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12/48

第12話 石を投げる猿



 翌朝。


 ウィルは食卓へ座り、冒険者証に表示された能力を確認した。


 名前:ウィル・クロード


 レベル:3

 生命力:22

 筋力:18

 敏捷:10

 魔力:7


 昨日、第二階層で大針蜂を2体倒した。


 現在のガチャチケットは7枚。


 次の11連ガチャまで、あと3枚だった。


 だが、チケットだけを目的に戦うつもりはない。


 第二階層に生息している魔物は、大針蜂、樹上猿、牙猪の3種類。


 まずは一体ずつ戦い、どのような魔物なのかを知る必要がある。


 ウィルは机の上に、小さな石を並べた。


 昨日、大針蜂へ投げたものと同じくらいの大きさだ。


 親指より少し大きく、片手で握りやすい。重すぎず、軽すぎない石を選んである。


 家の壁には、炭で小さな丸を描いていた。


 ウィルは石を一つ持ち、丸へ向けて投げる。


 石は狙った場所より、少し右へ当たった。


「近いな」


 もう一つ投げる。


 今度は丸の中へ入った。


 鉱山では、選別した石を箱へ放り込んでいた。


 看守へ見つかれば怠けていると怒鳴られたため、周囲を確認しながら素早く投げる必要があった。


 止まっている箱なら、ある程度は狙える。


 だが、樹上猿は動く。


 しかも相手も石を投げてくる。


 ウィルは三つ目の石を手に取った。


 今度は壁の丸ではなく、その少し左へ投げる。


 石は壁へ当たり、床へ落ちた。


 動いている相手には、今いる場所ではなく、次に移動する場所を狙わなければならない。


 大針蜂との戦いで覚えたことだ。


「当てられるかどうかは、分からないな」


 ウィルは落ちた石を拾い、腰の革袋へ入れた。


 石は全部で8個。


 多すぎれば重くなる。


 少なすぎれば、戦いの途中でなくなる。


 片手剣と円盾を確認し、胸元の布袋へ触れる。


 母親の手紙も入っている。


「行ってくる」


 ウィルは家を出た。


     ◇


 冒険者協会へ入ると、受付の女性がすぐに声をかけてきた。


「今日は樹上猿ですか?」


「なぜ分かった?」


「昨日、最後に樹上猿の資料を見ていたでしょう」


「見られていたのか」


「受付の目の前で読んでいましたから」


 女性は机の下から、第二階層の資料を取り出した。


 樹上猿の頁を開く。


「先に確認します。石を投げ合うつもりですか?」


「石は持ってきた」


「投げ合わないでくださいと言いましたよね?」


「一方的に投げられるよりはいい」


「そういう問題ではありません」


 受付の女性は、樹上猿の絵を指した。


 長い腕と尾を持つ、小柄な猿だ。


 木の枝に座り、片手に石を握っている。


「樹上猿は、大針蜂ほど素早く飛び回るわけではありません。ただし、人間の動きをよく見ています」


「石を投げれば避ける?」


「避けます。それどころか、投げる前の動きで狙われていると判断します」


「なら、投げても当たらないのか?」


「普通に投げれば、ほとんど当たりません」


 昨日の大針蜂も、ウィルが腕を動かしただけで高度を変えた。


 樹上猿は、それ以上に人間の動きを読むらしい。


「樹上猿の攻撃は石だけですか?」


「木の実や枝も投げます。近づけば爪や牙も使いますが、基本的には木の上から降りてきません」


「倒せない相手ではないだろう?」


「もちろんです。弓を持った冒険者なら、比較的戦いやすい相手です」


「俺は弓を使えない」


「剣士の場合は、木から降ろす必要があります」


「どうやって?」


「方法はいくつかあります。木を揺らす、投げた石で追い込む、低い枝へ誘う。ですが、一番安全なのは複数人で囲むことです」


 ウィルは一人だった。


 一人で戦うなら、自分で工夫するしかない。


「木を切るのは?」


「樹上猿一体のために、迷宮の木を切り倒すつもりですか?」


