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第13話 受け止めてはいけない



 翌朝。


 ウィルは、食卓の上へ冒険者証を置いた。


 名前:ウィル・クロード


 レベル:3


 生命力:22


 筋力:18


 敏捷:10


 魔力:7


 迷宮討伐記録:5/10。


 ガチャチケット:8枚。


 第二階層で、まだ倒していない魔物は牙猪だけだった。


 牙猪を初めて討伐すれば、ガチャチケットを1枚獲得できる。


 迷宮討伐記録も6種類となり、新しいコンプリート報酬が得られるはずだ。


 だが、それだけでは11連ガチャに必要な10枚へ届かない。


 ウィルは討伐記録を下へ動かした。


 スライム:21体。


 次回チケット獲得まで、あと9体。


「先にスライムを倒すか」


 第一階層のスライムなら、今のウィルにとって大きな危険はない。


 牙猪と戦う前の準備運動にもなる。


 スライムを9体倒せば、所持チケットは9枚。


 そのあと牙猪を倒せれば、ちょうど10枚になる。


 今日中にすべて達成する必要はない。


 牙猪が危険なら、戦わずに帰る。


 その場合でも、スライムを倒した分は無駄にならない。


 ウィルは革防具を身につけた。


 円盾には、角や石、蜂の針が当たった傷が残っている。


 まだ使える。


 だが、牙猪の突進を受け止められるとは思えなかった。


 資料に描かれていた牙猪は、角ウサギより何倍も重そうだった。


 重い荷車が坂道を下ってくるようなものだ。


 正面から盾を構えれば、盾だけでなく左腕まで壊される。


「受け止めない」


 ウィルは声に出して確認した。


 胸元の布袋へ触れる。


 父親の剣を腰へ下げ、家の扉を開けた。


「行ってくる」


     ◇


「最初に言っておきます」


 冒険者協会の受付へ着くと、女性は牙猪の資料を開く前に言った。


「牙猪の突進を盾で受け止めてはいけません」


「俺も、そう考えていた」


「本当ですか?」


「ああ」


「角ウサギの攻撃を何度も盾で流していたので、同じことをしそうだと思っていました」


「牙猪は重さが違う」


「分かっているなら安心しました」


 女性は、資料の牙猪を指した。


 黒褐色の硬そうな毛。


 太い胴体。


 口元から、左右に大きな牙が伸びている。


「成体の牙猪は、人間より重い個体もいます。突進を正面から受ければ、盾を構えていても吹き飛ばされます」


「木にぶつけるのは?」


「太い木なら有効です。ただし、角ウサギのように牙が刺さったまま動けなくなるとは限りません」


「牙が曲がっているからか?」


「はい。木の表面を削るだけで、そのまま向きを変える個体もいます」


 牙猪が細い木へ突進すれば、木の方が折れる可能性もある。


 角ウサギと同じ方法を使えば倒せる、とは考えない方がいい。


「弱点は?」


「速く走れますが、急には曲がれません。横へ避け、後ろ脚や脇腹を狙うのが基本です」


「追いかけてくるか?」


「かなりしつこいです」


「逃げ切れない場合は?」


「牙猪が通りにくい場所へ入ってください。木と木の間や、大きな岩の後ろなどです」


 ウィルは資料へ目を落とした。


「坂道は?」


「下り坂で突進させるのは危険です。速度が上がります」


「上り坂なら?」


「多少は遅くなりますが、牙猪の脚力は強いです。油断はできません」


 地形を使うことはできる。


 だが、ただ高い場所に立てば勝てるほど簡単ではない。


「牙猪は、鼻がいいです」


 受付の女性が続けた。


「姿を隠しても、風向きによっては気づかれます。食べ物を囮にする冒険者もいますが、一人の場合はおすすめしません」


「どうして?」


