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第11話 空を飛ぶ魔物



 翌朝。


 ウィルは家を出る前に、修理された胸当てを確かめた。


 角ウサギの角に裂かれた場所には、新しい革が縫い重ねられている。元の革より少し濃い色をしており、傷跡のように目立っていた。


 円盾の縁にも、いくつもの傷が残っている。


 どれも、これまでの戦いでついたものだ。


 壊れてはいない。


 だが、永遠に使えるわけでもなかった。


「次は、空を飛ぶ敵か」


 昨日見つけた第二階層。


 石段の奥から聞こえていたのは、虫の羽音に似ていた。


 角ウサギのように、地面を一直線に突進してくる相手ではない。


 剣が届かない高さから攻撃される可能性もある。


 ウィルは食卓へ置いていた冒険者証を手に取った。


 レベル3。

 生命力22。

 筋力18。

 敏捷10。

 魔力7。

 ガチャチケットは6枚。


 迷宮で討伐した魔物は、まだ3種類だった。


「今日は、倒すより調べる」


 第二階層へ入ったからといって、必ず戦う必要はない。


 相手の姿。


 攻撃方法。


 逃げられる場所。


 それらを確かめ、危険だと思えば戻る。


 ウィルは片手剣を腰へ下げ、円盾を背負った。


 胸元の布袋に母親の手紙が入っていることを確かめ、家を出る。


「行ってくる」


 返事のない家へ、今日も声をかけた。


     ◇


 冒険者協会の受付では、いつもの女性が書類を並べていた。


 ウィルが近づくと、顔を上げる。


「第二階層へ行く顔ですね」


「顔には出ていないはずだ」


「昨日、入口を発見した方が、今日も角ウサギだけを狩りに行くとは思えません」


「行動が分かりやすいのか?」


「かなり」


 受付の女性は机の下から、一冊の資料を取り出した。


 表紙には、《ユーカリ森林迷宮・第二階層》と書かれている。


「昨日もらった資料には、第一階層の魔物しか載っていなかった」


「新人へ、最初からすべて渡す必要はありませんから」


「なぜ?」


「まだ行けない場所の情報まで覚えようとすると、本当に必要な注意を忘れる人がいるんです」


 女性は資料を開いた。


 最初の頁に、大きな蜂の絵が描かれている。


 丸みのある胴体。


 透明な羽。


 腹部の先には、長く鋭い針が伸びていた。


「《大針蜂》です。第二階層で最初に遭遇する可能性が高い魔物ですね」


「毒は?」


「ありません」


 ウィルは少しだけ安心した。


「ただし、針は革防具を貫きます」


 安心した直後に、別の危険を告げられた。


「毒がなくても、刺された場所によっては死にます。首、目、脇の下などを狙われないようにしてください」


「盾で防げるか?」


「防げます。ただし、正面から来るとは限りません」


 受付の女性は、蜂の絵の周囲へ指で円を描いた。


「大針蜂は、相手の周囲を飛びながら隙を探します。正面へ盾を構えていると、横や背後へ回り込みます」


「背中を木につける?」


「有効です。攻撃される方向を減らせますから」


「剣は届くのか?」


「低く飛んでいるときなら。ただ、無理に追いかけないでください。上を見ながら走って、木の根につまずく新人が多いので」


 ウィルには《森林歩行》がある。


 それでも、空だけを見ながら動けば危険なのは同じだ。


「弓や槍がない場合は?」


「攻撃してくる瞬間を狙うのが基本です」


 大針蜂が針を突き出すときは、高度を下げなければならない。


 盾で攻撃を防ぎ、その直後に剣を振る。


 言葉にすれば簡単だ。


 実際にできるかは分からない。


「石を投げるのは?」


 ウィルが尋ねると、女性は少し考えた。


「当てられるなら有効です。羽を傷つければ、地面へ落とせます」


「石なら、迷宮にある」


「ありますが、拾うために屈んでいるところを刺されないでくださいね」


「先に持っておく」


「投げることに慣れているんですか?」


「鉱山で、選別した石を箱へ入れていた」


「投げていたんですか?」


「一日中、運んでいたら腕が動かなくなる。看守に見つからないときは投げた」


 重い鉱石は運ばなければならない。


 だが、価値のない小石まで一つずつ運ぶ必要はなかった。