「細い木なら」


「時間がかかります。その間、ずっと石を投げられますよ」


「盾で防ぐ」


「上から投げられる石を盾で防ぐと、正面が見えなくなります」


 盾を頭上へ上げれば、視界が塞がる。


 その隙に樹上猿が別の木へ移れば、位置を見失う。


「それに、樹上猿は一匹とは限りません」


「群れるのか?」


「大針蜂ほどではありませんが、2匹から4匹で行動することがあります」


 上から複数の石を投げられれば、盾だけですべてを防ぐのは難しい。


「一匹だけなら戦う。複数なら離れる」


「その判断でお願いします」


 受付の女性は資料を閉じた。


「それと、樹上猿は食べ物や光る物を奪います」


「奪われたものは?」


「巣へ持ち帰ります。追いかけないでください」


「取り返せないのか?」


「追いかけた先に仲間がいる可能性があります」


 ウィルは胸元の布袋へ手を当てた。


 母親の手紙が入っている。


 これだけは奪われるわけにはいかない。


 革紐を確認し、シャツの内側へ入れ直した。


「食料は《アイテムボックス》へ入れておく」


「それが安全です」


「石は?」


「革袋に入れたままで構いません。樹上猿は、普通の石を奪おうとはしませんから」


「石を集めて投げるのに?」


「自分で選んだ石以外には、こだわりがあるのかもしれません」


「面倒な猿だな」


「魔物ですから」


 受付の女性は、少しだけ笑った。


「無理に今日倒す必要はありません。戦い方が分からなければ、一度戻ってきてください」


「ああ」


「返事だけは、いつもいいですね」


「今日は守る」


「昨日も聞きました」


「昨日は、三匹の大針蜂から逃げた」


「それは正しい判断でした」


 女性は冒険者証を返した。


「では、行ってらっしゃい」


「行ってきます」


     ◇


 森林迷宮の第一階層を抜け、石段を下りる。


 第二階層へ入ると、湿った空気と濃い草木の匂いがウィルを包んだ。


 頭上を覆う枝葉。


 太い木の幹。


 腰の高さまで伸びた大きな葉。


 昨日と変わらない森だった。


 だが、今日は羽音が聞こえない。


 ウィルは目を閉じ、《気配察知・小》へ意識を向けた。


 近くに強い敵意はない。


 遠くに、弱い反応が一つ。


 地上ではない。


 頭上から感じる。


「猿か」


 ウィルは円盾を腕へ装着し、片手剣を抜いた。


 すぐには近づかない。


 木の陰を利用しながら、ゆっくりと進む。


 何かが葉の間を動いた。


 枝が、小さく揺れる。


 ウィルが足を止めると、頭上から木の実が落ちてきた。


 額のすぐ横を通り、地面へ当たる。


 硬い音が鳴った。


 食べられるような柔らかい実ではない。


 小さな石と変わらない硬さだった。


「見つかっているな」


 ウィルは木を背にし、盾を斜め上へ向けた。


 枝の上から、灰色の顔が覗く。


 樹上猿だった。


 身体は人間の子供ほど。


 腕は長く、手には丸い石を握っている。


 樹上猿は歯を見せた。


「ギャッ!」


 石を投げる。


 ウィルは盾を上げた。


 がんっ、と硬い音が鳴る。


 石は盾の中央へ当たり、地面へ落ちた。


 威力は大針蜂の突進ほどではない。


 だが、頭へ直撃すれば無事では済まない。


 ウィルは盾の陰から樹上猿を見る。


 すでに次の石を持っていた。


「どこから出した?」


 枝の根元に、石がいくつも積まれている。


 樹上猿が事前に集めたものらしい。


 石を一つずつ拾う必要がない。


 その場所から動かない限り、何度でも投げられる。


 2個目の石が飛んでくる。


 盾で防ぐ。


 3個目。


 今度は盾ではなく、足元を狙われた。


 ウィルは横へ動いた。


 石が地面へ当たり、泥が跳ねる。


 盾の陰へ隠れているだけでは、いずれ攻撃を受ける。


 ウィルは腰の革袋から石を取り出した。


 樹上猿へ向けて投げる。