「牙猪が食べ物へ向かわず、持っている人間へ来ることがあるからです」


「石を投げて注意を引くのは?」


「届く距離なら可能です。ただし、怒らせたあとの逃げ道を先に決めてください」


 ウィルは頷いた。


 樹上猿を相手にしたときも、攻撃する前に相手の逃げ道を考えた。


 今度は、自分の逃げ道を先に考える必要がある。


「今日はスライムを9体倒してから、第二階層へ行く」


「牙猪の前に疲れませんか?」


「今のスライムなら、ほとんど疲れない」


「レベルが上がったからといって――」


「油断はしない」


「先に言われましたね」


 受付の女性は、少しだけ笑った。


「スライムを9体倒しても、そのあと牙猪と必ず戦う必要はありません」


「分かっている」


「チケットがあと一枚になると、無理をしたくなるかもしれません」


 《ダンジョンガチャ》については話していない。


 だが、報酬を目前にした冒険者が焦ることは、珍しくないのだろう。


「危険なら帰る」


「約束してください」


「ああ」


「それでは、行ってらっしゃい」


「行ってきます」


     ◇


 第一階層へ入り、最初のスライムを見つける。


 一匹だけだった。


 ウィルは盾を使わず、片手剣だけを抜いた。


 スライムが地面を跳ねる。


 体当たり。


 ウィルは半歩横へ動いた。


 青い身体が横を通り過ぎる。


 振り返る前に、剣を振り下ろした。


 スライム討伐数:22体。


 次回チケット獲得まで、あと8体。


 魔石を拾う前に周囲を確認する。


 敵意はない。


 ウィルは魔石を《アイテムボックス》へ収納し、先へ進んだ。


 2匹目。


 3匹目。


 レベル1だった頃は、一匹を倒すたびに緊張していた。


 体当たりを受け、転びそうになったこともある。


 今は、動きが遅く見えた。


 力任せに剣を振る必要もない。


 スライムの進む方向を見て、半歩避ける。


 地面へ落ちたところを斬る。


 同じことを繰り返すだけで倒せた。


 だが、途中で3匹のスライムが固まっている場所を見つけたときは、すぐに近づかなかった。


 周囲の地形を見る。


 左には木。


 右側には低い岩がある。


 正面から3匹すべてを相手にすれば、足元へ入り込まれる可能性がある。


 ウィルは小さな石を一つ拾った。


 一番手前のスライムへ投げる。


 石が青い身体へ当たった。


 一匹だけが反応し、こちらへ跳ねてくる。


 残りの2匹との距離が開いた。


 ウィルは近づいてきたスライムを倒す。


 そのあと、残った2匹を一匹ずつ処理した。


 スライム討伐数:27体。


 次回チケット獲得まで、あと3体。


「一度に戦う必要はない」


 弱い魔物でも、複数なら分ける。


 これまでの戦いで学んだことだった。


 その後、森の中を歩きながら3匹を見つけた。


 最後の一匹を倒す。


 青い身体が、光の粒子へ変わった。


 スライム討伐数:30体。


 討伐報酬を獲得しました。


 ガチャチケット:1枚


 所持ガチャチケット:9枚


「あと一枚」


 牙猪を初めて倒せば、10枚に届く。


 ウィルは表示を閉じた。


 すぐに第二階層へ向かわない。


 木の根元へ座り、水を飲む。


 身体は疲れていなかった。


 呼吸も乱れていない。


 剣や防具にも、新しい傷はついていなかった。


 それでも、しばらく休む。


 目的は、今日中にチケットを集めることではない。


 無事に家へ戻ることだ。


     ◇


 第二階層へ下りる。


 湿った空気が、ウィルの頬へ触れた。


 頭上には、大針蜂の羽音はない。


 枝の上にも、樹上猿の姿は見えなかった。


 ウィルは《気配察知・小》へ意識を向ける。