 周囲に看守がいなければ、選別箱へ放り投げることもあった。


 最初は何度も外した。


 七年間も続ければ、ある程度は狙った場所へ投げられる。


「それは、冒険者向けの訓練ではありませんね」


「分かっている」


「ですが、使える経験ではあります」


 受付の女性は、次の頁を開いた。


 そこには、枝の上に座る猿が描かれていた。


「こちらが《樹上猿》。枝や木の実、小石を投げます。冒険者の荷物を奪うこともあります」


「猿も石を投げるのか」


「投げ合いはしないでください」


「勝てると思う」


「そういう問題ではありません」


 さらに頁をめくる。


 今度は、大きな牙を持つ猪だった。


「《牙猪》です。角ウサギよりも重く、突進の威力も上です」


「第二階層には、その3種類がいる?」


「確認されている通常魔物は、その3種類です」


 大針蜂。


 樹上猿。


 牙猪。


 3種類すべて倒せば、迷宮の討伐記録は6種類になる。


 前回は3種類を討伐したことで、《森林歩行》と《気配察知・小》を獲得した。


 6種類目でも、新しい報酬が得られる可能性が高い。


「今日は大針蜂だけにしてください」


 受付の女性が、資料を閉じた。


「戦えるかどうかを確認したら帰る。ほかの魔物を見つけても、無理に追わないでください」


「分かった」


「それから、第二階層へ一人で入る新人は多くありません」


「入ってはいけないのか?」


「禁止ではありません。ただ、空と木の上と地面を同時に警戒する必要があります」


 一人では、見られる方向に限界がある。


 ウィルにも分かっていた。


「危険なら戻る」


「昨日も、同じことを聞きました」


「昨日は戻った」


「最後の角ウサギに怪我をさせられています」


「あれは、戻る直前だった」


「一番危険な言い訳ですね」


 受付の女性は、呆れたように息を吐いた。


「今日は本当に慎重にしてください」


「ああ」


「では、行ってらっしゃい」


「行ってきます」


     ◇


 第一階層では、角ウサギを一匹だけ見つけた。


 ウィルは戦わず、離れた場所を通った。


 今日の目的は第二階層だ。


 余計な戦闘で盾や防具を傷つける必要はない。


 昨日見つけた石畳を進み、下へ続く石段へ着く。


 入口の向こうは薄暗かった。


 第二階層。


 ウィルは階段の手前で立ち止まり、円盾を左腕へ装着した。


 片手剣を抜く。


 階段の近くに落ちていた、小さな石を拾った。


 大きさや重さを確かめる。


 軽すぎれば、蜂へ当たっても効果がない。


 重すぎれば、素早く投げられない。


 親指より少し大きい石を四つ選び、腰の革袋へ入れた。


「倒すより、調べる」


 もう一度、自分へ言い聞かせる。


 ウィルは石段を下りた。


     ◇


 第二階層へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


 第一階層よりも湿っている。


 木々は太く、枝葉が頭上を覆っていた。昼間にもかかわらず、森の中には薄い影が広がっている。


 地面から飛び出した木の根。


 大きな葉。


 人の腰ほどもある、色鮮やかな花。


 遠くから、水の流れる音も聞こえた。


 ウィルはすぐには進まなかった。


 目を閉じ、《気配察知・小》へ意識を向ける。


 近くに強い敵意はない。


 だが、頭上から細かな振動が伝わってくる。


 ぶうん。


 低い羽音。


 ウィルは剣を構えた。


 音は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


「見えない」


 枝と葉が多く、空を見通すことができない。


 相手が飛べるだけで、これほど警戒する場所が増える。


 ウィルは背の高い木の近くを選びながら進んだ。


 背後を幹で塞げば、少なくとも後ろから真っすぐ攻撃されることはない。


 足元も確認する。


 《森林歩行》があっても、太い根に足を引っかければ転ぶ。


 羽音が、再び聞こえた。


 今度は近い。


 ぶうん。


 ぶうん。


 左上。


 ウィルが顔を上げる。


 枝の隙間から、黄色と黒の身体が現れた。


 大針蜂。


 資料で見た絵よりも大きい。


 羽を広げた幅は、ウィルの腕ほどもあった。


