止める。


「合わせにくい?」


「俺には《洞窟歩行》がない」


「忘れていた」


「自分だけ速くなったことを忘れるな」


「少し遅くする」


「少しでいい」


 森では、エドガーが歩く速さをウィルへ合わせていた。


 今度は、ウィルが合わせる番だった。


     ◇


 第一階層の奥。


 下へ続く緩やかな坂道へ入る。


 壁に打ち込まれた古い金属板。


 協会の印。


 その下に、第二階層と刻まれている。


 坂道を下るほど、空気が変わった。


 冷たさが増す。


 岩と土の匂いに、わずかに金属の臭いが混じっていた。


 壁の灰晶も増えている。


 白く濁った結晶だけではない。


 黒。


 赤褐色。


 鈍い銀色。


 細い鉱脈のような筋が、岩壁の中を走っていた。


 通路の形も変わる。


 自然に割れた洞窟というより、人の手で掘った坑道に近かった。


 平らな壁。


 角のある天井。


 まっすぐ伸びた道。


 ウィルの足が止まった。


 魔石灯に照らされた灰色の通路が、七年前の記憶と重なる。


 壁へ打ち込まれた木の支柱。


 床を走る古い溝。


 今は使われていないが、かつて誰かが鉱石を運んでいたように見えた。


「大丈夫か?」


 エドガーが尋ねる。


 ウィルは、ゆっくり息を吸った。


 湿った空気。


 鉱山の臭い。


 背中の古い傷が、わずかに疼いた。


「似ている」


「鉱山に?」


「ああ」


「戻るか?」


 背後には、第一階層へ続く坂道がある。


 誰も塞いでいない。


 戻ることを責める看守もいない。


「進む」


「無理をしていないか?」


「怖い」


 ウィルは正直に答えた。


「だが、戻りたいとは思っていない」


「なら進む」


 エドガーはウィルの前へ出なかった。


 後ろから押すこともしない。


 二人は並んで、第二階層へ足を踏み入れた。


     ◇


 最初の分かれ道で、ウィルは赤い目印布を一枚置いた。


 石の重りがあるため、弱い風では動かない。


 紙へ簡単な線を引く。


 下り坂。


 三方向の分岐。


 右側の壁に、縦長の黒い鉱脈。


「地図に見えるか?」


 ウィルが尋ねる。


 エドガーは紙を覗き込んだ。


「線が三本ある」


「分かれ道だ」


「説明されれば分かる」


「説明が必要なのか」


「今のところはな」


 右の通路から、弱い風が流れている。


 左からは、水の音。


 正面は、少し下っていた。


「どこへ行く?」


「右」


 ウィルが答える。


「理由は?」


「風がある。先に空間がある」


「左は?」


「水場かもしれない。帰りに調べる」


 右側の通路へ進む。


 二つ目の分かれ道にも、目印布を置いた。


 地図へ線を追加する。


 今度は、天井から細い灰晶が垂れている場所を記録した。


「少し地図らしくなった」


 エドガーが言う。


「最初も地図だった」


「説明が必要な地図だった」


「今も説明すれば分かる」


「進歩している」


 褒められているのか、分からなかった。


     ◇


 三つ目の通路へ入ったところで。


 小さな音が聞こえた。


 かり。


 かりかり。


 硬いもの同士を擦るような音。


 ウィルが拳を握る。


 止まれ。


 エドガーも足を止めた。


 二人は耳栓をつけていない。


 反響コウモリの鳴き声は聞こえない。


 音は、通路の奥から続いている。


 かり。


 ごり。


 何かを噛み砕いていた。


「見に行く」


 ウィルが小声で言う。


「ああ」


 魔石灯の光量を落とす。


 壁際へ寄り、ゆっくり進んだ。


 通路の先に、小さな空間がある。


 中央には、赤褐色の鉱石が突き出していた。


 その周囲へ、灰色の生き物が集まっている。


 ネズミ。


 ただし、普通のネズミよりはるかに大きい。


 胴体だけで、ウィルの膝ほどの高さがある。


 背中には灰色の硬い毛。


 長い尾。


 前歯は鈍い銀色に輝いていた。


 一体が赤褐色の鉱石へ噛みつく。


 ごりっ、と音がする。


 岩の表面が削れた。


「鉱石を食べている」


 ウィルが囁く。


「《鉱喰いネズミ》だろうな」


 全部で五体。


 まだ、こちらには気づいていない。


 エドガーが弓を構えようとする。


 ウィルは手のひらを見せて止めた。


「一度に撃てば、残りが来る」


「どうする?」


「一体だけ、通路へ誘う」


「餌は?」


 ウィルは《アイテムボックス》の中身を確認した。


 低級魔石。


 携帯砥石。


 修理用釘。


 小型ハンマー。


 鉱石や金属を食べるなら。


「釘を使う」


「家の修理に使う物だろう」


「まだ残っている」


 修理用釘を一本取り出す。


 床へ置き、剣の鞘で軽く押した。


 釘が岩を擦り、小さな金属音を立てる。


 空間にいた一体が、顔を上げた。


 鼻を動かす。


 銀色の前歯が見えた。


 ウィルは、もう一本の釘を少し手前へ置く。


 鉱喰いネズミが、仲間から離れた。


 最初の釘へ近づき、噛みつく。


 硬い鉄が、一度で半分に折れた。


「歯に剣を挟まれるな」


 エドガーが囁く。


「ああ」


 三本目の釘を、通路の奥へ転がす。


 鉱喰いネズミが追ってきた。


 残りの四体は、鉱石を齧り続けている。


 ウィルは円盾を構えた。


 ネズミが三本目の釘へ噛みつく。


「今だ」


 エドガーが矢を放つ。


 矢は鉱喰いネズミの肩へ向かった。


 硬い灰色の毛に当たる。


 浅い。


 だが、身体が横へ傾いた。


 ウィルが踏み込む。


 片手剣を首元へ振り下ろした。


 鉱喰いネズミが顔を上げる。


 銀色の前歯が、剣の刃を挟んだ。


 ガキンッ!


