第12話 石を投げる猿
翌朝。
ウィルは食卓へ座り、冒険者証に表示された能力を確認した。
名前:ウィル・クロード
レベル:3
生命力:22
筋力:18
敏捷:10
魔力:7
昨日、第二階層で大針蜂を2体倒した。
現在のガチャチケットは7枚。
次の11連ガチャまで、あと3枚だった。
だが、チケットだけを目的に戦うつもりはない。
第二階層に生息している魔物は、大針蜂、樹上猿、牙猪の3種類。
まずは一体ずつ戦い、どのような魔物なのかを知る必要がある。
ウィルは机の上に、小さな石を並べた。
昨日、大針蜂へ投げたものと同じくらいの大きさだ。
親指より少し大きく、片手で握りやすい。重すぎず、軽すぎない石を選んである。
家の壁には、炭で小さな丸を描いていた。
ウィルは石を一つ持ち、丸へ向けて投げる。
石は狙った場所より、少し右へ当たった。
「近いな」
もう一つ投げる。
今度は丸の中へ入った。
鉱山では、選別した石を箱へ放り込んでいた。
看守へ見つかれば怠けていると怒鳴られたため、周囲を確認しながら素早く投げる必要があった。
止まっている箱なら、ある程度は狙える。
だが、樹上猿は動く。
しかも相手も石を投げてくる。
ウィルは三つ目の石を手に取った。
今度は壁の丸ではなく、その少し左へ投げる。
石は壁へ当たり、床へ落ちた。
動いている相手には、今いる場所ではなく、次に移動する場所を狙わなければならない。
大針蜂との戦いで覚えたことだ。
「当てられるかどうかは、分からないな」
ウィルは落ちた石を拾い、腰の革袋へ入れた。
石は全部で8個。
多すぎれば重くなる。
少なすぎれば、戦いの途中でなくなる。
片手剣と円盾を確認し、胸元の布袋へ触れる。
母親の手紙も入っている。
「行ってくる」
ウィルは家を出た。
◇
冒険者協会へ入ると、受付の女性がすぐに声をかけてきた。
「今日は樹上猿ですか?」
「なぜ分かった?」
「昨日、最後に樹上猿の資料を見ていたでしょう」
「見られていたのか」
「受付の目の前で読んでいましたから」
女性は机の下から、第二階層の資料を取り出した。
樹上猿の頁を開く。
「先に確認します。石を投げ合うつもりですか?」
「石は持ってきた」
「投げ合わないでくださいと言いましたよね?」
「一方的に投げられるよりはいい」
「そういう問題ではありません」
受付の女性は、樹上猿の絵を指した。
長い腕と尾を持つ、小柄な猿だ。
木の枝に座り、片手に石を握っている。
「樹上猿は、大針蜂ほど素早く飛び回るわけではありません。ただし、人間の動きをよく見ています」
「石を投げれば避ける?」
「避けます。それどころか、投げる前の動きで狙われていると判断します」
「なら、投げても当たらないのか?」
「普通に投げれば、ほとんど当たりません」
昨日の大針蜂も、ウィルが腕を動かしただけで高度を変えた。
樹上猿は、それ以上に人間の動きを読むらしい。
「樹上猿の攻撃は石だけですか?」
「木の実や枝も投げます。近づけば爪や牙も使いますが、基本的には木の上から降りてきません」
「倒せない相手ではないだろう?」
「もちろんです。弓を持った冒険者なら、比較的戦いやすい相手です」
「俺は弓を使えない」
「剣士の場合は、木から降ろす必要があります」
「どうやって?」
「方法はいくつかあります。木を揺らす、投げた石で追い込む、低い枝へ誘う。ですが、一番安全なのは複数人で囲むことです」
ウィルは一人だった。
一人で戦うなら、自分で工夫するしかない。
「木を切るのは?」
「樹上猿一体のために、迷宮の木を切り倒すつもりですか?」