 腹部の先に伸びた針は、細い短剣のように見える。


 大針蜂は空中で止まり、ウィルを見下ろしていた。


 複眼が、淡い赤色に光る。


 敵意が強くなった。


「来るか」


 ウィルは木を背にして盾を構えた。


 大針蜂が横へ動く。


 右。


 左。


 一定の距離を保ちながら、ウィルの周囲を回ろうとしている。


 背後には木があるため、完全には回り込めない。


 大針蜂が右側へ移動した。


 ウィルも盾の向きを変える。


 今度は左。


 相手の動きを追うだけで、腕が忙しい。


 突然、羽音が大きくなった。


 大針蜂が高度を下げる。


 針を前へ向けた。


「来た!」


 円盾を突き出す。


 硬い音が鳴った。


 針が盾の表面へ当たり、金属を擦る。


 衝撃は、角ウサギより軽い。


 だが、大針蜂は地面へ落ちなかった。


 羽を動かし、すぐに上へ逃げる。


 ウィルは剣を振った。


 届かない。


 刃の先が、透明な羽の下を通り過ぎた。


 大針蜂は頭上へ戻った。


「低くなる時間が短い」


 攻撃を防いでから剣を振っても、間に合わない。


 敏捷が上がっても、空を飛ぶ相手の方が速かった。


 大針蜂が再び周囲を回る。


 ウィルは盾を構えながら、右手の剣を鞘へ戻した。


 空いた右手を腰の革袋へ入れる。


 石を一つ取り出した。


 大針蜂が動きを止める。


 ウィルは石を投げた。


 大針蜂の横を通り過ぎる。


 外れた。


 石が木の幹へ当たり、乾いた音を立てる。


 大針蜂が少しだけ高度を上げた。


「簡単には当たらないか」


 鉱山の選別箱は動かなかった。


 大針蜂は、こちらが腕を動かすだけで逃げる。


 同じ投げ方では当たらない。


 大針蜂が急降下する。


 ウィルは盾で針を受けた。


 今度は、盾の縁を狙われた。


 針が金属の外側を滑り、左肩の近くを通る。


 革の肩当てへ細い傷が入った。


 ウィルは身体を木へ寄せた。


 大針蜂が再び距離を取る。


 一度目より、攻撃が正確だった。


 こちらの盾の形を覚えているのかもしれない。


 ウィルは二つ目の石を取り出した。


 すぐには投げない。


 大針蜂の動きを観察する。


 右へ飛ぶ。


 止まる。


 左へ飛ぶ。


 また止まる。


 方向を変える直前、羽の動きがわずかに遅くなっていた。


 空中に浮いているように見えても、常に同じ速さで動いているわけではない。


 ウィルは、大針蜂が左から右へ動くのを待った。


 飛んでいる身体へ向けて投げても、遅い。


 狙うのは、今いる場所ではない。


 次に止まる場所。


 ウィルは大針蜂の少し前へ、石を投げた。


 蜂が方向を変えようとする。


 石が、透明な羽の端へ当たった。


 鈍い音。


「当たった」


 大針蜂の身体が大きく傾く。


 片方の羽が傷つき、真っすぐ飛べない。


 地面へ落ちることはなかったが、高度が下がった。


 ウィルは剣を抜く。


 大針蜂が逃げようとする。


 片方の羽だけを激しく動かし、身体が左右へ揺れた。


 ウィルは距離を詰める。


 大針蜂が腹部を向けた。


 針が突き出される。


 円盾で針を受け止めた。


 今度は、上へ逃げられない。


 大針蜂の身体が盾の前で止まる。


 ウィルは右手の剣を横へ振った。


 刃が胴体へ入る。


 黄色と黒の身体が、地面へ落ちた。


 それでも羽を動かし、再び飛ぼうとする。


 ウィルは一歩踏み込み、剣を振り下ろした。


 大針蜂の身体が淡い光に包まれる。


 粒子となって消えたあと、地面には魔石と一本の針が残された。


 大針蜂を初めて討伐しました。


 初回討伐報酬を獲得しました。


 ガチャチケット:1枚


 所持ガチャチケット:7枚


 大針蜂討伐数:1体。


 迷宮討伐記録:4/10。


「あと3枚」


 最初の11連ガチャまで、残り3枚。


 だが、それ以上に重要な変化があった。


 迷宮の討伐記録が、4種類になっている。


 次のコンプリート報酬まで、あと2種類。


 ウィルは周囲を確認してから、魔石と長い針を拾った。


 針は硬く、先端が鋭い。


 長さは、手のひらより少し長かった。


 武器には短すぎる。


 だが、矢じりや道具の材料には使えるかもしれない。