 右腕へ、強い振動が走る。


「剣を離せ!」


 ウィルは剣を引いた。


 だが、鉱喰いネズミは噛んだまま離さない。


 首を左右へ振る。


 刃が、ぎりぎりと嫌な音を立てた。


「離さない!」


「盾で殴れ!」


 ウィルは円盾の縁を、ネズミの横顔へ叩きつけた。


 一度。


 二度。


 《打撃耐性・小》を持っているのは、ウィルだけだ。


 鉱喰いネズミの身体が、壁へぶつかる。


 前歯が剣から外れた。


 刃の中央に、大きな欠けができている。


「まだ来る!」


 広間から、四体の鉱喰いネズミが走ってきた。


 仲間の声か。


 剣の金属臭か。


 狭い通路へ、灰色の群れが押し寄せる。


「下がるぞ!」


 ウィルとエドガーは、二つ目の分かれ道まで後退した。


 鉱喰いネズミは速い。


 地面を這うような姿勢で走り、すぐに距離を詰めてくる。


「目印を踏まれる!」


 一体が赤い布を前脚で弾いた。


 石の重りが転がる。


 置いた位置から、大きくずれた。


「目印だけを信じるな、か」


 エドガーが言う。


「今、確認することか?」


「忘れるなという意味だ!」


 ウィルは分かれ道を右へ曲がった。


 鉱喰いネズミの群れも追ってくる。


 通路の幅は、人一人半ほど。


 一度に並べるのは二体までだった。


「ここで止める!」


 ウィルは円盾を正面へ構えた。


 剣は使わない。


 大きく欠けた刃を、さらに噛まれれば折れる可能性がある。


 一体目が盾へ飛びついた。


 前歯が、盾の金属縁へ噛みつく。


 ごりっ、と金属が削れる音。


「盾まで食うのか!」


 ウィルは左腕を持ち上げた。


 鉱喰いネズミが盾へぶら下がる。


 重い。


 その下から、二体目がウィルの脚へ向かってくる。


「左足!」


 エドガーの矢が飛ぶ。


 二体目の前脚へ刺さった。


 動きが止まる。


 ウィルは盾へ噛みついた一体を、岩壁へ叩きつけた。


 一度では離れない。


 もう一度。


 灰色の身体が壁と盾の間へ挟まる。


 鉱喰いネズミの前歯が、ようやく金属縁から外れた。


「そのまま押さえろ!」


 エドガーが短剣を抜く。


 盾の下から、首元へ刃を刺した。


 一体目の身体が、淡い光へ変わる。


     ◇


《鉱喰いネズミ》を初めて討伐しました。

初回討伐報酬を獲得しました。

ガチャチケット:1枚

所持ガチャチケット:8→9枚

灰晶洞窟迷宮討伐記録:3/10→4/10


     ◇


 表示を確認する時間はない。


 後ろから、残りの鉱喰いネズミが来る。


 前脚へ矢を受けた一体も、再び立ち上がっていた。


「剣は使えるか?」


 エドガーが尋ねる。


「突くなら」


 刃の中央は欠けている。


 だが、先端は残っている。


「歯へ当てるなよ」


「ああ」


 二体が同時に来る。


 ウィルは一歩下がった。


 足元には、細かな石が積もっている。


 以前なら、滑る危険を考えて動きが止まっていた。


 今は違う。


 《洞窟歩行》が、踏んでよい場所を伝える。


 右足を斜め後ろへ。


 身体を横へ向ける。


 一体目の噛みつきを盾で流す。


 鉱喰いネズミの身体が、右側の岩壁へぶつかった。


 二体目が、空いた脇腹へ飛びついてくる。


 ウィルは片手剣を両手で持った。


 振らない。


 銀色の歯を避け、開いた口の下。


 柔らかい喉へ、剣先を突き込む。


 鉱喰いネズミの身体が痙攣した。


 前歯が、ウィルの革防具すれすれで止まる。


 淡い光へ変わった。


 討伐数:2体。


「三体目、左!」


 エドガーが矢を放つ。


 鉱喰いネズミは低い姿勢で走り、矢を避けた。


 そのままエドガーへ向かう。


 弓の先端。


 矢筒の金具。


 腰の短剣。