「細い木なら」
「時間がかかります。その間、ずっと石を投げられますよ」
「盾で防ぐ」
「上から投げられる石を盾で防ぐと、正面が見えなくなります」
盾を頭上へ上げれば、視界が塞がる。
その隙に樹上猿が別の木へ移れば、位置を見失う。
「それに、樹上猿は一匹とは限りません」
「群れるのか?」
「大針蜂ほどではありませんが、2匹から4匹で行動することがあります」
上から複数の石を投げられれば、盾だけですべてを防ぐのは難しい。
「一匹だけなら戦う。複数なら離れる」
「その判断でお願いします」
受付の女性は資料を閉じた。
「それと、樹上猿は食べ物や光る物を奪います」
「奪われたものは?」
「巣へ持ち帰ります。追いかけないでください」
「取り返せないのか?」
「追いかけた先に仲間がいる可能性があります」
ウィルは胸元の布袋へ手を当てた。
母親の手紙が入っている。
これだけは奪われるわけにはいかない。
革紐を確認し、シャツの内側へ入れ直した。
「食料は《アイテムボックス》へ入れておく」
「それが安全です」
「石は?」
「革袋に入れたままで構いません。樹上猿は、普通の石を奪おうとはしませんから」
「石を集めて投げるのに?」
「自分で選んだ石以外には、こだわりがあるのかもしれません」
「面倒な猿だな」
「魔物ですから」
受付の女性は、少しだけ笑った。
「無理に今日倒す必要はありません。戦い方が分からなければ、一度戻ってきてください」
「ああ」
「返事だけは、いつもいいですね」
「今日は守る」
「昨日も聞きました」
「昨日は、三匹の大針蜂から逃げた」
「それは正しい判断でした」
女性は冒険者証を返した。
「では、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
◇
森林迷宮の第一階層を抜け、石段を下りる。
第二階層へ入ると、湿った空気と濃い草木の匂いがウィルを包んだ。
頭上を覆う枝葉。
太い木の幹。
腰の高さまで伸びた大きな葉。
昨日と変わらない森だった。
だが、今日は羽音が聞こえない。
ウィルは目を閉じ、《気配察知・小》へ意識を向けた。
近くに強い敵意はない。
遠くに、弱い反応が一つ。
地上ではない。
頭上から感じる。
「猿か」
ウィルは円盾を腕へ装着し、片手剣を抜いた。
すぐには近づかない。
木の陰を利用しながら、ゆっくりと進む。
何かが葉の間を動いた。
枝が、小さく揺れる。
ウィルが足を止めると、頭上から木の実が落ちてきた。
額のすぐ横を通り、地面へ当たる。
硬い音が鳴った。
食べられるような柔らかい実ではない。
小さな石と変わらない硬さだった。
「見つかっているな」
ウィルは木を背にし、盾を斜め上へ向けた。
枝の上から、灰色の顔が覗く。
樹上猿だった。
身体は人間の子供ほど。
腕は長く、手には丸い石を握っている。
樹上猿は歯を見せた。
「ギャッ!」
石を投げる。
ウィルは盾を上げた。
がんっ、と硬い音が鳴る。
石は盾の中央へ当たり、地面へ落ちた。
威力は大針蜂の突進ほどではない。
だが、頭へ直撃すれば無事では済まない。
ウィルは盾の陰から樹上猿を見る。
すでに次の石を持っていた。
「どこから出した?」
枝の根元に、石がいくつも積まれている。
樹上猿が事前に集めたものらしい。
石を一つずつ拾う必要がない。
その場所から動かない限り、何度でも投げられる。
2個目の石が飛んでくる。
盾で防ぐ。
3個目。
今度は盾ではなく、足元を狙われた。
ウィルは横へ動いた。