 《アイテムボックス》へ収納する。


 戦いを終えた左肩には、細い傷が残っていた。


 防具を貫かれてはいない。


 革の表面を掠めただけだ。


「一匹なら、戦える」


 ただし、石を当てられなければ長引く。


 盾だけで攻撃を防ぎ続けても、いずれ隙を突かれる。


 投げる石の数にも限りがある。


 ウィルは革袋を確認した。


 残りは二つ。


「もう一匹だけ」


 戦い方を確かめる。


 危険なら戻る。


 ウィルは水を飲み、しばらく休んでから歩き始めた。


     ◇


 二匹目の大針蜂は、大きな赤い花の近くにいた。


 花の中心へ頭を入れ、何かを吸っている。


 ウィルには、まだ気づいていない。


 周囲を確認する。


 敵意は一つだけ。


 近くには、背中を預けられる太い木もあった。


 ウィルは木の近くまで移動し、腰の革袋から石を一つ取り出した。


 先に石を投げれば、不意打ちできるかもしれない。


 だが、背を向けている大針蜂の羽は動いている。


 小さく震え、周囲の空気を揺らしていた。


 今投げても、音や空気の変化で避けられる可能性がある。


 ウィルは石を握ったまま、足元へ落ちていた細い枝を踏んだ。


 ぱきり。


 音に反応し、大針蜂が花から頭を上げる。


 空中へ飛び上がった。


 こちらを見つける。


 敵意が強くなる。


 大針蜂が横へ動いた。


 ウィルはすぐには石を投げなかった。


 右から左。


 左から右。


 動きを見る。


 一匹目と、ほとんど同じだ。


 方向を変える直前、わずかに速度が落ちる。


 ウィルは石を投げた。


 狙ったのは、今いる場所ではない。


 大針蜂が次に止まる場所。


 だが、大針蜂は急に高度を下げた。


 石が頭上を通り過ぎる。


「違う動きをするのか」


 同じ魔物でも、すべてが同じ行動をするわけではない。


 大針蜂が低い位置から突進する。


 針が、ウィルの腹部へ向けられた。


 円盾を下げる。


 硬い音が鳴った。


 針が盾へ当たる。


 大針蜂はすぐに上へ逃げようとした。


 ウィルは剣を振らない。


 代わりに、盾を上へ押し上げた。


 大針蜂の腹部が、盾の表面へ乗る。


 羽の動きが乱れた。


 ウィルは左腕へ力を込める。


 鉱山で石を持ち上げ続けた腕が、大針蜂の身体を上へ跳ね飛ばした。


 蜂は空中で体勢を崩す。


 その瞬間だけ、動きが止まった。


 ウィルは剣を振った。


 刃が片方の羽へ入る。


 透明な羽が裂けた。


 大針蜂が地面へ落ちる。


 針をウィルへ向け、跳ねるように動いた。


 まだ死んでいない。


 ウィルは盾で針を押さえた。


 大針蜂の胴体へ、剣を突き刺す。


 黄色と黒の身体が、光の粒子へ変わった。


 大針蜂討伐数:2体。


 次回チケット獲得まで、あと8体。


「石がなくても、倒せた」


 攻撃の瞬間を利用する。


 盾で防ぐだけではなく、相手の身体を崩す。


 角ウサギと戦った経験が、空を飛ぶ魔物にも使えた。


 ただし、今回はうまくいっただけかもしれない。


 蜂の針が盾の中央へ当たったから、押し上げることができた。


 縁を狙われていれば、同じことはできない。


 ウィルは魔石と針を拾った。


 周囲へ意識を向ける。


 その瞬間、《気配察知・小》が複数の敵意を捉えた。


 一つ。


 二つ。


 頭上に、さらに一つ。


 合計三つ。


 羽音が重なる。


 ぶうん。


 ぶうん。


 ぶうん。


 ウィルは顔を上げた。


 枝の隙間から、三匹の大針蜂が姿を現す。


 赤い花の匂いに集まってきたのかもしれない。


 三匹が別々の方向へ広がった。


 正面。


 右。


 左上。


 木を背にしても、すべての攻撃を防ぐことは難しい。


 石は、あと一つ。


 ここで戦う理由はなかった。


 ウィルは剣を鞘へ戻した。


 背を向ける。


 石段の方向へ走った。


 三匹分の羽音が、背後から追ってくる。


 《森林歩行》が足元を支える。


 木の根を越える。


 低い枝を避ける。


 大きな葉の間を抜けた。


 首の後ろへ、鋭い敵意を感じる。


 ウィルは走りながら円盾を背中へ回した。


 硬い音が鳴る。


 大針蜂の針が、盾へ当たった。


