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第27話 岩に紛れる牙



 町へ戻った翌日。


 ウィルとエドガーは、冒険者向けの道具店を訪れていた。


 店の棚には、迷宮ごとに使われる道具が並んでいる。


 毒を防ぐ厚手の手袋。


 暗闇でも消えにくい魔石灯。


 濡れた岩場へ打ち込む金属杭。


 その中から、店主が小さな革箱を二つ取り出した。


「反響コウモリ用なら、これだ」


 箱の中には、灰色の布を丸めたものが入っていた。


「耳栓?」


「ただの布じゃない。音を吸収する魔物の毛を織り込んである」


 ウィルは一つを指でつまんだ。


 柔らかい。


 表面には、細かな毛が生えている。


「すべての音が聞こえなくなる?」


「そこまで強くない。大きな音を弱めるだけだ」


 店主が自分の耳を指す。


「仲間の声も聞き取りにくくなる。迷宮へ入る前に、合図を決めておけ」


「値段は?」


「一組、銅貨40枚」


 昨日得たウィルの取り分は、銅貨56枚。


 耳栓を買えば、残りは銅貨16枚になる。


 安くはない。


 だが、反響コウモリの声で平衡感覚を失えば、怪我では済まない可能性がある。


「一組ください」


「俺も買う」


 エドガーも、自分の分の銅貨を支払った。


「使ったあとは、よく乾かせ」


 店主が言う。


「濡れたまま箱へ入れると、臭くなるぞ」


「どのくらい?」


「自分の耳へ入れたくなくなる程度だ」


 ウィルは箱を《アイテムボックス》へ収納した。


     ◇


 二人は協会の裏にある訓練場へ移動した。


 耳栓を装着する。


 周囲の音が遠くなった。


 剣を振る音。


 訓練用の盾を叩く音。


 誰かの話し声。


 すべてが、厚い壁の向こうから聞こえるようだった。


「聞こえるか?」


 エドガーが尋ねた。


「聞こえる」


 ウィルは答えた。


 だが、自分の声まで普段とは違って聞こえる。


 外の音が小さくなった分、自分の呼吸や身体の中を流れる血の音が大きく感じられた。


「迷宮では、この距離でも聞き取りにくいかもしれない」


 エドガーが三歩離れる。


「今は?」


「聞こえるが、言葉は少し分かりにくい」


「なら、手で伝える」


 二人は簡単な合図を決めた。


 握った拳を見せれば、止まれ。


 指を二本立てて後ろへ向ければ、撤退。


 手のひらを下へ向ければ、姿勢を低くする。


 指差した方向に敵。


 近くにいて視線が合わない場合は、肩を一度叩けば停止。


 二度叩けば後退。


「撃つときは?」


 ウィルが尋ねる。


 エドガーは弓を構え、二本の指で自分の目を指した。


 次に、狙う方向へ指を向ける。


「これを見たら、射線から外れろ」


「見えない位置にいたら?」


「撃たない」


「分かった」


「お前が盾を叩く前の合図も必要だ」


 反響コウモリの感覚を乱すため、盾の金属縁を叩く。


 効果はあったが、エドガーに合図せず行えば、仲間の狙いまで乱してしまう。


 ウィルは盾を持った左手を一度高く上げる動作を決めた。


「これをしたあとで叩く」


「ああ」


 二人は何度も合図を繰り返した。


 耳栓をつけた状態で歩く。


 立ち止まる。


 距離を取る。


 弓を構える。


 言葉を使わず、互いの動きを確認した。


「これだけ決めても、実際には予定どおりにいかないだろうな」


 エドガーが耳栓を外す。


「前回も、強い光を使う予定はなかった」


「そうだな」


「次は使うなよ」


「必要なら使う」


「必要かどうかを、使う前に考えろ」


「分かっている」


「今の返事は信用できないな」


     ◇


 一日の休養と準備を挟み、二人は再び灰晶洞窟迷宮へ向かった。