石が地面へ当たり、泥が跳ねる。
盾の陰へ隠れているだけでは、いずれ攻撃を受ける。
ウィルは腰の革袋から石を取り出した。
樹上猿へ向けて投げる。
腕が動いた瞬間、樹上猿が枝を蹴った。
隣の枝へ飛び移る。
石は、猿がいた場所を通り過ぎた。
「やはり避けるか」
樹上猿が甲高い声を上げた。
「ギャッ、ギャッ!」
笑っているようにも聞こえる。
次に投げられた石は、ウィルの右肩を狙っていた。
盾を横へ動かし、受け止める。
樹上猿はウィルの盾の位置を見て、空いている場所を狙っている。
ただ闇雲に投げているわけではない。
「人間の動きを見ている」
受付の女性が言っていたとおりだった。
ウィルは2個目の石を握る。
今度は樹上猿ではなく、猿が移動しそうな隣の枝を狙った。
石を投げる。
樹上猿は反対方向へ飛んだ。
予想と違う枝へ移る。
当たらない。
猿は、ウィルの腕だけではなく、視線も見ているらしい。
狙った場所へ先に目を向ければ、そこを避ける。
頭上から石が飛んでくる。
ウィルは盾で防いだ。
その直後、別の石が右側から飛んできた。
一つ目は囮だった。
「っ!」
顔を横へ向ける。
石が頬を掠めた。
皮膚が切れ、熱い痛みが走る。
ウィルは木の陰へ移動した。
指で頬へ触れる。
血がついた。
深くはない。
だが、もう少し内側なら目へ当たっていた。
「一匹でも、油断できないな」
樹上猿は、すぐに追ってこなかった。
枝の上からウィルを見下ろし、新しい石を手に取っている。
現在の位置からでは、木の幹が邪魔で投げられない。
ウィルにも、猿へ石を投げることはできない。
互いに相手が動くのを待っていた。
ウィルは呼吸を整える。
正面から石を投げても避けられる。
近づけば、別の木へ逃げる。
木の幹を切り倒す時間もない。
相手が見てから避けられない状況を作る必要がある。
ウィルは足元を見た。
樹上猿が投げた石が、いくつも落ちている。
どれも同じくらいの大きさだった。
丸みがあり、投げやすい形をしている。
「自分で選んだ石か」
ウィルは一つ拾った。
持ってきた石よりも重い。
猿の身体の大きさを考えれば、かなりの重さだ。
それを片手で正確に投げている。
力だけでなく、投げることに慣れていた。
ウィルは石を革袋へ入れた。
そして木の陰から、ゆっくり姿を出す。
樹上猿が石を構えた。
ウィルは盾を頭上へ上げる。
猿の姿が見えなくなる。
すぐに、盾へ石が当たった。
ウィルはそのまま前へ走る。
樹上猿がいる木へ近づく。
盾で頭を守り、足元だけを見る。
木の根を越える。
上から2個目の石が飛んでくる。
盾へ当たった。
3個目。
今度はウィルの足元へ投げられた。
石が脛へ当たる。
「ぐっ!」
痛みが走った。
それでも、止まらない。
木の幹まで、あと数歩。
樹上猿が隣の木へ移動する。
枝が大きく揺れた。
ウィルは盾を下ろした。
猿は、すでに別の木の枝へ着地している。
追いかけても同じだ。
ウィルは止まった。
樹上猿が新しい石を手に取る。
「ギャッ!」
また笑うような声を上げた。
ウィルは一度、距離を取った。
樹上猿は追ってこない。
自分の石を積んだ場所へ戻り、枝へ座った。
「離れすぎると、元の場所へ戻る」
猿は縄張りを守っているのかもしれない。
無限に逃げ続けるわけではない。
それなら、利用できる。
ウィルは再び木の陰へ隠れた。
腰の革袋を確認する。
持ってきた石は6個。
樹上猿が投げた石が1個。
全部で7個ある。
ウィルは、樹上猿がいる木の周囲を観察した。
右側には太い枝。
左側には細い枝。