 衝撃で身体が前へ押される。


 倒れない。


 そのまま走る。


 正面に石段が見えた。


 ウィルは階段を駆け上がる。


 背後の羽音が、少しずつ遠ざかっていく。


 第一階層まで上がると、大針蜂は追ってこなかった。


 階層を越えて追跡することはないらしい。


 ウィルは石段の上で、しばらく息を整えた。


「二匹倒した。それで十分だ」


 所持している石も残り一つ。


 盾には新しい傷がある。


 身体に大きな怪我はない。


 今日決めた条件を破る理由はなかった。


 ウィルは第二階層の入口を見下ろした。


 三匹の羽音は、もう聞こえない。


 大針蜂一匹なら倒せる。


 二匹以上は、まだ危険だ。


 それが分かっただけでも、十分な成果だった。


     ◇


 買取所の男は、二本の針を手に取った。


 先端を光へ向け、欠けていないか確かめる。


「大針蜂か。第二階層へ入ったんだな」


「ああ」


「羽はないのか?」


「倒したら消えた」


「羽を傷つけたんだろう。きれいな状態なら、低確率で残ることがある」


「羽も売れる?」


「針より高い。軽い防具や薬の材料になるからな」


 大針蜂の羽を手に入れるには、羽を傷つけずに倒さなければならない。


 だが、今のウィルには、羽を狙って飛行能力を奪うのが安全だった。


 素材の値段を優先して怪我をするつもりはない。


「魔石二つと針二本。合わせて銅貨44枚だ」


「角ウサギより少ないんだな」


「角ウサギは角が大きい。大針蜂は、羽が残れば高くなる」


 ウィルは銅貨を受け取った。


 危険度と収入が、必ず一致するわけではないらしい。


「一人で潜るなら、欲を出すなよ」


 買取所の男が言った。


「蜂の羽をきれいに残そうとして、刺される新人が多い」


「羽を狙うつもりはない」


「それがいい」


 買取所を出たあと、ウィルは円盾を確認した。


 表面に新しい傷が二本。


 縁に一つ。


 修理するほどではない。


 だが、傷は少しずつ増えている。


 同じ盾がガチャから出た場合、装備へ吸収できる。


 まだ一度もガチャを引いていないため、本当に可能なのかは確かめていない。


 最初の11連ガチャまで、あと3枚。


 新しい魔物を3種類倒せば、ちょうど10枚になる。


 樹上猿。


 牙猪。


 そして、第三階層の魔物を一種類。


 ただし、チケットのために急ぐつもりはなかった。


 まずは、目の前の魔物を一体ずつ倒す。


     ◇


 家へ戻ったウィルは、屋根の修理代を入れている木箱を開けた。


 今日の収入から、銅貨20枚を入れる。


 銀貨一枚と、銅貨20枚。


 本格的な修理に必要な金額には、まだ遠い。


 それでも、箱の中身は昨日より増えた。


 ウィルは食卓へ座り、冒険者証を確認した。


 大針蜂:2体。


 迷宮討伐記録:4/10。


 ガチャチケット:7枚。


 次に倒すべき相手は、樹上猿か牙猪。


 だが、どちらも大針蜂とは戦い方が違う。


 ウィルは腰の革袋から、最後に残った石を取り出した。


 手のひらの上で転がす。


 鉱山では、少しでも楽をするために石を投げていた。


 看守に見つかれば、怠けていると殴られた。


 あの頃は、それが戦いに役立つとは考えもしなかった。


 剣の技術だけが、冒険者の強さではない。


 石を見分けた目。


 つるはしを振り続けた腕。


 崩れやすい岩を警戒する習慣。


 無理に持ち上げず、力の向きを変える方法。


 鉱山で身についたものは、傷や悪い癖だけではなかった。


 ウィルは石を食卓へ置いた。


 失った七年間を、なかったことにはできない。


 だが、その七年間に身についたものを、これから生きるために使うことはできる。


「あと二種類」


 次のコンプリート報酬まで、残り二種類。


 ウィルは第二階層の資料を開いた。


 枝の上から石を投げる、樹上猿。


 大きな牙で突進する、牙猪。


 どちらから挑むべきか。


 しばらく二枚の絵を見比べたあと、ウィルは樹上猿の頁へ指を置いた。


 石を投げる相手なら、少しだけ共通点がある。


 問題は、相手もこちらへ投げ返してくることだった。


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