 遠くに、弱い敵意。


 地面から感じる。


 牙猪かもしれない。


 ウィルはすぐに近づかず、周囲の地形を確認しながら進んだ。


 太い木。


 大きな岩。


 狭い隙間。


 牙猪に追われたとき、逃げ込める場所を覚えていく。


 地面にも注意を向ける。


 雨水が溜まった泥。


 表面へ伸びた木の根。


 落ち葉に隠れた石。


 鉱山で働いていた頃、足元を見ずに歩く者は長くもたなかった。


 濡れた岩で滑る。


 崩れた石へ足を挟む。


 薄い地面を踏み抜き、下の空洞へ落ちる。


 ウィルは歩きながら、時折、踵で地面を叩いた。


 硬い音。


 柔らかい感触。


 水分を含んだ土。


 目で見るだけでなく、足の裏でも状態を確かめる。


 少し先で、地面の感触が変わった。


 柔らかい。


 だが、ただの泥ではない。


 ウィルはしゃがみ、落ち葉を避けた。


 地面の下へ、太い木の根が何本も伸びている。


 根と根の間には隙間があり、その上へ土と枯葉が薄く積もっていた。


 人間が歩く程度なら問題ない。


 しかし、重いものが勢いよく乗れば、表面が崩れるかもしれない。


 鉱山で見た、崩れかけの足場と似ていた。


 ウィルは周囲を見た。


 薄い地面の向こうには、大きな岩がある。


 岩の横には、人一人が通れる隙間。


 牙猪は通れない。


「使えるかもしれない」


 戦う前に、牙猪をここまで誘導できれば。


 ウィルは地形を頭へ入れた。


 それから、敵意の方向へ進む。


     ◇


 低い草の向こうに、黒褐色の背中が見えた。


 牙猪。


 資料の絵で見るよりも大きい。


 肩の高さは、ウィルの腰より少し上。


 胴体は太く、硬い毛が針のように立っている。


 地面へ鼻を近づけ、土の中にある何かを掘り返していた。


 口元から伸びた牙は、角ウサギの角より太い。


 緩やかに上へ曲がっている。


 あれで突き上げられれば、革防具では防げない。


 ウィルは風向きを確かめた。


 風は、牙猪の方からこちらへ流れている。


 今の位置なら、匂いには気づかれにくい。


 敵意も、まだ弱い。


 牙猪はウィルの存在を知らない。


 周囲を見る。


 背後に逃げ道がある。


 先ほど見つけた、薄い地面と岩の隙間までは、それほど遠くない。


 ウィルは牙猪へ近づかなかった。


 腰の革袋から石を一つ取り出す。


 直接、牙猪へ当てる必要はない。


 注意を引くだけでいい。


 牙猪の少し手前へ石を投げた。


 地面へ当たる。


 硬い音。


 牙猪が顔を上げた。


 小さな目が周囲を探る。


 ウィルは木の陰から姿を見せた。


 牙猪の鼻が動く。


「ブオッ!」


 低い鳴き声。


 牙猪が身体の向きを変えた。


 正面から見ると、さらに大きく感じる。


 前脚が地面を掻いた。


 突進の構え。


 ウィルは盾を構えなかった。


 背を向け、走る。


 背後で、重い足音が響いた。


 どどどど、と地面が揺れる。


 角ウサギとは違う。


 一歩ごとの重さが、背中へ伝わってきた。


 ウィルは振り返らない。


 《森林歩行》を頼りに、木の根を越える。


 足音が近づく。


 牙猪の荒い息が聞こえた。


 先ほど見つけた薄い地面。


 その向こうの岩。


 ウィルは地面の端を踏まないよう、横へ回った。


 牙猪を真っすぐ誘導する。


 だが、牙猪はウィルの動きに合わせて、わずかに方向を変えた。


 想像していたより曲がれる。


「速い……!」


 岩の隙間まで届く前に、追いつかれる。


 ウィルは右へ飛んだ。


 牙猪が横を通り過ぎる。


 完全には避けられなかった。


 牙猪の肩が、円盾の縁へぶつかる。