後ろには、少し離れた別の木がある。
ウィルが石を投げたとき、樹上猿は最初に右へ跳んだ。
次は左。
同じ方向へ続けて逃げるとは限らない。
だが、着地する場所は限られている。
枝なら、どこでも身体を支えられるわけではない。
細すぎる枝へ飛べば折れる。
葉の多い場所では、視界が塞がる。
猿は、必ず太く安定した枝を選んでいた。
「石ではなく、逃げる場所を見る」
ウィルは樹上猿が投げた、少し重い石を右手に持った。
左腕の盾を、身体の前へ構える。
木の陰から出る。
樹上猿がこちらを見る。
ウィルは猿へ視線を向けたまま、石を投げる動きを見せた。
樹上猿が身体を低くする。
逃げる準備。
ウィルは石を投げなかった。
腕だけを動かした。
猿が右側の枝へ飛ぶ。
着地した。
「そこか」
ウィルは持っていた石を投げた。
今度は猿ではなく、次に移動できる太い枝を狙う。
石が枝へ当たった。
乾いた音が鳴る。
樹上猿が驚き、反対側へ跳んだ。
そこには細い枝しかない。
猿の手が枝を掴む。
枝が大きくしなる。
身体を支えきれない。
「ギャッ!」
枝が折れた。
樹上猿の身体が、下の枝へ落ちる。
完全には地面へ落ちなかった。
長い腕で別の枝を掴み、ぶら下がる。
だが、両手が塞がっている。
石を投げることはできない。
ウィルは走った。
樹上猿が身体を揺らし、枝の上へ戻ろうとする。
ウィルは木の根元まで近づいた。
剣は届かない。
まだ少し高い。
樹上猿が片脚を枝へかける。
ウィルは腰の革袋から、次の石を取り出した。
猿の手ではない。
身体を支えている枝の根元へ投げる。
石が当たった。
猿が驚き、手を離す。
今度こそ、地面へ落ちた。
ウィルは盾を構えた。
樹上猿はすぐに立ち上がり、木へ向かって走る。
逃がせば、また石を投げられる。
ウィルは進路へ回り込んだ。
樹上猿が歯を見せる。
「ギャアッ!」
長い腕を振り回し、鋭い爪で攻撃してきた。
円盾で受ける。
革を引っかく音がした。
石ほど重い攻撃ではない。
だが、動きは速かった。
右から爪。
左から爪。
交互に盾へ当たる。
樹上猿はウィルの足元を抜け、木へ逃げようとする。
ウィルは盾を地面へ近づけ、進路を塞いだ。
猿の身体が盾へぶつかる。
ウィルは剣を振る。
刃が樹上猿の肩へ入った。
「ギャッ!」
猿が地面を転がる。
すぐに立ち上がり、今度はウィルの顔へ飛びかかった。
爪が目を狙っている。
ウィルは身体を低くした。
円盾を斜め上へ突き出す。
樹上猿の身体が盾の表面へ当たった。
鉱山で岩を押し上げていた左腕へ力を込める。
「ふっ!」
猿の身体を、盾ごと横へ押し流す。
樹上猿が地面へ落ちた。
その瞬間、ウィルは一歩踏み込んだ。
片手剣を振り下ろす。
刃が首元へ入った。
樹上猿の身体が淡い光に包まれる。
粒子となって消えたあと、地面には魔石と細い牙が残された。
樹上猿を初めて討伐しました。
初回討伐報酬を獲得しました。
ガチャチケット:1枚
所持ガチャチケット:8枚
樹上猿討伐数:1体。
迷宮討伐記録:5/10。
「倒せた……」
ウィルは剣を下ろした。
頬の傷が痛む。
脛にも、石が当たった鈍い痛みが残っている。
盾には、新しい傷がいくつも増えていた。
簡単な戦いではなかった。
樹上猿は、石を投げるだけの魔物ではない。
相手の動きを見る。
盾の位置を確認する。
囮の石まで使う。
木から落としても、爪と牙で攻撃してくる。
一匹を倒すだけで、かなりの時間がかかった。
ウィルは周囲へ意識を向けた。
《気配察知・小》に、新しい敵意はない。