 腕が動いた瞬間、樹上猿が枝を蹴った。


 隣の枝へ飛び移る。


 石は、猿がいた場所を通り過ぎた。


「やはり避けるか」


 樹上猿が甲高い声を上げた。


「ギャッ、ギャッ!」


 笑っているようにも聞こえる。


 次に投げられた石は、ウィルの右肩を狙っていた。


 盾を横へ動かし、受け止める。


 樹上猿はウィルの盾の位置を見て、空いている場所を狙っている。


 ただ闇雲に投げているわけではない。


「人間の動きを見ている」


 受付の女性が言っていたとおりだった。


 ウィルは2個目の石を握る。


 今度は樹上猿ではなく、猿が移動しそうな隣の枝を狙った。


 石を投げる。


 樹上猿は反対方向へ飛んだ。


 予想と違う枝へ移る。


 当たらない。


 猿は、ウィルの腕だけではなく、視線も見ているらしい。


 狙った場所へ先に目を向ければ、そこを避ける。


 頭上から石が飛んでくる。


 ウィルは盾で防いだ。


 その直後、別の石が右側から飛んできた。


 一つ目は囮だった。


「っ!」


 顔を横へ向ける。


 石が頬を掠めた。


 皮膚が切れ、熱い痛みが走る。


 ウィルは木の陰へ移動した。


 指で頬へ触れる。


 血がついた。


 深くはない。


 だが、もう少し内側なら目へ当たっていた。


「一匹でも、油断できないな」


 樹上猿は、すぐに追ってこなかった。


 枝の上からウィルを見下ろし、新しい石を手に取っている。


 現在の位置からでは、木の幹が邪魔で投げられない。


 ウィルにも、猿へ石を投げることはできない。


 互いに相手が動くのを待っていた。


 ウィルは呼吸を整える。


 正面から石を投げても避けられる。


 近づけば、別の木へ逃げる。


 木の幹を切り倒す時間もない。


 相手が見てから避けられない状況を作る必要がある。


 ウィルは足元を見た。


 樹上猿が投げた石が、いくつも落ちている。


 どれも同じくらいの大きさだった。


 丸みがあり、投げやすい形をしている。


「自分で選んだ石か」


 ウィルは一つ拾った。


 持ってきた石よりも重い。


 猿の身体の大きさを考えれば、かなりの重さだ。


 それを片手で正確に投げている。


 力だけでなく、投げることに慣れていた。


 ウィルは石を革袋へ入れた。


 そして木の陰から、ゆっくり姿を出す。


 樹上猿が石を構えた。


 ウィルは盾を頭上へ上げる。


 猿の姿が見えなくなる。


 すぐに、盾へ石が当たった。


 ウィルはそのまま前へ走る。


 樹上猿がいる木へ近づく。


 盾で頭を守り、足元だけを見る。


 木の根を越える。


 上から2個目の石が飛んでくる。


 盾へ当たった。


 3個目。


 今度はウィルの足元へ投げられた。


 石が脛へ当たる。


「ぐっ!」


 痛みが走った。


 それでも、止まらない。


 木の幹まで、あと数歩。


 樹上猿が隣の木へ移動する。


 枝が大きく揺れた。


 ウィルは盾を下ろした。


 猿は、すでに別の木の枝へ着地している。


 追いかけても同じだ。


 ウィルは止まった。


 樹上猿が新しい石を手に取る。


「ギャッ!」


 また笑うような声を上げた。


 ウィルは一度、距離を取った。


 樹上猿は追ってこない。


 自分の石を積んだ場所へ戻り、枝へ座った。


「離れすぎると、元の場所へ戻る」


 猿は縄張りを守っているのかもしれない。


 無限に逃げ続けるわけではない。


 それなら、利用できる。


 ウィルは再び木の陰へ隠れた。


 腰の革袋を確認する。


 持ってきた石は6個。


 樹上猿が投げた石が1個。


 全部で7個ある。


 ウィルは、樹上猿がいる木の周囲を観察した。


 右側には太い枝。


 左側には細い枝。


 後ろには、少し離れた別の木がある。


 ウィルが石を投げたとき、樹上猿は最初に右へ跳んだ。


 次は左。