 入口の詰所へ到着したのは、昼過ぎだった。


 管理人へ冒険者証を見せる。


「耳栓を買ったか」


「ああ」


 ウィルが革箱を見せる。


「つけている間は、背後から来る魔物に気づきにくくなる」


「合図は決めた」


「耳栓をつければ安全になると思うなよ」


「分かっている」


「ならいい」


 その日は宿泊小屋で休み、翌朝から探索を始めることにした。


     ◇


 灰晶洞窟迷宮へ入る前に、二人は耳栓を装着した。


 外の風が遠ざかる。


 洞窟の中へ足を踏み入れると、普段なら何度も響く足音が小さく聞こえた。


 音が弱くなったことで、鉱山の記憶も少し遠ざかった。


 だが、同時に不安も増えた。


 後ろから何かが近づいても、気づくのが遅れるかもしれない。


 ウィルは何度も振り返った。


「見すぎだ」


 エドガーの声が、くぐもって聞こえる。


「聞こえないからだ」


「俺も後ろを見ている」


「分かっている」


 二人は昨日までに確認した道を進んだ。


 穴掘りモグラと戦った場所。


 反響コウモリの群れから退いた狭い通路。


 そして、岩肌トカゲを見つけた分かれ道。


 ウィルは魔石灯を左側の壁へ向けた。


 昨日、岩肌トカゲが張りついていた場所。


 そこには、灰色の岩壁しかなかった。


「いないな」


 エドガーが言う。


「移動したらしい」


「近くにいると思うか?」


「分からない」


 岩肌トカゲは、獲物を待ち伏せする魔物だ。


 同じ場所へ戻るとは限らない。


「痕跡を探す」


 二人は分かれ道の周囲を調べた。


 岩肌。


 天井。


 地面に落ちた砂。


 エドガーが、壁の下にある細かな傷へ指を向ける。


「爪の跡か?」


 ウィルは腰を落とした。


 岩の表面に、細く白い筋が何本もついている。


「おそらく」


「どちらへ行った?」


 傷は、奥の通路へ続いていた。


 二人は一定の距離を空けて進む。


 耳栓をつけているため、いつもより頻繁に互いの位置を確認した。


 少し進むと、通路が広くなった。


 中央に、太い石柱が立っている。


 天井から床まで続く、自然に作られた柱だった。


 周囲の岩壁には、白く濁った灰晶が多く混じっている。


 魔石灯の光を受け、いくつもの小さな光が返ってきた。


「見つけにくい場所だな」


 エドガーが言う。


 岩壁。


 石柱。


 天井から突き出た岩。


 どこに魔物が紛れていても不思議ではない。


 ウィルは、すぐには広間へ入らなかった。


 入口から魔石灯を動かす。


 光の角度を変えながら、壁を一つずつ確かめる。


 濡れた岩肌は、弱く光を反射している。


 だが。


 石柱の上部に、一か所だけ光を返さない部分があった。


 灰色。


 周囲の岩と同じ色。


 表面の凹凸まで似ている。


 それでも、そこだけ水に濡れていない。


「石柱の上」


 ウィルが指差す。


 エドガーが目を細めた。


「どこだ?」


「右側。上から三分の一ほど」


 しばらく見ていたエドガーが、小さく頷く。


「見えた」


 岩の一部が、わずかに上下している。


 呼吸していた。


 岩肌トカゲ。


 昨日見つけた個体と同じかは分からない。


 身体の長さは、尾を含めて二メートル近くある。


 四本の脚で石柱へ張りつき、目を閉じていた。


「まだ気づかれていない」


 ウィルが囁く。


「どうする?」


「矢を撃てる?」


「狙えるのは頭か背中だ。鱗が硬ければ、浅くしか入らない」


 正面から斬りつけるのも同じだろう。


 岩肌に似た鱗は、穴掘りモグラの鼻先以上に硬く見える。


「腹を狙う」


「どうやって下ろす?」


 ウィルは石柱の周囲を見る。


 岩肌トカゲがいるのは、高さ三メートルほどの場所。


 下から剣は届かない。