「ぐっ!」


 左腕が大きく弾かれた。


 ウィルの身体が地面へ転がる。


 盾で受け止めたわけではない。


 ただ掠めただけだ。


 それでも、腕全体が痺れていた。


 牙猪は少し先で止まり、身体を反転させる。


 動きは鈍くない。


 すぐに、二度目の突進へ移ろうとしていた。


 ウィルは立ち上がる。


 左腕は動く。


 盾も壊れてはいない。


 だが、次にまともな衝撃を受ければ分からない。


「受け止めていたら、腕が折れていたな」


 牙猪が前脚で地面を掻く。


 ウィルは後ろへ下がった。


 今度こそ、薄い地面の方向へ誘う。


 牙猪が突進した。


 ウィルは走る。


 先ほどよりも、距離が短い。


 背後の足音が急速に近づく。


 薄い地面が見えた。


 その向こうに大きな岩。


 右側の隙間。


 ウィルは薄い場所の直前で、右へ身体を投げた。


 牙猪も向きを変えようとする。


 だが、間に合わない。


 前脚が、根の間へ積もった土を踏んだ。


 地面が崩れる。


「ブオッ!?」


 牙猪の右前脚が、根の隙間へ落ちた。


 巨体が大きく傾く。


 勢いのまま、肩から地面へ倒れ込んだ。


 土と枯葉が舞い上がる。


 ウィルはすぐに立ち上がった。


 牙猪へ近づく。


 だが、倒れた牙猪は動きを止めていなかった。


 脚を引き抜こうと、身体を激しく揺らす。


 太い牙が、地面を抉った。


 正面へ近づけば危険だ。


 ウィルは後ろへ回り込んだ。


 片手剣を両手で握る。


 後ろ脚へ向け、振り下ろした。


 硬い毛に刃が当たる。


 浅い。


 毛と皮が、想像以上に硬かった。


「ブオオッ!」


 牙猪が暴れる。


 根の一部が裂けた。


 脚が抜けかけている。


 もう一度、同じ場所を斬る。


 今度は深く入った。


 牙猪の後ろ脚から血が流れる。


 だが、倒せない。


 牙猪が身体を捻った。


 牙が届かない位置にいるはずだった。


 それでも大きな頭が横へ振られ、牙の先端がウィルの胸元へ近づく。


 ウィルは後ろへ飛んだ。


 牙が革の胸当てを掠める。


 表面が裂けた。


「っ……!」


 皮膚には届いていない。


 だが、牙猪の前脚が根の隙間から抜けた。


 負傷した後ろ脚を引きずりながら、立ち上がる。


 罠だけでは倒せなかった。


 牙猪がウィルを睨む。


 先ほどまでより強い敵意。


 鼻から荒い息を吐いている。


 もう一度、突進の構え。


 ウィルの背後には、大きな岩があった。


 横には、人一人が通れる隙間。


 ここまで誘導した理由は、地面だけではない。


 牙猪が地面を蹴る。


 負傷していても速い。


 ウィルは岩の前で待った。


 牙猪が迫る。


 真正面から受け止めれば死ぬ。


 早く避ければ、牙猪も方向を変える。


 ぎりぎりまで待つ。


 距離が縮まる。


 太い牙が、胸元へ向かってくる。


 ウィルは身体を横に向けた。


 岩と岩の間へ滑り込む。


 牙猪は止まれない。


 巨体が大きな岩へ激突した。


 鈍い音が森へ響く。


 岩は動かない。


 牙猪の身体が跳ね返った。


 前脚が揺らぐ。


 頭を強く打ったらしい。


 それでも倒れず、再びウィルへ向こうとする。


「まだ動くのか」


 ウィルは岩の隙間から出た。


 牙猪の後ろ脚は負傷している。


 頭も打っている。


 動きは遅くなった。


 だが、牙はまだ生きている。


 牙猪が身体の向きを変える。


 ウィルは正面へ立たない。


 側面へ回る。


 牙猪が追おうとするたび、負傷した後ろ脚が沈んだ。


 身体の向きを変えきれない。


 ウィルは左側から近づいた。


 牙猪の肩と首の間。