 同じ方向へ続けて逃げるとは限らない。


 だが、着地する場所は限られている。


 枝なら、どこでも身体を支えられるわけではない。


 細すぎる枝へ飛べば折れる。


 葉の多い場所では、視界が塞がる。


 猿は、必ず太く安定した枝を選んでいた。


「石ではなく、逃げる場所を見る」


 ウィルは樹上猿が投げた、少し重い石を右手に持った。


 左腕の盾を、身体の前へ構える。


 木の陰から出る。


 樹上猿がこちらを見る。


 ウィルは猿へ視線を向けたまま、石を投げる動きを見せた。


 樹上猿が身体を低くする。


 逃げる準備。


 ウィルは石を投げなかった。


 腕だけを動かした。


 猿が右側の枝へ飛ぶ。


 着地した。


「そこか」


 ウィルは持っていた石を投げた。


 今度は猿ではなく、次に移動できる太い枝を狙う。


 石が枝へ当たった。


 乾いた音が鳴る。


 樹上猿が驚き、反対側へ跳んだ。


 そこには細い枝しかない。


 猿の手が枝を掴む。


 枝が大きくしなる。


 身体を支えきれない。


「ギャッ!」


 枝が折れた。


 樹上猿の身体が、下の枝へ落ちる。


 完全には地面へ落ちなかった。


 長い腕で別の枝を掴み、ぶら下がる。


 だが、両手が塞がっている。


 石を投げることはできない。


 ウィルは走った。


 樹上猿が身体を揺らし、枝の上へ戻ろうとする。


 ウィルは木の根元まで近づいた。


 剣は届かない。


 まだ少し高い。


 樹上猿が片脚を枝へかける。


 ウィルは腰の革袋から、次の石を取り出した。


 猿の手ではない。


 身体を支えている枝の根元へ投げる。


 石が当たった。


 猿が驚き、手を離す。


 今度こそ、地面へ落ちた。


 ウィルは盾を構えた。


 樹上猿はすぐに立ち上がり、木へ向かって走る。


 逃がせば、また石を投げられる。


 ウィルは進路へ回り込んだ。


 樹上猿が歯を見せる。


「ギャアッ!」


 長い腕を振り回し、鋭い爪で攻撃してきた。


 円盾で受ける。


 革を引っかく音がした。


 石ほど重い攻撃ではない。


 だが、動きは速かった。


 右から爪。


 左から爪。


 交互に盾へ当たる。


 樹上猿はウィルの足元を抜け、木へ逃げようとする。


 ウィルは盾を地面へ近づけ、進路を塞いだ。


 猿の身体が盾へぶつかる。


 ウィルは剣を振る。


 刃が樹上猿の肩へ入った。


「ギャッ!」


 猿が地面を転がる。


 すぐに立ち上がり、今度はウィルの顔へ飛びかかった。


 爪が目を狙っている。


 ウィルは身体を低くした。


 円盾を斜め上へ突き出す。


 樹上猿の身体が盾の表面へ当たった。


 鉱山で岩を押し上げていた左腕へ力を込める。


「ふっ!」


 猿の身体を、盾ごと横へ押し流す。


 樹上猿が地面へ落ちた。


 その瞬間、ウィルは一歩踏み込んだ。


 片手剣を振り下ろす。


 刃が首元へ入った。


 樹上猿の身体が淡い光に包まれる。


 粒子となって消えたあと、地面には魔石と細い牙が残された。


 樹上猿を初めて討伐しました。


 初回討伐報酬を獲得しました。


 ガチャチケット:1枚


 所持ガチャチケット:8枚


 樹上猿討伐数:1体。


 迷宮討伐記録:5/10。


「倒せた……」


 ウィルは剣を下ろした。


 頬の傷が痛む。


 脛にも、石が当たった鈍い痛みが残っている。


 盾には、新しい傷がいくつも増えていた。


 簡単な戦いではなかった。


 樹上猿は、石を投げるだけの魔物ではない。


 相手の動きを見る。


 盾の位置を確認する。


 囮の石まで使う。


 木から落としても、爪と牙で攻撃してくる。


 一匹を倒すだけで、かなりの時間がかかった。


 ウィルは周囲へ意識を向けた。


 《気配察知・小》に、新しい敵意はない。


 魔石と牙を拾い、《アイテムボックス》へ収納する。