 エドガーが身につけている金属へ、鼻を向けている。


「俺の方が食い物が多いらしい!」


 エドガーは弓を背中へ回し、短剣を抜いた。


 鉱喰いネズミが、短剣へ噛みつこうとする。


「武器を出すな!」


「どうやって戦えと言うんだ!」


 ウィルは《アイテムボックス》から、修理用釘を三本取り出した。


 エドガーとは反対方向へ投げる。


 金属音。


 鉱喰いネズミの顔が、釘へ向いた。


 一瞬だけ進路を変える。


「今だ!」


 エドガーが短剣を使わず、足でネズミの胴体を蹴った。


 灰色の身体が転がる。


 腹部の毛は、背中ほど硬くない。


 ウィルは剣を逆手に持ち、腹へ突き立てた。


 討伐数:3体。


 残る二体。


 一体は、前脚へ矢が刺さっている。


 もう一体は、仲間が消えた場所で動きを止めた。


 鼻を動かす。


 地面に落ちた釘。


 ウィルの剣。


 エドガーの短剣。


 盾の金属縁。


 どれを狙うか迷っているようだった。


「釘を奥へ投げる」


 ウィルが言う。


「逃がすのか?」


「今の剣では、これ以上危ない」


「分かった」


 ウィルは残っている修理用釘を数本取り出した。


 通路の奥へ、強く投げる。


 釘が岩壁と床へ当たり、いくつもの金属音を立てた。


 無傷の鉱喰いネズミが、すぐに音を追う。


 脚を負傷した一体も、少し遅れて続いた。


 二体の姿が、暗い通路の奥へ消えていく。


「追わない」


 ウィルが言った。


「ああ」


 二人は、その場で武器と防具を確認した。


     ◇


 《初心者用片手剣》の刃には、前歯で挟まれた跡が残っていた。


 中央部分が深く欠けている。


 携帯砥石で整えれば、少しは使える。


 だが、刃を大きく削る必要がある。


「次に噛まれれば折れるな」


 エドガーが言う。


「ああ」


 円盾の金属縁にも、歯形が刻まれていた。


 完全に壊れてはいない。


 それでも、表面が少し削られている。


「金属を食うというのは、例えではなかった」


「管理人は、そのまま言っていた」


「もう少し詳しく教えてほしかった」


「武器や防具を食われるな、とも言っていたぞ」


「聞いていた」


「なら俺たちの想像力が足りなかった」


 倒した三体が残した魔石を拾う。


 そのほかに、鈍い銀色の前歯が二本落ちていた。


 一本持ち上げる。


 小さな短剣ほどの長さがある。


「これなら鉱石を削れる」


 ウィルが言う。


「道具の材料になるだろうな」


「売れる?」


「ああ。ただし、加工できる職人は限られる」


 魔石と前歯を《アイテムボックス》へ収納した。


「戻る」


 ウィルは欠けた剣を見る。


「あと一種類で、次の報酬だろう?」


 エドガーが尋ねた。


「ガチャチケットは、あと1枚だ」


「今の剣でも、一体くらいなら倒せるかもしれない」


「ああ」


「それでも戻る?」


「戻る」


 ウィルは迷わなかった。


「次の魔物が、柔らかいとは限らない」


「そうだな」


「剣が折れれば、そのあと戻れなくなる」


「正解だ」


「試していないよな?」


「今回は違う」


 エドガーは欠けた剣を見る。


「俺でも戻る」


     ◇


 二人は、来た道を引き返した。


 分かれ道へ置いた目印布を、一枚ずつ回収する。


 三枚目。


 二枚目。


 最初の分岐。


「一枚足りない」


 ウィルが言った。


 置いたのは三枚。


 回収したのは二枚。


「鉱喰いネズミに弾かれた布だ」


 エドガーが答える。


「元の位置から動いていた」


「探す」


 二人は、群れから逃げた通路へ少し戻った。


 赤い布は、岩壁の隙間へ入り込んでいた。


 石の重りだけが見えている。


 ウィルが拾い上げる。