 矢を当てれば、落下してくる可能性がある。


 だが、どちらへ落ちるか分からない。


「俺が近づく」


「飛びかかってくるぞ」


「そのために近づく」


 ウィルは円盾を構えた。


「盾へ飛びつかせて、地面へ下ろす」


「頭から来るとは限らない」


「エドガーは横へ回ってくれ」


「撃てる場所があれば、脚を狙う」


「ああ」


 二人は耳栓をつけ直し、合図を確認した。


 エドガーが左へ移動する。


 ウィルは正面から石柱へ近づいた。


 一歩。


 二歩。


 岩肌トカゲは動かない。


 ただの岩のように、石柱へ張りついている。


 ウィルは足元の小石を拾った。


 石柱へ投げる。


 乾いた音が広間へ響いた。


 岩肌トカゲの目が開く。


 黄色い瞳。


 縦に細い黒い瞳孔が、ウィルへ向いた。


 ウィルは円盾を上げる。


 岩肌トカゲが石柱を蹴った。


 速い。


 硬い岩の塊が、そのまま飛んできたようだった。


「来る!」


 前脚の爪が円盾へ当たる。


 重い衝撃。


 ウィルの身体が後ろへ押された。


 足が濡れた地面を滑る。


 左腕が痺れた。


 《衝撃緩和の腕輪》が淡く光る。


 それでも、穴掘りモグラの一撃より重かった。


 岩肌トカゲは盾へ掴まらなかった。


 身体を捻り、地面へ着地する。


 直後。


 太い尾が横から振られた。


 ウィルは円盾を下げる。


 尾が盾の中央へ激突した。


 ドンッ、と鈍い振動が腕を通り、肩まで伝わる。


 耳栓をつけていても、衝撃音が聞こえた。


 ウィルは二歩下がった。


「打撃が強い!」


 岩肌トカゲが追ってくる。


 四本の脚で地面を走る姿は、見た目より速い。


 ウィルは片手剣を抜いた。


 頭を狙わない。


 前脚を横から斬る。


 刃が灰色の鱗へ当たった。


 硬い音。


 浅い傷しかつかない。


「背中だけじゃない!」


 ほぼ全身が硬い鱗に覆われている。


 岩肌トカゲが口を開いた。


 灰色の牙。


 ウィルの右腕を狙い、噛みついてくる。


 円盾を差し込む。


 牙が盾の縁を挟んだ。


「今だ!」


 エドガーが矢を放つ。


 矢は岩肌トカゲの右前脚へ向かった。


 だが、鱗に当たり、斜めへ弾かれた。


「脚も硬い!」


 岩肌トカゲが盾を噛んだまま、首を振る。


 強い力で、ウィルの身体ごと引き倒そうとする。


 ウィルは盾を手放さない。


 右足を前へ出し、腰を落とす。


 鉱山で、重いつるはしを振り下ろすときの姿勢。


 足。


 腰。


 肩。


 身体全体で、引かれる力へ耐える。


「エドガー、口だ!」


 岩肌トカゲが盾を噛んでいる間、口の内側が露出している。


 エドガーが二本目の矢をつがえた。


 狙いを定める。


 だが、岩肌トカゲも矢に気づいた。


 盾から口を離し、身体を横へ向ける。


 矢が頬の鱗を掠めた。


「音が聞こえている?」


「俺たちより耳栓がないからな!」


 弦を放つ音。


 空気を切る音。


 岩肌トカゲも、それを聞いて避けている。


 魔物が尾を振り上げた。


 今度は、ウィルではない。


 横へ回ったエドガーを狙っている。


 ウィルは左手を伸ばした。


 届かない。


 声も、耳栓で伝わりにくい。


 決めた合図を使う。


 拳を握り、エドガーへ向ける。


 止まれ。


 続けて、右を指差す。


 エドガーが合図に気づいた。


 その場で身体を低くする。


 太い尾が頭上を通った。


 風圧で、エドガーの髪が揺れる。


 避けられた尾が、石柱へ激突した。


 岩の欠片が飛んだ。


 岩肌トカゲの身体も、わずかに止まる。


「ウィル!」


 エドガーが指を二本立て、自分の目を示した。


 次に、岩肌トカゲの後脚を指す。