魔石と牙を拾い、《アイテムボックス》へ収納する。
樹上猿が投げた石も、いくつか拾った。
自分が選んだものより、少し重い。
表面が丸く、握りやすい。
「石を見る目は、猿の方が上かもしれないな」
ウィルは一つを革袋へ入れた。
◇
帰り道。
ウィルは第二階層の森を慎重に進んでいた。
今日の目的は達成した。
樹上猿を一体倒し、戦い方もある程度分かった。
これ以上、無理に探す必要はない。
石段へ続く道まで、あと少し。
そのとき、《気配察知・小》が反応した。
頭上。
一つではない。
二つ。
三つ。
さらに、少し離れた場所にもう一つ。
ウィルは足を止めた。
枝の上から、複数の樹上猿がこちらを見ている。
一匹目より、身体が少し小さい。
だが、全員が石を持っていた。
「群れか」
ウィルは盾を頭上へ上げた。
戦うつもりはない。
4匹を木から落とす方法など、今のウィルにはなかった。
石が飛んでくる。
盾へ当たった。
別の石が足元へ落ちる。
ウィルは石段の方向へ走った。
上だけを見ない。
足元を確認する。
木の根を越える。
樹上猿たちは枝の上を移動しながら追ってきた。
右から石。
盾で防ぐ。
左から石。
身体を木の陰へ入れる。
正面の枝にも猿がいる。
ウィルの進路を予測して先回りしていた。
「頭がいいな」
ウィルは走る方向を変えた。
石段へ一直線には向かわない。
太い木の間を抜け、猿から見えない場所へ入る。
《森林歩行》のおかげで、足場の悪い場所でも速度を落とさずに進めた。
背後から石が飛ぶ。
一つが肩へ当たった。
「ぐっ!」
防具が衝撃を受け止める。
ウィルは振り返らない。
石段が見えた。
階段へ向かって走る。
最後の石が、円盾の縁へ当たった。
金属音が森へ響く。
ウィルは石段を駆け上がった。
第一階層まで戻り、ようやく足を止める。
樹上猿たちは追ってこなかった。
「一匹なら戦える」
肩を回す。
痛みはあるが、腕は動く。
「複数は無理だ」
昨日の大針蜂と同じだった。
単体なら、工夫して倒せる。
だが、複数を同時に相手にする力は、まだない。
それを確かめられただけでも、十分だった。
◇
買取所の男は、樹上猿の牙を手に取った。
「珍しいな。樹上猿を一人で倒したのか?」
「ああ」
「弓は?」
「使っていない」
「なら、木から降ろしたのか」
「枝へ石を投げた」
男は牙を確認しながら、少し笑った。
「猿と石の投げ合いをしたわけか」
「投げ合ってはいない」
「向こうからも投げられただろう?」
「……投げ合っていたかもしれない」
「樹上猿の方が上手かったか?」
「石を選ぶのは、向こうの方が上だった」
「投げる方は?」
「俺が勝った」
「倒しているんだから、そうだろうな」
男は魔石と牙を机へ置いた。
「合わせて銅貨31枚だ」
「大針蜂より少ないのか?」
「樹上猿は、落とす素材が少ない。毛皮が残ればもう少し高いが、低確率だ」
ウィルは銅貨31枚を受け取った。
危険度に比べると、稼ぎは多くない。
石を受け続ければ、防具の修理代もかかる。
金を稼ぐだけなら、角ウサギの方が効率はいいかもしれない。
「ただ、樹上猿の牙は道具の細工に使われる」
男が続けた。
「必要としている職人はいる。数を持ち込めば、少し高く買うこともある」
「群れを相手にするつもりはない」
「それがいい。金を稼ぐ前に、頭を割られたら終わりだ」
買取所を出たあと、ウィルは盾を確認した。
石が当たった跡が、いくつも残っている。
修理するほど深くはない。
だが、少しずつ傷は増えていた。
同じ円盾がガチャから出れば、《装備統合》を試せる。