 樹上猿が投げた石も、いくつか拾った。


 自分が選んだものより、少し重い。


 表面が丸く、握りやすい。


「石を見る目は、猿の方が上かもしれないな」


 ウィルは一つを革袋へ入れた。


     ◇


 帰り道。


 ウィルは第二階層の森を慎重に進んでいた。


 今日の目的は達成した。


 樹上猿を一体倒し、戦い方もある程度分かった。


 これ以上、無理に探す必要はない。


 石段へ続く道まで、あと少し。


 そのとき、《気配察知・小》が反応した。


 頭上。


 一つではない。


 二つ。


 三つ。


 さらに、少し離れた場所にもう一つ。


 ウィルは足を止めた。


 枝の上から、複数の樹上猿がこちらを見ている。


 一匹目より、身体が少し小さい。


 だが、全員が石を持っていた。


「群れか」


 ウィルは盾を頭上へ上げた。


 戦うつもりはない。


 4匹を木から落とす方法など、今のウィルにはなかった。


 石が飛んでくる。


 盾へ当たった。


 別の石が足元へ落ちる。


 ウィルは石段の方向へ走った。


 上だけを見ない。


 足元を確認する。


 木の根を越える。


 樹上猿たちは枝の上を移動しながら追ってきた。


 右から石。


 盾で防ぐ。


 左から石。


 身体を木の陰へ入れる。


 正面の枝にも猿がいる。


 ウィルの進路を予測して先回りしていた。


「頭がいいな」


 ウィルは走る方向を変えた。


 石段へ一直線には向かわない。


 太い木の間を抜け、猿から見えない場所へ入る。


 《森林歩行》のおかげで、足場の悪い場所でも速度を落とさずに進めた。


 背後から石が飛ぶ。


 一つが肩へ当たった。


「ぐっ!」


 防具が衝撃を受け止める。


 ウィルは振り返らない。


 石段が見えた。


 階段へ向かって走る。


 最後の石が、円盾の縁へ当たった。


 金属音が森へ響く。


 ウィルは石段を駆け上がった。


 第一階層まで戻り、ようやく足を止める。


 樹上猿たちは追ってこなかった。


「一匹なら戦える」


 肩を回す。


 痛みはあるが、腕は動く。


「複数は無理だ」


 昨日の大針蜂と同じだった。


 単体なら、工夫して倒せる。


 だが、複数を同時に相手にする力は、まだない。


 それを確かめられただけでも、十分だった。


     ◇


 買取所の男は、樹上猿の牙を手に取った。


「珍しいな。樹上猿を一人で倒したのか?」


「ああ」


「弓は?」


「使っていない」


「なら、木から降ろしたのか」


「枝へ石を投げた」


 男は牙を確認しながら、少し笑った。


「猿と石の投げ合いをしたわけか」


「投げ合ってはいない」


「向こうからも投げられただろう?」


「……投げ合っていたかもしれない」


「樹上猿の方が上手かったか?」


「石を選ぶのは、向こうの方が上だった」


「投げる方は?」


「俺が勝った」


「倒しているんだから、そうだろうな」


 男は魔石と牙を机へ置いた。


「合わせて銅貨31枚だ」


「大針蜂より少ないのか?」


「樹上猿は、落とす素材が少ない。毛皮が残ればもう少し高いが、低確率だ」


 ウィルは銅貨31枚を受け取った。


 危険度に比べると、稼ぎは多くない。


 石を受け続ければ、防具の修理代もかかる。


 金を稼ぐだけなら、角ウサギの方が効率はいいかもしれない。


「ただ、樹上猿の牙は道具の細工に使われる」


 男が続けた。


「必要としている職人はいる。数を持ち込めば、少し高く買うこともある」


「群れを相手にするつもりはない」


「それがいい。金を稼ぐ前に、頭を割られたら終わりだ」


 買取所を出たあと、ウィルは盾を確認した。


 石が当たった跡が、いくつも残っている。


 修理するほど深くはない。


 だが、少しずつ傷は増えていた。


 同じ円盾がガチャから出れば、《装備統合》を試せる。


 現在のガチャチケットは8枚。