 撃つ。


 ウィルは岩肌トカゲの正面へ回った。


 円盾で頭部を叩く。


 傷を与えるためではない。


 注意を自分へ向けるためだ。


 岩肌トカゲがウィルへ口を開く。


 その瞬間。


 エドガーの矢が飛んだ。


 狙ったのは、鱗ではなかった。


 後脚の付け根。


 身体を動かすたびに、鱗と鱗の間から柔らかな皮膚が見える場所。


 矢が深く刺さる。


 岩肌トカゲの身体が傾いた。


 右後脚が地面から浮く。


「ギィッ!」


 初めて、魔物が鳴いた。


 低く、岩を擦るような声。


 岩肌トカゲがエドガーへ向きを変えようとする。


 ウィルは前へ出た。


 片手剣を振る。


 首。


 腹。


 脚の内側。


 硬い鱗の隙間を探す。


 刃が首の横へ当たる。


 浅い。


 致命傷にはならない。


 岩肌トカゲの尾が、再び動いた。


 ウィルの脇腹を狙っている。


 盾を間に入れる時間がない。


 後ろへ跳ぶ。


 尾の先端が、革防具を掠めた。


 直接受けてはいない。


 それでも、身体が横へ押された。


 ウィルは地面へ片手をつく。


「ウィル!」


「大丈夫だ!」


 岩肌トカゲが追ってくる。


 怪我をした後脚を引きずっている。


 速度は落ちた。


 だが、硬い鱗は残ったままだ。


 ウィルは立ち上がり、剣を構えた。


 正面から斬り続けても倒せない。


 矢も、鱗の隙間へ当てなければ通らない。


 岩肌トカゲが再び飛びかかってくる。


 ウィルは円盾を正面へ構えた。


 受ける。


 そう見せた。


 魔物が跳んだ瞬間。


 ウィルは盾を下げ、右へ身体をずらした。


 硬い頭部が、ウィルの左肩すれすれを通る。


 すれ違いざま。


 ウィルは円盾の縁を、岩肌トカゲの前脚の下へ差し込んだ。


「持ち上げる!」


 左腕だけではない。


 膝を伸ばす。


 腰を前へ出す。


 全身の力で盾を押し上げた。


 岩肌トカゲの前半身が浮く。


 白っぽい腹部が露出した。


 そこには、岩のような鱗がない。


「伏せろ!」


 エドガーの声。


 ウィルは合図を確認するより先に、身体を低くした。


 矢が頭上を通る。


 露出した腹部へ突き刺さった。


 岩肌トカゲの身体が跳ねる。


 ウィルは盾を手放し、片手剣を両手で握った。


 矢の刺さった場所。


 その少し上。


 胸と腹の境目へ、剣を突き立てる。


 柔らかな皮膚を破り、刃が深く入った。


 岩肌トカゲが尾を振る。


 ウィルは剣を抜かない。


 さらに一歩踏み込む。


 魔物の身体から力が抜けた。


 硬い尾が地面へ落ちる。


 岩肌トカゲの身体が、淡い光へ変わっていった。


     ◇


《岩肌トカゲ》を初めて討伐しました。


初回討伐報酬を獲得しました。


ガチャチケット:1枚


所持ガチャチケット:7→8枚


     ◇


灰晶洞窟迷宮討伐記録:2/10→3/10


三種討伐報酬を獲得しました。


《洞窟歩行》を習得しました。


《打撃耐性・小》を習得しました。


     ◇


《洞窟歩行》


 洞窟内の岩場、傾斜、濡れた地面による移動阻害を軽減します。


 不安定な足場を把握しやすくなります。


《打撃耐性・小》


 打撃によって受ける衝撃と損傷を、わずかに軽減します。


     ◇


 ウィルの身体を、淡い光が包む。


 足裏の感覚が変わった。


 濡れた岩。


 小石の重なり。


 地面のわずかな傾き。


 これまでより、はっきりと伝わってくる。


 足を置く前に、滑りやすい場所が分かる。


 森で得た《森林歩行》と似ている。


 だが、こちらは洞窟に適応した力だった。


「何か得たのか?」


 エドガーが耳栓を外しながら尋ねる。


「ああ」