 硬い毛の流れが変わっている場所がある。


 身体を動かすため、皮膚が厚くなりすぎていない。


 そこを狙う。


 牙猪が頭を振った。


 ウィルは一歩下がる。


 牙の先を避けた直後、踏み込んだ。


 片手剣を両手で握る。


 厚く硬くなった手のひらが、柄を離さない。


 つるはしを岩の亀裂へ打ち込むときのように、狙いを一点へ絞る。


「はあっ!」


 剣を振り下ろす。


 刃が、牙猪の首元へ食い込んだ。


 深い。


 だが、まだ足りない。


 牙猪が暴れる。


 ウィルは剣を抜き、すぐに離れた。


 突き上げられた牙が、空を切る。


 牙猪が一歩進む。


 負傷した脚が崩れた。


 前膝を地面へつく。


 ウィルは再び近づいた。


 先ほど斬った場所へ、もう一度剣を振り下ろす。


 刃が深く入った。


 牙猪の巨体が地面へ倒れる。


 それでも、しばらく脚を動かしていた。


 ウィルは距離を取り、動きが止まるまで近づかなかった。


 やがて、牙猪の身体が淡い光に包まれる。


 黒褐色の巨体が粒子となり、森の中へ消えていった。


 地面へ、大きな魔石と二本の牙が残される。


 牙猪を初めて討伐しました。


 初回討伐報酬を獲得しました。


 ガチャチケット:1枚


 所持ガチャチケット:10枚


 牙猪討伐数:1体。


 迷宮討伐記録:6/10。


 迷宮コンプリート報酬を獲得しました。


 スキル《毒耐性・小》を習得しました。


 文字が次々と浮かび上がる。


 ウィルは剣を下ろした。


「毒耐性……?」


 牙猪は毒を使わない。


 大針蜂の針にも、毒はなかった。


 これから進む場所に、毒を持つ魔物がいるということかもしれない。


 《毒耐性・小》


 弱い毒の影響を軽減します。


 強い毒を無効化することはできません。


 毒を受けた場合でも、治療が必要となります。


「完全に防ぐわけではないのか」


 《森林歩行》や《気配察知・小》と同じだ。


 スキルがあるからといって、危険がなくなるわけではない。


 それでも、ないよりはずっといい。


 ウィルは周囲を確認した。


 新しい敵意はない。


 大きな魔石と二本の牙を《アイテムボックス》へ収納する。


 円盾を確認した。


 最初に牙猪の肩が当たった縁が、わずかに歪んでいる。


 胸当てにも細い裂け目があった。


 左腕はまだ痺れている。


 牙猪を倒した。


 チケットも10枚になった。


 新しいスキルも手に入った。


 十分すぎる成果だった。


「帰ろう」


 ウィルは剣を鞘へ戻した。


     ◇


 買取所の男は、牙猪の牙を机へ置いた。


「初めてにしては、きれいだな」


「片方は岩へぶつかった」


「先端が少し削れているが、この程度なら問題ない」


 男は大きな魔石も確認する。


「魔石と牙二本で、銀貨1枚と銅貨18枚だ」


「角ウサギ6体より少ないのか?」


「牙猪一体だからな。ただ、肉や皮が残ればもっと高い」


「今回は残らなかった」


「倒し方や運にもよる。牙を折らずに持ち帰れただけで十分だ」


 ウィルは金を受け取った。


 今日倒したスライム9体分の魔石も加わる。


 すべて合わせると、銀貨1枚と銅貨36枚になった。


 防具と盾の修理費を考えても、手元には残る。


「一人で牙猪を倒したのか?」


 男が尋ねた。


「ああ」


「盾で受けたのか?」


「少し掠めただけで、腕が痺れた」


「まともに受けていたら、その腕は使えなくなっていたぞ」


「分かっている」


「新人には見えない戦い方をするな」


「鉱山で、崩れそうな地面を見慣れていた」


「牙猪に地面を踏み抜かせたのか?」


「ああ」


 男は少し黙ったあと、笑った。