 あと2枚。


 牙猪を初めて倒せば、1枚。


 残りの1枚は、大針蜂か樹上猿を合計10体倒すか、第三階層の新しい魔物を討伐すれば手に入る。


 ただし、順番どおりに進めば、第二階層の次は牙猪だった。


     ◇


 食堂の前を通ると、扉が開いた。


 エプロン姿のアレナが、空になった木箱を持って立っている。


 ウィルの顔を見ると、すぐに眉を寄せた。


「頬、どうしたの?」


「石が掠めた」


「誰に投げられたの?」


「猿だ」


「町で?」


「ダンジョンで」


「ダンジョンに、石を投げる猿がいるの?」


「ああ」


 アレナはウィルの頬を近くで確認した。


 細い傷から、少しだけ血が滲んでいる。


「店に入って」

「家で洗う」

「傷に土がついてる」

「浅い」

「浅くても洗う」


 アレナは木箱を店の横へ置いた。


「今日の食事は?」

「家にスープがある」

「何を入れたの?」

「芋、ニンジン、玉ネギ、豆、それと肉」

「塩は?」

「測った」

「ニンジンは?」

「柔らかい」

「味見は?」

「した」

「本当に?」

「ああ」


 アレナは少し考える。


「なら、持ってきて」

「なぜだ?」

「私が確認する」

「自分で食べるために作った」

「全部持ってこいとは言ってない」

「確認する必要はない」

「ある」

「どうして?」

「上手くできていたら、褒めるから」


 ウィルは言葉に詰まった。


 褒められるために作ったわけではない。


 だが、褒められることを拒む理由も思いつかなかった。


「明日、残っていたら持ってくる」

「今日じゃないの?」

「防具を外したい」

「それなら、傷だけ洗って帰ればいい」

「家でも洗える」

「店にお湯がある」


 昨日と同じだった。


 一度で全部きれいにしなくてもいいと言いながら、アレナは毎日のようにウィルの傷や汚れを見つける。


 ウィルは諦めた。


「傷だけだぞ」

「分かってる」


 アレナは扉を開けた。


 店内から、温かなスープの匂いが流れてくる。


 ウィルは一度だけ周囲を確認し、食堂へ入った。


 前に来たときほど、店の話し声は止まらなかった。


 何人かはこちらを見た。


 だが、すぐに食事へ戻る者もいた。


 たった一度で、何かが大きく変わるわけではない。


 それでも、昨日より少しだけ店へ入りやすかった。


     ◇


 家へ戻ったウィルは、食卓へ冒険者証を置いた。


 樹上猿:1体。


 迷宮討伐記録:5/10。


 ガチャチケット:8枚。


 次のコンプリート報酬まで、あと1種類。


 最初の11連ガチャまで、あと2枚。


 ウィルは今日拾った石を、机の上へ並べた。


 樹上猿が選んだ石は、どれも丸く、重さもよく似ている。


 投げるために集めたものだ。


 一つを手に取り、壁の丸へ向けて投げる。


 石は丸の中心へ当たった。


 自分が選んだ石より、投げやすい。


「猿からも、学べることはあるか」


 倒した相手から、何かを得る。


 魔石や素材だけではない。


 大針蜂からは、動く相手の先を狙うことを学んだ。


 樹上猿からは、相手の視線と逃げ道を見ることを学んだ。


 次は牙猪。


 角ウサギより重く、突進の威力も強い。


 正面から盾で受ければ、腕ごと壊されるかもしれない。


 ウィルは資料に描かれた、大きな牙を見つめた。


 角ウサギと似ているからこそ、同じ戦い方をしてはいけない。


 手のひらに載せた石を握る。


 厚く硬くなった指へ、石の重みが馴染んだ。


 鉱山にいた頃、この手で握るものを選ぶことはできなかった。


 今は違う。


 剣を握ることも。


 盾を持つことも。


 石を投げることも。


 すべて、自分で選べる。


「次は、牙猪だ」


 ウィルは石を机へ置き、傷の増えた円盾へ目を向けた。


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