 ウィルも耳栓を外した。


 周囲の水滴や呼吸音が、急に大きくなる。


「洞窟を歩きやすくなる力と、打撃への耐性だ」


「さっきの尾を受けたからか?」


「違う。三種類の魔物を倒した報酬だと思う」


「森の迷宮でも、同じようなものを得たのか?」


「ああ」


 エドガーは岩肌トカゲの消えた場所を見る。


「迷宮ごとに、環境へ適応する力が手に入る?」


「おそらく」


「便利だな」


「すぐに何でも防げるわけではない」


 《打撃耐性・小》。


 説明には、衝撃と損傷をわずかに軽減するとある。


 岩肌トカゲの尾を正面から受ければ、今でも骨が折れる可能性はある。


 耐性があるから攻撃を受けていいわけではない。


「立てるか?」


 エドガーが尋ねる。


「ああ」


 先ほど尾が革防具を掠めた脇腹を確かめる。


 痛みはある。


 だが、皮膚が少し赤くなっている程度だった。


「直接は当たっていない」


「防具は?」


「裂けていない」


 エドガーの後脚を狙った矢は、岩肌トカゲと一緒に光へ消えている。


 地面には、灰色の魔石。


 そして、手のひらほどの硬い鱗が一枚残っていた。


「盾の補強材に使えそうだな」


 エドガーが鱗を拾う。


 表面は岩のように硬い。


 裏側には、薄い皮が残っていた。


「売る?」


「職人へ見せてから決める」


「均等分配だぞ」


「ああ。使うなら半分を払う」


「忘れていないならいい」


 ウィルは魔石と鱗を《アイテムボックス》へ収納した。


     ◇


「戻るか?」


 エドガーが尋ねる。


 ウィルは広間の奥を見る。


 身体には、まだ余裕がある。


 耳鳴りもない。


 新しく得た《洞窟歩行》を試してみたい気持ちもあった。


 だが、岩肌トカゲとの戦いで、円盾は強い打撃を何度も受けている。


 片手剣にも、小さな刃こぼれがあった。


「少しだけ周囲を確認する」


「どこまで?」


「次の道が見えるところまで」


「魔物が出たら?」


「戦わず戻る」


「できるか?」


「岩肌トカゲを見つけた日に戻った」


「そうだったな」


 二人は広間の奥へ進んだ。


 ウィルは一歩目で、変化を感じた。


 小石を踏んでも、足が流れない。


 濡れた岩へ体重をかける前に、滑る方向が分かる。


 自動的に安全な場所へ運ばれるわけではない。


 だが、危険な足場を見分けやすくなっている。


「歩き方が変わったな」


 エドガーが言う。


「分かる?」


「足を置く前に迷わなくなった」


 以前は、地面を確認してから足を動かしていた。


 今は、確認と動作がほとんど同時に行える。


 戦闘中なら、大きな差になる。


 広間の奥には、下へ続く緩やかな坂道があった。


 冷たい風が、下から吹いてくる。


 壁に打ち込まれた古い金属板には、協会の印が刻まれている。


「この先が第一階層の奥か」


 エドガーが言う。


「ああ」


 灰晶洞窟迷宮で確認されている魔物は十種類。


 最初の三種類は倒した。


 残りは七種類。


 ガチャチケットは8枚。


 二度目の11連ガチャまで、あと2枚。


 この先で、新しい魔物を二種類倒せば届く。


「今日はここまでだ」


 ウィルが言った。


「行かないのか?」


「装備を直してから進む」


「正解だ」


「また試したな」


「少しだけな」


 二人は坂道へ背を向けた。


     ◇


 詰所へ戻ると、管理人が二人の円盾を見た。


「今度は何と戦った?」


「岩肌トカゲ」


 ウィルが答える。


「尾を受けたな」


「分かる?」


「盾の中央が少しへこんでいる」


 修理したばかりの円盾。


 補強された金属環は無事だったが、表面の木板には新しい傷が増えている。


「町へ戻ったら、職人へ見せろ」