「一枚でも見落とせば、違う道へ入る可能性がある」


「ああ」


「次からは、地図にも目印の数を書く」


「その地図に書けるか?」


「数字なら書ける」


「なら安心だ」


 帰り道では、目印だけではなく、壁の鉱脈や灰晶の形も確認した。


 赤い布が動かされても。


 地図が読みにくくても。


 複数の方法で道を覚えておけば、迷う可能性は減る。


     ◇


 第一階層を通り、迷宮の外へ出た。


 午後の日差しが眩しい。


 管理人が円盾の歯形を見つけた。


「食われたな」


「ああ」


「何体いた?」


「五体。三体倒して、二体は逃がした」


「最初で三体なら十分だ」


「剣が欠けた」


「鉱喰いネズミへ、刃を噛ませたのか?」


「最初の一体に」


「誰でも一度はやる」


「二度目は?」


「剣を折る」


 ウィルは、二度目を避けられたらしい。


「町へ戻る」


「歩いてか?」


「転移を使う」


 迷宮入口から少し離れ、人目のない岩陰へ移動する。


 エドガーがウィルの肩へ手を置いた。


 冒険者証を開く。


     ◇


《ダンジョン転移》

同行対象:エドガー・リース

帰還先:町外れ・転移発動地点


     ◇


 淡い光が二人を包む。


 灰色の岩壁が白く霞む。


 次の瞬間。


 朝に出発した林の中へ戻っていた。


 鳥の声。


 木の葉を揺らす風。


 洞窟の冷たい空気は消えている。


「帰りも一瞬か」


 エドガーが肩から手を離した。


「ああ」


「宿泊小屋が必要なくなるな」


「迷宮の中で何日も探索するときは使う」


「戦闘中には使えないのか?」


「発動まで動かずにいる必要がある。魔物が近くにいると使えない」


「逃げるための能力ではない?」


「安全な場所まで戻る必要がある」


「十分だ」


 エドガーは町の方を見る。


「他の者には、あまり見せるな」


「なぜ?」


「便利すぎる能力は、利用したい奴を集める」


 七年前。


 ウィルの力を奪った者がいる。


 エドガーは、そのことまでは知らない。


 それでも、言葉の意味は分かった。


「分かっている」


     ◇


 エドガーと別れ、ウィルは家へ戻った。


 修復された屋根。


 閉じた扉。


 中へ入ると、朝と同じ状態で食卓が残っている。


 戻りたい場所へ、一日で戻ってくることができた。


 ウィルは装備を外し、食卓へ片手剣を置いた。


 刃の大きな欠け。


 何度も研いだことで、細くなった刀身。


「もう少しだけ、持ってくれ」


 次のガチャまで、あと1枚。


 強い剣が出る保証はない。


 それでも、今の剣が限界へ近づいている以上、期待せずにはいられなかった。


 冒険者証を開く。


     ◇


名前:ウィル・クロード

レベル:5

生命力:31

筋力:25

敏捷:17

魔力:13

所持ガチャチケット:9枚

次回11連ガチャまで:あと1枚

迷宮完全攻略数:1

灰晶洞窟迷宮討伐記録:4/10

鉱喰いネズミ討伐数:3体

次回チケット獲得まで:あと7体


     ◇


 あと1枚。


 次の新しい魔物を倒せば。


 二度目の11連ガチャを引ける。


 ウィルは欠けた剣の隣へ、《疾風の風晶》を置いた。


 薄緑色の光が、細くなった刀身へ映る。


 新しい剣が出れば。


 この風晶を使い、さらに強くできる。


 だが。


 ガチャから何が出るのかは、ウィルにも分からない。


 欲しいものがある。


 手に入るとは限らない。


 それでも、何も望まなかった七年間よりはよかった。


 ウィルは片手剣を鞘へ戻した。


 次の迷宮探索で。


 最後の一枚を手に入れる。


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