「どこで覚えたことが役に立つか、分からないものだな」


「俺も、そう思う」


 ウィルは革袋へ硬貨を入れた。


 鉱山で過ごした7年間を、よかったとは思わない。


 必要だったとも思わない。


 奪われた時間であることは変わらない。


 それでも、あの場所で覚えたことまで捨てる必要はなかった。


     ◇


 防具修理店へ円盾を持ち込むと、職人は歪んだ縁を見て顔をしかめた。


「今度は牙猪か?」


「どうして分かる?」


「角ウサギでは、ここまで曲がらん」


 職人は盾の縁を指でなぞった。


「完全には直せない。叩いて形を戻すことはできるが、金属は少し弱くなる」


「使えなくなるのか?」


「すぐには壊れん。ただし、次に重い攻撃を受けたら危ないな」


 ウィルは円盾を見る。


 初心者用として手に入れた盾。


 これまで何度も命を守ってくれた。


 だが、傷は増えている。


「修理はいくらだ?」


「胸当ても合わせて銅貨16枚だ」


「お願いします」


「明日の朝には終わる」


 職人は盾を店の奥へ運ぼうとして、足を止めた。


「新しい盾を買うことも考えておけ」


「いくらする?」


「今のものと同程度なら、銀貨3枚からだ。もう少しましなものなら、銀貨5枚以上」


 屋根の修理代も貯めなければならない。


 防具や食費も必要だ。


 銀貨5枚は安くない。


「考えておく」


「盾は壊れてから買っても遅いぞ」


「ああ」


 だが、今のウィルには別の可能性があった。


 ガチャチケットが10枚集まっている。


 11連ガチャから、新しい盾が出るかもしれない。


 同じ初心者用円盾が出た場合でも、《装備統合》を試せる。


 もちろん、盾が出るとは限らない。


 ポーションや魔石だけで終わる可能性もある。


 期待しすぎるべきではない。


 それでも、初めての11連ガチャだった。


     ◇


 家へ戻る。


 ウィルは、今日稼いだ銀貨のうち一枚を、屋根の修理代を入れている木箱へ加えた。


 銀貨2枚。


 銅貨20枚。


 目標の銀貨10枚までは、まだ遠い。


 だが、箱を持ち上げると、以前より確かな重みがあった。


 ウィルは食卓へ座った。


 冒険者証を置く。


 迷宮討伐記録:6/10。


 所持スキル。


 《森林歩行》


 《気配察知・小》


 《毒耐性・小》


 ガチャチケット:10枚。


 ついに必要な枚数が揃った。


 ウィルは父親の剣を食卓へ置いた。


 錆びたままだった剣は、《ダンジョンガチャ》が目覚めてからも外見を変えていない。


 柄へ手を触れる。


 視界の前に、文字が浮かんだ。


 ガチャチケットを10枚所持しています。


 10枚を消費することで、11連ガチャを実行できます。


 11枠目は、レアリティR以上が確定します。


 11連ガチャを実行しますか?


 はい。


 いいえ。


 ウィルは、表示された二つの文字を見つめた。


 最初にもらった初心者装備は、固定された特典だった。


 何が出るか分からないガチャを引くのは、これが初めてになる。


 装備。


 魔法。


 便利な道具。


 家を直すために使えるものが出る可能性もある。


 反対に、今は必要のないものばかりかもしれない。


 厚く硬くなった指を、ゆっくりと動かす。


 ウィルは《はい》へ触れようとして、一度手を止めた。


「……明日にする理由はないな」


 誰かに奪われるわけではない。


 失敗して罰を受けるわけでもない。


 集めたチケットは、すべて自分で魔物を倒して手に入れたものだ。


 ウィルは《はい》へ指を伸ばした。


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