「ああ」


「岩肌トカゲは倒した?」


「倒した」


「第一階層の主な三種を一通り経験したわけか」


 管理人は頷いた。


「次からは、さらに奥へ進むつもりか?」


「装備を整えてから」


「それがいい。下へ行くほど、岩肌は硬くなる」


「魔物も?」


「ああ」


 詳しい魔物の名前までは聞かなかった。


 まずは自分たちで地形を確認する。


 必要なら、町の協会で公開情報を調べればいい。


     ◇


 翌日。


 町へ戻った二人は、冒険者協会で岩肌トカゲの魔石を売却した。


 硬い鱗は売らず、防具職人へ見せるために残した。


 受付の女性が、二人の報告を確認する。


「岩肌トカゲを討伐したんですね」


「ああ」


「耳栓は役立ちましたか?」


「反響コウモリとは戦わなかった。だが、合図は使えた」


「声が聞き取りにくい状態でも、連携できましたか?」


「エドガーの尾を避けさせることができた」


「俺の尾ではない」


 エドガーが言った。


「岩肌トカゲの尾だ」


「省略した」


「省略する場所を間違えている」


 受付の女性は、少し笑ったあと、ウィルの盾を見る。


「また修理が必要ですね」


「少しへこんだだけだ」


「その言葉は、職人さんの前では言わない方がいいと思います」


「なぜ?」


「怒られるからです」


 ウィルにも、その光景は想像できた。


 受付の女性は、灰晶洞窟迷宮の一般地図を広げる。


「第一階層の奥へ進む場合は、分岐が増えます。迷わないよう、目印を用意してください」


「壁に印をつけてもいい?」


「迷宮の壁を傷つける行為は禁止されています。回収できる目印を使ってください」


「紐か?」


 エドガーが尋ねる。


「目印用の布や、弱い光を出す小型魔石などがあります」


「次の準備に加える」


 受付の女性は頷いた。


 ウィルは、自分にだけ見える表示を開く。


     ◇


名前:ウィル・クロード


レベル:5


生命力:31


筋力:25


敏捷:17


魔力:13


所持ガチャチケット:8枚


次回11連ガチャまで:あと2枚


迷宮完全攻略数:1


灰晶洞窟迷宮討伐記録:3/10


【灰晶洞窟迷宮・三種討伐報酬】


《洞窟歩行》


《打撃耐性・小》


     ◇


 あと2枚。


 次の階層で、新しい魔物を二種類倒せば、二度目の11連ガチャを引ける。


 狙うのは、新しい剣。


 必ず出るとは限らない。


 それでも、次のガチャには最後の一枠がR以上になる保証がある。


 ウィルは腰にある《初心者用片手剣》へ触れた。


 この剣で、スライムを倒した。


 角ウサギ。


 森ゴブリン。


 疾風のフォレストウルフ。


 穴掘りモグラ。


 反響コウモリ。


 岩肌トカゲ。


 何度も研ぎ、何度も修理しながら使ってきた。


 まだ捨てるつもりはない。


 だが、この先の硬い魔物と戦うには、さらに強い剣が必要になる。


「次で出るといいな」


 エドガーが言った。


「何が?」


「剣だ」


「出るとは限らない」


「お前がさっきから、剣の柄を触っているからな」


 ウィルは手を離した。


「顔にも出ていた?」


「ああ」


「最近、よく言われる」


「分かりやすくなったんだろう」


 それがいい変化なのかは、まだ分からない。


 けれど。


 七年間、何も望まないようにして生きてきた頃とは違う。


 今のウィルには、欲しいものがあった。


 直したい家。


 進みたい迷宮。


 守りたい仲間。


 そして。


 自分の力で振るう、新しい剣。


 ウィルは冒険者証を閉じた。


 二度目のガチャまで。


 あと、2枚だった。


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