現在のガチャチケットは8枚。
あと2枚。
牙猪を初めて倒せば、1枚。
残りの1枚は、大針蜂か樹上猿を合計10体倒すか、第三階層の新しい魔物を討伐すれば手に入る。
ただし、順番どおりに進めば、第二階層の次は牙猪だった。
◇
食堂の前を通ると、扉が開いた。
エプロン姿のアレナが、空になった木箱を持って立っている。
ウィルの顔を見ると、すぐに眉を寄せた。
「頬、どうしたの?」
「石が掠めた」
「誰に投げられたの?」
「猿だ」
「町で?」
「ダンジョンで」
「ダンジョンに、石を投げる猿がいるの?」
「ああ」
アレナはウィルの頬を近くで確認した。
細い傷から、少しだけ血が滲んでいる。
「店に入って」
「家で洗う」
「傷に土がついてる」
「浅い」
「浅くても洗う」
アレナは木箱を店の横へ置いた。
「今日の食事は?」
「家にスープがある」
「何を入れたの?」
「芋、ニンジン、玉ネギ、豆、それと肉」
「塩は?」
「測った」
「ニンジンは?」
「柔らかい」
「味見は?」
「した」
「本当に?」
「ああ」
アレナは少し考える。
「なら、持ってきて」
「なぜだ?」
「私が確認する」
「自分で食べるために作った」
「全部持ってこいとは言ってない」
「確認する必要はない」
「ある」
「どうして?」
「上手くできていたら、褒めるから」
ウィルは言葉に詰まった。
褒められるために作ったわけではない。
だが、褒められることを拒む理由も思いつかなかった。
「明日、残っていたら持ってくる」
「今日じゃないの?」
「防具を外したい」
「それなら、傷だけ洗って帰ればいい」
「家でも洗える」
「店にお湯がある」
昨日と同じだった。
一度で全部きれいにしなくてもいいと言いながら、アレナは毎日のようにウィルの傷や汚れを見つける。
ウィルは諦めた。
「傷だけだぞ」
「分かってる」
アレナは扉を開けた。
店内から、温かなスープの匂いが流れてくる。
ウィルは一度だけ周囲を確認し、食堂へ入った。
前に来たときほど、店の話し声は止まらなかった。
何人かはこちらを見た。
だが、すぐに食事へ戻る者もいた。
たった一度で、何かが大きく変わるわけではない。
それでも、昨日より少しだけ店へ入りやすかった。
◇
家へ戻ったウィルは、食卓へ冒険者証を置いた。
樹上猿:1体。
迷宮討伐記録:5/10。
ガチャチケット:8枚。
次のコンプリート報酬まで、あと1種類。
最初の11連ガチャまで、あと2枚。
ウィルは今日拾った石を、机の上へ並べた。
樹上猿が選んだ石は、どれも丸く、重さもよく似ている。
投げるために集めたものだ。
一つを手に取り、壁の丸へ向けて投げる。
石は丸の中心へ当たった。
自分が選んだ石より、投げやすい。
「猿からも、学べることはあるか」
倒した相手から、何かを得る。
魔石や素材だけではない。
大針蜂からは、動く相手の先を狙うことを学んだ。
樹上猿からは、相手の視線と逃げ道を見ることを学んだ。
次は牙猪。
角ウサギより重く、突進の威力も強い。
正面から盾で受ければ、腕ごと壊されるかもしれない。
ウィルは資料に描かれた、大きな牙を見つめた。
角ウサギと似ているからこそ、同じ戦い方をしてはいけない。
手のひらに載せた石を握る。
厚く硬くなった指へ、石の重みが馴染んだ。
鉱山にいた頃、この手で握るものを選ぶことはできなかった。
今は違う。
剣を握ることも。
盾を持つことも。
石を投げることも。
すべて、自分で選べる。
「次は、牙猪だ」
ウィルは石を机へ置き、傷の増えた円盾へ目を向けた。




